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オリジナルBL小説を書いています。純愛からR18、学生から社会人、ほのぼのからシリアスまで色々。

しろとくろ
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2019/01/21

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  • 宮廷武官とハレムの側妻

    【あらすじ】 とある砂漠の国の王家に仕えているベータのカシムは、ユセフ第一王子の側近武官。アルファの重臣が多い中、カシムは重臣たちからベータというだけで疎まれており、カシム自身も劣等感を抱いていた。 ユセフが地方の宮殿へ赴任が決まったある日、カシムとユセフは「忘れられた王の側妻(そばめ)」と呼ばれるオメガの青年を見かける。中庭で舞を舞っている姿をユセフが気に入り、離宮に連れて行くことに。 ゆっくり...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 9-2

    *** キャラバンサライに空き部屋があったので、今夜はそこで寝ることにする。キャラバンサライは無料で宿泊できるありがたい宿だが、たくさんの商人が宿泊しているのでいつも満室なのだ。駄目元で責任者に聞いてみたらちょうど空いていると教えてくれた。大理石の大きな門をくぐると、だだっ広い中庭が広がっている。中庭には商品を管理する倉庫や小さな礼拝堂があり、市場ほどの活気ではないけれど、そこでも屋台商店が出て...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 9-1

    「姉ちゃん、これアンタに似合いそうだよ。今なら勉強しとくよ」 オアシスの市場の宝飾品を何気なく覗いたら、商人にブレスレットを勧められた。「それはいらない。あと、僕は男ですよ」「あんまり綺麗なもんだから、どこの貴族のお嬢さんかと思っちゃったじゃないか」 女に間違われるのは複雑だが、褒められているのだろうと思うとむやみに怒る気にもならない。ざっと商品を見てあまり気に入るものがないなと溜息をついたら、後...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 8-4

    *** 来世ではどこか辺境の村か小さなオアシスか、はたまたまったく別の国で静かに暮らしたかった。王族とはなんの拘わりもない平民で。目を開けたらきっと私は平和な世界に生まれ変わっていると、斬られた瞬間はそう思っていた。 けれども目が覚めてみたら私は相変わらずベータのカシムだった。親衛隊の訓練場にある医務室で寝かされていた。無機質な石造りの室内で、狭くて堅い寝台の上にいたのだ。全身に激痛が走る。どう...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 8-3

    *** 突き抜けるような晴天の、心地良い陽気の吉日。この日いよいよユセフ王子とアーディルが婚約する。本来なら王宮で盛大に祝祭をおこなうが、時間が限られていたこととアーディルの希望もあって地方の宮殿内で宴として開かれることになった。料理長はご馳走様を振る舞うために市場を行ったり来たり、女官は側妻たちの支度をして宦官は宴の準備とてんやわんやである。妊娠しているタイランを差し置いて跡継ぎが産まれてもいな...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 8-2

    *** ハマムで汚れた体を清潔にし、贅沢な食事を与えられ、一日養生したあとまた赤い軍服に腕を通すことになった。ユセフ王子の側近の武官として、仕事に戻ることを許されたのである。牢に入れられているあいだ、アーディルの言う通りユセフ王子はほとんどの政務を投げ出していたらしく、私はその巻き返しに尽力した。私のせいで遠征の指揮官を下ろされて一時期はこの宮殿からの立ち退きの話もあり、完全に王位への道が閉ざさ...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 8-1

    暗くて冷たい牢の中で、どうして私は彼に惹かれたのか何度も考えた。 ハレムの側妻など論外だと最初から分かっていたはずだ。ましてや主の寵姫に手を出すなんて不届き者にもほどがある。最初はそんなつもりはなかったのに。むしろアーディルはユセフ王子には釣り合わないとすら思っていた。確かに顔立ちは綺麗だし、立ち姿も美しい。舞を舞う姿には私も一瞬、釘付けになった。けれども美しい側妻はたくさんいる。もっと舞の上手...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 7-4

    *** ユセフ王子、上奏文が山のように届いております。 王子、重臣たちが市場で賄賂を受け取っているとか。 税金が高すぎると民から苦情が来ております。 ユセフ王子、どうかお聞き入れ下さい。 王様が見ておられますぞ。母后様も悲しまれます。 王子、王子、ユセフ王子!「やめてくれ!!」 僕の部屋のベッドでうたた寝をしていたユセフ王子が、いきなり大声を上げて飛び起きた。いつものようにソファでぼんやりしていた...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 7-3

    ――― 深夜、側妻たちもダムラもみんなが寝静まった頃、僕はこっそり部屋を出た。 離宮のハレムは二階構造になっていて、一階は側妻みんなが寝る大部屋、二階は王子の寵愛を受けた側妻が入る個室が並んでいる。そして二階の通路は内廷へ続く通路と繋がっている。不用意に出入りができないよう内廷への入口には見張りの槍持ちがいるが、「ユセフ王子に呼ばれています」 と言えば大抵は通してくれる。こういう時、寵姫という立場は...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 7-2

    ―――「見てくれ、アーディル。美しいだろう」 そう言ってユセフ王子に見せられたのは、真っ赤な布地と大きなルビー。ルビーの周りにはギラギラとメレダイヤが敷き詰められていて、もう綺麗というよりえげつない。「婚約式できみが着る衣装を仕立てようと思う」 誰もユセフ王子と結婚するとも婚約するとも言っていないのに、先走った提案にユセフ王子の目を見据えた。王子はそんな僕をふふっと笑ってあしらう。「時間がないから...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 7-1

    鳥籠ってなに? とダムラに訊ねると、僕の髪を梳いていたダムラは手を止め、少し間を空けたあと「王族が入る牢よ」と答えた。「牢なの? 王族だけ?」 ダムラは再び僕の髪を梳かす。「側妻が産んだ御子が男の子のオメガだった場合、その子は鳥籠と呼ばれる小屋に幽閉されるの。成人して発情期が来るようになると政務ができないでしょ。だからオメガの王子には王位継承権はなく、宮廷の秩序を守るために鳥籠に入れられるの」「...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 6-4

    *** 薬が効いて発情が治まった頃、ユセフ王子の言いつけで迎えに来たダムラとハレムに戻った。僕は罰として自室から出ることを禁止された。期限はいつまでかは分からない。ダムラと女官長以外の人との会話もできず、稽古にすら行けなくなった。他の側妻たちと会わずにすむのはよかった。別に稽古に行きたいわけでもないし。陰ではベルナを始め、みんなが僕を笑い者にしているだろうが、それも見たり聞いたりしなければ問題な...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 6-3

    「アーディル!」 駆け込んできたのはカシムだった。あとから遅れてダムラがやってくる。現れたカシムに驚いたのは僕だけではなかった。 カシムはユセフ王子を押しのけて、僕を抱き起すとスプーン二杯分の抑制剤を口に流し込んでくれた。発情で働かない頭で、あれほどユセフ王子に忠実なカシムが、王子の寝所に飛び込み、王子を押しのけてでも僕に薬を飲ませてくれたと思うと感動してしまった。「か、しむ」 ホッとして名前を呼...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 6-2

    ―――「アーディル、ハマムに行って。王子がお呼びよ」 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。目が覚めた時にはもう夜になっていて、夕食の時間も過ぎていた。ひと騒動を起こした挙句、寝過ごして稽古もサボってしまったので軽くお仕置きを食らったようだ。夕食を逃した。どうせユセフ王子のところに行ったら珈琲とお菓子を出されるだろう。 行きたくない。最近、そればかり思う。以前はユセフ王子の寝所が逃げ場所だったから...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 6-1

    今日は稽古のあとに側妻たち全員でハレム内の掃除をすることになっている。各自雑巾を持って大部屋の床を無言で磨き続け、その様子を女官長が見張る。磨きすぎて腕が痛い。女官長が別の場所へ移動したのを見届け、僕は雑巾を放り投げてひと息ついた。 カシムと最後に話してから姿を見ることがなくなった。今までは寝所の前に立っていたり、王子と一緒に宮中を歩いているのをよく見かけたのに、最近ではそのポジションは他の官人...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 5-5

    ――― ユセフ王子の寝所からハレムに戻る日の朝、ダムラが寝所の前まで来て上手く理由をつけてエルバンを連れ出してくれた。代わりにカシムに僕をハレムまで送るようお願いしてくれたので、僕はその日半月ぶりにカシムと二人きりになれたのだ。ハレムまでのアーケードを、カシムは気まずさからか足早に歩く。僕は小走りで追い掛けて呼び止めた。振り返ったカシムは眉間に皺を寄せていた。最小限の小声で叱責する。「勝手な真似は...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 5-4

    ――― ハレムの自室に戻ったらダムラがいて、僕の短くなった髪の毛を見てひどく驚いていた。「アーディル!? どうしたの、その髪!」「ユセフ王子に切られた」「どうして!?」 ダムラは僕の不揃いの毛先を触り、ひどい、と繰り返した。 ダムラはエスキサライでできた、僕の唯一の友達だ。一緒に働くうちに仲良くなった。エスキサライを去る時、もう会えないと思って別れを惜しんだけど、ダムラを付き人にしてもらえというカシム...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 5-3

    ***「――……じゃないのか! お前はいつも準備が遅すぎる!」 ある朝、ユセフ王子の怒鳴り声で目が覚めた。部屋の外で誰かと喋っているようだが、ベッドの中まで聞こえるほどの声で叱責している。怒鳴り声から始まる朝は嫌だな、と僕はストールを羽織って大理石のテラスに出た。うららかな晴天と鳥の鳴き声。テラスからは宮殿の中庭が見渡せる。手摺りに腕をついてぼんやり景色を眺めていたら、中庭の側廊にカシムとダムラの姿...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 5-2

    「アーディル殿、口の中にものを入れたまま歩きますな」 わざと口を開けて舌の上に載っているブドウの皮を見せつけてやった。エルバンは汚いもの見るような軽蔑した眼で僕を睨む。「なぜユセフ王子はこんな側妻を寵愛なさるのか」「そんなの僕が知りたいから、今度聞いてみて下さい」 僕はエルバンを置いてさっさと歩き、一人でハレムに戻った。 宮殿の人間は側妻に多くを求めすぎだし、夢を見過ぎだ。王や王子の前では叩き込ま...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 5-1

    村が襲撃されて王宮のハレムに来たのは十八の時。貧しくものびのびと暮らしていた僕には地獄のような場所だった。 昼は家畜の世話や農業をしてオアシスから水を運び、夜は砂漠の上に広がる満天の星空を眺めながら家族と一日を振り返る。そんな自由な日常から、窮屈な宮殿で舞と刺繍の稽古に、語学や礼儀作法の勉強を強いられる日常に変わる。自分から望んだわけじゃないのに「側妻」と呼ばれて、宮殿の奥にある後宮に閉じ込めら...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-6

    ***「――え?」 ユセフ王子が寝所に側妻を呼んでいる時間、私はアーディルを庭園に呼び出し、決心したことを伝えた。 あれから遠征の指揮官がヒシャム王子になったという決定は変わらず、離宮内にも告知された。反乱を起こしかけた親衛隊はその結果にとりあえずは納得して事態は治まったが、ユセフ王子付きの重臣たちが「せめて前回の遠征で王子を守り切れなかった武官を処分しろ」と騒ぎ、私もそのつもりでいた。しかし、ユ...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-5

    ***ユセフ王子が御前会議を翌日に控えた日、私は別室に重臣を集めた。ユセフ王子と相談しておおむね決定した遠征での戦略を報告するためだった。集まったのは私以外全員アルファの、武官五名である。私のようなベータの若造が仕切っていることが面白くないらしく、重臣たちは皆顔をしかめていた。私はかまわず本題に入る。「神の名のもとに会議を始めます。親衛隊の訓練内容と部隊編制についてのご報告。前回の遠征では騎兵部隊...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-4

    ―――「楽しかったですね、狩り」ユセフ王子が側妻を寝所に呼ぶ火曜日の夜。あれから数日経つというのにアーディルはまるで昨日のことのように言う。考え事をしていた私は少し反応に遅れてしまった。「また行きたいなぁ。ねぇ、カシム」 私はできれば行きたくない。三人で行動するのは疲れる。それを口にしなくても雰囲気で伝わったのか、アーディルは不安げに眉を緩めた。「僕が我儘言ったから怒ってますか?」「……きみの言動に...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-3

    ――― 離宮は鬱蒼とした森に守られるように囲まれていて、王子は政務の息抜きに時々その森へ森林浴や狩りに出かける。ハレムの側妻を何人か連れて行くこともあれば、一人で楽しむこともある。私はいずれの場合も同行するが。 この日は私とユセフ王子とアーディル、そして護衛の兵士を二名付けて、馬で森へ出掛けた。アーディルは昼間に呼び出されたことに戸惑ってはいたが、狩りに行くというと途端に目を輝かせていた。王子はア...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-2

    その後、エスキサライからダムラを呼びよせたアーディルは、気心が知れる友がいることでハレムでも過ごしやすくなったようだった。彼曰く、今までは寝所から戻ったら他の側妻たちから無視をされ、稽古の邪魔をされ、せっかく作った課題の刺繍を隠されたり破られたりする毎日だったという。大抵は我慢するが、たまに堪忍袋の緒が切れて取っ組み合いの喧嘩をするのだとか。 ダムラはそんなアーディルを宥める役だ。彼女には側妻た...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 4-1

    その日、ユセフ王子が寝所にアーディルを呼ばなかったのは他の側妻を呼んでいるからだと宦官伝手に聞いた。アーディルを離宮に連れて来てからアーディル以外の側妻は空気のような存在だったのに、ここにきてなぜ急に、という疑問はあるけれど、そのあいだにアーディルと会えると思うとつい浮かれた。 蝋燭の橙色の光がゆらゆら揺れる夜の中庭。葉が生い茂る薔薇の立木の陰に隠れてアーディルと落ち合った。アーディルは嬉しそう...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 3-5

    ***ユセフ王子はテーブルに珈琲と菓子を用意して、そわそわと緊張した様子でアーディルを待っていた。部屋の中をウロウロして、祈るように両手を擦ったり、窓の外を見て溜息をついた。私は下がった方がいいのかと声を掛けたが、今夜は寝るまで傍にいろ、と言われたので部屋の隅で待機することになっている。いつも堂々と効率よく政務をこなすユセフ王子もアーディルのことになると初心な少年だ。私はそんな主が微笑ましくもあり...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 3-4

    *** 三日後、私は先に離宮に戻ることになり、アーディルはユセフ王子の使いの者と一緒に別の時間に戻ることになっている。腕を通したのは、新しく誂えられた赤い軍服。またこれを着られるのかと身の引き締まる思いと、主の期待に応えられるのかという不安と恐怖に包まれる。肩章と光る金釦がやけに重い。 ユセフ王子が戻ってきたことで、私だけではなく重臣のほとんどが呼び戻されているらしい。もちろん文官のエルバンもだ...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 3-3

    ――― ユセフ王子の帰還と離宮に戻れという話をアーディルにしたら、案の定言葉を詰まらせていた。夜の闇の中でも青ざめているのが分かる。驚いているというより放心していた。やっと吹っ切れたと思っていた想い人が帰ってきたのだから当たり前だ。「……なんか、噂では……聞きましたけど、本当なんですか」「ああ、実際に会って話をした。……アーディルとまた宮殿で暮らしたいと言っていた」「カシムは?」「私も復職してお傍に」 ...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 3-2

    そんなまさかと、心臓をバクバクと鳴らせながら私は馬を走らせていた。王子の艦はあの時、沈んだ。海軍司令官も、多くの兵士たちも。王子の遺体は確かに見つからないままだったが、あれから一年経っているのだ。それが今になってなぜ。 半日かけて都に戻り、私は久しぶりに王宮に足を踏み入れた。丘の上に堂々とそびえ立つ城門をくぐり、赤や黄色のチューリップで彩られた第一の中庭を走り抜け、更に内廷への入口である門を抜け...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 3-1

    アーディルの項の噛み跡がまた薄くなった。何日か前に見た時は上顎と下顎の歯型が残っていたが、今は下顎の歯型がなくなって上顎の歯型だけになった。このままいくと本当に完全に消えるかもしれない。「体調に変化はないのか」「まったく。もしかしたら王様がご病気で、あと数日の命とか……」「不吉なことを言うな」 実は私もその可能性を考えたが、そういった情報は入って来ていない。アーディルが三つ編みを整えながら自信あり...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 2-3

    ―――次の日の夕方、アーディルは黒いストールを纏って門の前にやってきた。言い訳が思いつかず素直に「市場に行きたい」と言うとすんなり休みをもらえたという。「普段、真面目に仕事するものですね。いつも頑張ってるから今日は休んでいいって」羨ましがっているダムラに土産を買うのだと浮かれている。はぐれるなよ、と注意して、市場へ連れ立った。市場はこの日も盛況のようで、店を冷やかす客から食堂で談笑する客まで、人の山...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 2-2

    *** 門番の兵士に、エスキサライの近くで市場が開かれていると教えてもらった。普段この街では大規模な市場はあまり開催されないが、西方の国と交易を始めたらしく、高価な品物を扱う商店がたくさん出ていると言っていた。「カシムも行ってこいよ。どうせ暇だろ?」 あとで仕事を代わってくれるならかまわないと言ってくれ、私は私服のカフタンに着替えて市場へ向かった。 市場はエスキサライ近くの広場で開かれていて、屋...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 2-1

    宮殿内のアーケードを歩いていたら、宦官の列とすれ違った。宦官たちは私が通り過ぎるまで俯いている。最後尾にアーディルがいることに気付き、一度列を通り過ぎたあとに引き返して、アーディルの手首を掴んだ。驚いた顔の彼と目が合い、私はシッ、と人差し指を唇の前に立てる。素早く小さく丸めたメモ用紙をアーディルに持たせ、ぎゅっと握りしめたのを確認して、彼から離れた。 その日の夜の、すべての仕事が終わって宦官たち...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 1-4

    *** 私が動けるようになってアーディルのいる離宮に行った時には、既にユセフ王子の訃報は宮殿どころか街中に広まっていた。侵攻の失敗、ユセフ王子の殉死という最悪の結果に失望したのか、見かける臣民の顔は暗くて市場も活気がなく静かだった。良い話でもないのにアーディルに知らせるためにわざわざ私が出向く必要はないのかもしれないが、ユセフ王子のことだけは私の口から伝えたかったし、訃報を聞いた時の彼がどれほどシ...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 1-3

    ――― 国の商船を狙って金品を略奪するために度々海賊行為をおこなう敵国ルダスを討伐するために、ユセフ王子の指揮のもと軍を率いて侵攻することが決まっている。王様がユセフ王子に託したことで、ユセフ王子に王(シャー)としての資質が備わっているかを見るためだろうと、王子は気概に満ちていた。私も当然、側近として従軍する。 遠征となると長期間帰れない。ユセフ王子は別れを惜しむかのように毎晩アーディルを寝所に呼び...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 1-2

    午前中は宮殿で政務をこなし、午後から王子と二人で市場へ視察に行った。お忍びなので軍服ではなく、庶民用の地味なブラウンのカフタンとサルエルパンツ(シャルワール)に着替えた。念のため腰帯に短剣を装備しておく。王子も同様のスタイルで頭にはターバンを巻いている。庶民の格好を真似ても滲み出るオーラを隠せないところが、さすが王族だ。 路地に所狭しと並ぶ屋台商店。小麦、フルーツ、モザイクガラスのランプや緻密な...

  • 宮廷武官とハレムの側妻 1-1

    早朝、業務連絡のためユセフ王子の私室に赴いた。木製の両開きドアの前では見張りの槍持ちと世話係の宦官が常に待機している。宦官が私の耳に顔を近付け、「アーディル様がいらっしゃいます」と囁いた。宦官の隣で不機嫌そうな顔つきで溜息ばかりついているのは白いカフタンと白いターバンで身を包んだ文官のエルバン。顎を埋め尽くすほど蓄えられた髭を落ち着きのない様子で撫でていた。彼も謁見を願いたいのに、同じ理由で足止...

  • プロローグ

    私が彼に出会ったのは、主であるユセフ・ファリード王子が二十歳を迎え、地方都市に赴任が決まった日のことだった。 母后様が後宮(ハレム)の居室でユセフ王子のために激励の宴を開いた。宴では地方での成功を祈り、豪華な食事と音楽が振る舞われ、遠い地で心を慰められるようにと何人かの側妻(そばめ)が用意された。側妻たちは皆申し分のないほど美しかったが、ユセフ王子は彼らにまったく興味を示さず、宴の途中で退席してし...

  • BREAK OUT-LOW

    【あらすじ】指定暴力団二次団体「野村組」で本部長を務める真鍋恭一は、ヤクザ者が生きづらいこの時世に己が暴力団員であることに嫌気がさしている。組織から脱退したいと願いつつもズルズルと過ごしていたある日、恭一は一人の青年、雨宮祥平と出会う。車に乗っていたところにいきなり飛び出してぶつかってきた祥平に車の修理代と治療費を要求するつもりだった恭一だが、恭一がヤクザであると知った祥平に修理代と治療費の引き換...

  • Such a wally 6-2

    「お前は本当に綺麗な体してるよなァ」 直後に胸の先を摘ままれた。思わず腰がビク、と跳ねる。恭一の指は遊ぶように捏ねたり押したり、優しく手の平で撫でたかと思えばいきなり強くつまんだりする。ちょっと体を弄られただけなのに簡単に理性を失ってしまった。「……きょういち、下も脱ぎたい……」「腰、浮かせろ」 言う通りにすると下着ごとハーフパンツを膝までずらされた。期待で完全に起き上がっているそれを、優しく握られる...

  • Such a wally 6-1

    ソファの隅で膝の上にノートパソコンを広げたまま、何をするでもなくボーッとしていた。それだけで時間は流れて気付けば夕暮れ時になっている。窓から橙色の夕陽が入り込み、ソファと祥平を照らした。眩しくてようやく顔を上げる。いつの間に買い物から帰ってきたのか、恭一が真横に立っていた。テーブルにプリンを数個、置かれる。「プリンが好きなら早く言えよ」「……ベトナムのプリンじゃなくて、日本のプリンがいい」 オーソ...

  • Such a wally 5-2

    「真鍋さんにとって祥平はなんなんですか?」 すると恭一は渋い顔をして考え、斜め上の答えを出した。「……ボス。かな」「ボス!? 祥平が!?」「だって、あいつの指示がなけりゃ喧嘩のひとつもできねぇんだぜ!?」「いい年して喧嘩しないで下さいよ」「あいつ、けっこううるさいし、どうでもいいとこで細かいからなァ」 それは同感である。基本的に大雑把だしがさつなのに、算数のノートだけは小さな字で、数字を綺麗な列に並べて書...

  • Such a wally 5-1

    心身ともに疲れているのに、疲れすぎて深夜になっても眠れなかった。いっそ眠くなるまで起きていようと決め、修也はペットボトルの水を持ってホテルのロビーに下りた。ショップは閉店していて昼間ほどの賑やかさはないが、それでもまばらに人はいる。カフェテラス横のソファに座ってひと息ついた。 結局、騒動のあと恭一にホテルまで送り届けられ、祥平とも恭一とも肝心な話はできないまま解散した。明弘に夕食を一緒にどうかと...

  • Such a wally 4-4

    「Japanese?」「……Year」 不良たちはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて修也と明弘を囲んだ。筋肉質の大きな男が三人。これはかなりまずい状況なのでは、と不安がよぎったところで「金を出せ」と要求された。「I…… I don’t have any money」 すると今度は体をベタベタ触ってくる。それまでずっと黙っていた明弘が「やめて下さい」と堂々とした日本語で遮った。明弘は不良たちとは変わらないほどの体格だが、顔つきが穏やかなの...

  • Such a wally 4-3

    陽が落ちて空が紺色になった夜の街を、修也は一人肩をいからせて歩いていた。あのまま説得しても平行線で喧嘩になるだけだ。祥平は何年もあの男と一緒にいたから好きだと思い込んでいるのだ。力づくでも引き離せばきっと目が覚めるに違いない。「あの、すみません」 一度、恭一ともきちんと話をしなければ。そもそもあの男から話すべきことなのに隠しているなんてどういうつもりだ。「あの、修也さん」 深呼吸をして立ち止まっ...

  • Such a wally 4-2

    「ここまできたら全部話せ」「牛田さん……明弘くんのお兄さんも、親父とお袋を陥れた奴らの仲間だったから……。親父の会社が倒産したのは闇金に騙されたからだったけど、もともと倒産まで追い詰められたのは、地面師グループが親父を騙して土地を買わせたからだった。……兄ちゃん、知ってた?」 修也は静かに首を横に振る。「その地面師たちと一緒に親父を騙したのが、……恭一だったんだ。牛田さんは親父を騙すための書類や身分証明書...

  • Such a wally 4-1

    翌日、祥平がホテルの部屋にやってきたのは夕方になった頃だった。恭一は仕事があるらしく、明弘と三人で食事に行こうと誘われた。けれども修也はそれを断った。「祥平に聞きたいことがあるんだけど」 声に怒気がこもってしまい、修也の機嫌に悪さに祥平は戸惑っている。祥平をベッドに座らせ、出し抜けに聞いた。「明弘くんのお兄さんが捕まったのは、お前の身代わりになったからなのか」 祥平はぎょっと目を見開いたあと、決...

  • Such a wally 3-2

    「修也さんが刑務所に入ったから、祥平さんは今まで無事でいられたんでしょう。弟の人生を守ったんだから、無駄じゃないです」 そういう考え方もあるのかと新鮮に感動した。濡れ衣とはいえ殺人罪で刑務所にいたなんて汚点でしかないと思っていたが、弟を守ったと考えれば幾分誇らしい気さえする。少しだけ泣けた。涙で滲んだ目を指先でぐいっと拭ったのを、明弘が気付いているのかいないのかは分からなかった。「明弘くんって落ち...

  • Such a wally 3-1

    まだ陽が高い時間帯にホテルに届けられ、まだ観光したいかと聞かれたが、とにかくヘトヘトで一刻も早く横になりたかったので断った。祥平も今夜は仕事があるらしく、明日また来ると残して恭一と去った。部屋に戻ってからは泥のように眠った。 目が覚めた時にはすっかり夜になっていて、部屋の中も外も真っ暗だった。腹は減っていないが喉が渇いたので、飲み物だけでも調達しようと部屋を出た。ちょうど隣の部屋のドアが開き、明...

  • Such a wally 2-2

    「……祥平と恭一って、どういう関係なんだろうな」 と、無意識に口にしていた。明弘が「え?」と細い目を開く。「あ、いや。昨日、祥平は友達とか言ってたけど、友達ではないよね。仕事仲間……とか」 それにしては仲が良すぎるが。「恋人でしょう」 想像もしていないことを明弘が当たり前に言う。「……えっ??」「だから、恋人同士なんでしょ、あの二人」 なんでそうなるんだ、と修也は明弘の思考回路が理解できなかった。「えっ、...

  • Such a wally 2-1

    翌朝、恭一は約束通り九時ぴったりに迎えに来た。朝食を食べ終えたのを見計らっていたかのようなベストタイミングだった。がっしりした男がロビーの真ん中で堂々と立っているとよく目立つ。「おはようございます、真鍋さん。すごい、時間ピッタリですね」 正確に動かないと気が済まないんだよ、と、祥平がうんざりした様子で後ろから口を出した。「よく眠れた? 朝食もちゃんと食えた?」 恭一は修也にはにこやかに言いながら...

  • Such a wally 1-3

    いつのまに湯を沸かしたのか、ケトルがポコポコと音を立てている。祥平が手際よくコーヒーを淹れてくれた。我儘で自分勝手だった弟が人にコーヒーを淹れるなんて、そんな些細なことにすら感動してしまう。「俺が野村組に連れて行かれてから、どうだったんだ? 大変だったろ」「……大宮のおじさんのところとか、タカ子おばさんのところとか、交互に面倒見てもらってた。まあ、あんまり良い顔はされなかったよ。本当は高校くらいは...

  • Such a wally 1-2

    日本を出る時は真冬だったのに、ホーチミンに着いたらそこはやはり南国で、射るような日差しに軽く眩暈を覚えた。当たり前だが、見渡すと外国人ばかり。看板はベトナム語。今更ながら不安になる。「えーと、この辺で待ってろって言われてたんですけどね」 自分より十歳も年下の牛田のほうがよほど堂々としている。そもそも見た目からして修也のほうが背は低いし、体も細い。かろうじて散髪はしてきたが、刑務所あがりとはいえあ...

  • Such a wally 1

    とっくに諦めていた海外への夢が、まさかこの歳になって唐突に叶うなんて思いもしなかった。雲の海と手が届きそうな太陽を飛行機の窓から眺めては、雨宮修也は期待と不安で溜息をついた。 洋画好きの父の影響を受けて、海外留学や海外移住を夢見ていた幼少期。暴力団絡みのトラブルに巻き込まれて家族が崩壊してからは、そんな夢を見ることもできなくなった。借金返済のためにヤクザに連れて行かれ、濡れ衣を着せられて否応なし...

  • BREAK OUT-LOW 最終話

    屋根の修理が落ち着いたら果物の収穫をするから先に帰れと言われ、日が暮れる頃に家に戻った。庭に立って西の空を見上げると、丁度太陽が沈もうとしている。一日を通して、夕方が一番好きだ。抗うように空を赤く染めて大きな太陽が燃え上がったかと思えば、今度は力つきたように紫色のグラデーションを彩りながら姿を消していく。どこの国にいても見られるけれど、いつ見ても瞠るほど美しくてそこはかとなく切ない。完全に燃え尽...

  • BREAK OUT-LOW 9-1

    ―― 一年後 ベトナム ハンモックに揺られているうちに寝てしまっていたらしい。木陰で風に当たりながら夢と現実を行き来する、そんなのどかな午後を過ごしていたら隣人が騒がしい声を上げながら敷地内に入ってきた。「タイン! ロンはいるか!? 昨日の大雨でナムの家の屋根が壊れたんだ。修理を手伝ってくれ!」 すぐにハンモックから飛び下りて、準備をする。二階の寝室に向かって叫んだ。「恭……ロン! 起きろ! ナムの...

  • BREAK OUT-LOW 8-3

    「悪く思わんで下さい。組長に何かあったら本部長を殺せっていう命令だったんで」「なるほど、どいつもこいつもブタの言いなりってか」 互いに銃を持った状態で、一人で十数人を相手にするのはさすがに困難だ。詰みを覚悟した直後、いきなり事務所内の灯かりがすべて消えた。既に陽が落ちているせいもあって室内が暗闇に包まれる。組員たちは急な暗がりに視界を確保できずうろたえていたが、恭一は不測の事態にも対応できるように...

  • BREAK OUT-LOW 8-2

    「……牛田がやったのは本当か?」「そのようです」「そのようです、だ? お前の側近だろうよ、牛田は。なに他人事のように言ってんだ」「牛田は片山を可愛がっていました。その片山がカシラに殺されて、牛田は片山の仇を討つためにカシラを殺した、と、俺は聞いています。何が原因で揉めたかは存じません」 しばらく二人は睨み合ったまま動かなかった。充血した秋元の目は恭一を疑っている。「だったら何故、葬式に来なかった? ...

  • BREAK OUT-LOW 8-1

    青木の葬儀が終わった頃、秋元から狂ったように着信履歴が残っていて「すぐに顔を出さないと問答無用で殺す」とメッセージが入っていた。ここまできて暗殺でもされたら馬鹿馬鹿しいので、恭一は「折り入って話があるので事務所へ行く、それまでおとなしくしていて欲しい」と願い出た。『ふん、なんの話か知らんが、俺もそこまで鬼じゃない。お前、中国人から二億預かってるだろう。金の動きがないんで怪しまれてるぜ。昨日、ウチ...

  • BREAK OUT-LOW 7-4

    すっかり欲情したケダモノの眼で薄笑いを浮かべる恭一と目が合った。「昨日は二回もお前に主導権握られたから、今日は俺の好きなようにやらせてもらうぜ」 ちょっとした恐怖とともに、それ以上に期待した自分は変態かもしれなかった。答えずにいると恭一は了承したのだと受け取ったらしく、強引に手首を引っ張られて傍のダブルベッドに投げ飛ばされた。恭一が覆い被さり、ゆっくり顔が近付いてきて唇を重ねた。一度合わせると理...

  • BREAK OUT-LOW 7-3

    *** 真鍋さん、自分は今から出頭します。 カシラをやったのは、自分です。 真鍋さんも雨宮も関係ない。全部自分がやったことです。 自分が一番尊敬して一生付いていきたいと思えた人は、真鍋さんだけでした。 これからも、どうかそのまま、真鍋さんは真鍋さんのために生きて下さい。 面会も差し入れもいりません。通話履歴もメッセージも消して下さい。 ただ、ひとつだけ願い事を許していただけるなら、弟を頼みます。「...

  • BREAK OUT-LOW 7-2

    「な、なんで」「青木から聞いたのか」 その言葉が、すべてが真実であることを証明した。祥平は唇を震わせながら恭一と向き合った。「あいつが言ってた……親父の会社が倒産した原因は恭一にあるって……本当なのかよ……」「……本当だ」 違うと言って欲しかった。恭一は言い訳すらしようとしない。目の前が真っ暗になる。「青木がどう説明したかは知らんが、おおむね事実だ。本当は俺の口からちゃんと説明するべきだったけど……すまなか...

  • BREAK OUT-LOW 7-1

    牛田が後始末をすると申し出てくれたので、恭一と祥平は先に工場倉庫を去った。近くの港で片山の車が待機してあるらしく、土砂降りの中を全速力で駆けて向かった。車に乗ったらすぐに発車する。まるで犯罪者の逃亡だ。いや、まさに、である。 青木を殺した。両親の、兄の仇をついに討った。けれどもその実感はいまだ湧かず、ただただ妙な興奮だけが残っていた。 無事にマンションに戻ってはこられたが、安心することなんてでき...

  • BREAK OUT-LOW 6-4

    「ふ……ざけんな! じゃあ、お前はどうなんだよッ! お前だって違法な金利で取り立ててただろうが!」「俺はむしろ金を貸してやったんだ。いよいよ無理だって時に手を差し伸べてやったんだぜ。お願いしますと頼んで来たのはお前の親父だ。借りたら返す。貸したら返してもらう。ただそれをしただけだ。せっかく借りたのに資金繰りができないうえに返せない。だから潰れた。なぜ俺が責められる?」「弁護士を追い返してお前らが無茶...

  • BREAK OUT-LOW 6-3

    「……恭一とは、お前の手下から逃げてる途中で知り合った。車にぶつかって、その相手がアイツだったんだ。車の修理代と俺の治療費を支払えと要求されたけど、その代わりに俺はある依頼をした。『俺の両親を殺した、ACフィナンシャルって闇金をやってた男を探して欲しい』ってな。もともと振り込め詐欺に加担したのはそいつに近付くためだった。だけど出し子が予想外に裏切ったからこっちも必死だったんだよ。……要求通り、俺は治療...

  • BREAK OUT-LOW 6-2

    「随分長かったな。どんだけでかいクソしてんの」「いや、まあ、クソもあるけどよ」 片山は気まずそうに鼻を擦りながらポケットにスマートフォンを隠した。察した祥平は悪戯に笑ってからかった。「いい動画あった? 片山さん、コスプレ好きだよな」 ぎょっとしたあと、極まりが悪そうに舌打ちする。片山の好みはスマートフォンを乗っ取った時にほとんど把握してある。インターネットの検索履歴や保存データにあるアダルト動画は...

  • BREAK OUT-LOW 6-1

    二時間ほど動かし続けていた指を、祥平はふと止めた。 フー、と細い溜息をつきながら指の骨を一本ずつ鳴らしていく。何かに夢中になっているあいだは余計なことを考えなくて済むから昼夜問わずプログラムに没頭していたが、急に電池が切れたように集中力も途切れた。固まった首を回すついでに部屋を見渡す。広いリビング、大きなダイニングテーブル、高級そうなソファ。高層マンションの最上階から見下ろせる都会の景色。だが、...

  • BREAK OUT-LOW 5-4

    「――お前はこっちの世界にいないほうがいい。今からでも間に合うから、きちんと正業に就いて表社会で堂々と生きろ」 祥平は不可解そうに首を傾げる。「青木は自分の利益のためなら相手が誰でも容赦なく殺す。お前みたいな素人が殺せる人間じゃない」「それでも諦めたくないって言ったよな」「お前の兄貴がなんで刑務所に入ったか分からないのか。ただ身代わりになっただけじゃない。お前に危害を加えられたら困るから、身代わりに...

  • BREAK OUT-LOW 5-3

    ――― 本当に面倒なことに首を突っ込んでしまった。 最初は青木が探しているかけ子を横取りしたら面白そうだという浅はかな好奇心だけだったのに、うっかり祥平に感化されたばっかりに、こんなことになってしまった。それでも「どうせ復讐なんてできるわけがない」と馬鹿にしていたから、暇つぶしのつもりで傍においた。思いの外役に立つから手放せなくなった。ただの仕事の延長線上で出会っていれば、なんの罪悪感もなく海外で...

  • BREAK OUT-LOW 5-2

    ――― ある晩、外出先で祥平から熱を出したと連絡が来た。熱があるだけで風邪らしい症状はないとのことで、帰りにスポーツドリンクを買ってきて欲しいと頼まれた。念のため解熱剤と喉越しが良さそうなゼリーも買っておく。 帰宅すると祥平はベッドではなくソファで寝ていたので、抱きかかえて寝室に運んだ。疲れた体を休めるためのとっておきのベッドを他人に占領されるのは気が進まないが、病人なので仕方がない。どうやって看...

  • BREAK OUT-LOW 5-1

    ある日曜日、恭一は祥平を連れて出掛けた。陽が昇り切らない早朝に、まだ寝ている祥平を担いで車に放り込んだのだ。祥平がようやく目を覚ましたのは目的地に着いてからだった。「どこだよ、ここ!? また勝手に連れてきたのか!」「起きないお前が悪いんだよ。いいから付いて来い」 舗装されていない山道で車から下りた。近くに小さな古い東屋があるだけで、周辺はただただ草木が生い茂っている。恭一はそこから更に分岐している...

  • BREAK OUT-LOW 4-4

    *** 案の定、翌日青木に呼ばれて事務所に行った。青木からの呼び出しなど高確率で碌な内容じゃない。恭一はあらゆる想定をして万全の体勢で事務所に向かった。 秋元は不在らしく、事務所内は青木の側近で固められている。会議室の前には昨日、鼻の骨をへし折った大野がいた。「あ、大野。鼻水は止まったか? ちょっと力入れすぎちゃってよ」「本部長、俺、花粉症じゃないっす」「そうだったか? はい、これ治療費だ。受け取...

  • BREAK OUT-LOW 4-3

    「お前のなんだっけ、それ」「アイスミルクティー」「タピオカは?」「ない。そういえば、何年か前に暴力団がタピオカドリンク売ってるって噂あったけど、本当?」「みんながみんなってわけじゃねぇし、売上をヤクザがピンハネしてるだけで、売ってるのはヤクザじゃねぇよ」「……今日、街中歩きながら自分たちが知らないだけでバックに暴力団がいる店って意外とあるんだろうなとか考えてた」「まあな。フロントの社員は自分の働いて...

  • BREAK OUT-LOW 4-2

    「うわっ、びっくりしたァ」 夢見が悪くて目が覚めたら、目の前に祥平の顔があった。驚いたのはこっちのほうだ。 どうやら青木と飲んで家に帰ってから、風呂にも入らずに寝てしまったらしい。ワイシャツもスラックスも皺だらけだし、なにより寝室のエアコンが切れていたせいか汗だくだ。恭一は額から流れる汗を腕で拭った。「ゆうべ、あんた帰ってくるなりベッドに倒れ込んでさ。酔っ払ってるみたいだったから放っておいたんだけ...

  • BREAK OUT-LOW 4-1

    ―― 十年前「組を抜けたいだと?」 野村が殺されて組長の座を秋元が引き継ぎ、青木が若頭に就任した直後のことだった。野村の死は恭一にとって想像以上にショックなものだった。 野村は人情深い男だった。鬼のように厳しい面はもちろんあるが、子分を本当の我が子のように可愛がっていた。生活が厳しければ小遣いをやりつつも自力でシノギを見つけて自立できるように支援し、身内が不幸に遭えば陰ながら援助をするような人間だ...

  • BREAK OUT-LOW 3-4

    「ああ、思い出した。あったな、そんなこと。でもかなり昔の話じゃないか? なんで今更そんな話を出すんだよ」「あまや興産の社長の息子に会った」「子どもなんかいたっけな。もう覚えてないね。それで?」 新しい煙草に火を点ける。今度は昔の話を肴に味わうようだ。「……仕事の取引相手でたまたま知ったんだ。生い立ちを聞く機会があったんで興味本位で聞いてみたら、親父があまや興産の元社長で、闇金に騙されて借金まみれにな...

  • BREAK OUT-LOW 3-3

    *** 珍しく秋元が不在で事務所が静かなので、タブレットでアダルト動画を観ていた。思えば長らく女を抱いていない。いくら顔が良くても、あんなにか細い男にその気になるなんてどうかしている。雄としての勘を取り戻すかのように動画を漁った。だが、どういうわけかどんなに過激なものを見ても興奮できない。大袈裟に喘ぐ女優の声すらやかましく思える。裸体に飽きてタブレットを閉じたと同時に、ドアが開いた。「外まで音が...

  • BREAK OUT-LOW 3-2

    自宅に着いて部屋のドアを開けるなり、ドタドタと騒がしい足音を立てながら祥平が現れた。そして開口一番に突っかかってくるのである。「ちょっと! なんなんだよ、このシャツ!」 そう言って祥平は自身が着ているTシャツの裾を引っ張った。まぬけな猫のイラストが大きくプリントされたTシャツだ。恭一はそれを見るなり声を出して笑った。「似合ってるじゃねーか、それ牛田が買ってきたやつだろ? いいセンスしてるわ」「牛...

  • BREAK OUT-LOW 3-1

    梅雨が明けて快晴が続き、今年も夏が来たかと思えばまた雨の日が続いた。じめじめと肌に纏わりつく湿気と生温い気温が気持ち悪い。夏に降る雨は嫌いだ。じっとり汗をかいているせいか、背中に張り付くワイシャツも不快である。早く体を冷やしたくて運転している牛田にエアコンの風量を上げろと指示した。「真鍋さん、このあいだの中国人から依頼が来てますけど」「また? あいつ怪しいんだよな。ちょっと保留にする」「了解です...

  • BREAK OUT-LOW 2-4

    ――― 片山には祥平を恭一のマンションまで連れて来いと言ってある。祥平が片山に引っ張られてきたのは、恭一が自宅に着いて五分後のことだった。 広いリビングに真っ黒な革のソファ。恭一はそのソファの真ん中に座り、テーブルを隔てて祥平を前に立たせた。オーバーサイズのだらしないTシャツ、ナチュラルに破れたデニム。小汚い格好だ。祥平は目深に被っていたキャップを取った。鋭い生意気な目と視線が合った。祥平は背負っ...

  • BREAK OUT-LOW 2-3

    祥平のアパートには大体三日おきに様子を見に行った。いつ行っても祥平はだらしのない格好で寝ていることが多く、とても必死で金を集めているようには見えなかった。恭一がいない時に行動しているのかと思って片山に聞いても、祥平は一日のほとんどを家の中で過ごし、外出は近くのコンビニに食料を調達する時くらいだと言った。「日中はずーっと寝てますね。夜は俺も寝てるんで分からないんすけど、今のところ一銭も稼いでなさそ...

  • BREAK OUT-LOW 2-2

    ――― 監視の片山経由で祥平の家を突き止めていた恭一は、車ではなくあえてバスと徒歩で家に行った。祥平の家は下町にある古いアパートだ。そんなところに黒塗りの車で行ったら悪目立ちする。なんの連絡も挨拶もなくずかずかと部屋に押し入り、スパン、とシミだらけの襖を開けると、薄い布団の上でうつ伏せになっている祥平がいた。「おい、ショウキチ。起きろ」 つま先で脇をつつくと飛び起きた。そして寝ぼけ眼の不機嫌そうな...

  • BREAK OUT-LOW 2-1

    秋元に仕事の進捗の報告を終えて事務所を出たところで、青木と出くわした。 細身でブリオーニのスーツを着こなす姿は、会計士や弁護士などを名乗ってもおかしくなさそうな紳士的な出で立ちだ。だが今、目の前にいる彼は片目がガーゼで覆われており、額に巻かれた包帯が痛々しい。隠しきれていない傷や痣も見られた。せっかくのスレンダーなイケメンが台無しである。ただ、足取りはしっかりしているので思ったより軽傷だったよう...

  • BREAK OUT-LOW 1-4

    いつの話か知らないが、連中が誰かを殺すなんて珍しい話ではない。殺す、というより自死に追い込む、というほうが正しいかもしれない。「……お前、振り込め詐欺しようとしたか?」 祥平がぎょっとした顔で恭一を見上げる。「かけ子だろ。そして仲間の出し子が金を持って逃走。お前はそいつの尻拭いをさせられそうになって逃げてきた」「なんでそれを」「俺も野村組なんでね」「じゃあ知ってるのか!?」「うるさい、聞け。……つい昨...

  • BREAK OUT-LOW 1-3

    ――― 仕事を終えて松村の診療所に戻ってきたのは、予定より二時間ほど遅れた、午後五時頃だった。中国人から受け取った現金を海外口座に送金するために銀行へ行ったら、いつもの担当者が不在だったせいで時間がかかってしまったのだ。代わりに受け付けた新人行員の段取りの悪さが気に入らなかった。あと数分早く着いていれば間に合っていたのに。あれもそれも金髪の男がぶつかってきたせいだと、恭一はやや苛立っていた。 診療所...

  • BREAK OUT-LOW 1-2

    *** 中国人との取引のため、早朝から出掛けることになっている。マンションの下では既に牛田が待機していて、恭一はあくびをしながら車に乗り込んだ。「牛田ぁ、お前、何時に起きてるんだよ」「今日は三時っス。真鍋さん、どうぞ休んでて下さい。着いたら起こしますんで」 組織の中では当たり前とはいえ、よく他人にここまで尽くせるなと思う。そもそも血の繋がりがないのに「オヤジ」だとか「アニキ」だとか「オジキ」だと...

  • BREAK OUT-LOW 1-1

    しょせん自分は碌な死に方をしないと覚悟はしていたが、さすがに身売りをさせられて終わるような人生は嫌だ。しかもその原因が濡れ衣だなんて、たまったものじゃない。「だから俺は違う! あいつが勝手に逃げたんだ!」「うるせぇ! なめくさりやがって! 逃げた奴は連れ戻して漁船に放り込んでやるから、てめぇは飢えたオヤジにたっぷり可愛がってもらいなァ!」 強烈な拳が左頬を直撃した。踏ん張りがきかずに背後のごみ捨...

  • お前は幼なじみで、親友で

    (あらすじ)高校三年の昇は幼なじみの大智と仲がいい。毎朝大智と双子の妹・理沙と3人で一緒に登校する時間が好きだった。受験を控えたある日、昇は同じ委員会の女の子、大川と親しくなり、恋心を抱くようになる。卒業前になんとか付き合いたくて大川に告白をするが、反応は芳しくない。その理由は大智に「昇との仲を邪魔するな」と言われたからだと打ち明け、昇は思いがけない形で大智の気持ちを知ることになる。*第一部*■1-...

  • 大智 5

    昇は充希と違って家の中でも外でもくっつきたがらない。けれども今日だけは、嫌だと言われても昇に触りたくて仕方がない。昇の手首をがっちり掴んでアパートの階段を上がる。「別に逃げたりしねーから、手ぇ離せよ」 そう言われても離さなかった。我ながら気味が悪いほどの束縛力だ。 部屋に入ってドアが閉まるなり、キスをする。がっついているのは俺ばっかりで、戸惑っている昇の半開きの口を、何度も何度も覆った。無理やり...

  • 大智 4

    *** 念のため昇には金曜の予定を聞いたが、やはり「早く帰れるかどうか分からない」と返事が来た。なのであまり気は進まないが充希を家に呼ぶことにする。 金曜日は俺は午前中ですべての授業が終わる。単位取得に追われている充希は夕方まで講義が入っているので、終わったら近くのスーパーに寄れと言ってある。酒のつまみの総菜を買って、一緒にアパートまで戻る予定だ。 授業は六時前には終わるので、その頃を見計らって...

  • 大智 3

    日曜日は少しラインのやりとりをしただけで別々に過ごし、物足りないまま月曜日になった。昇は今週は忙しいと言っていたので、家に来る予定はないだろう。こっちから訪ねてもいいけれど、長期休みでもないのにわざわざ地元まで押しかけるのも迷惑かもしれないと思うと我慢するしかないのだった。 昇に好きだと言われてから、いつの間にか三ヵ月が過ぎていた。今は入学、卒業、進級の季節だから本当に忙しいのかもしれない。大学...

  • 大智 2

    用意しておいたスウェットは昇には大きかったらしく、かなりゆったりと着崩していた。俺はそれも似合うんじゃない、とわりと本気で言ったが、昇は気に入らなかったらしく自分の背の低さを嘆いていた。別に昇は特別小さいわけじゃない。単に俺がでかいだけなのに。 ベッドもシングルに男二人はキツすぎた。俺が床で寝るよと申し出ても、昇はけっこうだと頑なに断った。「俺が泊まらせてもらってんだから、俺が床で寝る。毛布一枚...

  • 大智 1

    小学三年生の夏の日、母さんに連れられて初めて引越し先の土地で公園に行った。それまでどちらかというと外で遊ぶのは好きじゃなく、家で本を読んだりゲームをするほうが好きだった。たぶん、東京に住んでいた頃近所に住んでいた兄ちゃんの影響だろう。だからなかば強引に公園に行こうと連れ出された時は、とにかく嫌で、面倒で、暑かった。「あんな変な子と遊ばせるんじゃなかったわ。これからはまともなお友達を作ってちょうだい...

  • 第二部 2-9

    親父は自分の死期を知っていたかのように身辺整理をきちんとして旅立った。死後、なんの手続きがあってどのくらいの保険が下りるのか、どこの銀行に連絡するのか、なんの株を持っていたのか、すべての情報を一冊のファイルにまとめて書斎の机の上に置いていたのだ。私物はほとんど処分されていて、クローゼットには数枚の部屋着とスーツだけ、机の引き出しの中はほとんどカラッポだった。ただ、高価な腕時計やネクタイだけは、俺...

  • 第二部 2-8

    *** 昼食の時間が終わった頃、俺と理沙は親父の病室を訪れた。昼食が運ばれてもう一時間は経つはずなのに親父はひと口も手を付けておらず、ぼんやりとした目でテレビを見ていた。鼻に繋がっている酸素ボンベのチューブが痛々しい。「……食べないと治るものも治らないよ」 そう声を掛けるとハッとしてこちらを見た。「昇」 俺の後から理沙が「わたしもいるよ!」と顔を出す。親父は嬉しそうに歯を出して笑った。親父のこんな顔...

  • 第二部 2-7

    ぐっすり寝ている親父を起こしたくなくて、暫く寝顔を見たあと会話をせずに病室を出た。看護師に親父が起きたら俺が来ていたことだけ伝えてくれと残して。 病院の外はもう真っ暗で、冷たい風が枯葉を巻き込みながら吹いている。いつの間に冬になったんだっけ。夏が終わった辺りからの記憶が曖昧だ。遠くの空で星が小さく光っている。それをボーッと見ているうちに山木さんに連絡しなければと思い出し、スマートフォンを開いた。...

  • 第二部 2-7

    がむしゃらに仕事と勉強に打ち込んだ。何かに集中している時は余計なことを考えなくて済むから。それでもふと、今の仕事があるのは大智が紹介してくれたからだということを思い出しては手が止まる。大智を振っておいて自分だけのうのうと大智の厚意に甘えたままでいいのかと。その度に辞めてしまおうかという衝動にかられることもあるけれど、このまま仕事を続けていくことが俺なりの誠意なのだと思い込むしかなかった。仕事、勉...

  • 第二部 2-6

    *** 大智が俺のことを恋愛の意味で好きなのだと知った時、嫌ではなかった。大川さんを傷付けたことへの怒りが頭の大半を占めていたから、冷静に判断できなかったんだと思う。もしあんな形で知るのではなくて、大智の口から直接告白されていたら、俺だって大智にひどい言葉を言わずに済んだかもしれない。今まで、何度もそんなことを考えた。――いや、どちらにしろ傷付けたか。 もし、あのまま俺と大川さんが付き合っていた...

  • 第二部 2-4

    「そっか。やっぱり、そうなっちゃったか」 親父の様子を見に帰ると言って一時帰省した理沙を、駅まで迎えに行った。その帰りに喫茶店に誘った。親父がいるところでは話せない大智との一件を、理沙に話したかったからだ。いちいちオーバーリアクションの理沙のことだ。あれこれ無遠慮に聞かれると思っていたが、意外にも理沙は冷静に話を聞いていて、まるですべてを見越していたかのような反応だった。「やっぱりって?」「大ちゃ...

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