「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
不思議な展開をみせる、オリジナル小説、 ほんのり奇妙な短編・ショートショートや、 中編小説を書いています。
◆小説一覧リスト https://riemiblog.blog.fc2.com/blog-entry-2.html 読んで感じたこと、思ったことなど、 ひとことでもいいので、 作品へのご感想をお待ちしています。
夜12時ごろに起こしてくれ、とゴンドラの船夫には言っていたので、眠いながらも、ロイは目を覚ますことができた。 浜から少し沖に漕いだ場所。 そこからは、本土と島の両方が見える。 ロイはそれまで寝そべっていた、赤いビロードの長椅子から、上半身を起こした。 揺れるゴンドラの中で、2つの町を見比べる。 本土は強い、都会の明かり。 ビルや電波塔の白々とした光が、夜なのに昼間のように放たれている。 それに比...
「あれ、珍しいですね。昨日もいらしてたのに、連日いらっしゃるなんて」 町役場の夜間職員は、昨日と同じ時刻に訪れた、マリに向かって声をかけた。「ええ。ちょっと相談し忘れたことがあって。難しくて、電話じゃ言えないのよ」 控えめに、マリは笑った。もうおばあさんだしね、と付け加えて。「そうですか、ちょうど町長もまだ役場に残っておりますし、また応接間のほうでお待ちください」 職員に促がされ、マリは昨日と同...
虹色の、斜めにストライプが入った派手なワゴンで、リカはその日、営業していた。 肌寒いけれど、雲の少ない青空に、ワゴンからつけた風船が揺れている。 丸いの、星型の、種類はさまざまだったけど、どれも同じメッセージが印刷されている。『Happy Noel!』 リカはニットの帽子をかぶり直した。 ノエル当日も、この場所で販売することになっている。 この帽子じゃ寒いかな……。 ちらり、と後ろの教会を見た。 ミサを終...
ロイは昼前にフェリーに乗って島へ上陸した。 海沿いのフラワーショップ・ナヤを通り過ぎ、目的地へ足早に向かう。 冷たい潮風がコートの裾を翻した。 リボンの装飾が浮き彫りにされた看板の、小さなお店。 ショーウィンドーに飾られた華やかなツリーに見向きもせず、ロイは入口ドアを開けた。「いらっしゃーい」 陽気な出迎えの声がした。 店の店長がひとり、レジの前に立っている。 男なのに女物のエプロンを巻いて、...
その日のナヤは朝早くから、リース作りの仕事に追われていた。 花屋に続く少し奥まった部屋の一角で、椅子に座り、小さなテーブルの上で手を動かす。 花屋は辛い水仕事だ。 水を張った足もとのバケツに、たくさんの切り花がひたっている。 そこから必要な本数を取り、テーブルの上で、細い茎を編んでゆく。 丸く、丁寧に、形よく。 ノエルの近づくこの時期に、毎年行うリース作りだ。 人々はこれをドアに飾ったり、窓に...
セドは受話器を耳から離し、電話を切った。 他ならぬ町長の頼みだ。やらないわけにはいかないだろう。 それに、その報酬が嬉しい。 どんなお得意様か知らないけれど、町長に大金を振り込む。 それを自分の店で売った花だと、うそぶくだけで、分け前をくれる。 本土への運び屋になるのは、ちょっと面倒だったけど。 いつもの場所で待っている、取引人に渡すついでに、本土の市場に出た花々を、自分の店で売る用に仕入れる...
夜中のひっそりとしたラウンジで、子供を泣かせているところを見られたら、変に誤解されてしまうだろうな、とラジは思った。 幸い、2人以外には誰もいない。それでも、明々と灯るランプの光が、キトの頬を光らせた。 いつマリが帰ってくるか分からないので、ラジは要点だけを実直に語った。 マリの尾行をし、着いたのは畑。幻想花の栽培地。 ラジは声を知られているので、町を歩いていたバックパッカーを買った。 マリに...
町役場の一番奥、ふだん観光客も通らない、細い通路を使って、町長はやってきた。 応接間だった。 アンティークな革張りの椅子に座り、すでにマリが待っていた。 手前の机に、膨らみのあるスカーフが乗せられている。「町長、聞いてください」 マリの低い声がいつもと違う。 町長は入ってきたドアの取っ手を引き寄せた。 腕時計を見る。深夜1時過ぎ。 夜勤をしている職員たちには、週に一度のこの時間、昔なじみと話に...
モンフルールの広いロビーで、キトはひとり待っていた。 深夜12時で誰もいない。 古めかしい柱時計の音だけが、耳に、心に響いてる。 最終チェックインの時刻も締め切られ、もう観光客は入ってこられない。 泊まりの客は寝ているだろう。昼間歩いた町を、夢に見ながら。 キトはどうしても眠れなかった。 分厚いガウンの前を合わせて、壁際の長いソファに座ったり、立ったり、位置をかえて座ったり……を繰り返していた。 ...
本土に帰ってきたメルは、すぐさまその足で郵便局へ向かった。 上司の局長は、メルの今回の失敗を、言葉で叱責しなかった。 40過ぎで、メルの2倍ほど年上の女性だったが、涼やかな顔でメルを見るとこう言った。「始末書、書いて」 あとは言われるままにメルは従った。 午後からの仕事は取り上げられ、自宅に帰された。 表には感情を出さなかったが、局長はかなり怒っていたに違いない。 メルが帰り間際に、冷たい態度で...
ノエル(降誕祭)が近づく季節になると、圧倒的にガラス製品が増える。 陳列棚にもこれでもか、というくらい、積み重ねた色とりどりのオーナメント。 お互い触れるとカチャカチャ鳴って、割れやしないかとヒヤヒヤしてしまう。 でも、店舗が狭いので、個別に飾る場所もないのだ。 本当は2階のほうにも並べたいけど、2階は住居で、1階よりもさらに狭いし……。 リカは、紙の箱から取り出した、50センチほどのツリーを眺めた...
ルームサービスのクロワッサンとミルクを胃に収めたあと、メルはチェックアウトした。 ロビーの柱時計は7時を刻んでいる。 9時入港だから、しばらくまだ時間があるな。 よく磨き上げられた、つややかな木の入口ドアを開くと、すぐ外に、掃除をしている2人組を見た。 短く伸びたホテルへ続く階段の、白い手すりを雑巾がけしている、背の高い男。 柄の長いモップで、石畳の水を拭き取っていた、細身の少年。 2人はメルを通...
広い噴水のへりに、男がひとり座っていた。 もう何時間もここにこうして待っている。 黒いスーツに銀縁眼鏡。 眼鏡はダテで、視力はいい。 見えないものまで見えるほうだ、と、自分では思っている。 前を通り過ぎてゆく、街灯に照らされた観光客の表情を、見て見ぬふりして座っていた。 時々、足を組み直し、そ知らぬ顔で。 ピチャン、ピチャン、と水の跳ねる音がする。 後ろの噴水からじゃない。男のひざ下まで、アク...
用意周到に長靴を持ち合わせているわけもない。 ただ、買えそうな店がどこにあるか分かっていたので、メルは急いでそちらに向かった。 はずむたびに鞄が揺れたが、今は考えないことにした。 とにかく、濡らさないのが優先だ。 ミリのカフェを通り過ぎるとき、彼女が太った旦那と一緒に、オープンテラスの椅子や机を片付けて、店の中に押し込んでいる光景を見た。 これからやってくる大潮のためだ。 旦那は試食し過ぎたの...
いつもなら郵便局で昼を食べ、午前中に整理した宛先ごとの手紙を持って、島へ渡る。 そして配達し終えると、役場のポストを開け、空になった鞄に新しい手紙を詰めて、局に戻る。 大体それが、4時過ぎだ。 だが今、港に向かいつつ、役場の高い位置に取り付けられた時計を見ると、1時間遅れ。 たぶん、ミリのパン屋に寄ったのがいけなかったか。 メルは胃の辺りをさすりながら思い返した。 ミリという名のおばあさんの開い...
メルは肩から斜めに吊り下げた革製の鞄に、ポストの中身を収集していた。 町役場の側の大きなポストだ。 青い海に浮かぶ、朱色の屋根の連なるこの島の、美しい景観を写したカードが多かった。 ちょうどその時、役場の扉を押し開けて、町長が現れた。 メルには気づかず、役場の前の花壇に向かい、花の手入れをし始めた。 しおれた花びらを摘み取って、手の中で握りしめる。「こんにちは」 メルがそっと声をかけると、「や...
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「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
◆雨の降る街 現代ドラマ(全7話) 泣きたくなったら、ここへおいで。 その街は、毎日雨が降る街だった。 少年は、ある一つの仕事について知る。 それは街の人々にとって、必要なシステム。 たぶんきっと、あなたにも……。 ▽目次(クリックで展開) 1 昨夜 2 配管 3 蛙堂 4 社長 5 睡蓮 6 雲海 7 翌日 1 昨夜 少年は、眠れない夜に考え事をするのは、よくないことだと分かっていた。 考えは...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
時計は、静かで凍りついたような空間に、大きく、振動を響かせていた。 午後一時。 窓のない部屋は、壁の時計と、白い電灯に照らされた三人の、小さな呼吸の音だけを、密やかに閉じ込めていた。 三人はそれぞれ、赤、白、黒のシンプルなワンピースに身を包み、狭い部屋の中央に置かれた、木でできた丸い机に、向き合って座っていた。 アイドルのような整った顔立ちに、セミロングの黒髪。三人は似たような白い顔に、何の表...
◆アパルトマンで見る夢は 現代ドラマ(全15話) 諦めることは簡単だ。それでも前を向く。 もう一度、夢の続きを見たいから……。 仕事に行き詰まりを感じた女優、舞花。 逃げるように来た引っ越し先で、 どこか不思議な絵描きと出会う。 ▽目次(クリックで展開) 1 椅子 2 スーツケース 3 ベッド 4 リンゴ 5 ギター 6 カーテン 7 階段 8 エクレア 9 手紙 10 グラス 11 傘 12 鏡 13...
◆稲妻トリップ ファンタジー(全15話) 明日もちゃんと生きていく。 心の中に、抱え込んだ思い。 そして過ぎてゆく、昨日、今日、明日。 三人の視点で綴る、 生きる世界と、その時間。 ▽目次(クリックで展開) 1 さっき…… 2 アオムラ 3 りゅうの 4 AKIYOSHI 5 溶ける時計 6 今日のこと 7 十年前 8 特別な人 9 スパーク 10 ビー玉 11 世界 12 白い光 13 音 14 明日 15 ...
◆ソレイユの森 SF(全15話) 「守っています。命令は、絶対です」 数奇な運命をたどる命と、一人のロボット。 時の流れの中で、大きな展開をみせる、 この世界。 ▽目次(クリックで展開) 1 シュー教授 2 温室栽培 3 訪問販売 4 マネキン 5 日光浴 6 目覚め 7 約束 8 命令 9 傍観者 10 蜘蛛の巣 11 カナユワテ 12 送受信 13 0 14 光の中 15 森 1 シュー教授 ...
◆月のライン 現代ドラマ(全34話) ノエル(クリスマス)の夜に、 煌めく町と、光る花。 美しい町並みに交差する、人々の想い。 月に何度も沈む島で起きる、一つの事件。 自身初の連載小説。 ▽目次(クリックで展開) 1章 1-1 1-2 1-3 1-4 2章 2-1 2-2 2-3 2-4 3章 3-1 3-2 3-3 3-4 4章 4-1 4-2 4-3 4-4 5章 5-1 ...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
その国は昔から、幾度の争いにも勝利し、長らく繁栄を保ってきた。 国王の裏には、偉大な力を持つとされる予言者が一人いて、どうすれば他の国に負けず、大国を維持できるか、国王に指示しているという。 国王は自分では何もせず、すべてはその予言者の指示にかかっている。 そうと知った他国の軍が、予言者をさらってしまおうと考えた。 しかし、考えただけで、その意思は予言者の脳裏に行き届いてしまう。 これにより、...
大きなヘビが現れた。 地面の中から現れた。 はじめ、体長2メートル程だったが、動物園のオリの中で、徐々に伸びだした。 すぐ、オリはいっぱいになり、ヘビは別の場所に移されることとなった。 郵送トラックに詰まれたケージ内で、ヘビは頭に麻袋を被せられ、自分がどこへゆくのか分からないまま、静かな眠りについていた。 寝る子はよく育った。 運転手がケージを見た時、ケージははち切れんばかりに歪み、ヘビの皮膚...
あるところに、ひとりのおじいさんがいました。 おじいさんは、どこにでもいる普通のおじいさんです。 そのおじいさんは、そこに住んでいたのではありません。 ただ、そこにいただけでした。 どこにでもいるそのおじいさんに、白羽の矢が立ったのは、単なる偶然でした。 天の国で天使を務めているビーちゃんは、「次の天国人を決めなさい」と、大天使様に言われ、地上に降りて、そのおじいさんに狙いをつけたのでした。 ...
――その病院から出てきた者は、皆さわやかになる―― 最近鬱ぎみのしー君は、その宣伝に惹かれて、さわやか病院に行くことにした。 精神科の先生が、いい腕なのだろうか。 しー君は病院内に足を入れた。 その瞬間、この世とは思えないほどの、異臭がした。 なんだか照明も薄暗く、壁のあちこちに、血の痕のような飛び散りが見える。「本当にこんなところで、さわやかになれるのだろうか……」 しー君は戸惑いながら、とにかく...
子は、小さな頃から母に聞いていた。 私たちは、光の方向へ進んで生きているの。 光がなくては生きられないのよ。 子は最近、強烈な光を見つけ、何度もそこへ向かおうと考えていた。 でもね……と母。 強すぎる光は、その分刺激的よ。 でも、命を落としてもしまうのよ。 あなたの父は、光に長く当たりすぎたのね。 最後にはビリビリになって、体を溶かしてしまったのよ。 子は疑問に思う。 ぼくらは、光を夢見ることを...
UFO研究家の博士は、頑固な性格で有名だった。 人々の誰もが「ありもしない」と、UFOや宇宙人の存在を否定しても、博士だけは「存在する!」と言い張っていた。 博士は若い頃から、UFOが空から降りてきて、宇宙人が自分と握手する光景を、何度も夢に見ていた。 宇宙人が悪者であるわけがないと、博士は思っていた。 宇宙人は友好を築く為、いつの日か必ず地球にやってきてくれる、と信じて疑わなかった。 博士は...
飲食店の片すみに、いつも一人のお爺さんが座っていた。 店の店長は、もうその光景にはすっかり慣れていたので、毎日お爺さんに、料理を多めに出していた。常連客へのサービスだ。 店長は、手が暇になると、お爺さんのそばへ行き、他愛もない会話を楽しむ。 毎日そうしているうちに、お爺さんは、自分の身の上話を語り始めた。 それによると、こうだ。 お爺さんは絵描きだった。 手にスケッチブックを持って、外を散歩す...
私は走ることが好きだ。 走り続けることで、生きていることを実感できる。 とりわけ、雨の日が好きだ。 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。 だから私は、雨の日でも走る。 ある日、私は、友達と賭けをした。 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーを...
目が覚めると、いつの間にか新人がやってきていた。「やぁ、おはよう。初めまして」「初めまして。ところで……ここはどこだい?」「ここは監獄だよ。入れられた者は、二度と外には出られない」「そんなぁ……」「ほら、あそこに机と椅子が見えるだろう? 看守がいてね、そいつが夜になると、決まってそこに座るんだ。そして僕らを、オリごしに眺める。何か、晩ご飯を持参してくるよ」「僕たちのご飯はいつだい?」「何のん気なこ...
お笑いピン芸人の鈴木は、最近、悩んでいた。 自分のギャグがヒットしなくなったのだ。 しかも、新人の芸人がどんどん出てくる。 若手に客を持っていかれ、TV出演もほとんどなくなってしまった。 最近では、山田とかいう二十歳そこそこのピン芸人が、ブームらしい。 お笑いのくせにルックスもよく、女子のファンも多い。 下積み時代も浅く、芸歴十年の鈴木にとっては、とんでもない強敵となった。 バラエティ番組のプ...
俺は退屈していた。 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレ...
ある日の放課後、わたる君は横断歩道の向こうから、一人のおじさんが歩いてきて、話しかけられた。「やぁ、やっと会えたな」「おじさんだれ?」 わたる君はおじさんの顔を見た。 どこか自分と似たような目をしている。「親戚の人?」「とりあえず止まって話さないか?」「えっ、横断歩道だよ。信号が赤に変わっちゃうよ」 わたる君が足を進めようとするが、おじさんはわたる君の腕を、がっしり掴んで放さなかった。「助けて...
その時、少年はまだ言葉も知らぬ赤ちゃんだった。 母と、ベビーカーに乗せられて、連れ出された散歩の途中で、少年はあるものに目が釘付けとなった。 ベビーカーから見上げたその先に、くるくると回る円盤があった。 なぜ円盤があるのか、なぜくるくると回っているのか、しかし少年は0歳だったので、母親に尋ねようとしても、ただ「あー!」としか言えないのであった。 円盤は回る。 ただくるくると、その場で回り続ける...
フェリーに乗って30分、本土から16キロと、さほど離れていないその島は、観光地として人気があった。 島、といっても南の楽園ではなくて、船が上陸する港には、たしょう砂浜がある程度で、島を支える地面には、そのほとんどに硬い石畳が敷き詰められていた。 上に建つのは、中世の面影を残した建物。 太い木枠が入り交じり、みな同じような朱色の屋根に、白い壁。 花を飾った出窓に揺れる、レースのカーテン。 ドアには飾...
大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。 同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、「シュー教授」と呼ぶことにしていた。 歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。 しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。 生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。 親身になり過ぎたのかもしれない……。 あとになって、シュー教授...