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ブログタイトル
命とは何か?〜霊的視点(洞察力)で究明しています〜
ブログURL
https://muu-rin.blog.ss-blog.jp/
ブログ紹介文
命とは何でしょうか? 自分は確かに生きているという意識があるのに、なぜ命のことが分からないのでしょうか? 人生最大の疑問を解き明かします。
更新頻度(1年)

51回 / 365日(平均1.0回/週)

ブログ村参加:2019/06/20

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命チャンネルさん
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命とは何か?〜霊的視点(洞察力)で究明しています〜
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命チャンネルさんの新着記事

1件〜30件

  • 霊的な摂理とは・・

    霊的な摂理とは、生命の、いのちの法則のことです。 大自然の、絶対にそのようになるという、原因と結果の決まりです。 宇宙には目では見えない、物質ではない、生命の元である、生きているエネルギーが無数にあります。 そのエネルギーにはさまざまな種類があり、そのエネルギーを栄養源として生命体は生きているようです。 私たち生命体というのはその生命の元である生きているエネルギーから生まれますが、それは無始無終であるとシルバーバーチも言っていますように、謎に包まれています。 生まれた生命体はやがて意識を持つようになります。 この意識のことを魂と言います。 生命という生きているエネルギーは完全であり、絶対に間違えることはありません。 しかし、生命から生まれた魂は不完全です。 この不完全な魂を完全にしていく過程を「生命の進化」と言います。 生命の進化は、生と死を繰り返すことによ..

  • 今の日本に、否、みなさん一人一人に必要なこと

    まず、組織について言及したいと思います。 組織というのは、その組織のトップ以上にはならない、というのが私の持論です。 トップには公私はありません。 トップが公私を言い出したら、その組織には、不正直が多く存在するようになります。 「正直」というのは、「うそ」「ごまかし」「かくしごと」が無いことです。 なぜ「正直」が大事かと言いますと、宇宙は正直が当たり前だからです。 シルバーバーチという霊魂は、「正直」について特に言及していません。 それはなぜかというと、一つにはシルバーバーチのように霊界に長く居る者にとっては、「正直」が当たり前だからです。 人の言わんとすることがすべて先に分かってしまうのです。 つまり、思念の段階でシルバーバーチにはもうわかっているのです。 ですから霊訓でも時々「あなたの言わんとすることはわかっております」とつい口が滑ってしまうことがあるの..

  • 命を守る、ということ

    昨今の新型コロナウィルス禍で「いのちを守る」という言葉がよく使われます。 この「いのちを守る」という言葉には、二つの意識があります。 一つは物的視点(肉体的視点)で見た時の意識です。 この意識は「肉体を守る」という意識です。 そしてもう一つは霊的視点(生命的視点)で見た時の意識です。 これは「霊という自分が身につけている肉体を守る」という意識です。 この両者とも「肉体を守る」という点では一致していますが、最初から自分という肉体を守るという意識と、霊という自分を意識して肉体を守るのとでは、結果に雲泥の差が出てきます。 前者は日常で自分を肉体だという意識が主であり、後者は日常で自分は霊魂であるという意識があり、その霊魂の意識が反映されたものが肉体であるという意識があります。 つまり後者の意識は、原因は自分という意識にあり結果が肉体に出るに過ぎないという意識です。 ..

  • 「自分という生命は歳を取らない」という意識が大切です

    意識というのは、普段日常の生活で心で思っていることです。 それを繰り返し繰り返し反復することにより、自分の心に根付かせていくのです。 なぜ歳を取らないのか? 人間は生命だからです。 では、生命とは何か? 生命とは霊のことです。 では霊とは何か? 霊というのは 生きているエネルギー のことです。 では自分という意識とは何か? 意識とは、霊から生まれた精神です。 精神には 霊的な精神と 肉体的な精神とがあり、霊的な精神のことを「魂」と言います。 霊は生命であり、生命は霊です。 例えてみれば、霊全体は海の海水すべてであり、その海水を片手ですくったのが、自分という分霊です。 その手に残った海水は10滴か20滴のしずくですが、そのうちの一滴がいま意識している「自分」という意識です。 生命が生きるという目的は、このたった一滴が自分である という意識を..

  • 宇宙を霊的視点で視る

    視点には物的(肉体的)視点と霊的(生命的)視点があります。 霊能者には霊的視点がありますが、それは物的に近い霊的視点です。 霊性が向上してきますと、霊的視点での洞察力というものが出てきますが、これは自分で体験するのが一番わかると思います。 宇宙は二重の構造になっています。 一つは私たちが目で見てわかっている物質の世界です。 もう一つは目では見えない、触れても分からない、非物質の世界です。 この非物質のことを生命とか いのちとか、霊と言っています。 つまり宇宙には物質の世界と生命の世界がある、ということです。 地球という天体には人間という生命体が、肉体という物質体を身につけて住んでいます。 生命体が進化する初期には、どうしても物質を身につけて様々な体験をすることが必要なようです。 シルバーバーチは、このような物質的な天体はこの広い宇宙にもう一つある、というよう..

  • ベジタリアン、菜食、ヴィーガン、グルテンフリー、カフェインレス・・

    ベジタリアン、菜食、ヴィーガン、グルテンフリー、カフェインレス・・ これらは食に対するこだわりですが、未来の食の姿ではないかと私は思っています。 何故未来はこのような食になるかというと、それは生命のことが分かってくるからです。 今、人間はまだ「いのちとは何か」が分かっていません。 それは、いのちが科学では解明できないからです。 生きているものには必ず「いのち」があります。 いのちがあるから生きているわけです。 それなのに命のことが分からない、こんな理不尽なことがあるでしょうか。 ベジタリアン、菜食、ヴィーガンというのは、動いている生き物を食べないことです。 彼らは捕まえようとすると逃げます。 それは彼らにも人間同様に「魂」があるからです。 魂とは「意識」のことです。 逃げるのは本能であると言われていますが、これは意識なのです。 人間と彼らが違うのは、人..

  • 人間の魂

    人間の魂は霊があるから存在できます。 霊とは生命のことですが、霊は「生きているエネルギー」のことであり、それが人間という分霊となって個である魂が誕生します。 地球上では人間は霊の進化の最終形です。 しかし霊的視点で見ると、人間は霊として漸く個的な魂を持てたということが出来ます。 漸く個の魂として、進化のスタート地点に立つことが出来た訳です。 人間が個的な魂を持っていると言うことは、一人一人の顔立ちが違うと言う点を考えれば、容易に想像ができると思います。 他の生き物は個ではなく、群れとしての魂を持っていることになります。 そのために外見の容姿では見分けがつきません。 人間には個性があります。 一人一人価値観、意識が違います。 それこそが自分という魂です。 人間はこの地上に初めて個の魂として誕生しました。 初めてです。 以前生まれたことがあるのは、同じ霊の..

  • パソコンと人間

    今東京都の知事選が行われています。 何もこのようなコロナ禍の中で選挙を行わなくても良いと思うのですが、彼らにとっては必要なのでしょう。 そもそもコロナは既得権を壊すために私たちの前に現れたと言っても過言ではないと思います。 この選挙もそうです。 選挙があると、国民は投票所に足を運ばなければなりません。 いまは皆さんもご存知のように、税金もインターネットで振込ができるようになってきました。 しかしまだインターネットでの選挙の投票は行われておりません。 そしてそのことを、どの候補者も言っていないのです。 これはなぜでしょうか。 こんなに早急に行わなければならないことを、なぜお座なりにしたまま放置しているのでしょうか。 NHKをぶっ壊すという党はありますが、既得権を壊すという党はありません。 今はコロナのお陰で多くの既得権が崩壊しようとしています。 これら..

  • 肉体は地球で生きるために生命に与えられた道具である

    肉体は、クルマであって運転者ではないということです。 クルマは24時間365日稼働することはないですが、肉体は違います。 心臓や肺は眠ることなく、ずっと働き続けています。 世の中にこのような道具はありません。 道具ということは、物質であるということです。 道具は大事に使わなければ傷みます。 休ませたり、時には修繕もしなければなりません。 肉体は生命ではないのです。 肉体は生命という生きているエネルギーが動かしているのです。 その生きているエネルギーが個体となって意識を持ち、進化して自由意志を持ったものが人間と呼ばれている生命体なのです。 その個体が初めて意識を持ってから人間になるまで、数百万年かかったとシルバーバーチ は言っています。 これこそが生命の進化なのです。 肉体の進化ではなく、生命は進化するごとに霊的に成長して、宿る肉体を変えてきたということ..

  • 蚊に刺されないという生き方

    100年ほど昔、長南年恵さんという霊能者の人がいて、この人は蚊に刺されなかったという話を以前記しました。 このことだけ書くと何か特別な超能力を持っていたのではないかと思うかもしれませんが、これは単なる霊能力です。 霊能力というと、特別な人が持つ力の様に思いますが、特別ではありません。 霊能力というのは、霊ならば誰でも持つことができる能力なのです。 ただそのためには「人間は霊である」という意識を持って日常を生きることが大事になってきます。 意識は簡単に変わりません。 そこが人間にとって、1番難しい、時間のかかるところなのです。 意識が向上してきますと、人間も蚊も同じ霊である、という意識になります。 霊という素材としては、何も変わらない、同じ霊であるわけです。 そういう意識になるということは、当然他の生き物も同じ霊であるという意識になっているはずです。 その..

  • 「いのち」とは何か?

    今の私は、いのちとは、生命、精神、霊、魂、身体、肉体、の6つの総称である、という意識があります。 しかし、現在の多くの人は、生命とは肉体のことである、という認識で一致しています。 この認識を変えるのは容易ではありませんが、生命とは肉体のことであるという物質的な意識を、見えないものを見るという洞察力的な霊的な意識に変えていくことこそが、人類に課せられた課題である、と私は思っています。 例えば生命保険は生命にではなく、上の6つのうちの肉体と精神の一部にかける保険なのですが、誰も生命保険という言葉に違和感を覚えることがありません。 それは地上の人類がまだ生命とは何かを理解できるまで進化していないからです。 ここでいう進化とは、目では見えない霊的な進化のことであり、ダーウィンなどの肉体的な進化のことではありません。 肉体的な進化は人類全体で行われているのであり、これは科学や物理..

  • 「植物以外の食べ物を食べない」という生き方

    植物以外の食べ物を食べない生き方、それが今の私の生き方です。 なぜ? それは私の義務だからです。 それは法律か、それとも命令か? いえ、そうではありません。 自分が自分に課しているのです。 そうしたい自分がいるのです。 生きて動いているものを殺生することはできないのです。 直接でも間接でも、出来ないのです。 可哀想とか、好きとか嫌いとかの感情ではありません。 人間としてではなく、同じ霊として出来ないのです。 どんなに小さな虫さえも殺生するのは嫌なのです。 不食という、植物さえも食べないという生き方があります。 私もたまにですが、胃腸などの内臓を休めるために断食を1〜3日することはあります。 私はまだ植物を食べることが許されているようです。 というか、不食という生き方をするまで、まだ自分という意識が到達していないのです。 人間は肉体を置いて..

  • 生命の進化

    新型コロナ禍はなぜ起きているのか? それは人類があまりにも物的な文明のみに傾倒したために起きたのだと思います。 人間の本質は生命なのです。 自分が生命である、と言うことを今の人類は忘れて生きています。 そのために人類全体にこのような苦難困難が襲ってきているのです。 これは原因があっての結果にすぎません。 原因はもちろん人類が自分が霊であるということを忘れて(気づかずに)、霊的(生命的)摂理(法則)に抵触した生き方をしているからです。 「そんなこと教わっていないよ」と文句を言っても、誰も教えてはくれません。 これは自分で気づいて見つけていくしかないのです。 生命である霊は、そのように創られているのです。 困難苦難を嘆いてはいけません。 困難苦難には必ずそれ相当の償いというものがあります。 一番の代償は、「体験による教訓、気付き」です。 これは一人一人違います..

  • 感染症の専門医、岩田神戸大教授の「コロナ最悪のシナリオ」

    神戸大学の岩田教授は「新型コロナウィルス」について次のように述べています。 「数ヶ月で終息するというのは政治的な思惑であり、医学的、科学的な根拠はない。最悪のシナリオは、新型インフルエンザがそうであったように、コロナウィルスと共に生きていくということ」と述べています。 終息するというのは、地上から消えてなくなる、という意味です。 岩田教授は、新型コロナウィルスが終息しない可能性が充分ありうる、と言っているのです。 私は生命的視点、霊的視点で新型コロナウィルスを見ています。 新型コロナウィルスは、人間と同じ「生命体」です。 こう言いますと、「ふざけるな」とか「ばかばかしい」という言葉が聞こえてきそうですが、視点が違うのですからそう思うのも無理はありません。 しかし、誰が何と言おうと、同じ生命体であることだけは確かです。 生命体というのは、生命という生きているエ..

  • 病気は、生命(いのち)とは何か を教えるために起きます

    新型コロナウィルスは病気です。 病気というのは霊的視点で見ますと、人間が生命(いのち)の法則に抵触するときに起きるものである、ということができると思います。 生まれつきの病気は主に、過去に自分という個霊の中の自分ではない魂が抵触した可能性と、肉体的な遺伝とがあります。 病気という問題を解決するには、人間を霊的視点で見る必要があります。 霊的視点で見ると、人間は三つの自分でできていることがわかります。 一番大事なのは生命(いのち)という自分です。 次に大事なのは、魂という自分です。 そして最後に大事なのは、肉体という自分です。 この順番で生きるという意識を持つことを、霊主肉従 の生き方と言います。 シルバーバーチは、現在の人はこれとは真逆の 肉主霊従 の生き方をしていると言っています。 その原因は、生命(いのち)とは何か、ということを知らないからです。 生命..

  • 安易な道ではなく、苦しく辛い道を選択することの意味

    生命というものを1つの大きな円に例えます。 その大きな円に触れる形で、周りに小さな円を1つ描きます。 大きな円と小さな円の接点は、くっついていて絶対に離れません。 このくっついていて離れない部分を「根(こん)」と言います。 大きな円は生命そのものであり、小さな円は人間一人一人の生命です。 棍を辞書で引くと、「粘り強く一つのことを続ける気力、根気」とあります。 数学では実数の根(解)のことを実根と言い、仏教では眼耳鼻舌身を五根といい、これに意棍を足したものを六根と言っています。 私は「根」とは、「私たち人間という不完全な生命が、完全な生命とつながっている接点」であると思っています。 このつながっている接点を「実根」と言っても良いと思います。 数学の実根ではなく、生命の実根です。 人間を見ていると、まるで根無草のようにフラフラと生きているように見えますが、一人一..

  • コロナウィルスについて⑤

    生命の進化とはなんでしょうか? 私たちはどう進化してきたのでしょうか? 人間は昔はウィルスだった、と言ったらきっと一笑に付されるでしょう。 でも私は、人間はウィルスだったことがある、そう思っています。 なぜって生命はほぼゼロの質量から、人間という生命になるまで、生命として進化してきていると思っているからです。 生命、この生命という言葉が私たちを惑わしているのです。 生命というと、生命保険を思い出します。 生命保険は文字通り生命に掛けているものです。 つまり、生命とは肉体のこととしてとらえられているのです。 私たちもそれが当たり前になっています。 しかし、本当の生命というのは、物質的なものではありません。 生命は、生きているエネルギーです。 それが物的な身体に宿って地上に生まれてくるのです。 今日、首相が国民に対して「私たちは、ウィルスと戦う」と言い..

  • 新コロナウィルスについて④

    さて、新コロナウィルスに感染しないための予防方法はあるのでしょうか? 私はあると思っています。 というか確信しています。 私はコロナウィルスではありませんが、インフルエンザウィルスで確認済みです。 ウィルスというのは、目では捉えられない生きているエネルギー体です。 言葉を変えれば生命、つまり人間と同じ霊なのです。 なぜインフルエンザに罹るのかと言いますと、それは人間が霊的に見て不完全だからです。 生命である霊は、進化しようとします。 進化というのは、霊的に見て生命が完全の方向へ進んでいくことです。 では、人間がどのくらい不完全かというと、目も当てられないくらい不完全なのです。 人間には自分が不完全な生命であるという自覚がありません。 自分の素顔が見れないのと一緒で、人間は自分のことがわからないで生きているのです。 みなさんは「生命(いのち)とは何か」..

  • 新コロナウィルスについて③

    以前このブログで、すべての謎を解く鍵は「人間は霊である」ということであると申し上げました。 そしてこの「地上に現れる、あるいは自分に現れる事象は、すべて結果である」ということも申し上げました。 つまり、人間は霊であり、生老病死という四苦は結果である、ということです。 では、新コロナウィルスはどうなのでしょうか。 クルーズ船、スポーツジム、ライブハウス、お稽古ごとの教室、宗教の行事、宴会など、人の集まるところで感染は拡大しているように見えます。 そして亡くなる方の多くは、何かの持病をお持ちの高齢者の方だということです。 要するに、体力がない高齢者の方々ということが言えると思いますが、これらの見方は肉体的な視点、物的な視点での原因である、ということができると思います。 では、霊的な視点での原因は何なのか。 新コロナウィルスは、人間が霊的な摂理に抵触して日常を過ご..

  • シルバーバーチが言う霊的な摂理とは、生命の法則のことです

    生命には法則があります。 この法則は、宇宙全てを網羅していて、絶対に間違えることがない、すべての生命を支配している法則です。 しかし残念ながら、まだこの法則があることは、一部のごく限られた人にしか知らされていません。 法則を知っていると言っても、すべての法則を知っているわけではなく、ごくごくわずかのことしかしり得ません。 シルバーバーチの霊訓などの書籍には、この生命の法則のことが詳細に書かれています。 この生命の法則を知って自分が使えるようになれば、超能力を得たようになるのではないかと思う人がいるかも知れませんがが、それは大きな勘違いです。 なぜならば、そのような心構えでは、一向に生命の法則が自分に働いていることが解らないからです。 生命の法則を知るためには、まず最初にそのような我欲を捨てることが大事なのですが、ここで大半の人はドロップアウトしてしまうわけです。 ..

  • 摂理とは、「生命の法則」のことです

    3000年前に他界したシルバーバーチは、霊界からの書籍で「生命」のことを私たちに教えてくれています。 イエスもマザーテレサも、本を書きませんでした。 人間の書いたモノはあてにならない、二人ともそう思っていたのではないかと思います。 他界した霊がみな霊性が高いわけではありませんが、それは文章の端端に自ずから現れてくるのではないでしょうか。 それを見極めるのは、読み手の霊性だと思います。 霊性の向上は、この地上にいる間に気付いて取り組むべき課題である、私はそう思っています。 私も人間です。 自分の霊性によって書くことが変わります。 当ブログでも、最初に書いたものと今書いているものとでは、おそらく内容が変化していると思いますが、それは私自身が霊性の向上にチャレンジしている証である、そう思っていただければ幸いです。 それくらいものすごく早いスピードで魂が磨かれていると感じてい..

  • 桜を見る会

    桜を見る会の問題で国会が揺れています。 誰が出席して、どこでいくら使ったのかが問題になっているのです。 私は思います。 いったい国会は何をやっているのでしょうか。 私がそう思う根拠は、誰がとか、いくらとか、どこでなどという問題は枝葉の問題であり、幹は税金の使い道の問題だからです。 なぜ楽しみや娯楽や飲食に人の血税を使うのか、私には使う人の気持ちがわかりません。 税金とはそういう使い方をするものではない、私はそう思います。 そもそも楽しみや娯楽や飲食が損金計上できるというのもおかしな話であると私は思っています。 なぜならば、これらは個人的なことであり、もしこれらが許されるならば、衣食住の全てが経費で認められるということになるからです。 会社の経営者は、24時間、365日会社のことを考えています。 ならば衣食住もその全てを経費としても何ら問題はないはずです。..

  • コロナウィルスについて

    ウィルスは生命(いのち)です。 生きています。 生きているエネルギー(体)です。 インフルエンザや風邪などのウィルスも、ずべて生きています。 人間はウィルスを毛嫌いしますが、実は人間と同じ生きているエネルギー(体)なんですね。 違いは「進化の程度」なんです。 生きているエネルギーである生命(いのち)には、宇宙の大自然の法則が働いています。 それは生命の宿命と言っても良いです。 それは「生命は進化する方向に進む」ということなんです。 従ってウィルスも必ず進化する方向に進んでいく宿命にあるわけです。 これはとても重要なことです。 これは人間とウィルスだけではなく、すべての生物は「進化するために存在している」のです。 ではウィルスは、なぜ人間に対して悪さを働くのでしょうか? 本当にそれは悪さなのでしょうか 今一度考えてみる必要がありそうです。 ウ..

  • みなさんは、3つの自分からできています

    まずはそのことを学んで下さい。 三つの自分とは 一つは肉体の自分です。 一つは精神の自分です。 一つは生命(いのち)の自分です。 一つ目の肉体の自分というのは、一番わかりやすいと思います。 なぜならば目で見えるからです。 二つ目は精神の自分です。精神というのは、心や思いや喜怒哀楽の感情などをつかさどるコントロールルームです。 これは目では見えません。見えませんが、みなさん心や感情が自分にあることはわかっていらっしゃると思います。 人間は、地上に生まれる人間は、全体としてそこまで進化してきているということです。 そして三つ目は生命、いのちとしての自分です。 実はこの3つ目の自分が一番大事なんですけれども、みなさんどうもピンとこないようです。 それというのも、人間は、地上に生まれてくる人間は、全体としてまだそこまで進化していないからです。 ただ全体としては..

  • 生命とは何か?

    地上に現れてくることは、すべて結果である。 原因は心にある。 心がすべての結果を創り出している原因である。 心とは思いである。 何かを思うとき、それは心で思っている。 心はどこにあるのだろうか。 心は頭脳ではない。 脳は肉体の一部である。 肉体は両親からの遺伝にすぎない。 頭が良いとか悪いとかは肉体の脳ことであり、それは心ではない。 では心とはなんであろうか。 心、こころ、 この心こそが今生で生まれた自分という人間である。 ところが自分という人間の心はすぐに右に行ったり左に行ったりする。 これが本当の自分なのだろうか。 なぜ心は不動ではなく、揺れ動くのだろうか それにも原因がある。 心が揺れ動く原因は、自分という人間のことを知らないからである。 では自分という人間は一体何なのであろうか。 大雑把にいうと、人間は肉..

  • 若者よ、人生に無駄はない、勇気を出して一歩前に進もう!

    人生が苦しくてやりきれなくなるのは、一つには想定外のことが起きるからです。 人は想定外のことが起きるとパニクって、頭の中が真っ白になります。 もう、どうして良いのかが分からなくなるのです。 そうすると大抵の方は何かしらの失敗をします。 その時に大事なのは、「失敗、大いに結構」と失敗を受け入れる大きな心を持つことです。 なぜならば、何かをしたから失敗をしたわけで、何もしなければ失敗はしていないからです。 つまり、あなたは先に進んだから失敗を経験できたのであり、それを嘆くことは何もないのです。 人生での失敗は大いに経験すべし、私はそう思います。 特に若い時は、どんどんと前に進むべきです。 頭の中が真っ白になってパニックになるのは、想定外のことが起きるからです。 ここで必要になるのが「忍耐」と「寛容」です。 忍耐とは、動かずにじっと耐える心をつくることです。 寛容..

  • 「この世は修行の場である」

    そう意識できた時、人生が変わります。 ただし、これは私の体験です。 このブログは、私の体験に基づいて記しています。 自分が正しいと思っていても、それを人は正しくないと判断することは多々あります。 逆に、人が正しいと思っていても、それを自分は正しくないと判断することも多々あります。 「なぜ人はこんなことが分からないのだろう」と思って腹を立て、怒り、恨み、嘆きます。 そして行き詰まると、人生を投げ出したくなる時があります。 そうやって人は他人を責めますが、答えはそこにはありません。 問題の核心は他人ではなく、自分にあるからです。 この問題は、他人を認め、許し、受け入れる、という自分の器を大きくすることでしか、根本的な解決はしません。 この器のことを「隣人愛」と言います。 いわゆる肉体的な愛ではなく、精神的な愛です。 自分の愛を大きくする、これが地上での修行で..

  • 命と精神、霊と魂

    命には大きさがあります。 量の大きさではなく、いわば質の大きさです。 命は数字に例えると、0から始まり1、2・・千、万、億、兆、京、垓・・という単位で大きくなっていくということができます。 命の0というのは何もないということではなく、命の素という意味です。 物質に元素や原子があるように、命という非物質にも素があると私は考えていて、それを霊素と私は名付けています。 霊というのは命のことであり、それは目では捉えることができない、科学では解明できない非物質なのです。 命という素材が、どうやって0から1になるのかは、私にはわかりません。 しかし、命の1というのは、進化の最初の過程であるということは間違いないと思います。 進化というのは肉体の進化ではなく、命の進化のことを指しています。 その命が最も小さな1から始まり、やがて地上でいうアメーバに進化していきます。 アメーバ..

  • 人間は小さい、命はあまりにも大きい、だから・・・

    だから、人間には命のことがわからないのです。 ここで言う人間とは、一人一人の精神 つまり 魂のことです。 命 とは 霊のことです。 命を考えても、いくら考えても命のことはわからないと思います。 命とは霊のことである、とシルバーバーチ は語っていますが、霊 として命を捉えなければ命のことはわかってきません。 そのためには、皆さん自身である魂、地上的に言うと 精神を大きくしていく必要があるのです。 人間の精神は、いわば小さなコップの水です。 命は、いわばバケツの水です。 本当は、命は大海 つまり海水と同じ大きさなのです。 しかし、私が分かっているのは バケツの水までで、大海のことは分かりません。 すべての命はつながっている、というのはわかります。 それは他の命を愛しむ心が生じてくれば体験できることだからです。 私たちの精神というのは、人間としては初めて..

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