北海道の城見物してきました。今回から2024年の桜写真です。近所を散歩して撮影しました。 撮影はニコンD600で、レンズが50mm開放F1.4です。 八重桜で…
昨日の続きです。今回は台東区立下町風俗資料館です。今まで東京上野に何度も来ましたが、この下町風俗資料館は風俗とあるので、Hなものと思い込み、入り難いものがあり…
昨日の続きです。今回は不忍池の蓮の花です。2021年の8月中頃なので、まだ花が咲いていました。 下図③付近からの撮影です。右端の方に弁天堂の屋根が見えます。不…
昨日の続きです。京成柴又駅から京成上野駅に移動しました。 下図①付近です。京成電鉄上野駅は上野公園口付近の地下にあります。ターミナル駅なのに地下なんて分かり難…
昨日の続きです。今回は矢切の渡しから戻り、とらやから京成柴又駅で最終回です。 帝釈天参道です。京成柴又駅方向です。 下図④付近です。お昼になったので「とらや」…
昨日の続きです。今回は矢切の渡しです。 下図⑲付近の江戸川土手の上から見た矢切の渡しです。 現在地にある地図です。 矢切の渡しのある江戸川は、千葉県の西境を…
昨日の続きです。今回は帝釈天から矢切の渡しまでです。 下図⑭から見た脇門です。ここから出て矢切の渡しまで歩きます。 現在地にある地図です。 上図⑮から見た脇門…
昨日の続きです。今回は境内です。 下図⑩付近から本堂方向です。花頭窓のあるのが本堂です。古くから帝釈堂として使用していましたが、現在の帝釈堂が出来たので、ここ…
昨日の続きです。今回は帝釈堂は喜見城 下図⑨付近の帝釈堂前です。私もお参りしました。コロナ禍のために堂内には立入禁止でした。ただし、祈祷を受ける場合は例外です…
昨日の続きです。今回は二天門から瑞龍の松・帝釈堂までです。 下図境内案内板⑤の二天門から見た帝釈堂です。帝釈堂は正面にあります。手前の立て看板はコロナ禍なので…
昨日の続きです。今回は帝釈天参道から二天門です。 帝釈天の参道です。 進むと 下図③付近です。この柴又街道を越えて参道が続きます。 草団子と書いてある店が…
昨日の続きです。今回は京成高砂駅から帝釈天参道です。 下図にある京成高砂駅です。佐倉市から京成本線で京成高砂に到着して、ここは京成高砂駅のホームです。ここで京…
今回から柴又の紹介です。 私は東京に何回も来ているのに、寅さんで有名な柴又には一度も来たことがありませんでした。京成電鉄沿線だったのですが、柴又はその支線に乗…
昨日の続きです。今回が最終回で本佐倉城セッテイ郭です。 この日は朝から佐倉城を歩き、午後から本佐倉城を歩いたので疲れが出て、セッテイ郭の方は行けませんでした。…
昨日の続きです。最終回の予定でしたが、長くなりそうなので、東山虎口のみとして、次回のセッテイで最終回とします。 下図⑤付近です。東山虎口は切通しになっていて、…
昨日の続きです。今回は東山馬場跡から東山見張台です。 下図S付近から倉跡方向です。下図5は大堀切と書いた所です。 上が北の地図です。 ②付近から③方向です。月…
昨日の続きです。今回は奥の山郭妙見様と倉跡です。 下図現在位置付近から撮影した倉跡方向です。右端は妙見宮跡です。先の方に見える一段低い平地が倉跡です。奥ノ山郭…
昨日の続きです。今回は城山郭と奥ノ山郭をつなぐ木橋跡から奥ノ山郭です。 下図現在地★の上図①から左に行きます。奥ノ山郭に繋がっていた木橋跡があります。 現在地…
昨日の続きです。今回は城山郭(本丸)です。 遠侍跡です。 下図現在地から見た城山郭(本丸)内東方向です。下図のように周囲は土塁で囲まれています。柱跡は杭か石…
昨日の続きです。今回は城山虎口から城山郭です。 城山郭は城主のための曲輪で、本丸といえます。 下図①の附近です。右に行くと城山門跡があり、その内部が本丸です。…
昨日の続きです。今回は大堀切から城山虎口です。 下図5から⑤の間にある大堀切の底の道です。ここを通ると両側の城山郭と奥ノ山郭からの攻撃を受けます。 ⑤の分かれ…
昨日の続きです。今回は馬場から大堀切までです。 下図A付近から矢印方向です。前方に案内所・御手洗い・駐車場が見えます。駐車場は無料です。この付近は下図によると…
今回から本佐倉城(続日本100名城)の紹介です。2021年8月9日に訪問しました。前回の訂正で、古絵図が1750年頃とあったので、堀田家時代と勘違いをしました…
昨日の続きです。今回で佐倉城(日本100名城)の最終回です。 屋根は復元の時に銅板葺きにされています。江戸時代は茅葺屋根でした。もとは大手門のある通り宮小路3…
佐倉城(日本100名城) 20 ゲーム「転輪の桜」と武家屋敷武居家1
昨日の続きです。最初に前回の旧但馬家にあったアニメについてです。これは佐倉市が制作した、佐倉市紹介のためのロールプレイングゲームでした。令和2年3月20日にリ…
昨日の続きです。今回は武家屋敷旧但馬家です。 下図にあるくらやみ坂です。 解説板です。 くらやみ坂です。 旧但馬家住宅です。 江戸時代からこの場所にありました…
昨日の続きです。今回は武家屋敷旧河原家です。 旧河原家の入口です。腕木門〈木戸門〉です。 他のお城の武家屋敷は塀と門が多いのですが、佐倉城の場合は土塁に生垣と…
佐倉城(日本100名城) 17 武家屋敷通りと児玉源太郎旧宅跡
昨日の続きです。今回は武家屋敷通りと児玉源太郎旧宅跡です。 武家屋敷通りです。 通りに咲いていた花です。この日は小雨が降ったり、晴れたりで、天候変化が激しかっ…
佐倉城(日本100名城) 16 姥ケ池から空堀内を通り三の丸跡
昨日の続きです。今回は姥ケ池から空堀内を通り三の丸跡です。 姥が池のスイレンです。 姥が池の亀です。 下図①付近から撮影した姥が池です。 赤い線に沿って歩きま…
昨日の続きです。今回は田町門跡から姥ケ池です。 愛宕坂の一番下には現在は、国立歴史民俗博物館の門があります。門前の水堀は埋められて、下図のように土橋になってい…
佐倉城(日本100名城) 14 国立歴史民俗博物館から臼杵摩崖仏まで
昨日の続きです。今回は国立歴史民俗博物館から屋外展示の臼杵摩崖仏(レプリカ)までです。国立歴史民俗博物館は開館中でしたが、時間が無いので入館しませんでした。 …
昨日の続きです。今回は角馬出しから椎木門跡です。 下図①から見た角馬出です。 上図①から②方向です。 下図②から見た角馬出です。 上図③付近から④方向…
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北海道の城見物してきました。今回から2024年の桜写真です。近所を散歩して撮影しました。 撮影はニコンD600で、レンズが50mm開放F1.4です。 八重桜で…
5年前の更新を再UPしました。『岩国城 3 佐々木小次郎銅像など』昨日の続きです。今回は佐々木小次郎銅像からです。 「祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい、名…
5年前の更新を再UPしました。『岩国城 1 歴史など』今回から岩国城の紹介です。別名横山城ともいい日本100名城です。2019年2月25日に訪問しました。 錦…
前回の続きです。今回は八幡山城の堀として開削された八幡堀です。 江戸時代は琵琶湖と繋がる堀でした。 江戸時代の絵図です。(上が北) 豊臣政権下の天正13年(1…
5年前の更新を再UPしてます。『長浜城と桜 5 最終回』昨日の続きです。今回が最終回です。 天守5階から下りました。 長浜城の模擬天守です。左側の玄関が出入り…
5年前のブログを再UPしました。『長浜城と桜 2 豊公園』昨日の続きです。今回は豊(ほう)公園の桜です。 しだれ桜と天守 現地の案内地図です。この長浜港か…
昨日はブログで使用しているPCのHDDをSSDに換える作業をしていたので、更新が遅れました。おかげてPCが早くなりました。Cドライブだったので、かなり難しかっ…
5年前の更新を再UPしました。『彦根城の桜 3』昨日の続きです。今回は天秤櫓からです。 天秤櫓の門です。この門を抜けると 天秤櫓の門をくぐったところです下図に…
前回の続きです。今回は本丸にある豊臣秀次菩提寺の村雲御所瑞龍寺です。 村雲御所瑞龍寺の唐破風玄関前です。近づくと 下図A付近から撮影しました。本尊は三宝尊(法…
5年前にUPした桜の写真です。『桜2019 1』今回から近所に出かけて撮影した桜写真です。4月5日に撮影しました。 逆光で撮影しました。太陽を桜の木で隠しまし…
5年前の更新を再UPしました。『広島城4 本丸天守』昨日の続きです。今回は広島城の天守です。 下図⑦から天守方向です。先の方に見える石垣は下図⑧小天守台です。…
5年前の更新を再UPしました。『広島城2 二の丸』昨日の続きです。本丸も二之丸も原子爆弾で焼失しましたが、平成6年までに、二之丸の表御門・御門橋・平櫓・多門櫓…
前回の続きです。今回は北の丸から西の丸です。 下図④付近から⑤方向です。石垣は本丸ののずら積石垣です。 現在地にある案内板です。赤い線に沿って歩きました。先に…
5年前の更新を再UPしました。『吉田郡山城6 毛利元就墓と一族の墓』昨日の続きです。今回は毛利元就墓と毛利一族の墓です 下地図⑮の所に元就自筆からコピーした名…
5年前の更新を再UPしました。『吉田郡山城4 御里屋敷伝承地と清神社』昨日の続きです。今回は御里屋敷伝承地と清神社です。 初めに御里屋敷伝承地です 下図にある…
5年前の更新を再UPしてます。『日本橋ストリートフェスタ2019 その16 最終回』昨日の続きです。今回は①のタイムズ広場から④のなんばカーニバルモールへ移動…
追記して再々UPしました。『日本橋ストリートフェスタ2019 その14』昨日の続きです。今回は堺筋からオタロードに歩きながらの撮影です。 セイラームー…
今回からは近江八幡にある八幡山城の紹介です。2024年3月15日に訪問しました。第1回目はその歴史です。 二の丸展望館から見た風景です。 1583年(天正11…
4年前の更新を再UPしました。『篠山城(日本100名城) 6 大書院2』大書院の詳細間取図追加で再UPしました。昨日の続きです。今回は大書院の後編です。 下図…
3月16日の8時50分に取材から帰宅しました。今日は30分遅れで更新出来ました。昨日は近江八幡附近のお城・お寺巡りをしました。 前回の続きです。今回は神門から…
前回の続きです。今回は正殿の奥にある御内原2です。 下図⑤から⑧方向です。右側には花壇があります。 ⑤の下側の花壇は 九年母が植えてあります。九年母という果物…
前回の続きです。今回は正殿の奥にある御内原からです。御内原は2019年以前は閉鎖されて見れませんでした。 御内原は国王一家とそこに仕える女官たちが暮らした生活…
前回の続きです。今回は正殿です。正殿が焼けて見れないので、首里城公園のWebページなどから調べ引用しています。 焼失前の首里城正殿です。正殿は琉球王国最大の木…
前回の続きです。今回は奉神門から正殿前までです。 首里城奉神門です。この門をくぐると正殿前広場です。城でいえばこの内部が本丸です。壁の赤塗料「久志弁柄(べんが…
旅行から帰りました。前回の登城の続きです。今回は漏刻門内側から正殿前までです。 ④漏刻門を内側の下図Iから撮影しました。③の瑞泉門が見えています。右端には櫓へ…
お城巡りに行くので、1回だけ更新をしません、なので今日夜の更新を早めに昼にしました。前回の続きです。今回は歓会門から漏刻門までです。 下図Dから見た大手門にあ…
前回の続きです。正殿前まで登城していきます。今回は守礼門から外郭の歓会門までです。那覇の守礼門は「守礼(しゅれい)」、つまり、「礼節を守る」という意味で、この…
地図に解説付けましたので再UPしています。今回から首里城の紹介です。2023年3月1日に訪問しました。今回は首里城の歴史です。 沖縄では新石器時代が10世紀頃…
前回の続きです。今回が新発田城の最終回です。蔵の資料館 の後編です。 溝口家以前の新発田は新発田重家が支配していました。彼は御館の乱で上杉景勝側に味方していま…
前回の続きです。今回は蔵の資料館です。下図10・11・12です。 Uの庭門を出て、V地点に行くと 上図10・11・12の蔵の資料館があります。10は新発田藩資…
前回の続きです。今回は清水園回遊式庭園後半です。 前回は書院からP付近まで回遊しました。 上図NからOにある丘道です。ここを過ぎると 3枚の石板を一直線でなく…
前回の続きです。今回は新発田藩溝口家の下屋敷清水園回遊式庭園です。一般的な形式で池泉回遊式庭園と呼ばれるもので、大きな池を中心に配し、その周囲に園路を巡らして…
前回の続きです。今回は書院の続きです。 囲炉裏の間から舞台の間とその奥の次の間を見たところです。 書院間取り想像図を描きました。非公開の部分は空白です。居間・…
書院の間取り想像図を追加しました。前回の続きです。今回は清水園の大門から書院です。 下図D付近です。ここから木橋を渡り清水園にいきます。このあたり一帯が清水谷…
最後に石黒家その後を追加しました。前回の続きです。今回は武家屋敷石黒家後編でその内部です。 邸内に入った所です。左に玄関があり、右に座敷があります。(下図参考…
前回の続きです。今回は中級武家屋敷で70石の石黒家住宅紹介です。石黒家住宅は清水園内に移築されています。 江戸時代後期と現代の重ね図です。石黒家は江戸時代後期…
前回の続きです。今回は足軽長屋後編で内部の様子です。 裏側から見たところです。背面には1間(1.8m)の杮葺き庇があります。 赤枠が1軒の範囲です。畳部屋2…
前回の続きです。今回は足軽長屋です。 下図E付近から南方向です。道の右側を新発田川が流れています。 Eから少し進むと 足軽長屋が見えます。右に行くと藩主下屋敷…
前回の続きです。今回は新発田城から足軽屋敷まで歩きましたです。 下図Sから三階櫓方向です。Sは下図西ノ門付近です。 SからEまで歩きました。白壁兵舎を見ながら…
前回の続きです。今回は天守代わりの三階櫓です。 下図⑮付近から撮影した鉄砲櫓です。 江戸時代と現在の合成図です。⑮から⑯の方に歩きました。 上図⑮付近です。⑯…