トップページはこちら。 → 「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」 「シロウトが高松塚・キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑰高松塚キトラ古墳は唐の壁画古墳の影響をうけているか?」よりつづきます~ 掲載できる写真が少なく、分かりづらい点をおわびします。①古代朝鮮半島の大雑把な歴史 前190 衛満が衛氏朝鮮を建国前108 前漢が衛氏朝鮮を滅ぼし、朝鮮半島に4郡をも...
日本各地の歴史に関わる旅の記事ならなんでも。お寺や神社、お城巡りや古墳巡り、歴史上の人物を辿る旅などなど。
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トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」「シロウトが高松塚古墳・キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑯ 唇の描き方、横向きのポーズ、黄文本実などいろいろ」よりつづきます~①唐・高句麗の壁画古墳には柱が描かれているものがあるが、高松塚・キトラには柱は描かれていない。・高句麗壁画古墳には壁画に柱が描かれているものがあるが高松塚には描かれて...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」 「シロウトが高松塚古墳・キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑮ 壁画は怨霊の慰霊のために描かれた?」よりつづきます~前回の記事の追記が含まれます。申し訳ありません。①古墳に天寿国繍張のようなものはかけられていたか?・森浩一氏によると、古墳の中には壁面に何かをかけたらしい先のまがった釘が規則的...
頁の最後に、上の動画の書きおこしを記した。1⃣コホート研究とは何かコホート研究について、「エビデンスがある」とはどういうことか?上のサイトの「2.コホート研究」の図内で次のように説明している。(引用ここから) 「ある集団を、ある危険因子(放射線、アスベスト、喫煙、生活習慣など)を持っている集団と持っていない集団にわけ、時間がたった後、どうなっているかを調べる方法です。(引用ここまで)武田先生はこのコ...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」 「シロウトが高松塚古墳・キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑮ 壁画は怨霊の慰霊のために描かれた?」よりつづきます~前回の記事の追記です。申し訳ありません。①古墳に天寿国繍張のようなものはかけられていたか?・森浩一氏によると、古墳の中には壁面に何かをかけたらしい先のまがった釘が規則的に並んで...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」「シロウトが高松塚古墳・キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑮高松塚キトラ古墳は皇族の墓ではないかも?」よりつづきます~梅原猛氏は、法隆寺や出雲大社の壁画をとりあげて、「壁画を描くのはそこに祀られているものが怨霊であるからだ」「壁画古墳である高松塚の被葬者は怨霊だ」というような意味のことをおっ...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑭ キトラ古墳副葬品・出土品よりつづく①古墳には絵のようなものが掛けられていた?・古墳の中には壁面に何かをかけたらしい先のまがった釘が規則的に並んでいる例があるらしい。中宮寺の天寿国繍張のようなものを掛けたのではないか。(森浩一氏)②装飾古...
※イロイロ雑用が忙しくて、更新が遅くなってしまいました。申し訳ありません。トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑨ 高松塚の副葬品・出土品よりつづくキトラ古墳の副葬品について、記事を書いていなかったので😅書いておこうと思う。①キトラ古墳石室内が水没していた?キトラ古墳から人骨出土 ひ...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew ⑧ 高松塚・キトラ古墳は南枕かも?よりつづく ①太刀 ・高松塚古墳出土の刀装金具は正倉院金銀鈿装唐太刀、東大寺大仏殿須弥壇下出土の金平脱珠玉装太刀に似ている。(網干善教氏)3枚とも高松塚 壁画館で撮影模造 金銀鈿荘唐大刀(正倉院御物)香取神宮 ...
トップページはこちら。 →「シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所」 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑪ 十二支は地獄の亡者を責めている? よりつづく 間違っているところなどがあれば教えていただけるとありがたいです。①天子南面す・天子が軍を進めるにあたり、前に朱雀・後ろに玄武・左に青龍・右に白虎の旗をたて、上に北斗七星の柄のところにある星の旗...
トップページはこちら。 →シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑨高松塚人物像の持ち物 よりつづきます~①十干・二十四方位・二十八宿 ・十干 (甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)は万物は木火土金水から成るとする五行説からくる。) 甲(きのえ)・・・木の兄 乙(きのと)・・・木の弟 丙(ひのえ)・・・火の兄 丁...
トップページはこちら。 →シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑧ 高松塚ファッションから古墳築造年代を考えてみる。よりつづきます~①人物の持ち物について・貞観儀式に記されている朝賀の儀式の図と一致(岸俊男氏)・人物画は朝賀の儀ではなく葬送を描いたもの 衣服は衣服令の規定をそのまま描いたのだろう。(土淵正一郎氏...
トップページはこちら。 →シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⓻ 高松塚星宿図・キトラ天文図・二十八宿 よりつづく 間違っているところなどがあれば教えていただけるとありがたいです。①冠(男子) ・男子像の冠は天武11年(682年)6月条にある、『うるしぬりのうすはたのかうぶり』で、高松塚築造は天武11年6月以降。...
トップページはこちら。 →シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑥ 日像・月像 よりつづく ・『キトラ古墳は語る/来村多加史(生活人新書)』における来村多加史氏の意見 ・『黄泉の王』における梅原猛氏の意見 上記はピンク色で、ネット記事の引用は青色で、私の意見などはグレイの文字で示す。 間違っているところ...
トップページはこちら。 →シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew⑤四神 よりつづく『キトラ古墳は語る/来村多加史(生活人新書)』における来村多加史氏の意見 『黄泉の王』における梅原猛氏の意見 『高松塚被葬者考 天武朝の謎/小林恵子 現代思潮社(1988年)』における小林恵子氏の意見はピンク色で、 ネット記事の...
①自衛隊には寸断された道を応急処置的に修復する能力があるのではないか?「救出活動やる気がない自衛隊と岸田官邸 - なぜ施設科を本格投入しないのか」という記事が大変いい記事だと思ったので紹介する。”道路が寸断されているから自衛隊が救助に入れないと、マスコミが弁解の報道を撒きまくっている。玉川徹まで 1/5 の朝番組でそうコメントしていて、その虚構を国民全員が信じ込んでしまっている。Xで誰も反論しない。道路が...
トップページはこちら。シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew④遺骨から鑑定した被葬者の年齢よりつづく『キトラ古墳は語る/来村多加史(生活人新書)』における来村多加史氏の意見『黄泉の王』における梅原猛氏の意見『高松塚被葬者考 天武朝の謎/小林恵子 現代思潮社(1988年)』における小林恵子氏の意見はピンク色で、...
トップページはこちら。シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew③大きさ よりつづく『高松塚古墳と飛鳥/末永雅雄 井上光貞 編 中央公論社(1972年)』『高松塚被葬者考 天武朝の謎/小林恵子 現代思潮社(1988年)』『高松塚は高市皇子の墓/土淵正一郎(新人物往来社)』における記述内容はピンク色文字で「黄泉の王―私...
トップページはこちら。シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew②聖なるラインよりつづくキトラ古墳はやや小さいが、高松塚は小さくはない。①薄葬令の墳墓の大きさの規定は無視されている。森浩一氏などが「高松塚古墳は薄葬令(646年)の影響がある。」と指摘されている。646年の薄葬令では、古墳の大きさを次のように規定する。...
シロウトが高松塚キトラ古墳を考えてみた。まとめnew① 高松塚・キトラ古墳のある場所 よりつづきます。「高松塚古墳と飛鳥/末永雅雄 井上光貞 編 中央公論社(昭和47年)」における研究者の発言についてはピンク色で、ウィキペディアなどネットからの引用はブルーで、私の意見などは濃いグレイの文字で示す。①聖なるライン1969年、岸俊夫氏は藤原京遺跡の朱雀大路の延長線上に菖蒲池古墳・野口王墓(天武・持統陵)・中尾山...
1⃣髪鬼髪鬼(かみおに)または鬼髪(きはつ)とは、鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にある日本の妖怪の一つで、頭髪の妖怪[1][2]。 人間の女性の怨みの念や嫉妬心が自分の頭髪にこもって妖怪と化したものとされる。髪がどんどん長く伸び、その名前が示すようにあたかも鬼の角のように逆立つ。長く伸びた髪をいくら切り落とそうとも、どんどんと際限なく伸び続けてしまうという[2]。古より人間の頭髪には不思議な力があるといわ...
①木の子奈良県の吉野地方や兵庫県の山間部や森の中にいるとされる妖怪で、同じく山にいる妖怪である山童の一種[1][2]。 外観は2,3歳から3,4歳ほどの子供のような姿で、木の葉で作った衣服、または青い色の衣服を着ている[1][3]。人間がその姿を見るとまるで影のようで、いるかいないかはっきりしないという[1]。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E3%81%AE%E5%AD%90_(%E5%A6%96%E6%80%AA) より引用木の葉で作った衣服とい...
作者不詳『化け物尽くし絵巻』(江戸時代後期)①狐火郷土研究家・更科公護がまとめた狐火の特徴によれば、火の気のないところに、提灯または松明のような怪火が一列になって現れ、ついたり消えたり、一度消えた火が別の場所に現れたりするもので、正体を突き止めに行っても必ず途中で消えてしまうという[5]。また、現れる時期は春から秋にかけてで、特に蒸し暑い夏、どんよりとして天気の変わり目に現れやすいという[5]。 十個か...
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「加牟波理入道」①加牟波理入道『今昔画図続百鬼』では、厠に現れる妖怪として口から鳥を吐く入道姿で描かれ、解説文には以下のようにあり、大晦日に「がんばり入道郭公(がんばりにゅうどうほととぎす)」と唱えると、この妖怪が現れないと述べられている。 大晦日の夜 厠にゆきて がんばり入道郭公 と唱ふれば 妖怪を見ざるよし 世俗のしる所也 もろこしにては厠神の名を郭登といへり これ遊天飛...
①角大師京都などでよく見かけるお札といえば、角大師さんのお札だ。角大師さんのお札は疫病退散にご利益があるとされる。僧名は良源(912- 985)といい、平安時代に比叡山の天台座主だった人のことだが現在もあつく信仰されており、人々は尊敬と親しみをこめて「角大師さん」と呼んでいる。元三大師と角大師(『天明改正 元三大師御鬮繪抄』1785年仙鶴堂発行より)御覧のとおり、角大師さんは痩せて角の生えた鬼のような姿で描かれ...
勧修寺①画霊画霊(がれい)は、藤原家孝による文政時代の日本の随筆『落栗物語』前編にある怪異で、人物画に画家の執念が乗り移るといわれるもの。 概要 その昔、勧修寺という宰相家に、女性の絵が描かれたぼろぼろの屏風があった。あるとき、穂波殿の侍所からその屏風の借用を依頼され、勧修寺は快く貸し出した。 しかしその後、穂波殿の屋敷近辺で怪しげな女性が出没するようになった。あるときに女性を目撃した者が、その跡...
①ガラッパガラッパは、南九州に伝わる河童の一種[1]。鹿児島県薩摩川内市の川内川に生息しているというのが全国的に有名。 概要 川辺に住み、頭に皿があり、春と秋に山と川を行き来するといわれている[1]。 目に見えずに声や音だけが聞こえる正体不明の化け物とも言われている[2]。特定の人にしか見えないともいう[3][4]。 熊本県の八代・人吉球磨などの県南部では河童、山童のことを「ガラッパ」と呼ぶ。また鹿児島県本土全体...
①天狗、太郎坊天狗、磯天狗、 太陽・月を食べる天狗私はいままでにたくさん天狗の記事を書いている。簡単にまとめておこう。●天狗舒明天皇九年(637年)の記事に次のような記述がある。 大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がした。僧旻は 「あれは流星ではなく天狗(アマツキツネ)だ」 と言った。天狗とは、流星、火球、彗星のことではないか。●トンデモもののけ辞典㉞ 太郎坊天狗・役行者と奈良時代の修行僧・雲遍上人が愛...
①檜原神社奈良山の辺の道沿いに檜原神社がある。 檜原神社には柱に注連縄をかけただけの素朴な鳥居があり、鳥居の向こう側には二上山が見える。 二上山は向かって右側が雄岳、向かって左側が雌岳と呼ばれている。 檜原神社より二上山落日を望む ⓶二見ヶ浦の夫婦岩3月、私は檜原神社から二上山に落ちる夕日を眺めていて、三重県伊勢市二見町江・二見ヶ浦にある夫婦岩を思い出した。 YouTubeに素晴らしい動画があったのでお借り...
1⃣かまど神一般にはかまどや炉のそばの神棚に幣束や神札を祀るが[6]、祀り方の形態は地方によって様々である。東北地方では仙台藩領の北部(宮城県北部から岩手県南部)では、竈近くの柱にカマ神やカマ男と呼ばれる粘土または木製の面を出入口や屋外に向けて祀る[7]。新築する際に家を建てた大工が余った材料で掘るもので、憤怒の形相をしており陶片で歯を付けたりアワビの貝殻を目に埋め込んでいるのが特徴[8]。信越地方では釜神...
今日は歴史ではなく、便秘の話をしようと思う(笑)最近、人間ドッグにいったところ、「血糖値がやや高めなので、間食をひかえるように」と指導を受けた。私は御飯はあまり食べない。(食べたほうがいいのかもしれないが)しかし甘い物は好きで、午後3時くらいにクッキーやケーキ、アイスクリームなどを食べるのが習慣になっていた。それとキシリトールガム。私は花粉症がひどく、汚い話だが、鼻水が喉のほうへ流れていって、しょ...
1⃣かまど神一般にはかまどや炉のそばの神棚に幣束や神札を祀るが[6]、祀り方の形態は地方によって様々である。東北地方では仙台藩領の北部(宮城県北部から岩手県南部)では、竈近くの柱にカマ神やカマ男と呼ばれる粘土または木製の面を出入口や屋外に向けて祀る[7]。新築する際に家を建てた大工が余った材料で掘るもので、憤怒の形相をしており陶片で歯を付けたりアワビの貝殻を目に埋め込んでいるのが特徴[8]。信越地方では釜神...
竜斎閑人正澄画『狂歌百物語』より「神隠(かみかくし)」の題で描かれた隠し神(右)1⃣神隠し子供などが行方不明になって、見つからず、いつまでたっても帰ってこないような場合、「神隠しにあった」などという。神隠しを行う神を隠し神というそうである。この神の正体については、考察するまでもなく、行方不明になったのは神の仕業(悪い神を含む)だと考えたかそう自分の心に言い聞かせることで、大切な人がいなくなってしまっ...
1⃣ニギハヤヒを神と奉じるナガスネヒコ初代神武天皇は日向に住んでいたが、あまりに国の端であるということを理由に東征の旅にでる。その際、シオツチの翁が「東にはすでにニギハヤヒが雨の磐船を操って天下っている」と発言している。神武の軍は河内国の白肩の津に到着し、東に向かい胆駒山を経て中洲(うちつくに)へ入ろうとした。ここで地元の長髄彦との闘いとなり、神武の軍は敗戦し、南に迂回して畿内入りする計画をたてる。...
1⃣権五郎火権五郎火(ごんごろうび) 新潟県三条市本成寺地方に伝わる。五十野の権五郎という名の人物が旅の博打打ちとサイコロの博打で争った末に大勝ちし、良い気持ちで帰っていたところ、夜道を追って来た相手の博打打ちに殺害され、その怨念が怪火と化したものとされる。付近の農家では、この権五郎火は雨の降る前触れとされており、権五郎火を見た農民は稲架の取り込みを急いだといわれている[14]。https://ja.wikipedia.org...
①かなつぶてかなつぶては、大和国奈良坂[注 1]で金礫という武器を使って人々から略奪を働いたという化生の者。金礫、金飛礫とも。平安時代末期の治承3年(1179年)頃に平康頼が記した仏教説話集『宝物集』の中で鈴鹿山の立烏帽子と並んで奈良坂のかなつぶてという盗賊が処刑されたことが記されている[注 2][1]。 御伽草子版 『宝物集』で記された金礫の説話が御伽草子『鈴鹿の草子』『田村の草子』などの田村語りに採り入れられ...
片輪車 著者不詳『諸国百物語』より「京東洞院かたわ車の事」 1⃣片輪車 京都の片輪車 延宝年間の怪談集『諸国百物語』巻一「京東洞院かたわ車の事」に記述がある。京都の東洞院通で毎晩のように片輪車が現れ、人々はみな外出を控えていた。ある女が興味本位で夜、家の扉の隙間から外を覗くと、牛車の車輪だけが転がって来て、車輪の中央には凄まじい形相の男の顔が小さな人間の足をくわえており「我を見るより我が子を見ろ」と...
1⃣縄文土器は食用植物のフィギュアだった?上の動画はとても面白い内容である。土偶は奇妙な形をしているなあ、と常々思っていたが、顔が食用植物の形と聞くと、なるほど、と思える。9:15あたりの画像は、向かって左からオニグルミ、クリ、トチノミ、ハマグリ、これは何という貝かわからない、イタボガキそのほかにも、竹倉 史人さんは「遮光器土偶はサトイモである」などとしておられるが、遮光器土偶がサトイモというのはちょっ...
1⃣蟹坊主山梨県山梨市万力の長源寺には、以下の伝説が伝えられている。かつて甲斐国万力村にあった同寺の住職のもとを雲水が訪ねて問答を申し込み、「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」と問うた。答に詰まる住職を雲水は殴り殺し、立ち去った。その後も代々の住職が同様に死に、とうとう寺は無人となった。話を聞いた法印という旅の僧がここに泊まったところ、例の雲水が訪ねて来て同様の問答を仕掛けたので「お前はカ...
1⃣金玉(カネダマ)その名の通り玉のような物または怪火で、これを手にした者の家は栄えるという[8][9]。 東京都足立区では轟音と共に家へ落ちてくるといい[8]、千葉県印旛郡川上町(八街市)では、黄色い光の玉となって飛んで来たと伝えられている[9]。 静岡県沼津地方では、夜道を歩いていると手毬ほどの赤い光の玉となって足元に転がって来るといい、家へ持ち帰って床の間に置くと、一代で大金持ちになれるという。ただし...