searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

cancel
プロフィール
PROFILE

danさんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

娘が登録しました、 ぜひ見てやってください。

ブログタイトル
さくらんぼ日記
ブログURL
https://dan416.blog.ss-blog.jp/
ブログ紹介文
気だけは若い。 超純情小説や日々のさまざまなことを、ぼちぼちとつづっています。
更新頻度(1年)

21回 / 365日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2011/06/09

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、danさんの読者になりませんか?

ハンドル名
danさん
ブログタイトル
さくらんぼ日記
更新頻度
21回 / 365日(平均0.4回/週)
読者になる
さくらんぼ日記

danさんの新着記事

1件〜30件

  • 一筋の道

     梅雨の晴れ間の落ち着いた陽の光が足元にあり志津は歩を緩めた。 郊外電車を降りてどの位歩いたのだろう。  すぐ目の下に鈍い水色のゆったりした海が見える。歩いている県道の右側は丘で幾種類もの 灌木が茂っている。  時々通る車ものんびりと走っていて志津はこの田舎加減が気にいっている。 二十分に一回位来る三両編成の朱い郊外電車も、ここから見下ろすと、結構下の方を走っているのが 分かる。    志津は少し笑って「はいやって来ましたよ。祐さんの好きな散歩道」この胸にいる人に話しかける。  ずっと昔、初めて二人で歩いた道。 海は今よりもっと大きくて広々とゆったりしていた。あの日、祐に誘われるまま 志津はなんとなくついて来た。      四月短大を出て志津が入った銀行で、新入女子行員の指導係の助手のようなニ、三人の 先輩の中に祐がいた。  希望に目を輝かせ、新しい..

  • 春子さんの茶の間その16

     春子さんの茶の間の窓ガラスを伝って下りる雨粒がやたら大きい。 今日で三日降りつづく雨。豪雨被害のニュースがひっきりなしに流れている。  未明には避難勧告も出た。  全市内に出た。携帯が効いたことのない信号音で鳴り、ラジオがレベル4の避難勧告。  避難するってどこへ。ここは川もないし崩れてくる山も崖もない。  夜が明けて近所の人が一人二人と出てきた。 「びっくりしたねえ、でもどう考えてもここが一番安全な気がして笑えて来た」  意見が一致してまた笑った。    市や県の当局者はきっと一番安全な避難を考えてくれるのだろう。でも細かいことまでは 指示できるはずもないから最大公約数で仕切る。  やっぱり市民一人一人が自分で責任を持つべき事柄だと少し落ちついたら、すぐ納得できるのだ。  すっかり雨が上がって薄日さえ見えて来た窓を見ながら、春子さんいい勉強したと..

  • コロナと大雨どちらも嫌いです

     コロナウイルスというものが朝から晩まで目から耳から入り込んできます。  大都会ではこれと隣り合わせの生活を余儀なくされているのだから、それも仕方ないです。  当地は日本の地図で言えば左の下の方にチョンと、静かにしております。 その上、県知事さんが毎朝コロナに関する会見して下さるので様子もよく分かります。  「東京への仕事や遊びで出かけないで。私も出張を取りやめました」  だから、ここのところしばらく感染者もいません。 「東京から帰省したら二週間は自宅にいて下さい」と。  これでは里帰りもままなりません。  少し落ち着いたところで、今度は豪雨です。  今朝八時に携帯がけたたましく鳴って「緊急速報エリアメ--ル」というのが来ました。 初めてのことです。市内全域に土砂災害警戒区域の警戒レベル4で避難勧告がでました。  確かに昨日から雨は降り続いて、今朝..

  • 梅雨の晴れ間

     梅雨入り宣言から一週間一粒の雨もふりません。 やっと明日辺りから雨模様のようで、今日が最後のお日様とニュースが朝からノラの私に 何かしなさい。早くしなさい。とけしかけています。    自分の中でやるべきことは決めているのだからうるさいなあとしかめっ面。  この頃になって「明日の体調なんて起きてみないと分からない」と言っていた友の気持が 分かるようになりました。   十時にはお布団をほしました。今日は体調よさそうと思いながら一休みしていると、 「ピンポーン」とチャイムがなりました。 えっ誰か来た嬉しいなあと、出てみると宅急便でした。  コロナのせいで誰も来る人なんかいないと分かっていながらつい、飛んで出てしまう。    大阪の弟から、なんだろうと開けてみると美味しそうなデザート。にんまりしてしまう。  二つのフルーツを二層に重ねてたっぷりのゼリー。可愛..

  • 梅雨の晴れ間

     梅雨入り宣言から一週間一粒の雨もふりません。 やっと明日辺りから雨模様のようで、今日が最後のお日様とニュースが朝からノラの私に 何かしなさい。早くしなさい。とけしかけています。    自分の中でやるべきことは決めているのだからうるさいなあとしかめっ面。  この頃になって「明日の体調なんて起きてみないと分からない」と言っていた友の気持が 分かるようになりました。   十時にはお布団をほしました。今日は体調よさそうと思いながら一休みしていると、 「ピンポーン」とチャイムがなりました。 えっ誰か来た嬉しいなあと、出てみると宅急便でした。  コロナのせいで誰も来る人なんかいないと分かっていながらつい、飛んで出てしまう。    大阪の弟から、なんだろうと開けてみると美味しそうなデザート。にんまりしてしまう。  二つのフルーツを二層に重ねてたっぷりのゼリー。可愛..

  • 9歳になったさくらんぼ日記

     今日は青い空に所々白い雲が浮かんで澄ます。 このところ雲一つない青空が続いていました。  家にこもってなんとなく過ごしている日々も、もう随分続いています。 今朝何気なく庭の木を見ているとさくらんぼの木が目に留まりました。 「あれっ思えば今年さくらんぼの花を見なかったきがする」よく見ると枝の先の方が 枯れているように見えました。  枯れています。この木ももう六十年もこの庭にいるのですから。  つくづく自分の来し方を思わずにはいられません。胸が痛くなるような切ない気持です。  私の「さくらんぼ日記」みたいだと思いました。  もう九歳にもなってよろよろと、思い出したように綴るブログ。  娘に勧められ始めた頃の、あの意気込みも楽しさも元気もありません。 かと言って止めるのも残念な気がするのです。  毎日楽しみにしているお気に..

  • 夏も近づく若葉の美しい季節なのに

     美しい季節とはうらはらに、鬱陶しく重苦しい毎日が続いています。 籠っている家を一歩出ると若葉の香りがどこからともなく漂ってくるのに。  楽しみに通っていたカルチャー教室ももすべて休講。 友人たちとの電話でのお喋りも種切れ。朝晩一人で行く散歩も寂しい。  心身ともにしっかりしません。  コロナウイルスがなくなるのはいつの日か。 たまに顔を会わせるご近所さんとも長話は禁物。寂しいですね。  太陽の光が降り注ぎ、青い海に沿ってをごとごと走る電車に乗って終点まで行けるのは いつになるのでしょうか。  その日まで元気をだして笑って待ちましょう。

  • 公園の桜が満開になりました

     澄み渡る春の空を、満開の桜の花の下に入り込んで覗くのが好きです。    コロナウイルスのために鬱陶しい毎日が続いています。  毎朝知事さんが当地のコロナ感染者の様子を報告して下さって、感染者やその関係者の ことも発表されるので、不安もそんなに切実ではありません。  それなのにマスクも消毒液も、トイレットペーパーさえ売り切れて、そこそこ買いだめを している人もいるようです。    私が通っているいくつかのカルチャー教室もすべて休講の通知が来ました。  行けるところは病院だけと言う人もいますが、残念?と言うべきか私病院にも縁なし。  で近所の年の離れた仲良しと二人で近くの公園へ桜見物に出かけました。  歩いて十分余り昔から市内の桜の名所のひとつで有名なお寺のある小高い山です。   昔は我が家の縁側からその桜が見えて、満開になったら見物に行ったものです。  と..

  • 一期一会 早春の別れ

     雲一つない空のあたりに早春の冷気を漂わせて風が吹きわたっている。  体調も良く快適に朝の家事諸々を終えて新聞を読む。 コロナの文字があちこちにあって目障りなこと。気持まで落ち込みそう。  そして何気なく見ていた「お悔み」欄で見つけてしまった。  一瞬息が詰まった。胸がどきどきした。  もう一回目を見開いて亡くなった人の名前を確認する。  丁度一か月前の雨の土曜日、私は一か月に一回ある文学セミナーの会場に行った。 一月は欠席したので今年になって初めてだ。  いつもの部屋に人の気配がなく準備されている様子もない。どうしようと思っている所へ 彼女が来たので二人で事務室に行き休講を知った。  玄関で降りしきる雨を見ていると彼女が声をかけてくれた。  私は二十年近く通っていたけど彼女は初めてだと言う。 お互いに自己紹介してこの人が陽子さんと知った。  ..

  • 春風でコロナを吹き飛ばせ

     わんぱく坊やが二人小さい川の岸辺で、大声で何か叫んでいます。 そろそろと近づいて柿の木の陰から耳を澄ましました。  風吹け風吹けもっと吹け 台風くらい吹いてみろ  コロナをあっちに吹き飛ばせ 山の向うへ吹き飛ばせ  思わず笑いながらつい拍手をしてしまいました。  こんな坊やでもコロナのことは分かっているのです。学校もお休み行く所もない。 大人たちはお仕事に行って、お昼ご飯もお姉ちゃんとふたりでママの作ったお弁当。  近くのお友だちと歌うしかないのです。  でも彼らの顔は穏やかな春の日差しにほの赤く染まって元気いっぱいです。  こんな私も楽しみにしているすべての会の主催者から中止、休止の連絡がきました。    コロナの今後については大学の先生も、テレビのコメンテイターも歯切れの悪いこと。  桜の開花のニュースが少し元気付けてくれるけれど、..

  • 鈴のふるさと 学生時代 2

     鈴が転校した中学校はお城の北、城北地区にあり文京地区で国立大学と私立大学が 隣接し、鈴が入学した高校もその隣にあった。  そのころには鈴一家も、あの小さかった官舎から広い所に移り、しかも高校まで三分と近い。    鈴はこの中学校で生涯の親友となった二人の優しい友と、巡り会った。 花絵さんと静子さん、鈴。全く性格の違う三人がどうしてこんなに仲良くなったのだろう。    名前の通り美しくて賢い花絵さん。  優しくておしゃれ、スタイル抜群の静子さん。  「ありのまま」がモットーで自分の考えはとことん通す意地っ張りの鈴。  何故か気があって意気投合した十五歳の三人だった。  そして一年後揃って高校に進学した。  高校の三年間三人は一度も同じクラスにならず、唯一体育の時間だけが一緒で顔を会わす程度。 ただ家が近かったこともあり、よく集まってお喋りしたり、映画に行ったり..

  • 春子さんの茶の間 その13

      窓ガラス越しの陽の光はもう春爛漫の感じ。 庭の椿も一度に咲いた。 真紅で大きめ女王様のようなのも、ちまちまと小さい藪椿も、しっとりとうつ向いている白い椿も。    寒がりの春子さんには嬉しいけれど、こう一足飛びに春がきたのでは風情がない。    春子さんには家事の外にやることは沢山あって、一日中退屈をすることはないけれど、 それと寂しいのとは別物だということに、ずっと前から気が付いてはいた。  近頃特に感じる。親しい友もみな老いて「出かけよう」と誘っても「明日になってみないと」と 起きてみないと体調が分からないなどと、情けないことを言う。  友がおかしいのではない。春子さんが元気過ぎるのだ。  昔から元気だった。両親に感謝しなさいよとよく言われた。  出かけると言ってもデパートをぶらついて食事してコーヒー飲んでお喋りするくらいのこと。 まあデパートでも今と..

  • 穏やかな春の始まり

     暖冬の令和二年。悩まされ続けた風邪もやっと出て行きました。 穏やかなお正月、節分、立春、思うに毎年散歩をしながら口づさむ「早春賦」今年は 歌っておりません。 春は名のみの風の寒さよ.....  我が家の近くに大学のグランドがありそれを囲むように樹齢50年にも及ぶ楠木が並んでいます。    私たちが希望に胸膨らませて新居をここに建てたのもそのころでした。 まだ若木だった楠木の上に沈む夕日が本当に真っ赤で、二人でよく眺めたものでした。  子供たちが巣立ち二人になっても、転勤や二人の仕事の都合で、さてこの家に二人で いたのは何年位かしら。  又一人になってしまった私はもう十四年近くここに一人でいます。  嬉しいことに近所の人たちも好い人ばかりで、みなさん優しくして下さいます。  私いつも娘に言っては笑われるのです。 「退屈はしないけど、それと..

  • 令和 鬼の霍乱

     一月も終わろうと言うのに残念ながら、未だにひょろひょろしている自分が情けない。 やっと一か月も滞在した東京から帰ってきて、我が家が最高と、いつもの私なら。  ところが東京で遊び過ぎた過労が原因と思われる風邪に捕まってしまいました。 微熱 咳 腰痛一緒にきて声も涸れて、考えてみると五年振りくらいの病気です。  元気なだけが取り柄なのにと自信喪失です。 それでも今日は少し元気が出て、ようし!!と声に出してみました。  庭には水仙が清々しい白い花を、その葉っぱの緑の凛々しさ。  いつもの垣根のしたには夫の寒あやめ紫は彼の好きな色、思い出もいっぱいあります。  咲き残った椿の赤も所々に。 やっぱり我が家が一番。  でも今年は特に年齢のこと考えました。年なんて関係ないが私の持論でしたが大間違い。 元気だからこそそんなこと言っていられるのです。  風邪をひいても、足を捻..

  • 追憶

     雨は小降りになり「もうすぐ日差しが注ぐでしょう」とにこやかに気象予報士の女性。   傘をさしゆっくりと横断歩道を歩いて行く息子の姿が、いつしか遠い日の夫の姿に重なる。    行ってらっしゃい行ってらっしやい今日もまた  貴方の笑顔青い空  あの角曲がればもう見えぬ  後はお帰りを待つばかり  懐かしい歌が蘇ってきて少し胸が切ない。  新しい街で新生活を始めた二人に知り合いとてなく、この歌の歌詞がすとんと心の底に。  しばらく専業主婦だった私は、一人家にいるのが苦痛で、失業保険を取りに行く度に 早く就職しなさいと急かす職員に何度も言った。 「失業保険より給料が多い所があれば明日からでも出勤します。」  ほどなく「まあいいか」程度の仕事についた。  離れて過ごした三年余の交際の後の結婚は私にとって、「さよなら」を言わなくてもいいと 本当に嬉しく..

  • 十二階から見えるもの

     今日も一月中旬とは思えぬ暖かさ。十四度もあるという。  八時前に息子を送ったとき、富士山が余りにも神々しくて見とれてしまい 寒さは感じなかった。  九時ころ洗濯を干した時は、かなり風が吹いていたが、飛ばないようにするにはと 考えていたので、寒いとは思わなかった。  そのあとはずっと部屋の中、エアコンなしでコタツに入っている。  雲一つない真っ青の空を時々北に向かって飛行機が飛ぶ。ほほう自分もあんなに高い所を 飛んで来たかと、不思議な気がする。  マンションの真ん前を環七が走っているのに窓を閉め切ると騒音は気にならない。 時々走るパトカーや救急車のサイレンや、午後五時「お家へ帰りましょう」と子供たちに 呼びかける声はとてもよく聞こえて、何だか下町の匂いが嬉しい。  東のベランダから見ているとひっきりなしに常磐線の電車が行き来する。 早朝から深..

  • 明けましておめでとうございます

     遅ればせのご挨拶。  気がつけば長い年末年始のお休みも今日でおわりです。  東京滞在予定も半分終わりました。  あまり出かけることもなかった前半ですが、明日からは予定が詰まっています。    親友のいない東京は切なくて上京初日の空港でほろり。  最後のお別れをした駅に着いた時には流れる涙を隠すこともなく、立ちつくしていました。  早一年過ぎたなんて、本当に寂しい限りです。  毎年二人でお参りした浅草寺にもなかなか足が向きません。  でもお墓参りの約束だけは彼女そっくりの、優しい娘さんと早くにしてあります。  さて旧友と会う約束が二件、横浜の弟宅を泊りがけで訪ねる予定。  新国立競技場もちよっと眺めたいし。東京のあちこちも足には自信があるので頑張ります。  オリンピックもマラソンなら見られると楽しみにしていたのに、札幌では残念。  それに十日は目出..

  • 上京して四日 令和も暮れていきます

     どこまでも澄み切った透き通るように青い空。 遥かに真っ白に輝く富士山がみえます。  四日前、いつものように快適な空の旅、環七の渋滞もなくリムジンバスは定刻息子のマンションのある駅に到着しました。  思いもかけず娘がベンチに座っていて私を迎えてくれました。仕事のはずなのに五か月振りの 対面なので休みとつたのかなあ。少し嬉しがっている私がいます。  それから二人で掃除やら買い物やら、彼女は私に似ずあまり喋らないので私一人がお喋り。 夜には仕事から帰って来た息子と、楽しい賑やかな嬉しい一日目でした。  それからは老骨に鞭を打ちつつ私の独壇場。「年の割には元気だなあ」と自画自賛しつつ 働き続けて最後には倒れるのではと心配になるくらい家事全般をこなしました。  夜お湯たっぷりのお風呂の後息子の数分のマッサージが本当に気持ちよかったのです。  今日も午前中にと..

  • 鈴のふるさと 学生時代 1

     街に来てすぐ転校する中学校へ行った。何故か父と一緒に行くのが恥ずかしくて困った。 村の学校はニクラスだったのにここは五クラスあると聞いただけで足がすくんだ。  そうでなくても田舎から来て勉強も随分遅れているのではと、鈴は足が重かった。 校長室には年配の女の堀本先生がいらして、 「この学校で一番厳しい先生です」と校長先生に紹介されて鈴はますます小さく縮こまった。  でも鈴を見る先生の目は優しくて、鈴も思わずにっこり笑ってしまった。    教室には男女五十余人の同級生が待ち構えていて、興味深々。この頃には鈴も朦朧としていて 何が何だか分からぬうちに、教壇の上に立たされて先生が紹介して下さった後一言いいなさいと。  震えながら「よろしくお願いします」と小さい声で言った。  すぐに授業が始まり、待っていた英語の先生がペラペラといったら窓際の生徒がさっと立って 窓を開けたので..

  • 鈴のふるさと 学生時代

     鈴は父の転勤のため故郷の村を出て大きな街にやって来た。 五時間も汽車に揺られてトンネルをいくつもくぐり、紅葉した山の木々いつまでも続く青い海。  鈴はこの旅を退屈することなく希望と好奇心でいっぱいだった。 母に時々睨まれるほど弟妹とはしゃいでいた。    父から住む家が小さいことだけは何度も聞かされていた。  大きな街は戦争でやられ焼け野が原になったのだと聞かされていた。  汽車を下りて駅前の広場に立った時、鈴は言葉が出なかった。 弟が痛いと言うほどその手を握りしめていた。  高い建物はひとつもなく、た焼け野が原の街に電車の線路が真っすぐに延びていた。  やって来た電車で官舎のある所まで十五分くらい。 「お父ちゃん小さい家はこの電車くらいの大きさ?」小さい声できく鈴に父は頷いた。  これから鈴たち家族七人が住む家に着いた。 「大きいじゃな..

  • 初冬の庭で

     短い秋を楽しむ間も無いままに冬の声を聞いた。 立春と聞けば心も弾むのに、一文字違うだけで立冬は何となく寂しく侘しい心地がする。  先日剪定をして頂いた。 この職人さんに剪定をお願いするようになってもう十一年。 知人の紹介で初めて来られた日、庭を丁寧に見てから私に言った言葉が忘れられない。 「この庭を見ていると、作った人の気持ちがとてもよく分かります。愛情がいっぱいですから」    四十代と思われる彼の顔を思わず見直してしまった私。本当に嬉しかった。この人なら 夫が自分で作りたかった庭を引き継いで大切にしてくれるような気がして安心した。  朝の八時半から五時半まで黙々と作業をされるので、お茶を差し上げる時だけ話をする。  椿、梅 さくらんぼ ウバメガシ 利休梅 百日紅 山茶花 つつじ 紫陽花 木蓮 そして松 小さい庭に、まあいっぱい。  この上牡丹を..

  • 春子さんの茶の間 その13

      金木犀の香りが漂ひ、やっと秋らしい気配がしてきました。 余りの暑さに精神的にも疲れ果てて外出もしなかった春子さん。 今日は久し振りのカルチャー教室にでかけました。    珍しく小雨で新調したばかりの折り畳みの雨傘もさしてみました。 若草色の濃淡の雲形模様が意外に素敵で、今更のように勧めて下さったデパートの 店員さんにちよっと感謝する気になってみたり、春子さんの気持ちも上向きがち。    NHkカルチャー教室は市の中心部にあり終わってからの方が楽しみな面も。(苦笑)   春子さんは教室などで友だちになるタイプではないので、ご挨拶だけで終わるから みなさんの名前や顔さえ覚えていません。終わればさっさと帰るのです。    でも今日の教室(史記を読む)では生徒がたった四人、女性は二人だけだったので 二年前初日に彼女が声をかけてくれました。     kさん。年..

  • 秋が来た! と思われるのに

      暑い暑いと呪文のように唱えていた九月も今日で終わり。  期待していたように、このところ風は確かに涼やかで、空は惚れ惚れするほど真っ青。 時には白くちぎれた鰯雲、ついにんまりしてしまうのです。   庭の秋明菊もその気高い白い花を開いたし、稲穂も畔に咲く彼岸花も赤く力強く燃えています。    それなのに今日はまたまた三十度超え。エアコン出動です。  明日からは予定が目白押し。出かける用事もあるのに予報は雨と曇り、そして気温は三十度。 一週間ほど前には夜が来ると虫の声が美しくて、嬉しがっていたのに。  のにのにと、のにバアサンの恨み言が続きます。  それでも少し日差しが陰ると途端に秋の気配が漂うから不思議です。  秋祭りもすぐで子供たちの元気なお神輿が回ってくる頃には少し涼しくなるでしょうか。  今日は近所の方がよかったら行きませんか。とスーパー..

  • 春子さんの茶の間 その12

      連日の猛暑にげんなりの春子さん。  二週間前に涼しい風が渡り、小学校の四本のポプラの木が秋色の青い空に突き刺さったように 緑の葉っぱと溶け合っていた。  ああ秋が来た。春子さんは心の底から嬉しかった。  それほど今年の夏の暑さは尋常ではなかったのだ。    爽やかな毎日が一週間続いて、もう夏服はいらないなあ。    ところがまた暑さが戻ってきて連日の32度が留まらない。一度涼しくなった分余計きつい。 午後からはエアコンの中にどっぷり、何をするでもなく得意のノラを決め込んでごろごろ。  日が傾きかけて少し涼しくなったので外に出ると、隣の家のご主人が立っていた。 「こんにちわ。一人だから気になるんですよ。変わりないですか」にこにこと声をかけてくれた。  やれやれ同い年なのに年寄り扱いしないでと思いつつ 「はい有難うございます。元気ですよ。まあ血..

  • 寂しん坊のある日

     今日も朝から蝉の声がやかましい上に、お日様ぎらぎら。 うんざりと窓の外を眺めつつ房江は今日こそ病院に行こうと思っていた。  どこと言って悪いところもないのに、全身倦怠感とふわふわ感で心もとない気持ち。    じっと考えてみるのに、これはもしかして鬱ではなかろうか。    後期高齢者で一人暮らしももう長い。  自分のことだけ考えていたらいいのだし、友達もいるし趣味もあるし、退屈をすることもない。  他人様からみれば気楽なばあさんなのだ。  ただ、退屈しないことと寂しいことは全く別物だと房江はこの頃やっと気がついた。  近所の少し年上の初枝さんの姿が見えないなあと思っていたら、昨日見かけたので 「初枝さんどこかへおでかけでしたか」  と聞くとくっくっと笑って 「私入院してたのよ。そこの脳神経外科へ」 「えっ脳神経外科?」 「昨年倒れて入院してから、しんどくな..

  • 奥様とばあや

     いつもより少し早く朝の家事が終わった。  空は真っ青で太陽はギラギラ今日も真夏日だ。  一人住まいの私の一日は毎日同じで全く面白くもない。    ふと街にでも行ってみようかと友の顔を思い描いてみたが、みんな浮かぬ顔をしている。  この頃では用事もないのに出かけることなど考えたこともなかったのに。    神の啓示だ。出かけよう。 でも暑そう、別に用事もないし。もう一人の私がぐどぐどと足を引っ張る。  バス停までの三分が暑いだけよ。バスは涼しいしデパートはもっと涼しいと私。 その時閃いた。そうだタクシーにしょう。  悲しい悲しい主婦の性、バスは260円タクシー1500円。でも今日は決めた。  そうなると気持ちが華やいでいつもより少しはお洒落してみようとフアッションショー。 好きな黒のプリーツスカートに薄紫の小花柄のインナーにベージュのレースの軽い上着。  ..

  • 春子さんの茶の間 その11

     今日も猛暑だと、とテレビ画面にはずっと高温注意報がでている。 それでも午前中は日によって違う方角から涼しい風が吹き抜けているので、エアコンはいらない。  朝の家事を済ませると春子さんは新聞を持って茶の間に篭った。 庭のランタナの朱色の花と緑の葉っぱが風に揺れているのが、レースのカーテン越しに見えて ついにんまりの春子さん。    今春子さんには心配事がひとつある。 高校以来の友葉子さんのことだ。    春子さんの友はみなさん旦那様がお元気で「共白髪」を満喫していらっしゃる。 で、食事をしましょう、とか買い物に行きましょうと、容易には誘えない。チャンスだと 思っても「朝にならないと体調がわからないから」と言われると後の言葉が出ない。  そなん中でただ一人葉子さんは元気で車にも乗っているから、時々春子さんの茶の間に 寄ってくれてコーヒー飲んでお喋りが弾ん..

  • 突然の猛暑にがっくり そして danの繰り言

     過ごしやすい梅雨、暑くもなくムシムシもしない。 青田を渡る風は心地よくて梅雨入りはしたものの、元気いっぱい快適な毎日でした。  ところが大雨警報や雷注意報が毎日出るようになり、その割には当地は大したことなく 先日平年より大分遅れて梅雨明け宣言がありました。  七月も半ば過ぎなのだから暑いのは覚悟していました。 でも26、7度だった気温が連日33度超え。「ひぇー」ジジ、ババの悲鳴です。  午前十時を過ぎるとエアコン無しでは死んでしまいそうな暑さです。 家に篭り涼しい所で非生産的な怠け者の私はとろりんとしています。  いつもの夏とどこが違うのか、そう確かにひとつ年はとりました。でも別に悪いところが 増えたわけでもないのに。 やっぱり突然の大きな気温の変化に体がついて行けなかったのでしょう。    私はのらだけど、今日はこれをしょうと決めたら少々体調が悪くで..

  • 雨が降ります 寂しい雨です

     毎日が日曜日の私にとって三連休なんて関係ない。とひねくれて降り続く雨を眺めています。 出かける予定がない日の雨は好きです。しとどに優しく降る雨はでも少し寂しい。  朝から予定の家事はさっさと片づけて、緑が一際美しい庭をぼんやりと見ていると 胸の底の奥の方がじんわりと痛くなって、心の中の涙を一粒そろりと吐き出してしまいます。 そして二階に駆け上がり馬鹿な私はやっぱり「宝物」を引っ張り出して一人でニヤリと うつ向いて笑います。  そう六十年も前の私と彼の青春がいっぱい溢れている往復書簡です。   彼が逝ってもうすぐ十二年にもなるのに、彼は私から片時も忘れない。 おはよう、お休み、暑いね、寒いね。私から一方的に話しかける毎日です。  まあ考えてみれば、そんなことだけ考えて過ごせる私は幸せなのかもしれません。  私の親しい友人は皆さん旦..

  • 心優しい人の家

     美千代は接骨院の石段が苦手だ。 たった三段だけど一段が結構高い。そしていつもここで少し忌々しい気持ちになる。  だってここに来る人は足や腰が悪い人が多いのではないか。と少し先生が恨めしい。  美千代が膝を痛めて困っていた時、知人が好い先生だと紹介してくれたが、六十そこそこで 接骨院というと「年寄り」の行くところだと少し抵抗があった。  それでも膝の痛さに負けて渋々やって来た。  五十歳代の先生は腕が良いだけでなく、なかなかイケメンで優しくて話もよく聞いてくれるのに 無駄口をきいたり、他の患者の噂話などはしない。  美千代はすっかり先生のファンなって膝が治ってからもご縁は続いている。  あの頃は石段なんて気にもならなかった。  あれからもう五年、美千代もりっぱな高齢者。この頃では腰も肩も時には体中が痛い。 そして石段が苦手になった。    それでも今の..

カテゴリー一覧
商用