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近未来ブログ小説 https://hanaiyosuke.jugem.jp/

ちょっと切ない短編恋愛小説と、スピード感あふれるエンターテイメント小説です。

花井 耀介
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住所
千葉県
出身
長野県
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2006/09/08

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  • ワンス・イン・ア・ホワイル57

    十二時を過ぎると、安保が、帰ると言いだした。ふだんは、店が閉まる三時すぎまでいるのだ。 和樹がとめると、たまには家庭サービスしないと、と言っていたずらっぽい笑顔をして、出て行った。 ふたりは、だいぶ酔っぱらっていた。 マスターは、安保を店の

  • ワンス・イン・ア・ホワイル56

    和樹は、ジャズバーの扉をあけた。 カウンターに、安保が座っていた。ここの常連だ。銀縁メガネの奥の目をおおげさにみひらく。 店内には、コルトレーンのバラッドが流れている。「あらら、ひさしぶり、杉山くん。この二ヶ月何してたの?」「まあ、いろいろ

  • ワンス・イン・ア・ホワイル55

    夕暮れの新宿駅は、家路を急ぐサラリーマンや学生であふれていた。 ふたりは、中央線のホームに立っていた。「これ、ありがとう」 梢子が、持っていたマットを和樹に手渡した。「ここでいいのか?」「うん。このまま夜勤だから・・・・・・」 梢子がつない

  • ワンス・イン・ア・ホワイル54

    和樹は、出版社から帰ってくると、パソコンの電源を入れた。 真っ白な画面を見つめながら、編集者のアドバイスを思い出す。「今度は、フィクションではなく、自分のことを書いてみてください」 和樹は、編集者の目をみつめた。「私小説ですか?」 編集者は

  • ワンス・イン・ア・ホワイル53

    「んー? おはよお」「おはよう」 梢子は、目をこすって伸びをした。「寝れたか?」「んーん、あんまり。ねえ、寒くなかった?」「そうだな、寒かったな」「寝袋使えばよかったんだ」「これに入ると熱くて、出るとさむいんだもん」「そうか」「うん」 ふた

  • ワンス・イン・ア・ホワイル52

    明け方、体がふるえて何度も目が覚めた。体の中はアルコールがくすぶっていて、熱い。 梢子にわたした寝袋が、いつの間にか、和樹にかけられている。 和樹は、寝袋を梢子にかけなおして、また寝た。 まぶたを通して外の明かりを感じる。まぶしいが、頭の奥

  • ワンス・イン・ア・ホワイル51

    たき火の火を見つめていると、意識が吸い込まれていくような感覚におちいる。 よく乾かした木が弾ける音とセッションするかのように、川の音が聞こえる。 梢子がたき火のまわりを落ちつかなげに、まわっている。「どうして追いかけてくるのお」 さっきから

  • ワンス・イン・ア・ホワイル50

    フタをあける。コッヘルの底から、小さな泡が勢いよく出ている。 和樹は、カップ焼きそばにお湯を注いだ。 コッヘルに水をつぎたす。「ウィンナーくれ」「はあい」 お湯の中にウィンナーをほおりこみ、和樹は、煙草を吸った。「たのしいねえ!」 梢子が言

  • ワンス・イン・ア・ホワイル49

    和樹は、ストーブの燃料キャップをあけ、ティッシュにホワイトガソリンをしみこませた。ストーブの首の部分にぬれたティッシュをまきつけて火をつける。 青い炎をあげて、ティッシュが身をくねらせた。「ねえ、どうしてそんなことするの?」 梢子がしゃがん

  • ワンス・イン・ア・ホワイル48

    スーパーで買い物をして、ふたりはキャンプ場にもどってきた。 川にそって生える木々の落とす影に合わせるかのように、キャンプ場全体が暗くなってきている。 いつの間にか、和樹のテントのまわりにいくつかのテントが立っていた。 若い女だけのグループ、

  • ワンス・イン・ア・ホワイル47

    「この絵ですか・・・・・・」 和樹は、じっと絵をながめた。勢いは感じる。しかし、それ以外のなにも感じなかった。「この子は・・・・・・」 絵本作家は、画用紙をじっと見つめながら言った。「ひまわりを大きく感じたんでしょうなあ。ほら、自分の体がず

  • ワンス・イン・ア・ホワイル46

    和樹は、審査途中の昼ごはんを、絵本作家といっしょに食べた。コンビニの揚げ物だらけの弁当を絵本作家はほとんど残し、お茶を飲んだ。「今年の絵はどうですか?」 和樹は、沈黙に耐え切れずに、質問した。 絵本作家は、紙コップの中のお茶を見て、和樹の目

  • ワンス・イン・ア・ホワイル45

    社会貢献部に配属されて間もないころ、和樹は、こども絵画交流展を前任から引きついだ。 日本と、アジア十二カ国のこどもたちが、毎年、絵画を通して交流する展覧会だ。 十年前の企画当初は、たくさんのマスコミに取り上げられた記録が残っている。 今は、

  • ワンス・イン・ア・ホワイル44

    奥多摩駅行きのバスが目の前に止まった。 中には、ひとり、角刈りの若い男が座っていた。 和樹は、梢子と一番うしろの席にすわり、料金が示されている電光掲示板をながめた。 ここが、終着駅ではないらしいことに気づいた。「あのひと、どこまで行くんだろ

  • ワンス・イン・ア・ホワイル43

    和樹は、いくつかの質問をうけた。「この小説を書くのに何か資料を見ましたか?」「はい。図説クローン・テクノロジーという本です」「どのくらい時間がかかりましたか?」「だいたい一ヶ月です」「この作品を他の出版社に持ち込みましたか?」「いえ、新人賞

  • ワンス・イン・ア・ホワイル42

    編集者に会う日は、最悪の天気だった。 ニュースで超大型と言われ、九州で多くの被害を出している台風が近づいているのだ。 約束は三時だった。受付の女性に出版社の待合室に通された。 テーブルの上には、その出版社の刊行物が置かれていた。読んだことは

  • ワンス・イン・ア・ホワイル41

    梢子の家に泊まった次の日、和樹は本屋で雑誌を探していた。 書きあがった小説を、新人賞に応募したかったのだ。文芸コーナーに公募ガイドという雑誌があった。 まわりには、誰もいなかったが、人の視線が気になった。 ページをめくると、たくさんの賞があ

  • ワンス・イン・ア・ホワイル40

    手の平が熱い。 奥多摩の歴史と題されたスペースには、江戸時代からの奥多摩の風俗にまつわる展示物が置かれていた。 幻灯機、木彫りの人形、獅子舞などの展示の中に、今でもつづけられている竜の踊りがビデオで繰り返し流されている。 黒子に操られた三匹

  • ワンス・イン・ア・ホワイル39

    「やっと着いたねえ!」 奥多摩湖をバックに二人で記念写真を撮った。 奥多摩湖は周りをすべてコンクリートの壁で固められたダムのような湖だった。 道路をはさんで、奥多摩資料館という建物が入った。「ねえ、あそこならお水あるよねえ」 梢子が真っ赤な

  • ワンス・イン・ア・ホワイル38

    「よみおわったあ!」 ベッドに起き上がると、和樹は、梢子の顔を見た。笑っている。「どうだ?」「すごい、おもしろかったあ」「マジか?」「ほんとだよお」 梢子がベッドにのって、和樹にキスをした。「こんな才能もあるんだね」 手放しで喜ぶわけにはい

  • ワンス・イン・ア・ホワイル37

    「ワインのむう?」「ああ、いいな」 赤ワインをあけた。「ねえ、そろそろ読ませてくれる?」「読んでくれ」 少し息苦しくなり、首筋がムズムズした。原稿を梢子に渡す。大切そうに受け取り、原稿を読みはじめた梢子の目が文字をなぞるのを見ているうちに、

  • ワンス・イン・ア・ホワイル36

    梢子の部屋のチャイムを鳴らす。換気扇が勢いよくまわっている。油の匂いがした。 チェーンを外す音がして、ドアが開いた。「いらっしゃあい」 梢子がぬれた両手を顔の横にあげて立っている。和樹は、中に入って缶ビールの六巻パックの入ったビニールを渡し

  • ワンス・イン・ア・ホワイル35

    男は川のほとりに建てられた民家の玄関に回覧板を置いた。庭に洗濯物が干してある。古い木造の家だ。 扉が開く音がして、中から中年の女の人が出てきた。「暑いのに、お疲れさまあ。よかったら、中でお茶でも飲んでって」 男は首にかけていたタオルで顔をふ

  • ワンス・イン・ア・ホワイル34

    「いやあ、そんなのムリだよ。おらあ八十過ぎだよ。となりの家に回覧板を渡しにいくだよ」「はちじゅう?」 梢子がかん高い声で言った。「そうだよ」「わかあい。全然そんな風に見えないですよお」「またまたあ」「さっきだっておじさんのこと、すごく足が長

  • ワンス・イン・ア・ホワイル33

    「あのおっさん、足なげえなあ」「そお?」「ああ、背は高くねえけど、体の半分くらいが足じゃないか?」「え? あっ、ほんとうだあ。長いねえ」 右上の県道を車が走りぬける音がする。左下には両側を鬱蒼とした木々が生える多摩川が流れている。 今歩いて

  • ワンス・イン・ア・ホワイル32

    原稿が完成した日の午後。和樹は、窓から差し込んでくる光とセミの声で目をさました。 布団の上で寝返りをうち、場所を移動する。 体がだるい。 頭のしんがぶれているような感じがする。目の奥がずきずきと痛んだ。「かぜ、ひいちまったかな・・・・・」

  • ワンス・イン・ア・ホワイル31

    トンネルを抜けると、和樹は太陽のまぶしさに目を細めた。くしゃみが二回出た。「あ、まぶしいんだあ」 梢子が笑いながら言った。和樹は何も言わず、歩きつづける。「ねえ、待ってよ・・・・・・」 右手を梢子に引っぱられた。胸のなかがもやもやしている。

  • ワンス・イン・ア・ホワイル30

    小説が書きあがった。四百字詰め原稿用紙にして三百二枚ある。全身の血が沸騰しているようだった。 和樹は、立ち上がり、両手を天井につきあげて叫んだ。明け方の四時だった。 近所迷惑だと思ったが、体の内側から湧き上がってくる感情を押さえつけることが

  • ワンス・イン・ア・ホワイル29

    梢子の言葉が胸につきささった。「そんなこと、ない」「うそよ、今、間があったもの」「馬鹿だとは思ってない。かわいい、と思ってる」 トンネルの中でなんでこんな話をしてるんだろう、と和樹は思った。 自分の悪ふざけのせいで、梢子の感情が一気に噴出し

  • ワンス・イン・ア・ホワイル28

    「今、大地震がおこったら、ふたりともおだぶつだな」「いやだっ、もう、やめてよお」 梢子の声が涙声にかわった。「このトンネルがつぶれても誰もたすけに来てくれないぜ」「もう、いやだ!」 梢子は、握っていた手をはなし、出口に向かって走りはじめた。

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