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ブログタイトル
小島てつを「人生が見えるから俳句は面白い」ブログ版
ブログURL
http://kojima-tetsuo328.blog.jp/
ブログ紹介文
俳句は、自身の心を表現する短い詩です。喜怒哀楽を表現できる五七五、計十七文字(十七語韻)のショート・ポエムなのです。当然そこには、さまざま人生が描かれます。さあ、俳句の楽しい扉を私とくぐりませんか。
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200回 / 365日(平均3.8回/週)

ブログ村参加:2019/08/18

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kojitetsuさんの新着記事

1件〜30件

  • 峰雲の育ちもみごと熊野灘 茨木和生

    山深い熊野の地。目の前に広がる海は、熊野灘だ。古来から峰々をゆく貴族たちは「アリの熊野詣で」といわれた。宮廷人たちに、本当に愛された聖地なのだ。変化に富んだ熊野の大自然は、スケール大きく、それこそ「神っている」。古代からの樹木や瀧など、とにかく見上げるも

  • 岩手けん岩手ちょうあざ鰯雲 山口 剛

    ひらがなの「けん」は県のこと、「ちょう」は町、「あざ」は字で、要するに住所を表している。だが、この句にはオチがある。そのオチは、いうまでもなく「あざ鰯雲」というところである。まず岩手県の風景が、漠然とイメージされる。そして具体的には空だ。真っ青な空。その

  • はくれんは無垢の憂ひを裹(つつ)みをり 能村研三

    ハクレン(白木蓮)は、春の到来を告げる美しい花。その純白さは、見る人の心を浄化してくれるようである。今年(2020年)は、新型コロナウイルスの蔓延で、そんなウイルスの汚染を浄化してほしいという願いは、ひときわ強いのである。掲句は、「無垢の憂いを裹む」、その姿がハ

  • 寄せられて海押し返す海月かな 辻美奈子

    浜辺近くに海月が打ち寄せられたのだろう。次の波が押し寄せると、引いて行く波に乗って海月も海の方に戻っていった。作者は、例えば高濱虚子が大根の葉に焦点を絞って句を作ったように、ひたすら海月に焦点を絞って作っている。ここには海月以外のなにもない。そのシンプル

  • さよならの町角に立つ鶏頭花 栗山政子

    人は人生の節目に、「さよなら」という。永遠の別れということもある。あるいは、もっと日常的なところで、たくさん「さよなら」は使われている。考えてみれば、味わい深い言葉である。この句、町角でする「さよなら」だが、さて、重い「さよなら」か、軽い「さよなら」かは

  • 実態は独居老人おでん食(は)ぶ 戸恒春人

    掲句、詩的な言葉は「おでん食ぶ」だけである。いや、これはたんなる季語ですよという方もいるだろう。じじつ、季語だが、季語は詩的言語なのだということを、改めて認識させてくれる句である。ほかに言葉は、少しも詩的でない「実態は独居老人」しかない。しかないのだが、

  • 大きな木大きな木蔭夏休み 宇多喜代子

    「大きな」という形容詞は、いたって曖昧。そこがこの句の面白さである。「大きな」のリフレインが効いている。大きな木だから、その下にできる木蔭も大きいという常識。その大きな木蔭に憩う心。そんな夏休みが、今始まったという解放感がいっぱい感じられる句。

  • 穂絮飛ぶ古関裕而の譜面から 池田義弘

    いまオンエアしているNHKの朝ドラは、古関裕而(こせき・ゆうじ)をモデルにしている。NHKのラジオを聴いていると、いまも番組のテーマ音楽でたびたび古関の曲が流れる。いささか古風な曲調だが、けっして暗くない。そんな音楽を奏でるための譜面と、ふわふわと空に舞う綿毛の

  • やみさうで雨の一日著莪(しゃが)の花 西本ひとみ

    著莪の花。筆者は、以前、鎌倉を吟行したとき、寺院の奥を散策していて見つけた著莪の花。鎌倉の市街地はからりと晴れやかだが、一歩、寺院の奥から山を登ってゆく道に入ると、なんとなく薄暗く中世の余韻がいまも残っているように感じた。そんな中世の風情とどこか似合う著

  • つむじ打つ銀杏青葉の雫(しずく)かな  河原地英武

    「銀杏」といえば、「黄葉」と来るのが常道だが、作者は「青葉」をもってきた。その意外性。意外性は、しずくがぽつん💧と落ちてきて「つむじ打つ」たという、あの驚きにも重なる。この1句、五七五の詰まった言葉のなかに、「驚き」のみが表現されている。その単純さがよいと

  • 渡良瀬の葦焼(よしやき)の空濃むらさき 川名久美子

    結社誌「廻廊」を見ていたら、この句に出会った。2020年5・6月号掲載の句である。「廻廊」は、八染藍子さんが広島県廿日市市で出されている雑誌だ。まったく方向の異なる地域の出来事が詠まれ、掲載されていることに驚いた次第。作者は関東地方の方なのであろうか。渡良瀬遊

  • 花びらの吹かれ色増す酔芙蓉 加古宗也

    酔芙蓉の花びらが、風に乗って揺れるたびに、色を少しずつ加えてゆくようだという句。もちろん、作者の感覚がそう捉えたのであって、事実ではない。しかし、事実以上に事実めいた印象を与えるところが、言葉の芸としての俳句の持ち味なのだ。酔芙蓉の花の美しさの真実を描い

  • 赤まんまちぐはぐに生き夫婦かな  小島千架子

    筆者は、俳句という文芸は、作者をまったく知らないより、少しぐらい知っていたほうがより深く理解できると思っている。もちろん、知りすぎ、はかえってマイナスになることもある。ここのところが難しい。俳句はもともと座の文芸だから、顔を付き合わせて、それぞれの句を理

  • 母と娘(こ)に生まれあはせし花野かな  正木ゆう子

    母がいて、子(娘・私)がいる。どういう巡り合わせで、今、二人が生きているのか?秋の草花が一面に乱れ咲く花野。爽やかな風に吹かれている。ふと、広い世界の中で、私という存在はなぜ、この母の娘として生まれてきたのか? そのことの不思議を思う。親子と簡単にいうが、

  • 薄荷(はっか)咲く子ども以外の事話せ 櫂未知子

    薄荷。日本各地の野原に生育し、丈は20〜60センチ。葉は楕円形。8月から10月にかけて葉腋に淡紫色の小さな唇形花をつける。子を持たない身にとって、子どもの話ばかりする人たちの中にいなければならないことは、耐えがたい苦痛である。そんな思いをストレートに詠んだ句。ピ

  • 桃の実のほのぼのと子を生まざりし   きくちつねこ

    筆者が俳句結社「蘭」に関わりを持ったのは40年以上も前である。その頃の野澤節子師も、その盟友のきくちつねこさんもまだ若かった。きくちさんは北茨城に住み、若い頃病気をしたため、一生独身を通した。(その点も野澤節子師と共通していた)自活のため美容院を営みつつ、地

  • 水あそびして毎日が主人公 中田尚子

    先の山崎ひさをさんの句は、浮袋であったが、この句は、水あそび全般を指している句。水あそびというと、プールなどでの水泳というより、もっと幼い子どもの遊び、例えば、ビニール製の簡易プールに玩具を浮かべ楽しむことや、水鉄砲で水飛ばしをするような感じのものがメイ

  • 浮袋子の息に足す父の息 山崎ひさを

    泳げない子どもの手助けとなるのが浮袋だ。ドーナツ形、ビニール製のもので、空気を入れて膨らませる。空気が入っているから、水に沈むことなく、子どもの身体が沈むのを守ってくれる。この句、浮袋に注入する空気が、子の息だけでは足りず、父親がさらに吹き入れることで完

  • 魚(うお)よりも光りて子等の泳ぎけり    岩岡中正

    コロナ騒ぎの夏。猛暑である。遠出のできないなか、ささやかな涼を求めて、近隣の川や海やプールへと出かける人が多い。子どもたちは、そういうところに行くと水の中に入りたがる。泳ぐ子もいる。「魚よりも光りて」とは、なんというすばらしい泳ぎぶりであろう。スリムな体

  • 石鎚(いしづち)の山深く行く遍路笠  有馬朗人

    石鎚山は、四国の愛媛県西条市と久万高原町の境界に位置する標高1982メートルの山であり、西日本の最高峰である。若き空海が山岳修行に明け暮れたところでもあり、その後も修験道の山としても知られ日本七霊峰の一つとされている。当然、西国巡礼の札所でもあり、お遍路さん

  • ゆるやかに老ゆる余地あり七竈(ななかまど)     千田一路

    千田さんは、結社は元「風」であったと記憶している。元「風」の方々が今活躍しているのを見ると、層の厚い結社であったことに改めて驚くのである。「ゆるやかに老ゆる余地あり」とはどういうことか。騒がず、しずかに、他人と競うことなく、一人しぜんに老いてゆく覚悟のよ

  • さくらさくらさくらはららぐはなびらのうすさやひとのいのちのうすさ    美原凍子

    「朝日新聞」2020年5月3日歌壇、永田和弘選より。さくらさくら さくらはららぐ はなびらのうすさや ひとのいのちのうすさ読みやすく表記すると、このようになる。「さくらさくら さくらはららぐ」は、いま、目の前にある桜花の美しさを感じさせるための賛辞といってよい

  • 梅雨の夜の茸かそけきこゑを出す  渡邉美保

    今年(2020年)の梅雨は長かった。長かった、と、過去形でいうが、7月30日現在、まだ梅雨明けはしていない。あと4日ぐらいだとラジオの気象予報士はいう。まあ、当たらずとも遠からずだろう。毎年のことながら、各地で堤防が決壊したり、土砂崩れで犠牲者もでている。日本列島

  • エスカレーター暑さならんで来たるこゑ  梶原美邦

    その瞬間を想像することができる。エスカレーターの一段に二人並んで乗ってきた。母と子かもしれない。待っているのは父親か。二人並んで来たが、開口一番、一緒に「暑いよー」と叫んだのだ。その声。そこにいる人間を、具体的には語らず、暑さが来た、という捉え方が面白い

  • 落蟬に全天のこゑふり灌(そそ)ぐ  鈴木貞雄

    「全天のこゑ」とは、いうまでもなく蟬の鳴き声だ。何千、何万という蟬の鳴き声が、地上に落ちた一匹の蟬に降り注いでいるという。落ちた蟬というのは、死にかけた蟬だ。その蟬をまるで見送るように、木の上の蟬たちは必死に鳴き叫んでいる。自然界ではあらゆる生き物が生と

  • 籐椅子やどこへも行かぬことも旅  橋本喜夫

    籐で編んだ椅子は、くつろぐためのものである。外が見える窓辺近くに置かれていることが多く、座るひとは高齢者というのが定番だ。そこで新聞を読んだり、テレビを見たりする。本当なら、今頃温泉かどこかに出かけていたはずなのだが、新型コロナウイルスのため、不用不急の

  • 泣いてゐるやうにも見えて髪洗ふ  蟇目良雨

    わが師、野澤節子に、「せつせつと目まで濡らして髪洗ふ」という句がある。時間をかけて髪を洗う雰囲気は女性的である。いっぽう、掲句は比喩の句。昔の流行歌の中に、「泣いているような長崎の街」という一節があった。髪を洗う時の表情を、比喩をもってリアルに捉えている

  • 浄土いま比奈夫桜の盛りかな  和田華凛

    「諷詠」866号、2020年7月号より。令和2年6月5日、満103歳の俳壇最年長の現役俳人、後藤比奈夫先生が亡くなられた。伝統俳句の方ながら、型にしばられることなく、軽妙自在にしてユーモア精神溢れる句を得意とされた。掲句は、お孫さんにして、現在俳誌「諷詠」主宰の和田華

  • 傘と傘触れずに海月(くらげ)浮遊せり  若原康行

    「樹(じゅ)」2020年7月号より。同じ号に「海月には海月の自由漂ふも」という句もある。2句とも言いたいことは、海月の自由な生き方だ。あの海中をふわふわと漂うさまは、まさに自由そのもの。それでいながら、海月の傘同士が触れ合うことはないという驚き。確かに考えでみる

  • 春の蟻走りコロナなど知らず  酒井弘司

    春も暖かになってくると、さまざまな動物たちも行動を開始する。 特に目立つのは蟻だ。蟻🐜たちは黙々と行動している。蟻🐜たちは 黙々と地面に落ちているものを探して、四方八方走り回っているのだ。「コロナ?」、なにそれという具合だ。知る必要がないということは幸せ

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