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気ままな旅さんのプロフィール

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ブログタイトル
気ままな旅
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/tiburonta
ブログ紹介文
自分好みの歩みと共に・・
更新頻度(1年)

17回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2015/02/03

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ハンドル名
気ままな旅さん
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気ままな旅
更新頻度
17回 / 365日(平均0.3回/週)
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気ままな旅

気ままな旅さんの新着記事

1件〜30件

  • 白内障の手術を終えて・・・

    静かな朝を迎えた。19号台風もやり過ごせた。昨日の昼頃、やはり電話が鳴った。「0000さんからお電話です」娘からである。「どうだった、被害はあった・・・むしろにこたま・・がたいへんなようね・・・」こっちが答える間がない。サンフランシスコも今では情報は同じなのだ。ところで、我が家は無事のようね。娘は五月蠅いがありがたい話だ。こうして一夜が過ぎた。雨音も少なく、強風によるすだれの契れんばかりに壁に当たる音、立て付けの悪さから来る雨戸や窓のきしむ音など、いつも以上に聞こえてくることを期待したものの、期待はずれに終わった夜でした。一通りの対策はした。だが、やはりそうはさせてはくれなかった。硬直し痺れる脚を何とか朝の準備体操で動かし、少しは言うことを聴いてくれる頃に庭に出て被害の確認をしてみた。小さな庭の中央にあった木蓮...白内障の手術を終えて・・・

  • 孫にとって「人の優しさを知る旅」でした

    今日は、・・雨は降らないようだ。blogを始めて確か5年になるかな?そして、休んでから4ヶ月が過ぎた。残された日数はあと3日だ。何が、入院が・・・?何てことはないよ。白内障の手術だよ。でも、制約が多すぎる。済ませておかないと・・と、ひとり天気も良く久し振りに杖を片手に医者に歩いて行った。バス亭を通り過ぎようとして、いつもと違う風景に接した。いつも鎮座していた「止まり木」の椅子がいつしか消えていた。主はもう亡くなられたのかな。合掌!桜並木通りも日差しを遮り暗く感じた。当分、顔も風呂も床屋も行けないと、言う。やっと、見つけた「床屋」でない「カット屋」を見つけておいた。行くか~。タクシーに電話を掛けた。直ぐにタクシーがきた。「近すぎてすみません・・」と言いながら、ふらつく身体で店の前で降りた。遠回りをして300mしか...孫にとって「人の優しさを知る旅」でした

  • 父親をもう一度やり直したい・・・

    令和元年の5月2日の朝を雨音と共に眼をさました。子どもたちや孫からの誕生祝のことなどを想い起こしながら布団の中にいた。昨日の昼、妻とふたりで行った仏蘭西料理店の小さな店だが静かな落ち着いた雰囲気に浸れ、ゆったりとした時間を・・・静かに思い起こしながら床から起きた。いつしか陽が射してきていた。昭和の一桁の最後に生まれ、軍国時代に子供時代を育み終戦による自由の風潮の中、夢を大きく膨らませ夜遅くまで働き、何時しか迎えた平成での第二の人生は覚えたFacebookやBlogで楽しみ、そして娘の住むサンフランシスコで孫と気ままに遊び、そして令和を迎えた。電話が鳴った。いつもの遠く離れた地に住む娘からの声の定期便である。「どうでした。お誕生日のお食事はいかがでしたか・・」と85歳の祝いを言ってきた。電話はいつも長電話だった。...父親をもう一度やり直したい・・・

  • 僕の誕生祝は「平成の最後」か「令和の始まり」か

    私の記念すべき85歳の誕生の祝いは、夫婦ふたりで静かな処で祝杯を上げたいと1年程以前よりかねがね思っていた。仰々しく聞こえるが、家の近くの処でないものかと考えたに過ぎない。幸いなことに、住んでいる街の美味しい食べ処を取材した本が本屋に店頭で販売している。早速、電話をしてみた。もう既に予約で満席とのこと。何でも、土日、祝日のみで、しかも昼食、更にコースのみとのことには、些か驚いた。でも、予約をした。予約は平成最後を迎える土曜日の27日と決まった。・・と思ったら、キャンセルせねばならず・・・。再度5/1日に確保。だが、平成から令和に暦が変わってしまった。12:10に妻の運転で向かった。20分足らずで到着した。「Bistro・・・」と看板に・・。フランス料理店である。静かな落ち着いた雰囲気の店だ。運ばれてきた。盛り付...僕の誕生祝は「平成の最後」か「令和の始まり」か

  • 割り込むな話である。

    ブログの次期投稿は今週末の27日と決めてある。そうして、腕の筋肉をここぞとばかり休ませて安心をしていた。しかも、今日は昔共に苦労した同じ職場の仲間との飲み会である。気づいてみると、いつしか最古参になっている。難病を気遣い我が家の自宅近くの駅前で場所をセッテイングしてくれた厚情に報いるには元気に参加することである。数日前から極度の運動は控えることにしリハビリの鍛錬も辞退し今日の日を迎えた。その時、「ピンポン」と外来者のドアホーンの音がした。「国際郵便小包です」何だろうと思いながら小包を受どった。開梱してみた。娘と孫娘からの85歳の誕生祝いであった。この4月始めの短い春休みに父親の新しい職場のあるアイルランド、ダブリン市に会いに行き、帰りに娘の友人に会いにパリに寄ってくる話を想いだした。たった、7日間の休暇とは孫娘...割り込むな話である。

  • 60年昔の若者の青春旅行は・・・前編

    ケチンボ青春旅行桜便りが聴こえてくる季節を迎えていた。東京のオフィス街の中心にある東西ビルの屋上に昼時の休みに大勢の社員どもが一斉に太陽の陽射しを浴びに屋上に花が咲いたかの様に集っていた。そこには入社数年が経った或る会社の若手五人組もいた。「ことしも、行くか‥?」「こんどは、二泊三日で?」「行こうよ」「車は借りられるか」「ひとり、少し上げて千円でどうかな」「行先は何時もの通り、その日の朝、多数決で・・」「何号線だけを・・」「じゃ~行くか・・。誰を幹事にする~」「猿ちゃんでどうかな」「ちゃんと、するかな」と広い屋上の手すりに寄りかかって今年の作戦会議が決まった。欠席裁判で幹事に決められた猿ちゃんこそ、はた迷惑だ。出張ではしょうがない。これが我々のルールだ。致し方なし。吾々五人組は同期入社して五年になる中堅の真った...60年昔の若者の青春旅行は・・・前編

  • 「ケチンボ青春旅行」バンザイ!・・・後編

    それから、車は砂埃の山道に小石を蹴散らし走っていた。すると、ハンドルを握っていた九州出身のバナちゃんが舗装道路にでる150メートルも手前にも拘らずウインカを点灯したのには流石に助手席に座っていた湘南ボーイが「山道で、何処にも車は走っていないぜ」ビックリしてひと言余計な事を言ってしまった。実はバナちゃんはこの旅行の直前に出会いがしらの事故を起こしてきていて、つい早めに・・それにしても早過ぎるよ。都会ならまだ横道が2~3本はあるよ。と思ったが言葉を呑み込んだ。信州のどこまで行くか、作戦会議を車中で開いた。「最終決定権はこの幹事の専権事項だぜ~」と、猿ちゃんのまたもや横槍がきた。「そりゃそうだな・・」と、押し切られた感じだ。しぶしぶ全員同意する。ドライブマップを膝の上に置きながら話はすすんだ。暗くなる前に上田辺りまで...「ケチンボ青春旅行」バンザイ!・・・後編

  • 「ケチンボ青春旅行」は誰が書いたの・・・

    この頃の気象は落ち着きがない。春の陽射しが早々と訪れたかと思えば、寒の戻りか、雪が舞い降りたりと年寄りには着るものはもとより体調の調節に苦労する。言い訳がましいが、この気象のせいかブログへの筆が進まない。単に、頭の回転が鈍くなった所以にすぎないのに・・。往生際の悪いことだ。そこで、ふと、思いついた。実は遊び心で作った、もうひとりの自分がいることに気がついた。そいつが、陰に隠れて書いた拙作がある筈だ。そいつは、今から5年程前から私の部屋に間借りをしていた。名は何と言ったかな~。そう~そう「名前はある」が・・・。いま、何処にいるかは知らない。俺の青春時代は前回の「東京オリンピック」が開催された頃だった。そいつは、若いのに俺の部屋でその頃の話をよく聞いていた。だから書く舞台はどうしても古いのだ。そう言えば書き散らかし...「ケチンボ青春旅行」は誰が書いたの・・・

  • 「別れ」と言う文字の響きに・・・

    いつものながら夕食をふたりして妻の仕事である子供らの話を聴きながら終える。この頃の日課になっている。とくに、今日は中学時代の友人からも電話を頂き話が弾んだ。部屋に戻り気になっていた本立ての隅に束ねてあるメモを読み返した。メモを読んでいると、家を出るとか、考えを切り替えるとか、人と違うとか・・・このメモは単身赴任を始めた35年前の頃にしたためたメモのようだった。単身赴任は家族との別れである。娘の米国留学もしかり別れだ。そして別れはやはり悲しいものだ。だからこそ、それを避けるには、自分を励ましてくれる者は誰もいない止む無く自分を自分で励ますしかなかった。それが無意識に私は当時メモを選んだのだと思う。このブログにもメモと題し投稿をした気がする。それはこのような切り口ではなかったと思う。この4月の末に齢84が85歳の誕...「別れ」と言う文字の響きに・・・

  • 忘れかけた想い出を唄に求めて・・・

    眼の前の時計が夜中の1時を指している。もう直ぐ平成が終える。懐かしい昭和がまたひとつ遠くなった気がする。この4月で85歳になる。だが、喜ばしくも悲しくもない。歳が老いて行動半径が狭くなると、小さな忘れかけた想い出に追憶を重ね心静かにしているものだ。10日ほど前に階段で足を滑らせ肋骨を骨折してしまい貼り薬のせいか眠れず、夕食後の仮眠も手づだい眠れず机に座り昭和の唄を聴いている。随分久しぶりだ。吾々の時代は歌声喫茶の時代だった。東京の新宿や銀座の電通通りのドイツ歌声バーなどよく行ったな~。後楽園では都市対抗応援に行って、その前に歌声にと…音痴揃いが良くいったものだ。いまだに代々木には昔のままであるようだ。渋谷にも・・。「月の砂漠」が聴こえてきた。中国から引き揚げて来て小学校の卒業劇で聞いた甘い感じを味わった覚えがあ...忘れかけた想い出を唄に求めて・・・

  • この頃、動きが悪い・・・自由に・・

    数日前におない年の友人の訃報が届いた。彼とは入社年次は異なったが中國大陸からの引き揚げ者と言う境遇が呼ぶのか現役を去ってからも旧交を温めてきた。何か寂ものだ。教会で最後のお別れがあった。だが、残念ながら持病のためそこまで行けない。彼には短い手紙を書いた。「・・語り尽くせる想い出を残せて呉れて・・ありがとう。さようなら・」と・・。もう少しで夜の9時だ。ここ横浜なのに地震の振動が小刻みに可なり頻繁に昼から続いている。工事の地響きでもあるまいし・・・?では何だろう。。。不気味だ。本ちゃんの地震かな・?地階では妻がクリスマス会での英語劇を控えてもう特訓をしている賑やかな騒音(失礼)が下から聴こえている。「もう、今年も終わりか・・」ひとりつぶやいた。いつもなら応援をしてゃったのに・・・可哀想だが、もう無理だ。そんな事を考...この頃、動きが悪い・・・自由に・・

  • 歩きたい一心のリハビリ・・楽しからずや

    うたた寝をしていて、ふと、眼が覚めた。自室の椅子にいつものように座っていた。愛用のPCの上蓋があいていた。よく見ると、右肩にblogを始めて1500日の字が読めた。格子越しに見える庭も何時しか、うたた寝をしているうちに冬の弱い陽射しに戻っていた。無性に歩きたくなった。私は訪問と通所のリハビリを週に月と水と金の3回もお世話になっている。「こんなにも~・・」何を言わんか、ただ歩きたいからだ。勿論、病の症状の痺れや硬直が緩和されるのもねがいながら・・・。よく、こんなセリフがある。「見ると聴くとはお~違い。この言葉通りを味わっている。このリハビリとはデイサービスが運営する介護サービスなのである。或る通所の午後の半日を紹介してみよう。昼近くになり、筋肉も潤み体調も上向いてきた。着替えに時間が掛かるので早めに着手する。11...歩きたい一心のリハビリ・・楽しからずや

  • よくぞ頑張たぞ! 孫息子よ!

    孫息子はお爺ちゃんとの昼間の遊びの疲れで、もういつもなら白河夜船だが、今晩は何を察してか緊急退院した母の膝元を離れない。成田国際空港リムジンバスの出発の時刻だ。指定席でなく全席自由席だ。大事を取り始発バス停までバックするしかない。こうなると、空港まで延3時間の距離だ。高速道路走行だから揺れは少ない筈だ。娘と医師と相談し決行することにした。始発バス停まで夜道を婿と娘を乗せ地図を便りに車を走らせた。当時はまだ土地開発中途の暗闇だった。バスに乗せ数キロは伴走して確認をするほど神経をつかった。娘から無事にSFの郊外ベイエリアの自宅に着いた報告と息子への声のメッセイジを送ってきたのを知り、お婆ちゃんと共に肩の荷が降りた。後は、残った孫を寂しがらせないように全力を尽くせばよいのだ。連日の緊張で少々疲れた。騒ぎを大きくしたの...よくぞ頑張たぞ!孫息子よ!

  • 突然!ひとり日本に残った2歳の孫息子

    年が明け1月初旬の頃。近くの書店まで服を着替えて散策がてら出掛けることにした。杖を右手に玄関の扉を開けた。昨日のリハビリのせいなのか、背筋が伸び歩幅も大きく背が伸びたようで、杖がむしろ邪魔のようだ。もう30年超の古木になりかけてきた桜並木の下を通り抜けて大通りにでた。書店で立読みをして書店を出たのが小1時間も過ごしたのか、夕暮れが迫り、桜並木の西の向こうに夕日が茜色に染まっているのがみえた。帰りの路すがら、孫息子から「新年の挨拶の国際電話を貰ったがリハビリに出掛けていて留守をしていた」のを思いだした。大学の寮生活だとなかなか電話はむりだ。留守居していて悪かった。もう2年は逢っていないな・・・。歩きながら、或る出来事を想いだした。我が家には米国に孫がいる。ところが、孫は国籍が日本と米国の二重国籍である。これから語...突然!ひとり日本に残った2歳の孫息子

  • あわてふためくお爺ちゃん奮闘記

    娘のサンフランシスコからの里帰りである。陽射しの強い真夏日の夕方だった。ふたりを迎いに成田国際空港に張り切ってひとり空港バスで2時間もかけてでかけた。出迎えの人込みの中で見失わないように緊張して到着ロビーのテレビ大画面と目の前の到着者の人混みの流れを見ていた。「いた」声のない声で手を振った。こうして、孫息子との日本での楽しい生活が始まる筈だった。里帰りをして10日程が過ぎた頃、娘が突然緊急入院となり孫息子がひとりお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に取り残された。そして、入院経過をみて「退院後のケアを考えると米国への帰国が良い。」との医師の判断で急遽米国へ戻ることになった。婿を日本に呼び寄せ、早々に娘を米国に向けて立たせた。病人と一緒に連れて帰るには余りに幼な過ぎる2歳6か月の孫はお爺ちゃんとお祖母ちゃんの処に残った。日...あわてふためくお爺ちゃん奮闘記

  • 何か投稿し終えたい平成の年に・・・

    いま、時刻は30日の午前9時を丁度まわったところ時計の針は指している。この頃、ブログへの投稿が遅速になってきた。記事となる行動半径が狭い。歩きが可なり短く成ってきた。更に、眼も霞むようになり・・なのに眼科医に行く時間がない。どうして・・・。優先順位が低いから・・・。でも、ブログさえできない。新年を迎えたら真っ先に行こう。来年からは賀状を失礼することにしてある。よかった。これでは宛名も書けない。PCは位置を憶えているので、打てる。今年も、あと1日と数時間で終わる。何もないと思っていた今年には頼りになるものとの出会いがあった。9月から始めたデイ・サービスの「リハビリ」である。内容は訪問が週1回の1時間、さらに送迎付きの週2回の半日コースを受けている。規律正しくカリキュラムに基づき更に脳訓練もあるシステムである。受講...何か投稿し終えたい平成の年に・・・

  • 故兄が残した一冊の小さなスケッチブック

    仏壇の前に立つと右手に父と母の写真が、左手には亡くなる4日前の長兄の写真が粗末な黒い額縁に収まってある。母が物資のない戦後間もない時期に精一杯探して兄の遺影を飾り、朝夕眺めガラス越しに兄の写真を擦ったことだろうと母の気持ちを想い眺め線香に火を灯した。ここの引き出しを開けると茶色く色褪せた古い4つ切りサイズのスケッチブックがある。兄は中國・北京に中学生でいた頃、肋膜炎で1か年間も休学をしていた。その弱った身体で、無蓋車に長時間揺さぶられ中国大陸の冷え冷えとした夜の小雨降る中を耐え祖国に帰国した。無事に祖国に帰国できたものの焼け野原に安住の地が定まるまで5度に亘りリュックを背負い移動した。私は兄の記憶と言えば多くは入退院を繰り返すベッドに伏せている光景でしかない。そんな訳で友人がいない兄は常にひとり空想の世界にいた...故兄が残した一冊の小さなスケッチブック

  • 旅と一枚の絵の想い出

    湯上り姿で自分の椅子に座り湯上りの日照りを冷ましていた。壁に架かっている額縁に入っている絵を何気なく見ていた。数年前にも壁紙を張り替えたので、額縁の配置換えをしていた。そう言えば妻が思い出しては口にする「早く、元の方が良いので戻しておいてくださいね」と催促を言いかねないと、そんなことを思い浮かべながら、何処で購入したかを想い起こしていた。海外に出掛けた折に想い出に購入した絵だ。絵を購入したとなると、誰しも数十万円はしたであろうと勝手に思うようだ。買う金もなければ、何かと時間もない。想い出を買うのが目的なので必然的に安くなる。予算として10000円までとした。最初に眼に触れたのは観光地のお土産屋の店頭だった。束ねて印刷された同じ絵が無造作に置いてある中から紙が傷んでいない好みの絵柄を選んで買ってきたのが事の始まり...旅と一枚の絵の想い出

  • 老いてゆけば幾程つまらぬ想い出が懐かしいもの・・・

    外は雨。夫婦ふたりで観るテレビは土曜日の午後9時から始まるTBS「世界ふしぎ発見」である。いつ頃からかは記憶にないが、穏やかな時間を誰にも遮られずに、互いに語り合いながら、ここ数年、送っている。もう、現役時代の、あのピリピリとした緊張感は、それなりに厳しさがあっていいものだが・・・いまは完全に忘れた。深夜番組の魅力はかつて宣伝部と言う部署で担当したこもあり、熟知していた。と、思っていたが、わが身をその渦中に置いたことはない。魅力の虜になったのは赴任して10ヶ月が過ぎた頃だと思う。当時のことを、ブログに投稿し記事にしたのが、以下の記事である。。もう一度、読み返し振り返ってみた。希望と癒しをくれた深夜ラジオ番組2015年1月のリメーク版である。会社人生の中で苛酷な試練を味わった時期に希望と癒しをくれたラジオ番組があ...老いてゆけば幾程つまらぬ想い出が懐かしいもの・・・

  • 懐かしさは遠くなる程強くなるものですね・・・

    今日も昼食をすますと、せっせとお迎えの車に乗って「シニア会社」経営のデイ・リハビリに向かった。台風でもなければ天候を心配する必要がいらない。我家の藤棚の下からリハビリの廂の下で降りると言う実に恵まれているアクセスである。通い始めて7週間が過ぎた。一方、ブログも満4年にもなろうとしている。ブログに何か事に触れて書きたい気持ちで一杯である。だが、何も材料がない。ふと、気がついた。ブログの事務局から1年前の同月同日の記事が送られて来る。時折、読んでいる。投稿した本人ですら忘れていることもある。でも、懐かしい一語に限る。まして、他人は3年も前の記事なぞ、覚えている筈がない。そこで、ブラシュ・アップして再投稿をしてみよう!・・と思った。随分身勝手な理屈だ¡横着な投稿だ。でも、何遍も言うが懐かしいのだ。話は、パリからベネチ...懐かしさは遠くなる程強くなるものですね・・・

  • 「デイホーム」を・・・・知らなかった!

    もう、9月も終わろうとしている。猛暑も落ち着き、時折涼しさを感じる侯になってきたのを感じてきた。今日は、昔の仲間と会場を最寄りの駅近くにしてもらえた、ご厚意に甘え楽しいひと時を過ごし雨の中、妻の迎えで自宅に戻った。帰宅後、心地よい疲れを癒しに就寝前の仮眠に数十分の時間を愛用の椅子に身をませた。お陰で、疲れを残さずに済んだが、昨晩記述したブログの下書きが何処かに飛んでしまっていた。このブログも8月30日を最後に投稿を休んでいる。身体的に弱くなり活動の範囲が狭くなった所以でもあるが、またにして疲れ目なのか精彩を欠いている始末である。だが、この9月は私にとって転換期を迎えるものと期待をしいる。それは、何か・・・。と言うと、「デイホーム(サービス)」に加え更に、訪問看護・リハビリを受けること。今日に至るまで「デイホーム...「デイホーム」を・・・・知らなかった!

  • 人生最後の運転免許更新の日でした。

    この文は誕生日を迎える3日前に書いた下書きのようだ。もう、書いたのさえ思い出せない。重症だぞ。折角下書きがあるのだから、完結することにした。私は平成30年を迎え「年男」になった。そして、この4月27日には満84歳を迎えた。それに備えて昨年の7月には自動車の運転はきっぱりと止めた。更に、賀状も感謝とお礼の言葉を添えてご挨拶もって終わりとした。これからは書きたい時だけに気ままにかくことにする。体力が許さなくなった。認知機能検査の結果を踏まえ高齢者講習を受け運転免許の更新となった。受講し更新する気はなかった。しかし、妻と話合い、緊急避難に備え運転免許の更新をする事に急遽変更した。警察署まで自分で、人生最後の運転をしておこうと、その気になってきた。一年振りに杖を助手席に置き、運席に座った。想い出を込めてアクセルを踏んだ...人生最後の運転免許更新の日でした。

  • 自筆の古い記事でも楽しいものですね

    目の前の時計の針は未明の午前5時を指している。この頃、時折夜中に起きると寝付けないことがある。blogがなかなか書けずにいる。開いてみた。古い記事を読み起こしてみた。自分の記事なのになぜか新鮮さを感じるから不思議だ。考えてみた。考えなくても決まっている。それは忘れていて呼び起こされて思いだしたからである。そう言えばこんな事をメモたことを思いだした。脇の本棚を探してみた。筆で書いたメモがあった。ふりむきふりむき歩こうよいま来た道は戻らない数か月前に書いたんだ・・・。傍に、鉛筆で「母が亡くなり、古希を迎える年に感じた気持ちを大事にしたい」と添え書きがしているメモがあった。こえからは足早に駆け抜ける日々でなく陽だまりの中ゆったりと時を刻む日々を重ねて行きたいと思うこの頃です自筆の古い記事でも、楽しいものですね。時計の...自筆の古い記事でも楽しいものですね

  • 時計の針は いずこを指すか

    眼が覚めた。ふとんの上である。当たり前だが、起きるのだが思考し確認をした。雨戸越えに射し込む陽射し。夕刻かな。ゆっくりと、膝が崩れないように立ち上がり手洗いに起きた。窓際に時計が置いてある。短針が11を指している。長短の差が余りない時計だ。‥だと、夕方の6時か・・。この頃、食後に疲れ休みをとり、小1時間程仮眠をとるようになっていた。家内から体調維持にはしかたがないが、折角の人生が短くなると言われる。その通りだと思う。ふと、自室の時計を見た。短針は11を指している。時計は立ち留まる箇所には置いてある。・・すると、いまは正午を少し回った時刻だ。何か時間を得した気になった。不思議なものだ。階下に降りて、家内と昼食をすませ得をした半日の時間を何に使おうかと思う。腕の筋肉が疲れ硬直してブログへの投稿も・・だが、いまは、す...時計の針はいずこを指すか

  • 隠しことすら懐かしく、その懐かしさを取り戻す・・・

    想い出を懐かしみ、想い起こすのは、過ぎし若き頃の心の扉を開くようなものですね。自分で開けた心の扉を開けに再び「記事一覧」を読んでみようかなと思うようになりました。そこで、学生時代に青春を謳歌した一時期に何気なく過ごした或る出来ことを想い出したのです。それは、学生時代に軽い気持ちで背負った「隠し事」と言う秘密があったのです。秘密とは仰々しいすぎる。でも、背負ったのは私を入れて二人。いや、正確に言うと、もう一人は頼んで巻き込んで口を閉ざされ共犯者に仕立て上げられた目撃者がいたのです。実は被害者の娘さんである。口を閉じるのを頼まれては、はた迷惑な話だ。当事者は事件の重大さに気づいていない。軽い気持ちでいたのだ。現実に61年間忘れさられてきたのが証明している。当時を再現してみよう。昭和32年11月3日、大学の美術部文化...隠しことすら懐かしく、その懐かしさを取り戻す・・・

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