ハンドル名
大叔父・大田節三の慕情さん
ブログタイトル
大叔父・大田節三の慕情
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/toyo0181
ブログ紹介文
シアトルからロスアジェルスそして・・・胸の中に仕舞っていたものは・・
自由文
-
更新頻度(1年)

102回 / 191日(平均3.7回/週)

ブログ村参加:2015/12/12

大叔父・大田節三の慕情さんの人気ランキング

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大叔父・大田節三の慕情さんのブログ記事

  • 雲に隠れた南アルプス・見延山! 

    カーテンを引けば、燦燦とした八王子の朝で、ねぼこ眼に、スイッチ入れる前のテレビ画面の、埃が一杯。のんびりするのも、そろそろ飽きてきているのですが、ここ数日やたら電話が多い。生死確認の電話かもしれないけど、生きてる証の足跡は残していた。日銭稼ぎの話もあるけど、それも、今はなんとなく、おっくう、いずれ、ハチマキして、唸る日が来る。その日のため、今日も「のんびり」生活であります。見延山のファイルは、今晩から出かけ、投稿作業ができるかわかりませんので、youtubで見て頂ければ、さいわいです。〜見延山〜寺井尚子さんのダニーボーイ☝ファイル2019.5.19近所の小路に咲いていた雨上がりの、花でした。雲に隠れた南アルプス・見延山!

  • 見延山(序)

                                                          ☝久遠寺境内から。20日から天候不順を聞いて、出先を変えた19日、流罪の佐渡から赦免された日蓮さんが、流罪中に開眼した説法を、寄進された見延山に、久遠寺を建て配流したという、場所、見延山は1153m、晴れた日には南アルプスの頂が、白峰三山が、鳳凰三山が、八ヶ岳連峰が、富士山が、秩父盆地が、青い空の色を映して、時を忘れる、そんな身延山。日本を分断するフォッサマグナの西側の、境界線上の場所でもあって、宗教に関わらずとしても、ロープウェーに乗って、日本3大暴れ川のひとつ富士川の、景色も堪能しました。👇1274年、鎌倉時代に日蓮聖人が身延山へ入り「法華経」の読誦と門弟たちへの教導に終始していた、日蓮宗の総本山です...見延山(序)

  • 君いつ帰る・・・ダニーボーイ。

    両親や祖父母が戦地に赴く、息子や孫を送り出すダニーボーイ、アイルランドの民謡。昨年、5人を弔った。その一人が、まゆみの花を追っていた私を指し終えて、音頭取りになって、群馬県榛名湖の近くの、まゆみの里で宴会だと、計画をし、半年もあるのに、私の名を「まゆみさん」と、勝手に改名した気が置けない仲間がいました。わたしより4歳年下だったけど、物知りだった、元気がよかった、歯に衣着せない口調がまた小気味よかった。よく飲み歩いた。計画は消え、箱根湿地園で「まゆみ」の木を見つけた時、記憶に、後ろ姿で手をふる姿が・・・ありありと・・・。君は僕のヒーローだった。箱根・湿地園・ロンドン・デリーの歌川井郁子さんストラディバリウスで。君いつ帰る・・・ダニーボーイ。

  • 西湖・王岳 (再)音楽にのせて!

    山登り体力と戦って、目の前の花を見た時、どうして、この可憐な花から、逞しい、力をもらうのだろうと、ふと、思う!そんな花をファイルに収めて、陽の目を見ないのは、なんとも府に落ちない。わがままと、判っていても、どこか、蔵から出してみたい。ユーチューブを借りて、ブログに載せなかった、花を、再登場させてしまいました。こんな手段もまたいいのかもしれない!と思いながらです。♬寺井尚子さんの曲に合わせて♪西湖・王岳西湖・王岳(再)音楽にのせて!

  • 舞っている蝶に魅せられて・・!多摩・昆虫博物館。

    👆ヤエヤマムラサキ(?)多摩動物園内の「昆虫博物館」で撮った蝶々、こころ、穏やかにさせてくれる蝶々の舞いは、シャッターを押すより見ていた方が、いいなぁ〜!そう思いながら八王子、雲間の太陽に、出掛ける準備をしているところです。👇オオゴマダラ林の中でゆっくり飛び、何頭か集まって停まることがある。👇ツマベニチョウ雄九州南部から八重山諸島分布し、雌は全体が灰色になっていて、後翅の縁は黒い斑点が・・。👇ツマベニチョウの蛹👇判らなかった!👇ツマムラサキマダラ沖縄本島から南に分布し、以前は迷い蝶だったと記され、定着したのは1992年ごろから・・と。👇ダイミョウセセリ雄地域(近畿地方)では後翅に白帯が見られる。👇・・・・。👇イシガケチョウ島根県、岡山県、兵庫県あたりの、沢沿いで明るい場所に生息し、驚くと葉裏に止まるそうです。👇...舞っている蝶に魅せられて・・!多摩・昆虫博物館。

  • 蝶があちらこちらで舞っていました。

    ☝シロオビアゲハ雌橙色が半月になっているのが特徴・・。一昨日友人の家で草むしりをさせて頂いた。立ったりしゃがんだり、志願したとは言え、そこは気心知った中「いててぇ〜!」その代価は、ノンアルコールに揖保の糸の素麺。これが、これが実に美味かった。昨日は朝から筋肉痛。きょうの元気に動ける嬉しい、ボヤキ!「いててぇ〜!」日野市の多摩動物園に「昆虫博物館」があって、館内には1820匹の蝶が舞っていました。舞う姿は異次元、感動に眼を奪われましたが、すり切れた翅に、なんともいじらしくもあり・・です。👇シロオビアゲハ雄👇オオゴマダラ雌表裏の斑紋はほぼ同じで、雌雄の違いは、腹部が短いのが雄。👇イシガケチョウ蝶があちらこちらで舞っていました。

  • 海賊と花と・北前船。

    遊覧船に乗ると、決まって、1年で日本に帰ると父と約束をして、とうとうそのままイタリアに住み着いてしまった、塩野七生さんを浮かべてしまいます。「海の都の物語」だったと思いますが、の書き始め、・・私は暇があると、・・ヴェネチア・・・※「ヴ」という字は今後日本語として表記されません。を海から眺めて過ごした・・・・・。きっと小さなモーターボートなのでしょう!歴史小説「海の都の物語」では、ヴェネチア共和国は、自国の商圏を守るために、アドリア海を航海する、商船を襲う無数の海賊船を、掃討することで(当時はアドリア海は、ヴェネチアの海と呼ばれ)ヴェネチア共和国が確立していく、多くの歴史書が政治的・経済的の観点でしか、描かない視点を、ヴェネチア人の心理から描いたもので、旅先の携帯書にもなっています。日本の海賊船の記録はあまりない...海賊と花と・北前船。

  • 海賊船と女王陛下・芦ノ湖 ⑴

    急な眩暈と、天井が回る症状から、今日まで、15日間、脳の障害を含めて、ストレスが症状の原因、と、ここ数か月のパターンを変え、山に登ったり、動物園に出かけたり、仕事(?)から一旦、離れることにして、昨日は遊覧船にも乗りました。芦ノ湖海賊船、社長がディズニーランドの視察後の、アイデアから、50余年、芦ノ湖の観光客を楽しませたといいます。今回は4月28日に進水した、「女王陛下・クイーン芦ノ湖」に乗って、芦ノ湖の風景を湖から見る風景は、車で一周するのとはまた違う、趣きが・・。デザインしたのは、水戸岡鋭治氏、鉄道ファンを魅了した九州旅客鉄道の内装で、テレビにも取り上げられ、脚光を浴びた方で、斬新で、利用者にワクワクさせる意匠は、一度は利用したいと思わせてしまいます。☝10時発の・・女王陛下・クイーン芦ノ湖が、女王陛下が、...海賊船と女王陛下・芦ノ湖⑴

  • 母の日、一度の眼差し!

    夕方、豪雨になると思わせた雲の八王子、明日は箱根芦ノ湖の遊覧船の内装の見学なので、気象が気になる食後の更新です。96年の母の生涯で、ほころんだ口元で、清々しい眼差しを見たのは、一度しかない。小学校入学の前日、マッチを持っていた、と、鯨尺でしこたま、尻をぶたれ、学業成績が落ちても、夜遅く帰っても、呉服屋に頼まれ、届けて頂いた裁縫代の半分を、駄菓子屋で使い込んでも、怒られたことがない。不思議だった。いつも本を読んでいるときの目。その目が口が、ほころんだ運動会の日の昼時。たまに思い出す、一度の眼差しが、ずっと私を支えていたのかもしれない。👇きょうの一日・・・こんなんで・・。!母の日、一度の眼差し!

  • 銀幕、スターの座はいらない。多摩動物園。

    テレビの気象から3度引いたのが、八王子の気温で、帰りが遅いと肌寒く、さっそうと長袖にジャンパーがちょうどいい。1858年5月5日、上野動物園の分園として、開設したのは、「多摩動物公園」上野より4倍近い広さに、柵を創らない動物園をめざしている。多摩の丘陵は、もともと野生の狸がいて、「平成狸合戦ポンポコ」のアニメを創った、高畑勲氏が開発される、多摩の取材を重ねた土地、その野生の狸が、多摩動物園で、生涯銀幕のスターになるべく、努力をし、職員のお世話になっているという、玉動物公園に出かけました。モノレール多摩動物公園で降りれば、真ん前。広くて、動物が見れて、小さい子供が沢山いて、65歳以上は300円。若いママたちは、600円。アフリカ・アジア。オーストラリアのエリアがあって、👇アフリカのアロエの花も咲いて、👇昆虫館には...銀幕、スターの座はいらない。多摩動物園。

  • 東口本宮富士浅間神社

    帽子が飛び、とっくりが欲しかった、5月8日の箱根、午後を過ぎて、少しだけ陽は射したのですが、早めの帰路について、須走地区、富士講の業者たちが、立ち寄った、東口本宮富士浅間神社に寄りました。富士山東口が噴火した1702年の宝永大噴火の時の、火山弾。獅子の子落とし、なんとも微笑ましくさえ思えて・・・。拝殿・幣殿・本殿が一体の権現造り、神社がある須走地区は、1702年12月の富士山の噴火で、全焼全壊し、建て替えたものだと知りました。休憩所に掲げられていた、地図は、今府中市に住み、ご高齢で制作はしていませんが、多摩・高尾・富士山など実際歩いて取材をし、制作した、登山家でもあります。名前は、村松昭氏。俯瞰図手書き地図、コンピューターにない、ほっこりです!でかい鼻!の狛犬がいた、東口本宮富士浅間神社でした。東口本宮富士浅間神社

  • 石楠花

    ヒマラヤの、巌の隙間に毅然と咲く石楠花、摘むには命を惜しまずの覚悟をしなければ・・・と。澄んだ花弁には、近寄りがたい。人を狂わす毒があると云え、射す陽に石楠花、気品にして,艶やか。石楠花

  • 青木ヶ原樹海を眺めて・・。

    これからの生活様式を替えるか、どうか、返事よく、医師と膝を交えたのに、「しばらく様子を見てみましょう、特別、悪いところは・・」と、私の顔をまじまじ見て、「顔!」と云いたかったのか、ひと呼吸置き、にぃ~っと口角を上げ「お大事に!」何が大事にか、さっぱりわからない。「のんびりしてください」が本日の診察。湖中から中世の丸木舟が発見され、青木ヶ原の末端に位置する西湖、水面は海抜900mあたりで、富士五湖のうち同じ位の海抜が本栖湖、精進湖で、3湖は湖底で連結されていて、西湖から、隣の海抜850mほどの河口湖に水を流すと、3湖(精進湖・本栖湖・西湖)とも、水位が下がる現象が起きるといいます。基本300mを1時間で登れば、2時間半で登れる王岳、2時間オーバーして、鬼が岳に向かったのですが、もう鍵掛峠に着くと思った場所にこのテ...青木ヶ原樹海を眺めて・・。

  • 西湖・王岳に登りました。

    子供の日、宿題の命題に、頭がこんがらかって、見上げた空の青さに、男やもめの香り漂う八王子の在から、黄色の絨毯に乗って、飛んだ先は山梨県の西湖。王岳頂上までは2時間ばかりで、行けると、踏んでいたのですが、やはり体力が・・・。慣れてくるまで、の左肺の影は慣れるまで、1時間ばかりは欲しい。王岳は、思ったより手こずり、写真は撮り剥ぐったけど、頂上付近の竹やぶ、登山道の至る所に咲く、すみれ?や植物に、見下ろす富士裾野の景色に、気分が和らいだ、王岳でした。👇4つある登山口の王岳からは、コンクリート舗装に巨大な堰堤がいくつもあって、分岐店までは30分ほど。8時15分の登山口から、4時間30分。登山愛好の方なら、次の鬼が岳まで、縦走している。気にはしない、自分のペースで、です。王岳から次の鬼が岳が見えています。大石登山口から登...西湖・王岳に登りました。

  • はな

    ☝植え替えたクマガイソウ、しおれてはいるけど、これからシャキッとするのだと思えは、こんな姿の、変化にもなんとなく、ほっこりする。初めて見たシラネアオイ、清貧にしての輝きに出会えば、どんな困難にも、立ち向かえる、すがすがしい勇気が、湧いてくる。そんな花に出会えた。帰り時刻が判らない今日、出掛けの前、花で・・・。👇シラネアオイはな

  • 山合の町 囃子の響き、青梅の祭り。

    眼が覚めて、5月4日、行楽地情報に皇室報道、交通情報にと、土、日、祝のいいところは、安い高速代、なんとなくほくそ笑んでしまうのですが、こんなに混んでいると・・・なぁ~〜!長い休暇に自宅待機、平和ボケが、じわ〜っと・・・。甲州街道の宿、青梅市はかつて、江戸と甲州を結ぶ、織物産業で栄えた、丘陵地で、今は、景勝地、御岳山、多摩川のハイキングに、吉川英治記念館、青梅鉄道公園記念館、青梅着物博物館、昭和レトロ商品博物館、御岳美術館、玉堂美術館、赤塚不二夫会館、澤乃井櫛かんざし美術館、水織音さしえ美術館など、貴重な文化施設も車で20分圏内にあります。昨年までは、映画の町でしたが、映画看板製作する方が亡くなり、13万人住む、青梅市は『猫ノ町』にするのだそうです。毎年5月2日、3日は住吉神社を祀るお祭り。今年はすごかった、メイ...山合の町囃子の響き、青梅の祭り。

  • 輪島と 漆器職人。

    生まれながら飽きっぽい性格、飽きた大型連休、まだ半ば、どこか知らない町へ、キリリ気勢込めて巻いた、あさのは模様、行くぞあの町、こっちの町か、四股を踏んで、テレビの前、人、人、車のリアルタイム。塩ホッケにワサビを浸した、茶漬けかっ込み、休み早く終われと、萎えてしょんぼり、令和元年5月2日。包丁、索緬、漆器、海産物を特産品にし、白髭素麺は献上までしていた輪島、1661年から「地の粉・珪藻土」が発見されてから、平安時代から地道に作り続けていた漆器が、一気に輪島を支配する産業になっていく。1700年代600戸ほどの輪島地区は、100年で、3倍に膨れていく。近くの総持寺に、全国から集まる1000人1700余の坊さんが、輪島の漆器を、頭陀袋に入れて、各地に戻り、地元、久保屋喜兵衛が北前船で、湊に下した輪島塗りの、注文を受け...輪島と漆器職人。

  • たんぽぽ 

    改元がお祭りになる、天皇即位が、悲しみを引きずらない即位であれば、天皇攘夷は許される、と、我々の多くが思うことになるのでしょうか。昭和天皇の崩御した時を知っているものにとっては、なんとなく複雑。天皇崩御の時は、店も開かなかった。多くの人との一体感があったけど、天皇象徴という実態が薄れなければいいのだけど・・。ただこれからの若い方たちにとっては、新しい天皇の姿を見ていくのだから、余計な心配ごとですね。あと10分、たんぽぽ

  • 天井周りが なくなりました。

    昨晩、ブログに投稿した後、左の耳に触ると吐き気と天井が回る、症状に藁をもすがる素人が施したのは、茶碗一杯の茶漬けと、両耳を引っ張ったり耳たぶを揉んだり周りを、トントン抑えたりした2時間です。それで効果が出たのかはわかりませんが、今朝からは眩暈のふらつきもなく、天井も回りませんでした。ご心配をおかけいたしました。耳たぶを揉む効果は、薬を飲まない治癒、健康本の見出しで呼んだことはありました。今回・・耳鳴りの音が小さくなったのは確かです。今も天井が回った昨日に比べたら、あんずの大きさと、小玉のスイカほど、ただ、思考の集中時間が長いと、少しずつ高くなってきます・・・。視力からのストレスも大きいですね。それは仕方のないことで、ウィークポイント、長い付き合いです。これからは、程よく、眼を休ませ、気分転換も図るようにしなけれ...天井周りがなくなりました。

  • 花 と 自立神経

    ひんやりとして、富士山がくっきり見えた八王子でした。いつもは、午後2時ごろまでは、陽の目を見ないかもしれない、資料作り、それから15分ばかり午睡します。その今日の午睡で、これからのルーティーンを、変えようかと思ってしまった、体の変化です。3月の定期健康診断では、全く正常な診断、若干血糖が基準値から出そうなので気を付けろ、と、問診で言われたのに、午睡で訳の分からない夢が変わって、カクンと意識が落ちたような気分。吐き気に目を覚ましたら、天井がクルクル回っていた。動くと、吐き気。気分転換外に出たら、街中の看板がよく見える気分が、ふらふらさせて、意識が遠くなりそう。とうとう、胃の中を空っぽにしてしまいました。左耳を揉むと吐き気がする、三半規管の障害?、耳鳴り。埃のように小さいストレス・睡眠不足、精神もタフだと思っていま...花と自立神経

  • 木瓜 と ボケ。 

    蛙の目借時どころか、八王子の雨は、仕舞い忘れたどてらに感謝した10連休前でした。明日から4〜5日の仕事に精を出し、後は、花ラッキョウつまんで、英気を養うことに・・。木瓜の花、記憶」を失っていく父に困惑した娘が、道端で、泰山木を見入っている姿を見て、記憶は、美しさは忘れていない、と、以後、父の看病に精を出す娘の姿を描いた、有吉佐和子さんの「恍惚の人」木瓜の花では、花柳を引退した、二人の女性、壮年の学者に乙女のような心で憧れる正子豪華な料亭を経営しながらも、男無しでいられない蔦子、幾度の衝突を入り返し、とだえた二人に、恍惚の人となった、蔦子の母が訪れ、再び、二人の愛憎が始まる・・。ロバート・キャパ。報道写真家が、一躍戦場のカメラマンとして脚光を浴びたが、ピントが合わない写真があった。覗いたファインダーの光景に、震え...木瓜とボケ。

  • 雪餅草に破れ傘。

    昨晩の雨が稜線を浮かべる、爽やかな八王子でした。近くの高尾山に登ればいいのに、残念!頬杖ついてタバコ、ぷかり。出不精の性格が、幅を利かしてしまった・・・。雪餅草・世界的に見ても、日本の三重、奈良、四国の限られた地域に自生するという、サトイモ科テンナンショウ属別名を歓喜草とも言い.これは,ユキモチソウを初めて見た人たちが,その美しさに仰天し,歓喜するところからつけられた名前という。暑い季節に直射光に当てるのは致命傷で,涼しい環境作りが必要。雄・雌が年数によって性転換する植物のため山に還す時期も非常に難しいらしい。性転換は、発芽して大きく(2~3年)成長するまではオス、それ以降はメスに転換するようですね~(インターネットより)そういえば箱根湿地園では小屋の中で、楽しませてくれた。雪見大福、ゆきみだいふく・・一歩いて...雪餅草に破れ傘。

  • 青いケシの花

    雨が降ってきました八王子の宵に、風の音も聞こえてます。箱根湿地園では、咲く花も多くなっていました。昨年も見たヒマラヤの青いケシ、今年も咲いていました。今年2月初めに亡くなった、うつろいゆく自然の姿を描いた、日本画家の堀文子さんが、このヒマラヤの青いケシの写生の為に、82歳でヒマラヤに登った。江戸っ子、切れ味のいい語り、洗練された画風は、語り口そのまま。日常は孤高にして、気さくだったと・・。花柱ある青い花は、ケシ科メコノプシス属で、花柱が無く、ヒトデ状の柱頭になっている、黄色い花は、果実から麻薬を取る、ケシ科ケシ属といい種類が違うと知りました・・。〜ヒマラヤ山脈の青い花〜青いケシの花

  • 平成31年4月23日。八王子はひと、人、人。

    八王子のメイン通り、多摩御陵から高尾まで、ひと、人、人。観光地での人込みには酔うものの、今日の人混みが嬉しい。天皇陛下が武蔵野御陵に着く予定は11時30分。8時には、御陵への橋はかき分けなければ・・。こんどいつ来るかわからなければ、今までの両陛下の思いと行動には、私でも、一声かけたい。昭和天皇に退位の報告を済ませた、美智子妃殿下に、呪縛であったろう長い軌跡、玉串捧げて、今日で融けた重責・・・と、そう思わせた、御陵からのまなざし・・。昭和47年から5年ごと参拝をしていた、労働災害で殉職した方々の御霊を慰める、高尾みころも霊堂、今後は皇太子殿下が引き継がれるのでしょう、退位の今年は、3年で玉串しを捧げました。この目つきにも感謝をしたい!どこからともなく「お疲れさまでした」「ありがとうございました」一声かけるはずの私...平成31年4月23日。八王子はひと、人、人。

  • アンドレ・リュウとコラボする、あくびのリス。

    〜AndréRieu〜名画を残すオランダの最も古い町、マーストリヒトに生まれた、ヴァイオリニスト、アンドレ・リュウ。あくびをするリスを見ながら、聴いている音楽、たまには、いい!そのまま眠るのも、またいい。そんな、心地にさせて、優しい男にさせる、リスのあくび!写真はお借りしたものですアンドレ・リュウとコラボする、あくびのリス。

  • 異空間・北前船寄港地の集落。

    国道305号、福井県越前街道、今は漁火街道と呼ばれ親しまれ、若狭湾が眺望でき、晴れた日には、快適なドライブコースになる。☝北前船のコンクリートのレプリカが、一際引き立つ広場。自販機の陰から、舞う新聞の折り込み広告が、舞う先を見つめて、返ってきた言葉は、『原発は停まらないほうがよかった!』原発から流れる排水が、海水を温め、サワラ、鯛も、イカも沢山獲れたのだといいます。5年、今は海水が冷えて、全く獲れなくなった。漁だけの生活はもうできない!唖然として、私は、カメラを背中に回していました。若狭湾の向こう敦賀半島👇は、「もんじゅ」「ふげん」が在るところ。小一時間、去る二人の元漁師の後ろ姿に、昔、江戸後期から、北前船で莫大な財を築き、明治の半ばには、通信、汽船、内陸の交通が発達して、その役割を終えてしまった、船主たちの軌...異空間・北前船寄港地の集落。

  • 英勝寺にアケビの花と八重山吹。鎌倉

    線路沿いにアケビの花が咲いていました☝鎌倉・扇ヶ谷町。尼寺・英勝院、江戸城を築いた太田道灌の血を引く「お梶」さん、徳川家康が亡くなり落飾して『英勝院』と呼ばれ、お梶さんを慕っていた、家光に寺を創ってもらい、1642年まで住んでいたのだそうです。お梶さんについては専門家の間でも、正確なことは判らないとのこと・・。映画や、テレビではお梶さん・家康と戦場に出れば負けなしと言われ、一時は『お勝』と言われた。正確なことは判らないので、アウトライン、この辺にして、尼寺の本堂、30センチばかりの格子を開くと、豪華!極彩色に彩られたご本尊です。歴史・・小生疎いものでこのあたりにします、が、訪ねたのは、前回投稿の寿福寺の隣、源氏山を背負った場所で、太田道灌の屋敷であった場所が決めて。閉門16時。10分前、頭を下げて見学をさせてい...英勝寺にアケビの花と八重山吹。鎌倉

  • 鎌倉・寿福寺、29歳の才媛と・・。

    総門をぐり、整然とした長い石畳から、👇樹木に生した苔を眺め、突き当たって、左に曲がり、👇源氏山、緩やかな階段の上に、北条政子が招いた臨済宗・栄西が開山をした決して、広くはない墓地見えてきました。ここに、北条政子尼将軍?と、源実朝の五輪塔がやぐらの中に、👇猫の大仏次郎さんのお墓は、父・野尻政助さんと、👇高浜虚子さんのお墓も、やぐらの中に、👇虚子の二女、『文学界』創始者の星野天知さんの息子で、鎌倉彫りの職人になった星野吉人に嫁いで、癌で亡くなった星野立子さんのお墓が、雛飾りつゝふと命惜しきかな立子と、自筆句碑、日常生活で使う言葉が、父のお墓に、対面するように建立されていている。そして、森田愛子さんのお墓が、ひっそりと・・伊東伯翠の名を背負い、師・高浜虚子氏との友情を語るように、やぐらに・・。晴れた、4月16日、死し...鎌倉・寿福寺、29歳の才媛と・・。

  • 森田愛子さん、越前三国から鎌倉に・・。

    漁火街道、国道305号を南条郡波越前町から、75キロばかりあたりに、坂井市みくに龍翔館が、日本屋敷とはかけ離れた、建物が高台に見えてきます。明治6年、大阪から、三国港へとの日本の土木に貢献した、日本が雇ったオランダから雇った土木技師、ジョージ・アーノルド・エッセルが、日本を離れる、5年間の間の最後の年に、デザイン、建築技術を指導して、明治12年に完成させた龍翔小学校、今は復元をして、板井市三国の自然風土、文化の遺産を展示する、貴重な博物館でもあります。一階には、北前船(地元の方は、きたまえぶねと呼びます)の模型が、2階に三国の古代遺跡の出土品を、👇は絵画で遺跡物ではなく、3階に、高見順、三好達治、森田愛子各氏の文学者の、資料が、陳列しています。どこの博物館、資料館に出かけても、撮影禁止のお札が張られ、いつもガッ...森田愛子さん、越前三国から鎌倉に・・。

  • 雨晴海岸・家持と芭蕉・そして義経。

    八王子は明日も晴れるというので、出掛けたいのですが、ブレーキパッドがまもなく、ぎィ〜ぎィ〜音がする寸前で、車を預けたら、八王子の町までスキップして・・・。チョットがさつで、おっちょこちょいな私が、店内、粛々と研ぎ澄まされた空気の中、そろそろと歩いたのは、高岡市内の『雨晴海岸』沿いの道の駅でした。高岡市伏木町、万葉集の編纂に携わった大伴家持が、国守として赴任した土地。万葉歴史館も厳かであれば、道の駅も厳か・・。空腹でガッツク態勢でさえ、シャキッと!食事は喉も通るまいと、注文したのは、コーンカップの抹茶ソフトクリーム。上品なスプーンが付いてきた。クリームすくいながら、つい見てしまった、隣の人のカレー、陽ざしにいい色合い、照らされてうまそう!昼は済ませてしまった、と、つい言い訳したばかり。宿で別注に作ってもらった握り...雨晴海岸・家持と芭蕉・そして義経。