「自分とは何なのか」「生命とは」「人間とは」など医学や科学では解明できない「よくわからない謎」を探求していきます
宇宙は、青い絵具と赤い絵具の2色が混ざってできていると思って下さい。 この2色が混ざると紫色になります。 ところが青と赤が混ざっても紫にはならず、青は青のまま、赤は赤のままで混ざり合っている、それが宇宙の仕組みです。 青い絵具は物質の世界です。 赤い絵具は非物質の世界です。 この二つの世界が同時にある、それが宇宙という無限の空間です。 宇宙の中でも、この地球は大気圏という物質の強い世界です。 それでも非物質である赤い絵具はちゃんと混ざっています。 地球以外の天体は、その殆どが赤い色が濃い世界ですが、青い色がないわけではありません。 たとえば月という天体は赤である非物質が強い世界ですが、青である物質もあります。 青があるから人間の目にも月は見えるのです。 もし赤だけだったら月も他の天体も人間の目には見えないはずです。 霊能者は赤い色が見える人です。 ..
なぜ自殺はいけないのか? それは霊的な摂理に反することだからです。 霊というのは生命のことです。 私たちはいま生きています。 ところが死んだら無になる、あるいは全く別の人生になる、苦しみや悩みは全て消える、そのように思っている人が多いのです。 それは大きな誤りです。 なぜって自分という霊魂は、この地上だろうが霊界だろうが、何も変わらないからです。 死とは今着ている肉体という物質を置いて、霊界という非物質の世界に行くことなんです。 霊魂というのは非物質です。 それが自分だということを知り、得心するために、今の人生があるのです。 みなさんには心というのがありますよね。 思考や感情です。 心には肉体的なものと魂的なものとがありますが、通常私たちはこのどちらなのかが区別できません。 感情にも肉体的なものと魂的なものとがあります。 怒りや憎しみというのは肉..
感染症には様々な感染症があります。 風邪もそうですし、インフルエンザもそうですし、新型コロナもそうです。 要するに物理的に見ると、ウィルスという病原菌が人や動物などの生き物を介して乗り移るという事です。 1900年代中頃以降になっても亡くなった人の脳味噌を食べるという民族がいたそうです。 いわゆる人食い人種の末裔の人たちですが、この人たちが皆病気で苦しんで亡くなっていくというので、欧米の科学者が調べたところ、ほぼ全員が感染症に感染していたそうです。 ですから人肉は絶対に食べてはいけないということです。 私たちはさすがに人肉を食べることはないと思います。 しかし昔歴史で習ったような氷河期が来て、あるいは気温が50度近くにまで上昇して何も食べるものがなくなった時、本当に人を食べないという自信がみなさんにはありますでしょうか? このまま二酸化炭素を放出しつづければ、物理的..
愛する人の死ほど悲しいことはありません。 特にお子さんを亡くされた方の悲しみは、見ているこちらも涙をこらえる事ができないほどのまさに悲痛です。 また愛する人が自分から去って行くという悲しみもあるでしょう。 天はなぜこのような悲しみという試練を私たち人間に課すのでしょうか。 悲しみという感情が起きるのは、ごく自然の成り行きです。 なぜ悲しいのかというと、それは真理を知らないからです。 真理というのは、非物質界にある法則のことです。 これを霊的な摂理と言います。 非物質とは生命のことであり、生命のことを霊と言うからです。 では霊的な視点で見て、死とはなんでしょうか? 死とは、肉体を地上に置いて行くことです。 人間の本質は霊魂であり、霊魂が死によって死ぬことはありません。 ではどこに行くのか? 生まれる前に居た霊界に帰るのです。 この真理を得心すればす..
なぜこんなにも自分が「生命」であることが自覚できないのでしょうか?
その理由は、自分という人間のことがよく分からないからです。 学校で教えてくれるのは、ダーウィンの進化論です。 これは人類の肉体的な進化のみを示すものであり、ここには霊魂という人間の、否、生物の本質が抜け落ちているのです。 晩年ダーウィンは少しそのことに気づいたようでしたが、残念ながら生命の本質まではたどり着けなかったようです。 人間の本質は霊魂ですが、霊と魂は違います。 霊というのは生命の源であり、それは霊素とでもいうべき「生きているエネルギー」のことです。 この霊のことを生命というのですが、これがまたややこしいのです。 それは生命という言葉の問題です。 生命保険という言葉は誰もが使っている言葉です。 生命保険は、本来の生命という意味ではなく、肉体という意味で使われる言葉となっています。 生命は死ぬことがありませんから、保険の必要はないのです。 生命は病気にも..
思想家とは非物質もしくは非物質の世界を自ら体験する人のことです
思想と哲学は違うと私は思っています。 哲学をしている人を哲学者と言います。 生命、意識などの非物質又は非物質の世界を科学的にではなく、インスピレーション的な洞察力で明らかにしていく学問を哲学と言います。 科学的ではないという意味は、万人がわかるように仮説を立てて検証するわけではないということです。 これに対して思想をしている人のことを思想学者ではなく、思想家と言います。 なぜ学者ではないのかと言いますと、思想は学問ではないからです。 大学には哲学科はありますが思想学科はありません。 ただ今後、非物質や非物質の世界を自ら体験を通して学んでいくという場ができたら良いとは思いますが、そういう教育者が出てくれば可能性はあると私は思っています。 思想家というのは、哲学を実践して自ら体験をする人のことです。 哲学という仮説を立てて自らが実験台となって検証する人のことを思想家と..
いまコロナ禍で地上は混乱しています。 このような時には明確な「ビジョン」が必要です。 国が「未来の理想像」を示し、進むべき道を示す必要があります。 ビジョンがなければ人々は我慢できなくなります。 いまこそ国はリーダーシップを発揮して未来の理想像を示す必要があるのです。 未来はどうなるのか? 国がビジョンを語らないのならば、自分でビジョンを明確にしていかなければなりません。 これからは「命を守る」ではなくて、「命を生かす」政策が必要になってきます。 生命は人間だけに付与されたものではありません。 すべての生きているものに与えられたものなのです。 「生命を生かす」政策こそが生命を守ることにつながります。 サーズ、マーズ、コロナ・・これらの感染症の原因は、他の生命を生かさずに殺傷していることに起因しています。 食用にしろ薬用にしろ、生命を生かさずに殺しています..
食事は生命を維持するのに欠かせないと私たちは思っています。 そのために朝、昼、晩と3食食べるという習慣が根付きました。 若い時は三食食べても良いと思いますが、中年以降はこの習慣が逆に病気を誘発していると言っても良いかもしれません。 世の中を見ると、やはり過食気味の人が多いと感じます。 いつもお腹が満たされていないと、力が出ないという人もいます。 しかしこれは病気の原因になります。 そもそも霊的な視点で見ると、生命というのは食事が必要ありません。 もちろん飲料も必要ありません。 ところが私たちは肉体という身体を持っています。 肉体は食事をしなければならない、私たちはそう習慣づけられていて、その観念は非常に強いです。 では食事をしなければどうなるのか? それは断食をしてみればわかります。 1〜2日断食をすると体重が減ります。 余分な体重が減っていくので..
霊能者とは霊的な能力が出てきた人のことです。 なぜ霊的な能力が出てくるのかと言いますと、人間は霊だからです。 つまり人間には全員に霊的な能力が備わっていることになります。 ただ、シルバーバーチ が言うように、人にはそれぞれ霊的な能力が出る時期というのがあります。 それは一人一人の魂、つまり意識によって時期は異なります。 霊能力は何のために現れるのかと言いますと、人間は霊であるということを体験するためです。 人間は何でも自分が体験しなければ腑に落ちないのです。 五臓六腑にドスンと落ちるには、体験が必要なのです。 霊能力が現れた人は、それをそのまま放置したり、それで収入を得たりしては先に進むことができなくなります。 つまりそれ以上の霊能力が出てこなくなるということです。 霊能力が現れた人は、プライオリティの一番は霊性の向上にすべきです。 なぜかと言いますと、霊..
霊的な摂理とは、生命の、いのちの法則のことです。 大自然の、絶対にそのようになるという、原因と結果の決まりです。 宇宙には目では見えない、物質ではない、生命の元である、生きているエネルギーが無数にあります。 そのエネルギーにはさまざまな種類があり、そのエネルギーを栄養源として生命体は生きているようです。 私たち生命体というのはその生命の元である生きているエネルギーから生まれますが、それは無始無終であるとシルバーバーチも言っていますように、謎に包まれています。 生まれた生命体はやがて意識を持つようになります。 この意識のことを魂と言います。 生命という生きているエネルギーは完全であり、絶対に間違えることはありません。 しかし、生命から生まれた魂は不完全です。 この不完全な魂を完全にしていく過程を「生命の進化」と言います。 生命の進化は、生と死を繰り返すことによ..
まず、組織について言及したいと思います。 組織というのは、その組織のトップ以上にはならない、というのが私の持論です。 トップには公私はありません。 トップが公私を言い出したら、その組織には、不正直が多く存在するようになります。 「正直」というのは、「うそ」「ごまかし」「かくしごと」が無いことです。 なぜ「正直」が大事かと言いますと、宇宙は正直が当たり前だからです。 シルバーバーチという霊魂は、「正直」について特に言及していません。 それはなぜかというと、一つにはシルバーバーチのように霊界に長く居る者にとっては、「正直」が当たり前だからです。 人の言わんとすることがすべて先に分かってしまうのです。 つまり、思念の段階でシルバーバーチにはもうわかっているのです。 ですから霊訓でも時々「あなたの言わんとすることはわかっております」とつい口が滑ってしまうことがあるの..
昨今の新型コロナウィルス禍で「いのちを守る」という言葉がよく使われます。 この「いのちを守る」という言葉には、二つの意識があります。 一つは物的視点(肉体的視点)で見た時の意識です。 この意識は「肉体を守る」という意識です。 そしてもう一つは霊的視点(生命的視点)で見た時の意識です。 これは「霊という自分が身につけている肉体を守る」という意識です。 この両者とも「肉体を守る」という点では一致していますが、最初から自分という肉体を守るという意識と、霊という自分を意識して肉体を守るのとでは、結果に雲泥の差が出てきます。 前者は日常で自分を肉体だという意識が主であり、後者は日常で自分は霊魂であるという意識があり、その霊魂の意識が反映されたものが肉体であるという意識があります。 つまり後者の意識は、原因は自分という意識にあり結果が肉体に出るに過ぎないという意識です。 ..
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