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ブログタイトル
仏教を楽しむ
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https://blog.goo.ne.jp/nishihara2480
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仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶
更新頻度(1年)

364回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2018/07/29

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仏教を楽しむさんの新着記事

1件〜30件

  • 浄土真宗への非難

    法話メモ帳より甲斐和里子さんの述懐「私はご信心を頂こう、ご安心を貰おと、長い間悩み悶えて苦しみましたが、仏さまが、和里子にご信心持せたら怪我するから危ない、だからご信心はくださらなかったが、かわりに南無阿弥陀仏のお六字さまをくだされた。…」と、喜んだとありますが、南無阿弥陀仏に腹のふくれた姿が、ご信心をいただいた姿であります。真宗の教義についての非難。1.往生浄土、これには現実性がない、苦悩の人生からの逃避ではないか2.他力本願、これでは自主性がない、自律性がないではないか3.悪人正機、これでは倫理性・道徳性・社会性がないではないか(以上)法話等で「浄土真宗の三本柱」が語られることがある。往生浄土、他力本願、悪人正機だ。その三本柱を語るよりも、上記のような「三つの非難」という語りかけの方が、興味を持って話に接す...浄土真宗への非難

  • 元服

    法話メモ帳より中学生の作文米沢英雄著「信とは何か」より元服ぼくは、今年三月、担任の先生からすすめられてA君と二人〇〇高校を受験した。〇〇高校は私立ではあるが、全国の優等生が集まってきているいわゆる有名校である。担任の先生から、君たち二人なら絶対大丈夫だと思うと強くすすめられたのである。僕らは得意であった。父母も喜んでくれた。先生や父母の期待を裏切ってはならないと、僕は猛烈に勉強した。ところが、その入試で、A君は期待通りにパスしたが、ぼくは落ちてしまった。得意の絶頂から奈落の底へ落ちてしまったのだ。何回かの実力テストでは、いつもぼくが一番でA君がそれに続いていた。それなのに、そのぼくが落ちてA君が通ったのだ。誰の顔も見たくないみじめな思い。父母が、部屋にとじこもっているぼくのために、ぼくの好きなものを運んでくれて...元服

  • 才市の歌

    法話メモ帳より[才市の歌](木村博士の法事に際して)「才市が病気は南無阿弥陀仏を飲み込めば直るか」「いいや」「そんならどうすれば直るかへ」「才市が病気は南無阿弥陀仏さまに飲み込まれるで直るであります」才市は六字の丸薬に丸で飲まれて、六字の中で御礼報謝。報謝するのも不思議なものよ。不思議不思議で報謝するのよ。ご恩嬉しや南無阿弥陀仏。法然さまは六万遍、才市は時々。六万遍も時々も一つこと。ご恩嬉しや南無阿弥陀仏。才市の歌

  • 死線をさまよって 東昇

    死線をさまよって東昇(昭和57年10月26日『大乗』掲載)今年の四月二十四日、わたしはいつものように元気よく京都大学ウイルス研究所の自分の研究室へ出かけました。研究所へつきまして、自分の部屋のドアをひらいたとたんに、わたしは倒れてしまったのです。午前十時のこと、それはまったく突然のことで、倒れた直後はしばらく意識がはっきりしておりました。冷い脂汗、ねばっこい脂汗がとめどもなく吹き出て、キリキリと刺すような、剔られるような、いいようのない胸の痛み、はり裂けるような背中の痛み、今にも息が止まりそうな苦しさでした。医学をおさめたものとして、わたしは直感したのです。これはしまった、これは循環系の中枢部の突発的な変化からきた痛みにちがいない。間髪を入れずに、わたしの周囲の人たちはわたくしをすぐ隣の京大病院へ運びこみました...死線をさまよって東昇

  • 『「ボケたくない」という病』

    『「ボケたくない」という病』(健康美活ブックス・2020/3/26・和田秀樹著)から、数字の部分だけ転載します。国立長寿医療研究センターの調査(20代から70代の男女約2000人の調査2004年)では、「高齢者になるのは不安」と答えた人は8割以上、その不安の内訳は、「病気になること」(72%)、「収入がなくなること」(68%)を抜いて「寝たきり言認知症になって介護が要になること」(78%)が1位になっています。また、ご心配な病気は、「がん」(77%)と「認知症」(70%)が大多数で、約4割の人が長生きしたくない」とも回答しています。内閣府が行った「高齢者の日常生活に関する意識調査(60歳以上の男女約4000人の調査2014年)でも、日常生活でもっとも大きい不安は「健康や病気」(約68%)、「寝たきりで介護が必要...『「ボケたくない」という病』

  • 孤独が依存症を生み出す実験

    『依存症が分かる本』(松本俊彦著)に掲載されていたネズミの実験です「ネズミの楽園」実験が示すもの1978年.カナダの心理学者ブルース・アレクサンダー博士らによっておこなわれた実験植民地ネズミ(一匹でとじこめられた空間にいるネズミ)大半が普通の水より好んでモルヒネ水を飲み、うつらうつら。砂糖を加えて甘くしたものから、砂糖なしの苦いままのものに変更しても、モルヒネ水を飲み続けた。楽園ネズミ(数匹で自由に楽しむネズミ)モルヒネ水はほとんど飲ます、交尾をしたり遊んだりと、活発に動きまわっていた孤独な環境に置かれると薬物依存になりやすい?薬物依存と環境との関係を示す、「ネズミの楽園」と呼ばれる有名な実験があります。三二匹のネズミを二つのグループに分け、対照的な居住環境に置き、それぞれにモルヒネ入りの水と普通の水を用意し、...孤独が依存症を生み出す実験

  • 盲目の哲学者

    法話メモ帳より昔、あるところに盲の人がいたう。この人はただの盲ではなく、相当な哲学者だった。が彼の住んでいる村では、村全体が彼のために悩まされていた。というのは、彼は光などというものは、この世に無いと論理的に立証してしまうからだった。彼が言うには、「私には手があって、ものに触れ、それを感じることができる。だから、光がどこにあるか私に示してほしいものだ。もし何か存在するものがあるとしたら、それは必ず触れることができるはずだ。もし何か存在するとしたら、それは味わうことができるはずだ。それを打ったら私にその音が聞こえるはずだ。」村人たちは、彼の主張に反論することができないものだから大いに困ってしまった。彼には四つの感覚しかなく、こう言うのだ。「私には感覚が四つある。光を私のところに持ってきてくれさえすれば、私はこの四...盲目の哲学者

  • 藤原正遠先生の話。

    法話メモ帳より刑務所の囚人藤原正遠先生のお話。先生がある日、刑務所の囚人にお話にいらした。お話がすんだとき、若い囚人が先生に食ってかかった。「あんたは偉そうに、ぼくらにお説教をしているけれども、あんたはねえ口目先がうよくて、世の中を適当にごまかして生きてきたから、刑務所に入らないですんでいるのだ。おれなんかは若くて、口も下手で、ごまかすことができなかったから、こうして刑務所に入っているんだ。おれは正直者だから、刑務所に入っているんだ。」そのことばが、先生の胸にこたえた。それで、「そうだ。あんたの言うとおりだ。今のところ何とかごまかして、刑務所に入らないですんでいるけれども、そのうち、ごまかしがきかんで刑務所に入るようになったら、よろしくたのむよ」と、おっしゃった。そして続けて、「しかし、あんたの言うことを聞いて...藤原正遠先生の話。

  • 天突く、天突く

    法話メモ帳より頭巾なしの大黒さんある男、仙崖和尚を困らせようと計った。「和尚さん、大黒さんはどれを見ても頭巾をかぶっている絵ばかりです。どうか頭巾をかぶらぬのを描いていただきたいものです」と注文した。仙崖が、大黒天の頭の毛を描くかどうか、和尚もこれにはちょっと困るだろうと考えたのである。しかし、和尚はいっこうに困ったようすもなく、「造作もないことじゃ。明日までに画いておこう」と答えた。翌日、再び和尚を訪ねると、絵ができていた。見れば、大黒が鳶に頭巾をさらわれて、ハッと驚き、右手を頭上に伸ばしているところが描いてある。頭はやっぱり隠れていたのである。絵を頼んだ男もこれには口をあんぐりであった。ぐるりっと家を取り巻く貧乏神仙崖和尚が、ある壇家の新築祝いに招かれた時である。祝宴の席で、その家の人から、「和尚さん、新築...天突く、天突く

  • 『バイアスとは何か』

    柏市の図書館で新しく入庫した本の検索で『バイアスとは何か』(ちくま新書・2021/6/10・藤田政博著)がありました。バイアスとは認識の歪みのことですが、「バイアスもとは、私たちが祖先から受け継いだ身体と情報処理の仕組みを使いながら、なんとかこの世界でうまく生き延びていこうとする努力の(副)産物ともいえます」(本書256ページ)とあります。バイアスがあった方が、人類は生きのび、そして生存競争で、バイアスという特性は、排除されずに、現在形で機能しています。その辺りが興味深いところです。本を読みながら、人類にとって、人は「罪悪深重」のほうが生存競争に有利であり、「罪悪深重」という特性は排除されることなく今日に至っている。浄土真宗との関連で考えるところがありました。だいぶ飛躍しますが、信心獲得した人は、この世に迷いの...『バイアスとは何か』

  • 地獄と極楽

    法話メモ帳より加藤弁三郎ラジオ放送で「地獄極楽について私の考えに四つの段階がありました。第一は幼年期で絵にかかれた地獄極楽をそのまま信じていました。第二は、科学知識旺盛な青年期で、この頃は宗教を否定しておりました。第三は壮年期で、社会にでて色々な矛盾を感じていたころで、地獄極楽はなけねばならないと考えていました。悪いやつは地獄へ、正直でまじめな人はやがて極楽がやってくるのだと信じました。第四は現在の心境で、前の三つの段階のいずれでもありません。地獄も極楽も只今のお念仏の中に味われてくるのです。心の内側をかえりみると、我欲や憎悪や愚痴など煩悩をたたえているところに地獄へのむくいがやどされています。このようなあさましい煩悩罪障を救うて必ず仏のさとりにあらしめんとの阿弥陀仏の本願をかみしめるとき、そこに浄土の世界がは...地獄と極楽

  • 阿弥陀さまの本籍

    法話メモ帳より有名な白隠禅師がおられたころ、近くにありがたい老女の念仏者がいました。雲水の若僧であった禅師の寺のまえを通りすぎて、いつも向うの真宗の寺へまえりにいっていたのです。ある日、禅師が老女にたずねました。「おばあさん、あなたはなぜ向うのお寺へ参るのか」「はい、向うのお寺には親様がおられるからですわい」「親様とは阿弥陀さんのことかい、阿弥陀さまは、西方十万億の遠い極楽におられるのではないのかね、そんな遠いところの仏さまをおがんでどうするかね」すると、老女は腰をのばして禅師の耳もとまで口をもってゆき、大きな声で、「南無阿弥陀仏」ととなえて、「親さまは、ここに来ておられるわい」とこたえたのです。禅師はびっくりしましたが、内心、この老女の念仏はほんものだと感じました。しかし、さらに老女をいじめるようにききただし...阿弥陀さまの本籍

  • おまえはダイヤモンドだった

    法話メモ帳より大乗2009年6月号安芸教区浄土寺住職朝枝思善“おまえはダイヤモンドだった”先日、門徒の夜伽(広島では通夜のこと)にお参りしたときのことであります。夫を失った妻君が、にこにこ顔で対応しているので、とてもびっくりしたのです。不思議に思って話しかけてみました。「どこが悪かったの?」「はい、直腸がんで入院していました」「よく看てあげたのだそうですネ」「でもとてもわがままなところがあって、金曜日の夕方には自宅に帰り、月曜日にまた病院に行く生活だったんです。どうしてかというと、それはご院家(住職)さんのお世話で新しい仏壇を購入したとき、『仏壇は飾り物ではない。お浄土の出店だから朝夕必ず仏参し、阿弥陀さまにごあいさつをし、時にはお寺に参って聴聞をする』とかわした約束を守るためでした」と言われるのです。このわが...おまえはダイヤモンドだった

  • 「袈裟」栗山一思作

    法話メモ帳より「袈裟」栗山一思作ある村に律儀な老夫妻がいました。二人は、田畑の仕事の合間に,汗もふかずに何やら話しています。「ばあさんや、私どもが救われるというありがたい教えがあるそうだぞ」「そんな教えがあるじゃろうか」「いや、確かにあるそうだ。村の衆から聞いたからまちがいない。なんでも、南無阿弥陀仏という仏さまに救われる教えだそうじゃ」「でも、おじいさん、私たちは無学で、仏さまの教えがどっちを向いているやら、何も知らないんですよ。仏教の修行もしたことがない。朝から晩まで一日中、土と一緒で、一鍬一鍬に虫を殺して生きとります。そんな私たちが助かるようなありがたい教えがどこにありましょう。」「阿弥陀仏という仏さまは、そのような罪の深い、愚かな凡夫を特に哀れみたもうて、戒律もいらず、行もいらず、ただ信ずる1つで救うて...「袈裟」栗山一思作

  • 小倉遊亀さんの逸話

    『四十八願講説』(山崎教正著)に、小倉遊亀(おぐらゆき、1895-2000・日本画家、女性として初めて日本美術院同人、文化功労賞。)に逸話が掲載されていました。以下転載です。美人画家として有名な小倉遊亀さんは次のようなことを話しておられました。近ごろ観音菩薩など仏画をかいているけれども俗の姿も画いてみたい気持があって、京都先斗町で踊りを見、多くの舞妓さんたちと遊びました。その中で未だ女らしさも生れてないような一人の舞子が側に居たので興味をおぼえてその少女を描いてみようと思い、「そのうちに」と約束をしました。一ヶ月程して、また先斗町に行ってその妓に会いましたら、こんな輝くような美しさが一体何処からきたかと思う程に美しく変っていました。その時、その待合のお女将さんが出てきて言いました。「先生、不思議どっせ、えらいも...小倉遊亀さんの逸話

  • 㐮陽の石刻のご文

    法話メモ帳より『阿弥陀経』に「少善根福徳の因縁を以って彼の国に生ずることを得べからず」とあって、この文に引きつづいて「名号を執持すること」とつづきます。「少善根福徳の因縁を以って彼の国に生ずることを得べからず」につづいて「念仏は多善根」とあれば、収まりが良いのですが、経文にはありません。法然聖人は、選択集をお書きになる時に、当時、中国の襄陽にあるという石に刻んだ阿弥陀経の文「専ら名号を持す牡は、名を称するを以っでの故に諸罪消滅す。即ち是れ多善根福徳の囚縁なり」をもってきて其の証拠とした。その㐮陽の石刻のご文は、現在、九州福岡県の宗像神社に保存されているという話を耳にします。九州福岡県の宗像神社に保存されている㐮陽の石刻のご文について『四十八願講説』(山崎教正著)に記されていました。以下転載して紹介します。その石...㐮陽の石刻のご文

  • 私の席を奪った人

    夏の甲子園、同じユニホーム姿の二つの智弁学園の決勝戦で話題となった。智弁学園は、宗教法人辨天宗が設立した学園です。日本には、宗教法人立の学園が意外と多い。私の所属する浄土真宗本願寺派でも大学8校、高校が24校あります。その一校に北九州市門司区に鎮西敬愛学園鎮西高校があります。以前、その鎮西の校長先生が卒業生の作文を紹介されていました。「私の席を奪った人」私は第一志望の国立大学に合格しました。有頂天になり両手を高々と上げて、万才三唱をしたい思いですが、鎮西に学んだ私にはできません。私は高校受験で第一希望の一公立高校を失敗しました。くやしくて悲しくて、みじめな思いで涙が涸れて出なくなるまで泣きました。私が失敗した高校の制服を着た人たちをうらみとねたみの思いで見たこともあります。私を落として、私の席を奪った人たちだと...私の席を奪った人

  • ネアンデルタール人滅亡の理由

    『誰かに話したくなる摩訶不思議な生きものたち』(岡部聡著)からの転載です。新型コロナウイルスでわかった耐性の違い新型コロナウイルスについては、年齢や持病の有無などによって、重篤になる人とならない人がいることが、発生の初期からわかっていた。そして、世界的に流行が広がるにつれて、欧米人に比べ東アジア人のほうが、比較的軽い症状で済むケースが多く、世界的な重篤患者の分布に偏りがあることが明らかになった。その原因については様々な憶測か流れたが、2020年10月に「ネイチャー」に発表された論文で、ヨーロッパの人々が重症化しやすいのは、ネアンデルタール人の遺伝子を多く持っているからだ、との研究結果が発表されたのだ。新型コロナウイルスで入院した重症者と、入院しなかった感染者3000人以上の遺伝子を調べた結果、感染者の重症化に影...ネアンデルタール人滅亡の理由

  • 平常心

    法話メモ帳より平常心白隠さんがあるとき、四国に渡るため、船に乗った。夕刻兵庫を出発して、朝讃岐に着くという夜行便だったが、折からの満月。皆大喜びで船ばたに出て、酒を飲んだり談笑したり大にぎわい。酔うほどに声高に自慢話をするものも出てくる。自隠さんもそれを、皆の中に交って二コニコしながら聞いていたが、一刻もするうちにどうしたことか一天にわかに曇って雨がパラパラ落ちてきた。「おや雨か?」と空を見上げる間もなく、風はゴウゴウ。雨はザアザアの大しけ模様。「ワーツ。こりゃあ大変だ。桑原桑原」船ばたで騒いでいた連中も、しけとの闘では生きた心持もなく、みんな一目散に船底に駆けこんで、隅の方で真っ青な顏をして震えている。「うーむ。これは大分ひどい風雨になった」白隠さんも笠で雨を避けながら、船室に入ろうとしてふと見ると、ともの方...平常心

  • “許す”とは傲慢です

    法話メモ帳より30年前の本願寺新報虚仮霊山勝海“許す”とは傲慢です弟子の子貢(しこう)が「生涯行うに足ることを一言で教えてください」とたずねたとき、孔子は「他の言動を許すこと」と答えました。社会を生きるものにとって、最高の善行として、許すという心の姿勢が指示されているのです。他の非を責め、裁き、そして報復しようとする修羅さながらの人間関係の中で、私にむかって悪意に満ちた言葉をなげかけ、さげすみの態度で対する彼をも許せというのです。何と崇高な心でしようか。しかし、このような崇高な心も、よく観察してみると、おかしな構造でなりたっています。すなわち、許すという考えの前提に、彼が一方的に悪者であるときめつけている私の傲(ごう)慢があります。私には何ひとつ非難されるものはないという自己絶対視の上に、許すという心情は成立し...“許す”とは傲慢です

  • 五兵衛の一計

    法話メモ帳より五兵衛の一計昔、常陸国に鍋屋五兵衛というものがいたが、その妻は姑と大変仲が悪く、いわゆる犬猿の仲。五兵衛も大いに困り、いろいろ説得するのだが一向に聞き入れない。さてどうしたものかといろいろ考えた末、遂に一計を案じた。そこでその夜妻をまねき、「おれもいろいろ考えたが、これはどうも母者に無理か多いようだ。老人は実に頑固なので困る。おれもほとほと愛想がつきた。ついては極く内密の相談だが、どうかお前、二十日ばかりのあいだできるだけ念をいれて孝行してくれぬか。そのうちおれが、夜、毋を裏の池へおびき出し、突き落して殺してしまう。世間の人はお前が孝行を尽くしたあとだから、さすがの鬼婆も後悔して申し訳のために身を投げた、というに違いない。そうなったら、おれたちは邪魔者が居なくなってスッキリする。どうだ」と相談をも...五兵衛の一計

  • 「タメ口」の弊害

    8月13日のブログに「ことばを変えることで関係を変える」について、下記の出来事を紹介しました。…2019年8月14日『朝日新聞』には、甲子園に出場した習志野高校野球部について、「習志野に学年の垣根なしタメ語OK、理不尽な規則なし」という記事が載った。先発に六人の二年生が並ぶチームで、後輩が萎縮しなっては勝てないと考えた三年生が話し合い、「部則」を見直していった。見直しひとつが、先輩への敬語であった。その結果、上級生と下級生の良いチームワークが生まれたという。(以上)以下「硫酸被害者「タメ口でトラブル」大学時代、事件につながりか(共同通信)-Yahoo!ニュース」より転載。東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で男性会社員(22)に硫酸とみられる液体をかけたとして、傷害容疑で静岡市の大学生花森弘卓容疑者(25)が逮捕さ...「タメ口」の弊害

  • 白隠の地獄と極楽の教え

    法話メモ帳より白隠の地獄と極楽の教え江戸時代の中期の頃のある日のことである。織田信茂(おだのぶしげ)という彦根藩の武士が、白隠慧鶴(ハクインエカク・1685一1768)の住持する松蔭寺を訪ねてきた。白隠は臨済宗中興の祖といわれ、沼津市で生まれた高僧である。武士は白隠に質問した。「地獄、極楽はどこにあるのですか?」すると、白隠はこう答えた。「地獄、極楽かどこにあるのだと?ほほー、そんな所を探しているようなやつはろくなヤツではないな」「ろくでない?」「そうじゃ、この腰抜け侍」「なななな何!腰抜けだと」武士は怒りだした。「せっかく遠くからやってきたのに、失礼ではないか。謝れ、さもなくば切る!」武士は手を刀にかけ、白隠をにらんだ。しかし、白隠が、さらに、「腰抜け」と言ったため武士は顔を真っ赤にして、刀を抜いた。白隠は身...白隠の地獄と極楽の教え

  • 二枚の銀貨

    法話メモ帳より支那に張という二人の兄弟がありました。両親を失ったので、さすらいの旅に出ました。すると、道に紙包みが落ちています、開いて見ると二枚の銀貨が入っている。そこで、これは天の与えであるといって一枚宛分けて、弟は兄に言った。「兄さん、これは天からの授かりものであるから、お互にこれを大切にしててひと稼ぎしよう。ついては、お互に同じ道を行っては面白くないから、兄さんは北へ行きなさい、私は南へ行く。そして、十年の後には必ず再会しましょう」と。兄も「それは面白い」といって、それぞれ大切に銀貨をしまい、南北に別れました。兄は北京へ行きましたが、銀貨を他人に取られはしないかと、いつもびくびくものでした。何にもせずに、一枚の銀貨ばかりに気を盗られていた兄は、とうとう乞食になり果てました。約束の十年を経過したので、兄は南...二枚の銀貨

  • 大号尊者と二匹の鬼

    法話メモ帳より『仏説無量寿経』我聞きたまえきかくのごとき。一時、仏王舎城耆闍崛山の中に住したまいき。大比丘衆、万二千人と倶なりき。一切の大聖、神通すでに達せりき。その名をば、尊者了本際・尊者正願・尊者正語・尊者大号…その大号尊者の逸話です。釈尊に大号尊者という弟子がある。彼が商人であったとき他国からの帰途、道に迷って日が暮れた。宿もないので仕方なく、墓場の近くで寝ていると無気味な音に目が覚める。一匹の赤鬼が、人間の死体を持ってやって来るではないか。いで木に登って震えながら眺めていると、間もなく青鬼がやって来た。「その死体をよこせ」と青鬼が言う。「これはオレが先に見つけたもの、渡さぬ」という赤鬼と大ゲンカがはじまった。その時である。赤鬼は木の上の大号を指さして、「あそこに、さっきから見ている人間がいる。あれに聞け...大号尊者と二匹の鬼

  • 0.1mmの紙を42回折ると厚さは月へ到達する

    法話メモ帳より0.1mmの紙を1回折ると0.2mm、2回折ると0.4mmと折るごとに厚さは2倍になっていきます。10回折るとただの紙が10cmを超えるほどになります。25回折ると富士山とほぼ同じ高さ、35回折ると日本列島の長さと2倍されていくごとに大きく厚みを増していきます。そして41回折ると219,902,325,555.2mm(約22万km)となり、42回目にはついに439,804,651,110.4mm(約44万km)となります。地球から月までの距離はおよそ38万kmなので、紙を42回折るとその厚さは月へ到達することになります。そして42回で地球から月に到達し、50回目で太陽にまで到達してしまう。0.1mmの紙を42回折ると厚さは月へ到達する

  • 孤独は社会問題

    『孤独は社会問題孤独対策先進国イギリスの取り組み』(光文社新書・2021/7/13・多賀幹子著)、図書館の新刊案内にあった本です。内容紹介2018年1月、テリーザ・メイ首相(当時)は「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として世界初の「孤独担当大臣」を設けた。英国家庭医学会によると、孤独は肥満や1日15本の喫煙以上に体に悪く、孤独な人は、社会的なつながりを持つ人に比べ、天寿を全うせずに亡くなる割合が1・5倍以上に上がるという。(以上)西欧社会は個人主義が基本にあるので、社会システムとして孤独への配慮そして、各種の寄付金による諸政策やロンドンで町中での配慮がなされているようです。そうしたイギリス社会の孤独に対する配慮が紹介されている本でした。以下、本からの転載です。英国赤十字社は約6560万人の人口のう...孤独は社会問題

  • 有名人の生い立ち

    法話メモ帳より日本更生保護協会『更生保護』(1983,10月号)教育学者森隆夫知人が有名人の生い立ち調査をしたことがある。現役で活躍中の功成り名をなしたというような男性四十人、女性四十人である。その結果いろんなことがわかったが、私が興味を持ったのは、対象になった有名人の約半数が小学校時代頃迄に片親が亡くなっていたということである。つまり、離婚、病死等で家庭的に恵まれない逆境で育った人が多かった訳である。’しかし、だからといって、それでは子どもを立派に育てるために、離婚をしようとか、あるいは自ら住所を天国に移したらいいのかと思う人はいない。逆必ずしも真ならずである。問題は逆境下でのその人の生き方であろう。従って、調査対象を有名人ではなく、刑務所に長く滞在している人に限ってみれば、多分、片親の下で育った人が多いとい...有名人の生い立ち

  • ケンチン汁

    法話メモ帳よりケンチン汁は、豆腐や牛蒡・人参・茸など、あり合わせの野菜を細く切り込んで油でいためた汁である。これについて、次のような物語がある。この料理は中国から長崎あたりへ伝わったもののようだから、多分中支あたりのことと思われる。何でも、禅宗の道場にケンチンという和尚がいた。このケンチン和尚が、大衆の食事を司どる典座(てんぞ)を命ぜられたが、自らの修道のつたなさを省み、大衆扶養の重責を憶うにつけ、自らは調理の時に出来る野菜の切れはしや、食器を洗滌して出て来る残滓などを、流し水のはけ口にザルで受けて集め、汁の残りなどを加えて煮き、それをひそかに食べていた。ところが大衆の中で「ケンチンはこのごろ、典座の役をよいことにして、何か別鍋で煮いて食べている、怪しからね奴、許し難きふるまいである」という風評が立ち、師の禅師...ケンチン汁

  • あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」2

    『あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」』(復刻版・2019/12/14・モデルガイ・モーゼ著)のつづきです。この本は1979年、「21世紀は日本の世紀」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と日本が繁栄に酔いしれていたとき」、その繁栄の陰に潜む「日本の病理」をつくべく出版された本です。そしてその20年後、未曾有の不況にあいえだいた1999年に復刊されています。そしてその20年後、2019年に復刻版として出版されました。著者の経歴は次のようにあります。モルデカイ・モーゼ1907年。ウクライナのオデッサ生。父親は哲学者で革命家、ロシア革命には指導的役割を果たした。レーニン没後、ソ連のおけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親と共にワイマール体制下のドイツに亡命。…ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東...あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」2

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