俳句と映画のゆうゆう散歩
暫く休養後、久し振りブログに戻って来ました。何だか浦島太郎の気分です。 亦、宜しくご指導願います。
令和4年5月31日(火)小判草:俵麦ヨーロッパ原産のイネ科の一年草、雑草明治の初めに日本へ渡来し、観賞用に栽培された。10~60cmの細い茎が直立している。葉は麦に似て線形をして居り、長さは5~10cm。葉幅3~5mm程、毛はないが葉の縁はざらつく。夏になると茎の先に小判型の花穂が幾つも付き下向きに垂れる。小判型のふわふわした小穂をつけこれが小判草の名の由来とされる。花穂は、初めのうちは緑色だが熟すると光沢を帯び、黄緑色に変化する。形が俵にも似ているので「俵麦」の名が在る。小判草は鉢植えにして、穂が風に揺れる様を鑑賞する。土手や他の畔、また野原等に多く見られて雑草の仲間、、と、私(ヤギ爺)は句仲間にこの名を教えられて、季語としてやっと眺めるようになった。今日の1句小判草揺れて光りて風の道ヤギ爺小判草
令和4年5月30日(月)ごみゼロの日今日は、語呂合わせで「5(ご)3(み)0(ゼロ)の日」1975年(昭和50年)、愛知県豊橋市で市民運動の一環として「ごみゼロ運動」が始まり、全国へ広まった。1982年(昭和57年)、関東知事会の空き缶問題推進委員会(現、関東甲信越環境美化推進協議会)で5月30日を「ごみゼロの日」に制定した。1985年(昭和60年)7月、ごみゼロ運動の10周年を記念した全国大会が開催され、毎年5月30日を「ごみゼロの日」と宣言をした。1993年(平成5年)厚生省(現、厚生労働省)は、「ごみゼロの日」が全国的に広まったとして、5月30日~6月5日の間を、「ごみ減量化推進週間」とした。ごみの分別、可燃ごみ、防護ネット亦、一般社団法人・日本電機工業会の掃除機委員会は、掃除機を活用したごみゼロの日とし...ごみゼロの日
令和4年5月29日(日)河骨:かうほねスイレン科の多年生水草浅い沼や池、湖などの岸辺や小川などに自生する水生植物である。水中の葉は細長く膜質で、水上に在る葉は濃緑で厚く、里芋の葉に似て長卵形で、葉柄のところに切れ込みがある。夏に花梗を伸ばし、水面を抜けて頂に直径3~5cm余りの黄色の可憐な花を上向きに咲かせる。5枚の花弁に見えるのは「萼」である。花びらは中央に多数ある。うち雌蕊は1個で他は雄蕊。根茎は白色で肥大して白骨に似ていることから、この名「河骨」が付いた。この地下茎を乾燥させたものは生薬となり、「川骨」(せんこつ)と呼ばれている。根の部分鎮咳、去痰、利尿、止血、解熱などに効能が在る。花が終わる頃に萼片は緑色に変色して、緑色の果実(直径5mmほど)が水中で崩れて種子を水中に放出する。同属の種類に、「根室河骨...河骨
令和4年5月28日(土)軽鳬の子:かるがもの子ガンカモ科の鴨で,軽鳬のこと。東アジアが特産。日本全国に留鳥として繁殖し、四季常駐している。雌雄ほぼ同色で全体に暗い褐色をしており、頭や喉の廻りが白い。嘴は黒く、先端だけが黄色い。脚は橙黄赤色。嗄(か)れた声をして、「グアッ、グア」と鳴く。軽鳬は5月頃に産卵をして、24日程で卵からかえる。雛は黄褐色の綿羽で覆われている。水辺の草地に繁殖し、夏も日本に留まり繁殖するので、「夏鴨」と呼ばれる。親鳥の後について歩いたり、泳いだりする姿はとても微笑ましく可愛い、、、癒される存在だ。数年前、東海市の花菖蒲園に出掛けた。太田川にかかる「おおみや橋」を渡り、川面に目をやるとカルガモの親子の泳ぎ姿を見つけた。確り、親の後を追い必死について(と言うより、親も心得て、時折後ろを伺い、ゆ...かるがもの子
令和4年5月27日(金)アマリリスヒガンバナ科の多年生球根植物、熱帯アメリカ原産夏、球根から発生した50~70cmほどの太い茎の先に、百合に似た大輪の花を数個付ける。交配による品種が多く、花の色は赤・白・橙に紅白の絞りなど様々ある。今では温室栽培も盛んで、冬でも鉢物を楽しむ事も出来、水栽培の球根も出回り気軽に楽しめる花。ベランダのアマリリスが今年も咲いた。8年前の「母の日」に息子から花と球根が届いた。以来、毎年今頃になると大輪の花が咲く様になった。当初は冬場には球根を土に戻し、冬になると部屋へと移していたが、ここ数年は手入れを忘れそのまま放置しているが、それでも夏を迎える頃には花を付ける。(昨年のアマリリス、茎は伸びず根元に咲いた)昨年は葉が出ても茎が伸びず、駄目かと思っていたが、根元から花芽が出て大きな花を咲...アマリリス
令和4年5月26日(木)葛餅:葛切り葛粉を水に溶き火にかけ練って、木枠の型に入れて冷し固めたもの、三角に切り蜜をかけ、黄粉を塗し食べる。元は正麩(小麦粉)を練り、長期間醗酵させてから蒸し上げたもの。醗酵もの特有の風味と酸味があり、古くは亀戸天神や川崎大師等の茶店に売られていた。葛切りは、葛粉を水に溶き砂糖を加え煮て練り固めた物を葛練りといい、これを饂飩のように細く切った物を、「葛切り」という。(京都・祇園の鍵善)氷片を入れ冷し、蜜と黄粉や抹茶等をかけて食べる。透き通った姿は、夏の時期の風物詩として愛される。友人が、葛切りを手土産にやって来た。春日井に住む彼も、私同様に隠居の身であり、日々晴耕雨読でもないが、小さな庭の隅に手軽な野菜等を植え、ご近所に互いの成果を自慢?し合う様だ。「カミさんは何やら忙しく、余り家に...葛切り
令和4年5月25日(水)杜若:燕子花、かきつばた水辺、湿地に群生するアヤメ科の多年草茎の高さ40~90cm、地下に長い根茎を持つ。葉の長さは30~70cmで剣状に尖っている。5月末から6月頃に、叢生(そうせい)した葉の中央から花茎を伸ばし、茎頭に濃紫色の花を開く。外層の三弁は垂れて大きく、内層の三弁は直立して細長い。古くは、「かきつばた」と清音でよばれた。湿地を好むこの花は、燕の子が飛ぶ姿に似ていることから、「燕子花」(かきつばた)とも書く。俗に、「いずれがあやめかきつばた」と甲乙つけ難く美しいものに喩えて用いられるが、あやめと杜若の区別は葉の幅と葉脈の違いで判るという。亦、花その物も見分ける事が出来る。あやめは、花弁の元のところの模様が綾目をしている。杜若は、花弁の元から花弁の先に向かって一本の象牙色の線があ...かきつばた
令和4年5月24日(火)万緑濃淡の様々な緑が、見渡す限り一面の深い緑色となり真夏の草木が生い茂る季節へとむかう。自然が最も生命力を示し、見るからに輝いてみえる。中国の王安石の漢詩の「石榴詩」に、「万緑叢中紅一点」の句があり、ここか万緑」の語が生まれた。万緑を季語として定着させたのは俳人中村草田男と言われ「万緑の中や吾子の歯生え初むる」の句の中で詠まれたる万緑は「万緑の中でみどり子のまっ白なかわいい歯が生える。すなわち万緑を背景としてみどり子の口中に生えた白い歯は、生命力が凝集したものにほかならない。そこには作者の血が脈打っていることを、読者は感じとっているのである。(新日本俳句大歳時記・俳人伊藤敬子句評より)中村公園(名古屋市中村区)地下鉄東山線「中村公園駅」を降りると、大通りに真っ赤で大きな鳥居がある。潜りけ...中村公園
令和4年5月23日(月)水馬:アメンボカメムシ目アメンボ科の水生昆虫体長5~30cm程で黒く細長い。三対の肢のうち後ろの二対は極めて長く、肢には毛が生えている。池沼や小川等の水面を滑走し、ジャンプもする。水馬は肉食で、小昆虫を捕食する。前肢で捕獲し針のようなに尖った口器を突き刺し、消化液を出して獲物を溶かし液状の物を吸い込む。俳句では「みずすまし」と呼ばれる事が在るが、本来「みずすまし」はミズスマシ科の別の甲虫である。アメンボは身体から飴のような匂いがするのでこの名が在る。(飴の匂いを発する棒状の虫から、あめんぼう)肢に生えている毛が表面張力を促し、水面を奔るように滑走する。細長い肢の先は鞭のようにしなり、動く度に水の表面に水輪が出来る。肢の先からは油分を分泌、浮力を助ける。表面張力は、液体または個体の表面が自...あめんぼ
令和4年5月22日(日)クレマチス:鉄線花キンポウゲ科センニンソウ属の鑑賞用蔓性多年草。クレマチスは「蔓性植物の女王」ともいわれている。葉は複葉で、茎は冬でも枯れることはなく鉄線の様なのでこの名がある。テッセンは中国に自生する別の花がある。5~6月頃、葉の付け根から長い柄を伸ばし、白や桃、紫色の大輪の花を開くが、花びらはなく、花びらに見えるのは、6個の萼片が変形したものである。クレマチスは、テツセンやカザグルマなどを交配して作られた園芸品種で、世界には温帯に250種が分布する。日本へは江戸時代の初期に渡来した。逆に、1836年に植物学者でもあったシーボルトにより、日本の原種のカザグルマ(雪おこし)がヨーロッパへ紹介されている。イギリスを始めヨーロッパでは、クレマチスと薔薇を組み合わせ、フラワーアーチ等として人気...クレマチス
令和4年5月21日(土)小満二十四節気の一つ、太陽の黄経が60度に達する時。立夏の後十五日目、陰暦の5月21日頃(本日)陽気盛んにして万物長し、草木が繁って天地に満ちはじめる意。(草木周囲に満ち始める)その日から次の二十四節気である「芒種」(ぼうしゅ)にあたる6月6日までの15日間を指す。この時期は秋に蒔いた麦等の種が実り、農家が一安心出来ることに由来しているという。麦の穂が育ち、山野の草木が実を付け始める頃になると、過ごし易い気候となり行楽シーズンの到来である。梅雨入り真近ではあるが、自然豊かな場所へ出かけるのも一考か、、、、。この頃に降る雨を「麦雨」、旧暦の5月にあたるため「五月雨」ともいう。西日本では「走り梅雨」となることも多い時期。この時期の食べ物は、この頃に収穫を迎える麦を原料とする食べ物はどうであろ...小満
令和4年5月20日(金)潮路句会4月例会より、兼題:1)入学、2)沈丁花、3)当季雑詠出席者:参加者7名、不在投句1名、欠席2名森あれば森を領して囀れり玲子潮路抄沈丁の匂ひが雨をひき寄せる玲子亀鳴くや師に聞くことの多かりし魚青走り根を跨ぎ木陰の著莪の花美保子隠沼に交差して伸ぶ蜷の道千里戸を開けるたびに匂へる沈丁花美智子コロナ過の縁日淋し植木市政子玄関に弾む足音合格子ヤギ爺鮮やかな緑の木々が眩しく、爽やかな季節が、、、公園の雑草たちも所構わず、遊具やベンチの下も伸び放題昨日は、今季2回目の草取りを行った。小一時間、参加者は皆汗でグッショリ、茶で喉を潤す。今回は参加者も増えたが、見渡せば所々に残る雑草の逞しさ。コロナ過、政府の判断は外出時のマスクはその場に応じてマスクは外しても良いとの「判断」先ほど、TVのニュース...潮路句会
令和4年5月19日(木)ひなげしの花:雛罌粟、虞美人草、ポピーヨーロッパ中部原産のケシ科の二年草、草丈50~60cm全体に粗毛があり、葉は羽状に分裂し互生する。初夏、枝端ごとに四弁の広円形または円形の花を開く。3~4cm位の一重、八重で、朱、紅、白、絞りがある。中国の秦の武将、項羽(こうう)の寵姫で絶世の美女と云わわれた虞(ぐ)氏が死後に化身となったとの由来からこの名の「虞美人草」が付いたという。その虞姫は敵対する漢の国が、攻め込んで来た際に項羽の足手まといにならぬ様にと自害した。その亡骸の傍にひなげしの花が咲いていたという。亦、夏目漱石の小説「虞美人草」は、1907年(明治40年)に朝日新聞の連載小説となった。虚栄心の強い女、藤尾とその周りに蠢く利己と道義の相剋を描いた、漱石一作目の小説である。「自らの美貌で...ひなげしの花
令和4年5月18日(水)玉葱:たまねぎ中央アジア原産のユリ科の二年草世界で最も古い野菜の一つといわれ、古代エジプトの壁画にも記されている。日本には明治初期に輸入され、肉類の副菜として普及。葱に似た中空の細い緑の葉と門柱型の茎が直立する。玉葱といわれるのは、この鱗茎で球形、楕円形、紡錘形等があり、色も黄、赤、白色の三色があるが日本では黄色種が最も多い。さらさらレッドという品種食用とするのは葉鞘(ようしょう)の茎部が鱗片状に肥大して、特異な刺激性の臭気がある。初秋の頃、白色または淡緑色の小花を球状につける。玉葱は葱に似た辛味と甘味があり、料理法も様々である。よく農家の軒下にぶら下げてあるのは、吊玉葱という。玉葱は葱に似た辛味と甘味があり、料理法も様々あるが、生のスライス、玉ねぎのバター醤油焼きが旨い。カレーや、シチ...玉ねぎ
令和4年5月17日(火)鴨足草:ユキノシタユキノシタ科の常緑多年草。草丈約30cm山野の湿地に自生するが、庭等にも植えられる。紅紫色の紐状の根を這わせて繁殖する。根際から肉厚で丸い葉を出し、葉や茎にも毛を帯びている。5~7月にかけて白い五弁の花を咲かせるが、花弁の上3枚は小さく淡紅色で斑点の在り、下2枚は白く大きく垂れる。名の由来は、雪の下に在っても葉が青々としているからとか或いは白い花を雪に喩えたとも云われている。亦、花の形が鴨の足に似ているから「鴨足草」といわれ、虎の耳に似ているからと「虎耳草」とも書く。葉は、凍傷や咳止め等の効能がある。葉を火で焙り軟らかくなったものを、患部の腫れた所に貼り、凍傷、しもやけ、火傷などに効能があるといわれる。葉をすり下ろした絞り汁をガーゼに浸し、耳垂れ、中耳炎に良いとされる。...鴨足草
令和4年5月16日(月)旅の日1689年(元禄2年)の5月16日(旧暦3月27日)、俳人の松尾芭蕉が江戸を立ち、「おくの細道」への旅たちをした日。1988年(昭和63年)に「日本旅のペンクラブ」、(旅を愛する作家や芸術過家等に依って結成された)からこの日を「旅の日」と制定した。旅の日は、忙しない現代生活の中で忘れがちな「旅の心」を大切にし、そして旅人とは何かという思索をあらためて問いかけることが目的である。江戸(東京)墨田川沿いに在った芭蕉の庵から日光街道を北へ奥州路へ、全行程約600里(≒2400km)に及ぶ徒歩の旅(150日間)である。須賀川(福島県)、芭蕉と曾良の像奥の細道は「月日は百台の過客にして、行き交ふ年もまた旅人也」という序文で始まる。芭蕉が訪れた場所に於いて、その場所毎に句を詠んだ。この日に因み...旅の日
令和4年5月15日(日)羊蹄の花:ぎしぎしタデ科の多年草、草丈40~130cm道端、野原、畔などの湿ったところに自生する。茎の上方で枝分かれし、下葉は20cm前後の長楕円形の花穂を出す。花が終わると内側の三つの萼が発達し、多くの実を付ける。実は熟すると緑色から褐色に変化する。此の草花の名は、中国名(漢名)で、「羊蹄」と書くのは、葉の形が羊の蹄に似ている事からと云われる。和名の由来は、子供達の遊びで茎を擦り合わせ「ギシギシ」という音を出していたことからという説がある。亦、実が詰まっていて穂を振ると「ギシギシ」音を立てるからとも云われる。地方により呼び名が様々、「ウマスカンポ」「ウマスイベ」「シノネ」など多くの呼び名が存在する。羊蹄は、中国・朝鮮半島から日本全土に広く分布する。羊蹄(ぎしぎし)の根は緩下剤や皮膚病(...ぎしぎし
令和4年5月14日(土)えんどう豆:グリーンピースマメ科の一、二年草で秋に種を蒔くと、春には伸びて紫、または白色の蝶形の花が咲き、やがて莢の中の実が熟する。莢は7,8cm程で中には5~7粒の豆が入っている。莢を剥いて中の豆を取り出して食べるグリーンピースと、莢ごと食べる莢豌豆とがある。エンドウは古代エジプトやギリシャ等に記録が残っていることから、世界で最古の農作物といわれている。「フェルガナ」と呼ばれていたが、中国に渡り「豌豆」(えんどう)と名付けられたのが名の由来とされる。中国には5世紀頃に渡り、日本に渡来したのは8世紀頃といわれる。日本では「カラスノエンドウ」と共に雑草とされたが、その後に栽培植物として育てられる。同じ地域、起源を持つマメ科植物にはソラマメ、レンズマメ、ヒヨコマメなどがある。未熟の莢や種実を...えんどう豆
令和4年5月13(金)夏みかん:ナツダイダイミカン科ダイダイ属の常緑小低木、高さ3~5m枝は広がり、葉は楕円形で葉柄は有翼。厚みがある。初夏に葉腋に白い五弁の花を開き香りが強い。花後、扁球形の大きな果実を付けるが風味が十分ではなく、樹上で越冬し翌年の晩春から初冬に採取する。酸味と苦みを有するが、厚さを払う爽涼感が良い。果実は大型で皮が厚いが、果肉は多汁である。江戸の中頃に、仙崎(山口県長門市)に漂着したものが発見され、その後同県萩の武家屋敷の庭で栽培されたのが始まりと云われる。この仙崎の原木は今では天然記念物に指定されている。明治時代以降、全国各地の温暖な地域で栽培される。隣家の庭に夏みかんの木があり、この季節になると熟れ、時に塀を越えて此方側に実が落ちることがある。隣家より数年前から、毎年この頃になると夏みか...夏みかん
令和4年5月12日(木)著莪の花:しゃがの花、胡蝶花著莪はアヤメ科の常緑多年草、中国原産山地の湿った樹下等に群生する。高さ30~70cm。葉は剣状で深緑色をしており、光沢がある。4~6月頃に、葉の間から抜き出た茎の先端が分かれて白紫色で中心が黄色の美しい直径5~6cmの花が咲く。古い時代の中国から伝来した帰化植物といわれている。果実は出来ず、根茎からの走出枝で増える。著莪の名前は、ヒオウギ(檜扇)に似たこの花の中国名は射干(しゃがん)から、日本語読みにして「しゃが」著莪としたという説がある。この頃、名古屋市港区にある荒子川公園を散策していると回遊路を行き交う人やランナーに出会う。新緑の中を行くと、余り陽の当たらない路傍の木陰の下に、白い花びらに薄紫と黄色の模様を施した美しい花が群れる。緑陰の中に蝶が舞っている様...著莪の花
令和4年5月11日(水)ヒマワリがもう?向日葵(ヒマワリ)はキク科の一年草、北米原産茎に剛毛を生じ、高さ2mにも達する。夏、直径20cmもの大形の黄色い頭状花を開く。観賞用とし、また種子から食用油を採取する。ひまわりは太陽を追って花が回るという俗説があるが、実際にはほとんど動かない。昨日(5月10)、図書館へ本の返却・貸し出しに出掛けた折り、鋪道の街路樹の下に在る花壇に、早々ヒマワリが咲いていた。驚きである。例年なら7月末から8月の夏の真っ盛りに、照り付ける太陽の下で咲くヒマワリがもう咲いた、、、、。地球温暖化の所為とはいえ、余りにも早すぎる。ロシアがウクライナに侵攻してからはや2ヵ月余、、、、一向に収まる気配がないロシアによる侵略行為である。1970年に制作された、伊・仏・米・ロ(旧ソ連)の合作映画「ひまわり...ひまわり咲いた
令和4年5月10日(火)ウツギの花:空木の花、卯の花ユキノシタ科の落葉低木、高さ1.5m前後山野に自生し、生け垣などにも植えられる。5月頃、白色5弁の小花が密に垂れ下がった様に咲く。葉は互生し、長卵形で先が尖り縁に浅い鋸歯がある。ウツギの名は四月に咲くため、また幹が空洞になっていることから「空木」(ウツキ)という。「打つ木」という説は、邪悪な土地の精霊を追い出すために、この木で地面を打つ風習が古くから在った事に起因すると云われている。卯の花は万葉の昔から和歌に親しく詠まれて「垣根、雪、月、郭公、神山、白河の関」などに多くの縁語が掲げられている。陰暦の四月を「卯月」と呼ぶのは、この花からきたという。五月は二つの季節が行き交う時で、その区切りを示す様な植物といわれる。田舎者のようなこの花が新緑の世界に在って、ういう...ウツギの花
令和4年5月9日(月)母の日昨日(5月8日)は、パソコンの不具合が生じて午後一番に「リモートサービス」をお願いし、パソコン使用不可となる。止むなくブログを休止することになりました。2,3日前から「オフィス」(OUTLOOK,ワード、エクセル)の表記が英文となり、ネット上で調べ対処してみたが変わらず、リモートサービスに依頼した。私のPCは購入時から「ウインドーズ10」仕様、マイクロソフトは次々プログラム変更を自動で送信して居り、その更新の際に使用言語を英文仕様に書き換えてしまった様だ。PC上の使用言語は「日本語」となったまま。そのためリモートでも対処しきれず、現状「オフィス」をアン・インストールして新に「オフィス」をインストールし直した。この為に調整に手間取り、夕方までパソコン使用不可となった。昨日、ブログ「母の...母の日
令和4年5月7日(土)ばあば工房展示即売会毎年ゴールデン・ウイークの終盤に、古民家ギャラリー「ばあば工房」の展示即売会が行われる。一昨年はコロナ過で中止となり、昨年は規模を縮小して開催、今年はばあば工房と、近くの「ガレージセール」「てとてと」(食堂)での食事会が開かれた。一昨年のふれ太鼓(地元女性太鼓連)例年は開催のオープニングセレモニーの場で地元太鼓連の「ふれ太鼓」、「ファッションショー」「フラダンス」等が披露されるが今年は中止、即売会のみとなった。古民家前の大通りには即席の販売所が設けられ、野菜の即売、クラフトの小物、置物、人形、アクセサリー等や古い和服(着物)を今風の洋服に仕立てた物を展示即売していた。快晴の若葉かおる大通りには、買い物をする大勢の方(殆どが婆さん達)、勿論売りてもばあば達、買物がてらの井...ばあば工房展示会
令和4年5月6日(金)菖蒲湯:菖蒲風呂端午の節句に菖蒲の根茎を入れた風呂(湯)邪気を祓い心身を浄め、疫病除けに菖蒲を浴槽に入れる。特に蓬を多く添える地方もある。菖蒲は強い香気を放ち、浴後の肌の爽やかさは格別である。銭湯などでは5月5日に「菖蒲湯」にする処もある。菖蒲は池や沼の辺りに生える、サトイモ科の多年草で、葉は似ているが花菖蒲(アヤメ科の多年草)とは違う。菖蒲アヤメ古来中国では、菖蒲は薬草として扱われていた。根茎を乾燥させるとリラックス効果、血行促進、肩凝りや腰痛予防、冷え性、筋肉痛、リウマチ等に効能がある。菖蒲湯の由来は、中国では古来邪気を祓う薬草として考えられていたが、日本へは天文2年(1533年)の「御湯殿上日記」に、「五月五日に菖蒲を湯に浮かべ、それに浸かった」との記述がある。一般には江戸時代にこの...菖蒲湯
令和4年5月5日(木)端午の節句:子供の日五月五日は五節句の一つ。端午は月の端の午の日を指すが、午と五がすり替わって五月五日になったという。この日はまた、五が二つ重なるので「重五」という言い方もある。元々の由来は中国で、汨羅江(べきらこう)湖南省を流れる川に身を投げた詩人の屈源を五月上午に弔ったのが行事の起源といわれ、平安朝以来日本でも宮廷で中国の風習にならい、菖蒲を天皇に献上し、臣下には薬玉を賜って万病を癒し、邪気を払う行事が行われる様になった。武士の世になるにつれて、菖蒲の音が(おん)が尚武と結びつき、男の子が生まれると五月五日を初節句とし、内飾りや鯉幟を贈ってその誕生を祝うのがこれである。然し、元々民間では田植えとの関りから、五月は重要な月とされる「物弔」の月で、男が出払った後で女が家に籠る「五月弔」であ...端午の節句
令和4年5月4日(水)みどりの日今日5月4日は、「みどりの日」1989年昭和天皇の崩御に伴い、これ迄昭和天皇の誕生日であった4月29日は「みどりの日」に制定された。2005年、「国民の祝日に関する法律の改正」を検討する場で協議され、天皇の誕生日を12月23日に変更された。これにより4月29日は、「みどりの日」となった。みどりの日の由来は、「生物学の研究者でもあった昭和天皇が生物や植物に造詣が深く、自然に親しまれていたことから4月29日をみどりの日とし、国民の祝日とした。その後、平成天皇は30年目の2018年に生前退位され、翌年2019年に新天皇(皇太子殿下)が即位、令和となる。2月23日を天皇誕生日とし、12月23日は平日となった。2005年の祝日改正法により、4月29日を「昭和の日」とした。「激動の日々を経て...みどりの日
令和4年5月3日(火)豆腐料理、梅の花娘夫婦が一足早く「母の日」のプレゼントを持参した。孫達(大学生、高校生)は部活のため来られないようだ。彼等にはゴールデンウィークは、ない様である。「週末は来れないので、、、お昼は梅の花を予約したから」話もそこそこに、梅の花(栄、矢場町)へ出かける。久しぶりの「梅の花」である。店は、松坂屋裏の大通りを挟んだビルの12階に在る。完全予約制、人数制限があり、店内入口で検温、消毒、名前が呼ばれ店内に案内される。座席空間が大きく獲られ間仕切りが施されている。梅の花御膳と引上げ湯葉(別メニュー)をいただく。最初に大きな四角の鍋(豆乳)に火が入れられ、湯葉が出来上がるのを待つ間に料理が運ばれる。最初に諸岡豆腐、湯葉煮、お浸しのセットが来る。諸岡豆腐は濃厚な味が口一杯に広がる絶品である。茶...梅の花へ行く
令和4年5月2日(土)八十八夜立春から数えて八十八夜めで、今年は本日5月2日。野菜の苗はようやく生長し、茶摘みは最盛期となり農家は忙しくなる。「八十八夜の別れ霜」といわれる様に、この頃はまた終り霜の時期でもある。茶や桑畑に害を与える。特にこの頃の茶農家は「新茶」の時期でもあり、茶積みが最も忙しい時となる。小学校唱歌「茶摘み」にも、この辺りの状景が謡われて居り,農家に関りのない人でも、春がもう終わりに近づき夏が近づいたことを実感する歌である。この茶摘みの歌は、小さな子が向かい合い「せっせっせーのよいよいよい」で始まる、手遊びの歌として広まった。この動作は茶葉を摘む手付きを真似たものという。(遊民ヤギ爺ブログ2021年5月1日、八十八夜より)私の実家は「茶商」をして居り、小さい頃から八十八夜が近づくと忙しくなること...八十八夜
令和4年5月1日(日)メーデー:5月祭、労働祭毎年5月1日に世界各国で行われる国際的な労働者の祭典。1886年(明治19年)5月1日、アメリカ合衆国労働総同盟が、シカゴを中心に「8時間労働制要求」の統一のストライキを行ったのが起源といわれる。1890年(明治23年)、第1回メーデーが実施された。日本の第1回メーデーは1920年(大正9年)5月2日、東京上野公園で大日本労働総同盟が「労働者の8時間労働制の実施、失業の防止、最低賃金法制定」を訴え、翌年から5月1日に行われるようになった。1936年(昭和11年)「2,26事件発生」により戒厳令が敷かれ、3月に「治安維持法」発令によりメーデーは中止。その後、日中戦争、太平洋戦争突入によりメーデーは中止となる。1946年(昭和21年)、11年ぶりにメーデーが再開される。...メーデー
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