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  • 随分前のプラハでの スケッチ

    この場所は、チエコのプラハです。川は、ブルタヴァ川で、マーネス橋です。世界一の景色だと思って、このベンチにかけてスケッチしました。右側の方に座りました。当時は、チエコスロバキアと呼ばれた時代です。結局のところ、スロバキアにも行きましたので、後日2か国に行ったことになります。あまりにも綺麗な街なので、ひとしお記憶に残っています。このベンチに座り、スケッチしていると、たくさんの観光客が来ます。いろんな外国の言葉が飛び交います。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^再掲。サンモリッツの山道を歩いてのスケッチ。もう、暫くしたら、このブログも別のお宿へさよならでしょう。なんか、、、、、どうしょうかと思ってます。他のブログへ引っ越しか、どこへ行ったら同じように、簡単にできるのでしょうか。悩んでます。こ...随分前のプラハでのスケッチ

  • フランスの旅の過去スケッチ サルラ

    ネットで今、見てみると、私の絵は随分以前のスケッチで、私のスケッチは、面影だけで時の流れを感じます。実際の世界の風景など、変化しています。ネットで観れる現在の風景も、遺跡などはかわっていませんが、まわりとか街中の道路とか、細かいものは、よくわかります。それに、駅などもなんか、もう変わってしまって、、、、どこかわかりません。そりゃそうです、もう、今、参っております。下の絵なんか、ネットとは違って、同じなのは塔とか、古い建物なんかのみ。ある意味、それも懐かしい。さて、サルラの旧市街で一番賑やかなリベルテ広場。ローマとナポリの間をパスで廻る。フィレンツェから移動する。別に、方向はいい。良き景色のモチーフに感動を期待しての、旅だった。この一枚のスケッチの時間は、いつもどおりで5分間くらい。バスのトイレ休憩や、バス...フランスの旅の過去スケッチサルラ

  • イタリア ベニスの運河 スケッチ

    なんか、このブログ終わりがきそうですね。どこかの無料ブログへと思いながら、どこがいいのか、わかりません。で、絵の保存をし始めました。水面に出てきたので、滑るようにスケッチをしました。餌を投げたので、たくさんよってきました。何も考えることなく、鉛筆を走らせると、元気な感じが楽しいです。目が物言ってます。餌、もう終わりかって。ケチるなって、言ってそう。イタリアベニスの運河スケッチ

  • アムステルダムの海辺に スケッチ

    アムス川の終点に、偶然。船溜り港の感じ。観光地ではないが、スケッチ。これは、予想外、計画したわけではなくて、海辺に出てしまった。それで、これも絵になる、絵にして見たい。どうでしょうか。自分では、何か、感じてしまった。日本でもこの雰囲気と同じものを思いました。ブラブラと無計画のひとり旅のスケッチ旅、若き日の、、、、思い出。アムステルダムの海辺にスケッチ

  • ベルギー スケッチ 時々思い出す

    広い道路ですよね。今思うと電車の線路だったと思うけど、これじゃ線路にはデッサン的には、見えないよね。多分最後に時間切れ、だったかも。次々とスケッチに歩き回ってたから、とにかく速書きのくせは、あの頃に会得したんです。ベルギースケッチ時々思い出す

  • ポルトガル パリから 時間は、

    ポルトガルパリから時間は、どのくらいだったか忘れた。2時間の飛行機だったかな、、、、。私がポルトガルへの旅で広い海を背景にしたおりに、またりっぱな橋の上から見た時になんて世界は広いんだろうと、立ち尽くしたのを経験した。このポルトの街がきれいに輝いて見えた。えー、こんな輝く景色があったんだ。どうせひとり旅、このあざやかな色の街を、じっくりと見つめておかねば、人生が勿体無いと。ポルトガルパリから時間は、

  • ベネチアの市民広場でのひと時。スケッチ

    特にどうという事もない。ちょっと昼休みに、通りかかったので、メモ代わりにスケッチをした。そしたら、若干名の人々が話しか、それとも説明していたのか、目の前にやってきて、しばらく話をしてました。聞こえませんが、地元の言葉でした。ベネチアの市民広場でのひと時。スケッチ

  • フランスの港町で スケッチ 。

    とってもいい港でした。この景色も本当に、適した音楽が聞こえてきそうです。なんか、恋愛映画の一場面のような、前に見たような、フランス映画ですけど。思い出さない。ドロミテ山脈を見上げる。イタリアの方から、バスで向かって行ったのですが、険しい山の方へは、行けませんから。この辺からスケッチ。フランスの港町でスケッチ。

  • オランダ アムステルダムのデッサンから

    オランダアムステルダムのデッサンから色塗り途中この橋を気に入ってぜひ描きたいと思った。それが、オランダへ最初行きたいと願った理由だった。映画で見たのだが、その場所はよくわからなかった。市内の遊覧ならそこへ行けるだろうと、自由な時間を作れる旅はどうしたら。そこで、行きと帰りの交通便利な計画を考えた。それと市内の地図を調べて、頭に入れた。英語は、世界の有名な都市なら、通じるだろうと思っていた。最近、テレビで朝ドラを見ていたのだが、全く同じ経験をしたような、気がして小さい頃小学生の頃を思い出した。朝ラジオ基礎英語だ。眠いのにそれが聞きたかった。母に起こしてもらって、3年間それを聞いた。よく聞きながら、眠ったことも多い。でも中学の一年生の終わりには、頭の中に中学校の英語の勉強は終わってしまっていた。そして高一年の...オランダアムステルダムのデッサンから

  • 地中海のスケッチ その一部

    この場所の絵の両側も描いているんですけど、どこへ、、、でも雰囲気はわかります。海の色がすごい素敵です。チエファルにてスケッチ地中海のスケッチその一部

  • ロクロナン サンロアンチャーチ スケッチ

    下方へ行く道が描けているでしょうか。上へ、あるいは下への道の傾きは描くときの注意が必要。それは、ちょっとした線の表現でわかるようにするのです。今回は、時間が限られたので、線が重要な要素です。色彩の描く時間は、余裕がありませんでした。ブルターニュまでは、もう出かけることはないでしょう。ロクロナンサンロアンチャーチスケッチ

  • ポルトベーネレ イタリア スケッチ

    ポルトベーネレをスケッチしたのは、、、、、、イタリアを回ってスケッチをしていたのは、もう随分前のこと。どうやって、と言っても。一人旅の場合は、よく覚えていない。なにせ、24カ国なので、スケッチの場所を探して回ってた。ヒッチハイク、歩き、バス、鉄道。たいていは、ユースで調べてから歩く。妻と共に行った部分にツィては、妻が覚えていてくれるので、思い出す事が多い。でも考えている事、内容が少し違っているので、私の旅の目的とは離れる。妻の旅の目的は、聖書の歴史が大部分を占めている。したがって旅行の目的が異なる。つまりモーセが、、、イスラエルの民族が生活移動し、エジプトから脱出移動した道やトルコ、ギリシャ、米国その他の国など、、、での移動の村や町の遺跡など、イスラエル聖書の旅であって、私と同行した旅は異質である。この絵...ポルトベーネレイタリアスケッチ

  • オンフルール 港町 スケッチの旅

    オンフルール港町スケッチの旅この町からの、本当に訪問したいところは、モネです。高知県のモネの庭をスケッチに行ったことを覚えています。本当の庭がここから近くにあるんです。高知のスケッチも多分あると思うので、、、、、。探してみましょう。オンフルール港町スケッチの旅

  • ベネチア 小運河通り スケッチ

    イタリアなんか雰囲気が心地よいこういった所は、人通りが少なくて、スケッチが静かで感じ豊かで面白い。まるで故郷的に、、、、、、。ベネチア小運河通りスケッチ

  • オランダ ユトレヒト デハール城 スケッチ

    オランダユトレヒトデハール城スケッチオランダの各地をスケッチして回ったひとり旅。静かな城の敷地にあって、なんか古城の空気がおちツィてて、一人その時間を独り占めしていました。ネットで調べると、ここの説明はいっぱいあるので、省略しますが、その時の気持ちは、、、、、、日本となんか関係がある感じ。城の中の、一部屋に日本の江戸時代に何か親しみのある品物を見つけて、交流がこの城にあったのかと、、、。それって嬉しいと感じたのか、誰が交流していたのかと。なんか、遠く離れた日本の国とは、ここまで親しみか。時間を、、、待てばさらに、感想を述べて見たいが、さて、、、、。ちょっと、この城のことを、ネットで調べてみると、もうカードの時代です。私が行った30年前ころだと、支払いとか申し込みとか全くネットの時代になってしまって、私が今...オランダユトレヒトデハール城スケッチ

  • デトバンク村へのスケッチ 訂正済み

    デトバンク村へのスケッチこれは、ローテンブルクの街から歩いて20分くらいのところでしたかな。前の街は、あまりにも有名な所でしたから、とても人が多すぎて、スケッチはこの後になりました。近いですからね。今思いましたが、右の家の色を塗ってませんが、これはちょっと左が重いですね。塗り残しと言えばそうですけど、これは、時間が足りなくなった、と理由にしてもいいかな。それとも黙っていて、これって調子のバランスです。・・・・・・・・・・・・・今、これってサインが逆になっているのに気づきました。なんか不思議な感覚だったんです。どうして裏から見た絵になっているのでしょうか。やっと古い絵ですが、たったの今、感覚がおかしい理由が判明しました。裏表が治ったら、その時掲載を正します。訂正が終了しました。サインが左になりました。デトバンク村へのスケッチ訂正済み

  • 信州のアルプス スケッチ 夏に

    以前に夏に信州へ出かけることが多くあって、家族で行っておりました。もう30年以上前の頃です。車の往復で家族で行っておりました。もう道も、随分変わっているでしょう。忘れてしまいました。でも山は、変わってないかも。信州のアルプススケッチ夏に

  • キューケンホフの公園へ オランダ

    アムステルダム・スキポール空港から車で約40分と聞いていた。それで、空港で入場券付チケットを購入しバスを利用した。これが一番便利だと教えてくれた。ここは、チューリップと花園がきれいな田園がまわりいっぱい。ゔょうど春間近のときだった。キューケンホフの公園へオランダ

  • ローテンブルグ スケッチ ドイツの旅

    ローテンブルグは、ロマンチック街道にある城壁に囲まれた小さな町です。中世に建造された木組みの建物や塔、石畳などが有名です。ドイツで最もドイツ的な街だとも言われます。城壁の中に入ると、特に良い絵が描けると言われましたが、中世にタイムスリップしては帰れないので今回は遠慮しました。ローテンブルグスケッチドイツの旅

  • 自転車の楽しみ もう春ですね。

    街中の風景です。この建物がちょっと気になります。とてもいいので、スケッチしました。自転車の楽しみもう春ですね。

  • 3個目橋と呼んだのをスケッチ オランダ

    オランダアムステルダムの運河にかかる橋は、実に絵に描くのが面白い。いろんな橋を描いたが、またそのうち紹介します。3個目橋と呼んだのをスケッチオランダ

  • ブタペスト ハンガリー 有名な橋を見て

    ブタペストハンガリーです。ちょっと距離が遠くに。絵の中の、鎖橋が見える場所を探して上がって来ました。そんなに遠距離ではありません。でもね、一人ですから満足の場所の選定は、難しくて、もう少し橋が大きく見える所が欲しいのですが、どうも違う角度を探すのだが、う^^ん。端の方から上がって来た道を絵の中に描けた構図で、満足にて良しとした。時間のことも考えないと、夜は遊覧船からのスケッチは、どうなることか。ブタペストハンガリー有名な橋を見て

  • ロミオとジュリエットの町で スケッチ

    ロミオとジュリエットの町でこれは、かなり高い、有料の塔にエレベーターがついていて、そこからの景色です。ベローナです。新婚旅行のメッカでしょうか。若いアベックが大勢いました。あんまりこの塔まで、来ていたようではありません。それでゆっくりと時間をとれました。速書きの私も、荒描きで1時間くらいかかったかな。ロミオとジュリエットの町でスケッチ

  • シテ島 火災前のスケッチ パリ

    シテ島火災前のスケッチパリです。ちょうど正面の反対側からのスケッチです。だだ時期は、火事の少し前の状況です。ロンドンにいた頃だったか、旅の途中か?かなりよく見て、デッサンしてると思い出してます。塔がちょっと左に傾いています。これはやがて燃える予告だったのか。でも、自分の目の誤デッサンの所為か、わかりませんが、確かに狂ってます。そのように見えたのでしょうね。色を塗ってたら、おもしろいのに。どのように再建されているのか、もう現地に行く事もないと、、、、。シテ島火災前のスケッチパリ

  • バルセロナ スペインの教会建築

    バルセロナスペインサグラダファミリア教会です。随分前にスケッチに旅したのですが、建設に参加していた日本人の方がおられた記憶があります。今は、担当した石膏の作品も立派に出来上がったようですが、彼がどうなっているのかもわかりません。ネットで調べて見たいと思います。他にも椅子の彫刻も見たのですけど、もういちど行く元気もないです。歳をとったら行こうと、若い時には考えはますけれど、なんでもそういうことは、その時にしか、出来ないのではないでしょうか。今思えば、よく24か国以上行けたと、思います。妻とも、二人で目的を持って旅の計画実行できたのもあって、それは、聖書の物語の舞台を回るという計画でした。それは、また別に、、、、。下のスケッチは、建築現場の前の公園から見上げた絵です。中も許可区域は、入れたような記憶です。バル...バルセロナスペインの教会建築

  • ケーブルカーに乗ろうとバスを探して+写した写真

    ここで、誰の像でしたか?というので、答えを考えておりましたが、この像を写真を撮っているのを思い出したので、これを探してたのが見つかり、ホッとしました。これです。ポルトガルの写真でないところの記憶に入っていたのです。後ろの建物の黒いドアか、窓で同じだと確認ができました。しかも、これってバスでなくて、電車でしたね。とにかくひとり旅ですから、なかなか言葉も英語と2年間フランス語の単位を専攻したのみなので、大変なひとり旅であります。旅した国の数が24カ国なので、最近どこか忘れかけております。/・・リスボンから電車で、ふらり分からないので、迷ってしまいながら、電車で行こうと、、、、、時間を使ってしまったかな。でも待ち時間で、この一枚をスケッチ。::::::::::人口約53万人が暮らす首都・リスボンは、ポルトガルの...ケーブルカーに乗ろうとバスを探して+写した写真

  • 観光バスの一時停車で

    山陰の、大山や日本海、弓ヶ浜、米子市街への道中でのバスの旅の。随分前のです。日付が09年だから、平成21年。16年前。観光バスの一時停車で

  • ゴッホ美術館の玄関前でスケッチ

    ゴッホ美術館の玄関前でスケッチここから道路をまっすぐ行くと、フエルメールの絵で有名な国立美術館が見えています。この地域は、美術好きの多く訪ずれる地区なんですね。有名な美術館の前で絵を描くのって今なら出来ないですね。以前にニューヨークの美術館の前で、やはりスケッチしていたら、(こんな所でよ〜絵を描くわ)と、アベックに言われたことがある。若い時で、全く気にならなかった私でした。ゴッホ美術館の玄関前でスケッチ

  • フイレンツエからトスカーナ(1、2) イタリアをスケッチ

    ローマとナポリの間をパスで廻る。フィレンツェから移動する。別に、方向はいい。良き景色のモチーフに感動を期待しての、旅だった。この一枚のスケッチの時間は、いつもどおりで5分間くらい。バスのトイレ休憩や、バスの窓からいつも鉛筆とを手放さない。景観が、構図が気に入らなくても、絵には文句なし。自分で適当に良いように治せばよい。色彩も晴れの色でも、曇りの色でも自然には文句ない。気分が合うように、修正しているから誠にいつも快適だ。フイレンツエからトスカーナ(1、2)イタリアをスケッチ

  • パリの街中には絵になる、、、思い出過去スケッチ

    パリの街中には絵になる場所がたくさんあって、散歩してるとたくさん描きたくなる。どうしても食事を忘れて歩きたい、それで時を忘れていた絵の日々だった。しかし。鯉のデッサンをしたり、バラを描いたり、そんなことで、お年玉年賀状のコンテストに、スケッチした瀬戸大橋が開通したのを記念して応募したら、採用されたりと、随分前には若くて元気な時期があった。郵政省発行の年賀状(ピントあってるかな)大橋の橋の上で、テープカットがあった丁度その開通式現場の香川県側のそのテープの場所に居たのでした。なかなかそんな偶然に願っても会えないです。それから、、、数年してスケッチの旅がつづくことになった。これは、パリのセーヌ河をスケッチしたもの。次に、下のは、オランダへ現在の天皇陛下が皇太子殿下であった丁度その頃に左のオランダ王宮建物へ、ご...パリの街中には絵になる、、、思い出過去スケッチ

  • スケッチ 橋上からスケッチ

    実を言いますとね、思い出すと、これをスケッチした時、もう一枚描いてるんです。それはね、スイスの会議場のビルがありまして、その上の方屋上への階段を勝手に上がって、そこでスケッチしたのね。私は、何も気にしないでおとなしくして座ってね、、、、、」考えて見たら、パリ市の裁判所へ、のこのことね、入って行ったりもね、今思えば裁判所の裁判をしたりしていたみたいでね。のこのこと注意はされなかったんですけど、あとで考えるとなんか、勝手に入ったり絵を描いたりと、普通は注意されると思うんですけどね。この絵も、公共の建物の3、4階くらいの高さからのスケッチです。あ、思い出しましたね。前に、凱旋門の上でね、あれって国宝なんですけど、スケッチしてね、後ろにガードマンさんが、立って絵を描いてる私をパリの街を見物に来ている観光客が邪魔し...スケッチ橋上からスケッチ

  • アムステルダム運河のスケッチ4

    ダム広場の王宮のすぐ横を通り、運河が4本あるんです。それで、そのうち評判のアンネフランクの家のある方をスケッチしたいのが本音です、それを選びます。それで、この運河を描こうとすると、この家となっているハウスボートを必ず描くことになりますね。いい構図を選ぶのが、自然でおもしろいと思います。アムステルダム運河のスケッチ4

  • 丸亀お城まつりの予定は、と、、

    丸亀お城まつりは2025年に開催予定。【第76回丸亀お城まつり】期間2025年5月3日(土)〜2025年5月4日(日)場所香川県丸亀市一番丁丸亀城周辺ずっと以前に、暇なときにスケッチしたもの丸亀お城まつりの予定は、と、、

  • オランダ ダム広場 スケッチ

    オランダダム広場をスケッチした。ダム広場とは、アムステルダムの中央広場のことで、オランダの首都にある広場。そこにはアムステル川があって堰き止めてダムがあった場所。市の名前になっている。歴史的な場所なんだって。なかなか広い場所で、スケッチしても建物がとても綺麗で良かった。思い出深いのは、日本からの皇族のご訪問がテレビで見られたニュースがよくあった時期だったので、もう20年以上前の、いやもっと前、そのころの王宮前広場です。あまり変わってないと思われますが、有名な広場です。オランダダム広場スケッチ

  • 潜伏キリシタン江戸時代 スケッチ

    高校生の時に、歴史の教科書で知ってそれ以来、覚えています。目に焼き付いた景色でした。今はどうなっているんでしょうか。遠くなので、もうわかりません。潜伏キリシタン江戸時代スケッチ

  • 思い出のモンサンミッシェル パリから

    思い出のモンサンミッシェルパリから私は、パリに来た時からこのモンサンミッシェルには、必ず描きに来たかった。それは、景色で見る以上の重たく精霊の働きを、身体で理解と精神的以上の表現力を与えられると期待していたからでした。この信仰に支えられし対象を、他の景色からは見つける方法を知らなかった。若き日の観察力に自信が持てなかったからである。しかし、これからの以後は、エジプトやギリシャ、トルコ、イスラエルへと、歴史の学びの旅とスケッチが続くことに、、、、、。この絵は、満ち潮と引き潮の大きな状態で、満ちてきた時の状況です。左の木々や林は、相当こちらの方であるのですけど、スケッチをするために現実とは構図が異なります。現実の状態とは異なります。しかし、素晴らしい景色でパリからの、1日その日でのスケッチ旅になりました。その...思い出のモンサンミッシェルパリから

  • ジョービタキ この冬にお友達になりました。

    ジョービタキとお友達になりました。でも春が近ずくと北上するって言ってました。きっかけは、山に登ってスケッチしようと思って、スケッチブックをを持って、もう最初の1回目は、久しぶりなので、疲れました。でも景色が久しぶりなので、、、、瀬戸内海を見ながら疲れが消えて行くのでした。そのうち、餌付けをしておられた年配のお方が、餌を持って来たのです。手にこの鳥が止まり、餌を食べるのです。面白いです。それから、後日またスケッチブックを持って再度、さらにもう一度。で、真似したいと、手を差し伸べると、2匹が交代で手に乗ったのです。写真も撮れました。すごく動くのが早くてなかなかじっとしてません。手に乗っては、片手でカメラが押せません。ちょっと寒いので、それからは、暖かい日を待って、しばらく登っていません。でもね、この渡り鳥は、...ジョービタキこの冬にお友達になりました。

  • ナミュール の森で お城スケッチ

    ナミュールの森でスケッチさて、ナミュールの森がどこかわかるでしょうか?ナミュールの森でスケッチしてたら、なんか、名のある人のお城でしょうか?地名を調べて見ましょう。前の道路が見えるでしょう。探索して見ましょうか。ナミュール(Namur)の森は、ベルギーのワロン地区の州の名前です。ベルギーに行ったのは、実は同年輩の同じく画家でした。というより、現地で一緒になったホテルで同室に旅をする偶然な仲間というか、友達になって取材を共にした記憶です。聞けば、人物画が得意のような国立大学美術部の教授ということでした。1週間くらいの行動を共にしたくらいで、その時だけの出会いでした。お互いに一人旅という時間に縛られない経験なのでした。私は、速書きの、色塗りしてこれでも10分くらいですから、場所探しも、いつものように決めるのに...ナミュールの森でお城スケッチ

  • スケッチ思い出の冬景色

    オーストリアの冬景色ハルシュタットとても今日この頃は暑い日がつづいてます。が、旅のその日は、真冬の景色で気持ちすずしい””です。雪が降る季節にいくつもりが無かったのに、その日はとても冷たい凍える日でした。中途半端に水面が凍って、恐ろしい感じでした。観光客は、少なかったです。スケッチ思い出の冬景色

  • パリ モンマルトルのスケッチ

    パリモンマルトルのスケッチパリでのスケッチで、セーヌ河の風景についで大切にしていたのはモンマルトルでした。そこは、ユトリロ、ルノワール、ロートレックが有名ですが、モンマルトルは、パリ北部セーヌ川右岸の18区に位置するパリで最も高い丘です。サクレ・クール寺院(1919)があり、パリを一望できます。当然私は、この絵の場所につまり、モンマルトルの運河をスケッチしたいと歩いて回ったのでした。おそらく、もう随分この景色は変わっているでしょう。年月が過ぎてしまいました。青春の若き日の思い出です。パリモンマルトルのスケッチ

  • トルコの アナトリヤ高原でスケッチ

    アナトリヤ高原でギョレメ地方と称うトルコにてスケッチしてても、なんか気持ちいいです。民家の佇まいが、とても空気がいいって感じです。これは、遺跡の見学への道であったと思います。苦しいことも逃げ出したいこともいっぱいあるけれど好きだから続けられる失敗することもあるけれど表現したいこの道いつまでも進めていこうトルコのアナトリヤ高原でスケッチ

  • アムステル川の停船をスケッチ オランダ

    アムステル川の停船をスケッチオランダ

  • アムステルダム 運河の開閉式橋をスケッチ

    オランダ、アムステルダム風景の部屋へようこそオランダ最大の都市、アムステルダム。経済と文化の中心。オランダ王国の首都。港を中心に、要として広がる。旧市街は、まるで17世紀の歴史そのままの中世の町並み。運河が恵みとして時代を見つづけてきた。とにかく、運河と橋の多いこと。道がよくわからなくなる。でも迷うということはない。 ここはアムステルダムです。●アムステル川とニューヘーレン運河の交差点にあるブラウのはね橋である。とても有名な橋である。余談であるが、注意することがある。自転車である。本当にブレーキはないのでしょうか。確認はしなかったけれど、なんせ、止まってくれないから、ひやひやであった。歩道のつもりが、自転車道のようで、うっかりして歩いていると自転車にぶつかる。おおけがのもとである。なんか、歩いてはいけない...アムステルダム運河の開閉式橋をスケッチ

  • ユトレヒトの運河を スケッチ オランダ

    今考えると、このスケッチをしていた頃って、なんか真面目に絵のお勉強をしていたなと思います。木の枝なんかも少しいい加減な感じだ。あまり見ていないし、水に映る影も可笑しいですよね。でも頑張っているよね。自分のことだけど。あの橋をこの船は、くぐって進めるのだろうか?なんか心配だな。ユトレヒトの運河をスケッチオランダ

  • 小豆島 瀬戸内 ほのぼのいい風景ですよね。

    ここは、小豆島の寒霞渓です。ずっと以前に行った時に写真を撮ることができた。季節は春に向かう時だから、今頃かも。これって瀬戸内海を見てのかなり良い風景です。桜の咲く季節に行って見たいと思いますね。小豆島瀬戸内ほのぼのいい風景ですよね。

  • チエコのプラハ カレル橋の入り口をスケッチ

    チエコのプラハカレル橋の入り口風景をスケッチ面白いことを考えてスケッチをしました。時々このような遊びと言いますか、実験的絵画といいますか。チエコのプラハカレル橋の入り口をスケッチ

  • オランダのスケッチ散歩

    外海まで、遊覧船が行くとは全くコースが読めなかった。というのは、アムステルダムの中を遊覧船がはしるだけかと思っていたのだ。しかし外海まで出て行って、外から遠望視察とは。この教会を、陸地で見ておかねばならないが、、、、。さて。オランダのスケッチ散歩

  • 聖ステファーノ広場のスケッチ

    なんだかな。随分以前に訪れたので、ボローニアの歴史地区として、イタリアの雰囲気を夢のようないにしえの人の気持ち、聖ステファーノ広場のスケッチ

  • 桜の並木の土堤が池に、まだ桜が咲いて

    桜の並木の土堤が池に、まだ桜が咲いていません。近くですから、よく暖かい日には、散歩します。でも、スケッチしてあるので、掲載します。花が咲くのが楽しみです。桜の並木の土堤が池に、まだ桜が咲いて

  • ルクセンブルクの3枚目

    ルクセンブルク3件目ここで、渓谷のうつくしい点をもっと説明したくなりますよね。ペトリュス渓谷はルクセンブルク旧市街を流れるぺトリュス川沿いにできた渓谷なんです。スケッチもしておりますので、そちらのページで説明したほうが良いかも。ペトリュス砲台などが観光名所となり、渓谷は高低差のある立体的な美しい光景で、渓谷の底には岩壁や砦の遺跡を自然と融合させて生かしたペトリュス公園。ここは、世界遺産に登録された旧市街もあって、ルクセンブルクを代表する観光スポットにちがいないと思いました。ルクセンブルクの3枚目

  • ルクセンブルク 市内スケッチ 2枚目

    ルクセンブルク市内スケッチ2枚目

  • アンネの日記をご存知ですよね。

    アンネの日記をご存知ですよね。実のところ、私が描いた風景画の中で、高い塔が見えておりますが、これが彼女と関係のある教会だと通行人が教えてくれました。なんか、アンネ・フランクのことを思い出したのだが、現地のそばまで歩いてきたとは知らなかったんです。それで、すぐに私は、写生を初めたということを覚えています。それで、ナチス軍がポーランドへ攻め入り、第二次世界大戦が始まったのが、1939年9月ですからその時は確か10歳ですから、生きておれば97歳くらいかな?え、違うかな。そんなことを考えております。とにかく、オランダのアムステルダムの住んでいた所です。そんなことを思いながらスケッチしていたのです。その他のオランダ風景も描いていますので、、、、、、。アンネの日記をご存知ですよね。

  • スイスの夏のインターラーケン

    スイスの夏のインターラーケン登山口にも便利で、おだやかな季節の大好きだった夏休み。いつまでも思い出す、、、、我が子たちも、この旅でひとりだちを覚えていろんな世界を行くようになったきっかけの場所でした。スイスの夏のインターラーケン

  • ルクセンブルク 有名な公園からスケッチ

    ルクセンブルク有名な公園からスケッチこのような、綺麗なアドルフ橋ですが、中心的な街中です。対岸から公園で見晴らしがとても良く、旧市街と新市街を結んでいます。絵は、少しカラフルに描けますね。駅からリベルテ大通りをしばらく進むと見えてくる、2階建の立派な橋で、車の交通量も多く左右に歩道があります。橋の下には渓谷と公園があり、橋の上から見渡す景色がきれいです。自然豊かでちょうど木がとても紅葉し始めていました。憲法広場あたりから見る橋と周辺の景色は素晴らしく、ここから移動して、かなり他のスケッチもしていますから、スケッチには最適な場所です。とても良い絵が描けていますので、またいつか掲載します。ルクセンブルク有名な公園からスケッチ

  • 瀬戸大橋で福山市へ向かうスケッチ

    バスの窓から見てのスケッチを。瀬戸大橋で福山市へ向かうスケッチ

  • トルコの山道を 宣教の経路を歩いた

    パウロの第二次宣教旅行の道程を訪ねて訪れたことがありました。シリアのアンティオキアからアジア地方に至るまで、まさに第二次宣教旅行の話ですが、私は、イスラエルにも行ったことがありますが、そことは違って桁外れの長距離、そして険しい道であることが、このトルコで私が現地でスケッチをしてありますので想像が可能かと思います。聖書によると、パウロが、自分以外の他の使徒たちよりも沢山働いた。と(Ⅰコリント15:10)と言ったのは、本当だし、Ⅱコリント11章では何度も旅したんですと言って、そこで多くの難儀をしたのだと記されているのです。私がこれをスケッチしたのは、30年くらい前で、道は岩がゴロゴロしてたし、靴はキャラバンシューズで旅しておりました。かなり、体力もありましたから、今ではもう無理だろうと絵をみて思います。パウロ...トルコの山道を宣教の経路を歩いた

  • スイスの旅 遊覧船から取材スケッチ

    この絵は、スイスのトウーン湖の遊覧船に乗って取材スケッチをしました。その時の旅は、夏でスイスの学校が休みになっておりました。それで、生徒が夏季休みでその宿舎が利用できたのです。そんな風光明媚な場所での学校生活を過ごせるとは、羨ましいと思いました。木々がまるで、火事のように紅葉を感じました。すごいですね。スイスの旅遊覧船から取材スケッチ

  • トルコのスケッチ 旅の思い出

    若き時に、トルコを回って、スケッチをしていた。今はもうずいぶんと建物の改装だったり、修理などで充実をしていると思います。当時の絵です。トルコのスケッチ旅の思い出

  • トルコ ヘレニズム門への玄関で スケッチ

    このスケッチは、実際うまくいったスケッチの一枚でした。とても有名な場所ですから、思い出ふかいものです。トルコヘレニズム門への玄関でスケッチ

  • カナダの旅 思い出スケッチ

    思い出すこと、、、、最初にトロントに空路でわたり、つぎに赤毛のアンで有名なプリンス・エドワード島、そしてモントリオール、ケベックと進むのが。定番であろう。私も最初トロントへと飛んだ。そこには、観光するおなじみのナイヤガラの大滝がある。この滝は、アメリカ滝とカナダ滝がある。私は、カナダ滝から見物しました。ビニールの雨合羽をもらえますけど、滝下の船は赤色のカッパ、滝の横すぐ近くの展望台の入場は黄色いカッパをくれます。長い間それを記念にわたしのアトリエに保管してましたけど、、、あはは。赤毛のアンにもどって、モンゴメリの世界観で気になるところは、本の中にある文章で、注目する名文なのは、『けっきょく、一番幸福な日というのは、単純な、小さな喜びを次々に持ってくる、一日一日のことだと思うわ。>とアンは、語っています。常...カナダの旅思い出スケッチ

  • チエファルにて イタリア

    随分前に、イタリア旅行—フレンツェ、ローマ、ベネチア、その他へぶらり、ひとり貧乏旅をしたことを思い出した。目的はスケッチ旅です。30年以上前ですから、日本国内でユースホステルの活気があったころ。国内の全県を行ったので、外国にも行きたいので海外に行き始めたころのこと。世界遺産と芸術の宝庫をめざして、海辺の街、チェファルへ。街を見下ろすようにそびえる巨大な岩山には要塞跡が残り、街には長い歴史と建築物が好きなら、チェファルの街は興味ぶかい。このスケッチは、岸壁からスケッチした海岸通りの景色だ。街中も旧市街の中世の建物の中で一際高くそびえる大聖堂の中に入ると、ビザンチン様式の美しいモザイクに圧倒されたのを思いだしている。チエファルにてイタリア

  • カレル橋 チエコにて

    おだやかな日であった。プラハの街の王宮をながめる人の多く来る橋を眺めながらのスケッチだった。きれいな街なので、かなりの枚数を描くことができた。名勝の多い、旅するなら良い、気持ちもよく穏やかな国であった。カレル橋チエコにて

  • わたしの5分間スケッチのやり方

    私の5分間スケッチは、つぎのようにします。まず、見える所の感動する部分を鉛筆で下書きします。ここでは、郵便局というのが面白いと思いました。それと入口があって、提灯がありました。民芸品のおみやげ店があったりする川の温泉町の所でした。そんなに田舎でもないけど、鵜飼の実演をしており、観光客が浴衣姿で夕方歩いているのでした。さて、どこでしょうか。このような簡単スケッチは、メモがわりになって、楽しいですよ。今思えば、ここは本当に郵便局員はいたのでしょうか?ちょっと思い出せません。あれから、20年の歳月が流れたような気がします。わたしの5分間スケッチのやり方

  • ロンドンの繁華街 中心地。

    スケッチは、随分以前のもの。走っている車を見ていつ頃か分かるでしょうか?信号器もおそらく変わっていることでしょう。わかった人がありましたら、どうぞ投稿して見てください。ヒントは、前掲示の記事が想像の糸口です。私のスケッチブックは、つづられていますから。当時は随分、絵の練習に世界中動いていましたから。ロンドンの繁華街中心地。

  • 大聖堂を右に見える通り ロンドン

    ダイアナ妃が、パリで亡くなったその日に、パリの街はセーヌ河の周りにはたくさんの警察隊が集合していた。河の所を写生していたのだが、喧噪の空気を感じて、何が起こったのかが直ぐには、私は分からなかった。でも、スケッチを続けるのは、落ち着かなかった。それで私は、ユーロスターの切符を丁度手に入れた時だったので、ロンドンに少しの間、スケッチの時間を求めて移動することにした。随分と前のことだが、よく覚えている。ロンドン駅に降り立った時に、報道のテレビカメラがプラットホームに、パリからの客を取材にきていた。当然に私もカメラをむけられたことを、忘れていない。その時には、自分がスケッチしていたセーヌ河岸の、丁度後ろの地下高速道路で、ダイアナ妃が事故死されたことを知らずにいたのだっだ。しかも、後にロンドンの御葬儀の場所を描いて...大聖堂を右に見える通りロンドン

  • ロンドンのスケッチ。

    ロンドンの街の、つかの間で、アトリエにしていた、その部屋の窓から外をスケッチした。そんな遠い昔の思い出の、スケッチです。ひとつひとつ、思い出して作品を掲載してみようと、思います。フランス、パリの作品も少しづつ、同様に進めます。ロンドンのスケッチ。

  • 庭の白、赤の梅も咲いて。風景がみごろに。

    慣れてくると、これ10分でクロッキーでぽんぽんと色を置いていくだけの、スケッチ方法です。庭の白、赤の梅も咲いて。風景がみごろに。

  • ベネチアの夕刻前 描くには一人旅がいい。

    ちょっと高いところからの、スケッチ。このスケッチは、ひとりでの場合。良い景色とかアングルを見つけるのに、時間を必要とする。もう一度は妻も同行です、二度目は私が道を覚えているので案内ができるようになっているので、時間的に無駄がありません。ベニスは、イタリア北東部のヴェネト州にある都市で、イタリア語で「ベネチア」とも呼ばれます。ヴェネタ潟上の島に築かれた市街地は、約122の小島を約400の橋で結んだ「水の都」として知られています。サン・マルコ大聖堂やドゥカーレ宮殿など歴史的な建物が多く、ゴンドラや水上バスに乗って街並みを散策するのが普通です。私は英語読みのベニスと言うより、イタリア語読みのベネチアと言い慣れてます。なぜでしょうね。ベネチアの夕刻前描くには一人旅がいい。

  • フランスでの気ままに、旅してスケッチ

    パリでの学習の時間を有効に過ごすため、私は次々に写生をするために小旅行をした。これは、パリから西北への移動。その道中でのスケッチであった。パリから、西北への道で、出会った風景といっても、どう行動していたか、メモが見当たらなくて、どこか。時期は、ダイアナ妃がなくなった頃というのは記憶に残っているのだ。フランスでの気ままに、旅してスケッチ

  • パリ凱旋門屋上からスケッチ モンマルトル方面

    凱旋門屋上からスケッチモンマルトル方面これは、5分間スケッチです。ハガキサイズの大きさだと持ち運びが簡単で、ポケットサイズです。ちいさい12色の軽い絵の具なり。現場でこれを描いている時に、現場の監視人が私の後ろに立って、じっと腕組みして邪魔する観光客の警備をしてくれた(?)のには感心したのを今も覚えています。あとで、パリではアーテストには、異常なほど理解があるのだと聞きました。パリ凱旋門屋上からスケッチモンマルトル方面

  • セーヌ川を部屋から窓越しに

    これは、実景が下の写真、中央の緑の木が絵の右端の柳です。そちら方面からのスケッチになります。長い建物はルーブルの方です。少し絵の写真がピンとずれた感じ。室内と遠景とのピントがあってない感じ。12月の最初の週に開催された市民展に出した作品です。題名は<シシリエンヌ>。フオーレの作曲した題名をつけました。彼は、私の好きなパリの作曲家です。セーヌ川を部屋から窓越しに

  • ベネチアの観光船着場

    ベネチアへのひとり旅の水彩画です。サン・マルコ広場への。25年前ころのスケッチになるでしょうか。随分と今頃とは違っているでしょうか。20国以上の世界へのスケッチ旅の初期ころです。以前は海の推移が高くなったりしなかったのです。随分世界の気候なども変化しているようです。ベネチアの観光船着場

  • セーヌ川スケッチ散歩

    セーヌ川を芸術橋方面から、大聖堂をスケッチした思い出のラフスケッチなり。短いスケッチのやり方で時間的にゆっくりできない時に、ペン書きあら水彩描き。時間的には10分以内で、軽い画用紙のものを、持ち歩いていたものです。右側方面には、ナポレオンの墓地があって、観光客のとても多い場所です。セーヌ川スケッチ散歩

  • 北佐久郡軽井沢町でのスケッチ 思い出

    わが世界の旅を始めたのは、日本の旅を、全県を終えた後のことだった。それは、大学生時代の終わりに近い頃だった。それから卒業して、就職して長い間仕事で忙しく生活をしていた。仕事を熱心に続ける生活が続いた。夏季には休暇で何回も信州に出かけていた。この掲載の絵は、信州で描いた時、それは信州のあの事件があった頃のこと。時期があたると思い出した。テレビで見た場所の近くの宿のあたりで、知り合いの別荘や宿屋に泊まって、そのころにスケッチ描きに夢中だった。それで、今考えると、浅間山荘事件は、1972年(昭和47年)2月19日から2月28日にかけて、長野県北佐久郡軽井沢町にある保養所「浅間山荘」において連合赤軍の残党が人質をとって立てこもった事件があったと思い出した。思い出がなんか忘れていても、思い出すものだ、、。さて、世界...北佐久郡軽井沢町でのスケッチ思い出

  • 瀬戸大橋 スケッチ 岡山から

    瀬戸大橋もすでに年月が沢山過ぎてしまった。こちらの橋は、坂出から岡山までの橋です。少し前に高松から岡山の橋上の、電気の故障で6時間も客を乗せたまま停車したとか、、、、、。約6時間後、救助に向かった下り列車に乗り換えて岡山方面へ移動した。2024/11/10のだったそう。瀬戸大橋スケッチ岡山から

  • パリのセーヌ川シテ島でスケッチを

    パリのセーヌ川シテ島でスケッチをしたのは、もう随分過去のことです。今年は、オリンピックがパリで開催されて、懐かしいことでその頃は、まだ絵を学びに行っていた頃のこと。ノートルダム大聖堂が火災で焼失した直前の時期でした。それはダイアナ妃がお亡くなりになった時でした。その為よく覚えています。ちょうど絵の中の地面が私が座って描いた場所になります。シテ島の観光場所になります。パリのセーヌ川シテ島でスケッチを

  • 高松市の栗林公園 スケッチを

    春の思い出のスケッチを描いておりました。なんか寒くなってしまった。高松市の栗林公園スケッチを

  • エルサレムでのスケッチ 1

    ふと、ニュースで思い出したことがあって、現地でスケッチをしたこと、まわりの環境風景が蘇ってくる。イスラエルエルサレムの鶏鳴教会の前庭で見上げた風景だ。右上の丘は、嘆きの壁のある広場、世界からの祈りの為の訪問者で旅人たちで賑やかであった。当時は、静かな状況でのんびり取材ができて、平和を感じていた。今はもう戦争でかなり不穏な状況であるのは、想像するのが容易である。 その時には、聖書の記事の要点場所をスケッチして回ったのだった。また、、、、、。エルサレムでのスケッチ1

  • ガリラヤ湖 イスラエル周遊スケッチ旅

    ガリラヤ湖イスラエル周遊スケッチ旅長年の希望の旅を過去にすることができた。夫婦で、半年の時期をあけて個々に実施した。私はイエスの足跡の場所、現場を回りスケッチする、妻は牧師なのでキリストの聖書の場所や伝道の流れを把握して研究を直接にするというものだった。ここは、ガリラヤ湖で絵の中の草原には、山上の垂訓で有名な場所が見えている。  これは、鶏鳴教会の門のすぐ横から、嘆きの壁を遠くに臨む場所です。鶏鳴というのは、鶏が三度鳴くという聖書の出来事からの名前です。ガリラヤ湖イスラエル周遊スケッチ旅

  • 凱旋門の屋上にて スケッチメモ パリ

    凱旋門の屋上にてスケッチメモ 周りに道路が見渡せるようになっています。その一部を掲載します。360度道路が数本あります。   エッフェル塔と並び、パリのシンボル的存在であるエトワール凱旋門は、シャンゼリゼ大通りの西の端。パリ有数の観光名所の1つで、いつもたくさんの観光客で賑わうのであるが、私が訪れた時代は、ほとんど客は少ない状態でした。間近で見ると周りがパリの道路で見渡せその迫力に感動したのを覚えています。パリの美しい街並みが一望できる屋上展望台に行き、ハガキサイズの小さいスケッチ帳しか持っていませんので、パリにきて最初の絵となりました。30年以上前の頃で、警備の人が私のすぐ後ろに立ってスケッチしてる間中、腕を組んで立ち、絵を描く間中邪魔がこないように見張ってくれたのです。私は、ありがたいこのサービス精神...凱旋門の屋上にてスケッチメモパリ

  • ブタペストの鎖橋をスケッチ

    ブタペストの鎖橋をスケッチ使命は、ハンガリーだった。いま、ルパン3世を見ていた。スケッチのためには、丘に登ることで大丈夫だ。私はその時には丘に登ったのでした、最高です。 行き方は。 日本から出ている国際線の飛行機であれば乗り継ぎをすれば大抵どの飛行機でも行けると思います。思い出して、書きます。エミレーツ航空というアラブ首長国連邦の飛行機でドバイ乗り換えで13時間程度のフライト。ずいぶん前に旅してますが、この頃、聞く所では中東の中では安全なドバイですが、やはり中東ということで、今頃はよく知りません。ドバイはお金持ちの国なので、飛行機もかなり豪華らしいですし、サービスもよかったかな。フランスとかイタリアとかもめぐってその途中でハンガリーにも立ち寄って、ヨーロッパの格安航空会社が良かったと記憶してます。僕はチェ...ブタペストの鎖橋をスケッチ

  • 穂高岳 信州の旅

     若い時は、信州安曇野市穂高方面によく行きました。泊まる所は、毎年違うのですが、だんだん固定していきました。なぜか慣れてくると、定宿のような所、友人のやど、様子がわかり、安心していけるようになってくるのです。パリやロンドンなどは、自然に足が向いてる、安心な所が定宿になる。値段やサービスも重要です。価格が不明なので心配なこともあり、旅行ガイドブックなどは、たくさんになったものだ。当時はスマホもないし不便ではありましたが、語学もかなり勉強してました。なにせ、ほとんどひとり旅でしたから。 穂高岳信州の旅

  • シテ島にある マリーアントワネットの晩年 フランス

    シテ島橋横にあるコンシェルジェリーは、パリの観光名所の1つですその建物は、いずれスケッチを掲載予定ですが。もともと王宮として建造された美しいゴシック様式の建物で、フランス革命期には牢獄として使われ、マリー・アントワネットが収容されたことで知られています。 橋の向こうに見える建物群が有名な、マリーアントワネットで知られた建物。 この絵の部分は、五輪行事の開催式で中心になっていたのでTVで見られました。絵の中で観光船が見えてますが、日常には観光乗船場になってました。シテ島にあるマリーアントワネットの晩年フランス

  • アッシジの村を見上げて

    アッシジの村を見上げて、ブドウ畑の中でスケッチを絵の前方を、山のあたりを見ながら、歩いて進んでいました。これは、描いておかねば。一気に筆が動いてとても気持ち良かったです。後ほど、小山の上まで進んでしまいました。   参考までに、<アッシジにいる日本人牧師>と、検索しましたら、まなんとたくさんの牧師さんの写真がヒットすること。やはり、この地は多くの日本人の関係すること。私がこのアッシジに旅した時にも、日本人の牧師さんにお会いしました。時期は、40年前くらいの話ですけど。アッシジの村を見上げて

  • イタリア フイレンツエのアルノ川岸辺

    イタリアフイレンツエのアルノ川岸辺にて最初のイタリアのスケッチひとり旅の時の絵です。歩き回って、疲れたらこのように座ってスケッチを繰り返してました。このような場所は、なかなか観光コースではないので、ほとんど人がきませんので、スケッチには適した時間をもてました。 イタリアフイレンツエのアルノ川岸辺

  • プラハ城を見渡す箇所がある スケッチ

    プラハ城見渡す箇所があるゆっくりとこの一等地ベンチに座って、描けました。マーネス橋、ブルタバ川の向こうにそびえる絶景なり。 プラハ城を見渡す箇所があるスケッチ

  • エジプト 世界遺産をスケッチ

    エジプトを旅したスケッチの思い出一番の目的地は、ピラミッドだったが、今回は、イエスキリストが難を逃れて、マリア一家と避難した隠れ家の場所だった。この絵は、聖サルギウス教会の前の通りだ。実はこの通りをすぎて、その潜んでいた地下穴があって、そこはスケッチするスペースもないのだが、この絵の場所は、ま、このとおり。この後ろのところでは、ピストルを腰につけた警護員のボックスがあった。観光コースには、どうも入っていない。ガイドさんが、親切な方で特別にここをプラスしてくれたのである。また、文章を追加予定なり、、、、、 エジプト世界遺産をスケッチ

  • ベネチアの船着場をスケッチ

    ベネチアの船着場をスケッチサンマルコ広場横にて。沢山の観光客の乗り降りの場所だけど、なぜかゆっくりとスケッチ出来たのは、何故だったのかな。一人旅で、仲間もいないからか、時間は独り占め。  アプリの配信対象OS引き上げについてアップデートが。自分のPCの機械も古いので、配信期限はもう少しで終わるらしい。使えないようになるから、PCの買い替えせねば行けないかも。難しいかも、、、、、、???ベネチアの船着場をスケッチ

  • ロカマドール フランスの世界遺産

     ロカマドゥールは南西フランス・ミディ・ピレネー地域の北、ケルシー地方を流れるアルズー川の渓谷の切り立った断崖にある。ロカマドゥールの名称は聖アマドールの名から、「ロック・デ・アマドゥール(アマドゥールの岩)」と訳す。ロカマドールは「黒い聖母子像」と「アマドゥールの聖遺物」が有名。中世以来、スペインのサンチアーゴ・デ・コンポステーラへのフランスの巡礼の地としてロカマドールは、現在、UNESCO世界遺産に登録。 ロカマドールフランスの世界遺産

  • 再度パリのスケッチポイントで、河風景です。

      セーヌ河シテ島を見て船つなぎ場所。大好きでしたスケッチ場所。ポンデザール橋より。下のスケッチは、ゲントの運河の公園のような所です。とっても構図の良い絵をたくさん描ける場所です。遊覧船まで通っていて気持ち良い場所。 再度パリのスケッチポイントで、河風景です。

  • リベルテ広場の散歩 フランスの旅

    フランスの南部で、サルラの旧市街の中ほどにある。早朝に人の少ない時間帯。時期は、ずいぶん前。私が若かった時のスケッチ旅行です。     リベルテ広場の散歩フランスの旅

  • ウクライナ駅前 戦争のずっと前。

    ウクライナの駅前繁華街をスケッチ。戦争になる相当な前のスケッチ。おそらく今現在は、残ってないかも。左側の入り口がバス停と電車の終点駅になっておりました。絵の右側の丸い入り口はshopで、服飾のお店なんです。ホテルの玄関とか通路です。真ん中のビルのならんでいるのは会社のようでした。電車は出て行きました。もう記憶にありません。   ウクライナ駅前戦争のずっと前。

  • モンマルトル...パリ3 スケッチ

     モンマルトルの坂を描いたら、その下を向いて描いても構図上絵になるのです。それで、昨日の反対の方向を描いたのです。このあたりをゆっくりとスケッチするには、やはりひとり旅にかぎります。団体やグループの場合は、それはそれで良いことも多い。なにしろ度胸がない私は、慣れてくるのに、最初ひとりぼっちで大丈夫だろうかと心配でした。小学校のころだったろうか、兼高かおる世界旅のテレビで、思い描いた夢だったからである。彼女の番組は、ほんとうに忘れられない。それとジェットストリームのラジオ番組だ。モンマルトル...パリ3スケッチ

  • パリでの勉強時代に スケッチを

    今日の教会のある風景の一枚は、パリ、セーヌ河畔のシテ島の教会風景です。日々ルーブルMUSに通って疲れたらこの岸辺にすわって休憩し、午後はパリ市内の50ちかい他のMUSを回ったり、パリのデッサン教室の生徒さん達とそばでスケッチしたりと思い出の一枚です。当時その学校の教師と絵について話を交わしたのですけど、覚えてないです。2年間フランス語を履修したけど、忘れてしまいました。 まだ、構図に自信半分でどうも、いつも無難な描き方を初期時代にしています。どうも決まり文句ってとこでしょうか。 パリでの勉強時代にスケッチを

  • ベルカステル村 フランス

    ベルカステル村フランス美しい村々に登録されているベルカステルは、アヴェロン県にあるベルカステル。グーグルで検索をすると、たくさんの写真の中で、この私の絵がでてくる。なんか、、、、、な。はじめて気づいた。  ベルカステル村フランス

  • サンシルラポピー村 フランス

    フランスを写生して回ってた時の、サンシルラポピー村で、なんとなく腰を下ろし、スケッチを。2枚。  もっと近くに上がり、2枚目を。 やはり近くの方が、よく見えたからわかりやすい構図でしょうか。場所は、検索すればすぐわかりそうです。サンシルラポピー村フランス

  • 大聖堂を遠望に思い出す

    シテ島を眺めてパリをスケッチし始めた最初の頃、そこには火災で燃えた大聖堂は、まだあった。スケッチは、随分以前のもの。  大聖堂を遠望に思い出す

  • ペンシルバニア州の

    7月14日(日)のニュースで、米国の前大統領トランプ氏が演説しはじめた時に、狙撃された。命には,大丈夫だった。それで、思い出した。アメリカとカナダを回って、以前にペンシルベニア州にも旅して、現地の写生をしたことがあった。スケッチの場所は、田舎の方でアーミッシュという村をスケッチしたのだった。アーミッシュとは、多くがドイツ系移民の村だ。​アメリカやカナダに約20万人が暮らしているといわれる。​スイスからの移民当時の生活様式を守り、今でも農耕や牧畜を営み、自給自足に近い生活を送っている。彼らと交流した遠い記憶が少しのこっている。  アメリカ合衆国の歴史のはじめ、ペンシルベニア州は、アメリカ合衆国の歴史において重要な位置をしめる。1681年にウィリアム・ペンによって州に設立された。また、アメリカ独立戦争の重要な...ペンシルバニア州の

  • オステルリッツ駅近くから植物園方角をスケッチ

    セーヌ河をシテ島から歩道を先に進みます。そこには、植物園に行ける舗装道路が続いてます。この船たちが、繋がっておりポイントが気に入りました。オステルリッツ駅近くから植物園方角をスケッチ

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