ストーカーに苦しみながらも明るく前向きな女の子のお話です。一緒に考え悩み笑っていただければ幸いです。
褒めると気を好くして図に乗るタイプなので お叱りのレスはご遠慮願います。 社交辞令・お世辞・甘言は大好物です。 甘やかして太らせてからお召し上がり下さい。
自分を俯瞰で見れたのには、もうひとつ理由があった。『僕』を置き去りにして勝手に自分らの感情を楽しむ園児にシラけたのとは別に、だ。この前日。つまり転園を父から告げられたその日。幼稚園から戻ると、いつもは居ない父が家に居た。『僕』は父が大嫌いだった。その日の気分で怒ったり褒めたりする父を嫌悪していた。だから家の玄関に入り、脱ぎっぱなしで片方が引っ繰り返った父の靴を見た時。『僕』の意識は背中から離れ高く空に昇り『僕』を見下ろした。すななち。今ここに居る自分はこれから父と対面して憂鬱な時を過ごさねばならないが、空に浮かぶ自分は対面する自分の背中を見ているだけで憂鬱な時を共有しない。そう思い込むことで父と対峙する憂鬱を昇華したのだ。この現実逃避という対処法が当時の『僕』を救ったのだが、同時に闇も色濃く澱ませてもしまった。...■鉄の匂い059■
そのストレスからなのだろうか。『僕』は攻撃的で好戦的だった。万引きしたオバサンの買い物袋を、鷲掴みにして商品を潰してやった。横断歩道を塞いて駐車している車のボディに、硬貨で疵を付けてやった。ペットの糞を片付けずに公園から去る飼い主宅の玄関に、集めた糞を盛ってやった。お門違いの義憤を正体を明かさない匿名の攻撃で晴らす。認識の誤った鉄槌を天からの制裁と称して下す。偏見であり犯罪なのは解っているのに気付かぬ振りで自己弁護。最初は、目糞鼻糞だと自嘲しながらだった。正義を妄信して自分の悪事を正当化してるのは承知の上。法に触れない犯罪に泣き寝入りしている被害者の敵討ちをしてやってるのだ。しかしそれもすぐに慣れ、厭き、更なる刺激を求める様になった。規範を示さないのに偉そうな大人に対する不満。面と向かって諫める勇気のない自分へ...■鉄の匂い058■
言葉には出来なかったが、発信はしたかった。表現は出来なかったが、記録は残したかった。このジレンマは解決できずにずっと『僕』の中で燻った。人は何故、人を抱きしめるのだろう。抱きしめるという行為にどういう効果を期待するのだろう。抱きしめる側と抱きしめられる側の双方に訊きたい。抱きしめる側が抱きしめられる側のことを想って抱きしめるのであれば、それは尊い利他的行為だ。でも現実にそんな美談などは有り得なくて、抱きしめる側は他人の福利を願う余裕を満喫して悦に入っているだけなのでは。高潔で慈悲深い自分を演出し満足してるだけ。それか、抱きしめることで得られる利益を期待しているかもしれない利己的なエゴ。だから『僕』は抱きしめられるのが好きではなかった。抱きしめられると還って不安になり焦燥に駆られむしろ苛立った。杜松くんのお母さん...■鉄の匂い057■
幼稚園を転園してからは、牧ちゃんに会うことはなかった。牧ちゃんに会わないんだから当然お姉ちゃんにも会わなくなった。お姉ちゃんは、転居届で転送される限り便りをくれたが、それも度重なる引っ越しにより3年程で途絶えてしまった。しかしお姉ちゃんとは、16年後に偶然に出会うことになる。『僕』22歳、お姉ちゃん28歳の時に。もうお姉ちゃんなどとは気安く呼べない色香立つオンナになっての再会だった。それはまた別の機会に話すとして。杜松くんと橋元くんのお母さんと牧ちゃんのお姉ちゃん。この3人の共通点は、理由と目的はともかく『僕』を抱きしめた、ということだ。母親にさえ抱きしめられたことがない『僕』を、だ。三者は実に三様だった。でも3人とも、抱きしめることによる効果は知っていた。抱きしめるとは、ある程度の覚悟が必要な行動だ。身体の接...■鉄の匂い056■
今だったら小6の女の子はロリータだが、小1の『僕』には倍も年上の甘美な女性だ。お姉ちゃんはカーディガン越しにも身体の起伏がはっきり判る程に強く『僕』を抱きしめた。その感触と、杜松くんの小母さんのトラウマと、橋元くんのお母さんの温もりのみっつが『僕』の頭の中で高速回転した。「お姉ちゃんには分かるよ。今の君の苦しみが。そして、君の苦しみを君に近しい人が誰も気づいてくれていないことも」お姉ちゃんは『僕』の背中をさすり、髪を撫で、頬をよせながら耳もとで囁いた。「お姉ちゃんはね。見ていたよ。君のことを、ね。君を見れば分かる。君が今までどういう待遇を受けてきたのかが。どんな辛い目に遭ってきたのかが」お姉ちゃんは囁きながら泣いていた。「君を救ってあげたい。でもお姉ちゃんにはまだその力は無いの。ごめんなさいね」お姉ちゃんが睨ん...■鉄の匂い055■
子供は抱きしめないと悪い大人に育つのに、抱きしめた大人は影で子供の悪口を言っていた。明らかに違う人間を同じ母だと紹介する大人と、解っているのに受け入れて母と呼ぶ子供。このふたつが『僕』の幼少期の主な思い出だ。そういえば。幼稚園の友達のみっつの共通点と言いながら、杜松くんと橋元くんしか語っていなかった。もうひとりの忘れなかった友人。牧ちゃんについても少し話しておこう。牧ちゃんは誰とでも仲良くなれる子で、いつもにこにこ笑っていて、他人を否定したり悪く言ったりはしない子だった。『僕』はよく牧ちゃんの家に遊びに行った。牧ちゃんが誘ったことは一度もなかったけど、『僕』が行って嫌な顏をされたことも一度もなかった。だから牧ちゃんの家は杜松くんの家とは違ったメンバーでいつもいっぱいだった。牧ちゃんの家はクリスチャンだった。牧ち...■鉄の匂い054■
『僕』は、みんなの目が橋元くんのお弁当に行っている隙に、水と油が染み出るドーナッツを殆ど噛まずに飲み下した。おかずを先に食べてしまってご飯だけ残った体を装う為に。気持ちの悪い食感のドーナッツを先に胃に収めて白いご飯だけを掻き込むと、のどの奥がしょっぱく焼けて辛かった。情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて、どうしようもなかった。貧しくておかずが無いのはどうしようもない。無いモノは無いのだから我慢すればいいしするしかない。でも。あるのに入れて貰えないこの寂しさは一体どう紛らわせればいいのだろう。ウチは当時、貧乏ではなかった。『僕』の父は、腕の良い印刷職人で、手先が器用で工夫に長け、特殊な技を必要とする印刷を得意としていた。他所が尻込みする仕事でも結果を出せる父はだから皆に重宝がられた。他に熟せる職人が居ない事から、受...■鉄の匂い053■
人は抱きしめられると悪い人には育たないらしい。『僕』は、母親に抱きしめられた経験がない。だからもう良い人間には育たないというのが結論だ。杜松くんの小母ちゃんはそう断言した。過去に遊びに来た継母の子供がなんか悪さをしたのだろうか。1人の子供のその一事を以て、『僕』の将来を断定したのだから酷い話だ。もし1人でなかったとしても、それはその子供らが悪いのであって『僕』に罪はない。世界じゅうの継母の子すべてが悪い子であったとしても、だ。勿論当たり前だが世界じゅうすべての継母の子が悪い子である筈はない。でもきっと世界じゅうの継母の子に関係なく、杜松くんの小母ちゃんは『僕』を見てそう思ったのだろう。実際、振り返ってみると小母ちゃんの言った通りで、『僕』は大人になるまでいろんな人に抱きしめられたがそれで修正は成らなかった。これ...■鉄の匂い052■
まずは杜松くんだ。杜松くんの家はとても裕福で、出されるおやつには見たこともない外国語が書かれていた。どのお菓子もみな珍しく素晴らしく美味しかったので、よく皆で連れだって遊びにいった。『僕』もそのお茶菓子を目当てに、誰かに誘われては杜松くんの家に遊びにいっていた。杜松くんの家は付き合いが広いらしく、お中元やお歳暮、季節の挨拶に、賞味期限内には食べきれない程のお菓子が送られてくる家だった。だから玄関にはいつもデパートの包装紙に包まれた高そうな贈り物が積み上げられていた。テレビでコマーシャルしているおもちゃは大概持っていたし、気前よく貸してくれもした。その杜松くんの小母さんは、他に子供が居ない時に限って、『僕』だけを別室に呼び、『僕』を抱きしめた。耳元で「○○ちゃんは可哀そうね。こんな風に抱きしめられたことってないん...■鉄の匂い051■
『僕』の行く先々で不審な事故や妙な事件が多発した。しかし転校生の消息に興味を示す者などはなく、今みたいに情報が拡散・集約しない時代の話なので、犯人を『僕』に結びつける者もまた居なかった。ツイッターやSNSなどのコミュニケーションツールにより情報を共有・蓄積・拡散できる現代ならば、当事者だけでなく広く部外者も犯人捜しに参戦するし、その時だけでなく後々まで残される記録を分析もできる。似た様な事故や同様の事件を類別大系する者も現れるだろう。複数個所での同時進行ではなく、秩序をもって順番に起きていることに気付くだろう。点は線で結ばれ、『僕』はもっと早い時期に逮捕されて、ここまで被害者も増えずに済んだだろう。間もなく殺されようという今でさえ、まだ『僕』はどこか自分の行為の残虐性に反省がなく、謝罪の気持ちにも実感がなかった...■鉄の匂い050■
幼稚園で飼っていた金魚が全滅したことがあった。しかしその事件を知っているのは先生と『僕』だけだった。月曜の朝に水槽に浮いている金魚を発見した先生が、全部掬って園庭の隅に埋めてしまったからだ。園児が登園してきて水槽が空な理由を先生に尋ねたが、先生は動じることなく具合が悪いので病院に行っていると答えた。翌日火曜日には、死んだ金魚とよく似た金魚が水槽に入れられていた。おかしとおもちゃとお母さんにしか興味がない年頃の幼稚園児だ。その少しの違いに気付く者は少なく、気付いても治療を受けたから変わったのだという先生の嘘に簡単に騙された。では何故『僕』だけが園児の中で事実を知っているのか。それは『僕』が犯人だからだ。土曜日の帰りの時間の少し前に、水槽に食器用洗剤を垂らしたからだ。金魚はいつもと違う機敏な泳ぎに変わったがすぐには...■鉄の匂い049■
殴られるというのは辛いことだ。自分が悪くないのに殴られるのは尚辛い。殴られると自分がとても惨めになる。殴られたくはないが、なにをしてもしなくても相手の気分で殴らるのだから仕方ない。考えることが無駄な生活は『僕』の思考能力をだんだんと鈍らせていった。抵抗しても迎合しても結果は一緒。父の意に沿わなければ怒鳴られ、従っても結果が思い通りでなければまた怒鳴られる。叱られていれば父は機嫌が良く、殴られていれば父は朗らかだった。小さい頃は、それでも親が子を憎いと思う筈がないと信じ、殴られるのは自分が悪い子だからだと内観した。むしろ父が望む良い子像を模索したりさえした。その結果、『僕』は他人に逆らえない人間になっていった。気分で変わる父の躾けに、判断の基軸がまだ曖昧だった子供の『僕』は、怒る人が正解という間違った答えを叩きこ...■鉄の匂い048■
楠木くんは『僕』と『僕』以外の友達を分けて付き合っていたので、『僕』には楠木くんの死後に楠木くんのことを話す友達が居なかった。だから自宅に線香をあげに行ったこともないし、墓参りどころか霊園の場所すらも知らなかった。でも『僕』は悲しくなかった。楠木くんに会えないのは悲しいが、会えないのは皆同じだし、偲んで話す仲間が居ないのは『僕』だけが特別だからだから。骨や写真に手を合わせるよりも、深い処で繋がっているから。唐突だが楠木くんの話は、これで終わりだ。ここからは、何故『僕』が殺人を犯すまでの人になったのかを紐解こう。楠木くんの鎮魂にもなるこの日報のテーマだから。『僕』は幼稚園を2回、小学校を5回転校した。中学校も1回転校してるし高校は定時と通信も経験した。全日制高校中退後に編入された定時制には結局一度も通わず、通信制...■鉄の匂い047■
-----悦楽の提供者がアレされてしまうのを見過ごすこの矛盾はぼくを異常に興奮させたよアレを見過ごすことで悦楽が失われることへの葛藤に苛まれてぼくは何度も射精したよきみがアレをしている光景を目に焼き付けることでぼくは永遠の悦楽を手に入れたんだもうお腹いっぱいだこれ以上の悦楽はないだろうだから今この到達した感覚を鋭利に感じながらぼくは死にたい最高の高低差に消耗していく理性に焼かれながらぼくは死にたいもうこれ以上の高みはなく後は下っていくだけだからぼくはぼくの最も大切なぼくの命をぼくが絶つという空前の不両立に満たされるんだ今からもうわくわくが止まらないよこのわくわくを得るチャンスをくれたのはきみだありがとう最後に最初に書いたきみへのプレゼントに関して再確認をしておこうアレはぼくがひとりでやったことにしろきみはどの現...■鉄の匂い046■
楠木くんの手紙は続く。------びっくりしたろぼくもびっくりだよびっくりでがっかりだよアレに罪を重ねてしまったぼくにびっくりだしそれをきみに告白しなかったぼくにがっかりだよ罪を重ねる前にぼくはきみの迷惑を思うべきだった重ねてしまった後であってもきみの困窮を想像すべきだったでもぼくは重ねてしまったぼくはぼくを止められなかった自制心が無いと思うかもしれないしかしぼくはぼくに忠実であったとも言えるぼくは胸を張って言える一連の行動でぼくはぼくの本質を貫いたぼくの本質それは苛めが苦ではないという性癖ぼくは苛めに遭ってはいたが傍目ほど不幸ではなかったぼくは苛められると硬くなり硬くなったことを咎められると射精しただからぼくは苛められることが嫌いではなかった嫌うどころか好んでいたじゃあなぜぼくはアレをするきみを見過ごしたのか...■鉄の匂い045■
楠木くんは『僕』の中に居る。楠木くんは自殺してしまったけど『僕』の中では生きている。『僕』が生き続ける限り、だから楠木くんもまた永遠だ。------もう一度書く大事なことだからぼくはきみの犠牲になったのではないきみの所為で死んだのでもなければ君の為に死んだのでもないだから最後まで冷静に読んでくれたまえまもなくきみにはこれとは別にぼくからの遺書が届くそれは警察や教師に見せても大丈夫な文面にしてある遺書の文面を読む前のきみに伝えておきたい誰にも知られずきみにだけ伝えておきたいだからきみはこれを読んでいない振りをして遺書を読んで欲しい口裏を合わせておかないとぼくのプレゼントがきみに届かなくなってしまうからまずお詫びを言いたいきみはぼくにすべてを話してくれたのにぼくはきみに隠していることがある深呼吸をした方がいいかもな...■鉄の匂い044■
小さな紙に細かい字でびっしりと書かれた手紙だった。今からその全文を書き記す。楠木くんからの手紙。------きみのことだからきっとこの手紙を見つけると思っていたよきみがこの手紙を読んでいるということはぼくはもうこの世にいないということなんだねこの世にいないぼくはもうきみに会えないとても寂しいよでも悲しまないでくれぼくはきみの中にいるんだこれからぼくが書くことはぼくがなぜ自殺したのかその理由とこの手紙をわたすまでをむずかしくしたその理由だ驚かないでくれたまえぼくが自殺したのはねきみを護るためなんだよでも誤解しないで欲しい恩に着せるつもりはまったくないんだぼくはもうだいぶ前からいつか自殺すると決めていたぼくの人生がサラリーマンになる大人まで続くなんて想像がつかないからそしていつか自殺するならその前に誰か人を救いたい...■鉄の匂い043■
それでもさすがに学校側から山に入ることは躊躇(ためら)われ、ぐるり回り込んで反対側の車の入れぬ遊歩道側がら山頂を目指した。寂しくて仕方がなかった。自分が疑われてるかもしれない事実よりも、楠木くんが大きな決断を『僕』に知らせてくれなかったことが悲しくてならなかった。『僕』は楠木くんを親友だと思っていたのに。山頂をしばらく散策したが、死体を埋めた場所は分からない。ここかと目星をつけても掘り起こして確認する訳にもいかず、結局その場所は分からず仕舞いだった。それは致し方ないことだ。楠木くんが発見されない様に目印の無い場所を選んだのだから。諦めて戻ろうとしたその時。最初に目印を決めて『僕』が埋めた場所のクヌギの木に、真新しいナイフの疵を見つけた。その疵は矢印で上を指していた。最近付けられたその矢印を辿って上を見上げると、...■鉄の匂い042■
急ぎ足にならないように気を付けて廊下を歩く。玄関で外履きに履き替え、しかし校門へは向かわず校庭側から校舎に沿って忍んで進む。保健室の隣の多目的室からは、腰高窓から見えない様に低い姿勢で走った。保健室の窓の下を這う様に通り抜け、やっと保険準備室前に到達。校庭と校舎を隔てる植え込みに隠れ、アルミの部分を指で押してサッシを少し開ける。幸い窓にはカーテンが掛かっていて、室内からはサッシが開いたことには気付けない。休み明け第一日目で授業はない。始業式が終われば明るいうちから解放される小学生達は、もう一人も校内に残ってはいなかった。誰も『僕』を見咎める生徒は居ない。逆に言えば、誰かが『僕』を見掛ければそれはとても不自然に映るということ。校庭と窓の隙間に全神経を二分して集中。中からはカウンセラーと校長・教頭・担任の声が漏れ聞...■鉄の匂い041■
「うん?ああ。君が転校してくる前まで、前まで、はね」カウンセラーの目の色が変わった。カウンセラーはその経験から『僕』から何かを引き出せると踏んだ。「君は、君が転校してくる前の事をどうして知ったの?楠木君から聞いたんだろ?」質問しながら畳み掛ける様に答えも突き付けるカウンセラー。「君が転校してきてからは、楠木君は苛められなくなったらしいじゃないか」教頭も身を乗り出す。苛めがあったことは知ってたんだなこの教頭。「君がね。楠木君と一緒にいる所を目撃してる証言は沢山あるんだよ?」ほとんどもう取り調べだ。真ん中に机があったら叩いていたろう勢いだ。教頭を制しながら校長が顔を近づけてきた。「君、聞いたんだろ?楠木君が、宮島さんと坂田さんに何をしたのかを」校長の勇み足だった。ここで初めて『僕』だけが知らない情報を、このカウンセ...■鉄の匂い040■
「皆さん、おはようございます。夏休みはどうでしたか?宿題は全部終わりましたか?まだの人は、それぞれの科目の先生の相談してください。工作は最初の授業の時間までに仕上げれば…」まずは教頭先生の訓話。生徒に動揺させまいとの配慮なのだろうか。どうでも良い事務連絡が当たり触りなく始まる。次に校長先生が段に上がった。数人の生徒は既に状況を知っているらしく、すすり泣く声があちこちから聞こえてきた。「さて、夏休みの間に、大変残念な事件が起こりました」もう間違いない。死体が発見されたのだ。あの2人の死体が見つかってしまったのだ。いったいどういう経緯で発見されたのだろう。経緯によっては、犯人が捜し当てられるまでの時間稼ぎやアリバイ工作の余地はないかも知れない。この場で指差され両腕を掴まれ全校生徒の前で補導される。でなくても、体育館...■鉄の匂い038■
「皆さん、おはようございます。夏休みはどうでしたか?宿題は全部終わりましたか?まだの人は、それぞれの科目の先生の相談してください。工作は最初の授業の時間までに仕上げれば…」まずは教頭先生の訓話。生徒に動揺させまいとの配慮なのだろうか。どうでも良い事務連絡が当たり触りなく始まる。次に校長先生が段に上がった。数人の生徒は既に状況を知っているらしく、すすり泣く声があちこちから聞こえてきた。「さて、夏休みの間に、大変残念な事件が起こりました」もう間違いない。死体が発見されたのだ。あの2人の死体が見つかってしまったのだ。いったいどういう経緯で発見されたのだろう。経緯によっては、犯人が捜し当てられるまでの時間稼ぎやアリバイ工作の余地はないかも知れない。この場で指差され両腕を掴まれ全校生徒の前で補導される。でなくても、体育館...■鉄の匂い038■
「じゃあまた明日ね」いつも明るく手を振り去っていく楠木くんが、9月の始業式が迫った8月末。手を挙げるのが精いっぱいになりやがて振り返ることもなくなった。学校が始まるのが憂鬱なのか。夏休みが終わるのが残念なのか。子供はみんな夏休みが好きだ。一ケ月以上遊び惚けたら、それまで好きだった学校も面倒になるかもしれない。そんな風に思い、深刻な問題が存在するとは考えなかった『僕』は実に浅はかだった。楠木くんは、すべてを『僕』に曝け出してくれたのに。楠木くんは、『僕』のすべてを受け入れてくれたのに。『僕』は彼の発する信号に気付いてあげられなかった。そしてそれは始業式の朝に分かった。学校に行くと、校門にいつもは居ない先生が立ち並び、生徒ひとりひとりに教室には行かずそのまま体育館に集まる様に促していた。『僕』は、宮島と坂田が見つか...■鉄の匂い037■
夏休みの間じゅう、『僕』は毎日楠木くんと会って遊んだ。ほんとに文字通り、それは朝から晩まで。楠木くんは、『僕』にいろんな遊びを教えてくれた。おしっこを容れた水鉄砲で他人(ひと)の家の洗濯物を撃ったり、パチンコでウサギのウンコを民家に撃ち込んだり。異臭に気付き大騒ぎしてその元凶を捜す大人たちを覗き見るのはほんとに愉快だった。楠木くんは、他にもいろんなことを知っていた。スーパーのバックヤードに忍び込むと、店には出せない崩れたケーキなどが簡単に持ち出せること。汲み取り便所のアパートに住む歯が無い人たちには、学校の図工室にあるシンナーがびっくりするくらい高く売れること。楠木君は、親友の証として、ランドセルの時間割の裏に互いの名前を書き合おうと提案した。『僕』はそれを快諾した。署名には如何程の効力もないのだが、その提案が...■鉄の匂い036■
「みんなと仲良しの宮島さんと坂田さんですが」この先生は生徒を名指す時に必ず「みんなと仲良しの」と、頭に置く。「芸能関係のお仕事に就きたいということで、東京の学校に転校することなりました」そんな訳はない。あの2人からアイドルになりたいなんて夢は語られたことはないし、お昼休みに教壇でライブごっこをしてるのも見たことない。そもそも二人は折り重なる様にして赤土の中だ。「転校に伴い、東京は遠いので学校の寮に入ることになりました。急なことだったので、仲良しのみんなにお別れの挨拶ができなかったと、言ってたそうです」言ってない言ってない。アイドルが多くて芸能に理解のある学校にだって編入するには試験や面談がある。今日言って今日行ける学校なんてない。第一みんな仲良しじゃないし。楠木くんを見ると、楠木くんも『僕』を見ていた。先生は本...■鉄の匂い035■
「ボクはね。此奴らにおしっこを掛けられたことがあるんだ」おしっこで泥が洗い流され、二体はむしろ少し綺麗にすらなった。「体育倉庫の裏の排水溝でさ。溝に蹴落とされて上からおしっこを掛けられたんだ」おしっこが終わった楠木くんが穴から這い出す。「さ。埋めようか。まずは一番深い所から掘り出した赤土からだ」両手で赤土を掬って二体に掛けた。ある程度被ったら上に乗って踏み固めた。赤土の次は腐葉土、最後に落ち葉を塗(まぶ)すと、埋めた場所は完全に判らなくなった。「酷いことをするなって思っただろ?いくらなんでも死んだ人におしっこを掛けるなんてさ」帰り道、山を下りながら楠木くんが『僕』を見ずに呟いた。楠木くんは、殺した人とは言わず死んだ人と言った。「でもボクは、してみたかったんだ。おしっこを掛けられる気分は知ってるけど、おしっこを掛...■鉄の匂い034■
糞の苗字は坂田だった。そういえば主犯格も手下もフルネームは忘れてしまった。出席簿で住所から家族構成まで確認してたのにだ。『僕』は楠木くんに手を引かれ、あの山に入った。教えていないのに、楠木くんは一直線に目印のクヌギの木に向かった。ある想像が過(よぎ)ったが、尋ねて確定させる勇気もなく、言われるままに埋め直す穴をふたりで掘った。「大きな木の下って、落ち葉が積もってて土が軟らかいから掘り易いって思われがちだけど、少し掘ると太い木の根にぶち当たるから、離れたとこを掘るのが正解なんだ」周りになにもなく、平らだけど少し傾斜がある場所を迷いなく掘り始める楠木くん。何かを隠そうとする時、人は無意識の内に目印を探してしまう。かえって何も目印がない処の方が見つかり難いし、掘り易いのだそうだ。楠木くん御眼鏡の場所は砂遊びで使うよう...■鉄の匂い033■
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