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ブログタイトル
生き甲斐の心理学
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/cull-tntu
ブログ紹介文
自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。
更新頻度(1年)

372回 / 365日(平均7.1回/週)

ブログ村参加:2019/07/09

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ハンドル名
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生き甲斐の心理学
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生き甲斐の心理学

culltuさんの新着記事

1件〜30件

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    私は今、何と幸せなんだろうと感謝しています。私が今、親しくしている人々は決してあからさまに自己主張して私を困らせるようなことはしません。面と向かって強引に、恥ずかしげもなく自己主張する人々に辟易した時代もありました。仕事をしていれば利害得失がぶつかり合うのが当たり前ですから当然自己主張戦争に巻き込まれます。さて今の仕事はNPO法人という仕事柄もありますが奉仕精神の人々と仕事が出来るようになると醜い自己主張戦を目にする必要がありません。NPO法という法律が日本社会でも正しく理解されるともっと社会が良くなるはずです。アメリカで一番有名なNPO法人はハーバード大学ですが、この法律は資本主義とキリスト教から生まれました。資本と正義と愛が上手に折衷され、妥協点を生み出し、調和された自己主張がこの法律です。案外、NPO法は...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人がそれぞれ所属している社会、職場、文化環境の違いで、それぞれの自己主張のあり方で人生に成功したり、嫌われたりして生きています。現実吟味力の問題ですが、難しい問題です。心理療法で取り組む<健全な主張か、不健全な主張>かの識別基準はどの場合でも、どの事例でも、その人がどの程度、感情を正直に表現しているかを洞察していきます。感情を偽ると人は駄目になっていきます。どの世界で生き抜く場合でも五感と体感を正直に意識の上にあげている人かどうか、で識別していきます。自己主張が健全かどうかの問題をしばらく思索していきます。自己主張が異常になると、本人の人生も周囲の人々も破壊されていくからです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    赤ちゃんから老人まで毎日困ったことを抱えて生きています。明るく元気で生き抜く為に難しい学問や神学を学ぶように神様は要求しているのでしょうか?私はそうは思いません。心を病んだ人、知能の遅れた人、どんな人間でも学問が出来る、出来なに関係なく素朴に手を合わせて神様に祈ることさえ忘れなければ神様は自分の生きる道をきちんと示してくださるはづです。心が知識、学問に飢えれば学ぶ、答えや方向性が分からなくなれば祈る、大学病院でも祈る医師や看護師さんは患者さんに愛されていました。人を愛する人は我慢・忍耐をする必要がないようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    我慢・忍耐と戦う内に人はそのストレスで身体症状が出てきて高価な薬を飲んだりしている人がいます。どんな妙薬よりも効き目がある方法があります。自分は何の為に生きるのか、生きている目的を明確にすることです。神経症、精神病、人格障害ですらこの目的を明確化したことで元気にたくましく生き抜いている人々は沢山います。この答は他人から言われるものでなく自分で探すものです。この為に生き甲斐の心理学があります。答えは自分の心と身体に潜在しているのですが何らかのストレス(不安、怒り、身体症状、錯乱)がその答えに気付かせません。生き甲斐があれば自殺などしませんし日々生きることが楽しくてたまりません。一日24時間でなく30時間くらい欲しくなる毎日です。我慢・忍耐など必要なくなります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    我慢・忍耐は人生の常ですが、何故か心があまりにも純粋で自分の我慢・忍耐を意識化出来ない人がいます。恋愛結婚をして旦那の暴力を自分の愛が足りないから、と悩む女性、児童虐待にもかかわらず、それが親の犯罪と知らずに悩む子供たちも沢山います。倫理道徳、思い込み、優しさから今、感じている我慢・忍耐を無意識の世界に追いやる人々もいます。自己否定、劣等感から何故か、正当な我慢・忍耐を異常な我慢忍耐と解釈する人もいます。それほど自分に自信がないのです。自分が至らないからこの我慢・忍耐はしょうがない、と考えるところから心の病気が始まります。我慢・忍耐をどの程度感じているか、その自己分析から他者の悩みの支援が出来るようになります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    <愛は訓練>と言われています。子供が母を愛し、母が子供を愛する、この段階はいまだ本能的な領域ですが、大人になり社会活動をする年齢になると奉仕活動、福祉医療活動のような大人の愛の世界に突入します。色々の宗教の信仰者を見ると人間の実力を超えた神仏の愛、慈愛をあたかも自分でも出来るかのような錯覚(心理療法では<as,ifperson:あたかも、何々であるかのような、というタイプ>し、実力以上の愛を注げない自分に悩み、卑下し、ノイローゼになる人が沢山います。人を愛そうと努力される姿には敬意は表しますが、自分の実力を知らない悲劇です。分相応の愛に生きる必要があります。実力を超えた愛を基準に忍耐すると身体症状が出てきます。身体症状を出すような不健全な愛はよくありません。あくまでも平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    私のブログは心理療法を勉強している人々の為のコーナーです。苦しむ患者さんを支援していく為には自分を知る必要がありますが、これがなかなか難しい。自己主張訓練をする中で思わぬ自分を発見し、はっとして謙遜になります。傲慢な医師、セラピストは患者さんを支援出来ません。さて精神病棟を見ると入院だけはしたくありませんが、器質障害は除き、心因性の病理になる遠因は日常生活での我慢、忍耐の限界を何に基準を置くかで決まるようです。日々の色々の人間関係の中で、自分の我慢、忍耐の限界をどこに置くかで、その基準をどんな考え方にするかで心の健康が決まります。この問題をしばらく考えてみます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    <異文化での驚き>は慣れてくると当たり前のような気分になり自分を混乱させなくなります。アフリカ、南米の人々、イタリアの伊達男のきざきざ会話、そんな驚きは卒業しましたが、日本での驚きで一番すごいのが、感謝を知らない人々との出合いです。心から有難う、と言わないのです。人から親切にされるのが当たり前、ちやほやされるのが当たり前、こんな人々を両親、兄弟、恋人、職場の上司や同僚の関係で持つ人は悲劇です。感謝を知らない人々は<自己愛パースナリテイ障害という人格障害の傾向あり>と診断して間違いないでしょう。<有難う>と心の底で手を合わせられない人々が本当は一番不幸なのですが、何故か本人はいつまでも気付かないようですし警告されると怒り出す特徴がこの病気にはあります。自己愛パースナリテイ生涯の治療は難しいのですが不可能ではありま...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    数年前のお話です。鎌倉腰越の勉強会の帰路、学友と小田急線に乗り楽しく会話をしていました。途中の駅から、どうもバレーボールの運動選手かと思われる高校生らしいお嬢さんたちが7-8名乗り込んできました。いづれも背が高く堂々として少々汗臭いのですが、実に爽やかな感じでした。お顔は健康に輝き少々太めの御脚もいかにも美しく青春万歳という感じでした。しみじみ青春は悩み深いけれども命のエネルギが爆発しそうで、むせるような青春の生命力に感動しました。少々疲れ果てた感じの私が急にいきいきとしてきて、そばにいるだけで逞しいい命をたくさんいただき感謝しつつ帰宅しました。このお嬢さんたちはいづれ社会に入りそれぞれの人生と格闘しつつ人生を送るわけですが、どんな困難に遭遇しても明るく元気に逞しく生き抜いて欲しいなあ、と思いました。若者の心身...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    日本社会に住んでいるときは気にならないのですが、海外、特に欧米に住むと時々、親しい研究室仲間からあなたは気味が悪いと言われたことがあります。どうしてですか、と質問すると<何を考えているか分からない、何を嫌だと感じているかはっきりしない>からだと言われました。私は父親から日本男児は感情を顔に出してはいけない、と教育されていましたし、日本社会ではアカラサマニ感情を出すな、と折にふれて言われていました。日本社会では、私は自己主張をするほうだと思っていましたが、欧米ではそのように言われ混乱した青春を思い出します。現代の日本の青年男女でも、まだ、そう言われているようです。イギリスで日本の留学生を世話してくれているイギリスの友達も、今でも日本の留学生は<自分の好き嫌い、考え方を主張しない>から気味が悪いと嘆いています。文化...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    交通事故で意識を失い病院でふーっと目覚めた人は必ず、ここはどこですか?と質問されます。私が臨終のあと、ここは、どこですか?と天国で目覚めた場面を若い頃から空想します。その驚きは大変なものだろうなあ、と思います。天国だったら幸福ですが、もし地獄のようなところだったら、どうしよう、と恐怖に駆られた青春時代もありました。しかし今はカトリツクのお陰で、どんな人生を送っても目覚めたところが地獄だ、とは思わなくなりました。特に欧米の大聖堂や絵画、音楽に触れていくうちに自然と死後の世界を楽しむ習慣が身についてきたようです。また日本を旅をしつつ古い神社仏閣で感じる神秘の世界にも居心地の良さを感じます。比較宗教学を専攻するようになるとエジプト、インド、中国、アフリカ、南米、ロシアの宗教を見ても、いかに人類が自分の魂を無意識のうち...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    信頼している或修道女さんから聞いた話ですが、某神父さんが臨終のとき、その神父さんの友達が臨終とも知らずに電話してきたそうです。枕もとにいた人が、お友達から電話です、と遠慮して一応聞いたら、その神父さんは電話機に向かい<今、俺は臨終だからね>と話したので、その友達はふざけられたと思ったそうです。そのあと、その神父さんは亡くなったそうです。大往生です。私は両親をはじめ沢山の方々の臨終に立ち会いましたが、この神父さんのように自分の死を明るく受け止め今から天国へ旅立つ喜びに勇み立っておられる風景は初めてでした。自分の死、臨終をこのように迎えられる為に、どこをどう考えたらいいのでしょう。自分の成育史での驚きと人生での知恵について思索していきます。驚きは知恵の始まり。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    患者さんの中には自分と周囲の和を図る為に、いつも自分を抑えているのです、と嘆く方がいます。日々生きていく途上での自分はだらしがない、自己主張がない、機嫌取り、などなどと自分を痛めつけている姿はとても哀しく、どうかそんなに自分を責めないで下さいと叫びたくなります。正義感を抑え、怒りを抑えている自分が嫌になるそうです。色々お話を聞くと幼いころの家庭はいつも争いの怒号しかなかったので今は、とにかく平安を保持する為に全て自分を出さないそうです。我慢と忍耐からくるストレス曲線(不安、怒り、身体症状、鬱、錯乱)と我慢から生まれる平安な雰囲気(平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感)のどりらを選びたいか、と言う質問には明確に平安感、と断言出来るA子さんは、この選択が一番良いと思います。異常でもなんでもなくA子さんの生き...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    現実吟味力の判断次第で人は心を病んだり、元気になったり、人生を成功に導いたり、挫折したりします。この現実吟味力は平素の血の出るような努力と修行で養成されるもので、楽をして手に入るような識別力ではありません。せっかちで知恵のない人ほど結論を急ぎます。当面、玉虫色でいこうよ、と余裕を持って生き抜ける人は幸せ。生涯、玉虫色では困りますが、ここ一番という時は踏み絵を踏みながら自己主張をする楽しみが人生には時々あります。どう生き抜いていくか、その方針を心理療法では<アイデンティーの統合に整合性があり病的なゆらめきがない>といいますが、方針を決めておくと<健全な玉虫色作戦は人生での宝物>となります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    スタンダールの小説に<赤と黒>があります。信仰と恋愛が人間らしく織りなされていく小説です。日本人は赤と黒からどんなイメージを受けるのでしょうか?大学病院を訪れる患者さんの中には訪問しておいて何も語らない人がいますので、色についてのイメージを話題にしつつ病理を探ろうとするのですが、鹿児島出身の人と新潟出身の人とでは色のイメージがまた相当違いますので、とても勉強になります。どんな色にどんな感情を持つかを徹底して聞かないと、どんでもない誤診をしてしまいます。香り、感触、味覚などの五感の解釈は非常に神秘的で、それぞれの成育史が違うように五感の解釈も違います。この違いから人間の美しさ、偉大さ、魅力を感じるようになると退院していきます。<違い>に恐怖、嫌悪、哀しさを感じている間は入院しています。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    現実吟味力に病的なゆらめきがあると、その判断に狂いが生じて人を傷つけます。本人は親切心から人の過ちを指摘して悦に入っているようですが、関係者は非常に不愉快になつています。しかし一理があるのであえて反撃しません。傷ついた人はこの人がこの場に居なければ本当に快適な雰囲気なのになあ、と思うのですが、言うと全員が不愉快になるのがわかるのでじーっと我慢していますが、その不愉快さの回復は数時間、場合により数日は続きます。人への愛が分からない人とは付き合いたくありません。白と黒の判断はどうしてこうも成育史により違うのでしょう。教養と優しさと正義感の折り合いは難しい。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    白黒をはっきりさせたら永田町の政治の世界は成り立ちません。その決戦の時期は宗教界、教育界、庶民の生活、裁判所など、それぞれ違います。さて白黒を明確にさせたがる友人は時に人から嫌悪されますし愛されます。自己主張は大切な知恵ですが、どんな状況で白黒を明確にして自己主張すべきか、心理療法の立場から思索していきます。<憎まればあさん世にはびこる>という諺がありますが本人は幸せでも周囲が神経症を出すような白黒は考えものです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    欧米での勉強で生涯忘れられない異性は私の下手な英語にも拘わらず私の個性の美を感知し愛してくれた学友です。東洋から来た英語の下手な青年を最初は無視していましたが学問の研鑽の修行で互いに垣間見る人間性を感じてくれたからでしょうか数か月経過すると好意的な眼差しを感じました。こちらがその気になりアプローチすると私が勘違いしている領域では礼儀正しく拒否します。しかし理性的に私のどこが魅力的かを明確に語ってくれるのです。なるほどなあ、西洋の女性はこうなんだ、と納得したものです。個性の美を愛してくれたその学友はその後素敵な結婚をして今はナショナルトラストの理事をしてイギリスの自然保護運動の中心人物です。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    日本の女性は、どんなに個性が強いと言いましても西洋の女性に比べたらとても、しなやかで美しいものです。誕生から欧米で育っても心理療法をしていくとわかりますが遺伝というか両親や親せきの影響というか、明らかに人格形成に日本の心が明確に散見できます。欧米の女性のダントツの特色は自由意思の強さ、意見を明確に、好き嫌いも明確に表現するところです。日本男児である私は何度、欧米の女性の強さ、逞しさ、自由意思の伝達方法への驚きとショックに涙したことか!私の成育史での母の影響は生涯、深層心理の中にインプットされているようです。この日本女性と西洋の女性の違いを意識し知覚していないと心理療法の仕事が上手く流れないことを嫌というほど経験しました。同じ種族と文化の女性に乾杯:自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    日本男児はかくあるべき、という教育を受けた小学生時代の影響は深いものがあります。しかしです、現代の若い日本男児でも欧米での異性に対する挨拶は、どう見ても私とそう変わらずにギコチナイ風景を見て安心します。原因は何か明確に今でも判断出来ませんが、私が冷静に自分を分析すると異性を抱き締め軽く頬に唇をふれることが照れくさく恥ずかしく感じてしまいます。何故そう感じるかは分かりませんが、とにかくせいぜい握手が安心です。感情面では不安感、理性面では幸福感、不思議な思考、感情、行動を西洋の女性は大和の男の私に与えます。異文化交流は知恵の始まり。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    欧米での生活では表面的な心の交流の段階では言われる機会は少ないのですが、数年留学し、親友も生まれる頃には、大切な友達の心の世界、つまり異文化へのチェツクがじわじわと始まるのは、欧米の特色でしょう。キリスト教の影響は無信仰と自称する人にすら深い影響を与えています。多民族が殺戮しあった時代とは無縁な現代社会ですが、やはり愛情が絡んでくる段階になると、特に異性の根本思想にはずいぶんと気をつかうようです。新興宗教は論外ですが伝統宗教の信徒だというと本当に心から安心するようです。現代の留学生に対しても私は信仰がなくても、無宗教でも、自分はブデイストだ、と言いなさいとアドヴァイスしています。古代も現代も魂を持つ人間は信仰を無視しては生きていけません。アイデンテイテイーの統合に病的なゆらめきがあると人は病む傾向がありますが考...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    <私とあなた>の関係がその人の人生を光と影で織りなしていきます。母と子、父と子、幼稚園時代の友達、大学時代の友達、人により家族の転勤もあり海外で子供時代を送り、色々の人種の知人を持つ人生もあります。異文化交流の中からの人格形成の話に入ります。パンドラの箱のように蓋をあけたところから奇妙な人生が始まったりします。西洋の異性は強烈な影響を与えます。西洋の異性が日本人の私たちを不安、怒り、鬱、錯乱に導いたか、平安感、友好的な感情、幸福感、統御感に導いたか、それは深層心理の何を刺激したのかをしばらく考えていきます。異文化交流の勉強は人間を非常に豊かにしてくれます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    高校生の頃、グレースケリーに恋をして熱い思いを文字にしたため郵送すると数週間たち、秘書からお返事がきました。多忙で本人はかけないけれども、青春のこの想いを大切に人生をお送りくださいという内容でした。その後のモナコ王妃、悲惨な交通事故を想いながらこれまた勝手に涙したものです。イギリスに学んだ若いころ、グレースケリーに似た貴族の娘が研究室にいましたが、何とも性格の悪い人で女性全般に失望したこともあります。色々のグレースケリーに会いましたが、その度に私は成長していきます。私は欧米の個性のはっきりしたレジスタンス(地下運動)をやりそうな女性は苦手、やはり日本女性は最高です。感情を美しく抑え、細やかな愛情は日本女性にかなうものはいないのでは!ちょっと言い過ぎかも。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    或る場所での会合が終わり新幹線で帰京してきた私は近所の親しい知人からも汚染地帯からの帰還者扱いで、その対応者の人柄に対して平素感じないものを感じました。お陰さまで元気ですがふと過去の出来事を色々と想い出しています。1960年代のキューバ、1970年代のロシアでの思い出も色々ですが、政府関係の人々ではなく、市民レベルの民間防衛は欧米では、スイスの人々が一番素晴らしいと感じています。絶版ではないと思いますが、素晴らしい危機管理の本がありました。<スイス政府編:あらゆる危険から身をももる民間防衛:原書房:¥1500>です。この本には新型インフルエンザの話が書いてあるわけではありません。スイス市民が昔から外国の侵略に遭いながら現在の中立政策を毅然として保持しているには血の出るような苦労の蓄積があります。市民レヴェルで、...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    相手の激しい<好き、嫌い、怖い、怖くない>と言う4つの原初感情に触れて慌てる自分を許せない人がいますが、慌てる方が当たり前なのです。面と向かって、嫌いと言われて慌てない人、悲しまない人のほうが変です。しかし日本文化の中では欧米に比べて感情は抑え気味ですし、玉虫色の感情表現が好まれますので、西洋映画のようにストレートに表現するのは歓迎されません。ただこれから21世紀に向かい<自己愛パースナリテイ障害:健全に愛し愛される方法を知らず感謝も知らない人に見られる病理:>の患者さんが激増すると言われている現代社会では、好き、嫌い、怖い、怖くないという重要な感情表現のあり方について思索し修行しておいたほうがいいようです。愛情に深く関係してくる<好き嫌い>を上手に感情表現する修行を積むと<信頼できる友人>を獲得出来ます。真実...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    男は黙って、--ビールを飲む、沈黙は美、と言いましても相手を不快にする沈黙が多すぎます。本人は幸せなのですが相手を神経症に追い込んでおきながら、それでもまだ沈黙は美なり、という人の話です。西洋の映画でも美しい沈黙を表現していく映画は沢山ありますが、その前提として愛と信頼があります。愛と信頼を二人の関係性の中で確立できないくせに、沈黙をたたえることだけはやめたいものです。沈黙のお陰で何となく幸せ感を感じさせるには平素の関係性が重要ですが<私とあなた>の関係で、愛と信頼さえあれば、どんな沈黙も怖くなく、かえって日常の疲れを手をにぎってもらいながらの沈黙が癒しの最高の薬となるようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    大学病院で治療に当たるときでも、日常生活での色々の悩みの相談の時でも、悩みの相談に来ているにも拘わらず物を言わない人がいます。どんな悩みがあるのか、とんと見当がつきません。言語療法に向かない人々の為に、音楽療法、絵画療法、箱庭療法、俳句療法、色々ありますが、発病のメカニズムはそれぞれ人により違います。そんなとき、意外と役にたったのが映画の話題です。現実に適応出来ない心理から心因性病理が発症するのはわかっているのですが、現実に適応できない背景にはその人の成育史上の理想と現実のギャップを把握しておく必要もあります。その理想と現実のギャップを分析していく過程でこの西洋映画と日本映画の好き嫌いの会話から患者さんの病理に迫ることができました。この話をしばらく書いていきます.自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    子供は親が居ないと生きていけません。それを本能的に知っていて、ここ一番という重要な場面では親に遠慮して、物をいいませんし、本音を言いません。もっと可哀そうなのは全部自分を悪者にしてしまいます。最後にはこんな自分さえいなければ親は安心するだろう、と全部自分を悪者にしてしまいます。子供は本当に哀れです。そうかといって子供は知識と経験がないので本当に馬鹿に見えることもあります。人間は20年も教育しないと一人前にはなれない哀しい生物です。教育をしないと利口になれない生物なのです。神に似せて創造された、と言われるだけに、知性を磨く必要があるようです。しかし子供への虐待を見ていると本当に子供は親を選べないのだなあ、と思います。心理療法を子供たちの為にも活用して、明るく元気で逞しい子供達を育てたいと思うこのごろです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    殺人などすれば当然良心の呵責で苦しみますがここで思索したいのは良心の呵責を病的に感じないように、という警告です。宗教を持つ人の場合にも異常な良心の呵責に苦しむ場合が多いようです。良心の呵責で神経症状を呈し入院してきても何故、治療で治るか、と言いますと、神仏が直接聖霊を通して苦しませるのではなく、その人の思い込みから心を病んでいくという現象を知ってほしいのです。世界には色々の宗教があり、その指導者達は信徒を引きつけておく必要から色々の掟を創りました。本当の神様がご覧になれば呆れてものが言えないのでは、と思うような掟が散見されます。数千年の歴史の流れがあり、現代人である私たちには想像もつかない変な掟が多数あります。良心の呵責という問題は微妙な領域ですが、冷静に対処すれば神経症、精神病、人格障害も治療できます。病院で...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    たまたま愛した相手が心理療法の世界でいう<自己愛パースナリテイ障害>の人だったら、どうするか?逃げ出すか、覚悟して生涯つきあうか、その選択肢は難しいものです。この病気の特色は:*自分は重要人物である*限りない権力、知性、美、理想の愛という空想の世界に没入しがちな人*絶え間なく注目されていることを要求する*批判されると怒り出す*対人関係の中で自分の権利のみ主張、他人を極端に利用する、勝手に相手を尊敬したと思うと急に馬鹿にする*共感能力の欠落、以上の特色を同時に殆ど、この特色を兼ね備えている人がこの病気の特色です。大企業、官庁にも時々いるタイプで、カリスマ性があり、早く出世していきますが、その部下が自殺したり個性の美を押さえ込まれたり、あまりにも人望がないので、そのうち、その変な病理に気付いた幹部が病院に連れてきた...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

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