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2010/08/09

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  • 第3656日目 〈抛り投げた物語のこと。〉

    なにを書くか定まらぬままなんのこともなしに擬古文の掌編を綴っていた。掌編というよりはプロット、アウトラインというほうが近い。あまり長いものはもとより書く気もなかったから、そんな風になるのは必然か。 内容? どうということもないボーイ・ミーツ・ガール。まァなんというかね、田舎から出て来た女の子に懸想した都会の男子が告白して断られる話、です。 拒む意味の古歌を男子が受け取ったところで筆を擱いた(抛り出した)が、続きの構想は勿論あった。どんな続きを考えていたか、それは語るに及ばぬ。自制じゃ、自制じゃ。 ただこの一篇を完成させたい希望はある。望みとしては、中途半端に抛ったこれに加えて、学生時代に書いてルーズリーフに眠ったままな(やはり擬古文の)祝言談と、爵位ある地方領主を主人公にしたファンタジー、他数篇を集めた物語集を編んでおきたいな。とはいえ、さて、この企み、果たしてどうなりますこ..

  • 第3655日目 〈翻訳、翻案、再話のネタの捜し方。〉

    小説の題材にする話は、自分をよく出せるものを選ぶ。 ──上田秋成が『雨月物語』を書く直前に訪ねた都賀庭鐘から受けたアドヴァイスである。真偽はさておき、大谷晃一『上田秋成』(P63 トレヴィル 1987/06)にある挿話だ。 当時秋成は、いわばデビューして間もない新進気鋭の小説家だった。処女作『諸道聴耳世間猿』と続く『世間妾形気』は、井原西鶴によって交流を決定附けられた浮世草子に分類される。が、「和訳太郎」のペンネームで両作が上梓された頃既に浮世草子は、衰退の一途を辿っており、また両作とも浮世草子の枠から逸脱する部分がある、異形の小説だった。詳述はしないが端的にいうて、それらはなにかしらの原因によってわが身を滅ぼしてゆく人々の話なのだった──その面を以てのみして『諸道聴耳世間猿』と『世間妾形気』を〈滅びの文学〉と述べることはあながち誤りとはいえないと思う。 幼き頃に生母と別れて..

  • 第3654日目 〈夜更け、上に覆い被さってきたもの。〉

    金縛り、というてよいか迷うのだが、以前は時々、いまはごく稀に、夜更けの刻、寝ついてうつらうつらしている際にとつぜん、体全体が上からなにかにのしかかられているようになり、四肢の自由がなくなって動かせず、なにかがいるような感じがしてならない経験をする。そのとき自分のまわりの空間は重油を多量に含んだ液体を固めて作った壁みたくなっていて、ねっとりとした空気に支配されて、……息苦しくて、声も出ず。 以前は時々、いまはごく稀に。 ──昨晩、久しぶりにそんな経験をしたのである。解放されて時計を見ると、(午前)2時27分、だった。 電気を消して、ぼんやりしてるうちに眠ってしまった。ありがたいことにちかごろは、寝つきが良い。オーディオブックやYouTubeの助けを借りずとも、十数分後には寝に落ちていることも当たり前となり。 一時間半程の後。 なにかがベッドのそばへ来て、腕に触れた。独り..

  • 第3653日目 〈”はじめて”はすんなりゆくものにあらず。──仏教美術の読書の場合。〉

    やはり”はじめて”はむずかしい。はじめての分野の本は終わるまでに時間がかかる。その分野独特の専門用語や文章表現になかなか馴染めないからだ。立花隆や佐藤優のように、曲がりなりにも〈知の巨人〉と呼ばれる人たちならばそのあたり、なんの苦もなくクリアできるのだろうけれど、凡人の極みたるわたくしには到底できぬ芸当だ。 殊、はじめての分野での最初の一冊が寝る前の、こま切れ時間を用いた読書であるならば菜緒更である。まったくの五里霧中状態からどうにか抜け出せるようになるのは、読書も中盤に差しかかる時分のことであろう。否、読書中にそんな状態になれれば万々歳というべきか。 かつて岩波ジュニア新書から出ていた水野敬三郎『奈良・京都の古寺めぐり 仏像の見かた』(1985/02)をいま読んでいるのだけれど、これが存外にカロリーたっぷりの内容で、仏像の名称にまず難儀する。続けて細部の説明を、図版と見比べなが..

  • 第3652日目 〈平井呈一怪談翻訳集成『迷いの谷』を読みました。〉

    平井呈一怪談翻訳集成『迷いの谷』(創元推理文庫 2023/05)が出た。しまった、やられた。もっと早くにやはり手を打つべきだった。己の懶惰が招いたそんな後悔が、ページを繰る手を鈍らせる。 M.R.ジェイムズとA.ブラックウッドの小説が主柱になる本書だが、こちらは既に原本を所持しているので「読む」というよりは「目を通した」というが正しい。翻訳小説については平井の初期訳書、A.E.コッパード「シルヴァ・サアカス」とE.T.A.ホフマン「古城物語」が読めるのがなによりの収穫。 後者は奢灞都館版で馴染みがあるとはいえ、こうして文庫で読めるとなるとまたその価値は格別だ。誰もが読める状況が作り出されたことが、なにより嬉しい。ドイツ・ロマン派の雄ホフマンの名作が手軽に読めるようになったことを、やはり喜びたい。 もう一方のコッパードだが、こちらも文庫で読める日が来ようとは、まさか思うておらな..

  • 第3650日目 〈並列読書って、誰でもしてなくない?〉

    場所によって読む本を換えよ。その場所に本を置いておけ。 ──成毛眞が著書『本は10冊同時に読め!』(三笠書房 2013/04)で主張するのは、この一点である。分量にしてわずか数ページ、他は壮大なる著者の読書論、購書論……しかも偏狭な。 並列読書。著者はそう呼ぶ(但し命名者は別の由)。それはどのようなものか。曰く、── 「超並列」読書術とは、1冊ずつ本を読み通す方法ではない。場所ごとに読む本を変え、1日の中で何冊もの本に眼を通す読書法である。(P12) ──と。 数をこなす本読みであれば誰もが採用する結果になる読書術であり、家のあちこち、普段使いする荷物のなかに、本を置いておくのも同じだ。つまり、そうした人々にとってはなんら目新しいところのない手法なのである。でも、あまり読書しない人、1冊集中型の人には良くも悪くも新鮮な読書術かもしれない。hontoやブックメータ..

  • 第3649日目 〈ちかごろ同じ話題ばかりでツマラン、というてきたと或る読者に。〉

    「最近は本の話ばっかでツマンネー、他の話題はないのかよ」と直接いってきた、と或る読者のご質問にお答えしたい。おそらくそれが、大多数の読者諸兄が思うていることでもあろうから。 いやいやまったく、ツマラン気分にさせて申し訳ない。 同じ話題が手を替え品を替えて続くのは、最近殆ど家に居て、外に出ることが余りないからなんだ。本の話以外に書きようがない、と開き直っているわけではない。 わたくしも最近は、本の話ばっかりだな、と反省している。事態の改善にはかなり時間がかかりそう。為、咨モナミ、君よ、それまで他をぶらついて来なさいな。 本以外の話題を頻出させられるようになったら、その時はまた君の名前を呼んでみるからさ。わたくしの声が聞こえたら、帰ってくるといい。 アディオス!◆

  • 第3648日目 〈わたしの人生を決めた本──『文藝春秋』2023年5月号特集に倣う。〉

    本のない生活は想像できぬ。本を読まない生活は想像できぬ。──いったいどうして、こんなわたくしが作られたか。 『文藝春秋』2023年5月号の特集は「私の人生を決めた本」だった。「読書家81人による史上最強のブックガイド」と銘打ち、池上彰や鈴木敏夫、矢部太郎、スピードワゴン小沢らが思い思いに、これまでの人生で出会い、その後の自分に影響を与えた、自分を変えた本を、語っている。たとえば、第二次岸田改造内閣で外務大臣を務める林芳正は、安岡正篤『百朝集』を挙げる。Aマッソ加納愛子は司馬遼太郎『龍馬がゆく』、宮崎美子はウィリアム・サロイヤン『人間喜劇』、角川春樹はナポレオン・ヒル『巨富を築く13の条件』を……と続いてゆく。 翻って──僭越ながら筆者がいちばん勝手のわかっている某人物の場合は、といえば…… 人生を決めた本、なんてそうザラにあるものではない。某はそう語る。 中高生の頃に読ん..

  • 第3647日目 〈無味乾燥な政治家の本を書いたのは誰か。〉

    相も変わらず、性懲りもなく、本の話。 政治家が書いた(とされる)本。政治家について書かれた本。政治について書かれた本。そんなのを、日中は読んで過ごしている。いつもじゃないが、外出した際に読むことが多い、という意味で。いまは前首相にして元官房長官名義で出版されている本だ。 わたくしが声を大にするような話ではないし、そもそも冷静になって考えると自分に言う資格があるのか甚だ疑問であるが、要するに、政治家が書いた(とされる)本を読んでいると極めて退屈で、欠伸が出る。なぜならば、政治家名義で出版された本は数こそあれど、無味乾燥な文章がだらだら続き、読ませる技術が劣った本が、その圧倒多数を占めるからだ。 これまで何人もの政治家の本──現役であれば政策や国益について熱弁したプロパガンダ文書、引退していればお決まりの自己擁護が跋扈する回顧録──を読んできた。好きでいろいろ読んできたのだ。それ..

  • 第3646日目 〈塵も積もれば。──次に読む本を選ぶ楽しみ。〉

    まこと、至福の時は夜、床に入って電気を消すまでの時間。すぐには寝附けぬから、奥方様としばし話したあとでおもむろに、枕辺の本を開く。奥方様も同じだ。 三鬼清一郎『大御所徳川家康』(中公新書)があともう少しで読み終わる。残すは第9章と第10章。大坂の陣も終わり、武家諸法度と、禁中並公家諸法度も発布し、幕府体制がこんにちわれらの知るような形となって、家康自身は駿府で文字通りの、人生初めての楽隠居の時間を持つ。 ほぼ毎晩、ちょっとずつちょっとずつ、ページを舐めるようにして読み進め、あと40ページ程で読了となる。別稿で挙げた『ウクライナ戦争』同様、読めても精々が小見出し1個から2個分が限度。千里の道も一歩から、とはその稿に付けたタイトルでもあるが、こちらも同じで──それでも敢えて別のいい方を探せば、塵も積もれば山となる、か。この『大御所徳川家康』はTwitterで読了ツイートした後に感想文..

  • 第3645日目 〈千里の道も一歩から。──小泉悠『ウクライナ戦争』を読んでいます。〉

    あまり長くいると体に支障を来す場所で、小泉悠『ウクライナ戦争』を読み耽るようになって早1ヶ月。一度に読めるのは、精々2ページから3ページ、小見出し1個分くらい。それでもどうにか半分まで来た。正直、いつ読み終わるのかな、不安にならないでもないが、知らないことを知る愉しみには抗えない。だからそこへ行くときは手ぶらで、ふらり、扉を開けて座を占める。 昨年2月に始まったウクライナ戦争についてはピンからキリまで、星の数程の本が出版されて新刊書店の棚の一大勢力となっている。新聞は日々、戦況や政治情勢について報道し、節目にはこれまでの流れを総括した記事を載せたりもする。テレヴィやSNSも同様だ。 情報は膨大にあって、休む間もなくわれらの許へ押し寄せる。情報(ニュース)の真偽を見極めるどころか、この戦争について基礎的な知識や理解も定着しないまま新しい情報に呑みこまれていまに至っているのが、実情と..

  • 第3644日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉12/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←FINISHED! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)←FINISHED! 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集)←FINISHED! 九、朔太郎『古今集』選歌に触..

  • 第3643日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉11/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←FINISHED! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)←FINISHED! 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集)←FINISHED! 九、朔太郎『古今集』選歌に触..

  • 第3642日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉10/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←FINISHED! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)←FINISHED! 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集)←FINISHED! 九、朔太郎『古今集』選歌に触..

  • 第3641日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉09/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←FINISHED! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)←FINISHED! 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集)←NOW! 九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが..

  • 第3640日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉08/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←FINISHED! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)←NOW! 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集) 九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが所感(古今集) 十..

  • 第3639日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉07/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←FINISHED! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)←NOW! 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について) 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集) 九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが所感(古今集) 十、総じて朔太郎は「六..

  • 第3638日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉06/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←FINISHED! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)←NOW! 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」) 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について) 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集) 九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが所感(古今集) 十、総じて朔太郎は「六代集」を評価する者に..

  • 第3637日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉05/12

    目次 零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED! 一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED! 二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED! 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←FINISHED! 四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)←NOW! 五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」) 六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」) 七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について) 八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集) 九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが所感(古今集) 十、総じて朔太郎は「六代集」を評価する者に非ず。(六代歌集) ..

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