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  • 桜の下にて、面影を(17)

    ☆☆☆――いよいよ、幕が上がる時が来たようですね。何度目になるのかさえ、すでに分からなくなるくらいに通い慣れた京都。住友苗雅は、ロマンティック街道まっしぐらな後輩寂念の説に乗ったような振りをして、桜の季節の古都にいた。旅の初日は、決まって昼の食事を済ませることからスタートする慣わしの彼は、初めて訪れた喫茶店の扉を、いつもの静かな腕で引いた。――『BorntoSmile』ですね。お気に入りの曲に耳を奪われ、それだけで心地の良い店という折り紙を付けた。「いらっしゃいませ。ただいま満席でして、少しだけお待ちいただけますか?」「どうぞ、お構いなく」慌ただしく動く、丁寧な店員の言葉に苗雅は丁重に答え、店内をゆっくりと見渡そうとした。とその時、その暇もないほどに鮮烈な視線を受け止めた。入り口を背にして立っていた彼の正面奥の...桜の下にて、面影を(17)

  • 世界旅行の世界(29)

    ★「先生、ベランダの柵に、赤いお花がびっしり並んでる」「え、どこどこ?」「ほら、あそこ」女の子は、上り坂の途中にある三角屋根の白い三階建てのお家を指さします。一面を緑に覆われた山々が、ぐるりと囲む小さな町。ここでなら、すべての少女たちが、赤とピンクと黄色の三色のワンピースを着込んでいても違和感がありません。「ハイジの世界だ」「実際の風景が、これほどまでに、あのままの世界だとは」女の子と先生は、見事に印象を壊さないその風景に見惚れています。晴れた日の似合う、風景。山をひとっ飛びできそうな大きなブランコの似合う、風景。強面でもやさしいおじいさんが山から下りてきそうな、風景。ペーターとユキちゃんが弾むように歩いていそうな、風景。「なんだろう、この緑色の世界。どこにもない緑色に見える」「そうだね、ここだけで感じる緑色だ...世界旅行の世界(29)

  • 月夜舟 二十九夜

    今宵は、そのままの宇宙を感じられる山頂で、幾億の星たちと交信しています。どこまでも不純物の存在しない大気が、太古の空中と交錯します。類稀な大きさの反射鏡を持つ望遠鏡たちと並んで、お月さまとお話します。お月さま、続けることで、見えてくるものがあるよね。でも、続けることは、楽ではないよね。月夜舟二十九夜

  • 桜の下にて、面影を(16)

    尋ぬとも風の伝にも聞かじかし花と散りにし君が行へをさらっと、そしてゆっくりと、情緒豊かな抑揚で一口に詠まれた歌だった。まったく不思議で、いたって当然のような感覚だった。それまでの、古の歌人が詠んだ歌を諳んじるのとは、まるで違う感覚。まごうことなく、自分の歌だと思った。誰のものでもなく、自分の歌だと。七歳の少年の口からが吐き出されるはずもない歌。にもかかわらず、それは絶対的なものに思えた。意味がわかる、とかいうような次元の話ではない。内から湧き出る、湧き出たのである。永くここで詠まれるタイミングを静っと待っていたかのように。この現象を実存的に捉えようとするならば、多重人格としての自我が目覚めた瞬間とでもいうのかもしれない。しかしその感覚は、いくつかの人格が何かをきっかけにして、体の奪い合いをするといった多重人格障...桜の下にて、面影を(16)

  • 世界旅行の世界(28)

    ★水平線の上にパープルのグラデーションがかかっています。真っ青だった海は、眠りの色に変わっていきます。キャンドルの灯りに包まれたデッキテラスで、女の子と先生は予定通りの夕食です。紫にほんの少しのオレンジが混ざり合った世界に、真っ白の街が溶けていきます。「先生は、きっと設計士になるよ?」「設計士?」「そう、お家を設計するようになると思う。先生、そういうことするの好き?」「う・・・ん、どうだろう。一度も考えたことがなかった」「そうなの?図面を書いたりしたことは?」「ううん、一度もないよ」「そうなんだ?」「どうして、設計士だって思ったの?」「あのね、昨夜、また先生が夢に出て来たの」「前に教えてくれた、声が大人になっていたわたし?」「そう。将来の先生」「そのわたしが、設計士になっていたってこと?」「設計士になっていると...世界旅行の世界(28)

  • 月夜舟 二十八夜

    今宵は、心配になるほど傾いている塔に、一人分の体重をかけてみたい衝動に駆られています。どこまでもアンバランスな建物は、常識というものを覆してくれます。いつもとは異なる角度で見上げたつもりになって、お月さまとお話します。お月さま、諸行無常。だからこそ、永遠を信じてみたいな。永遠を愛に求めてみたいな。月夜舟二十八夜

  • 桜の下にて、面影を(15)

    ☆☆☆この旅の完結が、人生を超えた遥かに長い時間の終着駅であることなど知りもせず、この旅の終着が、一体どれほどのものを包んでいるのかなど知る由もないままに、宇野里桐詠(うのさときりよ)は目的地を目指し西へ向かっていた。竹馬の友を喪くし、職も辞し、今後の目的も失った。そんな雪崩のような三重苦を連れだった羈旅(きりょ)。本来であれば、気が重くなりそうな一人旅になってもおかしくないところだ。もちろん、悲嘆に暮れる心がのしかかっていたのは事実だが、一方で訳もなく、そぞろなる心持ちでいたこともまた事実だった。平安時代の終わり、白河法皇の寵妃(ちょうひ)、祇園女御(ぎおんにょうご)の養女となり、法皇からのひとかたならぬ寵愛を受けて育ち、後にその白河法皇の孫であった鳥羽天皇の中宮となった、藤原璋子(ふじはらたまこ)。待賢門院...桜の下にて、面影を(15)

  • 世界旅行の世界(27)

    「ウォークインクローゼットは、どこがいいかな?」「寝室から入っていけるといいよね?」「そうだね。そうすれば、客間からは一番離れているところにもなるしね」「うん、クローゼットはプライベートな空間だから、そうしたい」「では、寝室とバスルームの間のここにしよう」「そうしたら、ベッドルームの右側の壁の方にも少し伸ばして、鍵カッコの形にしよう?」「なるほど、そうすると上の辺と右の辺に分けられて、上をあなたの場所にして、右をわたしのスペースにできるね。そして、その間の角の部分には大きな姿見が置けるようにしよう」「あ、それいいね」「そうでしょう?」「うん」「そうだ、寝室からだけでなくて、この廊下からも入れるようにしてもいいかも」「そうだね。ここに扉をつければ廊下からも出入りができるね」「そうそう。そうすると、ほら、廊下を挟ん...世界旅行の世界(27)

  • 月夜舟 二十七夜

    今宵は、まるで生き物たちを拒むような荒野に、先住民たちの崇めるビュートが点在しています。どこまでも傑作な造形は、どのような奇才にも生み出せない気がしてきます。時を急激に遡ってしまった感覚に襲われながら、お月さまとお話します。お月さま、近くなりすぎると、物も人もぼやけるよね。週末前の夜が、金曜日の夜が、尊いのと似ているね。月夜舟二十七夜

  • 桜の下にて、面影を(14)

    『エトピリカ』二葉お気に入りのバイオリン曲が流れている。日曜深夜に放送されているドキュメンタリー番組のエンディング曲。バイオリンを弾いていた二葉は、この曲をとても好んでいた。そのバイオリニストの音を好んでいた。弦と弓の接触時間がほんの一瞬長いような弾き方が、心地良い音の源だと思っていた。――このお店、当たりかも。そう、ほくそ笑んだのも束の間、それほど広くない店内は、ランチタイム真っ盛りの大人気で見事に満席だった。席待ちをしている人こそいないが、食事をしている人に余計な気遣いもさせたくないので、他の店を探そうかと思った矢先、四人がけのテーブルから三人のビジネスマンが立ち上がった。入り口に立つ二葉の横で、三人それぞれに会計を済ませている後ろ姿に、自然と視線が向かう。一人がこちらを向いて笑顔を見せる。まるで、ちょうど...桜の下にて、面影を(14)

  • 世界旅行の世界(26)

    「きっとね、分かったつもりになりたくないのだと思う」「分かったつもり?」「そう、分かったつもり。家族でも友だちでも、気心の知れた相手には、このくらいは言わなくても分かるでしょう、伝わっているでしょう、という気持ちになったりするでしょう?」「うん、いっぱいある気がする」「もちろん、そういう以心伝心みたいなことができるから、家族や友だちなのだろうけれど、それはどこか信頼というものにすり替える手段のようでもある気がするんだ」「ああ、それ分かる気がする。『信頼にすり替える』って、信頼という使い勝手のいい言葉に頼っている感じでしょう?」「そう、『信頼に頼っている』。まさしくそうだね。たとえば、道を渡ろうとしているときに、右見て左見てをするけれど、急いでいるときとか、よく知っている道のときとかに、どちらか一方だけ確認をして...世界旅行の世界(26)

  • 月夜舟 二十六夜

    今宵は、地上最大のキャンバスで、幾何学的な動物たちが戯れています。どこまでも単純な技法で描かれた精巧な地上絵は、この星の宝物。名もなき芸術家たちに思いを馳せながら、お月さまとお話します。お月さま、真に、素晴らしいと感じているときは、言葉はなくなるね。月夜舟二十六夜

  • 世界旅行の世界(25)

    「この、何かに置き換える、何かにたとえて考えるというのも、先生から教わったことだよ?」「そんなこと教えたっけ?」「うん。実体験で、いつも教えてくれている。『こうやって、考えるんだよ?』という教え方ではなくて、あくまでも気づかせてくれるような教え方」「そうか。まったくそんなこと意識していなかったよ」「分かってる。先生がそれを自然にやっていること、私、分かってる」「やっぱりそれは、るみちゃんの感性だね。感性が、わたしの言動をそうやって変換して、るみちゃんのなかに積もっていっているのだね」まったく意識をしていなかった先生は、女の子の質問の答えを探しています。女の子の話を真剣に聞くことの答えを、真剣に探しています。すでにこの行為が、女の子の感じていることを立証しているようです。「きっと、こういうことだと思う」「どういう...世界旅行の世界(25)

  • 月夜舟 二十五夜

    今宵は、円を描くように巨石が並び、悠久の神秘を問いかける平原に立っています。どこまでも存在意義を考えさせられるサークルは、迷宮への扉。思索の旅路の果てに、起点に戻る気もしながら、お月さまとお話します。お月さま、求めない。あるがままを送る。あるがままで送る。そうしてみようかな。月夜舟二十五夜

  • 世界旅行の世界(24)

    オープンのバギーが風を切っています。エーゲ海に囲まれたサントリーニ島。いくつかの街が段々に点在している島を、女の子を乗せたバギーを先生が走らせています。「あ、ロバだ」「ほんとうだ。あれがタクシーなんだね?」「そうだね。ロバのタクシーなんだね」「これだけ急な坂だから、ロバも大変だろうね?」「うん、ロバ、しんどそうだよ」「心なしか、下を向いている気がしないかい?」「たしかに、下向いてる」「でもあれは、観光客用だろうから、ここに住んでいる人たちの足は何なのだろうね?」「何だろう。自転車はないね?」「ああ、それは疲れるね」「うん、私だったら、一つの坂でもう降りちゃうと思う」「わたしは、ずっと自転車を押さないとダメそうだ」「先生、それじゃあ、自転車と一緒にいる意味がないじゃない」「あはは、それもそうだ」白い街並みが夕日に...世界旅行の世界(24)

  • 月夜舟 二十四夜

    今宵は、水辺に面した石造りの寺院で、水気の多い空気をまとって空を仰いでいます。どこまでも無所属な色彩は、異論のない重厚感を与えます。いつもよりも少しだけ余計に重力を感じながら、お月さまとお話します。お月さま、歩み寄る気持ち、歩み寄る心。いつまでも大切にする態度。大切な人との、大切な約束。月夜舟二十四夜

  • 世界旅行の世界(23)

    「でもそうすると、るみちゃんの生きている意味、生まれてきた意味は、自分が何かをするためとか、自分がどうなるためということではなくて、誰かのため、自分以外の他者のためということなのだね?」「ああそうか、そういうことになるね。気がつかなかった。でもね、そうやって意味が見つかると安心するものがあるのとは逆に、意味がなくても安心するものもあるのだと思うの」「というと?」「たとえば、この旅。先生と一緒にずっと旅をして、たくさんお話をして、いろいろなものを見て、美味しいものを食べて、それで安心をしている私というのは、意味を求めなくてもいいものだと思うの」「なるほど。この旅は何かの意味が前提となっているものではなくて、ただ、旅をしているということかな?」「そう。たしかに先生は、まだ子どもの私にいろいろな経験をさせようとして、...世界旅行の世界(23)

  • 月夜舟 二十三夜

    今宵は、激しささえ含んで夜通し踊る、カーニバルの声が遠くに聞こえます。どこまでも陽気さ以外を容赦しない、天に向けてのリズムが弾みます。いつもの夜とは違う流れを感じながら、お月さまとお話します。お月さま、競争のない生き方は、できないのかな。月夜舟二十三夜

  • 世界旅行の世界(22)

    「なんかね、ずっと先生と旅をしているとね、私、いつでも安心していられるの」「そう?」「うん。とっても安心。それは、いつも感じているの」「そうなんだ」「そうなの。ああ、とっても安心するなあ、って明確な言葉になって、頭に浮かんでくるの」「どうして、そうやって安心してくれるのかなあ?」「実はね、それをよく眠るまえに考えるの。どうしてだろうって」「それで、答えは見つかった?」「うん。答えかどうかは分からないのだけれど、なんとなくこんな理由かなというのは見つかった気がする」「そうなんだ。いやでなければ、教えてもらえる?」「いいよ。あのね、キーワードは、『意味』ということのような気がしたの」「意味?」女の子の言った、『意味』という言葉。そこには、『意味あり気』な響きは混ざっていません。だから先生は、その『意味』の意味を、素...世界旅行の世界(22)

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