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考えることが好き!せかいを獲得するための方法論を展開します♪ 哲学/読書/ズボラ/人生観/創作/
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17回 / 365日(平均0.3回/週)

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ぴーやまさんの新着記事

1件〜30件

  • 球体の世界

    人が、ものが、 すべて球体だったらいいのに。 それならシンプルでわかりやすい。 我々が考えるべきは、かたちの些細な 違いではない。悩むべきは かたちの色や大きさではない。 これは慰めではない。 その事をはっきりさせないと、 いつまでもかたち上のしょうもない 悩みに翻弄され、仕事に とりかかれないからだ。 労働ではない。仕事だ。 かたちであること自体について 考える、それこそ仕事だろう(しんどいが)。 そもそも考えるとは、かたちと意味と それらを引き受けて生きる方を 選択するために頭を使うことじゃないか? かたちはどこまでいってもかたちだ。 かたちa→かたちa′で解決される問題なんて もともと解…

  • どうせ続くのなら

    家庭を持ち、子を産み育てる それが生きることの肯定だと決めて、 もうなにも考えずにさっさと 取り組もうと思った。 仕事、子育て、それに付随する コミュニティ内の役割。 忙殺されてしまえば、あっという間に 時間が過ぎて、忘れられるんじゃ ないかという期待もあった。 どうせ生きるなら、 生きることを続けなくちゃいけないのなら 考えないでいたい。 考える上に続けるなんて拷問だ。 砂を盛って、盛ったら崩して、 また別の場所に盛るのとおんなじだ。 意義を見いだせないと生きられない。 意味なんて要らないのに、 生きなきゃいけない。 かたちに埋没すればいい、そう思った。 誰かの悪口をいってみたり、 社会問題…

  • 正しく問う、泥臭く応える

    物事を考えるに辺り、 正しく問うことがなにより重要だ。 根本的な前提として、生きることの 善悪は我々には判断できない領域にある ことを知らねばならない。 こういう状態なら善、こうなら悪と 決めることは出来ない。 唯一できるとすれば、主観的な意見を持つ ことだけである。そしてそれは、 人類全般に共通するものでもないし 多数決で決まるものでもない。 単なる好みである。 生きることの善悪については、正解を 知るよしもないが問うことはできる。 むしろ問うことだけが、生を意義 あるものにする。 (なお、意味はかたち伴って存在する) ただ残念なことに、生を問うことが できている人は本当に少ない。 主観的な…

  • かたち考

    かたちの虚しさは、 誤魔化せるものじゃない。 気分転換に息抜きとか 周りの人に相談とか、 そんなことでやり過ごせると 本気で思っているのだろうか。 かたちである限り、逃れられない。 影のように、どこに行ってもなにに なっても、ついて回るんだよ。 いま必要なのは、誤魔化すことじゃない。 向き合うことだ。この虚しさと 対峙することだ。 対峙するには、歪めずに見なきゃいけない。 認める、とは本来そういうことだ。 いいように解釈しない、勝手に 意味付けしない。 ただ、じいっとみる。 かたちの本質。 輪郭と体積をもち、 いずれ朽ちて消える、有限のもの。 この私も。 特定の意味などないが、 すべてのかたち…

  • 誰の期待にも応えない

    これが案外難しいよね。 人様に迷惑かけず、とか お世話になった人に恩を返す、とか 働いて税金納める、とか 老後のお金をこつこつためる、とか まぁ、気づけば色々考えてしまっている。 そして荷物が増えていく。 たまにそれらを点検するといい。 いつのまにか増えた荷物を 見直してみる。 持たなくていいな、と思ったら 捨ててしまおう。 捨てられないものには、居場所をあげよう。 空いたスペースに思わぬものが 入り込んできたりするから。 深呼吸して、想像してみる。 今の状況や環境を脇において、 胸にある景色を思い浮かべる。 小さながらんどうの部屋の、 壁にかかった絵画。 灰色の空と灰色の海を切り取ったような…

  • 生のOS論

    たぶんOSが違うんでしょうね。 WindowsかMACかくらい、 最初から違うようだ。 WindowsをMACに似た仕様に カスタマイズして使うことはできる けれど、いちいち手直しがいるし 工夫や技術も必要だろう。 iTunesも″あいちゅうんず″みたいになって なんか無理あるなぁ感は否めない(笑) そして世間は、およそMAC向けの作りに なっていて、新しい課題に出会うたび アプリ作りから始めなければならない。 MACがOSの人がぽちっとアップデート している横で、盗み見ながら真似っこ しつつやり過ごしてきた。 生きることに関して、価値観の違い という次元では片付けられない程 大きい隔たりを感…

  • 今日もりんごの木を植える

    続けると決めたら、 すぅっと心が軽くなった。 どうすれば続けないでいられるか 思い煩っていたときは 重くて苦しくて薄暗かったのに。 本心では生きたかったから、 なんていうつもりはない。 今でも茶番だと思っている。 それが喜劇であり、演者になりきると 腹をくくっただけ。 覚悟なんて大それたもんじゃない。 それに、かたちの痛みがなくなるワケ じゃない。身もだえる冬は近い。 また、若い命が喪われた。 SNSの誹謗中傷が要因ではあるだろうが、 本人の心が不安定であったことには 違いなかろう。 そんなの気にするな、強くなれ などとぬかすつもりはない。 ただね、くだらねぇなとは思う。 そんなの、死ぬことを…

  • 虚しさを引き受けて

    明確な要因がわからない自死は、 人を困惑させる。身体の芯の部分が 低温やけどをしたかのように 熱を持ち、落ち着かない。 その時、かたちでは解決できない 存在の壁の前で立ち尽くしている ことに、はっと気がつく。 握った手のひらから漏れる空虚 地響きの耳鳴り 暗く荒れた海と曇天 生きることはいいことだと 自分に言い聞かせたのかもしれないな。 それだけでなく、生きることに悩む 人々へエールさえ送ろうとした。 過大に役割を意識しすぎたきらいがある。 きっと真面目で、優しかったのだろう。 そして、自信がなかったのかもしれない。 独特のらしさや尖ったところがないこと、 いい子の殻を破れないでいることが ど…

  • 人生定年制度

    死にたがり度合いにおいては シオランに負けず劣らずだと思う。 別に誇ることではないのはわかっている。 しかしながら褒めてあげてもよかろう と思うのが、それでもなお生きることを 選択しているという点だろう。 いまだに生きたいという感覚は わからないし、死にたい気持ちも なくならない。息を吸うように、 自然にいつも死にたい。 全然健康、万事順調。むろん、死にたい。 OSが死にたいになっているとしか 思えないレベルだ。 私はもう、死にたい理由を自分に 問わないし裁かない。 皆に認めてもらおうとも思わない。 自分が認めればオッケーだ。 むしろ問うべきなのは、なぜ それでも続けるかということの方だろう。…

  • 生きたい、とはどういうことか

    生きたいと思う事に 理由は問われないのに、 なぜ死にたいと思う事は 理由を問われるのだろう? 生きる理由は問われないのに、 死ぬ理由は問われるのだろう? 身近な人や大事なペットが死ねば、 共に過ごした時間を思いだし もう二度と共有できないことを知り とても悲しい気持ちになる。 でも、死ぬこと自体を悪いことだと 思ったことがない。 もちろん死んだ人をかわいそうだとも 思わない。 同時に、死にたいと思うことを 不自然だとも思わない。 かたちを持つことは本来苦しいことだ。 生きたいと思う事は、その苦しみを 少しでも和らげようとする何らかの 計らいなのかな。わからん。 私の人生の目的は、 生きることを…

  • 鈍感でいること

    鈍感は、生活する上で一番の武器だなと あらためて思う。 半径二メートルの世界で起こること以外 なにも見えていないような人や、 感受性や身体が敏感であるからと 厳しいことは他人任せでのんびり 茶を啜れる人や、 ろくに働いたこともないのに労働を 嘆き生活に足をとられる人。 捕鯨反対といいながらパンや肉を 美味しそうに食べる人や、いじめの報道に 「ありえない!」「かわいそうに…」 といいつつ身近な人の悪口や愚痴に 花を咲かせる人。 矛盾やほころびが生じる部分を どういうわけだか見ないでいられる。 たとえ見てしまっても、すぐに蓋を してしまえる。そこに罪悪感はなく、 都合のいい解釈があるだけ。 振る舞…

  • 詩/ことばがほしい

    ことばがほしい 本当のことばがほしい 血でかかれたことばがほしい 虚しい場所でひとり 立ち尽くすことを強要する ことばがほしい 誰も救われない真理のために 私自身を差し出して 熱湯のように浴びせかけられる ことばがほしい 言語のような滑らかなものでなく 熟れたザクロの 爛れた手ざわりの ことばがほしい 混沌を煮詰め絞り出すような たった一滴のことばがほしい

  • 100日後に死ぬワイ

    Twitterで話題のパロディ …我ながらくだらない( ̄ー ̄) 100日後に死ぬかもしれない。 もしかしたら、明日かもしれないし 明後日かもしれない。 だから、生きている日々を当たり前と 思わずに大切に過ごそう。真剣に生きよう。 そういうメッセージを込めたらしい。 確かに何気なく生活していると、 明日も明後日も来年も10年後も 波風はあれど来るものだと疑わないだろう。 でもそれは、生きることに真剣じゃない からではないんだと思う。 (どのような軌跡を描いたとしても、) 生成し発達しやがて消滅するという かたちの法則にしたがっている我々は、 存在そのもののの意図は解けない。 かたちにはじまり、か…

  • いいんだよ

    思えば、たくさん回り道をしたものだ。 母から認められたい、愛されたいという 思いが根底にあったわけだが、 その思いを認めるのにも時間がかかった。 記憶を捏造したり取り繕ったり しないでも立っていられるようになるまで そこからさらに時間がかかった。 最初から、ストレートに受け取り 認め、渡せたなら今の私とは かなり違った自分になっていただろう。 けれど私はこの私しかいないし、 なんだかんだ人間臭い自分が好きなのだ。 感情の豊かさを感じられるのは、 翻弄されたことがあるからだし 失っていた2年間包まれていた あの透明な膜を知っているから。 豊かさ=幸せではないと 豊かさ=善ではないと、 自分だった…

  • ことばの海から

    これまで、特にこの4年間は ことばのために費やしてきた。 たくさんのことばに触れ、 自我を幾度もとり崩しては その破片を積み重ねてきた。 今回ばかりはもうだめだと 毎度思ったが、じっと亀のように 待っているうちにいつの間にか 春を迎えていた。 少しずつ栄養を与え、豊かになった ことばの海から引き揚げてきた言葉を 私は私のためだけに使いたくない。 正直に言えば、 得るまでの道のりやそのために 選ばなかったことを思うと、 ぽんと差し出すことに対して 惜しい気持ちがあった。 あるいは同じだけの血を流し 得てきた言葉を差し出せと、 腹のなかで思っていた。 かけてきた時間や労力に対する自負、 そのために…

  • 宣戦布告

    考えても答えがでない、 そういう問いが好きだ。 たとえ悶え苦しんでも、ぽっかりあいた 虚無の洞窟を前することになっても。 考えても答えがでないことを 考えるのは社会的に有用ではないが、 考えて答えが出ることなど 面白くない。 自分の地位や有能さに 鼻高々になる人は多い。(逆もしかり) 確かに社会に認められる努力を したという事実は評価に値する。 ただ思うのは、その評価は いかほど大切なのだろう?ということ。 人は見た目が9割、 なるほどそうかもしれない。 ただその9割はなんのための9割か。 他人に好かれる、評価されることは 社会生活を営む上で重要なのは わかるが、その中心が語られていない。 た…

  • 恋とか愛とか。

    今夜は月が見えない。 あの重く厚い雲の奥に きっといるのだろうが、 月のない空はどこか不穏だ。 外灯の心許ない明かりが 寒空にぽつりぽつりと滲んでいる。 こんな夜は、後ろめたい関係の カップルにとって都合が良いだろう。 お互いのギラギラした光だけが 絡み合って、夜が濃くなっていく。 不倫。たびたびワイドショーでも 話題になるが、明確な嫌悪感を 抱くことが出来ないでいる。 頭や心を超えたところに、 まるで雪崩のように押し寄せてきて 圧倒される可能性は誰しもある。 やめろ、という理性の声を一瞬聞いた ような気もするが、もはや身動きできない。 それが結婚後に起こった場合、どういう 態度をとることが誠…

  • 継続のうちに見る肯定

    続けることの中に、肯定を見つけた。 善悪の善だけでなく、悪を含む 肯定。好き嫌いの好きだけでなく、 嫌いを含む肯定。生産性の有無を 問わない肯定。 綺麗事ではない。むしろ、清濁あわせ のみ泣きながら頷くような肯定。 私に、できるだろうか。 大きなものを畏れ、尊重し 祈るように生きることが。 自信はないけれど、ひとまず 落ち着けそうな方向性を見出だした。 続ける理由として納得はできる。 となると、生活へ目線はいく訳だが こちらも一筋縄ではいかない。 不安をあおるような要素が一杯だ。 それでも、生きることの模索とは 比べ物にならない。 暖かろうが冷たかろうが、風が こそばゆくて。 ただ、彩ることに…

  • 肚でわかること

    生きることはいいことじゃない ということと、 (生きるのを)続けていくこと が私のなかでうまく繋げられず、 前提が間違っているのか はたまた続けていくことが 間違いなのかと問い続けてきた。 でも、どちらも間違いではないとすれば 私が探すべきなのは「接続詞」 なのかもしれない。 そう考えてふっと力を抜いたとき、 出てきたことばが ″さぁ、″ だった。 青年は考える。 生きることはいいことじゃない だから、続けない あるいはこう考える。 生きることはいいこと(のはず)だ だから、続けよう 大人はどう考える? 生きることはいいことじゃない それでも、続けるものだ あるいはこう? 生きていればいいこと…

  • 年の瀬に思う

    年の瀬の、忙しない雰囲気が 割りと好きだ。 非日常なのに毎年型通りというか。 落ち着かないのに懐かしい感じ。 いつも年の瀬だったらいいのに。 (同じ型通りでも年始は好きじゃない) 帰省ラッシュの映像を見て、 皆帰る場所があるんだなと しみじみ思う。 そんな中、一人あてどもなく 電車に乗る。遠いところ、できれば 雪深いところか灰色の空と海を 眺められるところでぼんやりするために。 ぼんやりしながら、生きることを考える。 日常でも非日常でも考えることは同じだ。 そして、目覚めなければいいのにと いつも同じ結論にいきつく。 でも、目覚めてしまうのなら 来年がやって来てしまうのなら どう生きるか考えた…

  • 良いことではない、そして続ける

    生きることは、良いことではない。 かたちは不条理であり、無常だ。 それでも生きることを好む人たちは たくさんいるし、続いていくことを 願っている。 かたちの存続を維持するよう努め、 妨げない態度をとることは 道徳的に正しいことなのだろう。 それは私が存続を望まなくても 或はその意味を理解できなくとも、 続けていくための一切を肯定する 根拠となる。 存続を望む人がマジョリティだから という理由では脆い。 そもそも高齢化に伴う病苦、重い税負担、 老老介護、長時間労働、過度な情報化… そういう情勢にあって 口にせずともかたちの存続を望まない 人は少なくないと感じる。 高度経済成長期のように、頑張れば…

  • 電車に乗って

    たまに、何もかも捨てたくなる。 仕事も趣味も人との付き合いも家も物も。 捨てたところで、どうなろう。 そうは思うが、長く持ち続けると 澱のようなものが少しずつ溜まっていく 息苦しさがある。 別に嫌いになった訳じゃない。 でもそういうときはあるし、 誰かの顔に同じような色が しゅっと浮かぶのをみることもある。 淋しい共感は少し温かい。 だからだろうか。時折、電車に乗る。 一応の行き先はあるが、目的は乗って 移動することだ。なんのつながりもない ところへ無性に行きたくなる。 街行く人を眺めて、二度と会わない んだろうな、などと思う。 それでいて、自分が景色になったような 軽さを感じる。考える主体で…

  • 運動としての永遠性(仮)

    かたちのあるこことかたちのないそこ。 全体が一なる運動であると仮定すると、 どちらにもその起源はないのだろうか。 否、他方が他方の起源といえるのか。 ここゆえにそこがあり、そこゆえに ここがある? となれば、かたちのないそこでも 終わりが来るということになるだろう。 またかたちの方へ生まれでてくるのなら、 そこではある種の終わりがある。 であるならば、そこへ入ることは 一時的にかたちから解放されるだけで 永遠に無形であれるわけではない ということになる。 つまり、かたちがないこと=永遠 とはいえなくなる。 むしろ、かたちの創造と解体を 繰り返すこの運動そのものが 永遠性をはらんでいるというのだ…

  • かたちを続けていくこと

    死にたいと思うことは解放への希求で あって、特定のかたちへの絶望ではない。 かたちでしかあれないことに虚しさを 感じているわけで、別のかたちを あてがわれても消えるものじゃない。 ○○であれば生きていたい、 というのは立派な生存願望だ。 どのような状態であっても 生きていたくない、 というのは歪められた願望なのか? 正常であれば、生きていたいと 思うものなのか? かたちからの解放を望むことに いかなる問題があるのか。純粋に知りたい。 社会が成り立たなくなる? そもそも成り立たせなくてはならない理由が わからないのだ。 真面目な顔で生活しながら その意味するところがわからない。 精神的に奇形なの…

  • 生活への興味がなさすぎる件

    ここ数年、かたちや存在そのものへの 考察を深めようと努めてきた。 生きることを学び考えてきた。 その弊害として、生活への興味が 一層薄れ、生活感覚がごっそり失われて しまったようだ。 なにか生活について喜んだり悩んだり しようとしても、 「結局、かたちではないか」 という思いがもたげてきてしまう。 かたちとかたちじゃないものの差に 関心があるのであって、AとBの差には 正直あまり興味がない。 私のなかでは、かたちをもつという意味で 同じくくりなのだ。 けれども、生活に関心を持たなければ 生きることもままならない。 私自身も一つのかたちとして、 かたち界のルールを覚えなくてはならない。 運転が好…

  • わりきらないで、対峙する

    ああ、まだまだ甘いなぁ自分。 無意識にわりきろうとしてしまう。 安楽死を尊厳死といいかえ、 死を生の終末とし選択権を与える べきだと語る。もっともらしい回答だ。 でもこんなにきれいにわりきっては、 その谷間に語られぬことばを こぼれ落としてしまうのでは? 私のベクトルはかたちからの解放、 すなわち死へ向かうから 死を肯定的にとらえる文脈を 熟慮なく採用してしまいがちだ。 でも、論拠としてあげた例は かたちへの執着の帰結であった。 生が苦しいなら死を選ぶ、 という消極的な選択はもっとも 避けたいというのに。 生きることは苦しいのになぜ続けるか 死ぬのは怖いのに何故死なねばならないか このかたちと…

  • 死ぬ権利じゃなく、生ききる権利

    パラでメダルをとった女性が 安楽死で亡くなったという。 享年40歳。 耐えがたい痛みを抱え、 晩年は夜も眠れなかったそうだ。 世界最高齢でギネス認定された 女性が後悔していることを聞かれ、 「長く生きすぎたこと」と語った。 知人や子供たちを見送り、 生き続けることに虚しさを感じたそうだ。 あげればキリがないが、そろそろ 本気で考えた方が良くないか? 存在価値を生産性で測る社会だから、 導入に慎重なのだろうけど。 迷惑がかかるから生きたいけど死ぬ、 という事態を防ぐ方法は検討すべき だと思う。だからといって、 尊厳死そのものを導入しない というのは話が違う。 尊厳死は死ぬ権利じゃなく、生ききる …

  • 考えるのが好き。とりわけ死について

    村上春樹さん風のタイトル! 生を続けることに執着がなく、 無論かたちにもこだわりがない。 だから、こうなりたいとか あれを手にいれたいという思いも ほとんどない。 よく言えば無欲、悪く言えば無気力。 どちらにせよ、残された時間を どう過ごすのか考えたいところ。 すべきことがない人生は、 時間をもて余すからね。 平均寿命が87歳前後だから、 下手したらあと60~70年近くある。 生きることはリスクだなと改めて思う。 どんだけのびりゃあ気がすむんだろ。 去年5年更新したばかりだから、 ひとまず縮める選択肢は外しておく。 お金は生活する上で必要だ。今のところ。 でも、手段であって目的じゃない。 七つ…

  • 解放されたし!

    噂話や悪口をいわないのは、 優しさとか心がけという側面も 多少あるけれど、そもそもあまり 興味がないんだと思う(笑) 分析するのは楽しいけれど、 その人への興味(好意)ではなく人間の行動や 心理や選択について考えるのが好き なだけなんだな、と。 だから、博愛主義的に みんなに同じように接するし 家族や友人であっても一定の距離を 保つ。ずっと同じ空間にいると しんどくなって、ぷらっとでていく。 親密になるのがあまり得意じゃない。 困ってはいないけど 興味があるふりをするのはちと疲れるね。 人の名前とか情報を覚えるのも苦手。 なんでみんな人に興味があるのかな、 よくわからない。 生活に興味がないか…

  • 疾走する閉塞感

    生活をおいて 生きるを考える なんて、できんよなぁ(笑) 動くことも動かないこともリスク 結婚するもしないもリスク 子供生むも生まぬもリスク なんだろうね、これは。 だんだん閉塞感で苦しくなってきた。 40才独身でなくなったかたの 迷いと哀しみとやりきれなさを思う。 生きること自体へのむなしさが 耐えがたく肩にのしかかってくる。 このまま、目覚めたくないなと いつものように点検する。 弱くて醜いよ、 恐くて不安だよ。 そしてそれは、生きる方を向いている からなんだと気づく。 愛よ、なぜかたちを望んだ 愛よ、このすべてのかたちたちが 報われると言ってくれ 報われると言ってくれ 泣くのはいやだ、笑…

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