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ブログタイトル
生き甲斐の心理学
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/cull-tntu
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自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。
更新頻度(1年)

120回 / 155日(平均5.4回/週)

ブログ村参加:2019/07/09

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culltuさんの新着記事

1件〜30件

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    賞賛されないと不機嫌になる人がいます。さて、人は誰でも褒められたいと思っています。しかし大人になり良い仕事をしている宗教家、政治家、先生、親でも、同業の人を褒めると必ずケチをつける人がいたら、まだ成熟していないと言えるでしょう。自分の将来を決める大事な相棒を選択する時、その人の前で誰か同じような人を褒めると、その相棒の器がすぐわかります。本気でその個性の美を褒めたなら合格、ケチをつけだしたら少々問題があるかもしれません。自己愛に問題がある人は決して人を褒めません。難しい領域ですが、生涯、こつこつと自己愛、他者愛のバランスを健全に保持できるように修行していきましょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    好き嫌いが明確でないと、人は不幸になります。そんなお話です。人類発生以来、何となく最初に芽生えた感情が<好き、嫌い><怖い、怖くない>と言う二つの感情だったようです。<この食べ物は嫌い><この方向には恐ろしい敵がいそうなので怖い>、この原初感情のおかげで人類は生き延びてこられました。現代では教育が発達でしていて、この二つの原初感情をあからさまにすると教養がないと非難される傾向があり、その抑圧が人々を不正直にしてしまいます。口にしなくても好き嫌い、怖い、怖くないの感情を無視した人の怒りは整合性のない怒りで、本人も周囲の人をも不幸にしてしまいます。好き、嫌い、怖い、怖くない、この感情を平素大切にしていると、悔いのない人生、本物の生き甲斐の発見、答えが見つけやすくなります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    自己愛パースナリテイ障害という心の病気を持つ人(Aさんとします)をBさんが完全に無視してしまった場合、Aさんは自殺する危険があります。BさんがAさんにとつて何でもない相手ならば問題は無いのですが、Bさんが親、恋人、先輩、平素尊敬している先生、上司という立場の場合は大変です。この病気を持つAさんは、平素、人の愛を感じない、人を愛せない精神状態なので、周囲から変な人、自分勝手で憶測しがちな人、気取った気分屋さん、臆病で心配がり屋、と思われてはいますが、愛の孤独感に関しては無意識の世界では相当深く悩んでいる人なのです。自己愛の病理は人の生命にかかわります。AさんとBさんの心と身体は複雑な心理関係ですが、AさんとBさんの魂は完全に愛し合っていると言う哲学を信じると、そこに何か互いの救いの道が見つかります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    異常な怒りをする人がいなくなると心理療法の仕事は無くなるくらい、怒りは重要な精神現象です。明らかに、正常と異常の怒りはあります。この怒り、という現象が心理療法を成功させるための契機なのですが、その中でも自己愛の異常から生まれる怒りは本人を不幸にしていくので、自己愛の異常からくる怒りについて、しばらく思索していきましょう。愛の孤独感は人をくるわせます。愛の孤独感から命を絶つ前の怒りは自殺へのシグナルなので、親しい人の自殺防止の為にも、誠実にこの異常な怒りについて勉強しておきましょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    この世では何となく悪が目立ち、善は目立ちません。何が悪で、何が善か、難しいところでもあります。歴史を見るとすぐわかりますが、その時代、時代で善と悪の識別が付けがたいからです。男と女の愛の世界でも何が善で、何が悪か、考える必要があります。<真善美の愛>、どんな時代でも、愛する内容で人生の幸・不幸が決まります。魂は愛そのもの、永遠不変なもの、病むこともなく、老いることもない、愛の姿を深く思索していかないと、本当の幸福は得られません。人間の愛に見切りをつけて神仏の愛に生き抜く修道者の生き方も人間のありようの一つです。修道者が世俗で生きている人間への愛の在り方で、その人の修行内容がわかりますが、修道院で生きる人も世俗で生きる人も、愛に生きている人は本当に神秘的で美しい。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    世界の学会で注目されている<陰陽思想>ですが、古代中国の知恵者には驚かされます。その観察力は天才の集団かと思います。現代のノーベル賞クラスの量子力学の大家や少々前の時代のユングが必死で勉強した意味がわかります。さて、翻って,日常生活でのこの思想の応用で一番大切な心構えは何か?その答えは<不安感>と<平安感>のバランスを意識すること、だと思います。朝目が覚めて、夜寝るまでの貴重な一日で、自分の平安感を何よりも大切にして生き抜く、この意識化で、甲状腺の病気を克服した事例は山ほどあります。自分の平安感を大切にすること、そうすると必ず周囲の人を愛せます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    Aさんの人生事情のお話。Aさんは何故か周囲を不快にする傾向がありました。何故不快になるのか、人々は理由を言語化出来ません。ある日、Bさんが全員の見ている前で、にこにこ笑いながらAさんに言いました。<Aさん、Aさん、たまには周囲の人を愛したら!>、Aさんは<ゲー>と言いましたが、翌日から不気味なほど静かになり1週間後に職場を去っていきました。Bさんは責任を感じてAさんを訪問したところ、<愛したら>と言われて気づいたことがあり北欧にいる恋人からのプロポーズを受けて旅をするそうです。人にはそれぞれ言えない事情があるようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人は怒る必要もあります。毎日怒りまくる人は異常ですが、殆ど怒らない人を見ていると、人格のバランスに問題があるようです。自分の内面を観察すると、人様のことを怒る勇気がなくなりますが、それでも黙っていられない場合も沢山あります。周囲と世間から非難されることを覚悟で遠慮なく怒りまくった経験もまた必要なようです。勇気がない人、我慢の連続で神経を痛める人、卑怯な人、沈黙は金なりと信じて悪の存在と戦わない人、どんな時、怒ったらいいのでしょう?怒るべき時に怒らないと長い人生での幸せと誠実な人の愛を永久に掴み損なう場合が多いようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    あの世とこの世の相関図のお話。最新の科学といわれる量子力学の世界ではサブ・プランク・スケール(10のマイナス33乗cm以下のこと)はもはや常識となっています。つまりこの世に、時間と場所が無い世界が存在していたことが分ったのです。このように最先端の科学者が何故か、陰陽思想、古代仏教の哲学を真剣に学び真理を追究しています。このあたりは生き甲斐探索と深い関連がありますので、数回にわたり思索を楽しんでみましょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    錯乱して突入する人のお話。人生の途上で思い通りにならぬ事に遭遇すると、機嫌が悪くなりイライラし、あげくの果てに取り乱し錯乱し嫌味を言いながら突撃し、嫌われて信頼を無くしていきます。誰にもあることですが、セルフコントロールの基本を知らない人々でしょう。美しくすぐれた才能を持ちながら、心を制御出来ないばかりに、自己実現への道を自分で妨げてしまいます。変だなあ、うまくいかないなあ、と感じた時、たぶん、自己肯定、他者否定の関係になつているようです。人間の特徴のようなもので、誰でもこの反省があるようです。そこがホモサピエンスの美しさでしょう。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    3種類の恋人、というお話。極端な分類ですので斟酌してお読みください。普通はこのように、びしりと分類できませんが、考え方は参考になります。魂の恋人(永遠に愛し愛される関係)、心の恋人(幼友達に偶然会い一過性の恋が芽生えた事例)、身体の恋人(性の関係に重点が置かれた事例)の3種類です。いろいろの展開があるのが人生ですが、魂の恋人を持てた人は幸せで、この場合の愛は永遠の愛に繋がり、なぜか、心の恋人、身体の恋人が享受する以上の総合愛を味わえます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    生涯、役立った座右の銘、というものが私にもあります。日本の大学生時代、尊敬していた人生の大先輩が心をこめ愛を込めて私に贈ってくださった言葉が<いつも希望と情熱をもって生き抜こう>でした。私の激しい性格と、反面のシャイな性格を見抜いたうえでの座右の銘でした。どんなに多忙でも人はマンネリズムの生活に陥り生きる喜びを殺していきます。希望と夢の無い日々と人生は死んだようなもの。夢と希望の実現を信じて生き抜く喜びをこの言葉は証明してくれました。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    一直線の快感、というお話です。迷う事なくひたすら何かに専念している事は快感です。迷う時はストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱)を走りますが、楽しく何に打ち込んでいる時は幸福曲線(平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感)を一直線に走っている感じです。さて、ここでも問題点は、一直線に燃えている時は案外幸福感が大きいのですが、事情と状況によって、それが原因で病気になったり、心を病んだりする事例が多すぎるので、人は時々立ち止まり、燃えている自分を点検する必要があるのです。時々立ち止まり、ちょっと、燃えている自分と現実を見る習慣をつけておきませんと、恐ろしい病魔に気づかないで、ひたひたと、迫っている悲劇の予感に気づかない場合があるようです。幸福感は大事ですが、日々の幸福感の直ぐ裏側にあるものにも、時々、目を...自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    私の知り合いに怒った事のない人がいます!勇気を奮い起こして聞いたところ、第二次大戦の中国戦線で突撃突撃の繰り返しの日々で一生分の怒りを出し尽くしたので、もう怒るエネルギーが無いからだ、と笑っておられました。突撃する時は敢えて怒る理由を見つけてから突撃しないと敵にやられてしまうそうです。怒りの感情を燃え立たたせないと迫力が出ないそうです。これから数回にわけて怒りの感情について思索していきます。普通怒らないと人は心を病んでいくものです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    1970年代の滞英中、イギリスの友人に誘われて5パーセントクラブ(俗称)に参加させてもらいました。正会員の条件は財産(約5億円以上)、所定の条件を満たす団体役員、学歴、経歴、海外での社会貢献歴の審査があります。正会員である彼らに言わせると人類は5パーセントが天命に気づきその道を生きている、残りの95パーセントはやむを得ず今の道を歩まざるを得ない、だからその5パーセントに入っている自分達は世界の人々に感謝をこめて奉仕していこう、という団体です。私が招待されることは二度とないでしょうし、私も行く気がありません。皆様は招待を受けたらどうなさいますか?自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    昔、若いころ妙齢の貴婦人に<わたくし、怒っておりますのよ!>と言われ慌てたことがあります。人により環境により、怒りの表現はまちまちですし、病院でも<このおんどら、あんたはやぶや>とも怒鳴られたこともあります。怒りの感情は自然のもので、日常でも怒りの感情をほどほどの表出させないと心の病気になりやすいものです。<わたくし、怒っておりますの>派か、<このおんどら、あんたはやぶや>派、か、完全爆発させる前に、ほどほどに怒りを表出させておかないと、精神衛生は保持できません。淑女から「わたくし、怒っておりますの」と言わせた私は余程女心が分からない男性なのかも。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    昔の話ですが、30代の前半、飛行機事故で死にかけました。胴体着陸の際、数名即死、しかも私の右隣の方は首の骨を折り即死。その時の夢はその後数十年、なんとなく見ますが、その時の現場では意外と冷静でした。静かにロザリオの祈りをしながら滑走路に突入しました。神様を信じていると最後の瞬間にはすべてをゆだねる余裕があるのを体験しました。いざ、という時、このように世界のあちこちの事件に遭遇したとき、いつもこの委ねる手法で生き抜いたようです。信じる道がひとつあると訳のわからないことだらけの地球上の生活に安心感が与えられるようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    テレビドラマの水戸黄門は私の大好きな番組で、知人友人に馬鹿にされながらも楽しんでいます。さて、世の中、腹の立つことが多く、そうかといってやつあたりもできません。善と悪が明快で、かつ黄門様たちが必ず悪いやつらをやっつけてくれ、私の大脳に蓄積されていた1週間分のストレスがきれいに解消できるのです。太極拳でもそうですが、演武している時、嫌な相手をイメージの中でばたばた投げ飛ばしていると、大脳はすっきりします。このように大脳は複雑なようで、意外と単純なのです。蓄積したストレスを大脳は夢で解消・発散させる仕組みがありますが、意識した発散方法として私は黄門様を頼りにしています。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    ガンジーの怒り、マザーテレサの怒り、ヨハネ・パウロ2世の中世のガリレオや魔女裁判、十字軍への現代社会への謝罪外交、これらは全て美しい怒りが背景にあります。私たちも自己肯定、他者肯定の思想、感情、行動をしっかりと意識した健全な怒りをおおいに発揮しないと現代社会はよくなりません。特に、地球温暖化からの弊害防止の為には大いに怒りまくりたいものです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    いったん火がついた怒りの感情を<抑圧したまま放置>するのだけは止めましょう。倫理道徳も大切ですが、抑圧したまま人生を送ると、結局は心と身体を破壊します。怒りの感情は<不安感を解決せずに放置したこと>で発生しますので、怒りは、どんな理想と現実のギャップから生まれているかを冷静に分析する必要があります。この分析をしないで対処すると、ひたすら転落の人生を歩むことになります。自己肯定、他者肯定のバランスを保ちながらの怒りの感情を処理出来た人には輝かしい愛の世界と心の平安と深い友情が待っています.自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    平素、あなたを愛してくれている人、友人等が、何とも言えない哀しそうな眼差しと表情であなたを怒る姿に触れたことはありませんか?あーあ、申し訳なかった、と陰で感謝と共に、心の中で、その人に手を合わせて詫びた経験もあることでしょう。この関係が<魂と愛と怒り>の健康な関係式です。病的な関係式もあり<これは私の愛の怒りよ>と声高になされる犯罪も多数あります、愛のムチと称して子供をいたぶる教師、親、恋人、友人、上司いろいろです。偽善、無意識の復讐、愛という看板での行為に大勢の人間が苦しみます。この関係が一番恐ろしい病的な関係式です。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

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  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    正当防衛で相手を傷つけた場合、裁判所で論証するのは大変です。憲法と法は正当防衛を認めていますが、裁判での識別は相当、追い詰められます。日常生活でも自己の正当性を主張するには勇気と自覚が必要で,しかも良心の呵責なしに自然体で思索し、主張するには相当の修行が必要です。堂々と爽やかに、自分を虐めることのないように生き抜くのは案外難しい。大事な事柄への在り様について自分はAかBか、明確に思索しておかないと正当防衛を裁判所で主張するのは難しくなります。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    正義を振りかざす男女のお話。正義感は重要ですが、怒りをあらわに正義感を振りかざす男女には注意しましょう。正義感をもてあそぶ男女を詳細に観察すると言語に絶する偽善に直面し驚きます。もともと人間は業深く(ごうぶかく)、そう人様に自慢すべき人格はありません。どんな聖人でも欠点だらけです。勉強すればするほど人は謙遜になります。本物の正義感には<愛と許し>があります。人を愛し、互いに許しあう前提で正義を求める人はどこにいますでしょうか?自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    人間誰しも日々不安はあるものですが、この取り扱いはとても重要です。不安感を放置しておくと、段々と自律神経が疲労し免疫も弱り分泌も滞ります。不安感に固執すると固執障害をきたします。さてどうするか、結局、日々の生き方のありよう、心がけでしか対応できません。理想と現実とそのギャップを意識化したら、あとは人生の一問題と捉え、楽天的に、着実に前進する喜びへと転化していく必要があります。<不安感>を放置すると人は<怒りの段階>へと突入していき、益々イライラし、周囲にも迷惑をかけ、人生を不利にしていきます。怒りの問題を解決する方法を思索していきます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    科学が発達し証明出来ないものを人が信じなくなりましたら心の病が激増しました。自殺者も増え犯罪も増え信じられないような奇怪な事件も多発しています。科学では証明出来ないけれども信じて見えてくるものの世界を改めて考えてみましよう。そのきわめつけが誰でもが持つ魂です。古来から人類の天才達が生涯をかけて研究している愛である魂、老いることのない魂、病むことのない魂、この魂を信じると何が見えてくるでしよう?オカルトは駄目です。学問としての比較宗教学を学びながら心の平和を構築する為に信じて見えてくる世界がある事を学ぶと素晴らしい心の平安が見えてきます。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    思い通りにいかないとと直ぐ怒り出したり、混乱する人には内面の問題が沢山あります。人は誰でもその傾向はありますが、この自分の傾向を意識すると案外、簡単にセルフコントロール出来ます。さて、人は理想と夢で生きているようなものなので現実生活では期待通りに行かないのが常ですが、何故、期待通りにいかないのか、その理由を見つけ出す方法は、ひたすら現象(森羅万象)を楽しむ習性をつけると良いようです。現象学といいますが、現象を見守るうちに自分の理想が現実離れしていたことに気付き、大地に足のついた喜びを感じだします。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    現実を受容すると平安感が増える、というお話です。心の安らぎの前提条件として現実受容があります。現実逃避は心の病の原因。人間の本能はとても敏感に出来ていて、現実を逃避していると、心のどこかが落ち着いていない事を警告し出します。現実と直面して物事に対処しないと、本能が<本当の幸福感は得られないよ>と警告するからです。<本能>は比較宗教学では重要な概念。魂の警告、暗示、示唆がありますので、この原理を意識していますと、思わぬ知恵が湧いてきます。魂は現実を恐れていないようですし、真善美を大事にしているようです。むしろ現実に立脚した平安感を魂は与えようとしているようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

  • 自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

    この世が楽しくない、死にたい、と願う人々は沢山います。原因は色々ありますが、一番大きな理由は<現実の解釈>が間違っているからです。どんなにお金があってもこの解釈を間違うとこの世は地獄です。解釈を変えると、この世が素晴らしい世界に見えてきます。何の為に自分は生まれてきたか?その答え、自分で納得のいく結論を見つけなければなりません。その答えを見つけると、周囲に起きている森羅万象は全て自分の成長の為に必要な環境であること、その現実の意味が見えてくるようです。自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

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