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米米米 こどもべやのうさぎ 米米米 https://blog.goo.ne.jp/usagiusagiusagiusagi/

ストーカーに苦しみながらも明るく前向きな女の子のお話です。一緒に考え悩み笑っていただければ幸いです。

褒めると気を好くして図に乗るタイプなので お叱りのレスはご遠慮願います。 社交辞令・お世辞・甘言は大好物です。 甘やかして太らせてからお召し上がり下さい。

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2009/04/15

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  • ■鉄の匂い203■

    大通りからは窺い知れなかったが、路地は奥に行くに連れ右左に忙しなく折れ曲がった。角に到達して初めてその先が右に曲がるのか左に折れるのかを認知できる煩雑な隘路。今日に限って荷物が積まれてて行き止まりと言う可能性だって十二分にある。曲がり角の向こうから人が来ないこと、階上の踊り場に喫煙休憩の従業員が居ないことを確認する為に、急いでる振りをしてモヤシを追い越し建物に隠れた先を見届ける。対向者は居ない。裏口から急にゴミを捨てに店の人間が出て来る以外に目撃される危険はない様だ。振り返り様に隠し持っていた鉄パイプをモヤシの頭に振り下ろす。不意を突かれたモヤシは呆気なく一撃を食らい翻筋斗(もんどり)打って水溜りに倒れた。が、第二撃を食らわそうと馬乗りになった瞬間に、腿に痛みが走った。チキチキチキと金属音。起き上がるモヤシの手...■鉄の匂い203■

  • ■鉄の匂い202■

    程なくチンピラとモヤシが現れ、フロントを通って中に入っていった。男同士での使用は、当時はまだ断るラブホが多かった。プレイで汚す奴が多いのと、他の客が気味悪がるからだ。後ろめたいカップルは、まさに恐喝を気にするし。毎回お咎めなしでよくは入れるなと思っていたのが今回で納得。モヤシがスカートにウィッグの女装でその問題をクリアしていた。フロントを通らざるを得ないホテルではカップルを装って別の部屋を借りていたのだった。30分程して、4人が出て来る。この時は、リーマンのオッサンとモヤシ、園子とチンピラの組み合わせだった。モヤシは女装のままだった。彼氏役のチンピラが怒鳴り込んでくるのはまだ納得できるが、一緒に女装のモヤシが乱入していくって画は想像しただけで笑けた。あるいは中でいちいち女装を解いているのか。喫茶店を出て、後を付...■鉄の匂い202■

  • ■鉄の匂い200■

    違法なサービスに縋る者の末路。それは破滅への一路のみ。沈む一方で決して浮かび上がることはない。新しく入ってくる奴は、蓄えもあり将来に展望もあるので家賃を滞ることもない。日々の生活に窮することもなく、なんなら先輩方に奢る余裕すら見せてしまう。スーパーの見切り品を有り難がる先住民にそれではいかんと説教を。しかし、慣れてくるのか染まってしまうのか徐々に1階づつ下がって結局2階に堕ちていく。『僕』の仕事は、階下へ行かざるを得ない住人にその宣告をすることと、納得させて抵抗なく2階に慣れさせること。下手に追い出せば死なば道連れと警察に駆け込んだり、自暴し放火や刃傷沙汰を起しかねない。そもそもが犯罪宿な訳だから警察との関わりは極力避けたい訳で、争い事諍い事は出来得る限り起こさぬが吉。とは言え、こんな違法木賃宿に住んでいながら...■鉄の匂い200■

  • ■鉄の匂い201■

    中年親爺を園子がゲーセンから連れ出しラブホに入るまでを尾行し、時間を空けてチンピラとモヤシが押し入るのを見届ける。しばらく張っていると、猫みたいに首根っこを掴まれた親爺と親爺の首根っこを猫みたいに掴むチンピラが出て来た。2人はそのままコンビニに直行、親爺は少し離れたチンピラの顎による指示でATMを操作し金を引き出す。慣れているのだろうチンピラは防犯カメラの撮影範囲内では決して親爺に接触しなかった。店を出て駐車場で待機していたモヤシと園子を合流、ラブホの中で没収して中身を抜いたのだろう軽そうな財布を叩きつけられ、買春親爺は路上に蹴り飛ばされた。買う方にも非はあるので今一つ気が乗らない制裁ではあるが、園子が気に入ったのでこの美人局は成敗することに決めた。園子は『僕』のモノにする。チンピラカレシとモヤシブレーンは、金...■鉄の匂い201■

  • ■鉄の匂い199■

    「ここを出なさい」帳簿をチェックしながら税理侍が小声で言った。「早ければ早い方が良い。近いうちにここは閉鎖されます」この話は『僕』の返事を待つことなく、それきり二度とされることはなかった。『僕』は気づくべきだった。立場上これ以上は言えない侍の言葉の行間に。『僕』は、ナンバーが気紛れでここを廃業するのかな程度にしか思わなかった。だとしたら侍はそんな回りくどい言い方をしなかった筈なのに。調子に乗っていた『僕』は、それなら閉鎖されるまでを有義に謳歌しようと逆に考えてしまった。棄てたミッシャーの代わりを探して住人を物色し、今晩の家賃を払えない女に性的サービスを強要した。数千円の家賃に物納割増やら当日加算やらを上乗せして請求額を倍以上にしても、追い出される訳には行かない女は抵抗せずに『僕』に体を預けた。複数、困窮者が出た...■鉄の匂い199■

  • ■鉄の匂い198■

    7階の旅行者はともかく、保証金保証人不要で日払いできるからという理由で居留している住人たちは、なにかトラブルがあるとすぐに支払いが滞った。支払が滞る者の特徴として、警察に追われているのはデフォである。追われている者にとっては、このマンションは犯罪者を隠匿してくれる最適の砦。万が一、捜索差押許可証を持って踏み込まれても、隣の部屋のオーナーと結ばれている互助契約で逃がしてもらえるからだ。捜索差押許可証は捜索範囲が定められているので、赤の他人である隣の住居に逃げられた場合、隣人宅の捜索及び押収を受けない権利は侵害できない。だからその心配がある者は入居時にナンバーに申告をしていて、割増料金を払い抜き打ちで逃走の訓練も受けていた。『僕』自身も訓練には毎回参加している。抜き打ちだから外出中の時も当然あるし、だからこそ戻った...■鉄の匂い198■

  • ■鉄の匂い195■

    毎日12時には玄関でナンバーを待たねばならず、その前に各階の部屋の集金状況を把握しなけばならず、未集金は絶対許されず。『僕』の責任は重く、心労は多く、賃借人からは憎まれ役となった。2階は、仕切っているチャイナが毎回値切ってくるのが鬱陶しい。3階は、『僕』も滞在してる階だが出入りが激しく払えない奴を追い出すのが辛かった。4階5階6階は、何かしらの事情で普通には入国できない滞在者なので神経を尖らす。7階は、一見お断りのホテルで大金持ちなので失礼がない様に気を遣う。容赦なく取り立てる『僕』は、貧乏人から「ナンバーツー」という仇名を賜った。浚渫作業所を思い出させられ、呼ばれる度に鬱な気分になる仇名だった。嫌な仕事ではあるが、賃貸契約に基づいた徴収なのだから払えない者が強制退出させらるのは仕方のないこと。2階はベッドの数...■鉄の匂い195■

  • ■鉄の匂い197■

    ご飯をポロポロ零してしまうミッシャーを見ても容赦しなかったし、早く回復させる為に栄養剤を無理やり飲ませたりもした。『僕』が眠っている間に、顎や唇を懸命にマッサージするミッシャーに何故か苛立ち、足蹴にもした。何も悪いことはしていないのに、ミッシャーは『僕』の足に縋って詫びた。しかし『僕』の怒りは治まらず、炎天下のバルコニーに締め出したり卓上ライターを投げつけたりもした。最初の数日は、あまりの虐待に意見する住人も居たが、『僕』は聞く耳を持たなかったし、住人も入れ替わるので、いつしか誰も気にしなくなった。『僕』自身も、なぜミッシャーに腹が立つのか解らなかった。やがてミッシャーは脱水症状を起こし、夜は寝汗に煩わされ昼は水便に消耗していった。初めて会った時のはち切れんばかりの肢体は面影もなくなり、輝いていた笑顔も死んだ魚...■鉄の匂い197■

  • ■鉄の匂い196■

    『僕』が上がった6階の3LDKの他の2部屋は、ナンバーの幹部や配下の者に貸与されていたが、どちらも4人の相部屋だ。一部屋を一人で使える『僕』の待遇は破格だった。個人で自由に使える部屋を得た『僕』は、一度は追い出したミッシャーを見つけて拾い、連れて帰って棲家に囲った。『僕』の留守中にミッシャーが『僕』の物を持ち出さない様に、誰かがミッシャーを誑かさない様に、内鍵として打掛鍵を、外鍵として南京錠用に掛金を付けた。それまで並べられていた2段ベッド2台は、5階と4階にそれぞれ1台づつ下ろし、各階の一部屋を4人部屋から6人部屋に変更した。リピート客から文句が出るかと思いきや、その分が割安になったので却って喜ばれた。不満がある旅行者は、ベッドが前と同じ並びの部屋を契約すれば良いのだから。宿客は身の丈に合った部屋を借りる。い...■鉄の匂い196■

  • ■鉄の匂い194■

    「2階はミーの管理外ね。本棚みたいな四段ベッドに8人詰め込んでるよ。狭い狭い。チャイナが仕切ってて、いつも誰かが打(ぶ)たれてるね。可哀そう」夜も明けきらぬうちに殴られながらワゴンに詰め込まれるアジア人たちを何度も見た。あの人数が住人の全容で間取りが3階と同じなら、一部屋に24人が寝ている計算になる。全てのベッドに『僕』みたいなのが転がり込んでいても、3台の2段ベッドに12人だから等の部屋の4倍の密度だ。『僕』等が寝ているベッドの半分しか天井高がない空間で、相部屋というか相布団の相手は風呂も碌に入ってない互いに汚いおっさんだ。「2階は地獄よ。ドア開ける度に腐った臭いする。チャイナは毎日家賃をちゃんと持ってくるから任せてるけど」建物が斜面に建っているので、1階は吹き抜けのエントランスのみ。2階もだから1部屋しかな...■鉄の匂い194■

  • ■鉄の匂い193■

    黒人女は自らをミッシャーと名乗った。自称ロシア系の黒人で、発音はミーシャではないのか再三尋ねたが、それはパスポートのコピーを見せながら否定した。ミッシャーはロシヤーネと言いながらロシア語にはまったく反応せず、覚束ない英語とまったく解せない日本語で会話してきた。外人女性の方は自分は18歳で名前はケイコだと言って譲らなかったが、不自然な黒髪はウィックなのが丸判りだし、未成年なのに豊齢線にはファンデーションが詰まっていた。秋葉原のメイド喫茶で働いており、就労ビザを持っているドイツ人だと唾を飛ばす。まあ、名前も国籍も経歴も、正直に言えるならこんな所で家賃詐欺なんかしてない訳で。唯一の証明書であるパスポートさえもコピーでしか提示できないんだからそこは推して汲み取る。信用するしない以前の問題なので、とりあえず仇名として受け...■鉄の匂い193■

  • ■鉄の匂い192■

    大家は自分をナンバーと名乗った。試しに呼んでみたら返事をしたので間違いない。なんでナンバーなのかは今もって分からない。そのナンバーは、持ってきた鞄から大きなゴミ袋とトングを出してバルコニーに出ていった。先ほどブロワーで掃き出した物の中からゴミを選り分けてトングで摘まむ。つまりゴミは捨てるが住人の私物は掃き出したまま。塵ひとつ残さず吹き飛ばしたのに室内で土足。落ち難い葉巻の灰をわざわざ落とし、マッチは火が点いたまま放る。灰皿を持参してるのに。基準がよく分からない。「ユー!直腸洗ったことあるー?!」バルコニーから大声でナンバーが叫ぶ。いつのまにかツナギを脱ぎ捨てパンツと靴下だけになっていた。「輪ゴムで根元縛ると紫色になるよ!」隣近所はこの男の奇行をどう見ているんだろうか。後日、並びの表札やエントランスの住居表示を確...■鉄の匂い192■

  • ■鉄の匂い191■

    1日に1回、昼の12時に大家が家賃の徴収にくる。その時間に居られない者は居る者に託すか前日に2日分払うしかない。後払い・滞納・未収は一切許されず、置いてある手荷物は没収され部屋に戻ってくることも出来なくなる。敷金保証金デポジットの類は一切無く、入出居に手続もない。この日はほとんどの住人が昼間出掛けるので、外出の用がない『僕』がみんなの家賃を預かり大家を待った。その時は、初対面の『僕』なんかに、よくお金を任せるよなぁと思ったが、すぐに疑問は氷塊した。このマンションでは他の物は何が無くなってもお金が無くなることはなかった。なんなら売春強姦が横行していても、小銭に手を付ける者は居なかった。このマンションで唯一絶対にして無二融通が利かないのがお金だった。12時丁度に玄関から大家が入ってきた。初めて会う大家に挨拶をしよう...■鉄の匂い191■

  • ■鉄の匂い190■

    翌朝、股間に刺激を覚え目が覚めた。なにやらやたら気持ちがいい。寝ぼけ眼(まなこ)で見やると、ソバージュの黒人女が『僕』の陰茎を人差し指と親指で扱きながら上目遣いで頬張っていた。ビックリして飛び起き、上段であることを忘れてしたたかに天井に頭を打ち付けてしまった。目から飛び散る火花でベッドにへたり込むと、黒人女は『僕』を指(ゆび)指(さ)して笑った。そして初めて知った。この2段ベッドの上段には先の外人女性とこの黒人女が既にシェアしていて、『僕』は3人目の新参者であること。このベッドは一晩3,000円で、だから半額は1,500円なのに夕べ3,000円請求されてこと。つまり『僕』は、このベッドの3分の1の権利に全額を払わされたのだ。しかも今『僕』は黒人女にプレサービスとして咥えられながら、ピースサインで2千円の請求を受...■鉄の匂い190■

  • ■鉄の匂い189■

    よくある普通のエレベーターに乗って一般的な共用廊下を通り、当たり前に帰宅感覚で鉄の扉に鍵を差す外人女性。しかし、中は荷物が山積みだった。玄関の下駄箱には靴がぎゅうぎゅうに押し込まれている。廊下はすれ違えない程に両側を段ボール箱が占拠し、崩れない様に上は突っ張り棒が挟まれている。洗面台も台所も風呂も、洗剤や調味料で化粧品で溢れ返っていた。外人女性は、引いて来たカートを慣れた手つきで段ボール箱の隙間に押し込み、顎で『僕』を奥へと誘(いざな)う。右が台所で左に風呂場がある廊下を抜けるとバルコニーに面した居間があり、居間の三方向にはそれぞれ部屋の扉が並んでいた。居間は共用スペースらしく、それなりに佇める余裕があったが、3つの扉に下げられた名札にはどれも10人以上の名前が記されていた。その中の一枚の名札の中のある名前を指...■鉄の匂い189■

  • ■鉄の匂い188■

    当面は、牛乳配達で貯めたお金と長男に貰った口止め料が生活費だ。保証人は居ないわ定住地もないわオマケに未成年だわの『僕』。まともな不動産屋は部屋を借さない。かと言って闇の不動産屋は有賀さんや兄さんに通じる危険がある。出ては来たは良いが先が思い当たらず、途方に暮れる。その晩は、繁華街に取り残された狭小地を活用した公園のベンチで過ごした。ベンチは浮浪者が寝られない様に真ん中に手すりが設けられているので横にはなれない。正に過ごしたというのが適当で、少しも休むことは出来なかった。翌朝は日の出と共に公園を後にして、当てもなく歩きだした。正に浮浪だ。警官に見つかれば家出人として保護され父の元に帰されてしまう。あの父に迎えに来られるという屈辱だけは味わいたくない。目つきの悪い人には細心の注意を払う。結局二日目は家からほど近い繁...■鉄の匂い188■

  • ■鉄の匂い187■

    結局の処、父親は殴ったんだったっけかな。拳は振り上げたが縮こまる父を哀れに思い、壁を殴って家を出たんだっけ。父が継母のことを「ママ」と呼んでいたことを今また思い出した。はー気持ち悪ぃ。ずっとそう呼んでたのかな。気付かなかった。気付く気がなかったが正解かな。持ち出せたのはカイキンのお金、千円札が12枚入ったスカスカの茶封筒と僅かばかりの着替えだった。1万2千円でも、それはカイキンの思い出だ。残っている以上は『僕』が持って出るべきだろう。着替えは、兄さんの家と喫茶店から出た時の荷物より少なかった。新しく買い足すことなく古いのは捨てたからだ。コーデに興味は一切なかった。センスがなかった。衣服なんて露出で捕まらなければ、後は寒暖を凌げれば用を成す。剥げ掛けた塗装がパラパラ落ちる鉄の扉のステンレスのノブを回す。階中に踊り...■鉄の匂い187■

  • ■鉄の匂い186■

    父と過ごす時間は息が詰まった。父との会話は激痛だった。もう買ってあるプレゼントでも貰えないことなんてよくあることだったし、貰えても小言の方が多かったり。食事に出掛けても、気に入らない店員や客が居ると喧嘩を吹っかけるし、機嫌を損ねると人目を憚らず言い掛かりをつけた。いや。喧嘩を吹っかける気に入らない店員や客が見つからなければ、それはまた機嫌が悪くなり家族に当たり散らした。時に警官にまで食って掛かることもあり、その度『僕』は針の筵だった。出来るだけ父の逆鱗に触れない。それしかなかった。それでも神経を逆撫でてしまったら、怒りが治まるのだけを静かに待つ。しかし何に激昂するかはその時の気分に因るので事前の準備は能わない。出来るだけ父の琴線に触れない。それしかなかった。下手に喜ばせても振り幅が大きくなるだけで、結局は興奮状...■鉄の匂い186■

  • ■鉄の匂い185■

    部屋の真ん中に立つと家の隅々までが見渡せた。家具らしい家具は見当たらない。うちは貧乏だったんだな。もともと住んでいる人間が両親と『僕』だけだし、『僕』の私物は殆どない。独り暮らしを始めたばかりの学生が使う様なカラーボックスの食器棚と、本来押し入れの中で使う衣類ケースを積み上げただけの衣類箪笥。北側の四畳半にあるのは、何時か使うからと保管された手提げ紙袋とリボンと包装紙。同じく何時か直して使うからと、壊れて既に買い替えられてる家電や工具。近所の貧乏人から飾れないからと押し付けられたガラスケースに入った博多人形や熊の置物。本棚には古い百科事典となんで何冊もあるのかが不思議な聖書。大きな家電は、冷蔵庫と洗濯機だけ。棚には炊飯器と電子レンジが入っているが、どちらも製造後20年は経っているご老体。先の冷蔵庫だって時々脱水...■鉄の匂い185■

  • ■鉄の匂い184■

    陽が陰ってきても継母は戻らなかった。向かいの団地の窓に明かりが灯る。近隣の家々からは夕餉の支度の気配。日が暮れて部屋が真っ暗になって、電気を点けていなかったことに気付く。違和感を覚え、ベランダのある南側の部屋へ。この団地に越してきてから南側の両親の部屋に入ったことは数えるほどしかなかった。辺りを見回すも違和感は拭えず、自分の部屋に戻る。自分の部屋といってもそこは物置で、積み上げられた段ボール箱があるだけ。その段ボール箱のいくつかを崩して中を見る。箱を開ければ開けるほど、推測は確信になっていく。出てくる草臥れた衣類はみな男物。台所に走る。長く炊事をしていない匂いがした。いくら会話がなかったからといって、同じ部屋で暮らしていたのに今まで気付かなかった自分の鈍感さに驚く。玄関の鍵が開く音に振り返ると、拳を握り締めた父...■鉄の匂い184■

  • ■鉄の匂い183■

    家を出る。特別な決意ではない。これまでにも何度も家出をしてきたし、今だってこの家に思い入れがある訳でもない。今すぐ、ふらって出掛けてそれきり戻らなければ家出は達成だ。とにかく『僕』はこの家に居る時に警察に踏み込まれたくなかった。変色した臭い飯を食っている時に、皮脂臭い布団で寝ている時に、手錠を掛けられるのは嫌だった。大嫌いな両親の前で逮捕される屈辱だけは味わいたくなかった。その為には、ここを離れなければならない。しかし何処かに転がり込んで居候や借宿暮らしをするにも、当面の生活費は必要だ。『僕』は、50万円を思い出した。カイキンが『僕』に残してくれた150万円のうちの50万円。100万円は殺人犯に無駄使いされてしまった。残りも補導された時に身体検査で親に没収されてしまった。あれは『僕』の金だ。置いてある場所が何処...■鉄の匂い183■

  • ■鉄の匂い182■

    ただ食べるだけなら炊飯器の中に黄色く変色した飯がある。ただ寝るだけなら狭いながらも布団に包まる隙間はある。生きていくだけなら生きていける。生きていくだけ、なら。訪れる結末までの残された時間を潰すだけの毎日。それでも自首する気は起きなかった。捕まりたくはないが逃げたくもない。もしかしたら明日、劇的に状況が好転するかもしれないから。根拠のない希望に縋り妄想の世界を彷徨う。だんだん考えは纏まらなくなり夢か現か怪しくなっていく。何もかもが鬱陶しい。もういいや。もう死んじゃおうかな。どうせ死刑になるのに明日の為に今日何かを積み上げるのは馬鹿々々しい。生きてても真面(まとも)な職に就けるとは思えないし、人を愛して結婚なんて反吐が出る。老後を考えて貯蓄なんて笑っちゃうし、ローンを組んで家を買う奴の気が知れない。そうだ。もう死...■鉄の匂い182■

  • ■鉄の匂い181■

    遂に『僕』の居場所は無くなってしまった。これまで心の支えだった集配所の食堂にはもう二度と行けない。姉さんや兄さんの処にも行けない。家にも穴倉みたいな隙間しかない。働こうにも学校に通おうにも『僕』には保証人が居なかった。半分はウソだから訂正しよう。働く気はあったが学校に通う気はさらさら無かった。保証人が居ないというのも適切ではなかった。保証人になれる人は居るがなってくれる人ではなかったのだ。頭を下げて頼み込めば或いはなってくれたかもしれないが、勿論『僕』にそんな気は更々ない。働くにも、その日の損得しか視野に無く将来設計など遥か彼方の夢物語。朝起きたらその足で家を出てコンビニでパンを買い公園か河原に行って暗くなるまでを無為に過ごす。星が出たら家に帰り穴倉に潜り込み翌朝まで惰眠を貪る。未来の自分の為に何かを積み重ねる...■鉄の匂い181■

  • ■鉄の匂い180■

    「おっきい子は」酒臭い溜息を吐いて長男の声。「いつか殺してやると思ってはいてもそれが出来る筈もなく、だから殺されたアレを見た時、それを自分の手柄にしたいと思ったのか」長男の手元には空になったワンカップがいくつも転がっていた。「あるいは、好奇の目に耐えられなくなり、でもどうせ自殺するなら代わってくれたお前にせめてもの恩返しにと罪を被ったのか」肴はなにもなく、ただただカップ酒を早いピッチで煽る。「いずれにしても、おっきい子は父親殺しの罪を自ら被りそして自ら命を絶った。それは遺書に書かれている通りだ。でも、お前に渡したそのレシートを残していたということは、自分が真犯人ではないことを少なくとも俺とちっさい子にだけは伝えたかったのだ。とも思う」一言喋る毎に長男はカップを呷った。「その上で言う。おっきい子はきっとお前に感謝...■鉄の匂い180■

  • ■鉄の匂い179■

    ■父はもう隠す気もなく姉妹を弄ぶ。配達員も倣(なら)って姉妹を狙う。何も悪くない姉妹を白い目で見る近隣。ぐうたらな父の代わりに独楽鼠の様に働く姉と、幼少時から家事すべてを熟してきた妹。長男はこの家に嫌気が差し早くに出ていった。何度も姉妹を呼び寄せたが、その度に姉妹は家に戻ってしまった。これ以上に辛い環境などないのに。何故戻ってしまうのだろう。答えが出ないまま、朝がきてしまった。昨日と同じ時間に家を出て、昨日と同じ時間にタイムカードを挿す。でも『僕』の内面は昨日と違う。長男は、長女が犯人ではないことを知っている。長男は、『僕』が真犯人であることを確信している。長男は、次女にそのことを告げただろうか。次女は昨日と変わりなかった。長女の遺影に小さく盛ったご飯を供え、長女の分まで動き回った。長男は、『僕』をどうする気だ...■鉄の匂い179■

  • ■鉄の匂い178■

    くしゃくしゃに丸められたレシートを丁寧に伸ばし、わずかに入って来る隙間からの明かりに翳して文字を読む。レシートは集配所からすぐ近くの100均のもので、買った物は軍手と雑巾と目打ちだった。集配所には軍手などいくらでもある。長女がハンドタオルなどを縫って雑巾にしていたのも見て知ってる。なんで軍手なんて買ったんだろ。誰が雑巾なんて必要としたんだろ。そして目打ちって。買った日付を見ると、今から2週ほど前。あの事件の日だった。時間は、『僕』が犯行を行った昼から1時間過ぎた午後の1時。散らばっていた事象が、秩序を持って整列していくのを感じた。このレシートに記された商品はすべて殺人現場に会した凶器。鳥肌が立ち、鼓動数が急変する。長女は、この軍手を嵌め、雑巾で押さえながら、『僕』が刺した胸の千枚通しの穴に目打ちを刺したのだ。既...■鉄の匂い178■

  • ■鉄の匂い177■

    店を出るともう12時だった。朝が早い次女と『僕』は、いつもならもう寝ている時間だった。長男は、家に帰るより泊まった方が合理的だと『僕』と次女を越したばかりの狭い新居に引っ張った。風呂は無いし着替えも持ってきてないし歯ブラシだって客用はない。次女だって、それは同じだし何より集配所はもう目と鼻の先。長男の小部屋一間の陋居で、男ふたりと寝る理由がない。でも断る面倒よりも従う楽さに負け、ふたりは付いていってしまった。道すがら、長男は他愛もない話をしながら財布からレシートを取り出し『僕』に押し付けた。『僕』は酔っていたのでよく見もせずそれをポケットに捩じ込んだ。結局寝る時間はなく、そのままトンボ返りで集配所に戻った。眠い目を擦りながら配達を終え牛乳瓶を洗う。うつらうつらしながら朝ご飯を食べて、ふと次女を見ると次女も頬杖に...■鉄の匂い177■

  • ■鉄の匂い176■

    遺書が公開された翌週。長男が配達所の近所に越してきた。たぶん次女に訊いたのだろう『僕』の携帯番号に、名乗らず留守電メッセージを吹き込んだ。日時を勝手に指定して有無を言わさず引っ越しの手伝いに呼びつける為に。特に断る理由もないし普通に頼んでくれれば『僕』だって普通に手伝いに行ったのに。その箱は床から離さずだけど引き摺らず運べだの、冷蔵庫は延長コードを繋いでトラックに積むまで電源を切るなだの、黙々と手伝っている『僕』に、有り得ない難癖や注文を付けて面白がる長男。次女が事件後初めて笑った。越した先は風呂無トイレ流し共用で押し入れの無い四畳半一間の古い木造アパートだったので、持って来た荷物は半分も入らなかった。入らなかった半分はトラックに戻し、実家である集配所の二階に運んだ。その晩は、長男の引っ越し祝いと称してあちこち...■鉄の匂い176■

  • ■鉄の匂い175■

    それからしばらくは単調な毎日の繰り返しが続いた。それまでと違うのは皆がまったく軽口を叩かなくなったこと。黙って牛乳を積み込み挨拶も会釈だけで配達に出て、戻った報告だけすると喋らず片して帰っていく。作業場のQCシートもあの日から更新されず剥がれかかっていた。次女ひとりで手が回らなくなった所為なのか、部屋はなんとなく薄汚れだした。食器も流しに山になっていることが増えた。裏庭も駐輪スペースも雑草が伸び放題で、2階への階段にも埃が積もっていた。どことなく皆沈んでいてなんとなく皆暗かった。いつもきれいに保たれていたのは長女の遺影だけだった。長女の遺影は休憩室の作業場から直接見えない側の壁に掛けられていて、毎日果物や花が供えられていた。所長の遺影は回り込まなければ拝めない壁に掛けられ、供えられているのも何時汲んだかわからな...■鉄の匂い175■

  • ■鉄の匂い174■

    しかし事態は突然に急展開。まあ事態が急展開するならそれは突然だろうな。つい最近似た様な文章を書いた様な読んだ様な。それはさておき。舞台の幕は思いもよらない結末で閉じることに。なんと。犯人が遺書で自供して自殺してしまったのだ。真犯人である『僕』は動転してしまった。つい先日、親を送ったばかりの集配所休憩室にまた祭壇が組まれる。喪主は前回と同じ長男だが、遺影に収まっていたのは所長殺害の犯人だった。父の死には気丈に振る舞っていた妹だったが、この葬儀は終始泣きじゃくったままだった。長男に縋って泣き、遺影を抱えて泣き、出棺を阻んで泣き続けた。長男は最初から複雑な表情でしかし『僕』からは目を離さなかった。配達員はみな、意外ながらも納得のいくこの結末にある意味安堵していた。犯人が分からない捕まらない解決しないというのは嫌なもの...■鉄の匂い174■

  • ■鉄の匂い173■

    事件当日。配達員は皆、午前中に仕事を終え配達所を後にしていた。残っていたのは朝から2階にいた所長。1階で昼食の準備をしていた姉と、作業場を仕切っていた妹。事件発覚まで、建物内にいたのは被害者の所長を含めてこの3人だけだ。『僕』は、朝食後に姉が2階に上がるのを見届けてから配達所を出たことを証言した。妹も、姉が所長に呼ばれて2階に上がったこと、その時まだ『僕』は食堂に居たがそのまま帰ったことは目撃している。そして、その後生きている所長を見ていないことも証言した。また、姉の証言で、自分が2階から降りるまでは所長は生きていたことも確認されている。事犯が行われたのは、姉が昼食の準備に1階に降りた12時少し前から遺体として発見された翌朝午前3時までの間。死亡推定時刻から、犯行時間は当日12時から夕方6時と推定されていたが、...■鉄の匂い173■

  • ■鉄の匂い172■

    しかし皆の動揺は想像以上だった。互いへの猜疑が止まらない。情報は求めながらも自分が疑われることは畏れる。そんな中で。最近また警察から事情聴取を受けた配達員や、姉妹と連絡を取っている女性配達員が、いくつか信憑性のある情報を発信した。警察は、殺害の手口や逃走経路から犯行の動機や犯人像にかなり迫っていた。情報の統合と分析は驚く程に迅速で的確だった。犯人が捕まった時に証拠として突き付けられるだろう、犯人である『僕』しか知り得ない情報も、俄か分析官たちの活躍で解析されつつあった。もっとも、推察された被疑者の特徴や要件は、誰もが想像し得る範囲でもあった。これまで『僕』はわざと参加していなかったのだが、ここまで皆が熱いとむしろ参加しない方が印象に残ってしまう。距離を探りながら、『僕』は皆の推理に適当に賛同しながら適度に攪乱し...■鉄の匂い172■

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