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 ほぼ毎日、更新中。さとう珠緒じゃないが、「お暇なら来てよね」というところか?  海外の小説、大好き。音楽、大好き。映画、大好き。コーヒー、大好き。スタバ、大好き。『ONE PIECE』、大好き。『F.S.S』、大好き。海ある故郷、大好き。  いい年こいて、隣の席の年下女子への片想いに悩む、そこそこ青年そこそこ中年男子。細々ながら兼業作家をやっています。

ブログタイトル
Let's be Friends,
ブログURL
https://sketchbookrf044.blog.ss-blog.jp/
ブログ紹介文
病で逝った婚約者へ。9.11で逝った友らへ。聖書を読むのは思い出と鎮魂のため。時々エッセイや小説も公開。
更新頻度(1年)

218回 / 365日(平均4.2回/週)

ブログ村参加:2010/08/09

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みくら さんさんかさん
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みくら さんさんかさんの新着記事

1件〜30件

  • 第2869日目 〈青空文庫で太宰治「諸君の位置」は読むな。〉

     漫然と──本当はなにか目的があったはずなのだが、忘れた──太宰治の著作年譜を眺めていたら、否応なくその項目で目ン玉が止まった。件の条に曰く、「昭和15/1940年3月 『月刊文化学院』に「諸君の位置」を発表」と。  こ、これはいったいなんだ? 「諸君の位置」とは、発表媒体から察するに、随筆のようである。『月刊文化学院』とはおそらく当時の文学科有志による同人雑誌に相違ない。それにしても、咨、まさか、太宰と文化学院が結びつくとは……!  文化学院とは大正10/1921年、神田駿河台に創立せられた自由主義を謳う学校である。創立者は西村伊作。学監・講師陣には錚々たるメンバーが名前を連ねる。およそ日本の近代文芸史に名を残す人は残らず、駿河台に集って教鞭を執ったのではないか、と錯覚してしまうぐらいだ。創立当初は与謝野鉄幹・晶子夫妻、画家の石井柏亭、婦人運動家の河崎なつを中心に作曲家の山田耕筰、フ..

  • 第2868日目 〈クライヴ・バーカー《血の本》が日本に登場した頃。〉

     友成純一の本を読んだという人に、「クライヴ・バーカーの《血の本》シリーズがお好きかもしれない」と紹介したのは、きっとシリーズの訳者の1人、宮脇孝雄が『幻想文学』誌のどの号だかのインタヴューにて、翻訳の際(体の器官の表現について)友成の小説を参考にしたことがある、と答えているのを覚えていたからだ。──と或る日のTwitterでのやり取りの背景である。  そんなリプライをしたあとのことだ、「ああ、そういえばクライヴ・バーカー、しばらく読んでいないな」と、小さな懐かしさと一緒にその名、その作品を思い出し、帰宅して着換えるのももどかしく、ホラー小説を突っこんであるダンボール箱を開けて、各社から出たバーカーの文庫と単行本を引っ張り出し、机の脇に積み重ねてページをぱらぱら目繰ったのは。  ──わたくしの10代はそのまま1980年代に重なる。その後半から頓に海外文学の翻訳文庫に異変が生じたのを、こ..

  • 第2867日目 〈聖書つれづれ草〉

     「あなたの太陽は再び沈むことなく/あなたの月は欠けることがない。/主があなたの永遠の光となり/あなたの嘆きの日々は終わる。」(イザ60:20)  わたくしはこれは、婚姻を結ぶ相手との縁をいうのだと、勝手に解釈しています。<主>というが勿論、永遠なる結びつきの伴侶をいう。心も体も信仰も、この言葉の下に調和し、永久に結びついて未来への礎となる──。  「神が結び合わせたものを人は引き離してはならない」(マコ10:9)、「信仰と希望と愛、この3つは永遠に残る。この内もっとも大いなるは愛である」(一コリ13:13)、という福音書・パウロ書簡の言葉と併せて、大切に想い、噛みしめてよくその意味するところを考えるべき言葉でありましょう。 ○  聖書読書ノートとしての機能を本ブログが終えて、4年近くになろうとしています。逆にいえばその後4年もだらだらと、小説やエッセイなど飽きることなく書き綴って..

  • 第2866日目 〈ただ愉しみのためにだけ、ミステリ小説を読もう。〉

     高校生の頃、ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生、さようなら』(新潮文庫)を読んだ。図書室で借りたあとお小遣いをやり繰りして購入、その後幾度と読み返していまも書架の目立つ位置に置いてある、思い出の1冊である。随分とこの作家を気に入ったのだろう、高校を卒業するまでに『失われた地平線』『鎧なき騎士』『学校の殺人』を立てつづけに読んでしまった。これらはいずれも学校の図書室にあった。感謝。  その『チップス先生、さようなら』の開幕間もなく、先生の人物を紹介するに際して作者は、間借りしている部屋の描写をして本棚にクローズアップしたとき、いちばん下の棚にソーンダイクなどの探偵小説の廉価版がぎっしり詰まっていて、先生は時々このような小説を読んで愉しんでいた、と書く。その光景は瞬く間に己の脳裏へ、これ以上ないぐらい鮮明な映像となって焼きつき、ふとした拍子(たとえば書架の片附けなど行っているとき)に記憶の..

  • 第2865日目 〈野原一夫『太宰治 生涯と文学』を買いました。〉

     スーツを直しに出かけた帰り、野原一夫『太宰治 生涯と文学』(ちくま文庫)を古本屋にて購入。同じ店で以前、『回想 太宰治』(新潮文庫)を見附けて買った。ちょうど、『新ハムレット』所収「女の決闘」を読み始めたところで、しかも『太宰治 生涯と文学』を開いたら、偶然にもこの短編に触れたページが開いた。一瞬の逡巡は途端払拭され、他の文庫といっしょにレジへ運んでいた。  思い返せば、一人の作家をずっと読み耽っている間、研究書や回想など並行して購うたことある作家は、わずかだ。記憶をたぐれば鏡花と三島、E.ブロンテとドストエフスキーぐらいだ。そこに太宰が加わる。古典時代にまで対象を広げれば、定家卿と秋成が登場する──作品となればホームズがあるが、いまは脇に退かしておこう──。好む作家、淫した作家はまだあるにもかかわらず、どうしてこの4人だけなのだろう。  敢えて一言で回答するなら、自分と相通ずる部分..

  • 第2864日目 〈中居くんがジャニーズであるうちに、続きを書かなくっちゃね。〉

     うぅん、困ったなぁ。事前にわかっていたら、ちょっとぐらい無理してでも続きを書いていたのに……。先日、元SMAPリーダー中居正広さんの事務所退所の記者会見が行われました。それを知って思うたのが、「第2826日目 〈影の人生を努力にささげる人たち;ジャニーズのタレントたち。〉」の後編、<中居正広編>が未だ手つかずなことでありました。  時機を逸した、と弁解して逃げることもできる。が、かれが事務所にまだ籍を置いている今年度中に、いちどはお披露目して世に曝しておきたい。  ──そも中居正広の読書家たる面をフィーチャーするつもりで、がらにもなく件の原稿を書き始めたわけでしたから、そのことを書かずして放置するのは不全としか言い様がないのでありました(正直なところ、前稿に於いてどうしても書いておきたかったのは、木村拓哉と岡田准一の2人だったからね)。まぁ、有り体にいえば、なんだか落ち着かない..

  • 第2863日目 〈太宰治『きりぎりす』を読みました。〉

     『きりぎりす』は太宰中期、昭和12/1937年から昭和17/1942年の間に書かれた小説を収める。全14編。十八番の女性の告白体を始め、私小説、随想風とあいかわらず太宰の文体、文章の巧みかつ流麗堅固そうして自在な技を堪能できる。勿論、題材も多彩。津軽時代の回想に端を発した話あり、心中を決めながらどこか煮え切らぬ夫婦の話、友人のエピソードを交えながら犬嫌いの心情を吐露して最後は弱きものへの同情を覚える話、故郷での評判を機にしいしい同郷人の集まりに出かけて失態を演じる話、ろくでなしの夫にさんざん苦労させられた末遂に愛想尽かした妻の告白、先輩作家に滅裂な書簡を送ってたしなめられる話、家族の厄介者を冷徹した眼差しで描く作品、etc.etc.。  1編読了する毎、時に1行ばかりの素っ気ない、時にページの余白をびっしり埋める量の感想を、綴っている。なにかしら共鳴するところある文章にはカッコして、件..

  • 第2862日目 〈”あなた”が“ここ”にいればいいのに。wish you were hear.〉

     もう来週でわたくしはここからいなくなるのである。残念でならぬ。上のウケや覚えがどうあれ、六本木一丁目での仕事は愉しかった。作業に没頭して、あっ、という間に時間が経ってしまう感覚、作業繁忙だと残業願い出たくなる程に充実した気持ちなど、じつに何年振りか。多少の手空きな時間が生じるのは仕方ないとしても、それがそのまま無意味な暇を持て余すことにつながるわけではない。やることがある、というのは幸せなことである。  今日は金曜日、令和02年02月21日仏滅。わずかに仕事が途切れている間、わたくしは刹那夢想の世界へ入りこむ。下の階までエレヴェーターで降り、そこから地下鉄の改札がある階まで違うエレヴェーターで降りる。すると、エレヴェーター・ホールに、”あなた”がいるのだ。どこかで食事する約束でもしたのだろうか。近くまで来たら退勤の時刻だったので、不意討ち喰らわすように待ち伏せ……もとい、待っていてくれ..

  • 第2861日目 〈旺文社文庫を知っていますか?〉

     いまでも学校図書館に備え付けられているのだろうか、旺文社文庫は? わたくしの通った高校の図書室には、学校図書館向けに特別あしらえしたてふ単行本のように、ボール紙で厚くした若草色の表紙で装われた旺文社文庫が、文庫コーナーの主役を占めていた。度重なる貸出による表紙の破損等を想定して、あらかじめそのようにしていたと思われる。  読書の面白さ、愉しさに本式に目覚めた高校時代は別のいい方をすれば本代を如何に捻出するか、どの本を買うか取捨選択の目を養われる時代でもあった。もっともっと、と新しい本を求める飢えて貪欲な心には、自分で買える本に限りが生じる。その渇きを癒やす手段、不足を補う手段が、図書館(室)となるのは必然であった……むろん、わたくしだって例外ではない。  図書室に入り浸っていたわけでもないが、週1で通うことになり(あぁ、いろいろ事情あってな)、ふと目に付いた海外作家がエドガー・アラン..

  • 第2860日目 〈筑摩書房は小山清の全集を文庫で出してくれぃ。〉

     今日は短く行くぞ。と、柄にもなく宣言したところで、本日のエッセイの始まり、始まり。  『ビブリア古書堂の事件手帖』を読んでいなかったら、小山清の作品に触れることはなかったのではないか。太宰治の小説を読んでいると、小山に仮託したとされる登場人物に出喰わしたりする。その流れで小山清の作品集を探して読むことがあったかもしれない。が、現実的に考えて、可能性は低かったかも。物事にはすべからくタイミングというものがある、ということだ。  結果的にわたくしは『ビブリア古書堂の事件手帖』によって小山を知り、ちくま文庫から作品集が出されたときに飛びつくようにして読み、あまりの感激に同じ筑摩書房から出る<大人の本棚>シリーズに収まる1冊、続けて講談社文芸文庫の作品集へ手を伸ばし、偶然という幸運に恵まれて新潮文庫の作品集を手に入れた。初読のとき以来、梶井基次郎と南木佳士と同じく自分の心のずっと奥に大切にし..

  • 第2859日目 〈汚せ、汚せ、汚せ、その本を!!〉

     本を汚すことにいつからか、抵抗がなくなった。学校の教科書や資格試験の参考書を除いては覚えているかぎり、本に書きこみをした最初の記憶は20代中葉の頃でなかったか。専ら電車のなかで岩波文庫の八代集を読み通したときだ。  1994年3月、春のリクエスト復刊で『後撰和歌集』から『三奏本 金葉和歌集』『詞華和歌集』まで、古本屋で大枚叩かねばならなかった5つの勅撰集が書店の平台に並んだ。それを承けて改めて、『古今和歌集』と『千載和歌集』『新古今和歌集』を単独ではなく<八代集>という一つの大きな流れ──日本文化の美意識の温床ともなったこれらの和歌集を、最初から丸ごかしに、成立した順番に通読してみよう、と思い立った。電車のなかで、喫茶店の片隅で、夕暮れ刻の図書館の窓側の席で、自分の部屋で、シャープペン片手に気に入った歌に符牒を付けて、目次にその数を書いた。  これが自発的に本を汚した、一等最初の記憶..

  • 第2858日目 〈枯れ木に花を咲かせましょう;嗤いながら、『呪怨』を観る。〉

     あのね、みんなが怖い、怖いっていうホラー映画の殆どに、「え、どこが?」と返してしまうわたくしは、もはやそのあたりの感覚が麻痺しているのだろうか。いまではなにを観ても基本、心中ツッコミの言葉を呟き、時には呆れの溜め息、また失笑苦笑くすくす笑い。  とはいえ、わたくしにもウブな時期はあったのだ、勿論。『悪魔のいけにえ』『死霊のはらわた』『デモンズ』『血の祝祭日』等々、いまでは鼻歌交じり、欠伸混じりで鑑賞できるが、初見の当時は怖くて観たことに後悔を覚え、そうして或る時期まで観るを控えていた映画は多い。  本朝のホラー映画でそれに匹敵するような作品──初めて観たときは震えあがったけれど、いまでは当時の怖がりっぷりもどこヘやら、という作品あるとすれば、その最右翼に挙げられるべきが、『呪怨』であった。  顔は血まみれ、全身は骨まで透けて見えそうな薄灰色の肌を持った不健康そのもの、四つん這いで移..

  • 第2867日目 〈はじめての村上春樹;『辺境・近境』〉

     高校生の頃に『ノルウェイの森』が爆発的に売れて、社会現象にまでなった。『はなきんデータランド』の<書籍>ランキングでは長らく首位を守り、乗換駅の地下にあった書店の平台にはいつもこの上下2巻、赤と緑の表紙カバーに金色の帯が掛かった単行本が並べられていた。ご多分に洩れず、わたくしも読んだ。なんだか大人の小説を読んだように思い、それからしばらく目眩のするような濃密な読書の時間を過ごした。が、作者との付き合いがその後続くことはなかった。  バブル崩壊の衝撃をもろに喰らって就職浪人のまま学校を卒業して数年が経った20代後半、大学生協の書籍部で『辺境・近境』(新潮社)という本を手にした。紀行作家になりたくて、あちこち旅行しては写真を撮り、文章を綴って、仕事をしたい雑誌の編集部に送って営業らしいことをしていた頃でもある。  当時はどのような紀行書や雑誌を読み散らしていただろう。そのなかにあって『辺..

  • 第2866日目 〈荷風記す"霊南坂右手の宮内省御料地"とは、いずこのことなりや。〉

     永井荷風は麻布の偏奇館へ移居した大正9/1920年から翌年にかけて、『新小説』誌に「偏奇館漫録」と題する随筆を5回に分けて発表した。その第3回に曰く、「赤坂霊南坂を登りて行く事二三町。道の右側に見渡すところ二三千坪にも越えたるほどの空地あり。宮内省の御用地という。草青く喬木描くが如し」と。  現在の霊南坂は起点の右側にアメリカ大使館を置き、左側にはThe Okura Tokyoがある。坂はゆるい登り坂となって奥へ進み、スペイン大使館・スウェーデン大使館のある高台へ至り、御組坂を下りて左手に折れれば偏奇館跡碑が、然程の自己主張もなく建っている。そのときあなたの視線には泉ガーデンがどん、と建ち、その向こうに首都高速都心環状線が見えるはずだ。偏奇館跡のある道を振り返ることなくまっすぐ歩き、泉ガーデンと泉屋博古館分館をつなぐ橋をくぐると、やがて道は左手にゆるやかなカーブを描いて降りる格好となる..

  • 第2865日目 〈深夜の霊園にて婚約者と話すこと。〉

     いまの勤務地が婚約者の眠る霊園のそばなのにかこつけて、仕事帰りにてくてくと歩いて、久しぶりのお墓参りへ行ってきた。程良く離れてもあるため、日頃の運動不足解消の一助にはなったかな。ちょうど同じぐらいの距離には彼女が通った高校もあり、何年振りかで訪問したいのだけれど、流石にいろいろ間違われそうな予感が強いので、断念することに。  祥月命日、月命日にはほぼ必ず、ここに通っている。仕事帰りであろうと休みの日であろうと、横浜にいようと東京にいようと、夜中であろうと昼間であろうと、時間になぞ関係なく。まぁ、台風の日には行ったことがないけれど……逆にいえば、雨の日、雪の日には行ったことがありますよ、ということでもある。  これまでにも両手両足の指では数えられないぐらい、横浜の飲み屋街にて呑んだくれたあとでタクシーへ乗りこみ、件の霊園へ行ったこともあります。夜中の2時頃にこちらを出発して。行く先を告..

  • 第2864日目 〈影よ、お前は何者だ?〉

     いつの頃からか覚えていないが、視界の端を黒い影が過ぎるのだ。前触れなし、出現する条件も一定でない。  その影は虫のように見えるときもあれば、朧に人の姿をしているときもある。視界に入るか入らないか、ぎりぎりのところに誰かがいる──脇に退いた方がいいか、と思うてひょい、とそちらを見やると、何者の影も気配も、ない。狐につままれた気分で、わたくしはまた歩き出す。  こちらの思い過ごしかもしれないが、人の影に見えるときの<それ>は、なにやら口許(と思しきあたり)に薄ら笑いを浮かべているようである。誰かに付き纏われる謂われは、ない。死霊にも生き霊にも祟られる覚えがない。わたくしは至極健全に、正直に、正しく生きてきた。誰彼を恨んで丑の刻参りをしたこともなければ、呪詛の祈祷を行ったこともない。  では、あれはいったいなんだったのか。わたくしにはわからない。どう小首を傾げても、思いあたる節はない。わ..

  • 第2853日目 〈太宰治「善蔵を思う」を読んで、ナザレのイエスをも思う。〉

     毎度のことで恐縮ですが、ゆるゆると太宰治『きりぎりす』を読み進めている。今日は集中のなか程に置かれた「善蔵を思う」を読んだ。三鷹に移って早々に、みずぼらしい老婆に8輪の薔薇を押しつけられて憮然と過ごす太宰が、郷里の名刺を集めた会合に出席して醜態を演じ、その翌る日に訪ねてきた洋画家の友どちになかなか優秀な薔薇であると誉められ、どんな人間であってもうちに秘めているはずの善意を信じて生きてゆこう、「この薔薇の生きて在る限り、私は心の王者だと、一瞬思った」(P171 新潮文庫)ところで筆が擱かれる。  本巻にも好きな作品が目白押しで困るのだが、殊「善蔵を思う」は、『きりぎりす』のなかでも1,2を争う名品、いわば白眉と思う。改めて感想の筆を、いつものように執るつもりですが、前に置かれる「皮膚と心」「鴎」と並んで偏愛すること他に劣ることなき逸品とはいえるだろう。そのなかにこんな一節を見附けたことで..

  • 第2852日目 〈パウロの言葉に弱者救済を思う。〉

     「むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。」(二コリ2:7−8)  パウロは推定57−58年頃、コリントに住まうキリスト者たちに宛てた手紙にそう記した。  これをどう受けとめればよいか。わたくしはかつて本ブログにてこの章を読んだとき、「罪を犯した者へ手を差し伸べて孤独にしてはならない、相手を愛しなさい、とパウロはいう。これなのです、すべての弱き人に必要な言葉は。なんと涙があふれそうになる、あたたかな言葉でありますことよ」(第2169日目)と書いている。  この感想はいまに至るも、微塵たりと変わることがない。  罪人のなかには自分の行いを悔い改めることができる者がいる。罪を償い、更生しようと努めることができる者がいる。そう信じる。なかにはとうていその犯した罪を許しがたく、心より..

  • 第2851日目 〈崖を削り、土を盛り、地下を抉った六本木一丁目に、ひっそりと偏奇館跡碑はある。〉

     須賀敦子が偏奇館跡を訪れたことをエッセイに書いて、それがいま永井荷風『麻布襍記』(中公文庫)の巻末に収録されている。彼女がいつ頃そこを訪うたのか、調べが行き届かず済まぬことだが、すくなくとも須賀が見たことも想像したこともないだろう、現在の偏奇館跡とその周辺をわたくしは見ている。  彼女がこの地を散策した或る年の五月初めの休日の朝。その頃の六本木一丁目のあたりは地域の再開発計画が破綻して、霊南坂からアメリカ大使館、現在のThe Okura Tokyo(当時はホテルオークラ別館として開業していたか)、スペイン大使館。スウェーデン大使館を横に見ながら登ってくると、そこから先は建設現場でお馴染みなスチール壁で覆われて、江戸の面影戦後もまだ辛うじて残ったこの界隈からそれを一掃して殆ど廃墟と見紛う光景が広がったのではないか。すくなくとも、現在の姿を須賀敦子が目にすることはなかった。  荷風はこの..

  • 第2850日目 〈クラリネット吹きの友どちのこと。〉

     耳を患ったとき、つらつらと思い出す人のなかに、クラリネット奏者の男性がありました。その人は日本の音大を卒業後、ドイツにあるブラームスゆかりの音楽大学に留学して、帰国しました。わたくしは帰国して間もない時分のかれに出会い、縁を結ぶことになったのです。  きっかけは何気なしに投稿して掲載された音楽雑誌の記事。それを見たかれが手紙をくれて、年明けにある小さなリサイタルへ招いてくれたのでした。その際どんなお話をしたのか、もう覚えていない。伝ワーグナー作曲とされていた、クラリネットのための小品の真の作曲者がベールマンという人である。そんな話をした覚えだけは、たしかにあるのです。  その後、機会ある毎にかれのリサイタルへ足を運び、クラリネットのまろやかであたたかみのある響きに魅せられてゆき、そのままどっぷりと室内楽の深い沼に嵌まりこんでいったのです。  そも交を結ぶきっかけが雑誌への投稿記事で..

  • 第2849日目 〈お部屋のお掃除:これが完成形、かな。〉

     昨年から断続的に連載(ということにしませんか?)してきた、「お部屋のお掃除」シリーズですが昨日、ようやっと胸に描いた姿に、限りなく近附いたと自負します。  壁に造り付けられた書架は、真ん中の構造壁で右と左に別れており、すべての棚が可動可能。雑誌も文庫も同じ書架に収められる、場合によっては同じ棚に収められるのが強みだが、一方で救い難い欠点も1つだけ、ある……奥行きがあり過ぎるのです。  否、これは贅沢な悩みかもしれません。同じ量を収めるとしたら、本棚が何杯必要になるか、どれだけのスペースを喰うか、それを考えると、造ってくれた棟梁さんには感謝しかないはずなのだが……。まぁ、「本の重みで床が抜けるか」的な不安と焦燥と、まわりからの讒言には、ここは敢えて、東照宮のアイドル・モンキーに倣って耳を塞ぐとして、話を前に進めましょう。  いちおうの完成を見たのはたしか年が明ける前後と記憶する。過去..

  • 第2848日目 〈単行本と文庫本、買うならどっち?>〉

     単行本派か文庫本派か、と問うならば人よ、まずは対象を限定させることだ。然る後に続くべき質問では、それはあるまいか。  そんな次第でここは国内外の別なく小説、そうして現代小説に絞ろう。それに則って、話をしてゆこう。その上でようやく自分の答えを述れば、──  わが輩は単行本派である。と同時に文庫本派でもある。事実を申しあげた。中身の入った缶詰を投げるのは、くれぐれも自制してほしい。もし投げるなら、缶切りと、中身を食すためのお箸なりフォークなりをいっしょに頼む。  両派なり、というのは単純に、作家によって異なりますため。双方に跨がる作家もあれば、どちらかのみな作家もある。外国人であれ日本人であれ、単行本でしか読むことかなわない作家がいるし、2,3年待てば文庫化される作家もある一方、はじめから文庫オリジナルで出す作家もある(今日はこのパターンが目立ちますな)。ゆえに、われは両派なり、という..

  • 第2847日目 〈歌おう、感電するほどの喜びを! 修正申告と青色申告が、ほぼ完了しました。〉

     これでしばらく頭を悩ませる必要がなくなるか、と思うと、安堵と充足の気持ちしか起こらないのであります。昨年11月から始めた平成30年分の修正申告と、令和元年分の青色申告決算が、今日(昨日ですか)を以てほぼ完了し、残るは提出書類への転記・清書のみとなりました。青色申告に関しては今回が初めて、自分でがっつりとかかわって行ったこともあり、手探り状態でしたが、さいわいと青色申告の担当者の方が懇切丁寧に指導・掘り起こしを行ってくださったので、大きく悩んだり、誤ったりするところはなかった──と記憶。早くも記憶は風化しつつあるようであります(『IT』に出てくるルーザーズ・クラブの面々のように)。  今回の申告作業、殊令和元年分の青色申告決算に関してはExcelを使って勘定科目事の入力、関数を使っての計算をしていました。なかなかに便利ではあるのですが、来年に活かすべき反省点が幾つも浮上しました。1つは勘..

  • 第2846日目 〈英語を勉強し直したい。〉

     かえすがえす残念に思うのは、英語を自在に使いこなすこと叶わぬまま、大人になったことであります。沼津に住んでいた時期のうち、小学2年生から4年生までマルサン書店の2階に設けられたLL教室に通っていました。  当時の授業については何度となく、英語ってなんて面白いんだろう、と親に感想を話していたそうですから、子供でも退屈しないカリキュラムが組まれていたのでしょう。  どのような教材を使っていたのか、どのような先生がいたのか、もうさっぱり覚えていませんが、いちども休まず通っていたところをみると、愉しい体験だったのでしょうね。もっとも、帰りに1階のレジで、当時流行っていた怪獣や怪人のカードを1袋、買い集めてゆく愉しみ、マンガを立ち読みする愉しみ、学校の違う友どちと遊ぶ愉しみも、そこにはあったのでしょうけれど。  中学・高校を通じて苦にならなかった英語ですが、高校を卒業してからは国文学の方へと..

  • 第2845日目 〈難聴も帰還も、きっと、なにかのご縁。〉

     かかりつけの医師によると、ほぼいつも聞こえる耳鳴りと、数人以上の集団のなかにあるとき相手の声が甲高くて聴き取りづらいことがあるというのは、もう仕方のないことで、ずっと付き合い続けてゆくしかない、とぞ。昨日、月に1度の経過観察の折、訊ねてみると、そのようなお返事でした。やっぱり……。  突発性難聴に始まり真珠腫性中耳炎で左耳がやられ、治ったねぇ、と喜び安堵してかつての罹患を忘れかけた時分に、滲出性中耳炎とその後遺症かウィルス感染による失聴を右耳で経験して退職を止むなくされる結果に落ち着いて、爾来投薬と通院に専念して貯金を切り崩しつつ暮らしてきたこの約3年、悲喜交々の連続でしたが、この先どれだけ生きられるのか不明ながら、難聴ゆえの不安や苛立ち、そうして諦念を飼い慣らしてゆくことに正直なところ、自信はありません。  こんな気持ちをつらつら吐き出しているのは、きっと来週から、古巣に戻っての就..

  • 第2844日目 〈読む本の傾向が変わったとき、その転換点にあって自分に強く影響を与えた本 2/2 ;チェスターフィールド『わが息子よ、君はどう生きるか』〉

     なにがあっても手放すことがない本こそ、本当の意味での「座右の書」ではあるまいか。最近になって、そう思うのであります。  文字通り、常に傍らに侍らせておく本を指して「座右の書」というのは、ちょっと違和感がある。手許にある辞書や事典、歳時記などレファレンス・ブックをそう呼ぶ人も、なかには居られようけれど、座右の書というのはもっと時間の経過と共に自分のなかで重きをなしてゆく、或いは事ある毎に巻を開いて人生の指針としたり、慰めを与え、再び立ちあがる活力をもたらしてくれる種類の本を指していうのではないでしょうか。そのような経験を重ねてゆくなかで、その人にとっての<古典>が定まってゆく。それを即ち「座右の書」と称す──わたくしはそんな風に考えます。  そうした観点で考えるなら、チェスターフィールド著竹内均訳『わが息子よ、君はどう生きるか』(三笠書房)は、昨日の渡部昇一の本と並んで、古典中の古典、..

  • 第2843日目 〈読む本の傾向が変わったとき、その転換点にあって自分に強く影響を与えた本 1/2 ;渡部昇一『続 知的生活の方法』〉

     小説が大好きです。読むのも、書くのも、これに優る愉しみがこの世にあろうとは、とうてい思えません。小説 − 物語をたらふく愉しむことができるなら、どんな境遇に落ちたって構わない……妃の位にもなににかはせむ、と吐露した孝標女に心よりの共鳴を覚えるのも宜なるかな。  高校を卒業して進学先は推薦入学で決まったのですが、その際に面接なるものがあり、学院事務長と文学部長の2人が相手でした。どんなことを質問されたか、まるで覚えていないが、ただ1つだけ覚えていることがあります。どんな人生を歩みたいですか、なる主旨の質問。正確には記憶していないが、そのときわたくしはこんなことを答えました。曰く、会社に入って出世とかしなくてもいいから生活するに困らないだけの給料をもらって、好きな女性と暮らし、好きな本を読んで、明日の心配をすることなく暮らせればいいです、と。  顧みてそのときの答えのままに、今日まで人生..

  • 第2842日目 〈10億円の使い道。〉

     約半月ぶりに新宿で友どちとの食事(と、当然、酒)を楽しんだのですが、会話が途切れた瞬間を狙ったように、後ろの席からこんな問いかけが聞こえてきました。むろん、その卓に坐る人たちはこちらと無関係、そのあとかかわることもなかったのですが、件の質問にはこちらもつい、考えこんでしまったのです。曰く、──  「10億円あったら、どうする? 使い道を10個あげてくれ。但し、『貯金』という答えはなし。貯金にはiDeCoやNISA、投資積立も含む」 と。  いちばんありがちな回答である、貯金、が封じられているのが、ミソといえましょう。さて、あなたはどうする?  しばらく会話らしい会話は、われらの間になかった。口では種々語っていても、胸の内では10億円の使い道について、あれやこれやと思案しているに違いない。貯金が駄目、ということは逆にいえば、10億全額を使い切る勢いで、使途をあげてゆかなくてはならな..

  • 第2841日目 〈記憶のなかにしかいない人。〉

     「いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふありけり。はじめより、われはと思ひあがり給へる御方々、めざましきものに貶め嫉み給ふ。」  かつてそういう人に出逢った。鶏群の一鶴、もっと言葉を悪くすれば、掃き溜めに鶴。本人でなくても心当たりのある衆には、反駁の一言でも投げつけたい気分かもしれない。  本の整理をしているとき、ふと思い出してしまったのだ。記憶の泉の底から、よみがえってきた過去の亡霊もといその御姿は、あれからずいぶんと<時>が経ついまでもかわいらしく、美しく、凜としている。  どんな拍子に、その人の本好きを知ったのか、覚えていない。深入りのきっかけが有川浩『図書館戦争』シリーズであったことは、間違いないのだが──。映画化の報が公にされる少し前のことであろうから、うぅん、もうどれぐらい前のお話になるのやら。  そ..

  • 第2840日目 〈たのしみは、“このあと読む本”の入れ替えをしているとき。〉

     楽しみは、なんの予定もない日に朝から本を読むことと、本棚の本を整理しているとき。そんなうれしい回答の主は、中居正広であった。読書人の鏡だ。  今日、“このあと読む本”の入れ替えをしているとき、この言葉が脳裏に浮かんだのである。本を読む人、積ん読本を溜めている人ならば、およそ共感できるだろう言葉。  過去に積み残した本を消化する。聞こえはいいが、生来の浮気症が祟った結果でしかない現行の読書マラソンだが、間もなく1つの大きな節目を迎える。──新潮文庫版太宰治作品集、年度中の読了はほぼ確実となった。喜ばしい。が、気を抜いてはならない。  次に控えるは、新年度からのドストエフスキーである。わずか2作とはいえ、残ったのが『未成年』と『カラマーゾフの兄弟』だから、ちょっと難儀しそうな予感。されど読み果せれば、宿望成就、数多ある積ん読本もまったく気にならなくなる不思議さ。  と、ここまではいつ..

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