金澤神社に続いては、300mほど西で石川県立美術館の隣り、石川県金沢市本多町にあります、『石浦神社』(いしうらじんじゃ)に行きました(^^)/南北に走る本多通りに面する所に入口はありました。催事があるんでしょうか、入口にテントが張られています。左側にあった社号碑には「縣社 石浦神社」と刻まれています。社号碑の左側には旧社名の「三輪神社」と刻まれた石碑がありました。鳥居は石製の台輪鳥居で、銅製の扁額には「石浦...
付き合いで始めた寺社(御朱印)巡り、今じゃ週末のライフワークになりました〜♪
今まで旅行はほとんど行かなかったんだけど、今では趣味が高じて神社仏閣からお城まで、幅広く各地を訪れ、その土地ならではの魅力を楽しんでいま〜す♪
前回の続きで、『青岸渡寺』(せいがんとじ)の「本堂」からお伝えします。(^^)/向拝の柱には「西國第一番礼所」と「那智山青岸渡寺」の札が掛かっています。本堂外陣への入口上には「那智山」と金文字で書かれた扁額が光ります。堂内は写真撮影禁止とされていたので、縁側までの写真で申し訳ありません<(_ _)>外陣にてお参りをさせていただきました。本堂の横側(妻側)の全景です。左側が向拝がある正面になります。本堂前には...
熊野那智大社に続いては、『青岸渡寺』(せいがんとじ)です(^^)/隣にありますので、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山まで同じで番地違いとなります。熊野那智大社の参拝後は、すぐに北入口から「青岸渡寺」の境内に入りましたが、最初から見たいと思い熊野那智大社の一の鳥居まで戻りました。この写真の後ろ側に一の鳥居があります。参道の分かれ道として道標には「右 西国第一番礼所 那智山青岸渡寺」と刻まれています。内容通...
今回は、前回お伝えした「熊野那智大社」の中にあります、『御縣彦社』(みあがたひこしゃ)をお伝えします。(^^)/前回住所をお伝えしてなかったので、、、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山にあります、「熊野那智大社」のすぐ隣にあります「御縣彦社」です。摂社になるのかなぁ?写真中央の奥に屋根が伸びている建物は、「熊野那智大社」の第六殿(八社殿)となります。その左隣が「御縣彦社」となります。「熊野那智大社」は右側にあり...
[和歌山県] 世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道の熊野那智大社
今回は初めて、世界遺産に登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」に行ってきました。まずはその霊場の一つであります『熊野那智大社』(くまのなちたいしゃ)に行きました。(^^)/那智山の山道を上がり、中腹の駐車場がある表参道から階段を上っていきます。その途中に一の鳥居がある入口に来ました。丹塗りの「一の鳥居」は明神鳥居で、扁額はありません。左側には「熊野那智大社」と刻まれた社号碑があります。鳥居右手には案内...
前回の続きで、大阪府藤井寺市藤井寺にあります『葛井寺』(ふじいでら)です(^^)/前回の最後は写真の本堂で終わりましたが、その前に他の諸堂などを見ていきます。 まず、前回見た「弘法大師堂」の向かいにあったのは、「出世地蔵大菩薩」立像です。奥の足場は「阿弥陀堂」ですが、修理のため解体されて中は何もない状態でした。ですので、googleストリートビューで現存している時の画像がありましたので載せておきます(^^)/「弘法...
施福寺に続いては、大阪府藤井寺市藤井寺にあり、同じ西国三十三所観音霊場の『葛井寺』(ふじいでら)に行きました(^^)/施福寺のような険しい山腹にあるのとは違い、藤井寺駅が近くにある市街地にあります。境内廻りは住宅地となっており、山門前の有料駐車場に車を入れて入口に来ました。入口左手に古そうな石碑があり、たぶん寺号碑と思われますが、達筆のため読めませんでした…右手の新しい寺号碑は読めました。(^^)/ 「西國五...
前回の続きで、大阪府和泉市槙尾山町にあります『施福寺』(せふくじ)の本堂を中心にお伝えします(^^)/本堂より東南側は境内の開けた場所になっていますが、その周囲には「智慧如来」や「聖観音菩薩」などが祀られていました。境内の先端は展望台となっており、金剛生駒国定公園の岩湧山(897.7m)が眺望できました。山しか見えませんでしたが…手水舎は蓮華の水鉢に龍口と、シンプルな造りでした。槇尾山施福寺には説明書きが一つもあ...
紀三井寺(金剛宝寺)の参拝に続きましては、大阪府和泉市槙尾山町にあります『施福寺』(せふくじ)に行きました(^^)/和歌山市にありました紀三井寺からは、京奈和自動車道を経由して約60km、時間にして1時間程をかけて車で移動しました。写真の参道口手前に駐車場があるんですが、当日はかなり混んでいて駐車場待ちとなりました。中に入り少し歩くと入山受付があります。料金は大人500円/1人の入山料を払い入山します。槙尾山の山腹...
前回の続きで、『紀三井寺(金剛宝寺)』(きみいでら(こんごうほうじ))です(^^)/最初に石畳の境内参道の両脇にあるものから見ていきます。まずは右手「鐘楼」の隣にあったのは、「幸福観音」の名前がある観音立像です。「幸福観音」の隣には、本瓦葺き宝形造りの「大師堂」です。説明がありませんが、和歌山県指定有形文化財となっているようです。参道の左側は開けたスペースとなっており、和歌山湾の眺望が素晴らしかったです。中...
和歌浦天満宮に続きましては、一泊後の翌日最初に伺いました『紀三井寺(金剛宝寺)』(きみいでら(こんごうほうじ))です(=゚ω゚)ノ入口となる山門までの参道は、仲見世とまではいきませんがお土産屋さんがある商店街となっていました。入り口前では右に行くと、紀三井寺ケーブルカーの乗降場があります。今回は歩いて境内に上っていきます。入口右手の寺号碑には「紀三井山護国院」と刻まれています。山号が紀三井山、院号が護国院、寺...
紀州東照宮に続いては、西隣にありました『和歌浦天満宮』(わかうらてんまんぐう)です(^^)/入口前にある駐車場に車を入れ、すぐの所に石鳥居があります。鳥居の扁額は金縁黒地に金文字で天満宮と書かれています。鳥居の左手には、由緒及び沿革が書かれた掲示板がありましたので、記載しておきます。「醍醐天皇延喜元年春(901)右大臣菅原道真公は筑前太宰府に左遷せられ赴任の時、海上風波を避難せられ暫時、此の和歌浦の地に立寄り...
和歌山城の観覧に続きましては、南に5kmの場所にあります『紀州東照宮』(きしゅうとうしょうぐう)に行きました(^^)/左側にある有料駐車場(たしか300円)に車を駐め、入口前の一の鳥居前に来ました。二の鳥居は一の鳥居からすぐの所にあります。こちらは「東照宮」の扁額が掛かっていました。駐車場側の奥には「東照宮会館」があります。入口に「和歌祭四百年式年大祭」の看板があったので催しがここで行われているのかな?三の鳥居...
前回に続きまして『和歌山城』(わかやまじょう)です(^^)/写真は「本丸御殿跡」から見える「天守閣」です。「天守閣」を見上げながら天守曲輪前まで来ると入城受付がありました。大人は一人410円で入城します。1枚目は、受付より南に下がった場所から見える「天守閣」、2枚目は城郭入口となる天守二の門の「楠門」です。3枚目はその楠門の前から見た天守曲輪です(^^)/「楠門」から城郭内に入り、最初にありますのは「二の門櫓」です...
和歌山縣護國神社の参拝後は『和歌山城』(わかやまじょう)です(^^)/一旦南側の道路に出て写真の場所に向かいました。石垣に付随した門がある上に、チラッと見えるのが「天守閣」です。門前には「史蹟 和歌山城」と刻まれた石碑がありました。近くには城内案内図がありましたが、今いる場所が右下になります。先程門の上に「天守閣」が見えました門が写真の「岡口門」です。和歌山城は国指定史跡となっていますが、「岡口門」はこ...
日前神宮・國懸神宮に続きましては、西へ4km-10分の場所にあります『和歌山縣護國神社』(わかやまけんごこくじんじゃ)に行きました(^^)/当神社は和歌山城内にあり、戊辰戦争以来の戦いで戦死した和歌山県出身の戦没者の霊を祀ります。車を「和歌山城」の駐車場に入れ、入口となる場所に歩いてきました。入口は城門の一つでしょうか?石垣が途切れた場所にあります。左手には「和歌山縣護國神社」と刻まれた社号標もありました。入...
粉河産土神社に続いては、西へ26km行きました和歌山市中心部にあります『日前神宮・國懸神宮』(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう)に行きました(^^)/南側の道路沿いにあります駐車場に車を駐め、入口前に来ました。右にある社号碑には「官幣大社日前神宮 官幣大社國懸神宮」と刻まれています。真新しい太鼓橋を渡った所の両脇に常夜灯があります。鳥居手前のこの左右が駐車場になっています。「大鳥居」の前に掲示板がありま...
今回は、前回紹介しました粉河寺境内の中にありました、『粉河産土神社』(こかわうぶすなじんじゃ)です。(^^)/粉河寺本堂の西側にある石段を上がった場所に境内はあります。入口の左手には「粉河祭礼渡御式縁起」について書かれていました。「粉河産土神社の祭神丹生都比売命はこの地に勧請せられ青山を切開し田畑となし狩猟肉食の原始民に農耕安定の文化生活の指導に当られたと云われ、これを崇神尊敬の祭礼行事とした粉河祭礼渡...
前回は「中門」まで見ましたが、『粉河寺』(こかわでら)の続きを紹介します(^^)/「中門」から境内に入ると左手に大きな「本堂」が見えます。石畳の右手には丹塗りの「丈六堂」と「水向地蔵堂」が見えます。一番左に見えるのは国指定名勝の粉河寺庭園です。小さな祠の「水向地蔵堂」は、経木塔婆に水を手向け亡くなった人の冥福を祈るので「水向地蔵」と言うようです。本瓦葺き寄棟造り裳階付きの「丈六堂」です。文化三年(1806)の...
今回は、1泊2日で初めて和歌山県に旅行に行きました。理由は明確で、最近廻っています西国三十三所の巡礼地が和歌山県にもあるからなんです(^^;)と言うことで、まずは和歌山県紀の川市粉河にあります『粉河寺』(こかわでら)に行きました~(^^)/まず最初にありましたのは、「大門」です。本瓦葺き入母屋造りの楼門で、国の重要文化財に指定されています。また、寺号碑には「西國第三番粉河寺」と書かれています。粉河寺は西国三十三...
[京都府] 祇園のシンボル"八坂の塔" 法観寺
六波羅蜜寺に続きましては、同市東山区清水八坂上町にあります『法観寺』(ほうかんじ)に行きました(^^)/「法観寺」と言われてもあまりピンときませんでしたが、表題の「八坂の塔」なら知っていました。八坂通りを東に進むと、見えてきました「五重塔」、この通りから見た風景は、あまりにも有名です。八坂通りの突き当たりに「法観寺」はあります。塀には「臨済宗建仁寺派 霊応山 法観禅寺」の表札が掲げられていました。又、門...
前回に続き、東山区ロクロ町にあります『六波羅蜜寺』(ろくはらみつじ)です(^^)/前回は「本堂」より南側にあるものを紹介しましたので、「本堂」から見ていきます。「本堂」は東にある道路側に入口があり、正面はスペースがないため全景が撮れませんので、斜めから広角で撮りました。本堂は本瓦葺き寄棟造りの向拝付きとなっています。室町前期に建立し、貞治二年(1363)の再建で国の重要文化財に指定されております。向拝も三間あ...
知恩院を後にして次に向かいましたのは、歩いて約20分の東山区ロクロ町にあります『六波羅蜜寺』(ろくはらみつじ)に行きました(^^)/道路に面した入口には山門はなく、門柱に両開きの格子門がある洋風な造りとなっています。入口右の道路沿いの柵には、「本堂」が国の重要文化財を表す看板が出ていました。寺号碑がありませんでしたが、山号は補陀洛山、院号は普門院で正式名称は補陀洛山普門院六波羅蜜寺となります。真言宗智山派...
前回、前々回に続きまして、京都市東山区林下町にあります「知恩院」(ちおんいん)の最後です(^^)/前回は境内中段の「納骨堂」まで見ました。最後は境内上段を見ていきます。「経蔵」の北側に「圓光大師本廟路」と刻まれた石柱がある所に、境内上段に続く路(石段)がありした。圓光大師(圓は円の旧字)は浄土宗の開祖法然(1133~1212)の諡号(貴人や高徳の人に、死後おくる名前。おくりな。)です。最初に法然上人の銅像を横目に見なが...
前回に続きまして、京都市東山区林下町にあります「知恩院」(ちおんいん)の続きです(^^)/前回は「御影堂」まで見ましたので、その続きとなります「多宝塔」からです。高さ14mの「多宝塔」は昭和33年(1958)の建立となります。丹塗りで綺麗な造りとなっていて、扁額には「霊塔」と書かれていました。続いては、「多宝塔」の北側にあります「阿弥陀堂」です。本瓦葺き入母屋造り向拝3間付きの平屋建てで、下の屋根は裳階となっていま...
八坂神社に続いて向かいましたのは、京都市東山区林下町にあります「知恩院」(ちおんいん)に行きました(^^)/まずは西の入口にあります寺号碑から進みます。寺号碑には、一番上には何が書かれているかわかりませんでしたが、その下には「浄土宗総本山 知恩院」と刻まれていました。山号は華頂山、正式名称は華頂山知恩教院大谷寺と言うようです。「総門」ですが、「新門」の札がありました。ここから国宝の「三門」までは400mほど...
霊山観音のお参りを済ませ次に向かいましたのは、京都府東山区祇園町にあります『八坂神社』(やさかじんじゃ)に行きました(^^)/まずは表参道の入口に立つ「石鳥居」です。建立は正保三年(1646)ですが、寛文六年(1666)の補修再建され、国の重要文化財となっています。鳥居の柱が途中で繋がれているのが、補修されたっぽくていいですねぇ~社号標には旧社格の「官幣大社 八坂神社」と刻まれています。現在は神社本庁の別表神社です。...
清水寺のお参り後、北に向かい最初に伺ったのは、京都府京都市東山区にあります『霊山観音』(りょうぜんかんのん)です(^^)/周囲を回廊の壁に囲まれた入口前の広場に着きました。「山門」は雨漏れがするのか、半分がシートに覆われていました。寺号碑は見当たりませんでした。拝観料は大人300円で山門入口に受付がありましたので払って中に入ります。「山門」の入口上には
前回の続きとなります。京都府東山区清水にあります『清水寺』(きよみずでら)です(^^)/「轟門」から中に入りますと「回廊」となります。「回廊」の突き当たりが「本堂」西側となり、出世大黒天が祀られていました。「本堂」西側から南側に来ると「清水の舞台」に出ました。国宝 本堂舞台は江戸初期の再建のようです。舞台はかなり広く感じられます。「「清水の舞台」といわれ、本堂(国宝)の付属建築物で、平安時代の昔から構架され...
今回は西国巡礼の礼所であり、世界遺産となっている『清水寺』(きよみずでら)に行ってきました(^^)/まずは仁王門前の広場ですが、コロナの行動制限緩和もあり、多くの人が戻ってきている感じとなっていました。混むだろうと予測して朝一に出掛けたんですが、さすが「清水寺」(^^;)まずは「仁王門」ですが、西向きに建っていて、境内も全体的に東に向かって歩いて行くので、全般に朝日が邪魔する写真となっていますのでご了承くださ...
今回は、前回の出張とは違う日の出張で訪れました、福井県坂井市丸岡町にあります『称念寺』(しょうねんじ)に行ってきました(^^)/まずは境内北側にあります駐車場に車を入れ、西側の山門入口に来ました。左側に「時宗 長林山 稱念寺」(稱の字は称の旧字)と刻まれた寺号碑があります。
今回は出張で訪れた福井県坂井市丸岡町にあります『國神神社』(くにがみじんじゃ)に行ってきました(^^)/西側にあります神社入口に、石製の鳥居と社号碑があります。社号碑には「式内 國神神社」と刻まれています。明神鳥居の扁額にも「國神神社」の文字がうかがえます。境内の北西に「宝物殿」がありました。再建20周年の記念事業として1982年に建立されました。境内の北西と南西から境内全景を撮りました(^^)/鳥居をくぐって、す...
三室戸寺に続いては、京都府宇治市旅行の締めくくりとなります『宇治上神社』(うじかみじんじゃ)です。(^^)/当日は、境内入口前にて道路工事の最中で、Uターンさせられる車が多かったです。社号碑には「世界文化遺産 宇治上神社」と刻まれていました。朱色の鳥居は明神鳥居です。参道の巾は広く高木の緑が本拝殿のあるパワースポットに誘います。世界遺産「古都京都の文化財」の登録は平成六年(1994)です。「宇治上神社は、ユネス...
前回の続きとなりますので、同じく京都府宇治市にあります『三室戸寺』(みむろとじ)です(^^)/まずは本堂前から見た、ハスと寺務所(納経所)です。寺務所の北側(本堂の西側)には「宝蔵庫」がありましたが、中には入れませんでした。この奥に重要文化財の「十八神社本殿」があるようでしたが、それも見られませんでした(-_-)京都府指定有形文化財の「本殿」ですが、前回紹介してますので省きます。「本殿」前には「勝運の牛」が、牛の...
平等院に続いて行きましたのは、同じく京都府宇治市にあります『三室戸寺』(みむろとじ)に行きました(^^)/写真の左手にあります有料駐車場に車を駐車し、駐車場横の参道口から入ります。参道脇の垣根は生い茂り、両脇にある燈籠がほとんど隠れています(^^;)参道中ほどに「西国十番 三室戸寺」と刻まれた寺号碑がありました。山号は明星山で、本山修験宗の別格本山となります。寺号碑の後には門があり、その内側には入山(拝観)受付...
前回に引き続き、京都府宇治市にあります『平等院』(びょうどういん)の後半です(^^)/写真は国宝「鳳凰堂」の南翼廊です。サルスベリの花(ピンク色)が色を添えます。南翼廊の向かいに「ミュージアム鳳翔館」入口がありますので入場します。この路がそうなのかわかりませんが、「法花堂之路」として一部が発掘されたと記されていました。「平安時代の平等院には、境内をめぐるいく筋かの小道があったことが記録にみえます。阿字池の...
今回は京都府宇治市にあります『平等院』(びょうどういん)に行ってきました(^^)/小学生の修学旅行で行った記憶はありますが、行ってみたい場所の一つに漸く行けました。平等院鳳凰堂は1953年(昭和28年)に10円硬貨の表面に描かれています。国宝には1951年(昭和26年)にしていされました。タイトルにもありますが、1994年(平成6年)には「古都京都の文化財」の一つとしてユネスコ世界遺産となっています。まずは敷地の南側の道路沿いに...
石山寺に続いて本日最後に訪れたのは、『建部大社』(たけべたいしゃ)です(^^)/境内より西に100mほどの所にある参道口に社号碑がありました。大きな社号碑には「近江國一之宮 建部大社」と刻まれ、近江国(現在の滋賀県域)の一之宮であることがわかります。社号碑と鳥居の間に境内図と由緒が書かれた案内板がありました。「社伝によると、景行天皇四十六年(316)に御妃布多遅比売命(ふたじひめのみこと)が神崎郡建部の郷(御名代の地)...
大津市の西国参詣に来てますが、『石山寺』(いしやまでら)の後半です(^^)/前回は「蓮如堂」までを見てきましたが、この段にある堂宇の最後は、檜皮葺宝形造の「御影堂」です。国の重要文化財となっています。「本堂の東、鐘楼の下にあるこの御影堂は、室町時代の建立で、正面三間、側面三間、宝形造、檜皮葺で、背面に一間の張出しを設けます。堂内は中央間後方一間を板壁で囲って内陣とし、内部の須弥壇には、弘法大師・良弁・淳...
大津市の西国参詣、正法寺(岩間寺)からはおよそ6km北西の場所にあります、『石山寺』(いしやまでら)に行きました(^^)/小さな山、一山が境内敷地となっている石山寺は、町名も付いているなど広大で、伽藍の数も多く、写真枚数もかなりの数になってしまったので、今回はかなり割愛しました。駐車場に車を駐めて、山門に向かう途中に境内図がありました。この境内図を見るだけでも敷地内にある建造物の数に圧倒されます。境内図の前に...
[滋賀県] 西国三十三所観音霊場の正法寺(岩間寺)③ 不動堂他
前回に引き続き、滋賀県大津市にあります『正法寺(岩間寺)』(しょうほうじ(いわまでら))です(^^)/「本堂」のお参りを済ませ外に出ますと、正面に「夫婦桂」があります。木の前には「御本尊出現之霊木」と書かれた石碑もあります。その御霊木の由来として右端の石版に書かれていましたので記しておきます。「養老六年(722年)泰澄大師が元正天皇の勅を奉じて霊地を求め、この地に行脚された時、傍らの桂の大樹内より千手陀羅尼経が聞...
[滋賀県] 西国三十三所観音霊場の正法寺(岩間寺)② 大師堂-本堂
引き続き、滋賀県大津市にあります『正法寺(岩間寺)』(しょうほうじ(いわまでら))です(^^)/前回は、入口手前の「ぼけ封じ近畿十楽観音」までとなりましたが、今回は入口から見ていきます。山門のない入口で両脇に鋳造製の仁王像が待ち構えます。境内参道を少し進んだ場所に今は使われていない手水舎がありました。その奥には「岩間寺集会所」と書かれた額がある休憩所兼客殿があります。玄関口に網が貼られているので普段は使用し...
[滋賀県] 西国三十三所観音霊場の正法寺(岩間寺)① ぼけ封じ観音
今回は、時間が出来たときにしています西国三十三所の巡礼として、滋賀県大津市にあります『正法寺(岩間寺)』(しょうほうじ(いわまでら))に行きました(^^)/正法寺は滋賀県と京都府にまたがる岩間山(標高443m)の中腹にあり、山道を通って手前にある駐車場に車を駐めました。駐車場の入口に「西國 十二番岩間山」の寺号碑がありました。駐車場には入山受付があり、入山料500円を払い境内に進みます。後に見える大きな建物は「岩間寺...
先日、「中山道中津川宿」に訪れましたが、今回は前回歩いた場所から、更に次の「大井宿」に向かう道中にありました『坂本神社八幡宮』(さかもとじんじゃはちまんぐう)に行きました(^^)/まずは、前回の終点となりました「苗木道」と「中山道」の分岐点です。左へ行くと「苗木道」、右へ「中山道」の道標があります。「苗木道」は今では全線を踏破することはできないようですが、飛騨方面に行ける道の一つだったそうです。続いて分...
南法華寺(壺阪寺)に続いては、国の史跡になります『高取城跡』(たかとりじょうあと)に行きました(^^)/入口前の道路脇に車を駐車し、入口からは歩いて登ります。入口にありました「史跡 高取城跡」の説明板です。「高取城跡は、奈良盆地の南端584mの高取山の山頂を中心に、急峻な山上の地形を巧みに利用して築かれている。何段にも重ねた石垣や喰違い虎口(出入口)、急斜面により守られ、山麓の城下町との比高差は400m以上を測る。 ...
[奈良県] 西国三十三所観音霊場の南法華寺(壺阪寺)④ 涅槃像~大講堂
前回に引き続き、奈良県高市郡高取町にあります『南法華寺(壺阪寺)』(みなみほっけじ(つぼさかでら))の最後になります(^^)/前回は、山を背にして中腹に佇む「大観音像」までを見てきましたが、続いては「天竺渡来釈迦如来大涅槃石像」(以下「大涅槃像」)からとなります。「大涅槃像」は全長8mの大きさがあるようです。「この石像、インドから招来された。インドにおける奉仕事業のご縁で始まった国際交流・石彫事業の一環として...
[奈良県] 西国三十三所観音霊場の南法華寺(壺阪寺)③ 中興堂~大観音
前回に引き続き、奈良県高市郡高取町にあります『南法華寺(壺阪寺)』(みなみほっけじ(つぼさかでら))の3回目になります(^^)/前回では「禮堂」までを紹介しましたが、今回は壺阪霊験記にあります「投身の谷」の上に「お里澤市の像」からとなります。ちょうど「禮堂」の東側にその場所がありました。像の後には壺阪霊験記が書かれた休憩所もありました。「『壺坂霊験記』は明治時代初期に作られた浄瑠璃の演目で、歌舞伎や講談、浪曲...
[奈良県] 西国三十三所観音霊場の南法華寺(壺阪寺)② 三重塔~禮堂
前回に引き続き、奈良県高市郡高取町にあります『南法華寺』(みなみほっけじ)の2回目になります(^^)/前回は「多宝塔」までを見てきましたが、続いては更に高い位置にあります「慈眼堂」です。色合いは「多宝塔」に似て朱色でまとめられています。「澤市投身の谷の横に、江戸時代に建立された阿弥陀堂がありました。 宝暦元年(1751年)に建立されたと寺の記録には記されております。本尊は阿弥陀仏が奉られたり、或いは時代によって...
[奈良県] 西国三十三所観音霊場の南法華寺(壺阪寺)① 仁王門~多宝塔
今回は奈良県高市郡高取町にあります『南法華寺』(みなみほっけじ)に行きました(^^)/「南法華寺」は通称を「壺阪寺」(つぼさかでら)と言い、当寺のホームページもこの呼称でタイトルが表記されておりました。今回はあいにくの雨模様となりましたが、大きな寺院のため4回に分けてお届けします。まずは、入山受付にて大人600円を入山料として納め入場します。入山受付の後にある大きな建物は「大講堂」ですが、「大講堂」は最後に紹...
今回は、仕事先の一つとなります岐阜県中津川市で中山道を歩いてきましたので、『中山道中津川宿』と、その中津川宿にあります『西宮神社』(にしのみやじんじゃ)に行ってきました(^^)/ まずは、中津川宿の高札場からスタートします。ここを北に向かうと「落合宿」に行きますが、そちらは又機会があればお伝えします。今回はここを南に行きます。 中山道途中にあった小さい橋の上から岐阜県東濃地方最大の山「恵那山」が見えまし...
前回に引き続き、京都府亀岡市にあります『穴太寺』(あなおじ)です(^^)/ 前回は「多宝塔」まで紹介しましたが、続いてはその隣にありました「三十三所観音堂」です。この堂にお参りすると全ての三十三所観音霊場をお参りしたことになります。入口は閉まっていましたので、お賽銭入れの穴から中を拝見させていただきました~ 大小あるのが気になりましたが、三十三体の観音さまが安置されていました。 「三十三所観音堂」の右隣...
播州清水寺の参拝後は、岐阜へ帰る道中の京都府亀岡市にありました『穴太寺』(あなおじ)に行きました(^^)/正面の参道は県道407号線になっており、仁王門から少し離れた場所の西側に駐車場がありました。県道の突き当たりが「仁王門」です。「仁王門」は本瓦葺き入母屋造りで八脚門です。江戸時代中期(17世紀中期)の再建で、京都府登録文化財となっているようです。仁王門の手前には「西国二十一番穴太寺」と刻まれた寺号碑がありま...
[兵庫県] 西国三十三所観音霊場の播州清水寺③ 地蔵堂~根本中堂
前回に引き続き、兵庫県加東市にあります『播州清水寺』(ばんしゅうきよみずでら)の3回目をお伝えします(^^)/前回お伝えした「大講堂」の北東側にある長い石段を登っていきます。石段途中の踊り場右手に宝形造りの「地蔵堂」がありました。本尊はもちろん地蔵菩薩になります。「創建 昭和十二年 常行堂跡地 本尊地蔵菩薩は東京芸大名誉教授菅原安男氏の昭和十二年作。この地にあった常行堂は後白河法皇の創建。 現在の建物は昭...
[兵庫県] 西国三十三所観音霊場の播州清水寺② 大講堂~本坊
今回は前回と同じ、兵庫県加東市にあります『播州清水寺』(ばんしゅうきよみずでら)の続きをお伝えします(^^)/「大講堂」の外観から見ていきます。まずは、正面入口の全景ですが、間口が広いので広角でなんとか入るくらい横に長いです。この「大講堂」が御本尊である千手観音を安置しており、西国三十三所観音霊場の二十五番礼所となっています。因みに、この「大講堂」がある更に上に「根本中堂」がありますが、こちらももう一つ...
今回は自宅から250kmの場所、兵庫県加東市にあります『播州清水寺』(ばんしゅうきよみずでら)に行ってきました(^^)/駐車場に着くと、西端には「仁王門」がありました。「仁王門」の手前には「西国第二十五番霊場 御嶽山 清水寺」と刻まれた寺号標がありました。当寺の正式名は御嶽山清水寺ですが、同じ西国三十三所第十六番霊場である「清水の舞台」で有名な京都市の音羽山清水寺と区別するためなのか、こちらは「播州清水寺」を...
続いては、前回の松尾寺からは南西に5km程の場所にあります『金剛院』(こんごういん)に行きました(^^)/境内を取り囲む周辺林地は古くから社叢林として保存されてきたため、「金剛院京都府歴史的自然環境保全地域」として府県境の尾根筋まで広がる寺域は、とても豊かな自然が保持されています。門手前に赤い欄干の太鼓橋が架かり、門入口に誘います。棟門に両袖が付いた山門には、柱に「関西花の寺第三番」の文字が書かれた札が掲げ...
前回よりの続きで、今回も『松尾寺』(まつのおでら)になります(^^)/前回最後の写真の「本堂」より近寄って画面いっぱいに撮っています。屋根の緑青がいい味を醸し出していますので、重厚感のある建物に見えます。本堂の詳細を語る前に、周辺にあるものから見ていきます。まず最初にあったのは、岩をくり抜いた手水鉢に龍口か付いたシンプルな「手水」です。「手水」の更に東側にありましたのは、袴腰のある「鐘楼」です。 境内の...
今回は、久しぶりに日本海側の京都府である舞鶴市に行って来ました(^^)/一人で下道ばかりを通り、岐阜から舞鶴まで3時間かけて『松尾寺』(まつのおでら)に着きました。標高693mの青葉山中腹にあり、西国三十三所観音霊場第二十九番の礼所になります。入口は苔むした石段から始まります。石段横には「御本尊馬頭観世音」と刻まれた石碑があります。石段の左側には「清浄洗心・抜苦与楽」と書かれた大きな水瓶がありました。江戸時代...
浅草寺のお参り後は、本堂の東隣にあります『浅草神社』(あさくさじんじゃ)に寄りました(^^)/入口も浅草寺境内から繋がっていますので、最初は浅草寺内にあるのかと思いました(^^;)入口右手に「浅草神社」と刻まれた社号碑がありました。五月の例大祭に三社祭が行われることから、別名「三社様」や「三社権現」とも呼ばれるようです。社号碑よこの玉垣上に御由緒等が書かれていました。「推古天皇三十六年(628)三月十八日の朝、漁...
前々回から紹介しています、今回が3回目の『浅草寺』(せんそうじ)です(^^)/前回までに「本堂」~「五重塔」までを見てきましたが、今回は「西境内」です。この西境内案内図の下が「本堂」です。一番下にある矢印の所から順番に廻りましたので、そのままをお送りいたします。西境内最初は、東側にありました「銅像阿弥陀如来坐像」と「銅像宝篋印塔」です。続いて、西境内の南側に廻り、通路の右手にありましたのは、「恵日須・大黒...
前回に引き続き『浅草寺』(せんそうじ)です(^^)/「本堂」のお参りを済ませ、東西から本堂全景をパシャリ「宝蔵門」の西側に「五重塔」はありますので、ちょっと戻ります。写真は「本堂」の西側全景(1枚目の写真)を撮ったときに後ろにあった「五重塔」です。ちょっと「宝蔵門」西側まで戻り「五重塔」を見上げます。「五重塔」の手前には専用の拝殿(立入禁止)が付いており、下からの「五重塔」全景を見ることはできません。(-_-)「...
成田山新勝寺のお参り後は少し時間があったので、東京都台東区にある『浅草寺』(せんそうじ)に寄ってきました~(^^)/東京の神社仏閣へ行きましたのは、実に2年ぶりとなります。まずは、東京では一番有名なんじゃないかと思っている「雷門」です。訪れたのは4月の初めで、コロナ明けでしたが、すでに大勢の観光客で賑わっていました。。。門横にありました寺号碑です。「金龍山浅草寺」と刻まれた文字は山号+寺号で正式名になります。...
「醫王殿」に続いては、『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の「平和大塔」から最後までを紹介します(^^)/「醫王殿」の右横にあります「平和大塔」(へいわのだいとう)は、昭和59年(1984)に総工費約350億円で建立されました。真言密教の教えを象徴する塔で、総高は58m、1階は成田山の歴史展、写経道場各種受付があります。2階の明王殿には、大塔の御本尊不動明王、四大明王、昭和大曼荼羅、真言祖師行状図が奉安され、3・4階...
「光明堂」に続いては、『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の「清瀧権現堂」から「醫王殿」までを紹介します(^^)/と、言いたいところですが、残念ながら「清瀧権現堂」は保存修復工事に入っており、見ることができませんでした(; ̄O ̄)ガーン近くにスーパーゼネコンの大林組の事務所があるなぁと思ってたら…普段から中に入ることは出来ないようなんですが、最初に見た「三重塔」や「鐘楼」のような色鮮やかな装飾が施されて...
前回の「釈迦堂」に続いては、『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の「額堂」になります(^^)/「釈迦堂」の境内からは北側の石段を上った所に堂宇がたくさんありました。右側が「開山堂」、次に一番奥の方に見えるのが「平和大塔」、その次が「光明堂」で中心の一番大きく写っているのが「額堂」で、最後が「朝日観音堂」です。「額堂」はその名の通り「額」や「絵馬」を掲げる建築物ですが、ここにある「額堂」は国指定の重...
前回の出世稲荷に続いては『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の釈迦堂です(^^)/出世稲荷へ向かう時に通った石段を下り、北へ曲がった所の花壇広場です。右に大本堂があり、左側に釈迦堂があります。中央の花壇の場所を左に曲がった所に「成田山花まつり」と書かれた「白象」(びゃくぞう)がいました。白象については、「花まつりは、お釈迦さまのお誕生をお祝いする行事です。 お釈迦さまは、約2500年前の4月8日、インドの...
『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の大本堂に続いては、境内最西にある「出世稲荷」(しゅっせいなり)となります。何も知識を入れずに来ましたので、本来なら前回最後に見ました大本堂の西側にある「釈迦堂」に行っていましたが、大本堂で御朱印を書いてもらっている時に「成田山御朱印MAP」をいただきまして、その順番の2番は「出世稲荷」となっていましたのでそこから回ることになりました(^^)/最初にありました石段を...
[千葉県] 真言宗智山派大本山 成田山新勝寺 総門~大本堂2
前回よりの続きです。『成田山新勝寺』(なりたさんしんしょうじ)の「大本堂」からとなります(^^)/銅板葺きの緑青が美しさを際立たせ、二重屋根が更に豪華さを醸し出しています。まずは、「大本堂」の周りにあります堂宇から見ていきます。境内の左手には、総門をくぐった左手にもありましたが、「御護摩受付所」です。「納札所」や「御守・御札受場」なども併設されています。境内の右手には、煌びやかな装飾が施された「三重塔」...
前回に続いて下呂市湯之島にある『温泉寺』(おんせんじ)です。前回は、玄関の七福神寿老人でのお参りまででしたが、続いては山門右手にありました「鐘楼」です。本瓦葺き入母屋造りの屋根があり豪華な造りです。手前には野口雨情作詞で下呂歌謡の歌碑がありました。「下呂の温泉 お薬師さまは 昔ながらに 湯の守り」と刻まれています。境内の南側にいます観音菩薩立像はまだ新しいようです。境内の東南側にありましたのは「普明...
下呂温泉合掌村にありました「かえる神社」の参拝後、合掌村を出て駐車場まで戻ってきました。続いてはそこから北にある『温泉寺』(おんせんじ)を目指します(^^)/下呂温泉はアップダウンが激しい場所で、今度は湯の街通りを上に登って行きます。少し登ると道中に黒塗りの鳥居が出てきました。鳥居には「飛騨街道 湯之島宿」の札が掛かっており、どうやら湯之島宿の入口のようです。街道沿いには「湯の街通り」と書かれた木製の常夜...
飛騨高椅神社に続いては、同じ下呂温泉合掌村施設内にあります、『かえる神社』(かえるじんじゃ)です(^^)/今回は資料となるものや、由縁・縁起などの説明板等何もありませんでしたので、写真から読み取った情報しかない事をご了承ください。飛騨高椅神社の向かい側に、施設内の「歳時記の森」への入口門があります。門は合掌村に見られる茅葺きにて世界観を壊さないように造られています。合掌村は下部の集落がある「合掌の里」と...
森水無八幡神社に続きましては、歩いて15分ほど東に向かった山の中腹にあります『飛騨高椅神社』(ひだたかはしじんじゃ)に行きました(^^)/当神社は、「下呂温泉合掌村」の中に鎮座しておりますので、まずは合掌村に入場します。因みに下呂温泉合掌村は岐阜県の白川郷(世界遺産)等から移築した10棟の合掌家屋集落で、日本の原風景を再現した合掌の里です。大人個人800円の入場料を払い入場します。集落には「旧大戸屋住宅」など、国...
3月後半にコロナのまん延防止解除を受け、日本屈指の温泉地である岐阜県下呂市に行ってきました。まずは、下呂市営駐車場(有料)に車を入れ、一番近くに鎮座していました、『森水無八幡神社』(もりみなしはちまんじんじゃ)に行きました。入口にある一の鳥居は石製の明神鳥居です。鳥居扁額と鳥居右手にある社号碑には「水無八幡神社」と刻まれています。調べますとその他に「森八幡神社」とも言うようで、どれが正式名称なのかわか...
「ブログリーダー」を活用して、akino194さんをフォローしませんか?
金澤神社に続いては、300mほど西で石川県立美術館の隣り、石川県金沢市本多町にあります、『石浦神社』(いしうらじんじゃ)に行きました(^^)/南北に走る本多通りに面する所に入口はありました。催事があるんでしょうか、入口にテントが張られています。左側にあった社号碑には「縣社 石浦神社」と刻まれています。社号碑の左側には旧社名の「三輪神社」と刻まれた石碑がありました。鳥居は石製の台輪鳥居で、銅製の扁額には「石浦...
石川護國神社に続いては、すぐ北隣、石川県金沢市兼六町にあります『金澤神社』(かなざわじんじゃ)に行きました(^_^)/住所に兼六町とありますが、「兼六園」南に接する所に入口はありました。入口の社号碑には「金澤神社」の文字が刻まれており、丹塗りの「一の鳥居」は台輪鳥居のようです。明神鳥居とほぼ同じですが、違いは島木と柱の接合部分に台輪が付いていることになります。入口から中に入ると、右手奥に「金城霊沢」(きん...
金沢城跡に続いては、金沢城公園の南西、兼六園の南、石川県金沢市石引にあります『石川護國神社』(いしかわごこくじんじゃ)に向かいました(^^)/お城のある場所には護國神社が必ずありますので、各地の護國神社参拝も10ヶ所目になりました。入口右手に有料駐車場はありますが、兼六園駐車場に駐めていますので歩いて行きました。「石川護國神社」と書かれた社号標は、鳥居左手前にありました。「一の鳥居」はシンプルな神明鳥居で...
3回に渡りお伝えしてきました、石川県金沢市丸の内の金沢城公園内にあります『金沢城跡』(かなざわじょうあと)も最後のお伝えになります(^^)/前回最後に紹介した「三十間長屋」からスタートします。残念ながら外装工事中ということで、外観が見られませんでしたので、前回の最後に、Googleマップのストリートビューを載せてありますので、そちらを参照して下さい。「宝暦の大火(1759)の後、長く再建されず、安政五年(1858)に再建さ...
前回、前々回と同じく、石川県金沢市丸の内の金沢城公園内にあります『金沢城跡』(かなざわじょうあと)の第3弾をお伝えします(^^)/前回最後に紹介した数寄屋敷石垣には、○や×の刻印がしてあることが説明板に書かれていましたが、2枚目の写真を見ていただくと刻印がよくわかります。別の説明板に”石垣の「刻印」”一覧がありましたので載せておきます。「金沢城の石垣には、200種類を超える刻印(石に刻まれた記号)があるといわれ、そ...
前回の続きで、石川県金沢市丸の内の金沢城公園内にあります『金沢城跡』(かなざわじょうあと)をお伝えします(^^)/前回の最後は、三の丸広場から見た「五十間長屋」で終了しましたが、その五十間長屋のUPから見ていきます。五十間の名前通り、横に長~~い建物になっています。奥に見えるのが五十間長屋で、三の丸広場の南側はお堀になっています。この塀の向こうは「鶴の丸広場」になります。五十間長屋手前に架かる橋の先にあ...
今回(昨年9月)は、石川県は金沢市にあります、日本三大庭園の一つ「兼六園」…の隣にあります金沢城公園内の『金沢城跡』(かなざわじょうあと)に行きました(^^)/兼六園駐車場に車を入れ、まず最初に向かったのは入口のある「石川門」です。石川門の左横にありますのは、隅櫓の「石川櫓」です。石川門の表門は、高麗門で鉛瓦葺きとなっています。手前に説明板があったので下記に記します。「金沢城の搦手門(裏門)として重要な位置に...
前回に続いて、滋賀県大津市本堅田にあります『満月寺浮御堂』(まんげつじうきみどう)をお伝えします(^^)/前回の最後に「浮御堂」の遠景で終わりましたが、手前にあるものを先にお伝えします。すごい形をした松の木の奥に、おみくじやお守りなどが売っているのが「授与所」です。日本遺産のノボリもありました。「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産」とあります。お伝えしませんでしたが、ここの前に伺った琵琶湖畔にあ...
白鬚神社に続いては琵琶湖を南下し、滋賀県大津市本堅田にあります『満月寺浮御堂』(まんげつじうきみどう)に行きました(^^)/この後ろ辺りに車を駐車場入れ、石畳でできた参道は東に向かっています。参道突き当たりには、松の高木を両脇に構えた山門がありました。山門の左手には「浮御堂」と刻まれた石碑があり、山門の右手には正式名称の「海門山満月寺」と書かれた寺号碑があります。山門は下層に漆喰塗りの袴腰を付けた竜宮造...
今回も前回と同じく、滋賀県高島市鵜川にあります、『白鬚神社』(しらひげじんじゃ)の続きをお伝えします(^^)/前回の最後にお伝えした拝殿です。檜皮葺に棟だけ瓦葺きで仕上げているのが風変わりでいいです。軒先垂木が二重(ふたえ)になっていますが、上の地垂木から延びる飛簷垂木(ひえんだるき)が若干上に上がって勾配を変えることで、屋根の反りに反映される所が宮大工の技なんでしょうね~(^^;)向拝にてお詣りをさせていただき...
今回は滋賀県高島市鵜川に鎮座します、『白鬚神社』(しらひげじんじゃ)に行きました(^^)/琵琶湖の西側(京都寄り)にあります当神社は、岐阜からは琵琶湖を周回しなければならず、遠くて行けずじまいな場所でした。長浜から福井方面に向かい、国道161号を南下してくると、国道沿いに神社はあります。ガードマンの誘導に従い、神社西側の駐車場に車を入れます。駐車場の端には、柱に「海上安全心願成就」と刻まれた永代常夜灯がありま...
前回に続いて、浜松市天竜区春野町にあります、『秋葉山本宮秋葉神社 上社』(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ かみしゃ)の後半をお伝えします(^^)/前回最後にお伝えした「幸福の鳥居」ですが、鳥居全てに金箔を貼った豪華なものとなっています。扁額には大鳥居と同じく「正一位秋葉神社」と書かれています。説明板に書かれていた内容を下記に写します。「昔、秋葉山に正一位の勅額を掲げた金銅の鳥居が建っていた。 秋葉大神は...
前回の「秋葉山本宮秋葉神社下社」に続いては、浜松市天竜区春野町にあります、『秋葉山本宮秋葉神社 上社』(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ かみしゃ)に行きました(^^)/大鳥居南側にある大駐車場に車を入れ、歩いて入口前に来ました。「大鳥居」は板金で覆われ、扁額には「正一位秋葉神社」と書かれています。鳥居の脇には青銅でできた大きな狛犬がありました。鳥居の手前には上社境内案内図がありましたので、これを確認しなが...
前回の「寸又峡」に続いては、浜松市天竜区春野町にあります、『秋葉山本宮秋葉神社 下社』(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ しもしゃ)に行きました(^^)/約70kmを2時間かけて入口手前の駐車場に到着しました。写真は道路に面した入口になります。右手には「秋葉山本宮秋葉神社下社」と刻まれた社号碑があります。その右手には、大きな神社の説明板がありましたので、創建の内容を記します。「秋葉山は、赤石山脈の遠州平野に突出し...
前回の続きで、静岡県榛原郡川根本町にあります『寸又峡』(すまたきょう)をお伝え致しま~~す(^^)/前回の最後は、「夢のつり橋」からの景色で終了しましたので、今回最初の写真は、つり橋を渡って向こう岸からつり橋のスタート地点を見ています。鮮やかなエメラルドグリーンの湖面が映えます。ここからは前回お伝えしました「寸又峡プロムナードコース」に沿ってお伝えします。つり橋を渡り終えると、急な登り坂が待っています。途中...
「小山城跡」の訪問後は、今回旅行の宿泊先として楽しみにしていました、静岡県榛原郡川根本町にあります『寸又峡』(すまたきょう)に向かいました~(^^)/南アルプスの入口にあります「寸又峡」は寸又川にある渓谷で、手前には寸又峡温泉があり秘境の温泉を楽しみに、最近はかなり多くの人が訪れるようです。今回は御朱印はありませんが、寸又峡の素晴らしい絶景を見られたのでここでお伝え致します。まずは宿泊場所ですが、当然ながら...
前回に引き続き、静岡県榛原郡吉田町にあります、『小山城』(こやまじょう)の続きをお伝えします(^^)/石段と坂を上がると橋がありました。山上はけっこう広く城の遺跡が所々にあります。橋を渡り右手に行くと、「三日月堀」がありました。武田氏独特の築城によるもので三日月の形をしているので三日月堀と言われているそうです。奥の方に行くと、深い堀の「三重堀」があります。守りを堅固にするために三つならべにしてある堀で、落城...
油山寺に続いては、静岡県榛原郡吉田町にあります、『小山城』(こやまじょう)に行きました(^^)/能満寺山公園は戦国時代に武田氏の平山城が築かれていたところで、今回お伝えする小山城は町のシンボルとして建てられた模擬天守となります。天守から見る眺望と内部資料館をうかがうことができます。1枚目の写真中央、木々の上に天守が見て取れます。能満寺山公園入口より小山城を目指し登りますが、まず最初にありましたのは「能満寺...
前回、前々回に続いて、静岡県袋井市村松にあります、『油山寺』(ゆさんじ)の最後、本坊をお伝えします(^^)/本堂礼所入口の驥山門(きざんもん)まで戻り、北側に進むと石橋の「離想橋」がありました。橋の向こうの石段の奥に門があり、周囲は塀で囲われています。塀の前に「天狗杉」と書かれた大きな切り株がありました。樹齢1100年で元天然記念物の杉の根になります。軍善坊大権現由縁の霊木で、木に触れると霊験を頂けるそうです...
前回に続いて、静岡県袋井市村松にあります、『油山寺』(ゆさんじ)の滝堂からの続きをお伝えします(^^)/滝堂よりゆるやかな石段を上ると、「両大師堂」があります。これは四国八十八カ所写しの石仏が祀られたお堂となります。右が七十一番、左が七十二番礼所となっていました。更に進むと、「霊泉浄心」と書かれた額がある水屋(手水舎)がありました。次に石段を上がり境内に出ると、最初に「御礼所」がありました。ここでは本堂礼...
前回の続きで、『青岸渡寺』(せいがんとじ)の「本堂」からお伝えします。(^^)/向拝の柱には「西國第一番礼所」と「那智山青岸渡寺」の札が掛かっています。本堂外陣への入口上には「那智山」と金文字で書かれた扁額が光ります。堂内は写真撮影禁止とされていたので、縁側までの写真で申し訳ありません<(_ _)>外陣にてお参りをさせていただきました。本堂の横側(妻側)の全景です。左側が向拝がある正面になります。本堂前には...
熊野那智大社に続いては、『青岸渡寺』(せいがんとじ)です(^^)/隣にありますので、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山まで同じで番地違いとなります。熊野那智大社の参拝後は、すぐに北入口から「青岸渡寺」の境内に入りましたが、最初から見たいと思い熊野那智大社の一の鳥居まで戻りました。この写真の後ろ側に一の鳥居があります。参道の分かれ道として道標には「右 西国第一番礼所 那智山青岸渡寺」と刻まれています。内容通...
今回は、前回お伝えした「熊野那智大社」の中にあります、『御縣彦社』(みあがたひこしゃ)をお伝えします。(^^)/前回住所をお伝えしてなかったので、、、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山にあります、「熊野那智大社」のすぐ隣にあります「御縣彦社」です。摂社になるのかなぁ?写真中央の奥に屋根が伸びている建物は、「熊野那智大社」の第六殿(八社殿)となります。その左隣が「御縣彦社」となります。「熊野那智大社」は右側にあり...
今回は初めて、世界遺産に登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」に行ってきました。まずはその霊場の一つであります『熊野那智大社』(くまのなちたいしゃ)に行きました。(^^)/那智山の山道を上がり、中腹の駐車場がある表参道から階段を上っていきます。その途中に一の鳥居がある入口に来ました。丹塗りの「一の鳥居」は明神鳥居で、扁額はありません。左側には「熊野那智大社」と刻まれた社号碑があります。鳥居右手には案内...
前回の続きで、大阪府藤井寺市藤井寺にあります『葛井寺』(ふじいでら)です(^^)/前回の最後は写真の本堂で終わりましたが、その前に他の諸堂などを見ていきます。 まず、前回見た「弘法大師堂」の向かいにあったのは、「出世地蔵大菩薩」立像です。奥の足場は「阿弥陀堂」ですが、修理のため解体されて中は何もない状態でした。ですので、googleストリートビューで現存している時の画像がありましたので載せておきます(^^)/「弘法...
施福寺に続いては、大阪府藤井寺市藤井寺にあり、同じ西国三十三所観音霊場の『葛井寺』(ふじいでら)に行きました(^^)/施福寺のような険しい山腹にあるのとは違い、藤井寺駅が近くにある市街地にあります。境内廻りは住宅地となっており、山門前の有料駐車場に車を入れて入口に来ました。入口左手に古そうな石碑があり、たぶん寺号碑と思われますが、達筆のため読めませんでした…右手の新しい寺号碑は読めました。(^^)/ 「西國五...
前回の続きで、大阪府和泉市槙尾山町にあります『施福寺』(せふくじ)の本堂を中心にお伝えします(^^)/本堂より東南側は境内の開けた場所になっていますが、その周囲には「智慧如来」や「聖観音菩薩」などが祀られていました。境内の先端は展望台となっており、金剛生駒国定公園の岩湧山(897.7m)が眺望できました。山しか見えませんでしたが…手水舎は蓮華の水鉢に龍口と、シンプルな造りでした。槇尾山施福寺には説明書きが一つもあ...
紀三井寺(金剛宝寺)の参拝に続きましては、大阪府和泉市槙尾山町にあります『施福寺』(せふくじ)に行きました(^^)/和歌山市にありました紀三井寺からは、京奈和自動車道を経由して約60km、時間にして1時間程をかけて車で移動しました。写真の参道口手前に駐車場があるんですが、当日はかなり混んでいて駐車場待ちとなりました。中に入り少し歩くと入山受付があります。料金は大人500円/1人の入山料を払い入山します。槙尾山の山腹...
前回の続きで、『紀三井寺(金剛宝寺)』(きみいでら(こんごうほうじ))です(^^)/最初に石畳の境内参道の両脇にあるものから見ていきます。まずは右手「鐘楼」の隣にあったのは、「幸福観音」の名前がある観音立像です。「幸福観音」の隣には、本瓦葺き宝形造りの「大師堂」です。説明がありませんが、和歌山県指定有形文化財となっているようです。参道の左側は開けたスペースとなっており、和歌山湾の眺望が素晴らしかったです。中...
和歌浦天満宮に続きましては、一泊後の翌日最初に伺いました『紀三井寺(金剛宝寺)』(きみいでら(こんごうほうじ))です(=゚ω゚)ノ入口となる山門までの参道は、仲見世とまではいきませんがお土産屋さんがある商店街となっていました。入り口前では右に行くと、紀三井寺ケーブルカーの乗降場があります。今回は歩いて境内に上っていきます。入口右手の寺号碑には「紀三井山護国院」と刻まれています。山号が紀三井山、院号が護国院、寺...
紀州東照宮に続いては、西隣にありました『和歌浦天満宮』(わかうらてんまんぐう)です(^^)/入口前にある駐車場に車を入れ、すぐの所に石鳥居があります。鳥居の扁額は金縁黒地に金文字で天満宮と書かれています。鳥居の左手には、由緒及び沿革が書かれた掲示板がありましたので、記載しておきます。「醍醐天皇延喜元年春(901)右大臣菅原道真公は筑前太宰府に左遷せられ赴任の時、海上風波を避難せられ暫時、此の和歌浦の地に立寄り...
和歌山城の観覧に続きましては、南に5kmの場所にあります『紀州東照宮』(きしゅうとうしょうぐう)に行きました(^^)/左側にある有料駐車場(たしか300円)に車を駐め、入口前の一の鳥居前に来ました。二の鳥居は一の鳥居からすぐの所にあります。こちらは「東照宮」の扁額が掛かっていました。駐車場側の奥には「東照宮会館」があります。入口に「和歌祭四百年式年大祭」の看板があったので催しがここで行われているのかな?三の鳥居...
前回に続きまして『和歌山城』(わかやまじょう)です(^^)/写真は「本丸御殿跡」から見える「天守閣」です。「天守閣」を見上げながら天守曲輪前まで来ると入城受付がありました。大人は一人410円で入城します。1枚目は、受付より南に下がった場所から見える「天守閣」、2枚目は城郭入口となる天守二の門の「楠門」です。3枚目はその楠門の前から見た天守曲輪です(^^)/「楠門」から城郭内に入り、最初にありますのは「二の門櫓」です...
和歌山縣護國神社の参拝後は『和歌山城』(わかやまじょう)です(^^)/一旦南側の道路に出て写真の場所に向かいました。石垣に付随した門がある上に、チラッと見えるのが「天守閣」です。門前には「史蹟 和歌山城」と刻まれた石碑がありました。近くには城内案内図がありましたが、今いる場所が右下になります。先程門の上に「天守閣」が見えました門が写真の「岡口門」です。和歌山城は国指定史跡となっていますが、「岡口門」はこ...
日前神宮・國懸神宮に続きましては、西へ4km-10分の場所にあります『和歌山縣護國神社』(わかやまけんごこくじんじゃ)に行きました(^^)/当神社は和歌山城内にあり、戊辰戦争以来の戦いで戦死した和歌山県出身の戦没者の霊を祀ります。車を「和歌山城」の駐車場に入れ、入口となる場所に歩いてきました。入口は城門の一つでしょうか?石垣が途切れた場所にあります。左手には「和歌山縣護國神社」と刻まれた社号標もありました。入...
粉河産土神社に続いては、西へ26km行きました和歌山市中心部にあります『日前神宮・國懸神宮』(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう)に行きました(^^)/南側の道路沿いにあります駐車場に車を駐め、入口前に来ました。右にある社号碑には「官幣大社日前神宮 官幣大社國懸神宮」と刻まれています。真新しい太鼓橋を渡った所の両脇に常夜灯があります。鳥居手前のこの左右が駐車場になっています。「大鳥居」の前に掲示板がありま...
今回は、前回紹介しました粉河寺境内の中にありました、『粉河産土神社』(こかわうぶすなじんじゃ)です。(^^)/粉河寺本堂の西側にある石段を上がった場所に境内はあります。入口の左手には「粉河祭礼渡御式縁起」について書かれていました。「粉河産土神社の祭神丹生都比売命はこの地に勧請せられ青山を切開し田畑となし狩猟肉食の原始民に農耕安定の文化生活の指導に当られたと云われ、これを崇神尊敬の祭礼行事とした粉河祭礼渡...
前回は「中門」まで見ましたが、『粉河寺』(こかわでら)の続きを紹介します(^^)/「中門」から境内に入ると左手に大きな「本堂」が見えます。石畳の右手には丹塗りの「丈六堂」と「水向地蔵堂」が見えます。一番左に見えるのは国指定名勝の粉河寺庭園です。小さな祠の「水向地蔵堂」は、経木塔婆に水を手向け亡くなった人の冥福を祈るので「水向地蔵」と言うようです。本瓦葺き寄棟造り裳階付きの「丈六堂」です。文化三年(1806)の...
今回は、1泊2日で初めて和歌山県に旅行に行きました。理由は明確で、最近廻っています西国三十三所の巡礼地が和歌山県にもあるからなんです(^^;)と言うことで、まずは和歌山県紀の川市粉河にあります『粉河寺』(こかわでら)に行きました~(^^)/まず最初にありましたのは、「大門」です。本瓦葺き入母屋造りの楼門で、国の重要文化財に指定されています。また、寺号碑には「西國第三番粉河寺」と書かれています。粉河寺は西国三十三...
六波羅蜜寺に続きましては、同市東山区清水八坂上町にあります『法観寺』(ほうかんじ)に行きました(^^)/「法観寺」と言われてもあまりピンときませんでしたが、表題の「八坂の塔」なら知っていました。八坂通りを東に進むと、見えてきました「五重塔」、この通りから見た風景は、あまりにも有名です。八坂通りの突き当たりに「法観寺」はあります。塀には「臨済宗建仁寺派 霊応山 法観禅寺」の表札が掲げられていました。又、門...