農業や畜産業は公務員なんかよりもずっと困難で、ずっと頭脳労働だ。有権者に失礼だからではなく、バカだから辞任したのだと思う。世の中のことがよくわかっていないのだ。
書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』『通勤自転車から始めるロードバイク生活』小説『ツバサ』執筆者。
生きることへの恋歌を綴っています。
いや、神さま。確かにさっき一生この島で暮らす方法はないかとお祈りしましたけど、骨折して動けなくなって島から出られないから満願成就ってことじゃないんだよ。手に触れるものを黄金にしてくれと頼んだミノス王エピソードみたいなオチをつけなくてもいいじゃんか!
海外リゾートランナーと呼ばれていたわたしが、北京マラソンの最中には普通に観光していました。ホノルルマラソンをやっている最中に、レースにも出場しないでワイキキでブラブラしていたようなものです。そんな旅をできるようになるとは思いませんでした。 人間、変われば、変わるものだなあ。
海外旅行「個人旅行よりも、フリーパッケージツアーの方が安い」時代になった理由
個人旅行者は安宿に泊まって「宿泊代」のところで旅費を下げていたのです。ところがスマホが普及して、いまでは誰でも地方のローカルな安宿に外国から予約が入れられるようになりました。個人旅行よりも、フリーパッケージツアーの方が安く上がるという時代になりました。今後ますます個人旅行は流行らないということになるかもしれません。
クールジャパン。日本に憧れる外国人にはマンガ好き、アニメ好きが多い
活字とちがい絵は国境を軽々と超えていきます。ジュール・ベルヌなんか、時代の影響で小説家だったけれど、現代の日本に生まれていたならばマンガ家になっていただろうと思います。ベルヌのマンガ、読みたかったなあ。
Youtube動画撮影。信号などのLEDライトが録画再生すると点滅している問題の原因と対策
LEDライトの点滅と動画のfpsの関係は、戦闘機のプロペラと機関銃の関係みたいです。完全にうまい具合に同期することができれば、60Hzの地域で60fpsで撮影しても完璧に点灯しているLEDライトを撮ることができます。「同調装置」をつけるわけにはいかないので、運まかせになってしまうのが違うところですけれど。
地球目線で何かを語ることはわたしたちにもできます。ウクライナ戦争も、西側のリーダーたちがウクライナ目線で考えたり語ったりすることをやめて、地球目線で考えたり語れば違った見方になるのになあ、と思わずにいられません。それはこの戦争にとどまらず、わたしたちのなにげない日常においても同じことです。そろそろ地球視点でものを語ろうか。
のび太が買い物ぎらいというのはとても共感できるのです。買い物なんてただの労役だと思っているんですね。男の子やな。それに対してのび太ママのほうはなんであんなに息子に買い物に行かせようとするんでしょうか。女性特有の「買い物体力」をもっているんだろうから、自分で行けばいいのに。
肛門科の診察を受けるというのが、肛門ガンが判明する王道のようです。いちばんいいのは羞恥心なんて捨て去って病院に行け、ということみたいです。身も蓋もありませんが、これが結論です。
西天取経『西遊記』におけるスカトロジー(糞尿嗜好)、食人、人身売買、道教と仏教
玄奘が西へと旅行をしたのは、自分の楽しみのためではありませんでした。人びとの平和のため、幸せのためだったのです。 西遊記は旅の目的が、人間の完成のため、さとりのため、人々のしあわせのためだということを最後に教えてくれます。 偉大なるビルドゥングスロマンだと言えるでしょう。
ラフレシアだけは見られない。このネット時代にラフレシア開花情報がないとは! アプリつくれよ。
いくらなんでも行ってみなければラフレシアを見られるかどうかわからない、では不確実すぎます。それもこれも情報量がすくないせいです。個人が開花情報を抱え込んでしまっているからです。世界最大の花の開花情報を個人で秘匿したりしないで、オープンに公開すれば、多くの人がジャングルのトレイルに足を運んで、結果として今のシステムよりも儲けることができるのではないかと思います。
ロバート・ハリス『エグザイルス・ギャング』の書評・魅力・あらすじ・解説・考察
日本でエグザイルといえば男性ダンス歌手集団が有名ですが、ロバート・ハリスの方がはるか昔からこの言葉を使っています。ワンダラーとかボイジャーとかエクスプローラーとか似たような言葉がたくさんある中で、エグザイルを選んだのはロバート・ハリスの嗅覚、言葉に対するセンスに他ならないと思います。
ツアーガイドの指示を無視したことありますか? かつてわたしたちはツアーバスのお客全員で、アテンダントの集合時間を結託して無視したことがあります。日没時間の5分前に戻ってこいってどういうことよ、チャンナラー!!
職場で「毒ガス事件」が発生してしまいました。職場の机の上でお土産の「ドリアン・ドリップコーヒー」を飲もうとしたところ、あまりの悪臭になんか毒ガスが発生していると周囲から噂になってしまったという事件でした。腐った玉ねぎのようなにおいがします。都市ガスの匂いと表現する人もいます。
戦っていない人が、外野から結果論で、評論家になって批判しています。結果を見てから評論するのは簡単です。どこでミスしたか、誰にだってわかります。失点のシーンでミスしたんでしょ? 見ていなくたってわかります。
ワールドカップの出場国は、いわゆる地理的な条件で分けられているのではなく、サッカー連盟の枠でわけられているために、オーストラリアはアジア枠になっているのですね。競争率だけでは突破する難しさの指標にはなりません。ライバル国のレベル、それが重要です。
この瞬間にわずかでも手を染めていないことを老後になったら急に初めてハマるなんてことがありえるでしょうか? わたしにはそれでも「釣り」にはわたしの知らない「何か」(おもしろさ)があるように思えてならないのです。でも……今日まで手を染めなかった「何か」によって、けっきょく一生やらないんだろうなあ。 わたしはそんな気がしています。
『ゆるキャン△』というアニメがヒットして、キャンプブームが到来しました。わたしはこのアニメは「冬にキャンプする」「夏にはやらない」というところが新しかったと思っています。昔からのキャンパーは「キャンプというのは夏がシーズン盛り、どちらかといえば冬はオフシーズン」という認識だったのではないでしょうか。
ヒッピー文化は断捨離、アウトドア、バックパッカーのご先祖さま
ヒッピー文化は敗北しました。でもわたしの人生を変える力はありました。すべてが消え去ったわけではありませんでした。その魂は今でも世界の各地に残っています。わたしのように影響を受けたものが、そのスピリッツを次世代につたえていけばいいのです。
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農業や畜産業は公務員なんかよりもずっと困難で、ずっと頭脳労働だ。有権者に失礼だからではなく、バカだから辞任したのだと思う。世の中のことがよくわかっていないのだ。
スポーツ部活動に熱中した方が、受験勉強に熱中するよりも人生にいい影響を及ぼす、というのをいちおうの結論とさせていただきます。しかし、やっぱり人によるでしょう。やりたいほうをやればいいのです。やりたいことをやらないことが、一番よくないことです。
タクシーはいくらでもいるのです。ヤバいと思ったら、別のタクシーに乗りましょう。それがお客様という権力です。お金を払う方に選択権があるのです。地の利は向こうにありますが、お金という武器はこちらが持っているのです。お金を払う方が偉いのですよ。それがお客さまという権力です。その武器、権力の力を信じて闘ってみてください。 ぜったいに勝てないと思っていたボッタクリタクシーとの闘いに勝てるかもしれませんよ。
死のプログラムがなくて個体がずっと生きていると、子孫はエラーのある遺伝子ばかりになってしまい、種が生きのびる可能性が減る。種のために個は死ななければならないのだ。これが私たちが死ななければならない理由である。
はじめたばかりの初心者は、この際、自分を風よけにつかってもらおう。そして自分より弱い人を牽引してあげよう。その献身さが「風よけ」認定されて、仲間に入れてもらえるようになるだろう。冬の友こそ真の友なのだ。
全身マッサージなどしてもらうときに粉瘤もちの人は注意してください。あまり強く揉みしだかれると粉瘤は爆発します。熱をもって化膿し、コブの袋が破けて、穴から臭い汁がダラダラ流れ出します。粉瘤大爆発です。
結局、どこに住むかというのは、ロケーション、ロケーション、ロケーションなのである。敷地面積とか、新築だとか築何年の家とか、そういうことはどうでもいい。ロケーションが悪ければ、どれだけすばらしい家に住もうとも魅力的とは言えない。
はじめてのコースだどこが危険かわからないので、常に周囲に気を配りながら走ることになります。同じコースを走るデメリットは、刺激が少ないということでしょう。しかし外界の刺激がすくなければ、自分の心の奥深くにまで沈潜して、そこに刺激をもとめればいいのです。
仕事が忙しかったり、自分の生活に懸案事項があるときには、わたしにとって文学は、頭に入ってこないものなんだなあ。これがわたしにとっての文学です。文学なんてその程度のものなのです。この世界の謎を解き明かしてくれたりとか、すべての悩みを消し去ってくれる悟りの境地を教えてくれるとか、そういう幻想を抱きがちですが、そういうものはないのです。
『赤毛のアン』は、思いがけないことから子供をもつことになった女性(マリラ)の話しだと捉えることも可能です。まるで「かわいい子犬を飼ったら家族はどうなるのか実験」のようなものです。小さなアンは暗くなりがちな兄妹の生活を明るく照らし、かけがえのない存在へとなっていったのでした。
シャーロット・ブロンテは現代日本に生まれていたら、作家ではなく少女漫画家になっていたんじゃないかな、と思います。それほど『ジェーン・エア』は少女マンガに欠くべからざる要素が詰め込まれた元祖のような作品でした。
これから葬儀をやる人は、とくに「小さな祭壇なんて恥ずかしい」と感じる人は、いっそ家族葬はやめて一般葬にすることも検討していいと思います。たくさん人が来れば、香典が増えてペイできるからです。
誰でも他人のウンコの方が自分のウンコよりも臭く感じるはずです。それはつまり他人のウンコは新しい病原菌に感染する可能性があるから気をつけろ、と強烈なアラームが鳴っているからです。臭気というのは「病原菌に感染」を警告するアラームなのです。
走らずには、他のもっと大切なものが成立しない。わたしにとって走るとは、気持ちよく生きるためのベース、それがわたしにとっての「走ること」だ。 あなたにとってランニングとは何ですか?
サイクルジャージは記号です。このチームの一員ですよ、というシグナルを発しているのです。だから一番上に着ないと意味がありません。いちばん上に着てこそスイミー効果が発揮できるのです。
自分にとって最高の小説は、自分にしか書けない。私はこう思っています。最後の作品は「まだ見ぬ未来の作品」ではなく「あなたの作品」こそ選びたいのです。だから最後の一作はあなたの「その作品」を。
単一作物の栽培はそれほど難しくありません。小麦の奴隷になったといいますが、小麦だけなら難しくありません。農閑期というのは暇なんですよ。常に飢餓に追い立てられているのは狩猟採集民の方でしょう。従来の学説は間違いで、暇なのは農耕民族で、忙しいのは狩猟採集民なのではないかな?
生きていくことはたたかいだから、どんな物語でも、すべてはバトル(心の葛藤)ものなのです。少年マンガは肉体的に打ちのめされるのですが、少女マンガは精神的に打ちのめされるのです。人生を学びたいなら少年マンガよりも少女マンガを読むべきでしょう。接触系バトル漫画やバトルゲームばかりしていると、非接触プレイばかりの現実社会に適応できなくなるぞ。
私はすでに表現者であって、受け取り手ではないため、大人のつくったコンサートに我を忘れて熱狂することができないのです。だってそれは演出されたショーだから。作り手になると、創作物を昔ほど純粋に楽しめないのです。映画や芝居でも同じことになります。
日本各地に存在する農業試験場さん。これからの植物の品種改良はここじゃないでしょうかね? 「いちご」や「ぶどう」など他の植物も根粒菌を利用できるように品種改良すること。 そうすれば、たくさんの肥料を撒く必要がなくなります。痩せた土地でも作物が育つようになります。
国際線特典航空券の渡航先。JALとANA、どちらのマイルをためた方がいいのか? 2023年現在、「JALマイルをためやすい人はJAL。条件が同じ人はANA」これが結論です。「提携社特典航空券」を使ってもしょせんはJALがANAに勝てる見込みはありません。
アンクルウェイトをつけて歩くと、負荷が軽すぎて退屈だった散歩が急におもしろくなりました。見慣れた散歩道がいきなりプレイフィールドに変わったかのようです。歩くことが人生に意味づけられるとしたら、それはアンクルウェイトで重さに耐えながらの足取りのときだけではないでしょうか。
「一般的な日帰り人間ドック」の検査で、脊髄腫瘍(ガン)が確認できるか、調べてみました。臓器のガンで死んでしまったら、坐骨神経痛がいくら治ってもまったく意味がありません。腫瘍マーカー検査や、アミノインデックス・リスクスクリーニング検査を受ければ、よりガンの可能性がはっきりします。
『八月の光』で主役をはれるのは苦悩があるクリスマスです。超克のあったハイタワーは批判者にすぎず、時代の評価に耐えられる生き方をしたリーナは主人公を張ることができませんでした。とっくに解決済みの問題を、避けようもない宿命だなんて大袈裟だ、というのが本作の大欠点だといえるでしょう。
専門家と議論するとき、自分に資格がないからといって怯むことはありません。相手の資格がプレッシャーに感じるなら、資格を持つ人が書いた書物を盾にたたかえばいいのです。資格を盾に議論する人間は、資格に弱いものです。業界の大家の意見に尻尾をまいて逃げ出すかもしれませんよ。
明確な手術ミスによって下半身不随などの重大な後遺症が生じた場合、医療過誤の損害賠償請求はできます。手術前にどんな契約書、同意書を取り交わしていようとも、それが憲法、法律に違反する内容であった場合、取り交わした内容はそもそも無効なのです。
結婚式の花嫁の介添え人は、幸せな気分をおすすわけいただけるでしょうが、結婚する本人ほど幸せではありません。旅はアテンドではなく、お客として行くのがいちばんいいのです。このことだけは覚えておいてほしいと思います。
坐骨神経痛には別の理由があるかもしれない。坐骨神経痛に悩まされています。お尻が痺れる症状、自分でわかる自己診断方法。坐骨神経痛か、梨状筋症候群か坐骨神経痛になる原因はいろいろなことが考えられます。もっとも有力なのは脊柱管狭窄症、およびその一
椎間板ヘルニアも脊柱管狭窄症のひとつです。椎間板ヘルニアというのは、背骨の椎骨と椎骨のあいだにあるクッションである椎間板の中身である髄核(ゼリー状のゲル)が、椎間板の繊維輪が破れたことにより外に飛び出して、脊髄神経を圧迫することで坐骨神経痛を引き起こすという病気です。
小説『ムグケノ花ガ咲キマシタ』を読むかぎり、統一韓国は核保有国になるのではないか、という気がします。「アメリカなど強国の意志に屈服するな、韓民族よ誇りを持て。そのためには核保有国になるべきだ」というスピリットがこの小説を大ベストセラーにした要因だからです。
賞するならば、賞にあたいする人物を。将来、ノーベル文学賞は廃止され、その代わりに「ノーベル・イノベーション賞」「ノーベル・テクノロジー賞」のようなものが創設されるだろう。作家よりも、社会をよく変えた人のほうがはるかに賞に値いすると思いませんか?
『ローマの慈愛』という絵画のモチーフがあります。餓死刑に処された父親を救うために、娘が母乳を飲ませるという作品です。スタインベックは『怒りの葡萄』という物語のラストに現代アメリカの「ローマの慈愛」を持ってきました。
生きることが意味を持っていないならば、たとえ無限に子孫を残し得ても何の意味も持っていない。子どものいない女性が無意味であるとするならば、人間はその子供のためにのみ生き、その実存の意味はもっぱら次世代のうちに存ずるということであるが、各世代はこの問題を解決せずに次の世代へ押しやるに過ぎない。
死ぬ直前の文豪にしかわかりえない人生の秘儀、そんなものは「ない」のです。文豪にしか書けない「命の結論」「人間の生き方の隠された秘密」みたいなものは何もありません。それを知るために、本を読むのです。自分の死に自分が納得するために。
「イエスが裏切られて十字架の上で死ぬ」というのは定められた神の計画の一部です。そういう意味ではユダに自由意思はありませんでした。だって神の計画を実行した駒に過ぎないんですから。だれが神のプランに逆らえるでしょうか。むしろ選ばれた人だともいえます。
バックパッカーの場合、パスポートや税関、検疫、為替などに関する理解の他、出入国手続きなど得意分野が試験科目に入ってくる総合旅行業務取扱管理者の試験を受けた方が、国内旅行業務取扱管理者試験よりも合格率は上がるんじゃないでしょうか。
「高額紙幣強奪事件」海外では相手の商売人の目の前で財布を広げてはいけません。せっかく貧乏人のふりして長時間かけて値切り交渉したのに財布の中身は高額紙幣がずらりとならんでいたら相手商人に対して失礼ですし、値段交渉が振り出しに戻る可能性がありますぜ、ダンナ。
楽聖耳朶の英語学習が実を結んでいないのは、日本の英語教育が「読む」「書く」偏重で、「聞く」「話す」に重きを置いていなかったからだと思います。日本の英語教育の失敗ではないでしょうか?
「駐車の用に供する部分の面積が五百平方メートル以上ある駐車場」かつ「都市計画区域内にある」かつ「不特定多数が利用する時間貸し駐車場」これらすべてを満たす場合には、駐車場の届出がいるということでした。規制がゆるくてホッとしました。
語り継ぐにふさわしいストーリーをもつ男。劇的な生涯。その姿を見てようやくここにきてようやく男の偉大さにわたしは気づいたのです。燃える闘魂は偉大でした。みごとな生き様だったと思います。