chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
LINDA
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2018/05/07

arrow_drop_down
  • 離婚後の義母の死Ⅶ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生の 夏休み 離婚後の義母の死Ⅵ の続きです。 義母が亡くなった翌日 朝から色んな事があり 帰った時には みんなクタクタでした。 「お疲れー!」 「2人共よく動いてたねぇ!」 「お茶菓子の事とか」 「俺すごくない?」 「助かったよー!」 「ママそういうの」 「頭から抜けちゃうからさ!」 「( ̄ー ̄)bグッ!!」 「父が夜 家にいるって」 「めっちゃ久しぶりだね!」 「助かったよ ありがとな」 そんな会話をしながら 一息ついていた時 私の携帯が鳴りました。 見てみると 兄嫁ちゃんからの着信で・・・ イヤな予感しかしない (-_-;) スポンサードリンク 「誰から?(*゚▽゚*)」 「兄嫁ちゃん(-_-;)」 「やだー!」 「ママ出たくなーい!」 「今日はもう疲れたんだよー!」 「しょうがないじゃん」 「早く出なよ(^▽^;)」 しぶしぶ出てみると 兄嫁ちゃんが泣きながら 「叔父さんが怒鳴っていて」 「誰も止められないんです!」 「怖いんです!」 「戻って来てくれませんか?」 と。 なぜ叔父さんと話しているのか なぜ怒っているのか どういう状況なのか 詳しい事を聞こうとしても 泣いているばかりで とにかく来て欲しいと 懇願するばかりで ちゃんと説明を しようとはしません。 私はこういうタイプが 一番苦手です。 きっと 泣いて騒げば 周りが何とかしてくれる 環境で 生きて来たんだろうなと。 だから必要以上に 芝居がかって 見せるんだろうなと。 それは男の人に通じる手だよと。 人を呼び出すなら 説明くらいしなさいよと。 サー―っと引いて行く 冷たい私が顔を出します。 そもそも私はその叔父さんを よく知っています。 ちょっと前まで 親戚だったんだし。 義叔父は義叔母の旦那さんで 暴力を振るう人でも 怖い人でもありません。

  • 離婚後の義母の死Ⅵ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生の 夏休み 離婚後の義母の死Ⅴ の続きです。 元旦那たち 3兄弟で話し合った結果 市民葬を利用出来るかどうか 市役所に相談に行く という事になりました。 市民葬とは 市の自治体が提携している 葬儀会社を利用する事で 費用をかなり 抑えられるという葬儀の事で 市民なら誰でも 利用できる制度です。 自治体によっては かかった総額の数万円を 負担してくれる所も あるそうで。 ただ市民葬の場合 本当に最低限の物しかない プランになるので それ以上の物が欲しい場合は その都度 追加料金が発生する事に なるようです。 義母の場合 葬儀は田舎でしたいとの 義父の希望があり それを実行するにしても まずはどうしたらいいのか 相談してみよう という事になりました。 スポンサードリンク もうお昼時だったので ちゃーやびっちゅに ご飯を食べさせなくちゃと 元旦那と話し とりあえずお弁当を買って来て 何を聞いたらいいのか 打ち合わせをしてから 市役所に行くという 事になりました。 元旦那を含めた私達家族が 買い出しに行く事になり 兄嫁ちゃんに 「そういえば」 「朝ご飯はどうしたの?」 と聞くと 「昨日から何にも」 「食べてません」 と。 「え? 甥っ子君は?」 「息子にはパンを少しだけ」 「食べさせました」 「お金無いので」 と。 この人たちは普段 どういう生活をしているの? (・△・;) 急いで買い出しに出かけ 全員分のお弁当を 買いました。 義母が亡くなった日 元旦那に お金を渡していましたが こんな事に使っている 場合では無いからと とりあえず 私が出す事にしたんですが びっくりする事に 義叔母以外 誰1人として 自分の食べたお弁当代を 払おうとする人は いませんでした。 ご飯を食べ 元旦那と義弟が市役所に 行く時になって またもや

  • 離婚後の義母の死Ⅴ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生の 夏休み 離婚後の義母の死Ⅳ の続きです。 元義母が亡くなった翌日 元旦那に迎えに来てもらい 子供達と義実家へ行きました。 私達の離婚後 引っ越しをしていたので 私にとっては 初めての場所だったんですが 玄関を開けてすぐ まず最初に飛び込んで来たのは 義弟と義叔母の 怒鳴り合っている声でした。 義叔母は 義母の妹に当たる方で 義叔母家族と 結婚して独立した 義叔母の息子家族は 義実家の すぐ近所に住んでいました。 「しょうがなかったんだよ!」 という義弟と 「しょうがないじゃ」 「済まないでしょ!」 「何てことしてくれたのよ!」 と泣きながら 怒っている義叔母。 元旦那もびっくりして 「お前何やってんだよ!」 「ちょっとこっち来いよ!」 と義弟を義叔母から 引き離していました。 着いて早々 修羅場の幕開けです。 スポンサードリンク 「大丈夫。入るよ」 「・・・」「・・・」 義実家に入ると 家の間取りは3DKでした。 3部屋のうちの1つ クーラーがガンガンに かかっている部屋に 義母は1人で 寝かされていました。 「ママちょっと」 「お話して来るけど」 「おばあちゃんのそばに」 「いてくれる?」 「うん 大丈夫だよ」 「行って来ていいよ」 私は泣いている義叔母の元へ 行きました。 「義叔母さん・・お久しぶりです」 「大丈夫?」 「あっLINDAちゃん!」 「ひどいのよ!」 「私には・・・」 「私にとっては」 「最後の家族だったのよ!」 「それなのに」 「病院に」 「呼んでもくれないなんて」 「死に目に」 「会わせてもくれないなんて」 「ひどいじゃない!」 義母は三姉妹の次女で この方は1番下の妹さん お父さんは小さい頃に亡くなり お母さんは 離婚後の義母の死Ⅲ に出て来た祖母の事で

  • 離婚後の義母の死Ⅳ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生 離婚後の義母の死Ⅲ の続きです。 突然の元義母の死 そして 子供達には別居と言いつつも 実は離婚をしている 私の立場もあり これから起こる出来事に対し もう夜遅くではあったんですが 子供達と話しをしました。 「今日は2人とも大変だったね」 「おばあちゃん」 「死んじゃったね・・・」 「そうだね・・・」 「こんな急に死んじゃうなんて」 「思ってなかった・・」 「そうだよね・・・」 「ママもびっくりだったよ」 「これから淋しくなっちゃうね」 「うん」「うん」 「あのね」 「おばあちゃんが亡くなって」 「悲しい気持ちはママも一緒」 「だからこういう時は」 「ちゃんと悲しんだ方が」 「いいと思ってるの」 「いいと思ってはいるんだけど」 「これからちょっと」 「大変になると思うから」 「話しておきたい事があるんだけど」 「今話しても 大丈夫?」 「うん」 「大丈夫」 「あのね」 「これからお葬式とかに」 「なるんだけどさ」 「黒の日だよね」 「そう」 私は子供達が小さい頃から お葬式がある度に 「黒の日」と称して 子供でも関係なく 悲しんでいる人の 邪魔をしてはいけない という理由で キチンとする場面なんだと 教えていました。 スポンサードリンク 「ママたち今 別居してるじゃん?」 「それは父の親戚も」 「知ってるのね?」 「うん」「うん」 「そういう場合ってさ」 「今回ママが」 「おばあちゃんの葬儀に」 「参加できるかって」 「ちょっと難しい問題でさ」 「本当だったら」 「参加しないんだよね?」 「え?お母さんどうするの?」 「ママ来れないの?」 「それを父と相談して」 「おじいちゃん達にも」 「聞いてもらって」 「今回ママは」 「参加できる事になったんだけど」 「正直

  • 離婚後の義母の死Ⅲ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ 離婚後の義母の死Ⅱ の続きです。 義母が亡くなり 葬儀が終わるまでという 期間限定で 私は嫁復活 という事になりました。 でも復活とは言っても どこまで口を挟むべきか どこまで手を出すべきか 悩みどころでした。 なんたって義実家は 問題山盛り家族だったからです。 スポンサードリンク 今後の展開を踏まえて お話しすると お義父さんは 困った事は お義母さん任せな所があり すぐに責任放棄して 逃げてしまいます。 私が離婚する 何年か前からは 同居している義弟に 金銭的にも頼っていたので 義弟が どんな態度を取っていようと 何も言えなくなっている 状態でした。 義兄は昔から借金癖があり 私が結婚した頃は 借金の保証人を 勝手に義両親にしてしまい 義実家に督促状や 取り立ての電話が来たりして 何年も実家に 帰れなくなっている人でした。 取り立てに耐えられなくなった お義母さんは どんなに私が 払う必要は無いと言っても 貯金や生命保険を解約しては 払ってしまっていました。 そんな事が長い間続き 精神的にも 追い詰められてしまった 義母を見かねて 元旦那と私が間に入り 義兄に物凄い説教をして 弟の嫁なのに笑 義兄は 迷惑をかけた家族に謝り 私達が借金を把握して 返す段取りを付け 実家にも顔を出せるように 家族の中を取り持ちました。 義母がやっと 安心できるようになって 良かったんですが 実家に 顔を出せるようになってすぐ 彼女の妊娠がわかり 結婚する事になりました。 本来はおめでたい話しですが これまた この彼女が大変な人で。 (-_-;) 義兄のお嫁さんなので 私にとっては 義姉になるわけですが 私よりだいぶ年下でした。 この兄嫁ちゃん 世の中の常識という物を 何1つ知らない子でした。 スポンサードリンク 例えば 義兄がまだ結婚前 田舎で義母側の 祖母の葬儀があり ↑義母の母に当たります。

  • 離婚後の義母の死Ⅱ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生 離婚後の義母の死Ⅰ の続きです。 元旦那から 義母がもう危ないという 連絡を受けて 私も急いで病院へ行きました。 病院へ向かう途中 ふと気が付いて あの人(元旦那) お金持ってるのかな? (・△・;) もし本当に 義母が亡くなってしまったら その瞬間から 色んな事が動きだす その時に 多少でも持ってないと 動けないし 口も出せないんじゃ? 元旦那の家族は お義父さん お義母さんと 3兄弟ですが みんなお金を持っていません。 唯一お金を持っているのは 独身の義弟だけ。 元旦那も 私と離婚してから お給料が下がったと言っていたし その上で 平均額より少し多い金額の 養育費を入れていました。 不安になった私は 急遽 銀行に寄って とりあえず30万円 用意しておく事にしました。 スポンサードリンク 私が病院へ着くと 病室前の廊下に 元旦那 ちゃー びっちゅと 義弟がいました。 「ママ・・・」 「おばあちゃんが大変なんだって」 「(´;ω;`)」 とびっちゅが 抱き着いてきました。 「うん」 「俺たち出かけるトコで」 「父から電話があって」 「びっくりしてさ」 「うん」 「もうおばあちゃんには会った?」 「うん・・・」 「そっか」 「義弟くん 久しぶりだね」 「大変だったね」 「うん・・久しぶり」 「朝方 救急車呼んだんだけど」 「もう間に合わなくてさ」 「そうだったんだね」 「来てくれてありがとう」 「ううん お義父さんは?」 「お母さんに付いてる」 「そっか」 「お義兄ちゃんは?」 と元旦那に聞きました。 「嫁さんと子供連れて」 「急いで来いって言ったんだけど」 「まだ来てないんだよ」 「お母さんに会うだろ?」 「うん」 お義母さんのいる病室に 子供達と一緒に 入りました。

  • 離婚後の義母の死Ⅰ

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー中学3年生 びっちゅ小学6年生 だ〜いぶ前に 義弟への違和感 今すぐ帰して! という記事を書いたんですが その後びっちゅから あの時の事 詳しく知りたい というリクエストもあり 私もなんとなくではありますが そろそろ書けるかな? と思い始めたので ここいらで 書いてみようと思います。 ちゃーが中学1年生 びっちゅが小学4年生の時に 私は離婚したんですが その後も 子供達と義実家の交流は 続いていました。 離婚後半年もたたないうちに ちゃーのITPが発覚して バタバタな日常ではあったんですが ちゃーの入院中に1度だけ 元義両親がお見舞いに来て ITP もう~!!早く帰って! 離婚した後の私は この時くらいしか 元義両親とは会っていませんでした。 スポンサードリンク その後ちゃーが退院して 生活が落ち着いて来た頃 元旦那から 「お母さんが脳動脈瘤で入院して」 「手術をする事になった」 と連絡がありました。 離婚をしてから 1年ちょっと経った頃だと思います。 子供達はお見舞いに行きたい と言っていて でも2人で行かすには ちょっと遠い病院で 離婚してるし 私が行ってもいいものか? 普通はこういう場合どうするの? いやでも 普通とか関係ある? と色々考えましたが 心配なのは確かだったので 心配だったから来ちゃった! と普通に行けばいいかと 子供達とお見舞いに行きました。 お義母さん 戸惑っちゃうかなー と思っていましたが 「LINDAちゃん 来てくれたの」 「(´;д;`)ウッ・・」 と泣いて喜んでくれました。 その時に来ていた お義母さんの妹である義叔母も 「LINDAちゃんよく来てくれたねぇ!」 「姉が会いたがってたのよー」 「姉はLINDAちゃんが」 「大好きだから」 「お姉さん 会えて良かったねぇ!」 と温かく迎えてくれました。 お義母さんの手術は成功したそうで

  • 自粛中の粋な誕生日プレゼント

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ 5月の終わり頃 初のリモートで こっちゃん9歳の お誕生日会をしました♪ 事前準備はこんな感じで↓ リモート遊び♪ゲームだらけの誕生日会 LINEグループのビデオ通話で やってみたんですが いやー電波って 難しいんですね! 各家の 電波状況が違うからなのか 映像が止まる止まる! 音声は届いているんですが しょっちゅう母が 変顔で止まっていました笑 それはそれで 面白かったんですが (*´∀`)アハハ ちゃーとたっくんは 最初の方に 顔を出しただけでしたが 私とびっちゅ 妹家族 母と姉 姪っ子夫婦の 4画面でやったら 結構みんなの顔もちゃんと映って 多少の音声誤差はあったものの 楽しく盛り上がれました♪ こっちゃんが1番楽しかったのは スラヒーだったそうです。↓ グループLINEに画像を送って 早いもん勝ちのクイズにしました。 「はぁって言うゲーム」も かなり盛り上がりました↓ 姪っ子の旦那さんが 「うほうほ」だけで 「愛してるよ」を表現したり ななっちが顔だけで 「アイドル」を表現したり こっちゃんが 「ふるさとの母を想ってお母さん」 を「お母さん」という セリフだけで表現したり 身内の演技って めっちゃ面白い笑 みんなに送った招待状に 書いた通り こっちゃんが眠くなるまで みんなで遊ぶ事が出来ました♪ こっちゃん喜んでくれたようで 良かったです。 そろそろお開きにしようと していた時に まさかのこっちゃんから サプライズがありました。 スポンサードリンク 実は こっちゃんの誕生日の2日後は 私の誕生日だったんです。 そこでこっちゃんが妹と一緒に 手作り石鹸を作ってくれました♪ 「LINDAちゃんトコは」 「人一倍 感染に気を付けてるから」 「手洗いし過ぎて」 「荒れちゃうんじゃないかと思って」 「グリセリン入りにしたよ」 「(*^。^*)」 翌日に届けてくれました ヽ(*´∇`)ノ こんなに可愛いヤツ!↓

  • 吃音症の悩み相談 答えます!

    こんにちは LINDAです。(^O^)/ ちゃー23歳 吃音症って知ってる?いつから?原因は? の続きです。 吃音症の事を 改めて調べてみたちゃーでしたが 自分が思っていたような情報が なかなか出て来なかったようで 「ちょっとお母さんに」 「話しがあるんだけどさ」 と言って来ました。 「なーに?」 「お母さんのサイトってさ」 「俺の吃音症の事も」 「書いてるんでしょ?」 「書いてるよ」 「数は少ないけどね」 「それって結構 見られてるの?」 「う〜ん そうだねぇ」 「まぁ 見てくれてる人は」 「一定数はいるよ」 「っていう事はさ」 「吃音で調べた人が」 「辿り着いてるって事も」 「あるって事だよね?」 「そうだねぇ」 「あのさ お母さんのサイトで」 「吃音症の質問箱的なもの」 「作れないかな?」 「え?ママのサイトで?」 「そう」 「なんでママのサイト?」 「(^▽^;)」 スポンサードリンク 「お母さんのサイトってさ」 「みんながやってる」 「日記ブログとは違うじゃん?」 「まぁ 日記ではないからねぇ」 「俺も調べてみたけど」 「吃音症で出てくる情報って」 「辛いんです!っていう」 「内容ばっかりなんだけど」 「何が辛いかっていったら」 「先がわからない事」 「なんじゃないかと」 「思ったんだよ」 「ずっとこのままなのか とか」 「努力でこの先変わるのか とかさ」 「おお なるほど?」 「でもお母さんのサイトはさ」 「始まりから現在の事まで」 「書いてるから」 「何がどうなってこうなったのか」 「わかるわけじゃん?」 「まぁ 俺の1例ではあるけど」 「こうやって育てたら」 「こうなりましたっていうのが」 「やり方が」 「いいか悪いかは別としても」 「もう結果が出てるじゃん」 「まぁ まだ中学までしか」 「書けてないけどね(^▽^;)」 「そうだけど」 「小3で吃音症になった息子が」

  • 吃音症って知ってる?いつから?原因は?

    こんにちは LINDAです(^O^)/ ちゃーは小学3年生の頃から 吃音症になって 今では殆どわからない位 普通に 話せるようになったんですが 発症して以来 本人にはずっと 吃音症だという事は 知らせずに来ました。 詳しい事はこちらから↓ ちゃーの吃音症Ⅰ だったタイトルを 「吃音症と向き合うⅠ」 に変更しました。 ちゃーは 吃音症のきっかけにもなった 太ってしまった事で ずいぶん悲観的に 物を考えるようになって 「どうせ自分なんか・・・」 と 小さい事でも すぐに言ったりするので 自分は病気なんだと 自覚させる事によって ちゃーのそういう部分を 増幅させちゃうような 気がしていたんです。 ましてやちゃーの吃音症は 思いっきり 精神的な事から来てたので 意識させずに 気にしないでいた方が いいんじゃないかと。 スポンサードリンク そんな感じで本人は 吃音症という病気なんだ (正確には発話障害) という事は知らずに 早口だからつっかえちゃう とか 焦ったり緊張するから 上手くしゃべれない っていう解釈で育ちました。 大きくなるに連れて いつかは自分で気づくのかなー とは思っていましたが これまた なかなか気づかない( ̄m ̄〃)プッ 本当に 笑っちゃうくらい気付かないので じゃーこのままでいっかと あえて言いませんでした。 言っても 言わなくても 症状は変わらないし・・・ と思って(^▽^;) そう思っていたんですが 高校3年生のある日 突如として ちゃーが気付いたようで・・・ 「お母さん!」 「吃音症って知ってる?」 「Σ(・ω・ノ)ノエッ 」 「・・・ うん。」 「知ってるの?!」 「うん・・・。」 「知ってるよ?」 「俺 吃音症なんじゃないかな?」 「・・・なんでそう思うの?」

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、LINDAさんをフォローしませんか?

ハンドル名
LINDAさん
ブログタイトル
NEW!シングルマザーLINDAの子育てMEMORY
フォロー
NEW!シングルマザーLINDAの子育てMEMORY

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用