銀河連邦だのワームホールだののある遠未来の宇宙時代。辺境の惑星イドラで生きる人々の物語。
オリジナルSF小説『神隠しの惑星』第一部です。
黒曜のことは母から聞いたことがあった。住吉三神をお祀りするようになる前からの、この杜の本来の祭神。水と音楽の女神。琵琶を弾くので弁天さまとも呼ばれている。月明かりにぽうっと白く浮かぶクジャクソウの花に囲まれて、黒曜は琵琶を爪弾いていた。何かの曲を演奏してるというより、気持ちのままに、思いつくままに、音を出しながらハミングしている。真っ直ぐな黒い髪は地面につきそうな長さだ。中国風というより、奈良時代とか平安時代の貴族がこんな服を着ていたのかな、という衣装。音楽の邪魔をしたくないと思っていたはずなのに、その姿を見たら思わず口をついて名を呼んでしまった。「黒曜」黒曜はすぐに気づいてこちらを見ると、うれしそうに顔を輝かせた。「葵」私の名前を知ってる?黒曜は続けて何か言いかけたが、その言葉は聴こえなかった。何か私に...STOP!桜さん!(その4)
夏期講習やJAZZの野外ライブで夏は終わり、秋は大祭の準備で慌ただしい。中2だけど受験生予備軍ということで、本格的なお手伝いは免除されている。これが紫ちゃんだったら、お祓いや神事で役に立てるのだろうけど、私は本当に雑用ぐらいしか出来ることがない。織居の分家の他にも若い神職さん達が、合宿状態でお手伝いに来てくれているので、私にはさっぱり仕事が回って来ない。うちは神職さん達の修行場として密かに人気らしいのだ。つまり、“出たり”、“視えたり”するから。そういうオカルト体験でいちいち動揺していたら神職は務まらない。というわけで、みなさん、“鍛え”にうちにやって来るわけだ。鍛えるぞー、と意気込んで、内心ワクワクしながら仕事をしているので、ホタルたちのいい餌食になっている。私の仕事は、紫ちゃんのいない今、そんなホタル...STOP!桜さん!(その3)
バーベキューのためにペンションのピクニックテーブルに集まっていた一同に朗報がもたらされた。れーくんの病院に同行していた、側近のアリッシュさんから谷地田さんに電話があったのだ。「怜吏くん、脳波異常ないし、意識もはっきりしてるそうだ。まだ午後にいくつか検査して、念のために今夜は病院に泊まるらしい。千雨さんが付き添うから、イリスさんはこっちに戻ってくるって」「あら。じゃあ、私、車でイリスさん迎えに行くわ。れーくんの顔見たいし」留美子さんが申し出た。「あの……僕も一緒に病院行っていい?明日は住吉に帰るし、そしたら次、いつ会うかわかんないし」トンちゃんがお見舞いに行くと言い出した。なら、私も行こう。「あれ。ほしたら私もご一緒してええやろか。私も明日帰ってまうし」「いいですよ。アリさんはどうするのかな」「怜吏くんが泊...朱い瞳の魔法使い(その8)
狂乱のガーデンパーティーが終わった午後遅く、きーちゃんの運転するステーションワゴンでファームに向かっている時のこと。後部座席に瑠那と並んで座っていた村主さんが、身を乗り出して助手席の私に聞いた。「谷地田ファームってーと、大宮司怜吏ってのが出入りしてないか?」「へ?村主さん、れーくんとお知り合い?」「れーくんってトンすけのライバルの?」瑠那が会話に参加する。「ライバルって何のライバルだ?」身体が大きくなって乗馬に向かない、ということでファームに行く機会の少なくなったきーちゃんは、事情をつかめていない。「イリスさんの工房に、4ヶ月くらい前からお手伝いに来ている、千雨さんて方がいてはるんよ。ちょっと大変なことに遭ったらしくてなあ、離れに寝起きして、セラピーちゅうか、療養を兼ねてはって。れーくんはその息子さん」「...朱い瞳の魔法使い(その7)
その日は、朝から住吉神社は上に下にの大騒ぎだった。都ちゃんの大学が休みに入って瑠那にゆっくり会いに行くね、と約束していた日。その2日前から都ちゃんに先立って希さんが住吉に来た。メノウが言い出して、咲さんと紫さんが乗ってしまい、桜さんが采配を奮って、瑠那の結婚披露パーティーをすることになったのだ。瑠那は結婚式は要らない、と断っていた。どうやらイタリアを発つ前に、村主さんの兄妹に囲まれてお祝いをして来たらしいのだ。でも桜さんが、こういうことは何回やってもいいし、記念に写真だけでも撮ろうと押し切って、ほぼ無理やり、有無を言わせず、瑠那の艶のある長い髪を日本髪に結った。さあ、白無垢着せなくちゃ、と瑠那の着付けを手伝う気満々で張り切って小物を並べていると、髪結いの先生が、「さあっ。次はお姉さんね」とニコニコ迫力のあ...朱い瞳の魔法使い(その6)
せっかく山元さんが温かいお茶を淹れて勧めてくれたのに、お団子を口に運んでも何だか食べたくない。山元さんに悪いと思って頑張って一個口に入れてみたが、味がしない。ゴムを噛んでるみたい。一生懸命噛んでるうちに吐き気がこみ上げて来て、慌てて残りのお団子の串をお皿に戻して、お茶で口の中の団子を飲み下した。気持ち悪い。涙が滲む。何とか吐かないように深呼吸した。隣りを見ると、姉もまったく進んでいない。胡麻蜜もみたらしも大好物で、普段なら3本ずつ行けるのに。“お腹の調子悪くて”と言い訳して、母屋に戻った。台所をのぞくとお手伝いの浜田さんが大根の下茹でをしていた。「綺麗なブリのアラが手に入ったの。今夜はブリ大根よ」ブリを思い浮かべただけで、また吐き気がこみ上げて来た。どうやら姉も同じらしい。浜田さんに体調が悪くてどうやら今...STOP!桜さん!(その2)
それは本当に突然だった。もっとも、桜さんの言い出すことはいつも唐突で、そして桜さんは言い出したら聞かない。そしてそれは、まるっきりの唐突というわけでも無かった。少なくとも俺にとっては。俺は多分、9歳ぐらいの時には俺とサクヤが結婚する可能性はあるだろうか、と思案していた。でもサクヤは、生まれた時から鷹史……俺の兄のものだった。比喩ではなく、文字通りの意味で。兄の鷹史は宇宙人だ。これも比喩ではなく、文字通りの意味で。長兄の仁史が5歳の時、ひとりで裏山に迷い込んでしまい、探し回っていた母のところに、狐にでもつままれたような顔でひょっこり現れて、言ったそうだ。「あのね。僕、弟を見つけたよ。だって僕とそっくりの男の子だもん」母が駆けつけてみると、2歳くらいに見える鷹史が、これまたキョトンとした顔で座っていたそうだ。...GO!GO!桜さん!(語り手:麒次郎)
都ちゃんは、まだぼーっとした顔で、ドンちゃんを見上げた。ドンちゃんは5歳児みたいな笑顔を見せた。「都がそんな格好してると、何だか嬉しい。可愛いよ。都はもっと、自分の好きな服着たらいい」「今だって別に嫌いな服着てるわけじゃ」「わかってる。でももっといろんな服、着てみたらいい。都が我慢してるの、知ってた。我慢しなくていいよ」ドンちゃんを見上げる都ちゃんが、ポロッと涙をこぼした。「都、スカート似合うやん。どうして今まで着らんやったと。これからどんどん着て。俺、都がスカート着てるの、好き」トンちゃんも素直に褒める。なかなか女たらしなセリフだけど、8歳児なので罪はない。先生はいつの間にかのんちゃんまで連れて来た。「うおっ。都のそんな格好、初めて見たな。いいやん。横浜の女子大生って感じするぞ」「そしてこれが、私の形見...朱い瞳の魔法使い(その5.2)
イタリアから帰国した瑠那が一番驚いたことは、住吉の母屋に着いてみると桜さんがふわふわ浮いていたことだろう。羽化仕立てのヒグラシのような繊細な薄緑色のキャミソールドレスを着て、明るい栗色のウェーブのかかった長い髪をなびかせて、どう見ても20歳前後の若い姿で。桜さんは例によって強引な采配で、私ときーちゃんの再婚を決めて、婚礼祝いの紅白の干菓子を注文し、『集まった人に配るように』と遺言して、その日のうちに亡くなった。普通、忌中は祝い事を控えるものだけれど、弔問客はみな『桜さんらしい』『桜さん、言い出したら聞かないもんな』『あんたらも大変やね』と納得して、紅白のお菓子を受け取って再婚を祝ってくれた。桜さんがそれで元気になるなら、と再婚を受け入れたものの、気持ちがすぐに切り替わるものでもなく、相変わらずきーちゃんは...朱い瞳の魔法使い(その5.1)
黒曜はいつものように優しく微笑んでいた。真っ直ぐな黒髪は長く足元に拡がっていた。地面の上にいるはずなのに、水面に立っているように見える。長い髪はその光揺らめく水面にふわっと拡がっていた。綺麗な額の下の眉は、いつもちょっと悲しげに顰めている。一重の切れ長な目。いつも伏し目がちで真っ黒な瞳が、潤んで見える。顎が細いので、面長だけど、男性にも女性にも見える。いくらマジマジと見ても、性別がわからない。完全に左右対称の端正な顔だ。写真の父に本当によく似ている。そもそもこのビジュアルイメージが、本来の黒曜のものだかわからない。鷹ちゃんは良く言っていた。人間は理解できないもの、認知できないものは、視界に入っていても“視えない”から、勝手に自分のわかりやすい、親しみのあるイメージに翻訳するのだそうだ。とはいえ、黒曜に関し...朱い瞳の魔法使い(その4)
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