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まち歩きで趣味探しと図書館めぐりを自転車で https://tosyokan-bicycle.cocolog-nifty.com/blog/

まち歩きプラス折りたたみ自転車(DAHON Curve D7)で、毎週小さな旅に出ます。今日はどこに行こうか。

小さな旅の行き先は、史跡めぐりや川の源泉、古墳、庭園ほか、何でもあります。

住所
東久留米市
出身
豊島区
すずた
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2012/01/15

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  • 道の駅よしみからフレサ、ぷらっと、B&G海洋センターへ

    埼玉県吉見町は吉見百穴が有名ですから、観光拠点として道の駅を整備するのはわかります。「道の駅いちごの里よしみ」という、ひらがなでのやわらかいイメージと名産品いちごの宣伝に資する名となっています。お決まりの農産物直売所だけでなく、いちごの里物産館もあります。そもそも、いちごが吉見町で獲れることを知りませんでしたから効果はありました。敷地の駐車場との間の道幅はかなり広くなっています。↑埼玉県内東西を結ぶ県道27号東松山鴻巣線を挟んだ向かい側には、コカコーラボトラーズ埼玉工場があります。久しぶりの輪行によるcurved7で、広域農道みどりの道を北へ向かってみました。↑横の景色が工場から広い水田になり振り返ると、コカコーラ工場から東洋製罐の埼玉工場になっていました。社名にある缶だけでなくペットボトルも含め飲料容器の業界最大手企業です。コーラ工場に隣接する工場とは、さすが輸送...

  • 想像を超えていた大化や天平も絡む塩船観音寺と屋根葺き

    つつじまつりで有名な青梅市の塩船観音寺は、1年前に霞丘陵ハイキングコースに行く際に前を素通りしてしました。まつり期間で人も多いし、その日は歩くのが目的だったので入りませんでした。重要文化財がいくつもあるのですが、まつり期間以外では、入山料300円と駐車料金700円は必要ありません。ただだからというのでもありませんが、行ってみました。↑山門(仁王門)は早くも国指定重要文化財で、木造、三間一戸の八脚門、茅葺きの切妻造りです。中にある金剛力士像は東京都指定有形文化財です。↑ 阿弥陀堂も国指定重文で、木造の寄棟造りで、屋根はかつて茅葺きでしたが、昭和時代の解体修理の際に銅板葺きにされています。ここからは有料期間には入れなかったところです。↑東京都指定天然記念物の二本の大杉です。参道の両側にあり樹高40メートル、目通り6メートルで、樹齢は900年を超えています。薬師堂は青...

  • 侘び寂びをも感じさせるようになってきた鎌北湖

    ダムに興味のあった時期、規模に関係なく数多く見てまわりました。飯能市の宮沢湖は巨大な釣り堀のような感じでしたが、ムーミンバレーパークメッツァができて生まれ変わりました。埼玉県毛呂山町にある鎌北湖も9年前に行ったものでしたが、久しぶりに再訪しました。↑天端から見たアースダム形式の芝生はいいものです。昭和10年(1935)に造られた農業用貯水池で人造湖です。↑同様に天端から見た、左の余水吐き、右の取水管理棟も絵になります。山根溜池が昭和27年(1952)に鎌北湖と命名されました。周囲約2キロメートル、貯水量30万立方メートルと結構な規模です。↑前には余水吐きから水が流れるところを見られませんでしたが、今回は少しずつ流れていました。天端から反対面の下の方にアースダムらしい斜面を下っていきます。こちらでは音を立てて水が流れています。急な斜面を細く流れているため滝のよう...

  • 小宮駅からは遠いひよどり山にある小宮公園と北大谷古墳

    八王子市の小宮というと、JR八高線に小宮駅があり、道路では多摩大橋の南側辺りが小宮町になっています。都立小宮公園はそこから南西に少し離れた八王子インターの南にあります。かつて、ひよどり山有料道路であった八王子駅から真っ直ぐ北に向かう道のトンネルの上にあります。ひよどり山が小宮公園になっているというイメージなのでしょうか。↑案内図ではよく高低差は分かりません。南にあたる図下方の入口のすぐ近くには大谷弁天池がありますから、地図のは左や上方が標高が高そうです。左(西)のサービスセンターに向けてはやはり登り坂でした。↑ひよどりの小道を行くと高いところから低いところへ見渡せるデッキもありました。下にあるひよどり沢へ下ってみました。東京の名湧水57選の立ち札があり、ここもその一つのようですが水が湧いているのは見られませんでした。案内図からみるともっと奥の斜面にあるようですが...

  • ネーミングライツの結果が気になる鴨川第一調節池ウェットランド

    さいたま市を流れている鴨川は、桶川市から荒川に沿うように流れてきて、秋ヶ瀬のJR武蔵野線橋梁の近くで荒川左岸に合流しています。調べていたら、朝霞市を通っているとのことで左岸なのに不思議に思いましたが、左岸側に少しだけ朝霞市が入り込んでいました。↑大宮駅西側辺りには鴨川第一調節池があります。埼玉県道2号さいたま春日部線の加茂川橋から上流方面の右岸(写真では左)にあります。以前からいくつかの調節池を見てきましたが、大雨で河川に一度に大量の水が流れ込むことによる増水や氾濫を抑える目的で整備されます。↑貯まった水は後日水位が下がってから、この排水機場から鴨川に戻します。↑草ボウボウでわからないかもしれませんが、水が貯まるよう低くなっており、鴨川第一調節池は敷地4、7ヘクタール、容量110万立法メートルもの大きさです。↑大雨でこの越流堤を越えた水位になると左の調節池に水が入って...

  • 埼玉県動物園にあるクロスカントリーコースと散策路

    こども自然動物公園という東松山市にある動物園にクロスカントリーコースがあるということなので行ってみました。岩殿観音の近くの動物園自体は知っていましたが、散策路等があるのは知りませんでした。そもそも動物園とは入り口が全く別の離れたところにあり、行き来も出来ない構造です。東京電機大学鳩山キャンパスを目指して行き、想像とは逆への脇道に入っていくことになります。↑駐車場と管理事務所があり、そのすぐ裏にスタート地点があります。奥のアスファルト舗装の散策路が1300メートル、手前のウッドチップ路だというクロスカントリーコースが1830メートルでこちらに行ってみました。いきなり登り坂でどうなるのかとも思いましたが最初だけで、全体でも高低差は40メートルほどです。↑所々で両コースは合流しますが、明らかに舗装路だある散策路に対して、クロスカントリーコースはウッドチップ路のはずですが舗装部...

  • 完成した多摩川の大丸用水堰改築工事でどうなったか

    令和元年の東日本台風による多摩川増水による多摩川緊急治水対策プロジェクトの一つとして、府中郷土の森公園近くで行われていた工事が終わったようなので見て回りました。まず、左岸である府中市側の新しくキレイになった、是政排水樋管からの水が多摩川へ流れ込むところで上流方向を見ています。ここには大丸用水に取水するための堰が設置されていましたが、堰による河積阻害が大きいということで、改築して流下能力の向上を図ることになりました。すぐ下流側には武蔵野貨物線と南武線橋梁が架かっています。↑対岸の右岸である稲城市側は、中央付近で東京都下水道局の南多摩水再生センター排水樋管から水が流れ出ています。左方の三沢川分水路吐出口からは水は出ていません。右にも新設の小さな流出口らしきものがありました。既存の大丸用水堰は撤去され床止め工の設置と河道断面の切り下げがされました。床止めとは、川底(河床)の...

  • 狭山丘陵に広がる野山北六道山公園のアップダウンでぷち登山もどきを

    狭山丘陵は航空写真で見ても、不思議にポッカリと浮かんだ島のような緑の丘陵地帯です。その中心には狭山湖と多摩湖がありますが、それをぐるっと囲む尾根道の西から南は都立野山北六道山公園となっています。何回か行ったことはありますが、さらに面積を拡大しており200ヘクタールを超える面積となっています。山ではなく丘陵なので高低差は50メートル程度ですが、都立公園一広いので何回か登り降りすることでぷち登山をしてみました。↑標高139メートルほどのJR八高線箱根ヶ崎駅からまずは狭山池の横を通って北へ向かいます。ここには残堀川の上流端標識があります。↑旧国道16号沿いの西口広場から公園、丘陵地へと入ります。まず駒形富士山階段でいきなり237段の登りです。着いた先は177メートルで浅間神社があります。↑公園内なので行き先標識は充実しており、お伊勢山遊歩道という山道を行くと三角点広場が...

  • 民家を通っていく遠回りに誘導されてしまう朝霞市の湧水代官水

    朝霞市の黒目川沿いのある岡の城山に行ったのは9年も前のことです。 久しぶりにその城山公園へ行った後、近くに湧水があるようなので向かってみました。↑「湧水代官水」というところあります。Googleマップでの徒歩経路に従って行きました。3つのルートはいずれも湧水があるところへのは南側から入っていくこととなっており、北にあった城山公園からはあえての遠回りになりますが、行くと入り口はどう見ても人の家の敷地を通り抜けるものでした。↑さすがにそうもいかず、やめてルートにはなっていない北側の道路に回ってみたら、そちらには住宅街に案内標識がありました。道から少し入ると、朝霞市により保存整備工事されたということで、公園のようになっておりトイレもありました。市の天然記念物にも指定されています。標高14〜21メートルの崖線の谷頭から出る湧き水で、水源地のほか、数箇所から湧き出ているそうです。...

  • わかりづらい平山城址公園東園への入り口と公園内の石垣

    京王線やそれに沿った都道173号北野街道から南に見える丘陵の住宅地の光景は見事です。南平駅と平山城址公園駅間の山梨中央銀行日野支店の横からは長い階段が見えます。ここに山梨中央銀行があることと、日野市平山であるとはいえ日野支店という名であることには若干不思議な気はしました。まずこの階段を登り、住宅街の中の坂道や階段を登って、都道155号平山通りの堀之内第三トンネル前です。初めの標高85メートルから既に138メートルのここまでずっと住宅街です。このトンネルの上にある平山城址公園を目指して来ました。↑廃校利用の日野市施設と京王グランド前の分岐、右が都立平山城址公園方面、左が多摩テック多摩動物公園駅方面となっています。ここをしばらく右へ行って関係者以外は通行禁止かと思い、戻って左へ向かいました。↑結果的には東園の中央広場口に着きました。事前には地図を見てはきたのですが、現...

  • 滝山三城の一つである高月城跡とそれを見てきたクワの木

    八王子市の滝山城跡は、戦国時代の山城遺構が残る素晴らしいところでした。加住地域にある滝山城、高月城、根小屋城の三つの戦国時代の山城跡を総称して、「滝山三城」と呼ばれています。今回は高月城跡に行ってきました。滝山城跡からは北西へ徒歩30分ほどで、谷野街道の高月バス停から細い道に少し入ったところです。西と北と東には秋川が流れる加住北丘陵の先端になります。↑道を挟んで北側に閉鎖されたラブホテルらしき建物と稲荷神社があります。こちらは高月城の三ノ丸跡だといいます。↑南に向けて本丸への入り口があります。急ではない山道を進みますが、民有地のためか途中に二ノ丸跡もあったはずですが、判別つきませんでした。↑滝山城跡と違って訪れる人も少ないようで、倒木が道を塞いでいるところもありました。この倒木の先すぐに左への曲がり角となっていますが、帰り道では倒木があるためここで曲がり角に気付...

  • 埼玉県2位の自然沼だという柴山沼にもあるパイプライン

    前回見た蓮田市の山ノ神沼が荒川の昔の流れだったということでした。沼の北西への長細い形を地図上で延長した先、白岡市にも同様の向きの沼があります。柴山沼といい、北西から南東に長い形で、地名では南西岸は柴山、北東岸は荒井新田になります。中央付近に小高い築山があり、沼を見渡せます。↑南東方向を見るとかなりの大きさであることがわかります。↓公園となっているため、中央部には橋が架かっていますが車は入ってきません。北西にも長く広がります。埼玉県の自然沼としては2番めの広さで面積12.5ヘクタールあります。因みに、1番は川越市の伊佐沼です。8の字を描くようにグルっと歩いて一周してみました。↑上流側になる北西端から振り返り、中央の橋の方を見ています。沼には人の手がかなり加えられたようですが、ヨシ原はあえて復元います。↑ここの水は流入口があり、隼人堀川からの用水路を経由して入...

  • 平地の田んぼの中にあるのに山ノ神沼という埼玉県の沼

    埼玉県蓮田市の北東に、「山ノ神沼」という名のところがあります。山どころかアップダウンさえ無さそうなところに「山」ということが不思議なので、どういうことなのか行ってみました。元荒川の西側の水田地帯にあり、3、8ヘクタールで貯水量5万7千トンのため池です。埼玉県の水辺再生事業として再整備されたようで、駐車場や簡易トイレもありました。↑沼は北西から南東へと広がっており、南東端には水が流れ出すための土管があります。山ノ神沼は元荒川の一部が本流から切り離されてできたと考えられているようです。鎌倉時代の頃は荒川本流であったといいます。3つのゾーンで整備され、東岸はふれあいゾーンとして遊歩道があります。以前は暴れ川では流路が変化していったことはよく聞きますが、さすが山があるような地形ではありません。水路が流れて行く先は広い水田が広がっており、奥にある高架は東北新幹線です。いこ...

  • 裏口からの天覧山と多峯主山からの裏口からの帰り道

    飯能駅から天覧山と多峯主山へ行くとなると、能仁寺から天覧山、多峯主山、本郷、名栗川のドレミファ橋や吾妻峡を見て戻るのが王道ルートではないでしょうか。実際に私も10年前にそのルートで歩きました。国道299号のカインズやマミーマートのある方から、いわば表でなく裏口側から天覧山に行くルートで今回は行ってみました。↑右の道路が国道のある北から来た道で、登山道は左の道です。↑15分ほど歩くと分岐があり、天覧山へは左に60°くらいの角度で戻るように進みます。人は全然通ってはいませんでしたが、今来た道は宮沢湖方面からのルートになっていたようです。↑そこから10分もかからず、あっさり天覧山192メートルに到着しました。国道の中山(西)交差点、西武線ガードの辺りで125メートルだったことを思えば、確かに楽ではあるはずです。↑それでもやはり飯能駅近くの建物はよく見えます。愛宕山とか羅...

  • 鶴見川源流に行くつもりだったが奥州古道を歩いてたという結果

    鶴見川源流が町田市と多摩市辺にあるということなので見に行くことにしました。多摩よこやまの道の唐木田周辺、多摩尾根幹線道路の南側の一般道から、さらに南方に向かうところに案内板があります。↑しかし、古くてかなり汚れています。ざっと、落ち葉や花びらを取り除いても判読は難しい状態でした。奥州古道の案内板も並んでいましたが、そちらは関係ないかと撮影もしませんでした。案内板地図にあった「クヌギの木」に向けて南へ向かうようなので、大きな水たまりがあって歩きづらそうな細い道に入っていきました。↑右手は下方に農地のある谷戸らしい地形で、いかにもこの先に川の源泉があるかと期待されます。↑道は下り坂になっており、両側は林ですが至る所に不法投棄禁止の看板があります。多くて困っているのでしょう、実際に自動車のボディも放置されていました。↑地形としては右手は低くなっており、木々が鬱蒼として川...

  • 八王子城の山城の機能を考えさせる詰の城と北高尾富士見台

    本格的な山城といえる八王子城の本丸まで見てきました。この先は一般の人はあまり行かないという「詰の城」に向かいます。道は正しいのか不安になるくらい坂を下って、馬冷やしといわれる巨大堀切を横切り、登り坂で30分ほどで到着です。標高480メートルと、本丸と大して高低差がないことが信じられない程に登り下りで体力を消耗しました。あまり広くはない本丸跡を見た時にも山城とはこんなものなのかと思いましたが、ここはさらに狭いです。本丸が陥落した際に最後の拠点にするべく構築されるのが詰城です。「史跡八王子城天守閣跡」という石碑がありますが、もともと天守閣があった訳ではありません。林野庁によるものですが誤解を招きます。↑下のガイダンス施設近くあった立体模型で考えても、本丸はすぐ近くに小宮曲輪や松木曲輪もあり合戦もできるでしょうが、ここ詰城はこんな狭くては兵の数もごく少数になりますから本当に...

  • 本格的な山城が実感できる八王子城跡と市名の由来の神社

    以前から行ってみたいと思いながらも、せっかくなら一番奥までとハードルが上がっていた八王子城跡に遂に行きました。休日限定ですが高尾駅からバスも走っています。国指定史跡であり日本百名城にもなっている戦国時代の城です。八王子市による立派なガイダンス施設もあって、人は少ないながら観光地のようです。↑地図だけではわかりづらい全体像も、立体模型でイメージが掴めます。写真中央の標識がいっぱいある辺りが、ガイダンス施設や御主殿のあるところです。↑ここには川に曳き橋が復元されており、石畳や石垣は、発掘された当時のものをなるべく活用し、なるべく当時の形に忠実な復元したということです。関東では石垣はあまり無かったと思っていましたが、この位のものはあったようです。小田原北条氏の三代目氏康の三男、北条氏照が築城して、天正12年(1584)頃に移ったとされてます。天正18年には豊臣秀吉の関...

  • ルートを変えて柏木山に登り降りしてパワースポットの岩石

    数ヶ月前に行った飯能市の柏木山の山頂パノラマが良かったので、再び出かけました。龍崖山には登らず、茜台自然広場からスタートします。↑前は右側のジャンダルム尾根(北コース)を通りましたがルートを変え、左の百年ナラ尾根(南コース)です。左端に見えるように、こちらはいきなりの急登です。↑きついのは最初だけで20分ほど尾根道を歩き各コースの合流地点です。百年ナラという樹木がどこかにあるのかと思ってました。途中に道の真ん中に立っている木はありましたが、特に標識等はありませんでした。昭和元年に生えた木でも樹齢100年なのですから、全体的に100年程度経ったナラの木々があるということなのでしょうか。ここからは前回と同じコースを15分ほどで柏木山山頂に到着します。標高303メートルながら360度見渡せる展望は相変わらず素晴らしいものです。30〜40分で140メートルの駐車場から来...

  • 避雷針で守られる天然記念物にもなっている高勝寺のカヤノキと坂浜天満神社

    稲城市坂浜にある高勝寺に行きました。京都仁和寺の末寺であり、応安元年(1368)に創建されたと江戸時代の新編武蔵風土記稿にも記されています。周辺地域に19の末寺をもっていた歴史ある寺院でした。本堂裏側にあるカヤの木は東京都指定天然記念物で、高さ24メートル、幹回り6、5メートルあり、都内では九品仏のカヤに続く高さで雌株としては都内最大級であると東京都教育委員会の説明板にあります。寺院ホームページでは樹齢1000年と書かれていました。落雷のため主幹はなく数本に分かれていますが、現在は避雷針で保護されているということです。↑よく見ると、それぞれの枝の高いところにワイヤーのようなものが這わせてあります。文化財保護でも火災予防の意味でも避雷針は重要なことなのでしょう。また、地蔵堂には東京都指定文化財の聖観音菩薩像があり、もとは高勝寺の末寺で廃寺となった妙福寺に安置されていたも...

  • 吉見町ポンポン山の歴史ある高負彦根神社と想像以上の巨岩

    吉見町の北部荒川近くにポンポン山というのがあるようなので行ってきました。山といっても小高い丘です。↑一応案内標識もありトイレや駐車場もあります。名前がちょっとどうかとは思いますがインパクトはあります。↑ポンポン山公園となっており、階段を登った先には広場があり、その奥には「高負彦根神社(ポンポン山)」との看板があります。平安時代の延長5年(927)に作成された延喜式神名帳に記載されている神社です。いくつもの候補がある式内社を多くみて来ましたが、こちらはライバルなしです。しかも、朝廷から幣帛を受ける官社となったのは早く、宝亀3年(772)の太政官符に天平勝宝7年(755)の官符が引かれており、武蔵国の班幣対象社四社の内に「横見郡高負比古乃社」とあります。平安時代どころか奈良時代で、しかも社伝なだけでなく公式なものです。↑吉見町による説明板があり、社殿の後方の巨岩に近い...

  • 越生氏の越生神社と高取城、大高取山から桂木観音、虚空蔵尊へ

    越生へは半年ほど前に町役場まで車で来て、大観山を経由して大高取山に登りました。今回はJR八高線で越生駅までやってきました。標高67メートルからのスタートです。↑越生神社裏手で舗装道から左への登山道へと入っていきます。右に行くと世界無名戦士之墓の方へと道路は続いているようです。前回そちらで駐車車両がいて、どこから来たのかと思いましたがこちらからの道路があったようです。↑思っていたよりは急な坂を15分ほどで、高取城跡とも書かれた神社石段があります。麓にあった越生神社奥の院があります。ここが標高170メートルの高取山でもあります。越生の地名の由来は、武蔵七党の児玉党の一族である越生氏が居住していたことによるといいます。高取山は、その頂上から関東平野が一望できるため、越生二郎家行が物見の砦を置いたとも、児玉四郎基行が館を築いたとも伝えられています。この奥宮は、元来は琴...

  • 朝霞市岡にある不動の瀧と別寺院のような趣きの不動堂

    前回の続きで、松光山東圓寺にある「不動の瀧」を見に行きます。竹林横の小道は男坂と女坂に分かれていますが、いずれを通っても下りきったところに不動の瀧がありました。↑中央の石段は男坂で、右の石段上には不動堂があります。その間に滝があります。↑わかりづらいですが水が上から流れています。寺院への山門横には「弘法大師御杖堀霊泉」と書いてありました。↑上のところに泉があるようです。前回見た境内の竹林が小高い丘となっていますが、確かに湧水がありそうな大きな山ではありません。↑松光山の不動堂がありますが、東圓寺本堂からは竹林などを隔てて少し離れていますし、別の寺院というような別世界です。↑水の流れていくすぐ先には池があり鯉がいました。また弁天堂もあります。その先の塀の向こうは道路で何やら近代的な建築物が見えます。↑閉鎖されているものの、こちらの道路側からも出入りできるよ...

  • 竹林のある丘に松光山八十ハヶ所がある朝霞の東圓寺

    朝霞市岡にある東圓寺に行ってきました。右の看板に不動の瀧があると書かれています。案内図を見ると、松光山東円寺としてかなり広い境内となっているようです。山門を入るとすぐ左に一夜塚供養塔がありました。近くの朝霞第二小学校増築の際に取り壊しすることとなった一夜塚にあった発掘品を、埋葬し供養するためにここに建てられました。約1500年前の古墳だといい、小学校には一夜塚古墳址の石碑があります。東円寺の創建年代は不詳ですが、かつては現在より東に薬師堂があったそうです。平安時代の寛弘年間(1004〜12)永慶により中興され、江戸時代の初めの慶長18年(1613)から現地にあるといいます。↑本堂左にある板石塔婆は、朝霞市指定文化財のようで鍵付き鉄格子の中で保管されています。本堂の右には不動門があり、その奥には竹林が広がっています。風のある日だったので、竹と竹がぶつかり合うカ...

  • 高尾駅から敢えて高尾山ではなく初沢山、草戸山方面へ向かう

    登山者数ランキング世界一とも言われる高尾山へ行く人がほとんどという中、あえて高尾駅南口からすぐ近くの初沢山そして草戸山に行ってみました。↑高尾天神社への石段から上がっていきます。天神社といえば御祭神は菅原道真ですが、ここには日本最大級の菅原道真公像がありました。神社境内というより、みころも公園(霊園)の敷地内ですが、台座を含めた高さ14.5メートルあります。大正天皇多摩陵が高尾近くに定められた記念事業として、昭和12年(1937)に完成したものだそうです。高尾天神社裏から登山口があり初沢山へ向かいます。↑10分ちょっとで標高294メートルの初沢山頂です。高尾駅前は173メートルほどでした。ここは初沢城址でもあり、中世の山城で遺構が一部あるといいますが説明板などはなく分かりません。↑ここから一旦下っていくと結構広い高尾紅葉台住宅があり、南西へ抜けると紅葉台西公園に再...

  • 月の岬といわれ華頂宮邸があり4000年前の遺跡もある三田台

    前回見て来た亀塚公園は海側からは20メートルほど高い位置なので、東側には長い階段があります。江戸時代までは下った先の東海道際が海だった訳ですから、眺望が開けていました。かつては観月の名所として知られ「月の岬」といわれていたところです。亀塚公園の西側の塀は公園らしからぬもので違和感があります。港区立公園なのですが国有地を借りていると表示されてもいます。ここは華頂宮邸があったところなのでそうです。華頂宮家とは、明治維新期に四つあった皇室宮家の一つである伏見宮家の伏見宮邦家親王第十二王子、華頂宮博経親王により創設されたものです。↑東へ下りた先には旧東海道、今は国道15号沿いに御田八幡神社があります。高輪崖線斜面に向けての石段があります。平安時代に指定された延喜式式内社のうち武蔵国荏原郡では二社が載っています。式内社は平安時代の延長5年(927)にまとめられた延喜式神名...

  • 高輪崖線ともいえる高低差にある古墳時代、平安時代、江戸時代の遺跡

    高輪ゲートシティ開発の際、明治時代の鉄道敷設のための高輪築堤が見つかって大きく報道されました。当時は海だったところに線路を敷いたということで、あそこは陸地ではなかったのです。↑国道15号にある高輪大木戸が江戸時代の東海道では海岸沿いだったということですから、この国道沿いの住友不動産東京三田ガーデンタワーとサウスタワー間の公共空地も100年前は海沿いだったはずです。この奥の丘上には、都指定旧跡の元和キリシタン遺跡があります。また、智福寺跡とも石柱には記されています。400年前の江戸三代将軍・徳川家光の時、元和9年(1623)に50人のキリシタンを処刑したところで、跡地は後に海見山智福寺となっていました。その智福寺は、高い崖下という立地のために明治時代、大正時代の崖崩れもあったことから、昭和41年(1966)練馬区上石神井に移転しています。↑三田台とは高輪崖線ともいえる20...

  • 飯能三山の一つであり景色のいい柏木山に登る

    飯能市には数多くの山がありますが、比較的飯能駅に近い三つの山が飯能三山と呼ばれています。いずれもさほど高くはない山ですが、その一つの柏木山に行ってきました。↑名栗川の吾妻峡に近い茜台自然広場から登っていきます。実はこの日は龍崖山に登ってきた後でした。名倉川を挟んで反対側にある柏木山と多峯主山のどちらに行くか悩んでの選択です。柏木山に向かうために3つのルートがあるのですが、少し遠回りながら眺望の良さそうな北寄りのルートで行きます。↑急坂を少し登り始めてすぐに5分ほどで茜台展望台です。↓さらに10分位でジャンダルム、標高230メートルです。スイスアルプス山脈の垂直な絶壁があり、フランス語では国家憲兵の意味だそうで、尾根にある通行の邪魔をする岩のことをいいます。日本では奥穂高岳の前衛峰がジャンダルムとして有名です。そこから考えても、なぜここがジャンダルムなのかはちょっと...

  • 4年が経過した柳瀬川の水谷調節池工事の進捗を見に行く

    志木市役所前で新河岸川と合流する直前の柳瀬川で洪水対策が行われています。今からちょうど4年前に、それを見に行きました。柳瀬川が増水した際、川の水を一時的に貯留するためで、水谷東小学校に隣接するエリアに調節池の建設が進んでいます。↑スーパービバホーム、いなげや前を通る道の高橋から柳瀬川上流を見ています。左岸、写真では右側に水谷調節池が造られています。↑令和2年から工事が行われて、そのため左岸は川沿いの道は通行止めになっています。奥が柳瀬川です。↑工事看板の完成予想図の左端の位置です。対岸の右岸側から様子を見てみました。↑調節池に貯められた水の排出樋管らしき構造物があります。さらに上流に進むと、川が増水した際の流入口である越流堤ができています。水谷調節池越流堤築造工は令和6年10月には完成したようで、函渠工としては内空幅12.5メートル、高さ5.1メートルありま...

  • 予想を超える遺構の残る滝山城跡を改めて回ってみる

    2ヶ月ほど前に、多摩川河川敷の北側から行った八王子市の滝山城跡は時間がなくて、じっくり見ることが出来なかったので再訪しました。今回は滝山街道沿いにある南側の大手口から入っていきます。戦国時代の永禄10年(1567)までに小田原北条氏・四代氏政の弟の氏照が築城した山城です。私のような見物人が通り、民家の方には申し訳なく思っていましたが、先方から今日は寒いですねと気さくに声をかけてもらえました。↑城を攻める敵兵は、山城らしい斜面の天野坂という堀底道を登っていくことになります。少し視界が開けますが、ここは左の小宮曲輪、右上の三の丸両方にあった桝形虎口からの城兵が守っています。さらに進んで行けたとしても、三の丸裏側の空堀にある土橋はコの字形になっています。真っ直ぐ行けず4回も向きを変えるわけですから、側面攻撃が出来るように考えられた城郭遺構だということです。千畳敷といわれる...

  • 高尾山の稲荷山と洞窟にある弁財天や奥の院にも行ってみる

    1年ぶりに高尾山に行きます。昨年末は6号路から登りましたが、今回は稲荷山コースです。↑標高191メートルの高尾山口駅からスタートして、すぐのケーブルカー清滝駅前から早くもいきなりの階段です。高尾山登山道の中でも最もキツイコースだということです。↑5分ほどで旭稲荷があります。高尾山なのに稲荷山コースという名が付いていますが、この旭稲荷が稲荷山という由来だそうです。 (↑高尾山ビジターセンターホームページより)さらに30分ほどで稲荷山山頂で標高は408メートルになりますから、既に半分は登ってきたことになります。ここにはベンチがあり数多くの人が休憩していました。↑眺望もよく、都市のビル街が見渡せます。さらに30分ちょっと歩くと高尾山山頂です。1号路やケーブルカーで来た人もいるので、なんでこんなに人がいるのと思うほどの混雑です。とはいうものの、私もそんな一人です。...

  • 1400年前の浅羽野古墳にある土屋神社の1000年前の大スギと浅羽ビオトープ

    東武東上線坂戸駅から徒歩20分ほどの住宅街に土屋神社はあります。ここには古墳があり大スギがあり万葉歌碑もあるというので来ました。一ノ鳥居から短いながら杉並木となっており、ニノ鳥居の奥に社殿がありました。その後ろに大杉はあるようです。今から1400年前の、古墳時代終わり頃である7世紀後半に造られた円墳の上に、土屋神社の社殿があるということです。7世紀後半はもう古墳はないイメージでしたが、ここでは築造されていたようです。↑本殿は拝殿よりも一段高いところにあります。本殿の下に横穴式石室があったことから土屋と名付けられたようです。古墳は浅羽野1号墳と名付けられています。その後ろに神木スギが立っています。樹齢が千年を超えると言われています。1000年前というと平安時代の「光る君へ」の頃です。神木スギは、高さ18メートル、幹まわり8、5メートル、根回り11、3メートルあ...

  • 阿須丘陵七国コースのうち通っていなかった上州道に行ってみる

    飯能市と入間市の境界にある阿須丘陵にはハイキングコースがあり、一部分行ったことがあります。(↓飯能市HPより)春には、東青梅駅から霞丘陵を経由して、コース図左端の12七国広場から入り、11、10、13と通り、そこからは北へ飯能駅に向かいました。夏には、阿須自治会館側からスタートして、1〜4都県境、8まで行った後、北へ14、15、16とショートカットしました。今回は旧上州道を通りたいので、ゴールの16から出発します。フェンスのある登り坂は左が西川古流誕生之地碑、右がコース入り口で、ここの標高は102メートル程度です。まず急な登り坂があるため、すぐに139.8メートルの三角点です。スギかヒノキに囲まれた山道を進んでいくと急に明るい空間になります。↑東京電力の高架鉄塔があります。さらに木々の中の山道を進んでいくと、小高い丘には芝山167メートルとの表示がありました。...

  • 馬引沢峠、二ツ塚峠と先進的で埋立処分していない二ツ塚処分場

    赤ぼっこでゆっくり標高409メートルからの景色を堪能した後は、再び長淵山ハイキングコースで帰路につきます。東西方向の尾根道を青梅駅方面へと東へ向かいます。↑少し進むと分岐点で、これまでずっと無かった南方向の日の出町へ行く道があります。また、ここから南東側の敷地に面してはフェンスが続きます。↑さらに10分ほど歩いたところの分岐点には、過去に行けたであろう南への標識先はフェンスで塞がれています。ここは東京たま広域資源循環組合の最終処分場があります。多摩地区25市1町のごみ処理施設ですから私もお世話になっています。↑すぐ先には標高329メートルの馬引沢峠があります。鎌倉殿の13人の一人である畠山重忠がこの名の由来となっているといいます。深谷市教育委員会による畠山重忠辞典によれば、重忠が馬を下りて徒歩で峠を越えたことから馬引沢峠の名が付けられました。↑さらに400メート...

  • 要害山、天狗岩、赤ぼっこ、まっくろくろすけへのハイキングコース

    青梅市観光協会のパンフレットにある長淵山ハイキングコースを歩いてみました。長淵山とは聞いたことはありませんでしたが、青梅駅から多摩川の南側近くにある山です。↑宮ノ平駅を出発して和田橋で多摩川を渡りますが、標高は30メートルほど下って187メートルです。下流側に見えているのが目指す地点の一つ、赤ぼっこ辺りでしょうか。↑橋から少し舗装道を通った後、いよいよ山道を登っていくと尾根道に出ます。和田橋から30分ほど、1.8キロの距離になります。ルート上にはこのような標識板は数多く設置されており、迷うことがありません。↑10分ほど歩くと要害山山頂です。上に小さく書かれており、標高414メートルですが、残念ながら全く眺望はありません。↑さらに15分ほど暗い林の中歩くと、右側が明るくなります。木々が伐採されて南西方面を見渡すことができます。ちょっとひと休憩したかったのですがい...

  • 都立七生公園と多摩動物公園の不思議な上下関係

    京王線の南側の車窓に見える、丘陵地に住宅街と森林とが混在する景色は何となく好きです。多摩丘陵の一部何でしょうが、南平駅近くには南平丘陵公園があります。といっても3年前にも来たことがあり、思った以上に急坂があったという記憶があります。公園内の展望台からは右端に立川駅前のタワーマンションやその左奥には西武ドームなどが見渡せます。入り口付近が標高83メートルで、階段先の多摩丘陵かたらいの路との突き当たり地点で165メートルです。ぷち登山をこの1年ほどするようになったためか、以前ほどはきつくありませんでした。ここからは右つまり西の方へ多摩動物公園沿いを進みます。公園階段の途中から動物の鳴き声が聞こえて、クマ騒ぎもあるため不安になりますがここでは当たり前のことと安心します。↑左側はずっとフェンスで、大きな構造物もあり、どうやらワシが飛び回れる大きなトリカゴのようです。↑右で...

  • 8年ぶりに入間航空祭2025を2キロ離れて見てみるとどうか

    11月3日といえば入間航空祭の開催日です。何回か出かけましたが、20万人以上の大変な観客数で、昨年も25万人だったそうです。人混み嫌いな私としては近年行っていなかったのですが、久々にブルーインパルスは見たくなり離れたところで見てみることとしました。入間基地からは2キロほど北に離れた広いところです。以前は午後だったブルーインパルスの展示飛行ですが、今年は午前中に飛行するということです。北風が強く吹き、晴れの特異日とはいうものの雲が出たり消えたりと目まぐるしく天気の変わる中、予定通り11時5分にテイクオフして大空を飛び回ります。基地にいると少しうるさく感じるアナウンスですが、全く聞こえず説明がないのも寂しいものです。↑iPhoneSE3のカメラのためか腕のせいなのか、あまり感動の伝わらない写真ですが、アップにしてみればブルーインパルス6機の飛行らしさは見えます。次にどこ...

  • 多摩川沿いからも行ける城郭遺構が多くある滝山城跡

    多摩川南岸にある八王子市滝ガ原運動場から丘を登っていく道があります。八王子市高月町ですが、ここには滝山城跡があるところです。南の国道411号側には駐車場もあり入り口は知っていましたが、北側から入れるとは思っていませんでした。滝山城は東西に伸びる加住丘陵に築かれ、北は多摩川の急峻な断崖、南は谷戸が入り組んだ複雑な地形にあります。多摩川から見ると70メートルもの高低差がありますが、現在は大堀切だったところも通路とされています。試掘では大堀切はもっと深かったことが確認されています。滝山城は、戦国時代の永禄10年(1567)までに小田原北条氏・四代氏政の弟の氏照が築城したと考えられています。↑中の丸と本丸の間には新しい木橋が架けられていますが、当時はもう少し下にあったといいます。戦の時には外すとことのできる引き橋でした。上にある中の丸に行ってみました。建物がありますが滝...

  • 大滝白滝不動滝の三滝と白雉創建という高山不動尊の大イチョウ

    西武秩父線西吾野駅から、ぷち登山です。西吾野駅の乗降客数は西武鉄道92駅中91番目ということで、土曜日午前中でしたが数人しかいませんでした。想像以上に何もない駅前から少し下り、標高228メートル辺りから川沿いに高山不動尊方面を目指します。3本のコースがあるのですが、高山三滝とか不動三滝といわれている3つの滝めぐりをするルートを進みます。↑しばらく舗装道を歩くのですが、武甲鉱業ベルトコンベヤを見ることができます。武甲鉱業から高麗川駅近くの太平洋セメント埼玉工場までの23、4キロもの距離、石灰石を運ぶもので、うち97パーセントは地下トンネルのため見られるチャンスは滅多にありません。↑駅から2、7キロ歩くと山道への分岐で、大滝まで0、5キロ、高山不動まで1、8キロと書かれています。思った以上に今日は楽勝ムードです。↑高山不動へのルートからは少し脇道に外れ、ちょっと歩きづら...

  • 草戸山から城山湖に向かえず榎窪山は全く眺望なし

    秋で雨も多くなってきたので境川源泉の様子も見たいと思い、ネイチャーファクトリー町田の奥の方に行きました。5月にも来た、町田市と相模原市の都県境となる草戸山のところです。↑左が境川上流部の砂防ダムで、右のジグザグの登り坂で奥へと向かいます。行ってみると、境川源泉は前回よりもむしろ涸れている感じです。急な山の斜面ではあるものの水滴は見られませんでした。ここまで来たので、さらに登って草戸山山頂にまずは行ってみます。↑急坂を登り終えると緩やかな稜線となります。364メートルの草戸山山頂には多くの人々がいました。前回はここから北へ草戸峠の方に行きましたが、今回は南の城山湖の方を目指そうと思います。まずは時計回りに行って、東屋のある休憩所から城山湖を見下ろせるようなので向かいました。↑ほんの200メートルほどで分岐なのですが、はなさき休憩所のある右の道は倒木のため閉鎖され...

  • 東松山の市民の森の山道になぜか並走する舗装道と見晴らし台

    岩殿観音の石段や岩壁は、昨夏にも来たインパクトのある一見の価値のあるところでした。その北西側は林になっていますが、暑さと虫の多さのため立ち入りませんでした。東松山市の「市民の森」とされており、31.9ヘクタールの広さがあります。↑物見山公園から林の中への山道のような入り口があります。入ってみると空気感が一変する雑木林の中です。↑左にある道を歩いていると、ヘビ注意という看板は気になるところですが、さらに左端の一般道らしきものも気になります。この先も付かず離れずという感じで並行していきますが、車は通ってきませんでした。↑結局隣りの道と接して、東屋やトイレのあるところに出ます。トイレはバイオトイレだということで、物を落とした人は通報してほしい旨書かれていました。入り口にあった案内図を改めて見ても、ここまでの山道と隣りの道との関係は書かれていません。ただし、舗装路ではあ...

  • 寺家ふるさと村の谷戸田と都史跡の家型横穴墓群や切り通し

    横浜市青葉区寺家に「寺家ふるさと村」というところがあります。地名だけ聞くとどこかわからない人もいると思いますが、町田市三輪との境界近くです。雑木林の丘に挟まれた「谷戸田」と呼ばれる細長く伸びた水田のあるところです。「昔ながらの横浜の田園風景」が色濃く残っていると横浜市HPでは書かれています。↑谷戸の右側(北側)は町田市なのですが、ここに横穴墓群へと登っていくルートがあるので、まずは立ち寄ってきました。こちらの丘の高さは30メートルほどです。下三輪玉田谷戸横穴墓群という東京都指定史跡があります。4基の横穴墓があり6世紀末から7世紀のものといいます。都内で唯一の家形彫刻を持つ横穴墓で、内部に柱や梁などのレリーフが表現されています。天井部分に屋根構造を浮き彫りで表現とは見てみたいですが見えません。↑西へ下り細い道を南に進むと、山谷の切り通しがあります。町田市の観光エ...

  • 金比羅山の立派な天狗岩と金比羅公園と山との行先標識板での混乱

    JR五日市線の終点五日市駅から気軽に歩いて行ける金比羅山に登ります。あきる野市五日市出張所という合併前の町役場だった建物前などを歩きます。↑登山道入り口まで20分程です。旧五日市町の中心市街地を通りながら、秋川市との合併から30年も経つと書かれていて時の流れの早さに驚かされました。↑山として軽く見ていたため、想像以上の林の中の坂を登り、400メートルを少し越えた辺りで展望が開けます。先程いた学校などのある五日市市街が眼下に見られます。五日市駅で標高は180メートルほどでした。西秋川衛生組合のごみ処理工場も目立ちます。↑ここの分岐点に東京都設置の行き先標識板があり混乱したですが、事前のネット情報によると金比羅山は表示の左ではなく、右に行った方がいいというのです。実際に右に行ってみました。↑少し遠回りしながら、とりあえず、金比羅公園として東屋やトイレの整備されている...

  • ハイキングのまち越生の100メートル毎に登っていく大高取山

    越生町はハイキングのまち宣言をしているということで町役場前には大きな看板もあります。公民館と共用のこの駐車場も、越生駅から遠くないのですが無料で停めることができます。ここは標高77メートルほどです。↑西にある大高取山を目指しますが、まずは右上に見える白い建物に向かって登ります。さくらの山公園の彼岸花(曼珠沙華)咲く中を進み、次に階段を上ると「世界無名戦士之墓」があります。昭和30年(1955)に建てられたもので、有形文化財として国に登録されています。第二次世界大戦で亡くなった将兵を敵味方の区別なく追悼する戦没者慰霊塔です。↑標高176メートルの大観山山頂に立地しており、上からは東向きに景色が見られます。主に公園でしたが100メートルほど登ってきたことになります。↑ここから登山道という雰囲気になりますが、周辺の山々でよく見かける岩石がここにもあります。どうやらチャ...

  • 戦車道や鮎道、枯れ木立もある妙な名前の小山内裏公園

    八王子市と町田市の境に跨って、都立小山内裏公園があります。京王相模原線の多摩境駅の辺りで、多摩ニュータウン通りではトンネルの上です。(↑東京都公園協会の案内マップより)北側の大田切側入口から入って下っていくと池があります。大田切池といい、大田川源流の大田川が切れるところという意味です。↑枯れた杉木立ちが印象的ですが、もともと川岸にあったものが池ができてこうなったそうです。東京都とは思えない光景です。↑公園を半時計周りに進んでみますと、北から西に向け登り坂で行く鮎道です。津久井で獲れた鮎を江戸まで売りに行くのに使われていた「鮎のみち」ということで付いた名前です。↑案内図でもあるようにこの公園は至るところにサンクチュアリがあります。自然保護区ということで動植物の保護保全のため立ち入り禁止です。↑公園の西端では眺望が開けますが、鑓水小山緑地の方から広い道が繋がって...

  • 南向きから江戸の護りのため東向きになった武蔵御嶽神社と2本の巨木

    ぷち登山を涼しくするのを目的に、御岳山にあるロックガーデンや滝めぐりを前回お伝えしてきました。武蔵御嶽神社にも当然行っています。標高831メートルのケーブルカー御岳山駅から想像していたよりは急な坂道で参道を登っていくと、大木が目に入ります。 「御岳の神代ケヤキ」で国の天然記念物に指定されています。幹回り8.2メートル、高さ30メートルで樹齢は1000年とも言われていると言います。 日本武尊が東征の際の植えたという伝説があります。名前の神代はそこから来ているようですが、となると1900年前のことになってしまいます。そもそも1000年という樹齢も確認されたものではないようです。 ↑武蔵御嶽神社の石段ですが、330段ほどあるということです。創建は10代崇神天皇7年と伝えられ、文書に残る記録としては、天平8年(736)僧の行基が東国鎮護を祈願して金剛蔵王権現像を安置したとあ...

  • ネーミングが上手かったロックガーデンと七代の滝と綾広の滝めぐり

    気温35°C以上の猛暑日が続くなか、ぷち登山が気軽に出来そうなところを探しています。標高の高いところからのスタートということで、ケーブルカーのある御岳山に行くこととしました。実は意外と不便で、JR青梅線御嶽駅からはバスに10分乗り、ケーブル下バス停から少し歩いた上で、標高407メートルのケーブルカー滝本駅から出発します。↑一気に6分で標高831メートルの御岳山駅に到着、バスとケーブルカーは340円と900円といわゆる観光地価格です。ただし、予想通り気温は明らかに違って暑くはありません。↑929メートルの御岳山頂の武蔵御嶽神社に参拝した後、少し下った長尾平分岐がまず考えところです。青梅市によるマップによる、ロックガーデンや綾広の滝を巡る「御岳山ぐるりコース」ではあえて七代の滝はコースから外れています。マップ上、通る道には急坂注意、鉄ハシゴと書かれており、現地の案内表示板に...

  • 調整池式発電している大野ダムで13年ぶりの謎解き(後篇)

    上野原市の見た目も美しいアースダムの大野調整池は、パッと見には何に活用されるダムかわかりません。調べれば知るほどスケールに驚かされる水力発電施設です。↑築堤から見た調整池ですが、前回見た流出口が右側にありますが、ここへの水の流入口は正面奥のここからは見えていない辺りにあるようです。前回載せたマップでは右奥にありました。↑近くまで行ってみましたが、右の橋の下からトンネル水路で水が流れてきます。橋からは直接見れませんでしたが、この11号隧道も重要文化財に指定されています。↓近寄れないのでちょっと写真では伝わりづらいですが、水が流れてきているのは確認できます。13年前に猿橋を見に行った時に、猿橋から見える何だか不明だなと思っていた水路橋が、ここまで水を流す施設の一部だったのです。八ツ沢発電所施設は,桂川にほぼ平行して東西に14キロに渡り延びる水路式発電所施設で、明治43年(...

  • 調整池式発電している大野ダムで13年ぶりの謎解き

    地図を見ていて、こんなところにダムと貯水池があるとは知らなかったと思い見に行きました。中央自動車道の談合坂サービスエリア近くで、JR中央線では四方津駅の北西になります。大野ダムは大正3年(1914)の建設当時、アースダムとしては日本一の高さを誇るというもので、高度な土木技術力が伺えるそうです。100年以上も前のものですが、アーチダムで堤体の下側は美しい景色です。発電機2台による明治45年(1912)のハツ沢発電所を増備する役割となっており、このダムとさらに4台が加わり、35000kwと当時は東洋一の規模の発電量となりました。後に42000kwとなっています。↑Googleマップで大野貯水池とありましたが、現地案内板ではは大野調整池と書かれていました。調整池式発電とは、夜間は調整池に水を貯め、電力需要の多い昼間に発電するというものです。津久井湖と城山湖の間で水を行き来さ...

  • 奥溜から地名が変わった奥富にある歴史ある梅宮神社と富士塚

    入間川右岸の狭山市上奥富から入間川を渡る道は、狭山環状有料道路でした。今では、2021年7月に無料開放されています。その道の近くに梅宮神社があります。この地区は平安時代に、京都西院の勅旨田として開田されたそうです。西院とは淳和天皇の退位後の京都四条にあった御所です。嵯峨天皇の第二皇子で、武蔵守となった源朝臣信公が当地を開拓したということです。梅宮神社はその際、承和5年(838)に山城国葛野郡梅津郷(現在の京都市右京区)の梅宮大社から分霊され創建されました。現在の社殿は安政4年(1857)に再建されたものです。本殿を守る覆殿の後ろ側にも屋根が付けられています。御神木の覆殿というところでしょうか。拝殿入り口は大きく開かれており、中を見ることができます。桃園三傑図が飾られており、江戸時代後期の雲谷派の画家・雪山堤等琳により文政3年(1820)に描かれたものです。...

  • おいしさと安さを求めてチェーン店モーニングサービスめぐり

    朝からゆっくりとした、ちょっと贅沢な気分にもなるモーニングサービスによる朝食というのはうれしいものです。チェーン展開している店でも、安くておいしく楽しめるところがあります。概ね600円以下であることを目安にいくつか巡ってみました。まずは、日本でのコーヒーチェーン店の草分け的存在であるドトール コーヒーです。モーニングセットAのハムタマゴサラダ、480円で、アイスコーヒーはSサイズです。ハムとタマゴサラダ、トマト、レタスをトーストした食パンで挟んでいます。定番の朝食という感じです。同じグループながら、ちょっと高いイメージのエクセルシオール カフェです。ジャンボハムレタスサンド、550円で、アイスコーヒーはRサイズです。ジャンボとはいいますが、パンの大きさはドトール と変わらないように思われます。ハムがジャンボということでしょうか。続いて、PRONTO プロント、昼の...

  • 木陰を狙ってあきる野市の舟子尾根に行ったが花粉の少ない森づくりの伐採地に遭遇

    最高気温は34°C予想の日、あまり電車バスで遠くなく、木陰で暑くないプチ登山をしたい。そんな思いで、「東京の里山100選」という本などでいいところはなさそうか探してみました。武蔵五日市駅からバスで6分の沢戸橋バス停から刈寄林道と坂沢林道を少しだけ通ります。↑まずは、逆川沿いの気持ちいい道です。ここから舟子尾根を南に登るのですが、その入り口がわかりづらい。すこし通り過ぎてしまったのですが引き返してきました。有名な登山コースでなく、そもそも図書館にあった十数年前の本の情報を頼りにしてのことだから仕方ありません。クモさんには申し訳ないですが、いくつもの蜘蛛の巣を突破して予想以上の登り坂を進みます。↑1時間のうち急坂になってからは30分ほどで、祠のある標高371メートルの初蘭山です。スタートは190メートルくらいのところから登ってきましたが、もともと木々の中の道を選んできま...

  • 計画は壮大だが入口はわかりづらい大戸緑地

    東西にに長い町田市の北東端や西端などに、たびたび行ってきましたが、今回も西端近くに行きました。都立大戸緑地というところがあるのですが、すぐ近くまで行ったはずなのに全く気付きませんでした。↑ネイチャーファクトリー東京町田のバス停から住宅街の狭い道を少し行った奥に入り口があります。一応駐車場もあるのですが、対向車があればすれ違えないような道を通らなければ行けません。入り口からの急坂を登るとすぐに「大戸のおか」がありますが、また坂を下ると公園らしい広場に出ます。↑奥の方から来たのですが、右の森が大戸のおかになります。温度計がありますが、15時半で31度ということだからか休日ですが誰もいませんでした。(↑都立大戸緑地パンフレットより)大戸緑地の既に開園しているところは一部であって、緑地として都市計画決定されている区域は、草戸峠のあたりまでの境川源流を含む非常に広い範囲となって...

  • 百尋ノ滝の読み方は千尋の滝とは違うようだが美しさは同じかもしれない

    奥多摩に「百尋ノ滝」があると聞いて、行ってみたいと思いながら、当然に「ヒャクジン」と読んでいました。獅子は千尋の滝から我が子を落とすという時、「センジン」だから当然そう読むとしか考えもしませんでした。↑奥多摩駅からバスで13分、川乗橋バス停の目の前がその百尋ノ滝への入り口です。川苔山登山口でもあり、林道川乗線に入るゲートが設置されています。道は川苔谷に沿った木々の中で、標高412メートルでもあり、この日も暑い日ではあるものの然程感じられませんでした。↑ゲート付近を振り返ってみたものですが、渓流からは少し高いところを林道は通っているものの水音が聞こえて気持ちよく歩けます。↑しばらく進んで竜王橋で川苔谷を渡るところは久しぶりの日なたで、やはり暑さを感じます。周囲の岩壁も見事で、砂岩泥岩互層のようです。↑林道を登ってくると細倉橋のところで標高は660メートルほどになり、こ...

  • 博物館らしくはない里山さいたま緑と森の博物館

    狭山湖沿いで所沢市から入間市への境界の間近のところに糀谷八幡神社があり、その前にある駐車場にはトトロがいます。この神社には6年前に所沢最高地点に行った際に来たことがありました。↑奥の森林は里山となっており、その先に狭山湖があります。前には意識していませんでしたが、さいたま緑と森の博物館となっています。通称「みどり森」だそうですが、狭山丘陵に残る武蔵野の里山環境を展示としたフィールドミュージアムです。HPの説明では「他の博物館と大きく異なる点として、大きな建物や展示室はなく屋外の里山の自然そのものが展示物となっています」とありました。↑一旦登って狭山湖外周道路から降りたところにある大谷戸湿地の水鳥の池に行きました。草に覆われて湿地かもわからない、ちょっと想像とは違うものでした。奥にある足場が組まれた建物が案内所ですが工事中で閉鎖されていました。↑ナラ枯れの被害はよく...

  • 真光寺緑地から眺めを見ながら広袴神明特別緑地保全地区へ

    町田市は東西に非常に長く、22.3キロもあるといいます。その北東端にある真光寺公園から東に向けての尾根道を少し歩いたことはありました。↑公園内の高台から裏側の尾根道に入ると、雑草だらけの踏分け道です。南に向けての尾根道を今回は行ってみました。東と南への分岐があり南に向けて、都県境が、町田市は真光寺緑地、川崎市麻生区は栗木緑地として整備されて、雑草もない歩きやすい尾根道となっています。↑引き続く、鶴川台尾根緑地を進み、桐光学園横では町田市側で展望が開け、遠くが見渡せます。横に長く1960年代に開発された鶴川団地が広がっています。川崎市側は栗木山王山特別緑地保全地区となっています。↑少し行くと尾根を横断するように道路があり、東の川崎市側が見渡せるところがありました。マンションや学校ではない、壁面の特徴的な大きな建物見えているのが何かわかりません。戻って、Googleマ...

  • 行きルートほど注目されないが帰りルートの岩にも魅力ある石老山

    相模湖近くにある石老山は巨大な奇岩怪岩で有名な山です。標高205メートルの石老山登山口のバス停から702メートルの山頂まで、様々な岩を見ながら登って行けます。ゆっくりペースで2時間弱で石老山山頂です。↑相模原市による標高702.8メートルの石老山山頂という標識柱、神奈川県による東海自然歩道の説明板にも同じ数値ですしかし、「藤野町15名山」としての石老山は標高694.3メートルもありました。どういうことだろうと不思議でしたが、下山に向けて少し進むと答えらしきものがありました。↑三角点があり、石老山三角点694、3メートルと書かれた木板が置かれてというよりは落ちていました。石老山は藤野町と相模湖村の境界にありましたが、どちらも相模原市に吸収合併されています。藤野町にとっての頂上はこの高さだったのかもしれません。↑相模湖観光協会のハイキングコースで、行きがほぼ登り坂だった...

  • 唐沢川堰堤と旧上州道経由での入間川への合流付近まで

    飯能市の阿須丘陵を流れる唐沢川上流部に行った話しの続きです。橋などが必要がない小川でありながら、雨の翌日には渡るのに一苦労なのですから、台風やゲリラ豪雨の時は大変でしょう。里山を流れる川ですから土石流が下流にいってしまうのを防ぐ堰堤(砂防ダム)があります。↑上流側から見ると、やはり濁った多くの水が貯まっています。堰堤の下流側に行こうとすると、また通路を横切る水が行手を塞ぎます。左から右側にあるダム池に向けて水が流れていきます。ここは道幅が広いですが、下流から唐沢川沿いに車でここまで来られるように道がなっているようです。下流に向けては勢いよく、滝のような音を立てて水が流れています。さて、阿須丘陵七国コースはこの先8番から南西に坂を登り七国広場を目指すこととなっています。雨がポツポツ降ってきたことと出発が遅かったためもあって薄暗くなっていることから、自分に甘くショートカ...

  • 阿須丘陵での予想外の難関の小川といえない唐沢川上流部

    先日行った青梅市からの霞丘陵、入間市の加治丘陵との間は阿須丘陵と呼ばれています。一ヶ月ほど前に通った七国山の東側にもハイキングコースがあるので行ってきました。↑入口は阿須交差点近くで、工事のため令和5年から9年までの4年間もの通行止めとなっている埼玉県道195号富岡入間線とJR八高線の阿須ガードの西側です。(↓飯能市HPの阿須丘陵七国コースマップより)以前は東青梅駅から、マップ左下端の七国広場を通り、真っ直ぐ上に向かい飯能駅へ向かいました。今回は中央辺りにある唐沢川の堰堤を見に行きたいと思います。↑住宅横を流れる唐沢川沿いから左へ丘陵の山道へと入っていきます。コースの番号1から順番の案内表示があるので、まずは坂道を登り100メートルほど高い、4番の「都県境(3郡坂)」を目指します。ずっと木々の間で景色も見えないので30分少しの道が長く感じられますが、やがて視界が広が...

  • 海ほたるからの東京港の見え方とテトラポッドと消波ブロック

    東京湾アクアラインは平成9年(1997)に開通してもしばらくは、料金が普通車で4000円と高過ぎて乗ることはありませんでした。それが平成21年(2009)に800円になってからは通ったことはありましたが、海ほたるパーキングエリアには行ったことはありませんでした。遅ればせながら、初めて行ってきました。海ほたるは、言わずと知れた海上のパーキングエリアですが、長さ650メートル、幅100メートルも人工島です。↑ちょうど中間辺りなのかと思っていましたが、見ればかなり房総半島の方に近く、木更津からの橋梁は4、4キロメートルの長さです。海ほたるの住所は木更津市中島地先になるとのことです。↑川崎からのトンネルは9、5キロメートルほどあり、川崎や東京港方面を見るとだいぶ遠くにあるのがわかります。トンネルの中央に位置する風の塔でさえ、だいぶ距離があります。また、東京方面の見え方が感覚とは...

  • 地下トンネルからたまに出てくる武蔵野南線での多摩丘陵の複雑な地形

    東京近郊をぐるっと回るJR武蔵野線ですが、乗客は府中本町駅から南の川崎方面には南武線に乗り換えます。貨物列車はトンネルばかりの別ルートで、新川崎駅近くまで地下を走っています。たまに地上に線路が見えるところもあるので、どんな地形かも含めて見てみました。↑稲城市向陽台で多摩尾根幹線道路が通っているところです。(↓国土地理院地図より)その路線は、府中市から多摩川を渡って川沿いに南東へと向かう南武線とは離れて、多摩丘陵へと1.6キロほどの第二稲城トンネルに入り次に外に出たところです。トンネルは城山公園や米軍多摩サービス補助施設の境界辺りの下を通っています。↑その真上の城山公園から北へ多摩川の是政橋を見渡して見ました。標高135メートルあり、多摩川からここに向けては一気に高くなります。それが谷戸があったところで低くなり、道路には竪谷戸大橋が架かっていて、その下に武蔵野南線ま...

  • 都県境を流れる境川のわかりやすい源流と都県境の草戸山頂からの眺め

    草戸山という山は残念ながら知らなかったのですが、境川といえば東京都と神奈川県境を流れる河川として知っていました。町田市にその源流があるとは聞いていましたので、久しぶりに川の源流を見たいと思いました。大地沢青少年センターの奥にあったかと記憶していましたが、町田市による指定管理制度の導入により「Nature Factory 東京町田」という名になっていました。既に狭い境川沿いに屋外炊事場やテントサイトを通り過ぎ進むと、境川源流入口があり「境川源流域」であることの案内板があります。まだ、大地沢青少年センター名です。この沢から流れ出す水が源流水とあります。ここから先は急な斜面を登ることとなります。書かれているように境川は片瀬西浜までの52キロの二級河川です。あの江の島の近くで見る川が境川の河口なのです。もう9年も前に見に来た本沢ダムが境川水系のダムという位置付けでありなが...

  • 東青梅駅から霞丘陵、七国峠、ついには歩いて飯能駅まで

    青梅市によるパンフレットもある霞丘陵ハイキングコースに行ってみました。ゆっくり花を見ながら散歩にもいい季節になりますが、今回は歩く距離も伸ばしたいものです。(↑青梅市による霞丘陵ハイキングコース案内マップより)河辺駅からバスに乗らず、東青梅駅から徒歩で、吹上しょうぶ園に立ち寄らずにまず塩船観音寺まで歩きました。途中では歩いている人は全然いませんでしたが、つつじの咲き誇る季節であるためか、寺に着くと車で来た数多くの人々がいました。↑この山門(仁王門)は国指定重要文化財となっています。山門は通れますが阿弥陀堂から奥には、つつじまつりの期間中は入場料300円が必要となります。つつじは、都市計画道路の植樹帯や山手線横法面の植栽で十分見ていますから、山門右側から霞丘陵自然公園へと入っていきます。↑まずは谷戸の奥へと進み、尾根上へと登っていきます。少しで尾根道に着き、東屋やベン...

  • ひので野鳥の森自然公園からの眺望とここにもある平成新道

    かつては、ロンヤス会談が行われて日米首脳外交の場として日の出町は有名でした。40年以上も前のことで、その「日の出山荘」を見に来た時からでさえ既に5年も経っています。今では、イオンモール日の出や圏央道日の出インターのイメージくらいでしょうか。草花丘陵の日の出町東部には「ひので野鳥の森自然公園」があります。97ヘクタールの里山です。位置的にはイオンモールの北側になり、平井川の北です。車だとすれ違えないような道を少し行くと、数台分は駐車場スペースもあります。管理棟もあり人もいました。↑入り口から北に向かうとすぐに谷戸沿いの道と尾根を登っていく道に分岐します。もちろん尾根道を進むと、南に向けての眺望スポットがあります。↑イオンモール日の出やサマーランドの観覧車などが見えます。平井川付近で標高160メートルでした。少し登るだけでしたが意外と景色は良くなります。↑さ...

  • ゴルフ場だらけで分園ばかりの小山田緑地の都市計画決定の不思議な区分

    都立公園の小山田緑地に行ってみました。平成2年(1990)に開園した4.4ヘクタールのところです。多摩ニュータウンの小田急多摩線唐木田駅や尾根幹線道路の南方になります。↑(小山田緑地パンフレットより)多摩市か八王子市かと思っていましたが、町田市になります。南東にある駐車場の方から入ると、まず小山田の谷となっています。ここにはいくつかの池があり木道も整備されています。南西に向け球場や運動広場などを過ぎ、坂を上っていくとみはらし広場があります。関東の富士見百景の一つにもなっており、西に向けて眺望が開けています。縦長の敷地の公園なので、北の方に向かいますが、坂道の横には竹林があります。様々な景色の見られる公園で、敷地全体のこの南にあるところは本園となっています。サービスセンター前の一般道の向こうが梅木窪分園となっています。↑案内図によれば、この民家すぐ脇の斜めに...

  • 白銀平展望台と富士山と御師岩のある旧高麗川村だった日高市平沢地区

    日高市は以前は日高町で、高麗村と高麗川村が合併してできました。古くから高麗神社のあった由緒ある地名ではあるものの当時は何かと面倒だったでしょう。旧高麗川村であった北平沢に、白銀平とか富士山というのを地図で見かけたので行ってみました。車だったのですが、近くのゴルフ場に停めるわけにもいかないので、高麗川沿いの市の駐車場から歩きました。↑20分ほど歩いて一般道から斜面の砂利交じりの道に入ります。白銀平展望台までさらに20分ほどかかるようです。↑坂の途中に鳥居がありますからこの奥の御師岩に行ってみます。富士山頂の浅間神社の神域にあり、富士講の行者は山中にある美音の滝で身を浄め、この岩に登りみそぎを行い浅間神社で祈祷をしたといいます。↑ここには下浅間社の祠があります。御師岩の上に立ち、足踏みすると不思議な音色が聞こえるそうです。ここから直接富士山頂へ行けるようですが、まず...

  • 伊奈町だけでない川口市にもある伊奈氏の赤山陣屋跡

    江戸時代の伊奈氏といえば、関東地方の治水事業や新田開発への大きな貢献者です。利根川や荒川が乱流して荒廃地となっていたものを今のような形に変えました。伊奈忠次は関八州代官頭で、現在の1都6県の幕府直轄領約30万石の行政・裁判・年貢徴収を取り仕切り、警察権も統括していました。伊奈氏屋敷があったところというと、地名にもなっている伊奈町が有名で、伊奈忠次の屋敷跡があります。↑川口市にも伊奈忠治の赤山陣屋跡があります。敷地のかなりの部分は民有地で畑などですが、一部市により公園となっています。↑南東端では南に向けての東堀があります。↓同じところから直角に西に向けての南堀があります。伊奈忠治は忠次の子で、同じく関東代官頭、関東郡代になっています。南堀に沿っては桜が植えられておりキレイに咲いていました。この南堀より左側は家臣屋敷跡だったそうです。伊奈忠治は父忠次の利根川東遷事業...

  • 和同開珎推しの秩父市黒谷と和銅と和同の違いの謎解き

    前回書いた、春分の日なのに季節はずれの雪山であった美の山から、なんとか下山してきました。秩父鉄道の和銅黒谷駅へ向かう途中に、和銅採掘露天掘跡があるので立ち寄りました。現地に着くと、まずは目立つのは和同開珎の大きなモニュメントです。日本通貨発祥の地と書かれています。昭和時代に歴史で学習したこととは異なるという項目の一つに、日本最古の貨幣は富本銭だったというのがあります。すると、ここでは情報が古いということでしょうか。調べると、貨幣としては富本銭の方が古いものの、流通した通貨としては和同開珎が最古ということでした。和銅元年(708)にここで和銅が採掘されたことから記念して元号を変え、和同開珎が鋳造、発行されました。ここに流れる銅洗堀という小川の面の和銅山に露天掘跡があります。縦に山頂に向かって続いているのが眼に入ります。下流を見ていますが、小川に架かる橋を渡り階段を登...

  • たかが公園ではないかと甘く見ていた秩父皆野の蓑山(美の山)の積雪と展望台

    3月19日には東京でも、この時期の予想外、かつ天気予報での降雪見込み以上に雪が降りましたが、積もることはありませんでした。秩父では積雪もしたとは、ニュースで聞いていました。その翌日である春分の日に、秩父市と皆野町境界にある蓑山に登ってきました。↑秩父鉄道親鼻駅からスタートしますが、さすがに雪が少し残っていました。上空は曇り空ですが、天気予報では晴れることになっています。いくつものガイドブックや西武鉄道ホームページにも載っているハイキングコースを行きます。↑10分ほどで山道に入るのですが、土の部分には多少雪が残っているものの、今日は防水シューズを履いてきたので大丈夫でしょう。↑さらに20分ほど歩くと、周囲の景色が変わってきて白一色になっています。足跡のところを辿って行きますが、これが無かったらコースを外れてしまいそうです。↑歩きづらいし想像以上に疲れてきたので座って...

  • 地理院地図で大書きしてある大澄山と草花にある草花神社

    国土地理院の地図はホームページでも地理院地図として見ることができます。多摩川沿いのあきる野市に「大澄山」と大きな文字で記載がされています。あまり聞いたことはないけれど、あえて目立つ書かれ方をしてあるので行ってみました。草花という地名ですが、以前は草花村だったということで、のどかな風景を想像させるいい名前です。↑南から北への坂道と先の長い階段の上に草花神社があります。奥多摩に近づき標高がどんどん高くなっていく中、多摩川と平井川に挟まれている地形のため、急坂が多く見られます。↑石段途中で右に向かい大澄山に登るルートと分岐しています。まずは草花神社に行きました。高いところにありますから古くからこの場所にあるのだろうと思いましたが、江戸時代までは麓にあったものが明治2年(1869)にこの地に移ることとなったそうです。十二天社でしたが、四社を合祀し草花神社として村社になった...

  • 享保の改革の時からある吉田家住宅と埼玉県一乗降客の少ない竹沢駅

    東武東上線は池袋駅から寄居駅までの路線ですが、池袋からは遠くても小川町駅行きしかありません。小川町が終着駅の印象です。そんな小川町勝呂には、吉田家住宅という国指定重要文化財があります。江戸時代の享保6年(1721)に建築された、実年代のわかる埼玉県内で最古の民家です。建物の規模は桁行21.8メートル、梁間10.5メートルあります。茅葺、入母屋造りの大きな民家で、三間広間型と呼ばれるものです。奥に2間の畳敷きの座敷、手前に広い板間のある江戸時代の典型的なものだそうです。享保の改革は徳川8代将軍家光の時ですから、本当に時代劇の頃の建物です。他でこれまで見てきた文化財の古民家は、閑散としてガランとしているイメージでした。ここでは飲食店として商売されており、休日のためか子供連れの家族などで賑わっていました。↑すぐ裏は山となっている標高150メートル辺りのところです。す...

  • 昭和天皇手植えの枝垂れた杉のある和田乃神社と臨川庭園

    青梅駅から先はいきなりローカル線らしくなるJR青梅線で菅谷、一つめには宮ノ平駅があります。この駅名の由来にもなった和田乃神社が国道411号青梅街道沿いにあります。青梅市日向和田2丁目で、古くはここは和田村でした。和田村の総鎮守として和田明神でしたが、慶長3年(1598)には日向和田村と日影和田村に分村し、和田明神から三島明神と改称しました。明治維新の際、和田乃神社となりました。↑ここには昭和天皇の手植えの杉があります。戦後のことかと思いましたが、大正2年(1913)に在学中の皇太子であった昭和天皇であったということです。枝垂糸杉ということで、枝垂れている杉は見たことありませんでした。すぐ近くの日向和田石灰石採石場を見学の際に、和田乃神社にも来られたとのことです。江戸時代には三島明神といっていたのは、静岡県の三島神社の分神を賜っての創始であるからということのようです...

  • 西高勾配のため景色では半分不利だけど意外と運動になる龍崖山

    飯能市美杉台とともに飯能大河原地区も、ビッグヒルズとして都市機構により開発されました。137.7ヘクタールの敷地で土地区画整理事業が行われました。ここには龍崖山公園があります。↑公園傍らには龍崖山がありますし、整備された調整池は地下に整備されて緑地保全も図られています。龍崖山にはハイキングコースがあり、案内板も充実しています。公園東側入り口では標高150メートルほどです。↑公園から山に入ると、当然ながら急坂となります。思っていた以上の山道を進んでいきます。せっかく登ったというのにまた道を下っていき、谷状の土地となり水の流れがあったりもします。↑橋であるとともに堰堤にもなっているように見られます。途中には、燧山(ひうちやま)山頂があります。標高234メートルと書かれています。ここは西に向けて展望が開けているのですが、ちょっと残念なことに工場の屋根が大きく見え...

  • 無形民俗文化財まんぐりの川越市にある八咫神社と寺山堰

    川越市上寺山に八咫神社があります。川越市街地北西方面で川越北環状線と入間川の間になります。八咫というとJFA日本サッカー協会のマークでもお馴染みの八咫烏が祭神かと思いましたが、そうではないそうです。江戸時代の新編武蔵国風土記稿には八口社と載っており、大正時代初めの入間川堤防工事前には、もう少し北西の小字八ツ口にあったといいます。八ツ口は、出雲神話で素盞嗚命が退治した頭尾八つに分かれた八岐大蛇からきているようです。出雲の簸川を大蛇に見立てたように、毎年氾濫する入間川を治めるために神を祀ったものです。また、神社の杜にもと鳥か多く棲んでいたことからこれを八咫烏と考え、社名に八咫をつけたというのもあるようです。↑覆殿の隙間から本殿も見ることができました。まんぐりは、大山信仰を基とした夏祈祷の行事です。ちょっとエッチな響きですが、そんなことはありません。...

  • 読めないけど延喜式にも載る大麻止乃豆乃天神社のある大丸

    稲城市にあったという大丸城跡を1年前に見ました。その城跡のある公園には、はるか下の方に向かい下っていく階段があり、大丸神社近道と書いてあるのですが、再びここを上って来ることを考えて行かないままでした。最近は体のことを考え、なるべく登り坂や階段には積極的に挑戦するようにしています。今回はここもあえて下ってみました。といっても、標高84メートルから42メートルほどのところに行っただけです。↑大丸神社というのかと思いましたが、鳥居には大麻止乃豆乃天神社とあります。数多くののぼり旗にも書かれていますが、なんと読むのでしょう。よく見ると参道右にひらがなで大きく、「おおまとのつのてんじんじゃ」と書いてありました。↑鳥居から先の石段も進むと社殿があり、63メートルほどのところで、大丸城のあった丘の中腹に位置します。大麻止乃豆乃天神社の創建年代は不詳ですが、平安時代の延長5年(92...

  • ついに登れたファインタワーからの景色と都市景観大賞のファインヒルいなぎ向陽台

    昨年の年明けには稲城市にある、なんちゃって城跡である城山公園に行きました。その時、また昨年夏にも行こうとしたのに入ることの出来ないところがありました。城山公園にある「ファインタワー」という名の展望台です。↑水の広場という標高83メートル地点から階段を登った先にタワーがあります。タワーの地盤面で既に標高111メートルになります。↑ファインタワーは鉄骨造の塔で、高さ24メートルあります。説明板があるのですが、金属製で鏡のようにこちら側が反射してしまうので斜めに撮影です。ファインタワーという名称にちょっと不思議さを感じますが、昭和63年10月完成とありますから、あと3ヶ月で昭和が終わる頃の空気感でしょうか。多摩ニュータウンというと、多摩市と八王子市のイメージが強いのですが、稲城市と町田市にも区域は及んでいます。その稲城市分の名は「ファインヒルいなぎ」といいます。標高1...

  • 古くからの盛衰のあった岩殿観音への長い参道と比企能員の判官塚

    東松山市にある岩殿観音には3年前にも来ており、その正法寺や岩壁を見てきました。あの時に境内石段の上から見た、こちらに向かい真っ直ぐ進む参道、あそこを通ってみたくて来てみました。今回も、東からは埼玉県道212号岩殿観音南戸守線、西へは県道343号岩殿岩井線沿いにある駐車場からです。つまり、標高では120メートル辺りの県道から凝灰岩の岩壁の高さに相当する階段を下ってきました。↑この観音堂などのあるところで標高100メートルです。前回は涼しい秋の日なのに行くのを躊躇した石段の昇り降りを、この猛暑日にするとは不思議なものです。↑まずは石段を下り、700メートル先の参道の入り口まで行きました。惣門橋という橋が九十九川に架かっており、その名の看板もありました。この交差点のところには「岩殿観音参道絵図」というのがあります。参道には五十戸が門前町を形成しそれぞれに屋号があったと書...

  • 南一揆の逃げ込み城であり北条氏の伝えの城になった網代城跡

    あきる野市の網代弁天山から、次に網代城跡がある城山を目指して歩きます。標高292メートルから数十メートル下った先、再び登り坂となるところは城の空堀かと思われましたが、実は自然の地形のようです。先に書いてしまうと、城山頂上にある説明板によれと、網代城は15世紀中頃の「南一揆」による山城だということです。大手道である斜面を登っていくと、少しだけ平らなところがあり、郭のようです。通り道が鍵型に曲がっていますが、初期の枡形であり、木戸跡もあるようです。当時、農山村民らの指導者であった地侍が各地に村単位の自営権力を保持していました。ここでは、南一揆と呼ぶ武装集団を成立させ、この山城もできたといいます。↑少し登っていくと、再び郭でしょうか。標高330メートルのところが頂上で、広く平らになっています。ここが網代城の本丸があったところで、長さ35メートルほどの広い空間です。説明板...

  • 貴志嶋神社洞窟と岩山の網代弁天山と山頂景色

    あきる野市の網代弁天山に登ってきました。JR五日市線武蔵増戸駅方面からは秋川を渡るのですが、網代橋は令和元年の台風の影響で車だけでなく歩行者も通行止めとなっており、山田大橋を渡って行きます。秋川の橋の辺りの標高は150メートル程で、貴志嶋神の石段前のところで既に235メートルになります。足利尊氏ご母堂の守護神として勧請されたといいます。平成31年4月(2019年で令和元年になる直前)には、30年に一度という弁天像等のご開帳が行われたそうです。すぐ近くには弁天洞窟があります。左側のハート形というか逆三角形の洞窟が奥まで続いているようです。貴志嶋神社奥の院ということになっています。あきる野市指定文化財となっている石造大黒天像があり、文明9年(1477)の紀念銘が刻まれています。洞内には現毘沙門天石像(無銘)もあり、主尊としての弁財天像もあったと推定されています。中世...

  • 改善してたのにちょっと改悪された地図の昭文社の株主優待

    大きく乱高下している株価状況で、最近始めた人も含めて落ち着かないという方もいることでしょう。自分が細々と保有している株式は、株主優待狙いのものが多く長期保有のつもりです。株主優待の内容としては様々で、自社業務と関係のないQUOカードとしている会社もあるようです。↑地図好きな私としては、自社出版商品を優待品としている昭文社は、当然保有銘柄です。何年間か既に保有していますが、今回から優待品の選択方法が変更になりました。昭文社オンラインストアで3000円までの商品を自由に選択できるというものです。↑昨年(2023)の方法はカテゴリー2種類からそれぞれ1つずつ選べるというものでした。この方式が数年間続いていますが、以前はこのような選択の余地はなく、住んでいる地域に応じた道路地図が送付されてきました。↑2023年の内容を詳しく振り返ると、カテゴリー1には、地図とトピックスの商...

  • 青梅インター近くの入間市にある無料のパターゴルフ場

    JR八高線金子駅周辺の道路に、桂の里公園という案内標識がありました。どんな公園かとちょっと行ってきました。↑想像していたものとは違い、駐車場と管理事務所らしき建物もあります。案内図をみると、メインはパターゴルフ場となっているようです。だったら、そもそも公園ではないんじゃないか、パターゴルフ場と表示しろよなと思ったりもしました。ただ、休日にも関わらずパターをしている人は誰一人いません。入間市とはいってもすぐ近くは圏央道青梅インターがありますから、車では便利なところです。勝手に敷地に入ってきて、料金も払わずにプレーできるような雰囲気です。入間市の施設のようですが、実は本当に無料なのです。↑建物入り口から入ると、左に貸出用のパターが何本も置いてあります。また、プレー後に休憩もできる和室が二室ありました。手書きの予定表がありましたが、日に2組くらいは利用しているみたい...

  • 入間市の豊泉寺にある庭園とそれを造った茶藤翁

    入間市の加治丘陵の東南端あたりに豊泉寺があります。曹洞宗の寺院で、創建は戦国時代の天文元年(1533)と伝えられます。開基は小田原北条氏の家臣で金子領主の豊泉左近将監です。松龍山豊泉寺といい、境内裏一帯が樹齢数百年の古松で龍のような形をしているため、その名を松龍山と唱え、寺名を豊泉寺と称したと伝えられています。ここには庭園があるということで来てみました。本堂の裏側に造られた禅宗式庭園で、明治時代に地元根岸の庭師水村藤四郎によって造られたものです。水村藤四郎は当初から庭師であったわけではないようです。父の茶業を継ぎ、茶の製法研究と品質向上に努め、根通り茶独特の「ちらしより」いう技術を開発しました。後年造園業に転じ、東京に出て多くの造園に携わり、帰郷後も作庭にあたったということです。茶業と造園業という別々の道で実績を残すという見習いたい人です。...

  • かなりいい街だけど、さらに上を目指す60万都市の川口市

    東京から東北方面に電車で向かうと、赤羽駅を越えると荒川を渡り、埼玉県に入り川口市となります。川口駅はJR京浜東北線しか停まらない駅だとはいえ、隣りの赤羽で乗り換えれば池袋もすぐの便利なところです。そんな川口駅東口目の前には川口市中央図書館があります。キュポ・ラという商業施設と公共施設の入ったビルの5階と6階が図書館となっています。夜8時まで開館してますし、座席も結構ありましたから、川口駅利用者にとっては会社帰りなどに気軽に利用できて羨ましいものです。図書館内は撮影禁止でしたが、入り口手前はガラス張りで外を眺望できます。この北は、キュポ・ラ広場とバス乗り場のある駅前広場があり、ペデストリアンデッキで駅と周囲のビルが結ばれています。↑右に川口キャスティ、左は旧川口そごうの建物です。キュポ・ラ、キャスティ、そごうは3つとも市街地再開発事業により建設されたものです。↑駅西口...

  • 白丸ダムでの東京都交通局の電気事業と売電先、東京発電の氷川発電所

    前回見た鳩ノ巣渓谷を眺めながら多摩川を上流に向かって、右岸である右側を歩いていきました。ここは「大多摩ウォーキングトレイル」として古里駅から奥多摩駅まで整備されており、随所に矢印表示板があって道もわかりやすくなっています。川面の近くから急坂を登り、また少し坂道を下ると白丸ダムがあります。かなり前に車で立ち寄ったことがあり、いつだったか確かめてみたらもう9年前のことになります。せっかく久しぶりに来たので、対岸の左岸側に渡ってみました。ここは白丸調整池ダムという高さ30メートル、長さ61メートルの東京都交通局のダムです。「エコっと白丸」という再生可能エネルギーPR館が新たにできていました。今回改めて調べ直してみると、白丸ダムは多摩川第三発電所への水を貯めるダムですが、ここに白丸発電所もあります。(↓東京都交通局HP)河川機能維持と観光のために平成12年(2000)までは...

  • 鳩ノ巣渓谷とその名の由来と双竜の滝、水神の滝

    多摩川上流部に鳩ノ巣渓谷があります。JR青梅線に乗っていくと、青梅駅から先は電車の運行本数も少なくなり、編成も短くなりますが、多摩川沿いの南側車窓の景色は素晴らしく、山や川そして様々な橋を見て楽しめます。鳩ノ巣駅で下車すると、すぐ前には雲仙橋が架かっています。通行車両は車幅2.2メートル、重量2トンに制限された、大きくはない橋ですが、両端には鳥居のようなゲートのような高い構造物があります。何かと考えましたが、おそらく以前はここは吊り橋であったものが老朽化等により改修工事され、そのワイヤーの支柱が残されたものでであろうかと思われます。多摩川左岸側を川へ下っていくと、双竜の滝という案内板があり滝音が聞こえてきます。駅のすぐ近くにありながら意外と大きな滝で、落差18メートルほどあります。滝口のあるとんがり岩で二分された流れが、浸食された溝で一本になる形から名付けられたと言いま...

  • ブログサービスのココログフリーの容量上限と有料プランへの変更

    ブログを見るだけでなく自分でも書いている方もいるかと思いますが、その写真などによる利用可能ディスク総容量は気にしていますか。そろそろ、このブログが容量上限に迫りつつあるので、対策を考えてみる必要があります。ブログを始めたのは平成24年(2012)1月2日のことで、東日本大震災の翌年明けですから随分前のこととなります。ちょうどパソコンを買い替えたので、ブログでもやってみるかな!くらいの軽い気持ちでした。当然に有料プランなど考えてはいなく、当時よく見ていたブログに「ココログ」のものが多かったのでココログを選び、ココログフリーという無料プランでスタートしました。niftyの回線を使用していませんでしたが、フリーならそれでも開始できるようなので気にしていませんでした。始めてみると、スマホやデジカメ写真はそのままでは容量が大きいので、画面サイズに合わせて写真を小さくしてアップロードを...

  • 木場から移ったけどもう使われなくなってしまった新木場の貯木場とその暫定利用

    地下鉄東西線に木場駅があり、有楽町線、京葉線、りんかい線に新木場駅があります。今時間違える人もいないでしょうが、かなり距離は離れています。ご存知の方も多いと思いますが、地名の由来は、かつて貯木場が木場にあり、それが新木場に移転したというものです。↑その新木場駅近くには「木材会館」という建物があります。東京木材問屋協同組合100周年記念事業として平成21年に建てられたもので、木材需要の低迷する中、いかに木材を使って安らぎを感じる魅力的な空間を作るか、地球環境に貢献できる建物が出来るかを探求したプロジェクトだそうです。「木材は燃える」という既成概念がありますが重要なのは、材料が可燃かどうかではなく、火災の際に建物が安全かどうかということだといいます。見かけは木材で燃えそうですが、耐火性能の高い鉄骨鉄筋コンクリート造で構造躯体を形成し、外壁が炎上しても上階へと燃え広がらないように...

  • 昭和、明治に次ぐ長期の応永年間からの鰐口もある南畑八幡神社

    埼玉県富士見市にある南畑八幡神社に行ってみました。南畑は富士見市東部の荒川と新河岸川に挟まれた水田の広がる地区になります。応永7年(1400)に、足利満兼がこの地を鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進して社領となり、分祀奉斎した時の八幡社だといいます。足利満兼とは知っていそうで知らない名前ですが、第3代関東公方でした。室町幕府の足利将軍ではなく、むしろ当時の関東公方と京都の将軍家とは緊張関係にありました。ここには八幡社に奉納された鰐口があり、同じく応永年間の銘文の刻まれており、富士見市指定有形文化財となっています。鰐口(ワニグチ)とは、神社仏閣の堂前にある参詣者が綱で打ち鳴らす大きな鈴のことです。応永年間は1397〜1432年までの35年間に及ぶ長さです。明治時代からの一世一元の制より前までは、元号は期間の短いものが多く、それまでで最長となります。つまり、昭和と明治に続いて歴代3...

  • 豊洲千客万来施設の建設前後とゆりかもめ豊洲駅からの延伸

    1ヶ月ほど前に乗った日暮里・舎人ライナーと同じように新交通システムである「ゆりかもめ」に乗りました。正式には「東京臨海新交通臨海線」という名称で、臨海が二度も出てくるのはおかしいですが、株式会社ゆりかもめが以前は東京臨海新交通株式会社という名だったことによるみたいです。↑東京ビッグサイト駅から豊洲駅方面に向かうと、路線はすぐに90度ターンしますが、鉄道ではできない直角カーブができるのが新交通システムの利点です。新橋駅から豊洲駅までの14.7キロを31〜33分ほどで結ぶAGT(Automated Guideway Transit)自動案内軌条式旅客輸送システムです。やはり、ATO(Automatic Train Operation)自動列車運転装置による無人運転のため、前面展望は抜群です。↑市場前駅直前でも90度ターンとなりますが、この周辺では豊洲市場が開場したため以前とは風景...

  • 金子十郎家忠に関わる入間市木蓮寺の瑞泉院と桂川神社

    JR八高線金子駅近くの入間市木蓮寺には、地図でみる限り木蓮寺という寺院は見当たりません。木々の中にあり、寺社のどちらであろうと立ち寄ると、桂川神社がありました。上州の赤城神社を勧請したもので、金子氏館の鬼門徐けとして金子十郎家忠によって建立されたといいます。平安時代終わりから鎌倉時代初期の頃のことです。近くにはJR八高線の金子駅がありますが、金子氏とは武蔵七党の一つである村山党に属していた武士です。村山頼家の三男家範が、ここ入間郡金子郷を本貫地とし、金子氏を称したことが始まりだといいます。家範の子である十郎家忠(1138〜1216)は、源義朝に従い、保元・平治の乱に参陣しました。その後も衣笠城攻や源平合戦にも参陣しました。↑桂川神社の裏側は斜面で高くなっていますが、数多くの墓石の並ぶ大規模な墓地となっているようです。行ってみると、入間霊園とともに、看板には公益財団法...

  • 万葉集東歌に歌われていた越生町大谷の大谷ヶ原萬葉公園

    埼玉県越生町の鹿下越生神社や学頭沼から東の方にも、やはり大きなため池があります。といっても間に一山あるので南から大きく迂回した先です。堤体は車は通れなさそうですが、その手前には数台は駐車できそうなスペースがあり、いくつかの案内板や石碑があります。ため池は大亀沼といい、ここは「大谷ヶ原萬葉公園」となっているようです。左から2番目の越生町教育委員会等による公園の説明板によると、万葉集の東歌の一つに歌われているのがこの地だということです。万葉集といえば、奈良時代の終わり頃にできたという日本で最も古い歌集です。その中でも東歌は、当時は西日本中心の日本史にあって珍しく東国のことが対象となっています。右から2番目の石碑は歌碑となっており、その歌が「入間道の 大谷が原のいわいづら 引かばぬるぬる 吾にな絶えそね」と刻まれています。「大谷が原」が、ここ越生町大谷の大亀沼周辺であるとさ...

  • 村社越生神社だが越生ではなく鹿下の方の越生神社と学頭沼

    埼玉県越生町の鹿下にある越生神社に行きました。石柱には村社越生神社とありますし、Googleマップの表示も越生神社です。しかし、一般的には越生神社というと、越生町の越生にある方が中心市街地近くですし有名です。鹿下(カノシタ)は町の北方で、ときがわ町との境界に近いところです。↑北に向けての石段を登ると少し広い空間があり社殿があります。元は根本神社と言われていたそうで、天平年間(729〜48)に行基が東国遊行の時に越生法恩寺を創立して、学寮を当地に選び神事を行なったということです。その後も応永年間(1394〜1427)や延徳2年(1490)に再興や再営されたと伝えられています。寛文8年(1668)に社地が寄付され再修され、明治5年(1872)村社となりました。明治40年(1907)に日枝神社を合祀して根本神社は越生神社となりました。二つの越生神社問題を知るため調べてみ...

  • 自動運転の日暮里舎人ライナーの急勾配な坂の形とポイント切り替えのやり方

    物流の2024年問題としてトラックドライバー不足が話題となっていますが、バスドライバー不足も問題となっています。車の自動運転の研究や実証実験も行われていますが、既に自動運転されている新交通システムを改めて見てみました。日暮里舎人ライナーは、荒川区の日暮里駅から足立区の見沼代親水公園駅間の9.7キロを20分で結ぶ都営のAGT(Automated Guideway Transit)自動案内軌条式旅客輸送システムです。↑電車では上に張ってある電気の流れる架線は右側面にある3本で、ここから動力としての電気が供給されます。↑日暮里駅2番線で上りでの最前部、下り方面での最後部ですが、ATO(Automatic Train Operation)自動列車運転装置による無人運転のため運転席はありません。線路ではなく2本あるコンクリート製の走行路をゴムタイムで走ります。↑先程いた2番ホームを...

  • 妙見菩薩や平将門についてwikiにも資料引用されている円泉寺は久邇宮とも関係があり久邇カントリーの隣り

    圏央道狭山日高インターの西、飯能市平松に円泉寺があります。弘法大師が開いたと縁起にありますが、延享5年(1748)の石塔より以前は詳細は不明のようです。↑参道左には六地蔵、右には十三重塔があります。また、円泉寺は武蔵野七福神の福禄寿の札所となっています。武蔵野七福神は飯能市、所沢市、入間市の六寺院、一神社にあるということです。↑本堂は天保15年(1844)に再建されたものです。円泉寺で最も古い石仏・六地蔵石幢には延宝9年(1681)と彫られています。↑本堂の西には石段があり小さな山となっており、妙見堂があります。平安時代に平将門が妙見菩薩に危機を救われ像を受け、その二代目妙見像があるということです。弘化五年(1847)妙見菩薩像を京都神祇官統領伯王殿公文所より、円泉寺境内に祀ることが 許可されたものです。土を村民総出で高く盛り上げて、お堂を建立し祀りました。...

  • 池袋駅すぐ近くにあった島田牧場跡地にある池袋の森

    池袋にある病院に行く用があり、出かけた時のことです。駅西口から北へ徒歩5分ほどのところなのですが、すぐ近くには意外と大きな木のある場所がありました。周辺は、いかがわしいホテル街で、そこに何棟もある病院も場違いでしたが、この木々も場違いな感じです。↑南側の入り口は閉鎖されていますが、豊島区と書かれていますから区の施設のようです。↑西側の平和通りの方から入れるようになっていました。あえて探さなければ気づかなそうな入り口ですが、「豊島区立池袋の森」と書かれています。よくある区立の公園とは違い、4月から9月でも8時から5時までしか開いていないようです。10月から3月はもっと短く9時から4時です。ここは日本を代表する林政学者で東京大学農学部名誉教授の島田錦蔵氏の屋敷跡だということです。↑園内ほとんどの樹木は研究用に育てていた当時のもので、左の大きなユリノキは日本にこの樹木が...

  • 多摩川に翻弄された青柳村の常夜燈と稲荷神社、どちらかわからない青柳2号墳

    平成19年(2007)に日野バイパスができるまでは国道20号として甲州街道であった、都道256号八王子日野線沿いの国立市青柳に「元青柳村の常夜燈」があります。江戸時代の寛政11年(1799)のものです。常夜燈とは聞き慣れたものですが、案内板によれば、秋葉燈とも呼ばれるということで、江戸時代に町を火から守るために油屋近くに建てられたものだそうです。秋葉というのは火伏せの神である秋葉神社への信仰です。常夜燈といいながら形は石灯籠です。↑甲州街道沿いですから、現在の街灯の役割だとばかり思いましたが、関係あってか無くてか、脇には鳥居があります。多摩川や府中用水のある南に向いた道の左右には民家への入り口があり、この参道は古くから地元に使われていたことがわかります。↑車は通れない参道の先に二の鳥居があり青柳稲荷神社です。宝暦5年(1755)に創建されたといいますが、ここに青柳村が...

  • 多摩川で隣り合う府中用水取入れ口と緑川排水樋管

    多摩川左岸側の桜咲く土手に水門があります。感覚的には立川市かと思っていましたが、国立市青柳のようです。実は府中用水取入れ口がここにあると来たのですが、ちょっと違うようです。緑川排水樋管と書かれています。川辺の方から見上げてみると、割と大きなものです。高低差からして取水するためのものでないのは一目瞭然です。もう4年前になりますが矢川緑地の湧水を見た時にあった擁壁は緑川の暗渠によるものでした。↑土手から振り返ると道路になっていますが、この下に緑川が流れているのです。緑川といいますが、昭和22年(1947)に開通した人工の立川排水路だったものです。旧陸軍立川飛行場の排水のためのもので、現在は暗渠化されており、立川市環境下水道部下水道管理課が管理しています。↑河原に戻ると、緑川排水樋管のすぐ上流にも水門らしいものがあります。こちらが府中用水取入れ口のようです。...

  • 水面に浮かんでいるようだという浮島神社と他県に迷惑かけないための霞川調節池

    霞川という一級河川が東京都に流れていますが、都内であまり知名度は高くないでしょう。青梅市に流れており、埼玉県に入り入間川に流れ込む川です。そんな霞川沿いに浮島神社があります。川の左岸で青梅市今井にあり、山根通りに面して一の鳥居があり、参道を入った正面が霞川です。二の鳥居から川に沿うように直角に参道は曲がり、正面が社殿です。↑傍には少し高くなった位置に東屋があり、休憩したり霞川を眺めたりできるようになっています。浮島神社は創建年次は不詳ですが、安土桃山時代の文禄3年(1594)に再建されたという記録が残っています。江戸時代の新編武蔵国風土記稿には浮嶋天満宮として載っています。その記載に、霞川が氾濫した際も沈まず水面に浮かんだ島のようだということで呼ばれたとあります。↑そのことからか、社殿裏側には小さな池があり、弁天様と思われる祠がありました。...

  • 越辺川の大川堤、鶴見線の大川駅や大川町の由来と横沼白髭神社

    越辺川右岸の坂戸市側の土手のところに「大川堤遺跡」という石碑が立っています。遺跡という名に惹かれて調べてみましたが、私が勝手に勘違いした古い時代の「遺跡」ではないようです。前回見た郷土の偉人大川平三郎の功績の一つです。生誕の地である坂戸市横倉の辺りは、大雨が降ると越辺川の氾濫により水害が発生する状況でした。大川平三郎は私財を投じて南へ1150メートルの堤防を築き、大川堤と呼ばれるようになりました。ここに架かる橋は道場橋といい、剣術家であった祖父平兵衛英勝の道場であり、平三郎の生家である大川道場から名付けられているようです。碑のある右岸下流側を見てきましたが、右岸上流側も同じような景色です。奥に見えている高架は圏央道です。大川について調べていて驚いたのですが、JR鶴見線の大川駅や地名の大川町も大川平三郎に因んだ名前だったのです。...

  • 坂戸の偉人である大川平三郎とロシアから移設されてきた頌徳碑

    圏央道坂戸インターから降りると、「大川平三郎翁生誕の地」という大きな看板が目に付きます。日本の製紙王・郷土の偉人とも書かれた坂戸市によるものです。前から気にはなっていたので、失礼ながら大川平三郎という人のことをよく知りません。周辺を見てまわりました。郷土の偉人を訪ねてという地図が、坂戸市教育委員会による案内板があります。ここには、大川平三郎翁記念公園があります。公園は7番となっており、大川道場のあったところで、平三郎の生家でもあったところです。剣術家大川平兵衛英勝の孫として川越藩三芳野村(現在の坂戸市横沼)で生誕しました。叔父である渋沢栄一を頼って上京し、明治5年(1872)抄紙会社(現在の王子製紙)に入社しました。毎日早朝から出社して製紙技術を学び、日本人初の製紙技師になり多くの会社経営に携わり、日本の製紙王と呼ばれるほどになったということです。↑公園内に頌徳碑...

  • ネーミングライツのアクアリウムさがみはらと高台にある山門の立派な宗佑寺

    2回に渡って見てきた水郷田名ですが、かつては観光地として栄えたというものの、今では残念ながらそうした雰囲気はあまりありません。ある程度人が集まりそうなところと言えば、「アクアリウムさがみはら」でしょうか。相模原ふれあい科学館として昭和62年(1987)にオープンしたといいます。昭和時代だし、国鉄が分割民営化されJR各社となった年ですから、若い人から見たらここも歴史的なところです。科学館というだけあって、敷地内にはアルキメデスのポンプなんていうものもあります。平成26年(2014)リニューアルオープンするに当たり、水族館をアピールするためアクアリウムさがみはらという愛称も付けたということです。ホームページによると、ネーミングライツの契約期間が令和6年3月31日までとなっていますから間もなく切れます。どうなるのでしょう、更新されるのでしょうか。豊かな相模川の水を利用した水...

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