東堂夫人が亡くなってた。高崎市松山寺。
群馬県、榛名山麓に水資源に恵まれた町、箕郷町。1512年から始まる、戦国時代に、上州の西側中心に箕輪城があり、地元長野氏に、武田氏、織田氏と北条氏、井伊氏が、領地争いを繰り返した。1590年には、前田利家・上杉勝景連合が、80年の歴史を瓦解し1598年、箕輪城を開城する。戦続きで、疲弊する領民。重なる、榛名山からの水害はあっても、五穀豊穣の地1597年、境内800坪に建つ、然室玄廊大和尚が、釈迦牟尼仏を本尊に、開基した、松山寺しょうざんじは焼失し、以降、松山寺の記録は鐘楼だけになった。歴史ある松山寺の東堂夫人が、亡くなったと昨日知りました。東堂夫人は、私が勝手に、山の師匠と呼んでた女性のお姉さん。師匠は、松山寺の天井に格子絵を描き、お兄さんは100号?近くの絵を描いてた。その格子絵を拝見するのに、一昨年、...東堂夫人が亡くなってた。高崎市松山寺。
2025/02/26 12:33