砂浜に打ち捨てられたガラスの破片、ふと目について気まぐれに拾い上げる誰か、わずかに残る色味と覚束ない光の反射、磨り減った感触を確かめると、ポケットに納められることもなくそれは再び波打ち際で忘れ去られる。そんな物語でいいのだ。こちらはほとんど立ち寄ることなく廃墟と化しています。近頃はもっぱらあちらにいます。蛹子華奢の……
石川淳「影、裸婦変相、喜寿童女」いやぁ面白かった!服部まゆみ「罪深き緑の夏」この世界観に若干ついていけず…谷崎潤一郎「春琴抄」折口信夫「死者の書」今、この時に出逢えてよかった。ドストエフスキー「貧しき人々」次はカラマーゾフに挑戦!?ガルシア・マルケス他ラテンアメリカ文学アンソロジー「美しい水死人」フェンテスとドノソ、美味。それからフラナリー・オコナーの短編集にも目を通したのですが、ちょっと合いませんでした。残念!3月に読んだ本
2019年1月、読了本。イタロ・カルヴィーノ「冬の夜ひとりの旅人が」川端康成「雪国」辻邦生「睡蓮の午後」武田百合子「ことばの食卓」パヴェーゼ「流刑」でした。お久しぶりです
タイトル、「遊戯の終わり」と決めました。書き始めます。今年中には完成させたい。いつだって崖っぷちだけど、踏ん張ります。よし。書くぞ!
あ、明けましておめでとうございます!これからはぼちぼち、こちらにもお邪魔しようかと……これからも宜しくお願いします。新年
時々管理人(別名、蛹子)が見回りに立ち寄ります。年明けには小説の投稿も予定しております。ゆるく見守って下さいませ。蛹子と申します
今までご愛顧いただいた当ブログ、この記事をもって最後といたします。読んで下さった皆さま、ありがとうございました。蛹子名義でツイッターやってますので、よろしければ覗いてみて下さい。蛹子@sanagiko87小説はぼちぼち書いています。では、お元気で!閉館のお知らせ
どんな内容なのか言葉で表現することは私にはできない。なぜなら、すくった途端に零れてしまう、もしくは蒸発してしまう物語群だから。最初の一文をまずはしっかりと握っておいてページをめくっていくのだが、いつのまにかそれは掌から消えている、感触もなく。読後感の言葉が水の面に浮かんでいる、それらを掬い上げようと手を伸ばす。けれどわずかの揺らぎであっけなく沈んでしまう、光を帯びて。果てしもない描写で緻密に埋められていく細部に目が眩み、だからこそ焦点が定まらずに足下が崩れる、もしくは三十度の傾斜にゆっくりと滑り落ちていく、為す術もなく。作者はたぶん、自分で書いた文章を読むのをことのほか愛でる(淫する)人なのだろうと思う。純粋に読む悦びを味合わせてくれた本でした。あまりにも漠とした感想なので、本文を少し。灰色のゼラチン質の光のな...金井美恵子短編集
あらかじめ切り取っておいたその人の指を私は自分の、花びらが朽ちた蓮の臺にも似た拳に移し替えようとしてその前に咥えてみていいかしらと目で伝え、その人のかすかな笑みに促され差し出された人差指を舌で味わう。煙草の匂いがするのだろうという予想は簡単に裏切られ林檎の甘く饐えた香りが鼻腔へとのぼる、そのほのかな佇まいに舌が疼く。その人の指が私の掌に折り畳まれ、硬い爪で皮膚をくすぐられ、書架の陰で私はその人の指で自分の貝殻骨のあたりを撫でてみる、いつまでもその行為はやめられない。その人が熱心に読んでいた物語になぞらえて私は腕ではなく指が欲しいと伝えてみた。いいですよ、代わりにあなたの心臓を下さい。その人の願いを私は聞き入れた。ぽとりと血が落ちて滲んだページをそれぞれ一枚づつ手にして契約はあっさりと終了した。その人は二十八で、...図書館にて
そう思える瞬間に出会った日。誰かのことを思い浮かべていて、そろそろお便りしようかなあ、でも迷惑じゃないかな、細く長くつながっていたいのだよ、だってとても大切な人だから、なんてことつらつら思いながら文案をぼんやり考えていたら……その人からのメッセージがスマホに(最近変えました、ようやく)人生は素晴らしい。捨てたもんじゃないんだね。それにしても、これはテレパシーの一種なのか、それともかの有名なシンクロニシティというやつか?そろそろツイッターとやらにも挑戦してみようかと思う今日この頃。時計草が咲きました。人生は素晴らしい
なのだ。雨の日の猫は怠惰いつもよりずっと
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