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ちょっと奥さん、聞いてよ https://kadowo-magaru.hatenablog.com/

小説風日記を書いています。 社会の端っこで息をひそめる人間の物語。ここだけは自分が主役。

カドヲマガル
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2018/06/19

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  • 鳴かぬなら 代わりに鳴くよ ホトトギス

    何気なくテレビを見ていると『ブレイブ』という映画のCMが流れてきた。 現代の高校生が、織田信長が生きていた時代にタイムスリップをするという話らしい。 手に持っていた缶チューハイを口につけ、体をのけぞらせる。 ズズッという音が部屋に響き、深いため息が後を追って部屋を埋め尽くす。 この映画だけでなく、今まで何度も信長の時代にタイムスリップした映画を見てきた。 信長も、まさかここまで現代の人間がやってくるとは思ってもみなかっただろう。 最初こそ斬新な切り口と話題になったかもしれないが、今となってはやりつくされて乾いたぞうきんを絞るような設定だ。 今さら高校生がタイムスリップしてきたところで、信長は驚…

  • 金のオノと良い匂いのワックス

    髪を切るのってなんでこんなに大変なんだろう。 私は、口には出さず頭の中でこっそりとそう呟いた。 長さや色の指定をして、その後雑誌でまたイメージの確認をして、途中でまた長さの確認をされて…。 「これで良いですか?」なんて聞かれても何が良いかなんて分からないし、逆にどうですかと聞き返したくなる。 ハサミの音が止まり、両手で頭を少しだけ左に傾けられた。 「結構軽くなったと思いますよ。どうですか?」 「あ…はい、軽くていい感じだと思います。」 これは軽いのか、そして良い感じなのか自分の言葉に一切の自信が持てない。 でもなんとなく、この人はこの言葉が欲しいのかなと思った。 私の返事はこの人にとって、業務…

  • 怪しいものではございません!

    東京には『新宿の母』と呼ばれる占いの権化がいるように、こんな田舎にもその土地の母を名乗る占い師がいる。 一ヶ月ほど前、友人のミナミと酒を飲みながらそんな都市伝説で盛り上がっていた。 まだ意識がはっきりしているうちに確かめてみようと、その場でお互いにスマホで調べることにした。 しかしいざ調べてみると、存在をほのめかすような情報は出ているものの、肝心の住所や連絡先が載っていない。 分かったのはアパートの一室でやっているということと、その他の情報は何も開示していないということだけだった。 「占ってもらった」という情報はあるが、それ以上の話がなく、蜃気楼を追っているようだった。 これでは埒が明かない。…

  • 父の子が思うこと

    ふとカレンダーの月を数えてみると、いつの間にか実家に戻って1年半が経っていた。 10年ぶりに実家に住み始めたのだから最初こそ戸惑いはあったものの、今ではほとんどのことに居心地の良さを感じている。 しかし、いや、だからと言うべきだろうか。 ほとんど居心地がいい。だからこそ『ほとんど』から漏れた部分が際立ってしまう。 夕方、買い物袋をぶら下げた父が帰ってきた。 「はい、おはぎ買ってきたぞ。ここに置いとくからな。」 「あ、うん…。ありがとう。」 父の方には目を向けず、携帯の画面に向かって言葉をこぼす。 台所のテーブルからガサガサと音がして、袋が置かれたのだと分かった。 動こうとしない私の代わりに、母…

  • 選ばれなかったチョコレート

    今週のお題「チョコレート」 ────────────────── 「3、2、1、、、しゅーりょー。」 時計の針がちょうど0時を指す瞬間に合わせて、マガルは一人呟いた。 2月14日が終わり、15日がやってきた。 朝になれば仕事なのだから、早く寝なければいけない。 頭ではそう理解しているものの、一種の使命感に駆られてコートを着込み外へ飛び出す。 もともと人気(ひとけ)のない町だが、ほとんどの家の明かりが消えている分より一層寂しさが漂っている。 時折通る車が一瞬だけ静寂を壊して去っていく。 10分ほど歩くと、コンビニに着いた。 寝静まった町など意にも介さず強く光り続け、月明かりをかき消して激しく自己…

  • 花井さんの恩返し

    「マガル君、ちょっとばあちゃんの話聞いてよ。」 「ん、どうしたの?」 「今日ね昼間に病院行ってきたの。そしたら、ほら、あの畑の向かいに住んでる人なんて言ったっけ。」 「河合さんのこと?」 「あぁそうそう!その花井さんがね。」 「ばあちゃん、河合さんだよ!花井さんは川の向こうに住んでる人でしょ。」 「あ、河合さんって言ったの?その河合さんがね、病院でずーっとカバンの中漁ってたの。で、どうしたの?って聞いたら、マスクを持ってきたはずが無くしちゃったみたいなの。」 「この時期に病院でマスクないのは、いくら田舎でも怖いよね。」 「でしょ?だからばあちゃん、カバンの中に使ってないマスクあったから花井さん…

  • 俺の人生から”俺”が消えるとき

    「だから何で俺がこんな面倒な思いをしなきゃいけないんだよ。自分の生き方くらい自分で選びたいわ。」 マガルはビールを呷(あお)りながら心の膿を少しだけ吐き出した。 既に何杯飲んだか分からない程酔いが回っているが、それでも膿を出し切るにはまだまだ酒が足りない気がした。 「そう思うならまず、マガルが自分の気持ちをしっかり伝えなきゃダメだよ。言いたいこと言わないと一生損し続けるよ。」 ハヤシが感情的に答えると、マガルはそれをさらに上回る熱量で反論した。 「ハヤシ、それは違うよ。自分の考えを伝えるってことは、相手の考えを否定するってことじゃん。俺は自分を理解してもらえないっていうストレスよりも、相手に嫌…

  • 気分

    嫌な気分の時は世の中の全てが嫌に見えるし、無意識に"嫌なこと"を探して落ち込もうとしてしまう。 良くないことだと分かりつつも、今日はそんな日。 せめて少しでも嫌な気分を発散させたくて、ここに吐き出す。

  • その見た目なら美味くあれ

    午前5時。祝日ということもあって町はまだ眠っているが、そんな中一軒だけ、明かりが灯っている。 家の中を覗くと男が一人、台所に立っている。 この男、名をカドヲマガルという。 なにやら熱心に携帯を見ていたかと思うと、やがて「よし」と小さくつぶやいた。 『そば粉』と書かれた袋を破り、赤い器の中に中身を広げていく。 ここで急に勢いが止まり、器に中身を出し終えると、携帯と器を交互に見比べる。 そして盛られた粉を少し触ったかと思うとまた携帯を見つめる。 マガルは何度も携帯と手元を見比べながら、慎重に手を進めていく。 やがて、10分の動画を1時間かけて見終えたころ、マガルの手元には”それらしいもの”が並んで…

  • まだ日が昇る前だというのに地面が、空が、町を明るくしている。 いつもならもう少し暗い気分のはずなのに、景色の白さに引っ張られたからか今日は気分がいい。 町が白で塗りつぶされるというよりも、白いキャンバスに少しだけ町が描かれているような、知らない場所に来たような感覚だ。 誰かがつけた轍に沿ってハンドルを切ると、車が雪溜を避けて進んでいく。 前にここを通った人はどういう人なんだろう。 交差点に差し掛かると、車は行儀よく車線を守って右へ曲がっていく。 知らない誰かを追う道はなんだかとても心が落ち着く。 無心で車を進めていると段々と轍が増えて、そのうちにパタリと途絶えて大通りに辿り着いた。 ここまで来…

  • ポイズンピープル

    もう納期は何日も前なのに、K社が一向に成果物を送ってこない。 ふとした瞬間にそのことを思い出し、沸々と苛立ちが込み上げてきた。 先週電話した時には「月曜日には送ります」と言っていた。 それなのに、壁に掛けられた時計は本日2回目の4時を示している。 今日も送らない気か。 怒りが熱を持っているうちに携帯を手に取り、勢いに身を任せて電話をかける。 プルルル、プルルル、プル「…はい、もしもし」 あ、でた。 「お世話になってます、カドヲですけどお時間よろしいですか?」 本音を言えば悪態の一つでもついて、一体いつになったら資料を送るのかと問い詰めたい。 でもいざ対面すると、といっても電話越しだけど、怒りが…

  • あなたのそばがいい

    そばが食べたい、というよりもそばを作りたい。 多分感覚的にはこっちの方が正しいと思う。 そう思うと今すぐにでも作りたくなってきた。 パソコンを立ち上げて蕎麦打ちの道具を調べると、変な形の包丁やお盆みたいな器、長い棒などいろいろなものが必要だと分かった。 全て揃えようとすると初心者セットでも2万円程するようだ。 もしかしたら、と思い台所を漁ってみるが、やはり家には代用できそうなものがなかった。 その代わりに、無くなったと思っていた爪楊枝を棚の奥から発見することができた。 爪楊枝の束を隣に座らせて、再びパソコンと向き合う。 【そば打ちセット 買える場所】 検索欄に打ち込んでみるが、結果はどれもオン…

  • 1週間頑張ったで賞 受賞

    冷たい風に身をすくめながら立っていると、勢いよく扉が開き和服の女性が出てきた。 「すみません、このドア手動なんですよ。」 なるほど、高いお店はどこも自動ドアだと思っていたが、どうもそうではないらしい。 一向に開く気配のなかったドアに「もしかして入る資格がないのか」と心が折れそうになっている時だった。 出鼻をくじかれた恥ずかしさはあったが、マスクがうまくそれを隠してくれたおかげで無事に物怖じせずに入店する。 女性に促されて店内に入ると、瞬間的に美味しいお店だと思った。 出汁の匂いが全身を包み込み、温かくもてなしている。 暖色系の照明と弦楽器のBGM、竹を張り合わせたような壁、そのどれもが綺麗に混…

  • あなた、過去に何かあったでしょ?

    ようやく仕事がひと段落してソファに座ると、途端に体から疲れが湧き出てきて、それが一気に重力を得て体にのしかかってきた。 僕が思っている以上に僕の体は疲れているらしい。 トイレに行きたい気もするけど、カーペットが足を放そうとしないので歩くことができない。 かろうじて腕は動かすことができて、仕方がないから拳を局部に押し付けて尿意を紛らわすことにした。 もう片方の手でリモコンを取り、テレビの電源をつける。 特に見たい番組もないからザッピングしていると、芸能人が占い師らしき人のお告げを聞くという企画が放送されていた。 「あなたはね、自分の中に『ここだけは譲れない』という芯のようなものがある。そしてそこ…

  • 見えない壁

    就業時間を超えても尚仕事を続けるマガルに、荷物を抱えた男が声をかけている。 「マガルさんまだやっていくんですか?お疲れ様です。」 マガルは自分が話しかけられるとは思っていなかったため、一瞬反応が遅れてしまう。 「あ、ありがとうございます。もう少しだけやっていきます。」 何か面白かったわけではないが、つまらない会話だからこそ少しでも雰囲気を明るくするために笑いながら答える。 男もそれに笑顔を返し、では、と言いながら荷物を持ち直す。 部屋を出ていく男を視界の隅で捉えながら、マガルはうまく会話ができなかったという後悔と、突然話しかけられた驚きと、気にしてもらえたという喜びと、いくつかの小さな感情が胸…

  • ココロカクテル

    家に帰り胸を開くと、体の中から一つずつ異物を取り出していく。 昼頃に仕事が捗らずイライラしている自覚はあって、体から出した手を見ると、やっぱり『怒り』と書かれた容器は8割ほどにまで満たされていた。 その代わりに、朝新品に入れ替えた『喜び』はすでに少し黒ずんでいた。 マガルが『怒り』の蓋を開け洗面所に流すと、排水溝の奥から凝縮されたカビのような臭いが上がってきた。 「うぅ、臭い…。」 眉間にしわを寄せながらつぶやき、『喜び』が入った容器の蓋を緩める。 半分ほど蓋が開いたところで、ふと思い立ってマガルは手を止めた。 「これくらいの濁りなら明日も使えるか、どうせ今日と同じような日だろうし。」 誰に語…

  • 悪くない日の夜の気分

    風呂上りに自室へ戻るマガルの足取りは、いつもよりも軽やかで弾むように歩いていた。 いつもより少しだけ鼻の穴が広がり、意気揚々としている。 何か特別な良いことがあったというよりは、何も悪いことがなかったという言葉が一番ピッタリくる表現だと思う。 今日は今年初めて一度も仕事をしなかった日で、読みたかった本をたくさん読めた日で、好きな友達とごはんに行けた日で、一般的に見れば普通なのかもしれないけど、小さな幸せの一つ一つをマガルは噛み締めていた。 コップにビールを注ぎながらその音を楽しむ。 コッコッコッと小気味いい音を立ててコップに金色が満たされていく。 コップの中で液体は金色と白色の二層に分かれてい…

  • 食事に行った日

    ────────────────────────── 「ありがとうございましたぁ。」 気の抜けた声が聞こえ顔を上げると、いつのまにか店内には客が私一人になっていた。 時計の針は19時を指している。 レシートを見ると支払時間が16時と書いてあるから、3時間ほど読書に熱中していたらしい。 買った時からちっとも量が変わっていないコーヒーを口に運ぶと、カップの冷たさが唇に伝わり、その後カップより少しだけぬるいコーヒーが口の中に流れ込んできた。 温かいうちに飲んでおけばよかった、と少しだけ後悔をしながら画面を下にして置いていたスマホに手を伸ばす。 裏返すと画面が明るくなり、未読のメッセージが表示された。…

  • 母親観察日記

    昨日の分の小説風日記。 ────────────────── 母が大きなケーキを買ってきた。 パッケージには『特大サイズ800グラム!』と書いてある。 母曰く食べたかったからではなく安かったから買ってきたそうだ。 夕食を終えると、母は冷蔵庫から嬉しそうにケーキを運んできた。 バケツのような容器にチョコクリームが敷き詰められ、上にはシュークリームが積み上げられている。 一目で味よりも量にこだわっているというのが伝わってくる。 これは食べるのに覚悟が必要かと思いトイレに行き戻ってくると、ケーキは半分ほどに減っていた。 母の手には大きなスプーンが握られている。 まるで手品だと母を褒めると、照れながら…

  • ポジティブ始めました

    よし、今日は自分から色んな人に話しかけることができた。 周りの人たちと比べるとまだまだ口数は少ないだろうけど、それでも会話ができただけ良しとしよう。 とりあえず頑張ったかな。 この日、マガルは積極的に周りと会話をしていた。 傍目には『内気な人』という枠から出るほどではなかっただろうが、普段の彼からすると驚くほどの会話量だったと言えるだろう。 以前までは「会社には自分のことを理解してくれる人がいない」と嘆くだけだったが、この日記を書くうちに、自分から不幸になるための理由を探していることに気づいたようだ。 幸福も不幸も誰かが与えてくれるものではなく、自分から見つけに行くものだ。 幸福を探しながら歩…

  • すみっこのひとりごと

    自席を立つと入り口のところで談笑をしている集団がいた。 何人かは壁にもたれ、また何人かはコーヒーを片手に笑いあっている。 マガルは一歩踏み出して輪の中に入ろうとするも、そのまま集団を通り過ぎてトイレに向かう。 コーヒーの香りがマスクをすり抜け、鼻の奥に残っている。 今日だけで何回この経験をしたのだろうか。 マガルは何度も会話のチャンスを窺っては、あと一歩の勇気が出せず話しかけられずにいた。 昨日の教訓を活かし人と関わろうとするも、どうにも輪への入り方が分からない。 自分が行くと周りが気を使ってしまうのではないかと考え、一言目を発することができない。 次第にマガルは自分には向いていないと悟り、自…

  • 怒る女と食う男

    今日の小説風日記。 ───────────── 1月26日午後8時20分。 とある田舎では雨が降っていて、その田舎のとある中華料理店では1組の男女が向かい合って話し込んでいた。 男の名はカドヲマガル。そして女の名はスズキサヤカという。 この男、人見知りで神経質で臆病という会話に不利な素質を存分に持ち合わせた人物である。 そしてそのせいで、こうしてラーメンを食べる間もなく怒られているのである。 「いつも仕事が忙しいって言うけど、マガルは自分で忙しくしてるの分かってる?無駄に他の人の仕事手伝ったり、誰かに頼めばいいことまで自分でやってるからいつも忙しくなるんだよ。」 「うん、そうだね。それは分かっ…

  • 一人愛

    ▼今日の小説風日記▼ ───────────────────────────── 昼休憩が終わりパソコンに向かうも、マガルの目には涙があふれ時折デスクに零れ落ちていた。 キーボードから手を放しティッシュを取ろうとするも、さっき使い切ったことを思い出し手を戻す。 マガルの足元にあるごみ箱には、ティッシュが盛られている。 袖で涙をぬぐいながら、マガルは小さくつぶやいた。 「良い映画だったな。」 マガルには在宅ワークの時だけの楽しみがある。 昼休みに映画を見ることだ。 もちろん昼休みの間だけなのでどう頑張っても一日一時間だけで、就業時間には絶対に見ない。 当然一時間では見終われない映画の方が多く2、…

  • パワハラ育成所

    「久しぶり、マガル。急に電話かけてごめんね。元気にしてた?」 「お久しぶりです。なんやかんやと元気にしてますよ。先輩はお元気でしたか?」 「いや実はさ、俺は元気なんだけど会社があんまりいい雰囲気じゃなくてさ。ちょっと愚痴聞いてくれない?」 「もちろん良いですよ。どうしました?」 「マガルが働いてた時さ、清水って上司いたじゃん?ほら、パワハラ気質のあった人。あの人は今もウチの上司なんだけど、パワハラ具合に拍車がかかってもう完全に孤立状態なんだよね。しかもその下で働くリーダーたちが清水のパワハラでフラストレーション溜まって、そのさらに下の人たちにパワハラまがいな態度取ってるの。まるでパワハラの育成…

  • まぶたのほし

    タンタンタンと窓から優しい音が響きマガルが顔を向けると、雨が降り始めていた。 テレビの音量を下げて、雨の音に耳を傾ける。 静かな部屋でマガルは小さく微笑んでいた。 家の中で聞く雨音は、ここにいていいよと言ってくれているような気がする。 眠くはないが電気を消し、横になってみる。 ゆっくりと目を閉じ、マガルは音の世界に没入する。 タタタタタッ。 さっきより少し雨脚が強まっているようだ。 次第に、音に合わせて目を閉じた時だけ見える景色が広がり始める。 色とりどりの星が動き回り、一瞬何かを形作っては散り散りになっていく。 やがて星たちは少しずつ色を落としていく。 マガルは遠のく意識の中で小さな幸せを感…

  • ヤクザインザカー

    帰り道、ふと前の車を見るとナンバープレートが『・8 93』だった。 そこまで推理力に自信があるわけではないが、十中八九ヤクザとみて間違いないだろう。 そんなつもりはサラサラないが、万が一にも煽り運転はできないし、煽り運転だと勘違いされることも許されない。 ハンドルを両手でしっかりと握り、背筋を伸ばす。 それにしてもヤクザというのは全員黒塗りの車に乗っているものだと思っていた。 前を走る車は水色のアクアだ。 ヤクザであることは間違いないのだろうが、車選びのセンスやスピードの出し方、ブレーキのタイミングだけを見ると『中学生の息子を持つ40代女性』のような印象だ。 テレビや漫画では怖い印象だったが、…

  • 個サルの一コマ

    きた、ここだ。 あの人が中に切り込んでくるから、この位置から走ればちょうどパスが来るはずだ。 ほらやっぱりきた。 落ち着いてファーストタッチで切り返せばシュートレンジだ。 あれ、あ、ボールに追いつけない。 「すみません、届きませんでした!」 まただ。 さっきから何度も良いパスをもらっているのに、自分の頭で思うポジションまで体が動かない。 頭の中ではもう5点目を決めたところなのに、体はボールに追いつくことさえできずにいる。 あ、このパスはカットできるぞ。 ここに走りこめば奪える、一気にチャンスだ。 よし、予想通りのところにパスは出てたから、走りこんでいればボールが取れていたな。 あとは走りこむだ…

  • 対岸の言葉たち

    マガルは仕事からの帰り道、何気なくいつもと違う道で帰ると見慣れないラーメン屋があることに気が付いた。 立て看板で大きく『1月7日オープン!』と書かれたその店には、満席にはいかないまでも多くの客の姿が見える。 コロナ渦ということを鑑みれば、まずまずの出だしなのではないだろうか。 店の屋根に掲げられた大きな文字が、煌々と雪を照らしている。 「ラーメン元祖…。」 マガルは思わずその文字を読み上げる。 新規オープンにもかかわらず元祖というネーミングに違和感を覚え、それが絶妙に味への興味につながっていく。 「清純派AV女優、みたいな…。」 ぽつりとこぼしながらマガルはハンドルを切り、開いている駐車場へと…

  • ねむい

    脳がだんだん溶けていくような、それでいて少しずつ重みが増して実体を帯びていくような感覚だ。 手足までは伝達が行き届かず、脳だけがギリギリのところで動いている。 呼吸に合わせて毛布が微かに上下し、肌を優しくなでる。 動きはしないものの、かろうじて感覚だけは残っているようだ。 この状態が、気持ちいい。 いらないものがどんどん削ぎ落とされていき、自分を幸せにする感覚だけが残されている。 目を閉じて力を抜けば一瞬で深い眠りに落ちるだろう。 すぐに眠ることができるし、永遠に起き続けていられるような気もする。 何に縛られることもなく自分の欲で起きているこの状況は、最も自由で贅沢だと思う。 時折遠くで車の音…

  • 白色の日

    だめだ、どうしてもマックが食べたい。 男は突然の衝動に駆られて席を立つ。 仕事中は『緩くのんびりと』を信条としているが、こういう時には動きが速くなる。 頭で考えるよりも先に手がパソコンを閉じ、カバンに荷物を詰め込んでいた。 頭の中で『会社を抜け出すことの良し悪し』について会議が始まりかけたが、すぐさま、こんな浮ついた気持ちで仕事をするのは会社に失礼だ、と自分に言い聞かせ、何を頼もうかと頭にメニューを思い浮かべる。 この切り替えの早さや行動力を仕事で少しでも発揮できればいいのだが、そういう人間は元より仕事を抜け出してマックに行こうとは思わないのかもしれない。 そう思うと、自分みたいな人間がいるか…

  • 内気な青春 もう一つのお話3

    前の記事の続き。 ──────────────────────────────────── 日中は勉強をする気になれず、恐ろしくゆっくりと進む時間の中で時計とテレビを交互に見続けていた。 その日の夕方、昨日と同じころにまたもや病室の外から騒がしい声が聞こえてきた。 ノックも無くドアが開くと、3人のクラスメイトが見舞いに来てくれていた。 しかしマガルにとってはこれが意外だった。 この3人、マガルの中では別に仲が良いとは思っていない人達なのだ。 教室で話すわけでもなく、ましてやケガをしたときに見舞いに来るような間柄ではなかったはずだ。 おう、と挨拶を交わしつつもマガルとクラスメイトの間には妙な距離…

  • 内気な青春 もう一つのお話2

    前の記事の続き ──────────────────────────────────── ぼんやりと目を開けると、母親の姿が目に入った。 「あ、おはよう。着替え持ってきたから置いとくね。足の具合はどう?」 「ん、大丈夫。」 短い会話の後、マガルは寝る前の行動を思い出してハッとする。 急いで棚を確認すると、引き出しは閉まったまま、特に触った形跡もないように思えた。 とりあえずバレてはいないことが分かり、ほっと胸をなでおろす。 「マガル寝てたからね、ご飯まだ食べてないでしょ。看護婦さんがそこに置いてくれたからちゃんと食べなさいよ。」 そういうと母親は荷物をまとめ、病室を後にした。 時刻は19時20…

  • 内気な青春 もう一つのお話

    病院ってなんでこんなに暇なんだろう。 足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。 マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。 入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買ってきたものだ。 雑に置かれたその本は、初めの数ページめくったところでしおりが挟まれている。 もう夕方なのにしおりの位置は昼間からちっとも変っていない。 日が沈みかけ部屋全体が赤みを帯びてきたころ、病室の扉がノックされた。 コンコンと音が聞こえる前からドアの外は騒がしく、チームメイトが来たことは気づいていた。 それでも、開いたドアの先にチームメイトの姿を見…

  • 内気な青春 もう一つのお話

    病院ってなんでこんなに暇なんだろう。 足が動かないせいで一人で散歩することもできないし、かといってベッドで時間をつぶせるようなものが何もない。 マガルはベッドの端の方に置かれた推理小説に目を向ける。 入院生活の暇つぶしにと母親が1階の売店で買ってきたものだ。 雑に置かれたその本は、初めの数ページめくったところでしおりが挟まれている。 もう夕方なのにしおりの位置は昼間からちっとも変っていない。 日が沈みかけ部屋全体が赤みを帯びてきたころ、病室の扉がノックされた。 コンコンと音が聞こえる前からドアの外は騒がしく、チームメイトが来たことは気づいていた。 それでも、開いたドアの先にチームメイトの姿を見…

  • 内気な青春 3

    前の日記の続き。 ───────────────────── 骨折をした次の日、マガルは病院のベッドで横になっていた。 少しクセのある骨の折り方をしたらしく、1週間入院することになっていたのだ。 最後の大会に自分が間に合わないということが未だに信じられず、心のどこかではもしかしてあと1週間で完治するのではと、叶うはずのない願いを胸に秘めていた。 夕方、暇を持て余していたマガルの病室が騒がしくなった。 部活を終えたチームメイトが総出でお見舞いに来てくれたのだ。 「痛くないか」「大丈夫か」と皆が心配してくれることに妙な恥ずかしさを感じそわそわとしてしまう。 嫌というわけではないが、なんだか落ち着か…

  • 内気な青春 2

    前の日記の続き。 ───────────────────── 試合当日、空は気持ちのいい晴れ方をしていた。 時折、グラウンドには緑に色付きだした木々を揺らしながら風が舞い込み、小さな砂埃を上げている。 あたたかな太陽の匂い、スパイクが固い地面をこする音、所々石灰の山ができあがった白線。 どこをとってもありふれた日常だった。 ただ、マガルだけは日常からはみ出していた。 グラウンドの端にある手洗い場に腰掛け、蛇口から一定のリズムで出続ける水が足の甲を伝って紫色の足首にまとわりつく様子をただ茫然と眺めていた。 試合開始のホイッスルから10分ほどたち、ようやく皆が集中しだしたころに、マガルは怪我をした…

  • 内気な青春 1

    本日は高校サッカー決勝戦。 自身も学生時代サッカー部に所属していたことから、カドヲマガルも仕事をしながら観戦していた。 この男、小中高とサッカーを続けてきたものの大してうまくはないし、プロサッカーにも興味がない。 だがしかし、高校サッカーに関しては毎年欠かさず見ている。 それはきっと、自身の青春がどこを取っても中途半端な結末で終わっていて、高校生の全力を見ることで少しでもその後悔を昇華できると考えているからである。 マガルが暮らす土地ははっきりと言ってしまえば田舎だ。 そして田舎といえばヤンキーがつきものである。 マガルが在籍していた学校も、例に漏れずヤンキー校であった。 サボる理由がなくても…

  • 夜食

    半分ほど資料を作り終えたところで、プツンと集中の糸が切れる音がした。 頭の中が急に散らかりだして、考え事がうまくまとまらない。 考えているうちに何を考えていたのか忘れてしまう。 深夜まで仕事をしていると、突発的にこういう状態に陥ることがある。 男は手のひらを上に向けて大きく伸びをする。 同時にあくびがでてしまい、突如猛烈な睡魔が襲ってきた。 少し寝ようかな。 いや、今寝ると少しのつもりが朝になってしまう。 なんとしても今日仕上げなければいけない。 男はおもむろに立ち上がりキッチンへ向かう。 冷蔵庫を開けて食べ物を探してみるが、酒と肴が大半を占めており、あとは使いかけの野菜ばかりですぐに食べられ…

  • ある男の誓い

    客の少ない店内では、耳を澄ませば全ての会話を聞くことができた。 例えば隣の客はコロナについて話している。 「吉田沙保里もコロナになったらしいですよ」 「吉田沙保里って誰でしたっけ?」 「ほらあの人ですよ、霊長類の人!あれ、あの人は霊長類で合ってましたっけ?」 男は会話を聞きながら、言葉が足りてないことを指摘したい衝動に駆られていた。 霊長類の人であることに違いはないが、それだと意味が大きく変わってくる。 かつて霊長類最強と謳われた吉田沙保里も、まさかこんな田舎でギリギリ人間扱いされるとは夢にも思わなかっただろう。 今日は男にとって2ヶ月に一度のビッグイベント"美容院の日"である。 そして今まさ…

  • 夜の王

    朝から降り続けた雪は一日かけて街をすっかり覆い隠してしまった。 外へ出てみると雪がすべての音を飲み込みしんと静まり返っている。 何も存在しない夜に自分だけがぽつんと立っていると、まるでこの夜を支配しているように錯覚する。 不意に「夜の王」という言葉が頭に浮かび、昔中二病を患っていた時のことが思い出された。 雪の中だというのに体がカッと熱くなる。 あの頃、私はママチャリが何よりも格好いいと信じ込んでいた。 どんなに雪が降ろうとも徒歩5分の距離をママチャリで通い続けていた。 早起きが得意な私は7時前には身支度が完了していたが、週に一回は遅刻することを心掛けていた。 毎週木曜日は9時になるまで茶の間…

  • 週に一度の爽やかな絶望

    朝起きて男が最初に思ったことは「あと1日で開放される」だった。 男にとって金曜日は唯一希望を持って働ける日である。 寒さのせいで布団を抜け出すことができず、あと5分を3度繰り返したころ、ようやく意を決して起き上がることに成功した。 両手足が布団を出た順に冷えていく。 それでも強引に体を動かして身支度を整える。 明日もどうせ働くことにはなるのだが、会社に行かなくて良いということだけが男を奮い立たせていた。 しかしゴールを目前にすると何かしらハプニングが起こるのが人生である。 男の場合、それは朝一の会議で起こった。 資料の報告や問題点の共有など、予め決めていた内容は理想の自分に近い状態で説明するこ…

  • 光る暗闇

    午前6時30分。 空はまだ暗く、風の音だけが響いていた。 昨日の予報では、今日は大寒波の影響で大雪になると報道されていたが、道路は少し湿っている程度だった。 しかしそれでも寒い。家を出ると風が顔に打ち付け、思わず「ウッ」と小さな呻き声が漏れた。 鼻の奥にツンとした痛みが込み上げる。 冷たい空気を口一杯にため込み、急いで車に向けて走り出す。 荷物の多さに苦戦しながらも何とか扉を開けて乗り込むと、外で貯めた空気を一気に吐き出し、大きく深呼吸をする。 昔からの癖で何かに耐えるときにはつい息を止めてしまう。 やる気のない私とは対照的に車はいつも通りのエンジン音を響かせる。 この時間は行き交う車が少なく…

  • 上司と社畜と悪魔と私

    「ちょっと荷物の受け取り行ってきて」 上司に軽い感じで頼みごとをされ、同じく軽い感じで「はい」と返事をした。 先に確認をしなかった私が悪かったのだろうか、なんと隣の県まで荷物を受け取りに行くことになってしまった。 上司と私の間で”ちょっと”という言葉に大きなズレがあったようだ。 嫌々ながらも今更断るわけにもいかず、これは仕事だからと自分を強引に納得させて社用車のエンジンをかける。 1時間弱ほど車を走らせて取引先の会社へ到着。 行き道では「せっかくここまで来たんだしちょっとサボって帰ろう」という小悪魔と、 「仕事が山積みなんだからさっさと帰らなきゃ」という小社畜が頭の中で争っていた。 小天使が現…

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