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ブログタイトル
生き甲斐の心理学
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https://blog.goo.ne.jp/cull-tntu
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自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。
更新頻度(1年)

160回 / 195日(平均5.7回/週)

ブログ村参加:2019/07/09

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生き甲斐の心理学

culltuさんの新着記事

1件〜30件

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人生、次から次へと思わぬ事件に遭遇します。<過去を悔み、将来に不安を感じる>、この感覚が普通です。しかしこの普通は危険なので、何とか楽天主義に変身していかぬ限り、心配の種は尽きません。認知症も激増、さて私たちはどう対応したらいいのでしょうか?結論は、どんな人生環境に置かれても(病床にあっても)希望と情熱は考え方いかんで持つ事が可能です。どんな希望をもつべきか、66億の人類は一人ひとり違います。自分で探す以外方法はありません。その答えは必ず本人の心の奥深くに存在しています。その答えをどうして探り出すか、これが私たちのテキスト<生き甲斐の心理学>に書いてあります。ぜひ、お読み下さい。負の感情の裏側には必ず答が潜んでいます。暗い感情の裏側にこそその人独自の答えが存在しています。ストレス曲線の裏側に必ず幸福曲線が存在し...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    たった一人でもいいので人の誠実な愛を五感で感じていると心因性の心の病にはなりません。但し、その愛に心底感謝の想いで報いていく努力をしないと鬱は消えません。愛と感謝を素直に知覚する事は案外難しい心です。この感性を高める努力もしないで平安感を得ようなどと思う人には,なかなか平安感は訪れません。愛を感じ取る努力と訓練が必要なようです。この努力をすると何故か自然と愛が目の前に現れます。愛と鬱は深い関係があり、鬱の現象は身近にある愛を知覚する心の欠落のシグナルです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    専門の勉強をしなさい、と言われても不可能に近いものです。生き抜く為に、人はそれぞれの人生を必死に生きています。誰でも辛いこと、切ないことがあれば、段々と心は疲れていきます。どこまで疲れたら鬱病になるのだろう、その答えは専門の勉強をしなくても、多少の知恵を意識する事で防げます。下記の現象を<深刻ではなく明るく意識すると言う知恵>、主な現象は、眠れない、食べ物が美味しくない、生き甲斐を感じない、感謝心がなくなった、五感と体感で喜びを感じない、愛を感じない、以上です。その上で、神仏の摂理を信じ我を天に委ねる、適当に一時的に夢を断念し元気が出たらまた挑戦する、ケ・セラ・セラで生き抜く等の座右の銘を信じる。上記の識別方法で、健康のときを10点、最悪の時を1、と定め、あ、今は1、今回は5、この感覚は最悪の10だ、と意識し識...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    世界から憂鬱な事が消滅する時が人類滅亡の日でしょう。と言う事は生きている限り憂鬱な事柄からは解放されない、という事なので、鬱の取扱方法を自分流に決めておく必要があります。鬱は理想と現実のギャップから生まれます。理想(病的な理想を含む)と現実(病的な解釈を含む)をどう取り扱うかにかかわってきます。結論は<鬱>の存在理由を考えていくことから自分流の解決方法が見つかりますので鬱の存在理由についてしばらく思索していきます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    五感と体感の喜びを感じ、意識出来る人にはありえない表情なのですが、自分の表情が氷のようだ、と悩む人は案外多いのです。色々の治療をしていきますが、何といっても一番重要な治療が、心の底から<ありがとうございます>と感じうる治療が必要です。<親が勝手に産んだ>と大人になっても思っている人は、間違いなく、どこか心の病に冒されていきます。どんな人生事情があっても人間、一人で生まれ、一人で死んでいかねばなりません。何でも一人でするべきなのに、身近な友達、知人、親戚、見知らぬ人が助けてくれます。そんなとき、心の底から<ありがとう>と思わぬ人がおかしな人生を歩みだすものです。豊かな表情の前提がこの感謝心です.自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    日本人は信仰があるなし、に関係なく仏像を愛している人が沢山います。さて自分の心は何故か氷のように冷たい、感情も貧しく、あらゆることに無関心なので、何とか豊かな人間になりたい、と訴える方がおられます。豊かな五感を育てたい、と願う人はすでに成功したようなものですが、日本人の場合は昔から人々に愛されてきた各地の仏像を、ぼーっとして眺める方法が一番効果があるようです。その仏像の歴史、由来を知れば、いろいろと役には立ちますが、気楽に、その仏像の前で自然に浮かんでくる自分の感情を静かに眺めると豊かな自分に気づきます。古い仏像ほどその効果があるのは沢山の人々が昔からその仏像にささげた祈りのエネルギーが蓄積されているからでしょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    終戦直後、越後の山奥に疎開した時、座敷牢を見たことがあります。江戸時代らの大きな屋敷で、その頃は心を病んだ人が入れられていました。噂によれば屋敷牢に入る前はその人自身が妖怪のようであったが、入れられた後は夜な夜な、その人の心を表す百鬼夜行が出るようになった、と言う噂でした。心理療法の知識がないと心を病んだ人を百鬼夜行と同様に理解した土地柄と環境もあったようです。今でもこのように患者さんを理解している人が沢山います。人間の心の病理現象は神聖な領域ですので解釈は慎重さが必要ですし、その現象を幸福への道標、正確な治療方法を示唆する有り難い現象と捉える必要があります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    テレビを見ていましたら、綺麗な女優さんが顔のシワが出ないように笑わないようにしています、とのお話、思わず大笑いしてしまい、そばの鏡を見ましたら私の顔にはシワが沢山見えました。さて人を大切にしたい、人は何故狂うか、微笑みは人生のオアシス、なんて講義しながら生きてきた私はシワを恐れて笑わない女優さんが入院してきたら、どんな治療をするのだろう、と思いました。現役の女優さんの体験はありませんが晩年の方は数名います。いずれも感情移入障害症(人の気持ちを推測出来ない病気)からくる人間関係が遠因のノイローゼです。人生はシワが沢山あっても大いに笑いながら生きたい、と思います。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    能面のような冷たい表情をどうしたら治療出来ますか?との相談は意外と沢山あります。ひとつの問題意識に固執すると治療は出来ませんので、別な方向へ意識を向けさせますと早く問題が解決します。別な方向をどれにするかが、上手な治療の決め手です。この場合は薪能を楽しませました。能面の美しさに気づき、鑑賞しだした患者さんは以来、豊かな感情の重要性に気づき、数年でお顔の表情も温かい表情豊かな女性に変身しています.自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人間が暗い感情への道を歩み出す第一感情が<不安感>である事を再三述べてきました。どんな人間でも憂鬱な感情を持つものですが、憂鬱な感情の深い人は、それだけ<幸福感>に敏感なので、森羅万象の解釈を明るい方向へ、楽天的に解釈する訓練さえすれば人一倍幸福感を味わう能力のある人です。どんな解釈をしてしまうと自分が暗くなるか、自己分析しながら<明るい感情生活を願い>努力すると、必ず幸福な自分を発見します。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    入院してくる患者さんを分析していくと一概には言えませんが<思い込み>の強い人が多いようです。五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)を無視する人が心を病みやすい傾向にあります。身体や心で感じている事と意識、口に出す言葉があべこべの場合、とかく偽善に繋がり、身体症状になりやすい。意識、言葉、身体、心が統合されていると、内容がどうあれ、実に清々しい健康的な精神状態が保持されます。更に言えば、いつも、出来るだけ、心の中では隠し事も無く、<真善美>を楽しむ思索をしていると一段と平安感が保持されます。心から愛しあっている男女の世界には表と裏はありません。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    面白いホームページ:俳優の墓:http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/h-haiyuu.htmを偶然知りました。私の大好きなオードリーヘップバーン、グレースケリー、その他大好きだった俳優さんのお墓を訪問出来ました。このHPの作者に感謝いたします。日々憂鬱なことに遭遇したとき大好きだった俳優さんのお墓を訪問し<メメント・モリ:自分の死を想え>と言う言葉を味わううちに元気が出てくるのです。今の悩みなどは自分の死の前に空しい、さあ、元気で生き抜いていこう、と幸福感と勇気が出てくるのはなぜでしょう?祈りの効果かなあ自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    大学病院のトイレは色々危険な病原菌が存在しています。その掃除をして下さる方にこんなおばちゃんがいました。嫌な仕事だと心底思っていますが、それでも自分の考え方を明るく修正しようと<この仕事は誰かがしなければならない、どうせやるなら徹底して綺麗にして人々が気持よく過ごせるように>と考えていました。<生きる意味を真善美に解釈>しようと努力された人でした。表情は明るく爽やかなおばさんでした。人々に愛され、おばちゃん、おばちゃんと学会の帰路、お土産を買ってくるスタッフも沢山いました。どんな環境でも働く意味を探究しつつ生き抜いていきたいものです。このおばちゃんの沢山の子供の一人は今、有名なお医者さんです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    明日では遅すぎる、というお話。躁鬱病の原因のうち、心因性病理の場合の対応の話です。時間はかかりますが、必ず治りますから希望をもって根気よく対応する必要があります。種から芽が出て大木となるように不安感(種)を放置しておくと、怒りの段階になり、それを放置しておくと身体症状、そして鬱、最終は錯乱(大木)となります。人生のどの段階にいようとも、また、ストレス曲線(不安、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5段階)の鬱の段階にいようと、明日では遅すぎる、と言う事はありません。まずは自分を支配している最初の段階である<不安>がどんな理想と現実のギャップから生まれているのか、その不安感を掴むま事が大事です。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人には、どうしても好き嫌いが生まれてしまいます。この好き嫌いの傾向について色々批判はありますが、互いの成長の為にも必要な現象かもしれません。人類全員が互いに大好き、の関係になると、どんなことになるでしょうか?光と影、陰と陽、表と裏の無い人生はつまらないような気がします。しかし心許した人のおかげで、人は魂と心と身体が解放され、癒され、元気を貰えます。何を話しても厳しく批判されず、安心して存在出来る友人、恋人、親族を持てた人は最高に幸せ。そこには爆発も暴走もありません。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    森羅万象をどう解釈していくかは、人の自由ですが、解釈を間違えると他者を攻撃したり、被害妄想に陥ったり、色々です。自由意思を持つ人間は、この点、苦労する人も出てきます。特に学生時代も終わり、いよいよ社会に突入した場合、職場、色々の人間関係の中で、どう解釈すべきか、悩むところです。人は非常に弱い存在なので、自分を不安、怒り、身体症状、鬱、錯乱に追い込むような解釈をしないように気をつけて生きていきましょう。自分の解釈の問題ではなく、何か具体的な他者からの嫌がらせが明確にある場合は親友や知人と相談し、それでもうまくいかないときは気楽に警察と相談する習慣をつけた方がいいでしょう。身近には意外とカルト的人物がいて怖いものです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    身近には、ただただ怒りまくる人もいれば、怒りのエネルギーを別なものに転換させている知恵者もいます。怒りを昇華する方法を知らない人々を見ると切なくなります。<怒りのエネルギー>を<愛のエネルギー>に昇華した天才がマザーテレサですがインドでの貧困政治への怒りを政治運動に昇華せず道端で死にゆく人々の救済と愛に昇華していったあの知恵は多くの人々を幸せにしてくれています。自然に湧いてくる怒りのエネルギーは生き抜く力とも言われています。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    サンフランシスコ湾に浮かぶ刑務所で最後を迎えた某死刑囚(100人以上を殺害した人)が絞首台に向かう時<世の中の為に生きたのに、なぜ、自分が絞首台にむかうのか?>と話した記録があります。心理療法を学ぶ学徒は生涯この事例を考えさせられます。人間が魂、心、身体で構成されている場合、魂は愛そのものだとして、心と身体が何らかの理由で暴走したのでしょう。案外、死ぬ瞬間は魂が心と身体に打ち勝ち、愛の想いが勝ち、別な優しい思いと反省のうちに神様のもとに召されたかもしれません。マザーテレサのような人も居れば、この死刑囚もいる人類社会、改めて愛に生き抜くことを真剣に考えたい。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    善人の爆発、悪人の爆発というお話。何が善人で、何が悪人か、区別は難しいところですが、大学病院での治療で感じた人間の欲求不満について思索していきます。その不満の遠因が恨みつらみ、逆恨み、勘違い、誤解、独断と偏見からにしても、爆発させておかないと心の病になるなあ、と診断することが沢山ありました。我慢の限界を超えると人は病気になります。爆発させれば身体症状は解消していきます。善人の爆発、悪人の爆発、極端な表現になりますが、今回は、この爆発と治療について思索していきます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    愛の力と魂の力のお話です。ハーヴァード大学のリポートに祈りの効果、と言う面白い論文がありました。同じような症状の15名の患者さんをAとBの二つのグループに分けました。Aのグループの回復の為に病院のスタッフが祈りながら治療に当たるグループと祈らないグループ、その結果、祈るグループの治癒率が遥かに高かったという論文。私達のNPO法人の仲間にもそういう傾向があり真剣に互いを大切にし、互いの魂を想い、人生をかけて支えあうエネルギーを想うと改めて愛の力と魂の力を感じます。愛の源は何処からくるのか、色々の説がありますが、やはり自分が持つ魂をどう解釈しているかに源があるようです。人類それぞれが持つ魂は愛そのもので、心と身体は憎しみの状態にあっても、互いの魂だけは愛し合っていると信じられる人と、そうでない人との愛情関係は相当の...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    日本社会での心理学の学位保持者の某団体の会食中、いきなり余り知らない人に<あなたは対人恐怖症ですね>と言われ、驚きました。欧米で教育を受けた私は、食事中は政治、宗教の話題はしてはいけない、長い沈黙の続く席の場合は、同じテーブルの人々が心地よく会話をしながら楽しく食事が出来るよう話題を提供すべし、という教育を受けていた私への言葉だったのです。色々と考えさせられました。食事後、その人以外は、お陰様で珍しく楽しい会食でした、と感謝されましたが、更に4日も続くその会合での一日3度の食事では私はその人の居ない席に意識して座っていました。自分の人物の小ささを痛感しましたし、日本社会での対人恐怖症とは何だろう、沈黙は金なりという日本社会での治療を改めて考えさせられました。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    身近に、いろいろの哀しい事件が起こります。世間が悪い、これはあいつのせいだ、と簡単に処理すれば何となく早く精神衛生がよくなりますが、自己実現への道を明確に持っている人の場合は、世間や相手のせいにして処理するよりは、ここで学べることはないか、事件を起こした人の立場にたって解釈をしなおしてみると、面白い事に気づきます。他者否定は簡単ですが、他者肯定的な解釈をしていくと、自分自身が明るくなり、その明るい解釈を語ると自分に好意を持つ人が増えてくるばかりでなく、良い仕事が舞い込んでくるようです。他者と世間のせいにしないで、人の振り見てわが身を正す生き方は友人に恵まれて、楽しく人生を生き抜く知恵があたえられるようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    これでも私は随分と遠慮して書いています。世界の学会の常識なので誰も書かないものを書いてみますと、心が原因で身体に症状が出る遠因は6つあります。下記に書いてみます。(*1)現代の地球人口80億の人間は、それぞれ生まれてきた尊い使命を持って生まれてきました。さてあなたの使命(自己実現への道)とは何でしょう?(*2)楽しく生き抜いていく上での考え方に整合性がないと、人は心の病気になりやすい。整合性とは何でしょう?(*3)心に異常な緊張を持つと発病する。異常な緊張とは何ですか?(*4)現実吟味力の無い人は発病する。さて現実吟味力とは何ですか?(*5)暗い感情と明るい感情のバランスを知らない。バランスとは何ですか?(*6)心の健康度を測定するメンタルスケールの知識がない。メンタルスケールとは何ですか?以上の6点が世界の常...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    思った瞬間に心地が良くなった、という経験をお持ちだろうと思います。思う内容が綺麗なガールフレンドであったり、神仏の愛、薔薇の花、森の中の透明な池であったり、いろいろです。香り(嗅覚)、感触(触覚)、心地よい音楽(聴覚)を伴う思いは、もっと人を幸せにしていきます。厳しい夏はまだまだ続きそうですし、人生はまだまだ厳しい試練を与え続けますから時々、この思った瞬間に自分を心地よくする思い出を繰り返し楽しむ習慣をつけると、生き抜く大きなエネルギーが簡単に湧きだします。持病があればある程、この回想習慣は明るく元気な気を与え続けます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    直系の父からのみ伝わるY染色体、直系の母からのみ伝わるミトコンドリア、こうして今、私が生きているのは、その父母たちが生き抜いてきた賜物です。日本列島に移住して以来、あらゆる時代を生き抜いてきた父母たちのエネルギーを想うと、その生命力が私に厳然として存在しているのを感じます。どんな苦労と喜びを感じながら生き抜いてきたのだろう?それを想うと思わず感謝と勇気が湧き出します。子孫に託した愛の想いを感じてしまいます.自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    神仏の系図のお話です。日本人は祖先伝来のお墓を大切にしています。とても良い習慣で、お盆になると、心が祖先の魂の慰霊に向かうので、墓参りする親族は互いの心が霊的に満たされているのを感じます。現代社会でカルトなどの集団自殺などの悲劇が時々報道されますが、祖先伝来の慰霊方法はそれなりの幸せを安定してもたらします。従来の家の伝統を、それなりに尊重しつつも、比較宗教学として祖先が信じてきた一族の神様の系図を学問として勉強するのも、とても楽しいものです。祟りからの解放、人を愛するとは、どんなこと、人間の死の意味、本当に魂はあるのか、どの神様が本物なのだろう?、神様は本当に存在するのか?、世界の神様の系図を一度研究するのも意味があります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    恋人の家系のお話。愛している人の家系を気にしだすと段々と複雑な心境になります。親が自殺をしている、叔父さんが精神病棟に居る、交通事故を起こしやすい一族、と、まあ、こんな具合に次から次へと気になりだします。そのような方は世界的に愛読されている<5万年前:このとき人類の壮大な旅が始まった:ニコラス・ウエイド著>という本を読むとDNAを中心とした歴史を知るうちに、恋人の家系のことなど、小さな問題だと気づくでしょう。それよりも大切なことですが、二人の男女が誠実に愛し合う、この神聖な世界を、どんな現実があろうとも短い人生を愛に生き抜くことが重要です。愛しているのに、恋人の家系に異常性を気にしだした場合、どうするか慎重に、愛する人を傷つけないように。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    自分の家系のお話。さて。心と身体の病は6つの条件で発病していきます。遺伝、環境、老化、自律神経、免疫、分泌の6つです。どこに発病していくかは、その折々の環境で決まります。難しいことは考えずにシンプルに対処する方法で一番良い心がけは、朝目が覚めて、夜、寝るまでの一日、出来るだけ<平安感>を意識することが最大の手法です。森羅万象を暗い方向に解釈せず、明るい方向に解釈する習慣が必要なようです。特に太極拳は昔、仙人が長生きしたい為に色々と思索した結果、生まれた経過があり、自律神経にはとても良い効果が散見されます。自分の家系にどんな遺伝があろうとも、気にせずに、日常生活で心の環境を整えて元気に生き抜いていきましょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    だいぶ前の大河ドラマをふと思い出しました。篤姫の話です。NHKの大河ドラマ篤姫は私の大好きな番組でした。篤姫は明治16年に49歳で帰天してしまいますが、あの激動の中で逞しく生き抜いた女性は色々の事を教えてくれます。それぞれの家系図を見ますと、どんな時代でも長生きの家系、短命な家系が見て取れます。さて遺伝、環境、老化の3つの組み合わせでそれぞれの人の身体症状が決まりますが、心の環境を整え意識する事で遺伝と老化の劣性遺伝子を抑え込み、充実した素晴らしい人生を生き抜くことが可能なようです。数回にわたり家系を気にして羽ばたけないと悩む人々のために、心の環境が遺伝と老化を抑え込める力を有していて、自由意思と意欲がいかに重要かを述べていきます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    美しい青春の汗のお話。久し振りで青春の美しさに感動しました。バスケットの試合の後の女子高校生と一言二言会話したのですが、その礼儀正しい会話もさることながら、綺麗なお顔と首筋に流れる爽やかな汗に青春の生命の躍動を感じ、大きなエネルギーをいただきました。二度と帰らない青春を勉強とスポーツに精励している健康そのものの高校二年生の姿は何と美しいものでしょう。これからどんな人生を彼女は送っていくのでしょう?人は考えた通りの人生を送る、と言います。彼女が何を望み、考え、感じているか、その内容で人生は決まります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

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