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ブログタイトル
仏教を楽しむ
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ブログ紹介文
仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶
更新頻度(1年)

364回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2018/07/29

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仏教を楽しむさんの新着記事

1件〜30件

  • 指一本の意味するもの

    法話メモ帳より図書館でふと「アジアの笑いばなし」(東京書籍刊)の本が目にとまりました。その本の中から1つお裾分けです。小見出しに「中国・指一本の意味するもの」とあります。そのまま引用してみます。国家試験を目前に控えた3人の受験生が、結果を占ってもらいに、ある占い師のところへいきました。すると、占い師は、なにも言わす、ただだまって指を一本立ててみせました。結果が発表されてみると、3人の内一人だけが合格しており、おかげでこの占い師の評判はぐんとあがりました。占い師のわかい弟子は、どうしてそれが分かったのか知りたがりました。「成功の秘訣は、ものをいわぬことじゃ」と、占い師はいいました。そして、それを聞いた弟子がぽかんとしているのを見て、こうつけ加えました。「いいかね、おまえは、わしが、指を一本出したのを見ておったろう...指一本の意味するもの

  • 母の涙

    母の涙タレントのオスマン・サンコン氏がある雑誌に「母の涙がぼくの心を救ってくれた」というエピソードを寄せています。「私が高校2年生のとき、サッカーの試合中に足に大けがし、2カ月間入院しました。絶対に治ると思っていましたので、ギプスをはずしたときのショックは言葉にできないほど大きいものでした。足首から先が曲がったまま固定されていたのです。私はペレのようなサッカー選手を夢見ていましたが、サッカーどころか歩くことさえ満足にできません。絶望感でいっぱいになり、何かを考える気力もありませんでした。その日から、いろいろなわがままを言って困らせる私に、母はいやな顔一つ見せず、私の足を毎日マッサージしてくれました。父は私が中学生のときに亡くなっていたので、母は朝早く起きて、父が残した畑で野良仕事と家畜の世話、大勢いる家族の世話...母の涙

  • 宗教なき時代を生きるために

    『完全版宗教なき時代を生きるために』(法藏館2019年4月・森岡正博著)は、1996年3月出版を、新しい出版したものです。「第1章宗教なき時代を生きるために」に「7私が宗教を信仰できない理由」があり、そこに次のようにあります。なぜ私かそのような宗教の「信仰」へと入ってゆけないのか。その理由は、四つほどある。まず、この章の冒頭でも言ったことだが、私は「絶対の真理がすでに誰かによって説かれている」という感覚をもつことができない。そういう感覚を、自分の実感としてもつことができない。そういう感覚は、どこかそらぞらしく響いてしまう。だから、絶対の真理を過去の偉い人が語ったとか、神のお告げによってそれを人々に知らせたとか、その言葉が聖典に書かれているとか、そういったことを受け入れる気持ちになれない。第二に、宗教は「死後の世...宗教なき時代を生きるために

  • 無常講式②

    後鳥羽院『無常講式』について、拙著『親鸞物語―泥中の蓮華』に次のようにあります。延応元(一二三九)年、親鸞が京に帰って四年目のことであった。後鳥羽上皇は、在島十九年にして六十歳の生涯を閉じた。わずかな付き人に見守られての寂しい最期であった。しかし上皇の内面は外見に反して豊かであった。専修念仏弾圧を行った後鳥羽上皇であったが、その後、幾度となく聖覚から専修念仏の教えを享受していた。聖覚は上皇が配流によって世の無常に落涙すると、そのひと月後、『唯信抄』を著し院の下に送った。「すでにひとへに極楽をねがふ、かの土の教主(阿弥陀仏)を念ぜんほか、なにのゆゑか他事をまじへん。電光朝露(でんこうちょうろ)のいのち、芭蕉泡沫(ばしょううたかた)の身、わづかに一世の勤修をもちて、たちまちに五趣(しゅ)(天上・人間・餓鬼・畜生・地...無常講式②

  • 後鳥羽院、無常講式

    法話メモ帳より朝日新聞1992(平成4)年11月16日夕刊梅原猛百人一語97後鳥羽院、譬(たとへ)ば野干の耳・尾・牙を失ひては、詐(いつわり)眠(ねぶり)て脱れんことを望むに、急に頭を斬らんと云(いふ)を聞きて、心大きに驚怖するが如し、後鳥羽院、無常講式、*、「(生老病死と言うけれど、浄土信仰に目覚めないのは、)耳(生に対応)・尾(老に対応)・牙(病に対応)を失った狐のようなものである。だから急に首を刎ねると言われると、死を意識し途端に驚く」後烏羽院が、延応元年(1239)、死の直前に隠岐の配所で書いた「無常講式」ほど凄絶な文章はあるまい。後鳥羽院は人も知る文武両道に通じた名帝であり、鎌倉幕府の草創期に当たって、再び世の中を昔の「院政時代」に戻そうとしたが、時の流れは如何ともしがたくぃ「承久の乱」に敗れ、隠岐島...後鳥羽院、無常講式

  • ダルマが転んだ

    法話メモ帳より松平定信(1758~1829)は、八代将軍・徳川吉宗の孫で奥州(福島県)白河の藩主でした。後に将軍を補佐する老中として活躍します。定信は、祖父・吉宗にならって、江戸城の門前に目安箱を設置しました。目安箱というのは、政治をするにあたり、ひろく民意を聞くための投書箱です。たくさんの投書が集まりました。その大多数は、江戸町奉行の汚職に関することでした。ある日、定信は江戸町奉行を呼びました。そして、「おまえたちは、裁判のときに一番大切なことは何だと思っているか?」と聞きました。すると町奉行は、「正しい道理にもとづいて裁判することです。正しい道理にもとづいて裁判すれば、正しい裁きができます」と答えました。そして、傍らにあったブルマを手に取って畳の上に転がしました。何度転がしてもダルマは起き上がります。「ご覧...ダルマが転んだ

  • ホワイトアウト現象

    法話メモ帳より『浄土に学ぶ』ひろさちや影がないと、ものは見えないのです。南極大陸などでは、よくホワイトアウト現象が生じます。一面の雪の乱反射のために、まったく光ばかりになってしまいます。それをホワイトアウトと呼ぶのですが、そうするとまったく何も見えなくなります。自分の手も足も、顔も、何も見えない。天地の区別も方向の感覚も、距離感もなくなります。南極観測隊に参加した人から教わりましたが、そんなとき、一歩でも歩いたらダメだそうです。クレバスに落ち込む危険があるからです。このホワイトアウトは富士山の猛吹雪の際にも起きるもので、昔、富士山に測候所があったとき、噴火口跡に落ちて死んだ人がいました。つまり、われわれにものが見えるのは、もちろん光があるからですが、逆に光ばかりになってもものは見えないのです。別の例で説明します...ホワイトアウト現象

  • 島津製作所は仏具を製造していた

    読売新聞(2020.10.11)に『仏具とノーベル賞京都・島津製作所創業伝』(鵜飼秀徳著)が紹介されていました。島津製作所は明治のころ本願寺の仏具を製造していたとあります。島津製作所のホームページからの転載です。当社の創業者である初代島津源蔵は、醒ヶ井魚ノ棚(現在の堀川六条付近)で仏具三具足の製造をしていた父・清兵衛の次男として、天保10年(1839年)5月15日に生まれました。父・清兵衛に従って家業を修め、万延元年(1860年)、21歳の時に分家、独立して仏具三具足の製造を始めました。その頃、初代源蔵が居を構えた木屋町二条では、勧業場、舎密局などが開設され、京都における殖産興業の一大拠点となっていました。初代島津源蔵は、舎密局が開設されると足繁く通い、理化学分野の広範な知識と技術を習得します。わが国の進むべき...島津製作所は仏具を製造していた

  • 童謡「おかあさん」

    法話メモ帳より母と子のにおいの絆(22.1.1朝日新聞掲載)おかあさんなあにおかあさんていいにおいせんたくしていたにおいでしよしゃぼんのあわのにおいでしよ作詞家の田中ナナさん(84)は、童謡「おかあさん」を生むきっかけになった50年前の出来事を、今もはっきりと覚えている。帰国したばかりの妹の式子さん(79)と、その娘ルビーさんが1年ぶりに再会する場に立ち会った。夫の仕事でフランスに渡った母。そして、伯母にあたる田中さんと、おばあちゃんのもとに残った娘。自宅の玄関で、久々の対面。なのに、母親の顔をすっかり忘れたルビーさんは、泣きながらおばあちゃんに抱きついた。耳元で、おばあちゃんは優しく語りかける。「ほら、ママよー。いいにおいがするでしょう」おそるおそる、式子さんに鼻を近づけるルビーさん。ほのかな甘いにおい。目を...童謡「おかあさん」

  • 日輝上人の逸話

    法話メモ帳より1988年(昭和63)年7月3日読売新聞掲載執筆ひろさちや許しによってこそ悪人を立ち直らす近世日蓮教学の大成者に、日輝上人がいる。幕末のころに活躍された人で、宗門の教育者としても知られている。彼が郷里の金沢にあって、宗学の教授を行っていたときである。学寮において、たび重なる盗難事件があった。やがて犯人がつかまる。窃盗の現場をおさえられたのだ。学寮の代表たちは、犯人を連行して、上人に処罰をお願いした。「承知した」と、師は答えたところが、いっこうに犯人の処罰がない。代表たちはたまりかねて、再び日輝上人のところに行って談判し、こう言った。「われわれはあの男とは、ともに修行ができません。もし上人のほうであの男を罰せられないようでしたら、わたしたちがここを去ります」「そうか、やむを得ない」と師は言われた。「...日輝上人の逸話

  • 「母へ父へ」

    法話メモ帳より過日、ある少年院の生徒の思いを綴った作品集を頂きました。題に「母へ父へ」と記されています。母への思い、父への思いをよんだ作品ばかりが並んでいます。最初の項の初頭にM・Mさんの言葉があります。母さん、お元気でしょうか。あんなに嫌いだった煮物が食べたいです。帰ったら作ってください。普段のあいも変わらない食卓の煮物、その煮物には、母の愛情がいっぱい詰まっていたことに初めて気づきます。施設での生活はMさんとって母の暖かさを知る大切な環境のようです。家路に着いたらきっと、煮物として届けられている母との絆が、Mさんを悪から護ってくれることでしょう。次はK・Sくんの詩です。自分は時々、不思議になるよ。苦労ばかりかけた自分を、どうして見捨てないのか。自分にはわからないけど、ありがとう。「この条件をクリアーしたら愛...「母へ父へ」

  • 法話会の現状

    コロナ渦の中、寺院も苦労が多いようです。当寺毎月3日に法話会は、通常「正信偈」を唱和して40分二席で途中、お菓子とお茶を出します。現在は、「讃仏偈」と40分一席、以前は講師を、遠方からお招きしていましたが、コロナ渦中に遠方からお招きすると、ご講師は地元へ帰ってから連日の布教のご縁のある方ばかりなので、ご講師ばかりではなく、その先の各寺院の方々への広がりを危惧して、予定をキャンセルして住職・副住職で勤めています。法話会の参詣者も以前の半分、25~35名ほどです。この数が椅子のスペースを広めに設置しているので丁度よくし、三密を防いでいます。「参詣が少なくてよかった」というのは、いたしかゆしです。その分、活動の上で、リカバリーしなければならないでしょう。友人へのメール返信に「当教区も、大方同じで、感染対策をしながら、...法話会の現状

  • 『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』 ②

    『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』(岩波新書・2020/7/22・村上陽一郎著)のつづきです。御厨貴◆コロナが日本政治に投げかけたもの知事たちのめざましい活躍そして今回、初めて他方の刧事たちの顔が見えてきたのが印象的です。これまでの自然災害の時には正直言って、知事はあまりリーダーシップをふるえなかった。実際にリーダーシップをふるったのは、現場に近い、市町村の首長たちであって、都道府県は復興等についても、なかなかこれという成果を上げられないできました。が、今回はそうではありません。きめの細かい問題に対して、中間にある都道府県が情報を集約し、指令を発していかなければ事が勣きませんでした。もちろん、財政の問題もありました。そういう意味では、国がやっていない分、都道府県がどれだけやるかということで、勝ち組の知事...『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』②

  • 『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』①

    『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』(岩波新書・2020/7/22・村上陽一郎著)、24人の識者によるコロナ後の世界に対する提言集です。内容は多岐にわたっています。2回に分けて、つまみ食い程度のご紹介をします。Ⅰ危機の時代を見据える藤原辰史◆パンデミックを生きる指針——歴史研究のアプローチ北原和夫◆教育と学術の在り方の再考を高山義浩◆新型コロナウイルスとの共存——感染症に強い社会へ黒木登志夫◆日本版CDCに必要なこと村上陽一郎◆COVID—19から学べることⅡパンデミックに向き合う飯島渉◆ロックダウンの下での「小さな歴史」ヤマザキマリ◆我々を試問するパンデミック多和田葉子◆ドイツの事情ロバートキャンベル◆「ウィズ」から捉える世界根本美作子◆近さと遠さと新型コロナウイルスⅢコロナ禍と日本社会御厨貴◆コロナが...『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』①

  • ある戦争未亡人の歌

    法話メモ帳よりある戦争未亡人の歌子のために生きる命とおもいしに子に生かされしわれなりしかな戦争で夫をうしなったとき、忘れ形見の子どもを抱いて、この熾烈な世をどうして生きていこうか。いっそ死んでしまったらと何度も自殺を考えたが、子どもが可哀想。子どもが不憫だからと歯を食いしばって生きてきた。お陰で末の子も学校を卒業して月給を頂くようになった、これから自分にも春が巡ってきて幸せになれると思ったら、、いままで子どものため、子どものためを思って、恩に着せてきたことが嘘であった。実は子どものたまに、私の方が生かされてきたのだという歌。ある戦争未亡人の歌

  • むなしさとは何か

    『感情の正体──発達心理学で気持ちをマネジメントする』(ちくま新書・渡辺弥生著)第一章は、感情について明らかになっている科学的な知識。第二章は、人間の感情はどのように発達するのか。第三章は、感情と道徳の関連性。怒りや悲しみの基本的な感情とは別に、感謝、嫉妬、慈悲、罪悪感などの道徳的感情が説かれています。第四章は、子どもたちの問題行動と感情の関連。第五章は、感情に翻弄されないためにはどうすればよいか、具体的なアプローチ。第六章は、感情に影響を及ぼす場所アイデンティティについて記されています。ご和讃に本願力にあひぬればむなしくすぐるひとぞなき功徳の宝海(ほうかい)みちみちて煩悩の濁水(じょくすい)へだてなしとあるので、第二章、人間の感情はどのように発達するのか。「むなしさ」について記されているので、この部分を転載し...むなしさとは何か

  • 一日学校

    昨2日は、築地本願寺で「仏像―阿弥陀如来」をテーマで50分の法話。一月ほど前、築地の部長さんから、「旅行者の企画ですが、2日よ4日、午前11時から仏像について話して欲しい」との依頼。詳細は聞いていませんでしたが、昨日、築地に行くと詳細が分かりました。クラブクラブツーリズム主催の「一日学校」というツアーの一環です。「一日学校の旅」とは、ひとつのテーマに対し専門家のお話と特別見学等で、その実像を紐解いていく「学び」を楽しむ新しい旅のシリーズだそうです。案内書には次のようにあります。2023年親鸞聖人御生誕850年記念企画念仏でイキイキと生きていく築地本願寺「一日学校」「末法の世」をイキイキと生きるためにはどうしたらよいのか。すべての人を平等に平安の世に導く為の思索を重ねた親鸞聖人の世界に触れてみませんか。月1回のゆ...一日学校

  • 人師は遭い難し②

    「人師は遭い難し」(新潮社・森繁久弥著)からもう一つ。転載です。東京の郊外にある有名な精神病院に、病気のことでなく、付き合いが出来た。誤解があるといけないので書いておくが、日本精神科看護技術協会に講演をたのまれたことがキッカケでH氏と知りあったのである。そのH氏が或る日、楽屋を訪ねてこういう話を私にした。実は同氏の病院に三十年以上入院している自閉症の男の患者がいて、誰よも口をきかず、また相手にもされず、三十年間殆んど壁を向いて生きてきた。今は六十を越えている。或る時一枚の新聞をもって事務室に来て、「私のたった一つの望みですが、退院したらこれを見たい」と『屋根の上のヴァイオリン弾き』の広告を見せた。なみいる事務局員や医者や看護婦は、どうしたことかと目をうるませて、この自閉症の患者を見た。私は「もしあなたが連れて出...人師は遭い難し②

  • 森繁久弥ロンドンの思い出

    「人師は遭い難し」(新潮社・森繁久弥著)から、もう一題転載します。三浦友和と山口百恵との結婚式の時に、私も招かれて、乾杯の音頭を、と頼まれたことがある。既に入口には、日本中のテレビ会社、新聞並びに総雑誌社が入場をこばむくらい何列もいて、私も取っつかまり、マイクやら質問が浴びせられたが、口を一文字にその関門をすりぬけて会場に入った。何千人が来ていたであろうか、文字通りイモを洗う盛会だ。どういうわけか私は、いつも演壇に上るまで何をしゃべるか考えたことがない。この日もそうだったが、杯をもっていきなり乾杯では興もないので、咄嗟にロンドンの話を思い出した。「いきなりロンドンの話で恐縮ですが、私がイギリスに参りました折、ハイドパークとい公園を見に参りました。この街中にこんな鬱蒼たる森があろうとはー。私はかたわらのベンチに腰...森繁久弥ロンドンの思い出

  • 森繁久弥の涙

    法話メモ帳より2009年11月11日の読売新聞コラム「編集手帳」芝居が始まったのに、その少女は客席の最前列で頭を垂れ、居眠りをしている。「屋根の上のヴァイオリン弾き」九州公演でのことである◆森繁久弥さんをはじめ俳優たちは面白くない。起こせ、起こせ…。そばで演技をするとき、一同は床を音高く踏み鳴らしたが、ついに目を覚まさなかった◆アンコールの幕があがり、少女は初めて顔を上げた。両目が閉じられていた。居眠りと見えたのは、盲目の人が全神経を耳に集め、芝居を心眼に映そうとする姿であったと知る。心ない仕打ちを恥じ、森繁さんは舞台の上で泣いたという◆享年96、森繁さんの訃報(ふほう)に接し、生前の回想談を思い起こしている。誰ひとり退屈させてなるものか、という生涯枯れることのなかった役者魂と、情にもろい心と——森繁久弥という...森繁久弥の涙

  • マイボイス

    9月1日に紹介しました『音とことばのふしぎな世界――メイド声から英語の達人まで』(岩波科学ライブラリー・2015/11/6・川原繁人著)、誤って、再度借りてきてしました。その中に「マイボイス」の話が記されていたので、その部分を転載します。失われる声を救うーマイボイスさて,私自身が深く関わっている,音声学と実社会の接点についてお話ししたいと思います。みなさんは、ALSという病気を知っていますか?日本語では「筋萎縮性側索硬化症」と言われる神経系の難病で、症状が進むと筋肉が次第に動かなくなり、後期には人工呼吸器の装着を余儀なくされることが多い病気です。また,喉頭癌などを患い、喉頭を摘出しなければならなくなるケースも少なくありません。ALSにかかった患者さんは、最終的に自分の声で話すことができなくなってしまいます。「マ...マイボイス

  • 東条英機の未発表歌

    法話メモ帳より法の声心に響く春の朝初桜薫る命はいづこより英機昭和23年春上記の歌は、東条英機の未発表の歌で、千葉県四街道市見真寺の前住高野勝則さんに「こんなものがある」と見せて頂いたものです。高野勝則さんのお父上は、東条英機さんの秘書をされており、1945(昭和20)年の終戦直後、戦災者や復員.兵が入植し、下志津原開拓団が結成され、そのメンバーで四街道市に開拓に入った方です。そうした関係から巣鴨の刑務所へ度々、面会に行かれ、昭和23年3月に英機氏より賜ったとのことです。わたしが築地本願寺に在籍している時、東条英機(明治17年~昭和23年12月23日)のご命日23日に、毎月(昭和56~61年)、世田谷区用賀の東条宅に出勤していました、英機夫人勝子さんがご逝去されてからは、出勤先は三鷹に変わりました。「西原さんを」...東条英機の未発表歌

  • 言葉と感情

    『感情の正体──発達心理学で気持ちをマネジメントする』(ちくま新書・渡辺弥生著)からもう一題。言葉と感情感情の認識には、しぐさや表情のほかに「言葉」も大きくかかわります。心の内側からわき上がってくる気持ちを意識するためにも言葉への置き換えが必要です。もし私たちが、嬉しい、悲しいといった気持ちを表す言葉やその概念を持たなかったとしたら、どのような暮らしになるでしょう。単純な感情ならば、しぐさや表情によって、他人に気持ちを伝えることもできるかもしれません。しかし、複雑なコミュニケーションは、そもそも成り立たないでしょう。現代のようにマルチタスクをこなす生活のなかで、他人に気持ちを伝え理解してもらったり、自分で受け止め噛みしめたりするには、気持ちを表す言葉の獲得が、とても大切です。たとえば、言いようのない気持ちのとき...言葉と感情

  • 遺言は南無阿弥陀仏

    法話メモ帳より岩田屋(昭和10年開業)は、九州最大の繁華街である天神(福岡市)に本店を置くむ三越伊勢丹ホールデイングス傘下の百貨店で、天神本店は九州最大の売上高を誇っています。岩田屋は、初代中牟田喜兵衛(大正10年没)が、日本の伝統的な帳合を止めて西洋式の簿記を導入し、1903年(明治36年)に博多支店で従来の掛け売りを止めて正札販売に切替えるなど近代化を進めたことが成功して1906(明治39年)には博多でトップの呉服店へと成長し、そしてご養子には入った2代目中牟田喜兵衛が、天神(福岡市)で岩田屋百貨店を創業します。博多の発展と共に経営を拡大していきました。その初代中牟田喜兵衛の逸話です。40年前に法話で聞いた話です。初代の福岡県甘木市(現在合併)生まれで、有難い浄土真宗の門徒であった。丁稚奉公から一代で財をな...遺言は南無阿弥陀仏

  • 空からのぞいた桃太郎

    18日(2020.9月)に『桃太郎は盗人なのか?―「桃太郎」から考える鬼の正体』(2019/9/28・倉持よつば著)、小学校5年生の倉持よつばさんが書いた本を紹介しました、その学習をする動機付けになった『空からのぞいた桃太郎』(影山徹著)が図書館にありました。絵本自体は、写真のように、絵の各コマが上から見た構図になっているだけです。絵本には小さな解説書が別刷りでついていて『そんな誰もが知っている桃太郎に、知られざる「もう一つの顔」があることはご存じでしょうか?それは、このお話の中によく見ると、おかしなところがいくつもある-ということです。現代の言葉でいえば「ツッコミどころ」が満載なのです。実は「桃太郎」は、そのおかしな点を昔から多くの人に指摘されてきました。古くは福澤諭吉や芥川龍之介、現代では文学者の池澤夏樹や...空からのぞいた桃太郎

  • 歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか

    『歪んだ正義「普通の人」がなぜ過激化するのか』(2020/8/3・大治朋子著)、360頁ある大作ですが、本の案内には“「自分は絶対に正しい」と思い込むと、人間の凶暴性が牙をむく。テロリズム、学校襲撃、通り魔、コロナ禍に現れた「自粛警察」に共通する暴力のメカニズムを気鋭のジャーナリストが解き明かす。”とあります。実際の事件「秋葉原トラック暴走事件」や「相模原殺傷事件」等も取り上げ、興味深い。「コロナ禍に現れた「自粛警察」に共通する暴力のメカニズム」のとこだけ転載します。コロナ禍に見られたいじめや差別、「自粛警察」日本では、感染者の自宅に石が投げ込まれたり、インターネット上で感染した人を特定しようとしたりする書き込みも見られた。また、政府の緊急事態宣言や各自治体の自粛要請が出た後は、県外ナンバーの車が傷つけられたり...歪んだ正義「普通の人」がなぜ過激化するのか

  • むなしい涙

    法話メモ帳から新聞投書主人とお舅さんの二人が、仕事で車に乗って別府温泉に行きました。その途中で事故にあって亡くなったという電話が警察からありました。驚いて別府警察に駆けつけると、すでに遺体の顔には白布が掛けてありありました。私は取り乱して遺体にすがり泣きました。しばらくして顔に掛けている白布を取ると、それは主人でなくお舅さんでした。主人でなくて良かったという思いがよぎりましたが、だからといって泣くのを止めるわけにもいかず、しばらく泣き続けました。しかしその涙は、自分の事ながら、なにか白々しい涙でした。人間というものは悲しい生き物なのですね。(福岡県主婦〇〇)(以上)阿弥陀さまは、遺体にすがりついて泣く涙の中にも、また夫でないことを知り、流す白々しい涙の中にも、その存在を宿してくださっています。むなしい涙

  • アリとキリギリス

    法話メモ帳よりアリとキリギリスまずは原作アリたちは夏の間に冬の食料を蓄えるために働き続け、その一方でキリギリスはヴァイオリンを弾いたり歌を歌ったりして過ごしていました。時は流れ冬が訪れると、キリギリスがいくら食べ物を探せど見つかりません。逆に夏にしっかり蓄えたアリたちは、何の問題もなく家の中で過ごすことができていました。ひもじさに耐えきれずにキリギリスがアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするのですが、アリは「夏には歌っていたんだから冬には踊ったらどうだい?」と辛らつな言葉を浴びせ食べ物を分けることを拒否しました。その結果、キリギリスは食べるものを得ることができず飢えて死んでしまいました。(以上)つぎはひろさちやさんが、良く語るパロディ話。夏の間一生懸命働いたアリをキリギリスが訪ねてみると、アリは出てこない...アリとキリギリス

  • 愛光女子学園

    法話メモ帳から沼田恵範師の23回忌(平成27年5月)お斎席でのことです。隣席で大先輩のY先生とご一緒させていただきました。東京のご住職で、教誨師会の理事長も歴任されている方です。Y先生は、教誨師として主に愛光女子学園(東京都狛江市・初等・中等少年院が併設された女子少年院)で20代から活動されています。私が「どうしたご縁で20代からされていたのですか?」とお訊ねすると、「当時、築地本願寺に勤めて、当時は刑務所への出向やハンセン病施設などへ築地の職員がが出向していた。行くと手当てが3000円付くんだよな」と話されます。後に教誨師会の理事長を勤めた人が、3000円の手当目当てで出向していたことが、愉快でした。Y先生は、愛光女子学園で詩の学習を矯正に役立てています。その話題となり、「最近、こんないい詩があった」と一首教...愛光女子学園

  • 慈悲深い尼僧の話

    法話カードから。自分では、善い事をしているつもりでも、それが果して相手にとっても、善であるか?昔、滋賀の大津の街に、慈悲深い尼僧が住んでいた。当時は、荷物を大八車に積んで、牛に引かせて運んだものですから、雨でも降れば大変、道はぬかるんでどうにもならぬ。叩かれながら、もがき苦しむ牛の姿をみた尼僧、いかにも牛が可愛想でならぬ。そこで人の寝静まった夜更け、ひとりその弱い肩に畚(もっこ)をかついで、川の砂利を敷き詰めて廻った。ところが、これ程の慈悲深い尼僧が死んで畜生道に堕ちた、と伝説されている。尼僧は、苦しみもがく牛の姿が哀れで、牛を助けようと、人知れず砂利を敷いて廻った。本人は牛を助けたつもりだったが、牛は、砂利を敷かれて却って困った。と云うのは、今度は石の上で車がよけいにスベル。その上に小さな石が爪を痛め、足を痛...慈悲深い尼僧の話

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