〇 夏燕ひとたび行けばもう来ずと思う駅舎を低く飛びおり〇 やわらかな曙やさしき夕茜 天は静かな姉妹を生みぬ 〇 子を連れた娘が駅にわれを待つゴム一本に髪を束ねて〇 着るものはどうでもよくて穿き通すグレーのスカート制服めきぬ〇 今日の雨冷たく降りて鳥籠へみずから戻るインコと私〇 立秋の伸び放題の藤の蔓 吐く息大事吸う息大事 〇 枝の間に青き空見えさびしさの芯となりゆく花の老木 〇 た...
〇 天気雨ふるを鏡に見てをりぬベリーショートに髪切られつつ〇 助手席から見てゐる空に飛行船が浮かんでゐたんだけれど言はない〇 ワンピースが風に飛ばされないための棒として駅のホームに立てり〇 ネクタイは太刀魚のごとひらめきて夫の灼けたる頸に巻きつく〇 求めなくなつたからなのだ死んだ犬がその気配さへ消してしまつたのは〇 我が犬を抱きゐしときの手触りをどのやうにして覚えておかむ〇 常にゐし...
〇 伐りくれし葡萄の枝を鉢に挿す 京大農場わが街より消ゆ〇 電線をひょいと上げるもバイトなりその下をゆく神輿の矛先〇 点描で育ちゆく葉よ春楡のあわいに閉じてゆく空が見ゆ〇 なだらかに底を見せたる泥の上を鷺は歩めり影揺らしつつ〇 看護師に夜勤明けかと問われたる医師は小さきゴミ提げており〇 窓の向こう藪の迫りてときおりに風とは違う枝の揺れあり〇 水張田に揺らめくひかり区切られて影のような...
〇 堀り上げて盛られし土が濡れてゐるところもそのまま夜に入らんとす〇 短かき四肢もつ日本の女らが烏賊ほす写真はグラフにのれり〇 桃むく手美しければこの人も或はわれを裏切りゆかん薔薇の刺のやうなる青き爪研ぎて出でゆけば猫は深夜のけもの谷に向く木小屋の厨人蔘の荷を解きをりて人蔘匂ふましろなるタイルの上に水湧きて熄(や)まざる池が春日(しゅんじつ)にあり 鈎傷のあぎとに深くある魚を焼きをり長く火にかが...
秋の傷 奥さまがお有りのあの方と、私は歩いた 川岸にひろがる丈高い葦の茂みを われ乍ら軽薄と思う冗談をふりまいて 「気をつけないと傷つけますよ」 あの方が、そうおっしゃった それは葦の葉の鋭い切っ先のことでしたが 私は、こんなふうに聞きたかった 「僕を信じすぎてはいけません」 ──言うならば、何事かへの歯止め…… 私は首をすくめた「小説の読みすぎだ...
〇 これからを本番として 君は説く一点突破全面展開〇 自らの専門を武器となすことに微かな後ろめたさはきざす〇 若き日の糊しろ部分を生きている私よ走ってから考えよ〇 タイミング違えて生きる 息つぎのようにときおり君を見かけて〇 どんな人と聞かれて春になりゆくを 春は顕微鏡が明るい〇 居心地のよき背中なり凭れても撫でても我にひらかれていて〇 会うことも会わざることも偶然の飛沫のひとつ蜘蛛...
〇 傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出てゆく〇 春のあめ底にとどかず田に降るを田螺はちさく闇を巻きをり〇 わが肺にしづかな痛をおいてゆく冬の空気かあたたかくはく 〇 話はじめが静かなひととゐたりけりあさがおの裏のあはきあをいろ 〇 電車から駅へとわたる一瞬にうすきひかりとして雨は降る〇 鉛筆を取り換へてまた書き出だす文字のほそさや冬に入りゆく〇 花束の茎のぶんだけせり上がる...
〇 お遍路で初めて受けたお接待おにぎりひとつが六腑に染みた 香川県 島田章平 上掲の一首は、朝日歌壇や朝日俳壇でお馴染みの島田章平さんが角川俳壇に投稿されて、玉井清弘選の特選に選ばれた一首である。 選者の玉井清弘氏の選評には、「遍路をすると『お接待』に遭遇する。金銭、食べものなどが無償で提供される。初めて『お接待』を受けた驚きは大きく、とまどうことが多いが、やがて『六腑』に染みわたり、次へと歩...
第53回 迢空賞受賞作 内藤明作 『薄明の窓』抄〇 突つ立ちて葦吹く風を見てゐたり流され来たる朝のごとくに〇 入り海といへど寄せ来る力あり水平線まで一途なる青〇 言葉とは行く雲の影 わたつみにいま生まれたる水泡を思ふ〇 手の甲に首の寝汗をぬぐひをりさを知らぬ中年のくび〇 むかしむかし水を湛ふる星ありと祖母が語りし日の繰れ方〇 存分に楽しみしゆゑ割れるのを待たずに捨てむ緑のグラス〇...
〇 杉の伐採を雇用対策になさんとする麻生元首相の計画いかになりけん〇 一石二鳥、否、一石五鳥くらいの鳥が落ち来る政策〇 己が根を忘れ上へと伸びてゆく山のなだりに整然として〇 国木なき日本にたびたひげ起こるとうスギを国木にせんという意志〇 杉の根の軟弱さなど思いつつポケットに手を入れてバス待つ〇 杉山に人は孤独に散らばって文明開化の音を聞くべし〇 古河電工日光電気精銅所付属病院耳鼻科に...
〇 こんな風が吹いているなら御所にゆきシロツメクサを探すだろうに〇 自転車で売家みにゆく日あたりをいくらで買うかいつ死ぬるのか〇 アドレス帳のうすきを出してながめたり見せ消ちにせし住所もありて〇 ちゃぶ台を今日は出さずに過ごしいる長い手紙はまだ書けなくて〇 ふるさとはたとえば猫の横顔のまつ毛のように光りていたり〇 友人に遠距離電話をかけている互いの夫の帰り来るまで〇 スポンジを切り分...
〇 店灯りのやうに色づく枇杷の実の、ここも誰かのふるさとである〇 墓があるだけのふるさと、ではないが百日紅咲く庭を見てゐる〇 ぶだう食べてゐればぶだうを食べるしかできずに秋の日を跨ぎたり〇 土建屋はのこり土建屋の犬をらず今なら吠えて返せたものを〇 何人の子どもの髪を切つたならむあの理髪店まだあるのかなあ〇 ひかりさす方へかたむけて読む本のあかるいなあ春が過ぎようとして 〇 自転車のタ...
〇 床に射す砂金のような秋の陽がたましいの舌の上に苦くて〇 たましいを紙飛行機にして見せてその一度きりの加速を見せて〇 地下鉄のホームに風を浴びながら遠くの敵や硝子を愛す〇 野ざらしで吹きっさらしの肺である戦って勝つために生まれた〇 広野へと降りて私もまた広野滑走路には風が止まない〇 灯のもとにひらく昼顔おなじ歌を恍惚としてまた繰りかえす〇 水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわず...
〇 いつ飲んだ薬のせいかわからんが寝たい眠たい猫さわりたい〇 体感として猫は十人間は三十三歳までが不老だ〇 猫と猫寝ておりみだらなカレンダーめくれずにいた九月十月〇 「家族って猫とその他になってきた」無職の兄は幸せそうに〇 われわれは家族であった円陣を組み死んでいる猫にさわった〇 無職歴ベテランの兄新米のわたしと家の猫を取り合う〇 「家族って猫とその他になってきた」無職の兄は幸せそう...
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