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オリジナルBL小説を書いています。純愛からR18、学生から社会人、ほのぼのからシリアスまで色々。

しろとくろ
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2019/01/21

  • BREAK OUT-LOW

    【あらすじ】指定暴力団二次団体「野村組」で本部長を務める真鍋恭一は、ヤクザ者が生きづらいこの時世に己が暴力団員であることに嫌気がさしている。組織から脱退したいと願いつつもズルズルと過ごしていたある日、恭一は一人の青年、雨宮祥平と出会う。車に乗っていたところにいきなり飛び出してぶつかってきた祥平に車の修理代と治療費を要求するつもりだった恭一だが、恭一がヤクザであると知った祥平に修理代と治療費の引き換...

  • Such a wally 6-2

    「お前は本当に綺麗な体してるよなァ」 直後に胸の先を摘ままれた。思わず腰がビク、と跳ねる。恭一の指は遊ぶように捏ねたり押したり、優しく手の平で撫でたかと思えばいきなり強くつまんだりする。ちょっと体を弄られただけなのに簡単に理性を失ってしまった。「……きょういち、下も脱ぎたい……」「腰、浮かせろ」 言う通りにすると下着ごとハーフパンツを膝までずらされた。期待で完全に起き上がっているそれを、優しく握られる...

  • Such a wally 6-1

    ソファの隅で膝の上にノートパソコンを広げたまま、何をするでもなくボーッとしていた。それだけで時間は流れて気付けば夕暮れ時になっている。窓から橙色の夕陽が入り込み、ソファと祥平を照らした。眩しくてようやく顔を上げる。いつの間に買い物から帰ってきたのか、恭一が真横に立っていた。テーブルにプリンを数個、置かれる。「プリンが好きなら早く言えよ」「……ベトナムのプリンじゃなくて、日本のプリンがいい」 オーソ...

  • Such a wally 5-2

    「真鍋さんにとって祥平はなんなんですか?」 すると恭一は渋い顔をして考え、斜め上の答えを出した。「……ボス。かな」「ボス!? 祥平が!?」「だって、あいつの指示がなけりゃ喧嘩のひとつもできねぇんだぜ!?」「いい年して喧嘩しないで下さいよ」「あいつ、けっこううるさいし、どうでもいいとこで細かいからなァ」 それは同感である。基本的に大雑把だしがさつなのに、算数のノートだけは小さな字で、数字を綺麗な列に並べて書...

  • Such a wally 5-1

    心身ともに疲れているのに、疲れすぎて深夜になっても眠れなかった。いっそ眠くなるまで起きていようと決め、修也はペットボトルの水を持ってホテルのロビーに下りた。ショップは閉店していて昼間ほどの賑やかさはないが、それでもまばらに人はいる。カフェテラス横のソファに座ってひと息ついた。 結局、騒動のあと恭一にホテルまで送り届けられ、祥平とも恭一とも肝心な話はできないまま解散した。明弘に夕食を一緒にどうかと...

  • Such a wally 4-4

    「Japanese?」「……Year」 不良たちはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて修也と明弘を囲んだ。筋肉質の大きな男が三人。これはかなりまずい状況なのでは、と不安がよぎったところで「金を出せ」と要求された。「I…… I don’t have any money」 すると今度は体をベタベタ触ってくる。それまでずっと黙っていた明弘が「やめて下さい」と堂々とした日本語で遮った。明弘は不良たちとは変わらないほどの体格だが、顔つきが穏やかなの...

  • Such a wally 4-3

    陽が落ちて空が紺色になった夜の街を、修也は一人肩をいからせて歩いていた。あのまま説得しても平行線で喧嘩になるだけだ。祥平は何年もあの男と一緒にいたから好きだと思い込んでいるのだ。力づくでも引き離せばきっと目が覚めるに違いない。「あの、すみません」 一度、恭一ともきちんと話をしなければ。そもそもあの男から話すべきことなのに隠しているなんてどういうつもりだ。「あの、修也さん」 深呼吸をして立ち止まっ...

  • Such a wally 4-2

    「ここまできたら全部話せ」「牛田さん……明弘くんのお兄さんも、親父とお袋を陥れた奴らの仲間だったから……。親父の会社が倒産したのは闇金に騙されたからだったけど、もともと倒産まで追い詰められたのは、地面師グループが親父を騙して土地を買わせたからだった。……兄ちゃん、知ってた?」 修也は静かに首を横に振る。「その地面師たちと一緒に親父を騙したのが、……恭一だったんだ。牛田さんは親父を騙すための書類や身分証明書...

  • Such a wally 4-1

    翌日、祥平がホテルの部屋にやってきたのは夕方になった頃だった。恭一は仕事があるらしく、明弘と三人で食事に行こうと誘われた。けれども修也はそれを断った。「祥平に聞きたいことがあるんだけど」 声に怒気がこもってしまい、修也の機嫌に悪さに祥平は戸惑っている。祥平をベッドに座らせ、出し抜けに聞いた。「明弘くんのお兄さんが捕まったのは、お前の身代わりになったからなのか」 祥平はぎょっと目を見開いたあと、決...

  • Such a wally 3-2

    「修也さんが刑務所に入ったから、祥平さんは今まで無事でいられたんでしょう。弟の人生を守ったんだから、無駄じゃないです」 そういう考え方もあるのかと新鮮に感動した。濡れ衣とはいえ殺人罪で刑務所にいたなんて汚点でしかないと思っていたが、弟を守ったと考えれば幾分誇らしい気さえする。少しだけ泣けた。涙で滲んだ目を指先でぐいっと拭ったのを、明弘が気付いているのかいないのかは分からなかった。「明弘くんって落ち...

  • Such a wally 3-1

    まだ陽が高い時間帯にホテルに届けられ、まだ観光したいかと聞かれたが、とにかくヘトヘトで一刻も早く横になりたかったので断った。祥平も今夜は仕事があるらしく、明日また来ると残して恭一と去った。部屋に戻ってからは泥のように眠った。 目が覚めた時にはすっかり夜になっていて、部屋の中も外も真っ暗だった。腹は減っていないが喉が渇いたので、飲み物だけでも調達しようと部屋を出た。ちょうど隣の部屋のドアが開き、明...

  • Such a wally 2-2

    「……祥平と恭一って、どういう関係なんだろうな」 と、無意識に口にしていた。明弘が「え?」と細い目を開く。「あ、いや。昨日、祥平は友達とか言ってたけど、友達ではないよね。仕事仲間……とか」 それにしては仲が良すぎるが。「恋人でしょう」 想像もしていないことを明弘が当たり前に言う。「……えっ??」「だから、恋人同士なんでしょ、あの二人」 なんでそうなるんだ、と修也は明弘の思考回路が理解できなかった。「えっ、...

  • Such a wally 2-1

    翌朝、恭一は約束通り九時ぴったりに迎えに来た。朝食を食べ終えたのを見計らっていたかのようなベストタイミングだった。がっしりした男がロビーの真ん中で堂々と立っているとよく目立つ。「おはようございます、真鍋さん。すごい、時間ピッタリですね」 正確に動かないと気が済まないんだよ、と、祥平がうんざりした様子で後ろから口を出した。「よく眠れた? 朝食もちゃんと食えた?」 恭一は修也にはにこやかに言いながら...

  • Such a wally 1-3

    いつのまに湯を沸かしたのか、ケトルがポコポコと音を立てている。祥平が手際よくコーヒーを淹れてくれた。我儘で自分勝手だった弟が人にコーヒーを淹れるなんて、そんな些細なことにすら感動してしまう。「俺が野村組に連れて行かれてから、どうだったんだ? 大変だったろ」「……大宮のおじさんのところとか、タカ子おばさんのところとか、交互に面倒見てもらってた。まあ、あんまり良い顔はされなかったよ。本当は高校くらいは...

  • Such a wally 1-2

    日本を出る時は真冬だったのに、ホーチミンに着いたらそこはやはり南国で、射るような日差しに軽く眩暈を覚えた。当たり前だが、見渡すと外国人ばかり。看板はベトナム語。今更ながら不安になる。「えーと、この辺で待ってろって言われてたんですけどね」 自分より十歳も年下の牛田のほうがよほど堂々としている。そもそも見た目からして修也のほうが背は低いし、体も細い。かろうじて散髪はしてきたが、刑務所あがりとはいえあ...

  • Such a wally 1

    とっくに諦めていた海外への夢が、まさかこの歳になって唐突に叶うなんて思いもしなかった。雲の海と手が届きそうな太陽を飛行機の窓から眺めては、雨宮修也は期待と不安で溜息をついた。 洋画好きの父の影響を受けて、海外留学や海外移住を夢見ていた幼少期。暴力団絡みのトラブルに巻き込まれて家族が崩壊してからは、そんな夢を見ることもできなくなった。借金返済のためにヤクザに連れて行かれ、濡れ衣を着せられて否応なし...

  • BREAK OUT-LOW 最終話

    屋根の修理が落ち着いたら果物の収穫をするから先に帰れと言われ、日が暮れる頃に家に戻った。庭に立って西の空を見上げると、丁度太陽が沈もうとしている。一日を通して、夕方が一番好きだ。抗うように空を赤く染めて大きな太陽が燃え上がったかと思えば、今度は力つきたように紫色のグラデーションを彩りながら姿を消していく。どこの国にいても見られるけれど、いつ見ても瞠るほど美しくてそこはかとなく切ない。完全に燃え尽...

  • BREAK OUT-LOW 9-1

    ―― 一年後 ベトナム ハンモックに揺られているうちに寝てしまっていたらしい。木陰で風に当たりながら夢と現実を行き来する、そんなのどかな午後を過ごしていたら隣人が騒がしい声を上げながら敷地内に入ってきた。「タイン! ロンはいるか!? 昨日の大雨でナムの家の屋根が壊れたんだ。修理を手伝ってくれ!」 すぐにハンモックから飛び下りて、準備をする。二階の寝室に向かって叫んだ。「恭……ロン! 起きろ! ナムの...

  • BREAK OUT-LOW 8-3

    「悪く思わんで下さい。組長に何かあったら本部長を殺せっていう命令だったんで」「なるほど、どいつもこいつもブタの言いなりってか」 互いに銃を持った状態で、一人で十数人を相手にするのはさすがに困難だ。詰みを覚悟した直後、いきなり事務所内の灯かりがすべて消えた。既に陽が落ちているせいもあって室内が暗闇に包まれる。組員たちは急な暗がりに視界を確保できずうろたえていたが、恭一は不測の事態にも対応できるように...

  • BREAK OUT-LOW 8-2

    「……牛田がやったのは本当か?」「そのようです」「そのようです、だ? お前の側近だろうよ、牛田は。なに他人事のように言ってんだ」「牛田は片山を可愛がっていました。その片山がカシラに殺されて、牛田は片山の仇を討つためにカシラを殺した、と、俺は聞いています。何が原因で揉めたかは存じません」 しばらく二人は睨み合ったまま動かなかった。充血した秋元の目は恭一を疑っている。「だったら何故、葬式に来なかった? ...

  • BREAK OUT-LOW 8-1

    青木の葬儀が終わった頃、秋元から狂ったように着信履歴が残っていて「すぐに顔を出さないと問答無用で殺す」とメッセージが入っていた。ここまできて暗殺でもされたら馬鹿馬鹿しいので、恭一は「折り入って話があるので事務所へ行く、それまでおとなしくしていて欲しい」と願い出た。『ふん、なんの話か知らんが、俺もそこまで鬼じゃない。お前、中国人から二億預かってるだろう。金の動きがないんで怪しまれてるぜ。昨日、ウチ...

  • BREAK OUT-LOW 7-4

    すっかり欲情したケダモノの眼で薄笑いを浮かべる恭一と目が合った。「昨日は二回もお前に主導権握られたから、今日は俺の好きなようにやらせてもらうぜ」 ちょっとした恐怖とともに、それ以上に期待した自分は変態かもしれなかった。答えずにいると恭一は了承したのだと受け取ったらしく、強引に手首を引っ張られて傍のダブルベッドに投げ飛ばされた。恭一が覆い被さり、ゆっくり顔が近付いてきて唇を重ねた。一度合わせると理...

  • BREAK OUT-LOW 7-3

    *** 真鍋さん、自分は今から出頭します。 カシラをやったのは、自分です。 真鍋さんも雨宮も関係ない。全部自分がやったことです。 自分が一番尊敬して一生付いていきたいと思えた人は、真鍋さんだけでした。 これからも、どうかそのまま、真鍋さんは真鍋さんのために生きて下さい。 面会も差し入れもいりません。通話履歴もメッセージも消して下さい。 ただ、ひとつだけ願い事を許していただけるなら、弟を頼みます。「...

  • BREAK OUT-LOW 7-2

    「な、なんで」「青木から聞いたのか」 その言葉が、すべてが真実であることを証明した。祥平は唇を震わせながら恭一と向き合った。「あいつが言ってた……親父の会社が倒産した原因は恭一にあるって……本当なのかよ……」「……本当だ」 違うと言って欲しかった。恭一は言い訳すらしようとしない。目の前が真っ暗になる。「青木がどう説明したかは知らんが、おおむね事実だ。本当は俺の口からちゃんと説明するべきだったけど……すまなか...

  • BREAK OUT-LOW 7-1

    牛田が後始末をすると申し出てくれたので、恭一と祥平は先に工場倉庫を去った。近くの港で片山の車が待機してあるらしく、土砂降りの中を全速力で駆けて向かった。車に乗ったらすぐに発車する。まるで犯罪者の逃亡だ。いや、まさに、である。 青木を殺した。両親の、兄の仇をついに討った。けれどもその実感はいまだ湧かず、ただただ妙な興奮だけが残っていた。 無事にマンションに戻ってはこられたが、安心することなんてでき...

  • BREAK OUT-LOW 6-4

    「ふ……ざけんな! じゃあ、お前はどうなんだよッ! お前だって違法な金利で取り立ててただろうが!」「俺はむしろ金を貸してやったんだ。いよいよ無理だって時に手を差し伸べてやったんだぜ。お願いしますと頼んで来たのはお前の親父だ。借りたら返す。貸したら返してもらう。ただそれをしただけだ。せっかく借りたのに資金繰りができないうえに返せない。だから潰れた。なぜ俺が責められる?」「弁護士を追い返してお前らが無茶...

  • BREAK OUT-LOW 6-3

    「……恭一とは、お前の手下から逃げてる途中で知り合った。車にぶつかって、その相手がアイツだったんだ。車の修理代と俺の治療費を支払えと要求されたけど、その代わりに俺はある依頼をした。『俺の両親を殺した、ACフィナンシャルって闇金をやってた男を探して欲しい』ってな。もともと振り込め詐欺に加担したのはそいつに近付くためだった。だけど出し子が予想外に裏切ったからこっちも必死だったんだよ。……要求通り、俺は治療...

  • BREAK OUT-LOW 6-2

    「随分長かったな。どんだけでかいクソしてんの」「いや、まあ、クソもあるけどよ」 片山は気まずそうに鼻を擦りながらポケットにスマートフォンを隠した。察した祥平は悪戯に笑ってからかった。「いい動画あった? 片山さん、コスプレ好きだよな」 ぎょっとしたあと、極まりが悪そうに舌打ちする。片山の好みはスマートフォンを乗っ取った時にほとんど把握してある。インターネットの検索履歴や保存データにあるアダルト動画は...

  • BREAK OUT-LOW 6-1

    二時間ほど動かし続けていた指を、祥平はふと止めた。 フー、と細い溜息をつきながら指の骨を一本ずつ鳴らしていく。何かに夢中になっているあいだは余計なことを考えなくて済むから昼夜問わずプログラムに没頭していたが、急に電池が切れたように集中力も途切れた。固まった首を回すついでに部屋を見渡す。広いリビング、大きなダイニングテーブル、高級そうなソファ。高層マンションの最上階から見下ろせる都会の景色。だが、...

  • BREAK OUT-LOW 5-4

    「――お前はこっちの世界にいないほうがいい。今からでも間に合うから、きちんと正業に就いて表社会で堂々と生きろ」 祥平は不可解そうに首を傾げる。「青木は自分の利益のためなら相手が誰でも容赦なく殺す。お前みたいな素人が殺せる人間じゃない」「それでも諦めたくないって言ったよな」「お前の兄貴がなんで刑務所に入ったか分からないのか。ただ身代わりになっただけじゃない。お前に危害を加えられたら困るから、身代わりに...

  • BREAK OUT-LOW 5-3

    ――― 本当に面倒なことに首を突っ込んでしまった。 最初は青木が探しているかけ子を横取りしたら面白そうだという浅はかな好奇心だけだったのに、うっかり祥平に感化されたばっかりに、こんなことになってしまった。それでも「どうせ復讐なんてできるわけがない」と馬鹿にしていたから、暇つぶしのつもりで傍においた。思いの外役に立つから手放せなくなった。ただの仕事の延長線上で出会っていれば、なんの罪悪感もなく海外で...

  • BREAK OUT-LOW 5-2

    ――― ある晩、外出先で祥平から熱を出したと連絡が来た。熱があるだけで風邪らしい症状はないとのことで、帰りにスポーツドリンクを買ってきて欲しいと頼まれた。念のため解熱剤と喉越しが良さそうなゼリーも買っておく。 帰宅すると祥平はベッドではなくソファで寝ていたので、抱きかかえて寝室に運んだ。疲れた体を休めるためのとっておきのベッドを他人に占領されるのは気が進まないが、病人なので仕方がない。どうやって看...

  • BREAK OUT-LOW 5-1

    ある日曜日、恭一は祥平を連れて出掛けた。陽が昇り切らない早朝に、まだ寝ている祥平を担いで車に放り込んだのだ。祥平がようやく目を覚ましたのは目的地に着いてからだった。「どこだよ、ここ!? また勝手に連れてきたのか!」「起きないお前が悪いんだよ。いいから付いて来い」 舗装されていない山道で車から下りた。近くに小さな古い東屋があるだけで、周辺はただただ草木が生い茂っている。恭一はそこから更に分岐している...

  • BREAK OUT-LOW 4-4

    *** 案の定、翌日青木に呼ばれて事務所に行った。青木からの呼び出しなど高確率で碌な内容じゃない。恭一はあらゆる想定をして万全の体勢で事務所に向かった。 秋元は不在らしく、事務所内は青木の側近で固められている。会議室の前には昨日、鼻の骨をへし折った大野がいた。「あ、大野。鼻水は止まったか? ちょっと力入れすぎちゃってよ」「本部長、俺、花粉症じゃないっす」「そうだったか? はい、これ治療費だ。受け取...

  • BREAK OUT-LOW 4-3

    「お前のなんだっけ、それ」「アイスミルクティー」「タピオカは?」「ない。そういえば、何年か前に暴力団がタピオカドリンク売ってるって噂あったけど、本当?」「みんながみんなってわけじゃねぇし、売上をヤクザがピンハネしてるだけで、売ってるのはヤクザじゃねぇよ」「……今日、街中歩きながら自分たちが知らないだけでバックに暴力団がいる店って意外とあるんだろうなとか考えてた」「まあな。フロントの社員は自分の働いて...

  • BREAK OUT-LOW 4-2

    「うわっ、びっくりしたァ」 夢見が悪くて目が覚めたら、目の前に祥平の顔があった。驚いたのはこっちのほうだ。 どうやら青木と飲んで家に帰ってから、風呂にも入らずに寝てしまったらしい。ワイシャツもスラックスも皺だらけだし、なにより寝室のエアコンが切れていたせいか汗だくだ。恭一は額から流れる汗を腕で拭った。「ゆうべ、あんた帰ってくるなりベッドに倒れ込んでさ。酔っ払ってるみたいだったから放っておいたんだけ...

  • BREAK OUT-LOW 4-1

    ―― 十年前「組を抜けたいだと?」 野村が殺されて組長の座を秋元が引き継ぎ、青木が若頭に就任した直後のことだった。野村の死は恭一にとって想像以上にショックなものだった。 野村は人情深い男だった。鬼のように厳しい面はもちろんあるが、子分を本当の我が子のように可愛がっていた。生活が厳しければ小遣いをやりつつも自力でシノギを見つけて自立できるように支援し、身内が不幸に遭えば陰ながら援助をするような人間だ...

  • BREAK OUT-LOW 3-4

    「ああ、思い出した。あったな、そんなこと。でもかなり昔の話じゃないか? なんで今更そんな話を出すんだよ」「あまや興産の社長の息子に会った」「子どもなんかいたっけな。もう覚えてないね。それで?」 新しい煙草に火を点ける。今度は昔の話を肴に味わうようだ。「……仕事の取引相手でたまたま知ったんだ。生い立ちを聞く機会があったんで興味本位で聞いてみたら、親父があまや興産の元社長で、闇金に騙されて借金まみれにな...

  • BREAK OUT-LOW 3-3

    *** 珍しく秋元が不在で事務所が静かなので、タブレットでアダルト動画を観ていた。思えば長らく女を抱いていない。いくら顔が良くても、あんなにか細い男にその気になるなんてどうかしている。雄としての勘を取り戻すかのように動画を漁った。だが、どういうわけかどんなに過激なものを見ても興奮できない。大袈裟に喘ぐ女優の声すらやかましく思える。裸体に飽きてタブレットを閉じたと同時に、ドアが開いた。「外まで音が...

  • BREAK OUT-LOW 3-2

    自宅に着いて部屋のドアを開けるなり、ドタドタと騒がしい足音を立てながら祥平が現れた。そして開口一番に突っかかってくるのである。「ちょっと! なんなんだよ、このシャツ!」 そう言って祥平は自身が着ているTシャツの裾を引っ張った。まぬけな猫のイラストが大きくプリントされたTシャツだ。恭一はそれを見るなり声を出して笑った。「似合ってるじゃねーか、それ牛田が買ってきたやつだろ? いいセンスしてるわ」「牛...

  • BREAK OUT-LOW 3-1

    梅雨が明けて快晴が続き、今年も夏が来たかと思えばまた雨の日が続いた。じめじめと肌に纏わりつく湿気と生温い気温が気持ち悪い。夏に降る雨は嫌いだ。じっとり汗をかいているせいか、背中に張り付くワイシャツも不快である。早く体を冷やしたくて運転している牛田にエアコンの風量を上げろと指示した。「真鍋さん、このあいだの中国人から依頼が来てますけど」「また? あいつ怪しいんだよな。ちょっと保留にする」「了解です...

  • BREAK OUT-LOW 2-4

    ――― 片山には祥平を恭一のマンションまで連れて来いと言ってある。祥平が片山に引っ張られてきたのは、恭一が自宅に着いて五分後のことだった。 広いリビングに真っ黒な革のソファ。恭一はそのソファの真ん中に座り、テーブルを隔てて祥平を前に立たせた。オーバーサイズのだらしないTシャツ、ナチュラルに破れたデニム。小汚い格好だ。祥平は目深に被っていたキャップを取った。鋭い生意気な目と視線が合った。祥平は背負っ...

  • BREAK OUT-LOW 2-3

    祥平のアパートには大体三日おきに様子を見に行った。いつ行っても祥平はだらしのない格好で寝ていることが多く、とても必死で金を集めているようには見えなかった。恭一がいない時に行動しているのかと思って片山に聞いても、祥平は一日のほとんどを家の中で過ごし、外出は近くのコンビニに食料を調達する時くらいだと言った。「日中はずーっと寝てますね。夜は俺も寝てるんで分からないんすけど、今のところ一銭も稼いでなさそ...

  • BREAK OUT-LOW 2-2

    ――― 監視の片山経由で祥平の家を突き止めていた恭一は、車ではなくあえてバスと徒歩で家に行った。祥平の家は下町にある古いアパートだ。そんなところに黒塗りの車で行ったら悪目立ちする。なんの連絡も挨拶もなくずかずかと部屋に押し入り、スパン、とシミだらけの襖を開けると、薄い布団の上でうつ伏せになっている祥平がいた。「おい、ショウキチ。起きろ」 つま先で脇をつつくと飛び起きた。そして寝ぼけ眼の不機嫌そうな...

  • BREAK OUT-LOW 2-1

    秋元に仕事の進捗の報告を終えて事務所を出たところで、青木と出くわした。 細身でブリオーニのスーツを着こなす姿は、会計士や弁護士などを名乗ってもおかしくなさそうな紳士的な出で立ちだ。だが今、目の前にいる彼は片目がガーゼで覆われており、額に巻かれた包帯が痛々しい。隠しきれていない傷や痣も見られた。せっかくのスレンダーなイケメンが台無しである。ただ、足取りはしっかりしているので思ったより軽傷だったよう...

  • BREAK OUT-LOW 1-4

    いつの話か知らないが、連中が誰かを殺すなんて珍しい話ではない。殺す、というより自死に追い込む、というほうが正しいかもしれない。「……お前、振り込め詐欺しようとしたか?」 祥平がぎょっとした顔で恭一を見上げる。「かけ子だろ。そして仲間の出し子が金を持って逃走。お前はそいつの尻拭いをさせられそうになって逃げてきた」「なんでそれを」「俺も野村組なんでね」「じゃあ知ってるのか!?」「うるさい、聞け。……つい昨...

  • BREAK OUT-LOW 1-3

    ――― 仕事を終えて松村の診療所に戻ってきたのは、予定より二時間ほど遅れた、午後五時頃だった。中国人から受け取った現金を海外口座に送金するために銀行へ行ったら、いつもの担当者が不在だったせいで時間がかかってしまったのだ。代わりに受け付けた新人行員の段取りの悪さが気に入らなかった。あと数分早く着いていれば間に合っていたのに。あれもそれも金髪の男がぶつかってきたせいだと、恭一はやや苛立っていた。 診療所...

  • BREAK OUT-LOW 1-2

    *** 中国人との取引のため、早朝から出掛けることになっている。マンションの下では既に牛田が待機していて、恭一はあくびをしながら車に乗り込んだ。「牛田ぁ、お前、何時に起きてるんだよ」「今日は三時っス。真鍋さん、どうぞ休んでて下さい。着いたら起こしますんで」 組織の中では当たり前とはいえ、よく他人にここまで尽くせるなと思う。そもそも血の繋がりがないのに「オヤジ」だとか「アニキ」だとか「オジキ」だと...

  • BREAK OUT-LOW 1-1

    しょせん自分は碌な死に方をしないと覚悟はしていたが、さすがに身売りをさせられて終わるような人生は嫌だ。しかもその原因が濡れ衣だなんて、たまったものじゃない。「だから俺は違う! あいつが勝手に逃げたんだ!」「うるせぇ! なめくさりやがって! 逃げた奴は連れ戻して漁船に放り込んでやるから、てめぇは飢えたオヤジにたっぷり可愛がってもらいなァ!」 強烈な拳が左頬を直撃した。踏ん張りがきかずに背後のごみ捨...

  • お前は幼なじみで、親友で

    (あらすじ)高校三年の昇は幼なじみの大智と仲がいい。毎朝大智と双子の妹・理沙と3人で一緒に登校する時間が好きだった。受験を控えたある日、昇は同じ委員会の女の子、大川と親しくなり、恋心を抱くようになる。卒業前になんとか付き合いたくて大川に告白をするが、反応は芳しくない。その理由は大智に「昇との仲を邪魔するな」と言われたからだと打ち明け、昇は思いがけない形で大智の気持ちを知ることになる。*第一部*■1-...

  • 大智 5

    昇は充希と違って家の中でも外でもくっつきたがらない。けれども今日だけは、嫌だと言われても昇に触りたくて仕方がない。昇の手首をがっちり掴んでアパートの階段を上がる。「別に逃げたりしねーから、手ぇ離せよ」 そう言われても離さなかった。我ながら気味が悪いほどの束縛力だ。 部屋に入ってドアが閉まるなり、キスをする。がっついているのは俺ばっかりで、戸惑っている昇の半開きの口を、何度も何度も覆った。無理やり...

  • 大智 4

    *** 念のため昇には金曜の予定を聞いたが、やはり「早く帰れるかどうか分からない」と返事が来た。なのであまり気は進まないが充希を家に呼ぶことにする。 金曜日は俺は午前中ですべての授業が終わる。単位取得に追われている充希は夕方まで講義が入っているので、終わったら近くのスーパーに寄れと言ってある。酒のつまみの総菜を買って、一緒にアパートまで戻る予定だ。 授業は六時前には終わるので、その頃を見計らって...

  • 大智 3

    日曜日は少しラインのやりとりをしただけで別々に過ごし、物足りないまま月曜日になった。昇は今週は忙しいと言っていたので、家に来る予定はないだろう。こっちから訪ねてもいいけれど、長期休みでもないのにわざわざ地元まで押しかけるのも迷惑かもしれないと思うと我慢するしかないのだった。 昇に好きだと言われてから、いつの間にか三ヵ月が過ぎていた。今は入学、卒業、進級の季節だから本当に忙しいのかもしれない。大学...

  • 大智 2

    用意しておいたスウェットは昇には大きかったらしく、かなりゆったりと着崩していた。俺はそれも似合うんじゃない、とわりと本気で言ったが、昇は気に入らなかったらしく自分の背の低さを嘆いていた。別に昇は特別小さいわけじゃない。単に俺がでかいだけなのに。 ベッドもシングルに男二人はキツすぎた。俺が床で寝るよと申し出ても、昇はけっこうだと頑なに断った。「俺が泊まらせてもらってんだから、俺が床で寝る。毛布一枚...

  • 大智 1

    小学三年生の夏の日、母さんに連れられて初めて引越し先の土地で公園に行った。それまでどちらかというと外で遊ぶのは好きじゃなく、家で本を読んだりゲームをするほうが好きだった。たぶん、東京に住んでいた頃近所に住んでいた兄ちゃんの影響だろう。だからなかば強引に公園に行こうと連れ出された時は、とにかく嫌で、面倒で、暑かった。「あんな変な子と遊ばせるんじゃなかったわ。これからはまともなお友達を作ってちょうだい...

  • 第二部 2-9

    親父は自分の死期を知っていたかのように身辺整理をきちんとして旅立った。死後、なんの手続きがあってどのくらいの保険が下りるのか、どこの銀行に連絡するのか、なんの株を持っていたのか、すべての情報を一冊のファイルにまとめて書斎の机の上に置いていたのだ。私物はほとんど処分されていて、クローゼットには数枚の部屋着とスーツだけ、机の引き出しの中はほとんどカラッポだった。ただ、高価な腕時計やネクタイだけは、俺...

  • 第二部 2-8

    *** 昼食の時間が終わった頃、俺と理沙は親父の病室を訪れた。昼食が運ばれてもう一時間は経つはずなのに親父はひと口も手を付けておらず、ぼんやりとした目でテレビを見ていた。鼻に繋がっている酸素ボンベのチューブが痛々しい。「……食べないと治るものも治らないよ」 そう声を掛けるとハッとしてこちらを見た。「昇」 俺の後から理沙が「わたしもいるよ!」と顔を出す。親父は嬉しそうに歯を出して笑った。親父のこんな顔...

  • 第二部 2-7

    ぐっすり寝ている親父を起こしたくなくて、暫く寝顔を見たあと会話をせずに病室を出た。看護師に親父が起きたら俺が来ていたことだけ伝えてくれと残して。 病院の外はもう真っ暗で、冷たい風が枯葉を巻き込みながら吹いている。いつの間に冬になったんだっけ。夏が終わった辺りからの記憶が曖昧だ。遠くの空で星が小さく光っている。それをボーッと見ているうちに山木さんに連絡しなければと思い出し、スマートフォンを開いた。...

  • 第二部 2-7

    がむしゃらに仕事と勉強に打ち込んだ。何かに集中している時は余計なことを考えなくて済むから。それでもふと、今の仕事があるのは大智が紹介してくれたからだということを思い出しては手が止まる。大智を振っておいて自分だけのうのうと大智の厚意に甘えたままでいいのかと。その度に辞めてしまおうかという衝動にかられることもあるけれど、このまま仕事を続けていくことが俺なりの誠意なのだと思い込むしかなかった。仕事、勉...

  • 第二部 2-6

    *** 大智が俺のことを恋愛の意味で好きなのだと知った時、嫌ではなかった。大川さんを傷付けたことへの怒りが頭の大半を占めていたから、冷静に判断できなかったんだと思う。もしあんな形で知るのではなくて、大智の口から直接告白されていたら、俺だって大智にひどい言葉を言わずに済んだかもしれない。今まで、何度もそんなことを考えた。――いや、どちらにしろ傷付けたか。 もし、あのまま俺と大川さんが付き合っていた...

  • 第二部 2-4

    「そっか。やっぱり、そうなっちゃったか」 親父の様子を見に帰ると言って一時帰省した理沙を、駅まで迎えに行った。その帰りに喫茶店に誘った。親父がいるところでは話せない大智との一件を、理沙に話したかったからだ。いちいちオーバーリアクションの理沙のことだ。あれこれ無遠慮に聞かれると思っていたが、意外にも理沙は冷静に話を聞いていて、まるですべてを見越していたかのような反応だった。「やっぱりって?」「大ちゃ...

  • 第二部 2-3

    「渡辺先生!」 耳元で生徒に大きな声で呼ばれた。現実に頭が追いつかずに固まった。一瞬だけ意識がどこかに飛んでいた。「ご、ごめん。もう一回言ってくれる?」「ここ、次どうやって動かすの?」 生徒の進捗を真横で見ていながら何も頭に入っていなかった。幸い子どもには気付かれなかったが、傍で見ていた山木さんは違った。授業が終わってから、どうして仕事中にぼんやりしていたのかと注意を受けた。「親父の看病がしんどく...

  • 第二部 2-2

    あれだけ厳しかった残暑も、十月後半になるとようやく落ち着いた。朝と晩の空気がひんやり冷たく、じきに冬が来ると思えば不思議と夏の暑さが恋しくなった。 プログラミング教室は無事開校し、俺は小学校低学年のクラスを任されるようになった。子どもの相手はあまり得意ではないので不安もあったが、コミュニケーション面では子どもたちに助けられることが多かった。もともと学校と違って「学びたい」という意欲があって通う子...

  • 第二部 2-1

    研修と自宅での勉強に追われてずっとできなかった掃除を、日曜日にやっと終わらせた。大量のごみ袋と雑誌をまとめ、掃除機をかけたあとは買い物に出掛ける。ストックの切れた日用品や一週間分の食材を買っておくのだ。外に出ると快晴の空から太陽が照り付けた。十月だというのに気温はまだまだ真夏のようだ。 親父が入院して一人の時間が増えてから自炊をすることが増えた。凝った料理はできないが、レシピ本を見ながらであれば...

  • 第二部 1-7

    なんとなく気まずくて大智を避けていたら、なんでもない土曜日に大智が家を訪ねて来た。夏休みは終わったばかりなのに、わざわざ里帰りしたのかと思うとかえって申し訳なくなった。大智は眉間に皺を寄せて思い詰めたような表情で「ごめん」と開口一番に言った。「本当にごめん。せっかく俺のために予約してくれてたのに、すっぽかして……。何も連絡しなくて……」「あ、ああ、うん、……いや、別に……いいよ……」 いつもの俺なら「まっ...

  • 第二部 1-6

    *** 仕事を紹介してくれた大智や室長の山木さんに迷惑をかけてはいけないという気負いから必死で勉強をした甲斐があって、研修は想像より順調に進んだ。教室で子どもに教えるだけなら正直そんなに難しくないだろう。けれどもメンターの桜井さんは、「ずっとこの教室で仕事を続けるとは限らないだろ。いつか自分で独立したいとか、どこかの会社でプログラマとして仕事をしたいと思う日が来るかもしれないから、その時のため今...

  • 第二部 1-5

    親父の手術は無事に終わり、経過も良好とのことだった。腫瘍そのものは摘出できたが、術後も何かと検査やリハビリがあるので退院までは気を抜けない。もう暫く窮屈な入院生活は続く。とはいえ、とりあえずは一段落したと家族みんなが安堵した。「昇はいつから研修が始まるんだ?」 大智の紹介で仕事が見つかりそうだというのは、手術前に話してある。親父が口にしなくても俺のことを心配しているのはずっと分かっていた。だから...

  • 第二部 1-4

    *** 理沙が帰省していた二週間、三人で集まったのは一度だけ。大智が家に来るまで理沙にはわざとなんの報告もしなかったので、昔のように「久しぶり」と笑顔で現れた大智に理沙はただただ驚いていた。なんで何も話してくれなかったのかと俺に怒りながら、無邪気に三人でまた再会できたことを泣いて喜び、俺と大智はそんな忙しい理沙を笑った。「綺麗になったな」と言われて、「わたし、もともと美人だし?」 なんて分かりや...

  • 第二部 1-3

    唐突な再会に頭が追いつかなくて、上手く逃げることも明るく声を掛けることも出来なかった。大智も同じなのか、向かい合ったまま静かに動揺する。そうこうしているうちにドーナツ屋の窓にはロールカーテンが下げられた。「……買いに来たんじゃないのか」 おもむろに言われて反応が遅れた。「え、あ……でも閉まったみたいだし……。か、帰るわ」 背を向けた瞬間、手首を掴まれた。「話したいんだけど!」「な、なにを」「ずっとお前...

  • 第二部 1-2

    一時間ほど病室で談話したあと、また来るからと約束して帰路に着いた。帰りはバスではなく最寄りの駅から電車に乗って街に向かう。理沙はちゃっかり店をリサーチしていて、最近出来た沖縄料理の居酒屋に行きたいと言った。居酒屋で働いていながら自分は居酒屋で食事をしたことはない。メニューや店内の様子を見ては、バイト先の焼き鳥屋と無意識に比べてしまうのだった。「まだ十九だからお酒飲めないのが残念だけど、ここのご飯...

  • 第二部 1-1

    「渡辺、これ十五番に運んできて」「はい」 カウンターにドン、と置かれた焼き鳥の盛り合わせを指定されたテーブルへ運ぶ。焼きたての鶏は甘辛い醤油の香ばしい匂いがして空腹を刺激する。まかないを食べそびれたのでテカテカと脂で光るその美味そうな焼き鳥を貪りたい衝動に駆られた。「お待たせしました、焼き鳥の盛り合わせです」「あれー、盛り合わせなんて頼んだっけ」「そういえば頼んだけど、すっかり忘れてたわ。もうお腹...

  • 第一部 2-8

    大智が近所に越してきたのは、小学校三年の夏休みだった。学校の友達と公園で遊んでいるところに、大智が母親とやってきたのだ。大智はおろしたてみたいなポロシャツと濃紺のデニムを着ていて、その隣にいた大智のお母さんも真っ白のワンピースに真っ白の日傘を差していた。Tシャツと短パンで泥だらけで遊んでいる俺たちとは不釣り合いなほど綺麗な格好だった。日傘の影から大智のお母さんの赤い唇が動いた。「最近、近くに引っ...

  • 第一部 2-6

    *** 翌々朝は大智が来る頃を見計らって家を出た。理沙が「あいだに入って取り持ってあげる」と張り切っていたが、時間になっても大智は現れず、おかしいと思い始めた頃に理沙にメッセージが入った。「大ちゃん、これから朝は図書室に行くから当分一緒に行けないって」 勿論、俺には何も言ってこない。図書室に行くなんてわざとらしいにも程がある。避けたいのはこっちなのに、なんでお前が俺を避けるんだとまたムカついた。...

  • 第一部 2-5

    模試が近いこともあって数日学校を休むと連絡を入れた。どうせたいした授業なんてないのだ。休んだところで影響はない。親父は反対しなかった。一方、勘のいい理沙は訝しんだ。なるべく態度に出さないように明るく振る舞ったのに、「何かあったの?」と鋭く聞かれた。「昇、学校好きなのにそんな理由で休むなんて初めてじゃない? 高校受験の時だって一回も休んだことなかったのに」「高校受験と大学受験は違うだろ。……大智にし...

  • 第一部 2-4

    いくら大智に牽制されたとはいえ、俺と大川さんの気持ちが同じなら誰も気にする必要はないんだ。いくらそう言っても大川さんは最後まで首を縦に振らなかった。これ以上一緒に出掛けられないから、と残して背を向けられる。俺は一瞬にしてフラれたことも、大智がしたことも受け入れられないまま立ち尽くすしかなかった。 大川さんが嘘をついていると思えないけど、大智がそんなことをするとも信じられない。一体どういうことなん...

  • 第一部 2-3

    ―――大川さんとは校門の前で待ち合わせの約束をしている。昨日行った本屋には欲しかった本がなかったから、今日は別の店に行こうと大川さんから誘ってくれたのだった。告白するなら今日だろう。なんて言おうか、どのタイミングがいいのか。なんだか気持ちが落ち着かなくて、帰りのホームルームはいつもよりも長く感じた。「起立! 礼!」 日直の号令に勢いよく立ち上がり、解散になった瞬間教室を飛び出した。二段飛ばしで階段...

  • 第一部 2-2

    大川さんと親しくなるごとに彼女の良さには気付くことばかりだし、一緒にいると小さなことでもあったかい気持ちになる。これはもしかしてすごくいい感じなんじゃないかと、淡い期待はほぼ確実なものになっていった。できるなら付き合いたいという願望は日に日に大きくなり、告白するなら早いうちがいいと唐突に決心した。一気に距離を縮めるためにこれから朝は大川さんと登校しようか。いつまでも妹と幼馴染とつるんでたんじゃ進...

  • 第一部 2-1

    大川さんとドーナツ屋で話しているうちに、俺の家と大川さんの家がわりと近いことを知った。もしかしたら帰りが一緒になることがあるかもしれないね、と言ったら、その時はまた寄り道をしようと誘ってくれた。その流れで参考書を見たいから本屋に行かないかという話になり、それがさっそく次の日に決まった。……というのを登校中に大智に話したら、「え?」と目を丸くしていた。「すまん、そういうわけだから、今日はちょっと先に...

  • 第一部 1-7

    *** さっそく大智と理沙からもらった財布を持って購買にパンを買いに行く。途中で大智と会ったので連れ立った。大智は俺が持っている財布を見て「使ってるんだ」と口角を上げた。「俺がこれ欲しがってたの、知ってた?」「だって本屋で雑誌見る度にその財布が載ってるページ見てたじゃん」 俺が見ている本のページすら覚えている。興味がなさそうで些細なことでも実はちゃんと見ているから、一体どこまで知っているのだろう...

  • 第一部 1-6

    「もしかして」「プレゼント。誕生日おめでとう。それは昇のだから。理沙にはこの間あげた」「わざわざ? ありがとう! 寒いだろ、今からピザ食うから一緒にどう?」「いや、帰ったら飯あるから。また明日」 くるっと背を向けると、大智は姿勢よく走り出した。ランニングついでに来てくれたのか。つい数日前にドーナツを買ってきてくれたばかりだというのに。「あれ、大ちゃん帰っちゃったの?」 理沙がピザを頬張りながらやっ...

  • 第一部 1-5

    日曜日の昼頃、部屋で勉強をしていたら珍しく親父が入ってきた。「昇、今日の夜は家にいるのか」「いるけど」「じゃあ、今日はみんなで揃って夕食を食べよう」 いつもは家族三人が揃って夕食を摂ることはほとんどない。親父は毎日のように遅くまで仕事をしているし、俺と理沙も自分の好きな時間に食べるから特に夕飯の時間というのも決まっていない。食べるものは親父が作り置きしておいたおかずか、理沙が冷蔵庫にあるもので適...

  • 第一部 1-4

    掃除用具の点検が終わってチェックシートを委員長に提出したら、もう解散していいと言われた。大川さんはもうドーナツのことしか頭にないらしく、軽快な足取りで帰っていった。中身がどこか子どもっぽいところは、やっぱり理沙に似ている気がする。その点俺はどうせ用事はない。のんびり帰ろうと遅れて校舎を出たら、校門で大智に出くわした。「大智!? なにしてんの。理沙との約束は?」「もう解散したから。まだ残ってるかと思...

  • 第一部 1-3

    ――― 高校三年の冬になると周りは受験を控えてどことなくピリピリしている。俺も一応受験生ではあるけれど、正直言って何がなんでも進学したいわけじゃないので気楽に構えている。「受かればいいな」という程度でしかない。というのも、つい夏まで高校を卒業したら就職しようと漠然と考えていたからだ。俺の家は父子家庭なので、親父が男手一つで俺と理沙を育ててくれた。仕事をしながらの慣れない家事は大変だったと思う。だか...

  • 1-2

    *** アラームが鳴ったことに気付かず寝坊した。いつもより二十分遅く起きて、慌てて制服に着替えて顔を洗う。親父はもう仕事に出たらしく、ダイニングテーブルには冷え切ったトーストと目玉焼きが置かれてあり、俺はトーストだけを口の中に押し込んだ。玄関先から双子の妹の理沙が「遅れるよ!」と叫んだ。起こしてくれてもよかったのに。 バタバタと支度をして外に出たら、門の前で大智が待っていた。「また寝坊かよ、昇(...

  • 第一部 1-1

    小さな文具店にノートを買いに来ただけだった。一冊だけさっさと買えば済むはずだったのに、ふと視界に入った消しゴムに悪戯心が働いた。別に消しゴムが欲しかったわけじゃない。金が足りないわけでもない。それなのに一度抱いた悪意に近い好奇心は抑えることができなかった。 ――一度だけ。どうせ誰も見てないんだ。一つくらいなくなっても気付かないはずだ。 手が震えているのはきっと罪悪感。それでも俺はその震える手で消し...

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