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春夏秋冬 / 老い楽の詩 https://blog.goo.ne.jp/hennkyoujinn

老い始め老い逝くまで、楽よりも苦の方が多い。束の間だけでも喜びや感動、笑いあえる楽があれば幸せ。

星 光輝
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福島県
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北海道
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2017/04/09

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  • 「できる」「できない」を考える (6)

    1827手を当てるベッド上で寝ている要介護老人を手を使わないで起こして下さい「質問の意味がわからない」、と戸惑った人もおられるのではないか。簡単なことです。老人に近づき「起きれますか」、と言葉をかける。老人は「起きれる」「手を貸してもらえば起きれる」「起きれない」など、いろんな言葉が返ってくる。介護に慣れてくると、言葉をかけずに起こしてしまう介護員がいる。介護は言葉かけから始まる。ベッドに寝ている老人、と思い込み、すぐ手を出してしまったり、早く「介護」を終えよう)時間がない)、ということから言葉もかけずに介助してしまう。要介護老人の場合、「起き上がり」の介助を行うとき「座位」がとれるよう連続して介助していく。元気な人(体力がある人)は、両足を伸ばした状態で起き上がりを行う。筋力の衰えた老人は自力で起き上がるのは...「できる」「できない」を考える(6)

  • 熱が出たとき・・・・

    f1826手当て頭や身体が熱い感じがし、身体がだるい、と感じても乳幼児や認知症老人は、訴えることができない。身体の異変を感じても、言葉を使い話せない。母親や介護者は、「なんだか、目の淵など顔が薄ピンク色に見えたりして、熱があるのかな」、と思い額に手のひら(掌)をあててみる。額から掌に熱さが伝わり「なんだか、熱がありそうだね。大丈夫!」「いま、体温計を持ってくるからね」、と言葉をかける。観察していて、熱がありそうだ、と思い、急いで体温計を取りに行き、体温計で測る。それは、間違いではない。昔、子ども心に、母親が額に手のひらを当て、「熱があるね」、と手のひらで感じ、心配してくれたことが嬉しかった。要介護老人も同じくである。手を握られ、握り返したり、背中をさすったり、軽くたたいたりするだけでひとは励まされたり癒されたり...熱が出たとき・・・・

  • 「できる」「できない」を考える (5)

    完熟いちご🍓1825起き上がりが「できない」人間は、ジッとしていられない生き物である。寝たきり老人になっても介護用ベッドの上でゴソゴソと躰を動かしたほうがいい。躰も手足も動かさずに、天井を見ながらジッと寝ていたのでは、良くないことが起こる。床ずれ(褥瘡、じょくそう)ができ、手足は拘縮したりして躰が硬くなる。要介護の認定を受けると、基本動作の大切さを改めて感じる。人間の基本動作(介護事業所で働く介護員は要必読)は「寝返り」「起き上がり」「座位保持」「立ち上がり」「立つ」「歩く」の6過程がある。(上記の基本動作は介護用ベッドで行なう)「寝返り」寝返りが自力で、できなくなると、要介護5の目安になる。天井を見るだけの世界になり、エアマット(床ずれ防止用具貸与)が必要になる。気配りの介護が一層求められる。左右に寝返りがで...「できる」「できない」を考える(5)

  • 殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す

    1824火の粉殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す殺された兵士にも家族はいるのに殺されても残された遺族も悲嘆にくれ戦争ほど残酷、悲惨で醜いものはないいつの時代も戦争を起こした支配者は安全なところにいる戦争の火の粉は飛び広がりアジアで戦争が起こるとも限らない戦争はいらない静かな平和を欲する殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す

  • 「できる」「できない」 を考える (4)

    1823胎内から歩くまでのプロセスにんげんは、この地上に二本足で立ち、歩きそして手を使うことで大きな自由を獲得した。若い親やジイババになったは赤ん坊が「仰向け」から「寝返り」ができると歓喜の声を上げる。「寝返り」ができるようになると小さな人間(赤ん坊)は、顎あげ、次に胸をあげ辺りを見まわす。入院し大きな手術施行し寝返りもできずにいる患者、自力で寝返りができない要介護5の老人は、目に映るものは天井だけ。それが、寝返りができ、胸をあげ、首を回し部屋の風景を眺め見る。物を立体的な関係で捉えるようになる。寝返りができた力は、うつ伏せから手、腕そして足を使い「四つ這い」をすると、小さな人間はの行動(世界)は大きく広がる。興味津々な物が目に映り、「あれは、何だろう」、と早くそこへ行きたくて「高這い」になる。図「運動発達の順...「できる」「できない」を考える(4)

  • 傷む、悼む

    1822死んだ男の残したものは谷川俊太郎が書いた詩死んだ男が残したものは、ひとりの妻とひとりの子ども他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった森山良子が歌ったウクライナに戦争が起き戦禍のなかでいつも惨劇に遇っている罪もない市民がミサイルで殺された同じ地球の片隅に住み何もできない自分ふと、谷川俊太郎さんの詩『死んだ男の残したもの』を思い出した傷む、悼む

  • 「できる」「できない」を考える (3)

    昔開拓部落だった家をほうもんしたとき軒下の氷柱を発見。1821白と黒の中間「できた」「できない」「できない」よりは「できた」方がいい。「できる」ことに拘り過ぎると「できなくなった」ときの落差は大きい。老人はチョットしたことでそれが引きがねとなり「寝込み」歩けなくなり、生きることに諦めてしまいがちになる。人間は「できる」「できない」の二つに結論づけようとする。話は横道に逸れるが昔の映画は白黒だった。画面を見ると色は白色と黒色だけではない。灰色があった。灰色の存在により光や影の風景が作られることで立体感を醸し出していた。カラー映画よりも時には白黒映画の方が味があり昔の風景を懐かしく思うことがある。物事には白か、黒かの二色だけでなく色の組み合わせにより見方を変えることができる。大正、昭和(戦前、戦後)生まれの男のなか...「できる」「できない」を考える(3)

  • 「できる」「できない」を考える (2)

    冬の青空1820待つ幼児、老人の動作を「待つ」それは忍耐がいる。幼稚園(保育園)バスがまもなく到着する。自分で靴を履こうとしているのに母親は「何グズグズしているの、バスが来るでょう」、と小言を言いながら、靴を履かせてしまう。いつの間にか子ども(幼な子)は、靴はお母さんに履かせてもらうものだと子どもは思い込み(学習してしまう)、依存的になってしまう。それは、小学校に入ってもランドセルの中を準備するのは母親。子どもだけでなく老人も同じ光景が映る。デイサービスの車が迎えに来る。認知症を抱えた夫老いた妻は、「(夫は)何もできなくなった」、と思い込み靴を履かせてしまう。(夫はまだ靴を履く力を持っている)時間をかければ、なんとか自分で着れるのに動作の遅さに待ちきれず若い母親、老いた妻は手を出し着せてしまう。認知症になっても...「できる」「できない」を考える(2)

  • 痛み、傷み

    1819人間にとっての傷み人間を翻弄するコロナウイルス人間の心に大きな傷を残している、いまなおwifeは頭痛と腰痛でさい悩む自分も頚椎痛と腰椎痛で鬱陶しい気持ちが続く心に負った傷は容易に癒えない整形外科病棟の壁に「痛みを数字の1から10までとする。数字の10は人生における最大の痛みとしたらあなたの痛みはいくつですか」と、言うようなポスターが貼ってあった。痛みを数字で表わすのはなかなか難しいものです。心の傷みは数字では表すことはできない。痛み、傷み

  • 「できる」「できない」を考える (1)

    1818報われない努力羽生結弦選手の「報われない努力」もある、という言葉に衝撃を受けた。よく人は努力をすれば報われる(結果がついてくる)羽生選手の言葉は前人未踏の4回転半アクセルがオリンピックの大舞台で成功するために言葉に尽くせぬほど努力に努力を重ね、チャレンジした。4回転半アクセルは公認されたけど心のなかは跳び着地が成功することを目指していた。自分は長く生きてきたが死にものぐるいになって努力をしてきたことはなかった。だからやり切った(達成感や成就感)という喜びがない、悲しい人間である。だから、老いてからの後悔の念はことさら「きつい」人生は一度限り、もうここまで老いては「やり直しがきかない」死が刻々と近づいても何かやれることはあるのだろうか、と。いまさら後悔しても始まらない老いてから伊能忠敬のように足で歩き日本...「できる」「できない」を考える(1)

  • 老父と娘

    夕方帰宅したら、アルトは小さな氷柱ができていた1817病気は治らないから、病院には行かない飲み薬がなくなり、前立腺癌の治療(注射)しに今日は泌尿器科受診をしなければならない老妻に言われても「病気は治らないから、病院に行かない」、と夫は全く行く気がない。通院介助に訪れた次女。妻には強いが、娘には弱い老父。電話で「病院に行かない」、と母から聞いていたので居間に入るなり娘は連発して言葉を浴びせ倒す。「病気が治らないから、病院に行かない、というけれどお父さんの前立腺癌はもう治らないの」「治らないからって病院に行かないと、病気は更に悪くなるの。体のあっちこっちに癌は転移して、体中痛くなるよ」娘からかなり厳しい口調で言われても、まだ椅子から立ち上がろうともせず、無言のまま。「お父さんは、歩けないというけど、歩行器を使ってト...老父と娘

  • 雪の華

    1816循環器科受診雪降る夜明け前に自宅を出た。今日は自治医科大学附属病院循環器科外来受診です。いま慣れない指使いでスマホを操作してます。夕方帰宅してからブログを書きます。永い眠りに就くまで自治医科大学附属病院通いです。今日無事でありますように……雪の華は今日夜明け前に撮影雪の華

  • 何処で生きる

    1815にんげんの聲が聴こえる木枯らし吹く寒い日は、両膝の関節は疼き歩くこともままならぬ。あれから十年が経ち、先に夫は逝き独り身となった私。いまは床に臥す日が続き、寝返りはままならないけれど床ずれが出来ては大変、と思い柵につかまり左右に身をまかせる。部屋に入ると、尿便で滲み着いた紙おむつ自分で取り替えることもできず為すが儘に他人に身を委ねるだけ。こんな辛い思いをしてまでにんげん生き恥を晒しながら生きる位なら町外れにある特別養護老人ホームに入った方が幸せなのではないか、と周囲の他人(ひと)は聞こえよがしに言う。私は汚れきった家であっても北側の襖の上に夫の遺影があり夫と生きてきた家で死にたい自分は生きていく価値があるだろうかこのまま生きていても意味がない生きたところで、この先何があるというのかなるようにしかならない...何処で生きる

  • 城の崎にて

    1814静かな死深夜に目が覚めなかなか寝付かれずにいた豆球だけが灯る薄暗さのなかでふと、現代国語で習った志賀直哉の『城の崎にて』を思い出した。短編小説『城の崎にて』は、死というものについて書かれている。若かった時とは違い、老いに入った自分は、死は他人事ではなくなった。物忘れが増え、記憶は不確かさにあるけれど思い出しながら『城の崎にて』のことを書いていきたい。筆者は青年のとき、山の手線の電車に跳ねられ、顔と背中に傷を負い医者からは脊椎カリエスが発症しなければ大丈夫だ、と言われた。3〜5週間、養生のために城崎温泉に来た筆者。城崎温泉に療養しているときに生き物、蜂、鼠、いもりの死に遭遇する。蜂は日々朝から晩まで忙しく働き、雨上がりの朝、ひっそりと死んだ。路上の上に濡れた蜂の死骸は、静かに葬られる。残された者は、日々の...城の崎にて

  • 路端に転がる石

    石のぬくもり介護ベッドの上で寝返りすることもできずジッと天井を見つめたまま長い一日を過ごす苦痛屈伸することもできず左右の手足は「く」の字に拘縮したまま硬くなってしまった老人の躰は石のように冷たい辛夷(こぶし)に映る握りしめた指をひと指ひと指解し空に向って開いた手を握り返す微かにぬくもりが伝わりはじめてくる路傍の石はジッとしたまま何処へも行くことができず地べたにへばりついたまま石の表面は青空を見つめ太陽に照らされぬくもりの石になる石の裏面は地べたに引っ付き冷たいが表面からやさしいぬくもりがじわっとつたわりぬくもりの石になる路端に転がる石

  • 終電車

    1812.プラットホーム高台のプラットホームに立つと冷たい風がわたしの躰をすり抜けていく金曜の夜プラットホームに立ち終電車に乗ったあなたを手がちぎれるほど振り続け「サヨウナラ」と呟いたあれから時は流れ過ぎいまあなたはどこで何をしているのだろうか終電車を見送ることもなくなった終電車

  • 鏡の中のもうひとりの「わたし」

    青空デイサービスの庭に福寿草が咲いていた春を呼ぶ花であり幸せを運ぶ花1811自分も同じか・・・・自分とそんなに年齢が違わない他人(ひと)を見て「随分老けたな〜」、と胸の内で思うことがある鏡を見ない限りは自分はどんな顔をしているかわからないせいか自分は老けた人に比べたら自分はまだ「若い」、と独断的にそう思い込んでいるしかし、鏡に映った自分の顔しみじみ見たら他人は「(自分のことを見て)随分ふけたな」、と同じく思っているだろう積み重ねられた齢には勝てない老けたな、と思い込むと余計に老け込むような気がするから「まだ、ふけこんではいられない」「自分はまだ若いのだ」、と暗示をかけ何かに熱中していきたいものだ気持ちも行動も外に向け他人(ひと)と交わり話したり自然に触れることだ死に向かって生きている自分人生、endになるまでや...鏡の中のもうひとりの「わたし」

  • 俺、生きているか!

    1810俺、生きているか❕狸森に棲んでいる美登里ばあ様は、今年の誕生日を過ぎると90歳になる。毎日のように自分ことがわからなくなる。農家の家は大きな屋敷が多く美登里ばあ様の隠居部屋の壁には祖父母と夫、息子嫁の遺影が飾られている。遺影を眺めながら彼女は「あそこに俺の写真がある」、と話しかけてきた。(美登里ばあ様は、自分のことを「俺」と話す)「惚け」てきたとはいえ、予想もしなかった言葉に吃驚(ビックリ)。故人を偲ぶため、通夜や葬儀の場に遺影は飾られ葬儀が終わると、その家の仏間などに飾られている。仏間に幾つかの遺影が飾られていることの意味がわからなくなったのか・・・・「亡くなった人が遺影として飾っているものなんだよ」「俺は、生きているのか?」、と尋ねてくる。「生きているよ。いま89歳だよ」「そうか、生きているのか」「...俺、生きているか!

  • 藤沢周平 静かな木 新潮文庫

    1809静かな木古びれた寺の境内は、森閑と人の気配もなか薄暗い大きな欅に夕映えが射しかけていた五年前に妻を急病で喪った孫左衛門は、いま隠居の身であり老いを迎えた。妻を失ってから、孫左衛門は殊更、老いを感じた。目の前に立ちはだかる欅は老木であった。幹は根本の近くで大人が三人も手をつなぐほどの大木であった。大木の樹皮は無数の鱗(うろこ)のように半ば剥がれて垂れ下がっていたそして、太い枝の一本は、枯死している。老いた欅は、自分の姿のようでもある、と彼は深く感じた。老いた欅は、桜咲く春を迎え桜散る頃には老木の欅は青葉となり風が通り抜けていった。※一部藤沢周平静かな木から文章を引用しました藤沢周平静かな木新潮文庫

  • ネイルを少し楽しむ

    1808親指snoopy夜明け前の雪の華皺が刻みこまれた指の爪に毎月一回、ネイルをする右手の親指の爪だけにsnoopyを描いてもらう老いてからの遊び心ネイルを少し楽しむ

  • 命を張るデイサービス介護員

    夜明け前の雪景色1807ひとり暮らしとコロナウイルスヘルパーと小規模デイサービス、介護用ベッドのサービスを使いひとりで暮らすばあ様(要介護5)がいる。息子は遠く大都会で暮らしている。今日は朝から37.0℃台の熱がありデイサービスに来ても熱は下がる気配はなく37.8℃まで上昇した。コロナウイルス感染の危惧もあり二つの病院に電話をかけても診てくれないばあ様は病院嫌いのため、かかりつけ医が定まらないから今日のような熱発のときは、ほどほどに困る県ホームページを調べ、コロナウイルス感染の検査を行う医療機関の一覧表から近くのクリニックに電話をしコロナウイルス検査をお願いし、診てくれることになった遠くの家族は来れず近くの他人であるデイサービスの介護員に通院付き添いをお願いしたクリニックの看護師もビックリされていた。抗原検査で...命を張るデイサービス介護員

  • いろいろなところに出かけた

    1806充実野菜のような日曜日会津若松市を訪れるとお土産品店で必ずと言っていいほど目にする赤べこ首がゆらゆらと揺れる愛らしい郷土玩具赤べこは、幸運を運ぶ牛黄とら、今年は寅年。wifeは寅年生まれなので白河ダルマランドで買い求めた。日曜の朝、冬日和11時過ぎに家を出たデイサービスの食材購入もあり那須塩原市まで足を伸ばし、先に腹ごしらえファミリーレストランCocosで昼食その後、業務スーパーで食材を買った那須塩原市から国道4号線を北上し白河市でショッピングsnoopyが入った赤ダルマのホルダーがあり仕事用の鞄に取り付けるのに最高、と思い財布に紐を緩めたそこでwifeも自分と同じ色違いの鞄を購入その後、「お茶しよう」ということで新幹線が停車する新白河駅前付近の珈琲高山で自分はウインナーコーヒーを頼み至福の時を過ごした...いろいろなところに出かけた

  • 林部智史 あいたい

    1805あいたい最近、ある方のブログから林部智史の『ラピスラズリの涙』を知った。その曲を聴いて、心に滲み、亡くなった方を思い出しながら、あいたい、と思った。時間のある方は二曲聴いて頂き急ぎの方は片方の曲だけでも耳を貸して頂けたら、と思います。『ラピスラズリの涙』は、小椋桂作詞作曲であることも知った。歌の出だしはあなたの心がいつか侵され闇の病に気付きもせぬまま突然あなたがこの世から消えてわたしひたすら泣きましたあなたを失い酷(むごい)孤独が心を苛(さいな)むあなたを失くして空しい心は何を支えに生きると言うの涙尽き果てたら生きて直してみようラピスラズリとは、瑠璃色の天然石で、幸運をもたらすの意味が込められている。大切なあなたを突然この世から消えわたしはラピスラズリの涙は瞳を濡らしいく筋の涙が滴り首筋を伝い濡れ流れ落...林部智史あいたい

  • 叫 び

    1804叫び絵画小説といえば、原田マハさんを思い浮かぶエドヴァルド・ムンクの『叫び』の絵画を目の前で鑑賞したことはない複写の『叫び』をみても、胸にぐっと迫るものがある自分の姿のように思えてくる病、死の不安、寂寥感、孤独に悩み雑音を遮断し両手で耳を塞ぎ大きな声で叫びたくなる叫び声をあげ自分は何者だろうか何をしてきたのであろうか、と叫んでみた生きたという実感がないまま老人(おいびと)になった自分のなかに潜んでいるムンクの『叫び』目に見えない人間の内面や感情人間はときには他人の心のなかを覗きたがるけど大事なのは自分の心の襞をみつめることができるのか叫びたくなるとき自分には心の支えになるものはあるのだろうか自分を癒してくれるもの励ましてくれるものまだ何もない悲しい人間であるいま居る自分の処から海は遥か遠くにある夕暮れ時...叫び

  • 老い逝く

    1803逆らえない老い朝からテレビは「2月10日から11日にかけて大雪が降る」、と報じられていた。鉛色の空から雪が降り続く。どのくらい積もるのか気がかりというのは、腰椎圧迫骨折後遺症のため水分を含んだ雪ならば雪かけできない。wifeが雪かきをする。wifeは「自分が雪かきをするとは思わなかった」、と雪かきのたびにこぼす。夕方になってもまだ雪が降っている。夕暮れ時は、老いの刻であろうか。老い始め老い逝くまでその老いの時間は楽よりも苦の方が多く待ち受けているのか。老いは喪失の時とも言われる。仕事を失い年金もそう多くはなく病いも抱え躰や手足も衰え昨日出来ていたことが今日は出来なくなったりする明日も昨日のこともわからなくなる老い逝くは自然の摂理時には過去の記憶を偲びいまは家なき故郷を想い亡くなった老親の路をいま老いた自...老い逝く

  • 失態

    写真は本文とは関係ありません1802失態尿意を感じながらもいまこれをやり終えてからトイレに行こうと思って我慢をしていた。(腎臓外科医からは尿は我慢してはだめだ、と言われていた)尿意は我慢しきれなくなり尿失禁しては大変と思い慌ててトイレに駆け込み便器の蓋を開け座ったらお尻も腰も便器の中へ沈むと同時に便器の硬い淵にあたり違和感を感じお尻も腰も持ち上げた姿勢のまま振り返ったら便器の蓋と一緒に便座の蓋も持ち上げていた急いで便座をおろしことなきを得た男性老人は、デイサービスの介護員に小言を言われていた「洋式便器のときは立ちションベンはダメ。必ず座っておしっこをしてください」的が定まらず、便器の淵や床までおしっこが飛び散っているなかには便座も上げずにしている人もいた。昔の男(じいさま)は、立ちションベンで過ごしてきた。いま...失態

  • 銀の紬

    1801銀の紬昔は、くず繭(まゆ)を紡いだ糸で織った絹織物を「紬」と呼び江戸時代までは庶民の普段着であった。くず繭であっても、出来上がり上品で素晴らしい着物になった。紬は、太さがバラバラで均一でない紬糸を複雑に絡めて織っていくことで丈夫な着物が出来上がる。デイサービスに集う老人たちも紬と同様に生活歴や躰の状態や性格は、それぞれに違い個性派の集まりである。90歳を越えた老人は、人生の達人であり、マイペースであり、くよくよしない。。「紬」は、繭を紡ぐことから、「紡ぐ」という言葉を考えてみた。言葉を紡ぐ思いを紡ぐ幸せを紡ぐ命を紡ぐ人生を紡ぐなどなどどの「紡ぐ」を見ても大切なことであり、それは眼に見えないものである介護相談や介護、教育も保育も同じ老人や子どもの思いや言葉に傾け、どう紡いでいるのだろうか。言葉(思い)や命...銀の紬

  • 痛いほど生命を感じる

    今年の冬は降雪、積雪が多い1800痛いほど生命を感じる人はオギャーと産声をあげた瞬間から死に向かって生きる。日々時間に流され自分にも死がやって来ることを忘れている。人は、老い、病み、死に直面したとき生命や時間の大切さを痛いほど感じる。老いた今時間の流れは緩やかではあり夜明けの刻は近い。陽に照らされた老体は影まで曲がって映る。頭髪は薄くなっても頭のなかは薄くならないようにしたいものだ腰が曲がっても心まで捻れてはならない大した用事はなく急ぐこともない犬に連れられ散歩をしている老いびと老いた躰ではあるけれど春風のように小さな幸せに出会える、と痛いほど生命を感じる

  • 平凡こそが幸せ

    那須高原遠くからでもペニーレインのパンを買い求めに訪れる。1799平凡こそが幸せ92歳の海原光代婆さんが自分の家具調ベッドで永い眠りに着いて、ひと月が経った。(合掌)いつも家を訪れると庭が見える南向きの居間で陽射しを浴びながら横になりウトウトされていた。昔、女がてらにもっこを担いだ(土砂を担いだ)腰も脚も疲れ過ぎ、脚を伸ばし寝るのが何よりだった。いまは、何もやる事もなく、毎日ただ、こうして寝ている。「この先短い、何かやりたいことはないのかい」、と野暮なことを尋ねる自分がいた。その言葉はこだまの如く自分に返ってくる。何が楽しみで生きているのだろうか、と思ってみたりもした。日々、何もせず、息子がいれてくれたお茶を飲み傍らに老いた三毛猫も負けじと寝そべっていた。こうして平凡な日々を過ごしながら、ジッと死を待つ。老い行...平凡こそが幸せ

  • お互いポックリ死にたい

    犬を形どった壁那須高原1798お互いポックリ死にたいものだ85歳の脳梗塞後遺症の爺様軽くすみ、歩行器で室内外を歩いている妻は83歳、物忘れが始まった、というけれど「何を忘れたか数分後に思い出す。まだ呆けてはいない」、と笑いながら話す婆様病気する前は酒飲んべで、その上煙草も吸ってた脳梗塞になってからは酒煙草はやめた昔は見合い結婚ならまだしも親の知り合いの口利きでいまの爺様と一緒になった爺様と結婚して「当たり」「外れ」、どっちか、と尋ねると婆様は躊躇することなく「外れた~」と答える傍に居た爺様は「俺は当たりだった」婆様はこんな山奥狸か猪しか棲まないところに嫁ぎたくなかった親が決めた結婚だから反対もできない、親の考えに従うしかなった携帯電話のアンテナが立たず黒電話しか通じない陽があたらない山里に棲む爺様婆様今年で結婚...お互いポックリ死にたい

  • 抱かれる

    1797抱かれる昨日の日曜日、片田舎にあるラーメン屋で評判の塩ラーメンを頂いたコブシの花のように両手指はしっかりと握り母親の胸に抱かれている赤子一抹の不安もなくまどろみの心地にある老いゆくあたしはすがるものはなく一抹の不安を感じながらともに老いゆく愛犬を抱きしめ癒され気持ちを静める抱かれる

  • この空を飛べたら

    1796この空を飛べたら那須高原、冬の青空この空を飛べたら鳥になりたい人間は空を飛ぶ鳥のように自由に空を飛びまわりたい自分は忘れた頃に空を飛ぶ夢を見る鳥のように羽ばたいて飛ぶのではなく高いところに立ち眼下に海や湖、大河が見える海や大河に向かって「飛び」両手を広げ鳥のように手を羽ばたくと空を飛んでいる海は碧く大河は青く映り空から見える景色は最高夢は時代に合わせカラー色飛んでいて下降になると上昇することが難しくなり着地となる羽ばたいても飛び立つことはできずそこで夢は途切れる眼を閉じ飛ぶ夢は再び「体験」することはできないいい夢はいいですねこの空を飛べたら

  • 食べたそばから下痢

    1795下痢便まだ65歳の「若さ」なのに頭から肛門へ命令する信号が弱いのかそれとも肛門の括約筋が緩いのか便意を感じないのかご飯を食べ終えてまもなく便を漏らしてしまう便だけでなく尿も漏らしてしまう自宅のベッドは糞尿の臭いが充満トイレまでもたない、と彼女は話す紙パンツのなかにオシッコをする「ずるさ」なのか、「ズボラ」なのか紙パンツ代も馬鹿にならず月に一万円を越えその支払いも滞っている。デイサービスの介護員は狭いトイレのなかで彼女の便失禁の「世話」に悪戦苦闘している介護とはいえ本当に頭が下がる大下痢をした彼女の顔はスッキリお粥などお腹に優しい食べ物を摂れば良いのだが「食べたくない」、とわがままな言葉を吐く彼女は「便」がでたからもう食べれる、と思いラーメンや揚げ物などを食べる案の定、翌日は下痢をしたまま、デイサービスの...食べたそばから下痢

  • 春を迎えたい

    1794命取り老いの齢(とし)になると風邪に罹ると大変生前お袋は風邪は万病のもと、とよく話していた風邪の症状に似たオミクロン型コロナウイルス感染も心配風邪が元で命取りになるさらに今日はコロナウイルス感染で命取りになる寒い季節がまだ続く先の見えないコロナウイルス感染も続く寒さに負けず風邪に負けずコロナウイルスに負けず春を迎えたい春を迎えたい

  • 昔の石油ストーブは危険がいっぱい

    1793昔の石油ストーブは危険がいっぱい在宅訪問に行くと俗に言う昔タイプの石油ストーブが赤々と点いている85歳以上の独居高齢者はよく使われているいまどきの温風ヒーターに比べ便利であり多機能型石油ストーブでもあるしかも赤い炎が出る石油ストーブの強みは災害などにより停電になっても温風ヒーターとは違い「暖」をとることができることだ昼間でも「やかん」を乗せお湯を沸かすことができるまた加湿器の働きもする味噌汁鍋や煮物が入った鍋を乗せたりして煮炊きもできる暮れになると網をのせ餅を焼いたりする前述したように確かに便利であり重宝がられている一方で危険も隣り合わせにあるやかんなどが乗っていると危険がW(ダブル)となり余計に心配が重なってしまう。足元が心もとなくなりふらつきもあるふらついたときやかんのとってに手が触れやかんがひっく...昔の石油ストーブは危険がいっぱい

  • 怖れる

    1792怖れる冬の阿武隈川(写真は本文とは関係ありません)自分は「2つ」のことを怖れているひとつは、認知症になった自分である。いまは、物忘れ、しまい忘れの症状がでているが、物がなくなったこと、他者の「せい」にはしていない。認知症になった老人をみると様々なタイプがあるが素直な性格の老人は、認知症になっても素直で笑顔が多く、「ありがとう」の言葉がでる性格のきつい老人は、認知症になっても意地悪で、他者に嫌われるような言葉を吐く、「ありがとう」の言葉が少ない。生き方は老い方そして死に方にもつながる惚け方も同じく生き方、老い方の結果として表れてくるのではないだろうか・・・穏やかに惚けたい。もうひとつの怖れは、永眠したときの顔(表情)である。瞼を閉じ、いまにも眼が覚め起きだしてきそうな表情で穏やかに眠っている老人の顔をみる...怖れる

  • 「救心」が意味するもの

    1791老人の好きなドリンク余が関わり知っている老人在宅訪問をするとお茶代わり或は帰り際によく出されたりするドリンクリポビタンDチオビタオロナミンC認知症を患う老人のなかには体に「いい(良い)」と思い込み1日に3、4本飲んだりしてしまうトイレに通うこと頻回頭痛や腹痛などすると家庭薬である置き薬箱からせきどめケロリン救心などを手軽に服用してしまう置き薬の人がこれは体調が悪いときによく効く薬だよ、と置いていく高価な薬何でも効くと誤解される救心救って欲しいのは老人の心(気持ち)そう「痛く」なくとも「痛い」と訴えることであなたの傍に「居たい」または「生きたい」とも聞こえて来る※再掲2018/07/07「救心」が意味するもの

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