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2017/03/19

1件〜100件

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  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか4

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい。 ※一夜漬けの知識なので、間違っている点、付け加えるべき点などあればご指摘ください。 ①インド・パキスタン⓶バングラデシュ③ブータン④ネパール⑤ミャンマー⑥ラオス⑦ベトナム ⑧インドネシア(⑥にな...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか3 中国 ⑨中国は白人に寝返ったのではなく、日本と戦争をしていた。

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい。 ※一夜漬けの知識なので、間違っている点、付け加えるべき点などあればご指摘ください。中国には満州族が建国した清という国が存在していたが、 18世紀後半 西欧諸国が産業革命と海運業によりアジア...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか2 ⑧朝鮮「朝鮮のほうから日本に併合を依頼した」は事実ではない。

    ⑧朝鮮 李氏朝鮮、中国と冊封関係にあった。 ※冊封・・・中国の皇帝が后妃・諸侯および周辺諸国の王などを冊(勅書)によってたて、爵位、封土を与えたこと。 . 1871年 ・ジェネラル.シャーマン号事件の賠償と通商を求めてアメリカ軍が来朝。交戦の結果、江華島がアメリカに占領された。※1870年、ジェネラル・シャーマン号が平壌付近にあらわれ朝鮮に交易を求めた。朝鮮側は交易とキリスト教が国禁であるとして退去を求めたが...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか ①

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい。 ※一夜漬けの知識なので、間違っている点、付け加えるべき点などあればご指摘ください。①インド・パキスタンヨーロッパの大航海時代、インドにはムガル帝国が存在していたが。 ポルトガルやデンマーク...

  • 江戸時代の日本の識字率は世界一は本当?

    ①江戸時代の識字率は世界一だとは考えられない。その理由は・・・最近、「『江戸時代の識字率は日本が世界一』はデマだという話を聞いたので検索してみたところ、次の記事が見つかった。 日本の就学率は世界一だったのか 角 知行この記事にさまざまなデータが掲載されているのでそれを引用させていただくことにしよう。❶明治初期に文部省によって実施された自署率 (6歳以上で,自己の姓名を記しうるものの割合)の調査 滋賀県...

  • 奴隷貿易、奴隷を出荷していたのは西アフリカ諸国だった。

    ① 奴隷貿易 15世紀ごろ、ヨーロッパでは丈夫なキャラック船やキャラベル船が建造されるようになり、羅針盤が伝わるなどして遠洋航海が可能となった。大航海時代の到来である。当時の日本人によって描かれた「南蛮船」としてのキャラックヨーロッパ各国は西インド諸島やアメリカ大陸で大規模な農場経営を始めるようになる。 農場経営のための労働力として、ヨーロッパ人は原住民を用いていたが、疫病が流行するなどして人口が削減...

  • 写真は真実を写さない

    ある方が、エドワード・シルヴェスター・モースの写真を示して「江戸時代の子供はなぜ明るかったのか」という話をされていた。モースの写真はこちら↓https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%20%E5%86%99%E7%9C%9F%20%E6%97%A5%E6%9C%AC%20%E5%AD%90%E4%BE%9B&fr=top_ga1_sa&ei=UTF-8#4c7e3dd7d236c4a2fac79d89c6c59c0fモースは日本に何度かやってきているが、訪問したのは江戸時代ではな...

  • お知らせ

    「日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか」という記事を書いていましたがあまりにまとまりがないので(汗)もう少しまとめて書きなおすことにしました。公開に時間かかると思いますが、よろしくお願いします。...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか ⑤タイ

    真偽のほどは定かではありませんので、そこんとこよろしくお願いします。

  • 麻畑があったから麻生?

    ①麻畑が多かったから麻生?ある人が、こんなことを言っておられた。「日本には麻畑が多かった。だから、麻生、麻田という名前がある。」⓶麻布は麻生だった。以前の記事 トンデモもののけ辞典51 小豆はかり 追記あり の繰り返しになるが 東京に麻布という地名があるが、かつては阿佐布、麻生、浅府、安座部、などとも書いていたという。「あざぶ」と入力して変換すれば「麻生」とも返還される。「麻生」は「あそう」とよむが...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか ④ラオス

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい ※一夜漬けの知識なので、間違っている点、付け加えるべき点などあればご指摘ください。 ④ラオス9世紀ごろ、中国南西部(現在の雲南省中心)にあったナンチャオ王国がラオス周辺を支配。ナンチャオ王国滅...

  • 日本の戦争はアジアの独立をもたらしたか ③ベトナム

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい ※一夜漬けの知識なので、間違っている点、付け加えるべき点などあればご指摘ください。 ③ベトナム ベトナム戦争は 南ベトナム(アメリカなど資本主義国家が支援していた国)が、北ベトナム(ソ連など社会...

  • 日本の戦争はアジア独立をもたらしたか ⓶インドネシア

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。 それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい ※一夜漬けの知識なので、間違っている点などあればご指摘ください。⓶インドネシア インドネシアには5世紀ごろより王国があり シュリーヴィジャヤ王国、シャイレーンドラ朝 、古マタラム王国、クディ...

  • 日本の戦争はアジア独立をもたらしたか ①マレーシア

    日本の戦争(大東亜戦争)がアジアの独立をもたらしたという人々がいる。それぞれの国について、ひとつひとつ具体的に起った出来事を見たうえで、「日本の戦争がアジアの独立をもたらした」といえるかどうか検討してみたい。※一夜漬けの知識なので、間違っている点などあればご指摘ください。①マレーシア15世紀ごろ、現在のマレーシアにあたるマレー半島、ボルネオ島にはいくつかの王国が成立していた。1777年 -ケダ・スルタン国は...

  • アジアの独立 と 日本

    ①明治・大正・昭和は「独立の時代」?武田邦彦さんは、日本の明治・大正・昭和の時代を「独立の時代」とおっしゃっていた。私はこれに大変違和感があった。なぜならば、日本は長い歴史の中で、飛鳥時代から現在にいたるまで、植民地になったことがないからである。確かに幕末頃には欧米の船がやってきて日本に開国をせまった。不平等条約を結ばされたこともあったが、日本は植民地にはならなかった。⓶GHQ解体=独立?しかし、武田...

  • 中国とチベット

    ①固有名詞を述べないわかりにくい歴史語りhttps://www.youtube.com/watch?v=2WXqShpVTtg&t=110s上記動画で、次の様な発言がある。 1:06 清という国がですね 〇〇帝とかそうそうたる皇帝が出てですね常に強かった時代が終わってから 100年くらいもたっておりましてね すっかり終わった時代に今度は日本が出てきたものですから 戦争のときは日本が圧倒的に中国に強かったし 中国はですね北はロシア、南はイギリスフランス...

  • YouTube、コメント欄の不具合について

    YouTubeのコメント欄で不具合がおきていることは、一部のコミュニティにおいて誰でも認識していることなのだがネットニュースなどでは全く報じられていないので、記事を書いておこうと思った。実際にどのような不具合が起きているのかについて、箇条書きにしておく。①他人の個人情報(住所、名前、交際歴など)を書きこむコメントがあるが、YouTubeに通報してもそのコメントが削除されず、長時間にわたって個人情報が晒されている...

  • イギリス病と論理性を欠く「反自虐史観」

    1⃣イギリスと日本の自虐史観についての記事自国に誇りを持てないと国は衰退する「イギリス病」の例から学ぶという記事がある。内容を簡単にまとめてみる。➀1960〜1970年代、イギリスの左派政党・労働党が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとした高度な社会福祉路線の実施・国有化による産業保護政策を行った。そのその結果、国内製造業の設備投資は減退、資本は海外へ流出、、国有企業は経営改善努力をしなくなって国際競争力...

  • シドモアが見た明治期の日本32 東海道➀

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。 ➀東海道本線p240最初の鉄道は英国人技師によって建設され、英国式車両が配備され、これを日本人技師が模倣し、敷設した鉄道は日本人が管理しました。p240長いトンネルをはじめ、富士山周辺の難所や各河川の巨額な土木工事の必要性から、全線開通は一八八九年[明治...

  • 宮内庁管理下の陵墓について

    ナガレ山古墳➀宮内庁管理の陵墓は江戸~明治期に定められたものだった。基本的には、天皇・皇后・皇太后・太皇太后を葬った場所のことを陵、その他の皇族を葬った場所のことを墓といい、宮内庁によって管理されている。これらの陵墓の数は459箇所あるが、古より管理され続けられてきたものは少なく、ほとんどが江戸・明治期に定められたものである。これらが治定されたのは、そのころ、尊王思想の気運が高まっていたためだと考えら...

  • 一般人よりも軍人・役人・満鉄社員の家族の避難・引揚げが優先された?

    葫芦島から引き揚げる日本人一般人よりも軍人・役人・満鉄社員の家族の避難・引揚げが優先された?満州の首都「新京」(現 長春)では、市民の避難を優先させる手はずになっていましたが、緊急行動に慣れている軍人の家族をとりあえず先に避難させることになりました。 しかし軍人の家族優先が既定路線となってしまい、汽車に乗り込もうとする一般市民は憲兵に追い払われるようになってしまいました。 8月11日正午までに避難で...

  • 「民のかまどは賑わいにけり」と「パンが無ければお菓子を食べればいいのに」

    ➀仁徳天皇は中国人を手本にして税金を停止した。最近、「日本人すばらしい教」がちまたで流行しているようである。そして日本人を持ち上げる一方で、中国人のことは「残酷」とか「嘘つき」のように批判している。そういう人達が良く持ち出すのが、仁徳天皇の「民のかまどは賑わいにけり」である。『東錦昼夜競』より「仁徳天皇」(部分)。1886年(明治19年)楊洲周延 画。仁徳天皇が「民のかまどは賑わいにけり」と言ったという話...

  • 涙の旅順の思い出とは

    ➀旅順の特攻?私は上の動画の、武田さんの発言の意味が長い間わからずにいた。僕はこの時親父がね旅順の海軍の魚雷の推進の計算をしてたわけです。京都大学の数学でて軍隊の関係なかったけど、学校の先生だったんだけど 計算が間に合わないっていうんで行ったの。 この時僕ら子供が2人いっしょに、母親もね。なんで行ったかは分からない。 ~略~その時にね彼らが特攻しなかったらねぇ、僕は今いないんですよ。 とおっしゃって...

  • シドモアが見た明治期の日本31 富士登山 ③

    ➀御室浅間神社跡、古御岳神社p226私たちに同行したポーター15人のうち三名が一組となり、それぞれ女性に付きました。彼らは女性軍をおんぶしてでも頂上へ連れていく決意です。堂々とした富士を目指し、先頭のポーターが女性登山者の腰回りに綱を堅く結んで出発し、別のポーターが彼女を前方へ押しました。さらに本人はもう一人のポーターの長い竹竿につかまり、灰から自分の脚を持ちあげる個人的義務(!?)を果たしながら、...

  • トンデモもののけ辞典⑪ 片脚上臈

    ➀片脚上臈片脚上臈(かたあしじょうろう)は、愛知県八名郡山吉田村(現・新城市)に伝わる妖怪。 姫上﨟ともいう。栃の窪という地からハダナシ山という山にかけて現れるという、美しい上臈姿の片脚の妖怪。紙製の鼻緒の草履を履いた者がいると、その片方を奪うという。山吉田村の阿寺には栃の窪を水源とする阿寺の七滝という滝があり、そこには不妊の女性に子宝の霊験のある子抱き石という石があったが、そこへ行くには紙緒の草...

  • トンデモもののけ辞典① 火前坊

    鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より「火前坊」➀火前坊平安時代頃に葬送地として知られた京都の鳥部山に現れるという妖怪で、画図では炎と煙に包まれた乞食坊主の姿で描かれている[2]。 鳥部山は有力な皇族や貴族が葬られており、10世紀末頃には高僧たちがこの地で焚死往生を願って自らの体に火を放って命を絶ったといわれ、その信仰儀式を人目見ようとする庶民たちも多かったが、中には儀式に反し、現世に未練があるなどして極楽往生で...

  • トンデモもののけ辞典105 風の神

    ※「シドモアが見た明治期の日本」は、図書館で借りていた「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー」を返却期限がきて返したので(「買えよ」って感じですねw)、しばらく中断します。購入する予定です。入手ししだい、再開します。よろしくお願いします♪奇談集『絵本百物語』巻第5 第39「風の神」。絵/竹原春泉➀風の神5-4(第三十九 風の神)風の神(かぜのかみ) 「風にのりて所々をありき人を見れば口より黄なるかぜを吹(ふ...

  • シドモアが見た明治期の日本30 富士登山 ⓶

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。④須走p222黒い溶岩の燃殻や塊は火山に近づいたことを教えてくれます。道は緑の草原を抜け、石炭粉塵の様なインク色の跡を残しています。炭鉱のボタ山のような火山岩滓の体積が道脇に露呈し、荷車がざらざらした鉱滓を騒々しく磨りつぶして通ります。絵のような典型的日本...

  • シドモアが見た明治期の日本29 富士登山 ➀

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。➀東海道線p220距離にして四〇マイル[六四キロ]、昔の東海道線を蒸気機関車で小田原[相模]湾の底深い海岸沿いを走り、太平洋側にある青い箱根連山の稜線を目指しました。国府ッで遊覧四輪馬車に乗り換えましたが、平野をガタガタ走って東海道沿いの谷あいを登る途中、子供...

  • シドモアが見た明治期の日本28 中禅寺と湯元 ⓶

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。③中禅寺湖畔の宿p212五件の茶屋が水際に並行して並び、各茶屋は湖を見わたすため水上に歩廊を三組持っています。特に蔦屋、イズミヤ、ナカマルヤ[中村屋?]での宿泊と休息は日光によくある宿よりも、ずっと純日本的な安らぎがあります。外国人のために椅子やテーブルは用...

  • シドモアが見た明治期の日本27 中禅寺と湯元

    ➀駕籠・輿・荷馬p208日本で使われている駕籠に関し、外国人はいろいろ批評しますが、あの狭苦しい状態は故意に異教徒を虐待しているわけではありません。その苦痛がむごく陰険でにことは、いずれ法廷尋問で明確に判定されるべきでしょう!?p208山岳地や遠方に行くには、荷馬以外唯一の旅行手段です。日本時とはたいへん気持ちよさそうに膝を二つ折りにし、脛を立てて座りますが、外人が乗った場合、身長の大きさ、たくま...

  • シドモアが見た明治期の日本25 日光 ③

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。⑭白糸の滝・滝尾神社p201~p202さらに登ると、滝[白糸の滝]が泡を噴出しながらリボン状に細く裂けて流れ、これよりも高い所に古い社寺[滝尾神社、弘法大師ゆかりの地]があって、巡礼や旅人が祈祷したり感嘆したりしますが、この無防備の聖域を乱す人はいません。ここ...

  • シドモアが見た明治期の日本25 日光 ⓶

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。⑨東照宮と大猷院p195 各神殿には、最初に参拝者を導くはばひろい上り石段があり、外庭に立つ壮麗な幾つもの楼門[表門・陽明門(東照宮)、仁王門・二天門・夜叉門(大猷院)]には精緻な彫刻が施され、金銀の豪華な板金が嵌められ、すべて極彩色と金塗装で輝いています。...

  • シドモアが見た明治期の日本22 日光

    ➀大谷川に住む巨人・妖精・悪魔・怪物p192支配者や高僧は日光に埋葬されることを強く望み、僧侶、歌人、学者、芸術家、巡礼は永くここに滞在したがりました。この文章をよむと日光東照宮に日本の支配者や高僧の墓がたくさんあるように思えるが、そんなことはなさそうである。(墓があれば教えてください。)p192鉢石村へ向け長い一本道を進むと、狭い谷間を勢いよく流れとどろく大谷川の築堤の終点に付きますが、これより...

  • シドモアが見た明治期の日本22 日光への旅

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。➀日本鉄道 日光鉄道p182今では日光まで鉄道がありますが[明治二三年開通]、宇都宮から最後の美しい日光街道二五マイル[四〇キロ]を人力車で行く旅も楽しく、木々に覆われたまっすぐな街道が鉢石や日光の村々を抜け、長く感ずることも退屈もしません。明治23年に開通した...

  • シドモアが見た明治期の日本21 東京近郊⓶

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。⑧池上本門寺p176ここ池上の地で、仏教宗派の開祖・日蓮が亡くなりました。六〇〇年間、この壮麗な寺院[本門寺]は日蓮上人に対する賛歌で谺し、僧侶は今でも厳格に教義を説きます。日蓮宗は日本最大の組織を持ち、最大の財力を有し、最も強い影響を及ぼしている積極的宗派...

  • シドモアが見た明治期の日本20 東京近郊➀

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。➀飛鳥山p174東京の近郊には、庶民の親しむ行楽地や華族の美しい別荘がいっぱいです。その北東、王子には政府の化学工場や製紙工場[王子製紙]があります。歌川広重『名所江戸百景』より「飛鳥山北の眺望」王子には飛鳥山があり、ここに渋沢栄一は邸宅をたてて住んだ。飛鳥...

  • シドモアが見た明治期の日本19 東京⑬

    50.皇居と離宮p163また一八七三年[明治六]の火事で焼け落ちるまで、旧将軍の居城・本丸は皇居として使用され、内部は京都二条城よりもはるかに壮麗だったと言われています。ともあれ、被災して引っ越しを余儀なくされ、手狭な赤坂台の紀州徳川家の屋敷[赤坂離宮]が一時的に天皇家の避難所となりました。赤坂離宮シドモアは手狭と書いているが、豪邸である。紀州徳川家の屋敷だったというが、こんなに立派だったのだ。p16...

  • シドモアが見た明治期の日本18 東京⑫

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。㊵団十郎p143今日の日本演劇界は、リアリズム派や自然派が主流で、ジェファーソン[米国の俳優]もコクラン[フランスの俳優]も同業者お団十郎以上に役になりきり、沈着かつ完璧な演技をすることは不可能です。「シドモア日本紀行」は1884(明治17)年から1902(明治35年)の...

  • シドモアが見た明治期の日本17 東京⑪

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。※p131~p138にかけて、能・歌舞伎・人形両瑠璃などについて述べられているが、それらの長い歴史を検証するのは大変骨が折れ、また私自身あまり鑑賞したことがないため、それらに対して語る資格がないと感じるwとりあえずこの部分は飛ばして、先に進むことにする。㊵...

  • シドモアが見た明治期の日本16 東京⓾

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。㉞蓮P115そのとき上野公園下の池[不忍池]は数エーカーにわたる青みがかった葉っぱのお皿を見せ、ピンクや白の星々をちりばめます。不忍池p116以前、この無数のブッダの花は、夏一番、最初の暖かな太陽光線を受けて開き、その瞬間城塞の模擬礼砲のように音が鳴り響きました...

  • シドモアが見た明治期の日本15 東京⑨

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。㉗梅屋敷の梅p106この梅屋敷[清香庵]は、かつて将軍[八代・徳川吉宗]のお気に入りの場所でした。p107行儀のよい参観者は、わが米国人、せっかちな田舎者がするようにひらひらする巻紙を不作法にまくったりはしません。奥ゆかしい老詩人たちは威厳に満ち、ひたすら花へ...

  • シドモアが見た明治期の日本14 東京⑧

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。 ※まちがいなどありましたら、教えていただけると嬉しいです。㉕草花信仰p104外国からいかなる悪しき干渉があろうとも、日本の首都における草花信仰は果てることはありません。日本の陰暦[旧暦]は花咲く椿、梅、桜、藤、蓮、菊、楓の時期を分けています。蜜柑と茶の花...

  • シドモアが見た明治期の日本13 東京⑦

    ※ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。※まちがいなどありましたら、教えていただけると嬉しいです。㉑火事-2p97地元消防隊の掲げる旗印や隊旗は、外人の目にはびっくり仰天です。軍楽隊長の指揮棒が栄光を称え、巨大なクラブ、スペード、ハート、ダイヤモンド、球、三日月、星、あるいは謎の文字の旗が各救援...

  • シドモアが見た明治期の日本12 東京⑥ 一部閲覧注意(見せ物小屋)

    ⓲両国川開き(隅田川)p94川開きは壮大な夏祭りです。これは夜ごと開かれる水祭りの皮切りで、隅田川の土手には無数の茶屋が開店します。p95おしゃべり、爆笑、三味線の悲しい音色が、高まる歓声やどよめく騒音とともに大気に路、同時に花火が速射砲のごとく打ち上げられ、円球、噴水、滑車、渋木、噴流、彗星となって天食うに広がり、暗い夜空に火炎龍、のたうつ怪獣、虹、滝が光り輝きます。至るところで日本酒が氾濫して...

  • シドモアが見た明治期の日本11 東京5

    ⓮日本の記念行事p89日本人ほど祝祭日を作るのが好きな国民はおりません。一二ヶ月すべて祝祭日の機会を設け、さらに昔は三百六十五日、祭と記念行事が催されました。中国歴[陰暦]に載る重要な記念日の全てが尊重され、さらに君主の誕生日に代わって命日が尊重されました。伝統行事を思いつくまま書きだしてみよう。(他にも多数あると思うが)もともと伝統行事は旧暦または二十四節気の日付で行われていたもので、明治に新暦を...

  • シドモアが見た明治期の日本⓾ 東京4

    ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。⓬仲見世商店街雷門をくぐると仲見世商店街がある。明治末期の仲見世はこんな感じだった。上の写真向かって左上のほうに、現在存在していない建物が写っている。凌雲閣という建物である。浅草公園に1890年(明治23年)に建てられた12階建ての展望塔で、当事の日本で最も高い建築...

  • シドモアが見た明治期の日本⑤ 東京3

    歌川国利 上野不忍池競馬の図ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。❼不忍池p84台地は左側へ急傾斜し、裾のは大きな蓮池[不忍池]があり、真夏には花の水槽となります。弁天堂と小さな茶屋が中央の島にあり、桜並木のアーチがかかる池の周りは競馬コースになっています。不忍池には行ったことがないので、写真はPh...

  • シドモアが見た明治期の日本⑧ 東京2

    ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。❹サンジロウ  p81鉄道駅では、いつも人力車の一団が乗客をまっています。その中に、踵に翼をもった日本版マーキュリー[ローマ神話の神]、サンジロウ[三次郎?]がいて、サムライ時代の頭の剃上げ[月代]と銃の撃鉄[髷]を付けています。彼の電気には日本政府役人に従って...

  • シドモアが見た明治期の日本⑦ 東京1

    ❶馬車鉄道p75道路の大部分に、外国を手本にした月並の建物、縁石、緑陰が並んでいますが、その道を鉄道馬車[馬車鉄]がプープー音を響かせ、軽乗合馬車がガラガラ走るので、街の風景をかなり不調和にしています。明治中頃の旧新橋駅周辺純和風のものを好んだシドモアはお気に召さなかったようだが、現代人である私から見れば馬車鉄道の風家はかなり萌えるw馬車鉄道はレールに乗った客車を馬が引くものである。馬車鉄道手前に...

  • シドモアが見た明治期の日本⑥ 横浜5

    ピンク色の文字部分は、すべて著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」よりの引用です。❶鎌倉 つづきp70明るい春の朝、男、女、子供らが海草を集め、砂浜に乾かすために収集物を広げ、乾燥後は米国のアイスランド苔と同じ美味な食べ物に変わります。https://blog.excite.co.jp/ICELANDia1/4488608/↑ この方のブログ記事によれば、アイスラン苔はお茶にしたり、...

  • シドモアが見た明治期の日本⑤ 横浜4

    ❶鎌倉の大仏p69ここは日本の観光でも数少ない得意な見せ場の一つなのに、配置場所が悪く適切な門もありません。日光の楼門や五重塔のように、長い並木道の先、大空に向かってシルエットを描くのであれば、偉大なるブッダ・大仏はもっと堂々と見えることだろう。シドモアはこのように書いているが、下のチャールズ・W・バートレットの木版画(1916年)は美しい。チャールズ・W・バートレットによる木版画(1916年)私は鎌倉へは...

  • シドモアが見た明治期の日本④ 横浜3

    ❶妙法寺 杉田梅林p59海や桜の林の中に古刹[妙法寺]があり、二月と四月の梅や桜の咲く時期、ここでも日本二代花の祭典が祝われます。p60梅の開花は春一番の前触れです。毎年決まって宮廷貴婦人、たくさんの皇族方、偉い役人が杉田梅林にやってきて、山手地区の下に咲く花のうねり、古刹門前のピンクや深紅の雲海に包まれた梅林を見物します。梅の死性器が過ぎると、杉田は全く無視されます。緑茂る絶壁を背景に湾の曲線部に...

  • シドモアが見た明治期の日本③ 横浜2

    ❶豊顕寺p56神奈川県海岸通り裏側には、半ば荒廃した古刹・豊顕寺[神奈川県三ツ沢西町]があり、まれに開かれる祭礼日には参拝者、浮かれ物、屋台で込み合います。調べてみるとこの寺にはローラー滑り台があったり、戦没者慰霊塔、多数の墓があり、白い服を着た女性の霊があらわれるなどといわれているらしいwいちおう、自分用メモとして。❷生麦事件横浜外国人墓地にあるリチャードソンの墓。近年、有志によって、マーシャルとク...

  • シドモアが見た明治期の日本2 横浜1

    ❶家船p28波止場の舟には四、五千人もの民衆が生活し、あちこちに艀を渡しながら生計を立て、警察の厳しい規則は秩序を保ち、かえって暮らしを安定させます。よその国にあるような波止場税はなく、たくさんのサンパン船の中で家族全員が辛抱強く暮らしています。サンパン船とは小型の舟のことを言っているようだ。そして横浜の港に舟で生活する人々がいたというのである。港の波止場に舟を停泊させてえおいても、税金がかからな...

  • シドモアが見た明治期の日本

    エリザ・E・シドモアシドモアは日本びいきなアメリカ人で、著書「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー /エリザ・E・シドモア 外崎克久 訳 講談社学術文庫」の中でしきりに日本の事をほめている。その一例をあげる。※すべてではない。他にも日本や日本人をほめている個所はたくさんある。※ピンク色の文字の部分が本よりの引用。灰色の文字は私が書いた。※ピンク色文字の引用先は「シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー ...

  • トンデモもののけ辞典105 がこぜ 『頭に蛇がまきついた童子』

    作者不詳『化物づくし』より「がごぜ」①妖怪がこぜ(元興寺) 元興寺の境内にはオレンジ色のハルシャギクが咲き乱れており、花の間からたくさんの石仏が見え隠れしていた。 ハルシャギクは中心が紅色、周囲がオレンジ色の蛇目模様になっているので別名を蛇目草という。 蛇目というのは蛇の目のことである。 元興寺 ハルシャギク蛇といえば、『日本霊異記(822年ごろに成立)』に記された元興寺の伝説を思い出す。 その伝...

  • トンデモもののけ辞典104 影女『影と話をする陰』

    ①鳥山石燕が描いた影女上の絵はちょっとわかりにくい。https://intojapanwaraku.com/culture/59330/↑ こちらに掲載されているもののほうが鮮明でわかりやすい。松の枝のように見えるが、長い髪を逆立てた人が逆立ちするような形で障子に映っている。絵に添えられた文章には次のように記されている。「もののけある家には月かげに女のかげ障子などにうつると云。荘子にも罔両と景と問答せし事あり。景は人のかげ也。罔両は景のそば...

  • トンデモもののけ辞典①103 餓鬼憑き『餓鬼憑きは低血糖症の症状?』

    旧河本家本『紙本著色餓鬼草紙』第3段「食糞餓鬼図」①餓鬼憑き餓鬼に憑かれるのは主に山道を歩いているときなどとされ、憑かれると身動きが取れなくなってしまい、歩いている最中だった場合は一歩も前へ進めなくなってしまう[2]。 神奈川県のヤビツ峠では、合戦で餓死した兵の亡霊が餓鬼となってさまよい、食物をあさっている為、峠越えをする旅人は急に空腹となり、歩行困難に陥いるため、食物を峠に供えて越えなければならない...

  • トンデモもののけ辞典102 『カーカンローの正体は井戸の水に映った子供の姿だった?』

    朱里石畳のカー①カーカンロー沖縄県に伝わる妖怪。井戸に潜んでおり、覗き込んだ子供を引きずり込むという。水面に映る影を抜かれると病になるともいわれる。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A6%96%E6%80%AA%E4%B8%80%E8%A6%A7#%E3%81%8Bより引用「カー」は井戸を 「カンロー」は子供を意味する。http://youkaitama.seesaa.net/article/295502870.html より引用検索すると確かに井戸のことは「カ...

  • トンデモもののけ辞典101 河童・産女・山姥 『坂田金時は河童だった?』

    妖怪画で知られる鳥山石燕による河童①坂田金時は下毛野公時を脚色して創作した人物?今日のテーマは河童だが、私は坂田金時は河童ではないかと考えている。その理由をお話ししよう。平安時代、源頼光が大江山の鬼退治をしたという伝説がある。頼光には四人の優秀な家来(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)がおり頼光四天王と呼ばれていた。頼光四天王のうち坂田金時は童謡「金太郎」で有名である。京都・八坂神社に石見神楽...

  • トンデモもののけ辞典100 貝吹坊『児島高徳と修験道』

    ①貝吹坊貝吹坊(かいふきぼう)は、備前国(現・岡山県)和気郡に伝わる妖怪。熊山城跡の堀の水中に棲んでいたとされ、ホラガイを吹く音のような「ボー、ボー」という声をあげる。姿を見せずに音のみを出す妖怪とされる[1]。 水木しげるの著書によれば、かつて味地義兵衛という者が、唐津城の壕に妖怪がいると聞いて調べに赴いたところ、壕から青い目を光らせた妖怪が現れたことがあり、この妖怪が貝吹坊の一種であろうと述べられ...

  • トンデモもののけ辞典 貝児99 『貝合わせの夫婦和合から生まれた妖怪?』

    鳥山石燕『百器徒然袋』より「貝児」上の絵はかすれたりしていてわかりにくい。こちらの絵のほうが見やすいと思う.。→ https://w.atwiki.jp/deadsoul/pages/82.html①貝児貝児(かいちご)は、鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にある日本の妖怪の一つで、貝桶(かいおけ)の妖怪。 概要 貝桶とは、日本の中世から江戸時代にかけて伝わる遊戯の貝合わせや貝覆いに用いる貝殻の入れ物であり、画図では貝桶から子供のような姿の者...

  • トンデモもののけ辞典98 陰摩羅鬼『成仏できなかった死者の霊は陰摩羅鬼という鳥になる?』

    【鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「陰摩羅鬼」石燕の絵を見ると、卍マークのある香炉や、寺によくある旗(幟?名前がわからないw) 向かって左下には常花(イミテーションの花)、鐃鈸(にょうはち/仏教の法要に用いるシンバル)などが置いてある。、陰摩羅鬼がとまっているのは、おりん(磬子/けいす)だろう。 その下にある棒、磬子ばい(?)でおりんのふちをたたいて音を鳴らす。御摩羅鬼は寺のお堂の中にいることがわか...

  • 「穢多・非人を通常の社会に入れると殺される」のはそこに差別意識があるから。

    武田氏発言まとめ①穢多・非人は国の中の特殊身分制度。士農工商には入っていない。⓶日本人は差別しなかったが、ユダヤ人が外国から入ってきた時に日本人はどういう風に扱ったか。このような問題はもう無限にある。③アイヌもそうだが、そういう外国との折衝もある。④なかなか普通の人間として生活できないような人もいる。⑤人数的に例外的である人を、どう扱うかというのは難しい問題。⑥現在の社会では、希な人を正常な人と一緒に取...

  • トンデモもののけ辞典97 吉兵衛狸『吉兵衛狸の正体と地車囃子』

    岸和田地車祭①岸和田の吉兵衛と狸大阪府岸和田市には吉兵衛と狸の伝説が伝えられている。昔、現在の岸和田市並松町あたりに吉兵衛というだんじり好きの男のもとに狸たちが訪れて吉兵衛とともに尻尾で太鼓をたたいた。それ以降、祭が終わると風に乗って狸の祭囃子が聴こえてくるようになった。 ⓶榎木稲荷神社の吉兵衛狸伝説大阪市堀川戎神社には榎木稲荷神社がある。榎木稲荷神社は地車(だんじり)の形をしているので、地車稲荷...

  • トンデモもののけ辞典① 後眼『諺・慣用句の妖怪?妖怪と魚オヤニラミの関係』

    ① 後眼目が頭の後ろに一つだけあり、1本の鋭い爪を持つ妖怪である。『百鬼夜行絵巻』に記載されているのは名前と絵だけであり、どのような妖怪かは不明である。 おなじく江戸時代に描かれた絵巻物『百物語化絵絵巻』(1780年)では同様の格好をした妖怪が親にらみ(おやにらみ)という名称で描かれている[1][2]。また、国際日本文化研究センター所蔵の『化物尽絵巻』にも親白眼と記され同じ姿の妖怪が描かれている[3]。 仮名草...

  • トンデモもののけ辞典95 夜泣き石『石神はいかにして夜泣き石になったか』

    竜斎閑人正澄画『狂歌百物語』より「夜鳴石」①夜泣き石夜泣き石(よなきいし)は、石にまつわる日本の伝説の一つ。各地にさまざまな夜泣き石が存在する。 大別すると、泣き声がする、子どもの夜泣きが収まるとの伝説に分かれる。中でも静岡県の小夜の中山夜泣き石がよく知られているが、日本各地に存在する夜泣き石の中には、小夜の中山のように殺された者の霊が乗り移って泣き声をあげるといわれるほか、石自体が怪音を出すとい...

  • トンデモもののけ辞典 鬼火⓶『祇園精舎の鐘が平家の亡霊をこの世につれてくる』

    ①『耳無し芳一』に登場する鬼火『耳無し芳一』という怪談がある。阿弥陀寺に芳一という盲目の琵琶法師が住んでいた。 芳一はひとりの武士に頼まれて、夜な夜な貴人の屋敷にいって「壇ノ浦の戦い」の下りを弾き語るようになった。 不審に思った和尚が寺男たちに芳一の後を付けさせた。 すると芳一は平家一門の墓地の中で無数の鬼火に囲まれて琵琶を弾き語っていた。 和尚は平家の怨霊に芳一が殺されてしまってはいけないと、芳...

  • トンデモもののけ辞典93 お歯黒べったり

    竹原春泉画『絵本百物語』より「歯黒べったり」①お歯黒べったりお歯黒べったり(おはぐろべったり)歯黒べったり(はぐろべったり)は日本の妖怪の一種。目も鼻も無い顔に、お歯黒を付けた大きな口だけがある女の姿をした妖怪。 概要江戸時代後期に出版された『絵本百物語』(竹原春泉斎・画)に「歯黒べったり」という題で描かれており、現在は同作品を通じてその存在が知られている。詞書には、「ある人が古い社の前を通ったと...

  • トンデモもののけ辞典 鬼火 『鬼火が燃えたり消えたりするのはヒメホタルまたはヘイケホタル?』

    ①鬼火江戸時代に記された『和漢三才図会』によれば、松明の火のような青い光であり、いくつにも散らばったり、いくつかの鬼火が集まったりし、生きている人間に近づいて精気を吸いとるとされる[2]。また同図会の挿絵からは、大きさは直径2、3センチメートルから20,30センチメートルほど、地面から1,2メートル離れた空中に浮遊すると推察されている[1]。根岸鎮衛による江戸時代の随筆耳嚢巻之十「鬼火の事」にも、箱根の山の上に現...

  • トンデモもののけ辞典91 鬼一口『鬼に打ち砕かれた在原業平の野望』

    ①鬼一口鬼一口(おにひとくち)とは、日本の説話において、鬼が一口にして人間を食い殺すことをいう[1]。 概要 代表的な話として挙げられているものに、平安時代初期の歌物語『伊勢物語』第6段の「芥川の段」がある。ある男が何年も女のもとへ通い続けていたが、身分の違いからなかなか結ばれることができなかった。あるとき、男はついにその女を盗み出したが、逃走の途中で夜が更けた上に雷雨に見舞われたために、戸締りのない...

  • トンデモもののけ辞典90 鬼熊

    ①鬼熊鬼熊(おにくま)は、木曽谷(長野県)に伝わる妖怪。江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記述がある。 解説 歳を経た熊が妖怪となったもの。人前に姿を現すことは滅多にないが、夜更けに山から人里に現れ、人のように直立歩行しながら家畜の牛馬を捕えては山へ持ち帰って食らうという。 力が非常に強く、猿などは掌で押しただけで殺してしまう。また、山中で鬼熊が6、7尺もあろうかという大石を谷底へ落とすのを見た人がお...

  • トンデモもののけ辞典 鬼③ 地獄絵に登場する鬼は日本の固有種だったw 閲覧注意!

    真如寺 ん ?なにかいる?気のせいか? ①真如寺の地獄絵 滋賀県犬上郡 真如寺 多賀大社門前町(絵馬通り)にある真如寺。 堂内に足を踏み入れるとそこには地獄の風景が。(地獄絵が展示されている。撮影許可いただいています。) 江戸時代後期に描かれたものだという。初七日。三途川のほとりで奪衣婆(だつえば)に衣服を剥ぎ取られ・・・・・(ナイスバディだったらくらくらしそう~♪) 二七日(ふたなのか) 鬼に舌を...

  • トンデモもののけ辞典88 鬼⓶ 鬼は仏像を造立する人?

    トンデモもののけ辞典87 鬼『節分の鬼は1年の変わり目をあらわす?』上記記事のまとめ①節分に「福は内、鬼も内」と言いつつ豆を投げる寺社もある。(金峯山寺・元興寺など)⓶①の理由として、鬼を祀っている。寺社周辺に鬼の子孫がすんでいる、などが考えられると思う。③鬼と神は表裏一体? 御霊・・・神の本質 和魂・・・神の和やかな側面・・・福・・・陽 荒魂・・・神の荒々しい側面・・・鬼・・・陰 関西には古社のある...

  • トンデモもののけ辞典 鬼『節分の鬼は1年の変わり目をあらわす?』

    ①福は内、鬼も内関西にはたくさん鬼がいて、人々に愛されている。今回は私が出会った鬼さんを何匹がご紹介したいと思う。奈良県 金峯山寺 節分会節分には「鬼は外、福は内」と言いながら豆を投げるのが一般的だが、金峯山寺・元興寺などでは「福は内、鬼も内」と言いつつ豆を投げる。このような習慣は全国にある。⓶鬼を祀る寺?なぜ「鬼も内」というのだろうか。その理由はいろいろあるだろうが、ひとつには「鬼を祀っている」と...

  • トンデモもののけ辞典 おとろし86『非人・童子・赤熊・鬼の関係』

    鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「おとろし」①おとろし概要 江戸時代の『百怪図巻』(1737年,佐脇嵩之)、『化物づくし』(画家・制作年不明、加賀谷れい所蔵)、『化物絵巻』(画家・制作年不明、川崎市市民ミュージアム所蔵)、『百鬼夜行絵巻』(1832年,尾田郷澄、松井文庫所蔵)などの絵巻や、絵双六『十界双六』(国立国会図書館所蔵)、『画図百鬼夜行』では、長い髪におおわれ、顔に前髪をたらした姿で描かれている。いずれ...

  • トンデモもののけ辞典85 踊り首『馬の頭部を持つ大蛇の正体とは』

    ↑ 素晴らしい舞台に感動!日本のミュージカルですね!①踊り首踊り首(おどりくび)は、日本の妖怪の一種で、人間の首だけが宙を舞う妖怪。 人間(主に落ち武者や女性)が死んだ後、怨念や愛憎の念があまりに強いため、その首が胴体から離れて巨大化して古びた寺などに現れ、そこを訪れた生者を脅かす妖怪である[2]。 元禄時代には、播磨国の佐用郡(現・兵庫県)で大きな女の首が目撃されたという事例がある。江戸時代の古書『...

  • トンデモもののけ辞典84 白粉婆 『白粉婆の正体は化粧地蔵?』

    鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より「白粉婆」①白粉婆白粉婆(おしろいばばあ、おしろいばば)または白粉婆さん(おしろいばあさん)は、奈良県吉野郡十津川流域に伝わる老婆の妖怪。 概要 鏡を引きずってジャラジャラと音を立てつつ現れる、老婆の姿の妖怪といわれる[1]。 鳥山石燕 『今昔百鬼拾遺』には「白粉婆」の名で、ひどく腰の曲がった老婆が、大きな破れ傘を頭に被り、右手で杖をつき、左手には酒徳利を持っている姿が...

  • トンデモもののけ辞典83 和尚魚 亀入道 「浦島太郎のモデルは倭宿禰命?」

    寺島良安『和漢三才図会』より「和尚魚」①和尚魚体長は5~6尺(約1.5~1.8メートル)。体はスッポンに似ており、頭部は「和尚」の名の通り頭髪がない坊主頭のように見える[1]。 これを捕らえて殺そうとすると、和尚魚は手を合わせて涙を流しつつ命乞いをするので「助けてやるが、その代わり二度と祟ってはいけない」と言い聞かせて海へ逃がすと良いという[1]。 また、同様に亀の体に坊主頭の人間の頭部を持つ海坊主として亀...

  • トンデモもののけ辞典82 亀入道

    寺島良安『和漢三才図会』より「和尚魚」①和尚魚和尚魚(おしょううお)は、江戸時代の百科辞典『和漢三才図会』にある海の妖怪で、海坊主の一種[1]。 概要 体長は5~6尺(約1.5~1.8メートル)。体はスッポンに似ており、頭部は「和尚」の名の通り頭髪がない坊主頭のように見える[1]。 これを捕らえて殺そうとすると、和尚魚は手を合わせて涙を流しつつ命乞いをするので「助けてやるが、その代わり二度と祟ってはいけない」と...

  • トンデモもののけ辞典80 産怪・血塊・オケツ「オケツは胎盤の妖怪?」

    1⃣産怪産怪(さんかい)は、日本各地に伝わる妖怪の内、人間の妊婦が産むといわれるものの総称である[1]。出産時に注意しなければ、赤ん坊の替わりにこれらの妖怪が産まれてしまうという[2]。 かつての医学が発達していなかった頃の日本では、出産は現在とは比較にならないほど大変であり、また受胎から間もない胎児が奇異な姿に映ることも理解されていなかった[1][3]。更にそういった時代では、迷信が深く信じられていた。そのた...

  • トンデモもののけ辞典80 送り拍子木⓶

    1⃣反響(エコー)と残響(リバーブ)は基本的には同じ前回の記事、トンデモもののけ辞典79 送り拍子木 で、説明不足の点があったので(スイマセン!)補足記事を書こうと思う。実は「ニセの音」しか聞いていないことについて - 前編上の記事(オモシロイです)に次のような内容が記されている。①普段我々が聞いている音のほとんどが「本当の音」ではない。⓶我々が普段聞いている音というのは、「本当の音」(元の音)に「残響」が加...

  • トンデモもののけ辞典79 送り拍子木

    『本所七不思議之内 送撃柝』(送り拍子木)三代国輝・画1⃣送り拍子木江戸時代の割下水付近を、「火の用心」と唱えながら拍子木を打って夜回りすると、打ち終えたはずの拍子木の音が同じような調子で繰り返して聞こえ、あたかも自分を送っているようだが、背後を振り向いても誰もいないという話である[1][2]。実際には、静まり返った町中に拍子木の音が反響したに過ぎないとの指摘もあるが[1][2]、雨の日、拍子木を打っていないの...

  • トンデモもののけ辞典78 ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシ

    民家博物館 岩手の曲がり家民家博物館 岩手の曲がり家 土間1⃣土間にいるワラシ(童)の妖怪座敷ワラシという妖怪がいる。そのうち、家の土間にいる座敷ワラシとして、ノタバリコ、ウスツキコ、コメツキワラシなどがいるという。座敷とは本来「座具(畳)を敷いた部屋」のことである。それが転じて客間、宴会を行う部屋、芸妓の仕事なども座敷というようになった。男女の密会に部屋を貸すのは貸座敷といった。(今でいうラブホみ...

  • トンデモもののけ辞典 オキナ 「鯨を鰯のように飲み込む巨大漁の正体とは」

    1⃣オキナ前記『竹原春泉 絵本百物語 -桃山人夜話-』にはもう一つ、橘南谿による江戸後期の紀行文『東遊記後編』(寛政9年(1797年)刊)に記述されている巨大魚「オキナ」も類話として載せている。同書に記す「オキナ」は蝦夷の東海に棲息し、春に南の海に行き秋に戻って来るといい、その魚が現れる際には海底から雷鳴のような轟音が響くとともに大波が起こり、餌として20尋から30尋(およそ30から50メートル)もある鯨を、鯨が鰯...

  • トンデモもののけ辞典76 大百足「藤原秀郷と猿丸大夫にはなぜ同じ伝説がつたえられているのか」

    1⃣藤原秀郷の百足退治伝説「俵藤太物語」にみえる百足退治伝説は、おおよそ次のようなあらすじである。 琵琶湖のそばの近江国瀬田の唐橋に大蛇が横たわり、人々は怖れて橋を渡れなくなったが、そこを通りかかった俵藤太は臆することなく大蛇を踏みつけて渡ってしまった。大蛇は人に姿を変え、一族が三上山の百足に苦しめられていると訴え、藤太を見込んで百足退治を懇願した。藤太は強弓をつがえて射掛けたが、一の矢、二の矢は...

  • トンデモもののけ辞典75 大坊主⓶ 御神木・恐怖心やアルコール依存症が生み出した幻覚

    1⃣大坊主大坊主(おおぼうず)は、日本各地の民俗資料、古書などにある大きな坊主姿の妖怪。意味合いとしては大入道とほぼ同様に用いられている[2]。 僧が妖怪視されたことについては、江戸時代のキリスト教の禁制にともなって寺請制度が定められ、寺院の腐敗・堕落が進んだことから、そうした僧らに対して庶民が悪感情を抱いたことが要因の一つと見られている[3]。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%8A%E4%B8%BB...

  • トンデモもののけ辞典74 大坊主① 大坊主の正体は炭焼きの甚兵衛だった?

    1⃣ 大坊主大坊主(おおぼうず)は、日本各地の民俗資料、古書などにある大きな坊主姿の妖怪。意味合いとしては大入道とほぼ同様に用いられている[2]。 僧が妖怪視されたことについては、江戸時代のキリスト教の禁制にともなって寺請制度が定められ、寺院の腐敗・堕落が進んだことから、そうした僧らに対して庶民が悪感情を抱いたことが要因の一つと見られている[3]。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%8A%E4%B8%BB ...

  • トンデモもののけ辞典73 大風呂敷 「狸は生き返るためにドクロを風呂敷に包もうとしている?」

    1⃣ 大風呂敷ウィキペディア・妖怪一覧のところに、大風呂敷の説明があった。 大風呂敷 オオフロシキ 香川県琴南町―現在のまんのう町で日暮れになると、どこからともなく大きな風呂敷が飛んでくるという。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A6%96%E6%80%AA%E4%B8%80%E8%A6%A7#%E3%81%8A より引用2⃣妖怪「大風呂敷」は下品すぎてがっかり?ところが、「大風呂敷」の文字があるところにリンクが...

  • トンデモもののけ辞典72 大猫

    笄町の大猫を報じた瓦版1⃣大猫係る大猫の怪異譚は、武蔵国荏原郡笄町(江戸市中の笄町。明治2年〈1869年〉以降の東京府麻布区麻布笄町、現在の東京都港区南青山6・7丁目~西麻布2・4丁目)界隈での出来事として、今は西麻布(東京都港区西麻布[* 2])と呼ばれる地域で刊行された瓦版(■右の画像を参照)に記されている。時期は不明ながら、江戸時代前期の瓦版はほとんど現存せず、中期のものも少ないのであるから、後期と見るのが...

  • トンデモもののけ辞典71 大入道

    https://kotobank.jp/word/%E5%85%A5%E9%81%93%E9%9B%B2-110451竜斎閑人正澄画『狂歌百物語』より「大入道」1⃣大入道名称は大きな僧の意味だが、地方によって姿は実体の不明瞭な影のようであったり、僧ではなく単に巨人であったり、様々な伝承がある[2]。坊主(僧)姿のものは大坊主(おおぼうず)ともいう[2]。また大きさも人間より少し大きい2メートルほどのものから、山のように巨大なものもある[3]。 人を脅かしたり、見た者...

  • トンデモもののけ辞典70 大嶽丸

    歌川国芳画『東海道五十三対 土山』 左より鈴鹿山の鬼神、鈴鹿御前、坂上田村麻呂1⃣大嶽丸 大嶽丸は室町時代中期~後期、室町物語『田村の草子』などに登場する妖怪である。『田村の草子』あらすじ藤原俊仁将軍の子・稲瀬五郎坂上俊宗(田村丸俊宗)が伊勢鈴鹿山の鬼神を退治、その鬼神は大嶽丸となる。 ※『鈴鹿の草子』『鈴鹿物語』『田村三代記』などではそれぞれ名前が異なる。 桓武天皇の時代、伊勢国鈴鹿山に大嶽丸という...

  • とんでももののけ辞典69 大座頭

    1⃣大座頭大座頭(おおざとう)は、鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』にある日本の妖怪。 解説文には以下のようにある。 大座頭はやれたる袴を穿 足に木履をつけ 手に杖をつきて 風雨の夜ごとに大道を徘徊す ある人これに問て曰 いづくんかゆく 答ていはく いつも倡家に三絃を弄すと[1] 現代語訳は以下の通り。 大座頭はぼろぼろの袴と木履を履き、杖をついて風雨の降りしきる夜を徘徊する。ある人がこの者に、どこに行くのかと訪ねた...

  • とんでももののけ辞典68 大首

    1⃣大首大首(おおくび)は、日本の妖怪の一つで、空中などに巨大な生首が現れるというもの。 ~略~概要 江戸時代の鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にこの名の妖怪画があり、解説文によれば、お歯黒をつけた巨大な女の生首が雨の夜空に現れるものとされるが[1]、これは伝承上にある妖怪ではなく、実際には当時の破戒僧を風刺した創作と指摘されている[2]。 江戸中期の妖怪物語『稲生物怪録』を描いた絵巻『稲亭物怪録』...

  • トンデモもののけ辞典67 大煙管

    喜多川歌麿が描いた女性 手に煙管を持っている。1⃣大煙管大煙管(おおぎせる)は、徳島県三好郡三庄村大字毛田村(現・東みよし町)に伝わる化け狸。 概要 吉野川に青石瀬という難所があり、ここでは破損した舟や筏が臨時に停泊することがあったが、そうしたときに夜更け現れ「煙草をくれ」と言って煙管を突き出す。これに対して煙草を差し出さないと、舟を沈められるなど様々な怪異が起きる。 煙管一杯に煙草を詰め込んでや...

  • トンデモもののけ辞典66 大蝦蟇

    1⃣大蝦蟇大蝦蟇(おおがま)は、江戸時代の奇談集『絵本百物語』、北陸地方の奇談集『北越奇談』などに見られる巨大なガマガエルの怪異。 妖山中に棲息する野生動物は通常の野外のものよりもずっと巨大なものもあることから、このような巨大なガマの伝承が生まれたと考えられている[1]。また、ガマガエルが妖怪視されたことについては、カエルが長い舌で虫などを捕える様子が、あたかも虫がカエルの口の中に吸い込まれるようにも...

  • トンデモもののけ辞典 大禿

    1⃣大禿大禿(おおかぶろ)は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に描かれている妖怪。 概要 屏風よりも背が高く、菊の模様の振袖を着た禿頭の人物の姿が描かれている。禿(かむろ・かぶろ)とは遊里で働いている遊女見習いの少女のこと。絵に添えられた解説には「伝へ聞(きく)彭祖(はうそ)は七百余歳にして猶(なほ)慈童(じどう)と称す是(これ)大禿にあらずや日本にても那智高野には頭(かうべ)禿(かぶろ)にて...

  • トンデモもののけ辞典64 ちょろけん小僧

    A『化物夜更顔見世』(1791年)ちょろけん小僧(左)とろくろ首1⃣大頭小僧、豆腐小僧 ちょろけん小僧ウィキペディア「大頭小僧」の説明に、次のように記されている。『夭怪着到牒』では「豆腐屋を驚かして豆腐を持って来た」といった内容を作中のせりふとして語っており[1]、特徴的な大きな頭を見せ人間を驚かす妖怪であると考えられる。桜川慈悲成『化物夜更顔見世』(1791年)では、ちょろけん、ちょろけん小僧[2]という名で頭...

  • トンデモもののけ辞典63 雲外鏡

    1⃣雲外鏡雲外鏡(うんがいきょう) は、江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にある日本の妖怪の一つで、鏡の妖怪。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E5%A4%96%E9%8F%A1 より引用絵に添えられた文章は次のとおり、雲外鏡(うんぐわいきゃう)照魔鏡(しやうまきやう)と言へるは もろもろの怪しき物の形をうつすよしなれば その影のうつれるにやとおもひしに 動(うごき)出るままに 此(この)かゞみの...

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