博多をあとにしたサハチ(尚巴志)とヒューガはサンルーザの故郷、対馬の土寄浦に着きます。 サンルーザの五男のシンゴと仲よくなったサハチは、イトという娘と出会います。 イトの父親は船乗りで、琉球に何度も行っていて、サハチの事をイトに話していました。 サハチはイトと仲よくなります。 サハチが対馬に来て半月が過ぎた頃、サンルーザは五十隻もの船を率いて明国へと出掛けて行きます。生きていくために、倭寇として…
歴史について、気の向くままに書いてみます。
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琉球王国、および近代・現代の沖縄の歴史について
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人の数だけ歴史がある。 歴史マニアも、歴史を知らない人も、興味があれば大歓迎。 過去のない現在はない。 現在の問題点は、きっと過去にある。 古代文明、カルト、宗教史、神話、古代史、戦国時代、近代史、戦前史、戦後史、人物伝、世界史、東洋史、雑学、年代・ジャンルは問いません。
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洋の東西を問わず歴史に題材を得た小説に関するトラコミュです。登場人物・主人公などが歴史上の人物でなくても(架空でも構いません)。歴史小説であることだけが条件です。関連する記事がありましたら、気軽にトラックバックしてください。
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織田信長について
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1941年:大東亜戦争(〜1945) に関することなら、どんなことでもOKですので お気軽にトラックバックやコメントしてください。
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沖縄戦(おきなわせん)は、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)、沖縄諸島に上陸した米軍と日本軍との間で行われた地上戦。これは民間人を巻き込んだ日本国内での最大規模の地上戦であり、また日米最後の大規模戦闘となった。沖縄戦は1945年3月26日から始まり、組織的な戦闘は6月23日で終了した。 アメリカ軍の作戦名はアイスバーグ作戦(英:Operation Iceberg、氷山作戦)。大規模な戦闘は沖縄島で行われた。米軍の作戦目的は本土攻略のための航空基地・補給基地の確保であり、日本軍のそれは当時想定されていた本土決戦への流れの中に位置づけられる。
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忍者、忍術、忍法について何でも。小説、漫画などの忍者でも、史実の忍者でも何でも構いません。
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戦国時代の上州(群馬県)の人物や合戦などについて語りませんか。 史跡めぐりのレポートや関係書籍の感想なども、お気軽にトラックバックして下さいませ。
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日本の戦国時代が好きな人、集まれ〜!
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仏教「佛教」(ぶっきょう)とは、仏陀(ブッダ)の説いた教え、仏(仏陀、覚者、真理に目覚めた人)の宗教、また、仏に成るための教え。 近世では広く釈尊(しゃくそん)を開祖とする宗教のことをさす。 仏教では、個人が自ら真理(法=ダルマ、ダンマ)に目覚めて「悟り」を得てゆく過程が重視され、最終的には「自分として執着している自我(アートマン)は実体ではない(無我)」と覚り、苦の束縛から解放されること(=解脱)を求める。
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北条早雲から始まる、戦国時代の大名家
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本願寺第七世存如の子。本願寺第八世門主。熱心な布教活動を生涯行い、浄土真宗本願寺の現在の礎を築く。浄土真宗本願寺、中興の祖。
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尾張国中村の百姓として生まれ、織田信長に仕え頭角を表す。信長が本能寺の変で明智光秀に討たれると中国大返しにより京へと戻り、山崎の戦いで光秀を破り信長の後継の地位を得ると、大阪城を築き関白・太政大臣に任ぜられ豊臣姓を賜り、全国の大名を従え天下統一を成し遂げた。太閤検地や刀狩などの政策を採るが、慶長の役の最中に、嗣子の秀頼を徳川家康らに託し没した。 一夜で築いた墨俣城、金ヶ崎の退き口、高松城の水攻めなど機知に富んだ逸話が伝わり、百姓から天下人へと至った生涯は「戦国一の出世頭」と評される。
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明智光秀が信長を自害されたとされているこの事件ですが、様々な黒幕説や、陰謀説が渦巻く戦国最大の謎・本能寺の変。 陰謀説としては、秀吉説、家康説、義昭説、朝廷説など、光秀による野望説や怨恨説など、いろいろあるこの本能寺の変に関するコミュ。
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戦国時代、安土桃山時代の武将。通称は十兵衛。正式な名のりは、源光秀。幼少時の名は桃丸。生年は不詳であるが、光秀死後かなりのちの江戸時代に書かれた軍記文学『明智軍記』に記載された辞世の句とされる漢詩に「五十五年夢」とあることから、1528年に推定されることもある。『明智系図』によれば、清和源氏の流れである土岐氏一族の明智氏の出自とされているものの、出自、前半生の経歴は、ともにはっきりしていない。妻は妻木載煕の娘の煕子。娘は細川忠興正室玉子(細川ガラシャ)で、細川ガラシャの女系の系統は現在の細川護煕元首相に続く。
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江戸の人情が好き、江戸文化が好き、着物が好き、時代劇、時代小説、歌舞伎が好き、江戸言葉(江戸弁)江戸の生活、江戸の歴史、江戸の粋、神社仏閣、歴史上の人物… 下町文化、下町のイベント、下町生活、お祭り、神輿、盆踊り… 歌舞伎、能狂言、着付け、民謡、寄席その他古典芸能や民間芸能 浴衣、相撲、和菓子、その他和風の物… 粋な人見つけた!下町生活始めた!三味線習いたい!ふんどししてみたい!日本橋でお買い物!火鉢が欲しい!築地で寿司! …なんてのもOKです。 大江戸や江戸文化、日本文化に関するものなら、なんでもどしどしトラックバックしてください!
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日本・世界を問わず城郭、城跡とそれに関連することについて
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戦国時代の武将。名は晴信。1541年(天文10)父,信虎を追放して甲斐(山梨)武田家の当主となる。民政に力を入れ「甲州法度」を定めた。その一方で近隣諸国を征服し、川中島の合戦?において越後の上杉謙信と争った。織田信長と雌雄を決しようとして三河(愛知東部)野田城攻城後に信州にて死去。
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武田信玄の五女。織田信長の長男、信忠と婚約するも両家手切れとなり解消。武田氏滅亡後、出家し信松尼を名乗る。本能寺の変で前の婚約者、織田信忠の訃報が届くと武田一族とともに信忠の冥福を祈ったという。(同年に出家している。)同母兄弟に高遠城主、仁科五郎盛信。
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博多をあとにしたサハチ(尚巴志)とヒューガはサンルーザの故郷、対馬の土寄浦に着きます。 サンルーザの五男のシンゴと仲よくなったサハチは、イトという娘と出会います。 イトの父親は船乗りで、琉球に何度も行っていて、サハチの事をイトに話していました。 サハチはイトと仲よくなります。 サハチが対馬に来て半月が過ぎた頃、サンルーザは五十隻もの船を率いて明国へと出掛けて行きます。生きていくために、倭寇として…
志佐壱岐守(しさいきのかみ)の船に乗って、サハチ(尚巴志)とヒューガは博多に着きました。 サンルーザの船は九州探題の今川了俊に睨まれていて、博多には入れなかったのです。 博多に滞在したサハチは何を見ても驚いていました。 色々な物を売っている市場に驚き、大きなお寺の建物に驚き、出陣して行く兵士たちの立派な鎧や武器に驚き、男装した女たちの華麗な舞にも驚きます。 夜更けに一文字屋の屋敷に盗賊が攻めて来て…
坊津(ぼうのつ)で一文字屋と取り引きを済ませ、サハチ(尚巴志)たちは甑島(こしきじま)を通って五島列島の福江島に着きます。 福江島にはサンルーザの弟の早田備前守がいました。 福江島から島伝いに北上して、宇久島から壱岐島に向かいます。 壱岐島にはサンルーザの娘婿の早田藤五郎がいました。 サハチはヒューガと一緒に壱岐島を散策して、昔、察度の配下だったという老人と出会い、若い頃の察度と泰期の話を聞きます…
◇尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 14.ヤマトゥ旅 サハチ(尚巴志)が乗ったサンルーザの船は伊平屋島を出帆して、永良部島(沖永良部島)、徳之島、奄美大島、トカラ列島の宝島、中之島、口の島、口之永良部島を通って、薩摩の坊津(ぼうのつ)に着きます。 ヤマトゥの国はサハチが思っていたよりもずっと遠くにありました。途中に島がまったく見えない事もあり、海の広さを改めて感じ、海が荒れた時は、このまま死んでし…
サンルーザの船に乗ったサハチとヒューガは今帰仁に寄ってから、伊是名島、伊平屋島へと向かいます。 伊平屋島では大叔母の我喜屋ヌルから曾祖父(与座の若按司)と若き日の祖父(サミガー大主)の話を聞きます。 曾祖父の与座若按司は父親を伯父の島尻大里按司に殺され、伊平屋生まれの家臣に連れられて伊平屋島に逃げて来ます。 父の敵を討とうとしますが、家臣たちには裏切られるし、なかなか討つ事はできません。 やが…
フジと別れて奥間をあとにしたサハチ(尚巴志)たちは、名護まで戻り、東海岸に出て南下します。 伊波グスクに寄って、マチルギと試合をして、サハチは紙一重の差でマチルギに勝ちました。 伊波から西海岸に出て、読谷山の宇座に行き、宇座按司(泰期)と会います。 宇座按司は広い牧場で馬を育てていて、サハチたちを歓迎してくれました。 宇座按司との出会いはサハチの生き方に大きな影響を与えます。 サハチたちが宇座…
サハチ(尚巴志)たちは今帰仁グスクから羽地に戻り、北上して奥間という村に着きます。 奥間村の長老に歓迎されたサハチたちは半月余りを奥間で暮らします。 奥間村はヤマトゥ(日本)から渡ってきた鍛冶屋集団が住み着いた村で、琉球中の鍛冶屋を仕切っていました。 鍛冶屋だけでなく、炭焼き、木地屋、猟師、杣人、研ぎ師などの職人たちも奥間とつながっていました。 クマヌのお陰で、奥間村とつながりを持ったサハチは…
伊波グスクをあとにしたサハチ(尚巴志)たちは西側の海岸を北上して名護に行き、運天港に行き、今帰仁へ行きます。 高い石垣に囲まれた今帰仁グスクを見たサハチは驚きます。 今帰仁では研ぎ師のミヌキチの家にお世話になります。 今帰仁グスクは山北王の帕尼芝(はにじ)の居城。 先々代の今帰仁按司の娘婿の羽地按司は、先々代が亡くなったあと、義兄の今帰仁按司を攻め滅ぼして、今帰仁按司となり、1383年、明国に朝…
年が明けて16歳になったサハチ(尚巴志)は、浮島(那覇)から浦添グスク、中グスク、越来グスク、勝連グスクと見て、伊波グスクに行きます。 伊波グスクで、剣術に夢中になっている伊波按司の娘、マチルギと出会います。 浦添グスクは中山王、察度の居城です。 サハチはクマヌから、察度が慶良間の島で密かに兵を育て、その兵を使って浦添グスクを攻め落とした事を知ります。 浦添グスクの略年表 1187年、ヤマトゥの…
サハチ(尚巴志)はクマヌ、サイムンタルー、ヒューガと一緒に旅に出ます。 佐敷から玉グスク、糸数グスク、八重瀬グスク、島尻大里グスク、小禄グスクを見て、浮島(那覇)に渡ります。 初めて佐敷から出たサハチは何を見ても驚いてばかりいます。 玉グスク按司、垣花按司、知念按司、糸数按司は婚姻で結ばれていて、島添大里按司と対抗しています。中心になっているのが玉グスク按司です。 中山王となった察度に滅ぼされ…
大(うふ)グスク按司が島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)に滅ぼされたあと、大グスク按司になったのは島添大里按司の次男のシタルーでした。 佐敷按司は島添大里按司が攻めて来ると守りを固めていましたが、島添大里按司が攻めて来る事はなく、大グスク按司になったシタルーが度々、佐敷グスクにやって来ました。 島添大里按司は有能な者は殺さないとシタルーは言い、同盟したいと言いますが佐敷按司はきっぱりと断りま…
1385年2月、14歳になったサハチ(尚巴志)は大事件を経験する。 島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)と大(うふ)グスク按司が合戦を始め、信じられない事に、大グスク按司が敗れてしまったのだった。 佐敷グスクで留守を守っていたサハチは、出陣して行ったた父が無事に帰って来たので喜んだが、大グスクは焼け落ち、多くの者たちが戦死してしまった。 登場人物 ・サハチ(尚巴志) サミガー大主の孫。父は佐敷按…
12歳になったサハチ(尚巴志)はヤシルーを師として弓矢の稽古に励んでいます。 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが八重瀬按司(えーじあじ)に奪われたあと、父の苗代大親(なーしるうふや)は大グスク按司に命じられて、佐敷にグスクを築いて、佐敷按司になりました。 大グスク按司に仕えていた、兼久大親(かにくうふや)、屋比久大親(やびくうふや)、与那嶺大親(ゆなんみうふや)の三人が重臣として佐敷按司に仕える…
9歳になったサハチ(尚巴志)は友達と海に潜って遊んでいます。 馬天浜の西にある島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで家督争いの戦が始まり、サハチは母と一緒に祖父のサミガー大主の屋敷に避難します。 祖父の屋敷には浜の者たちが全員、避難して来て、ウミンチュたちは武器を持って守りを固めます。 四日後、ようやく戦も終わり、避難していた人たちも解放されます。サハチは友達と一緒に海に行きますが、そこで、無残…
首里(すい)の高台に立って浮島(那覇)を眺めながら過去を振り返る中山王(ちゅうざんおう)の察度(さとぅ)。そこに明国への使者として行っていた義弟の泰期(たち)が来る。察度はいつの日か、首里にグスクを築こうと泰期に相談する。 当時、那覇は浮島と呼ばれる島でした。琉球にやって来た中国人や日本人が交易の拠点として住み始め、日本人が住む村を若狭町(わかさまち)と呼び、中国人が住む村を久米村(くみむら)と呼んでいまし…
6歳になったサハチ(尚巴志)は母と妹のマシューと一緒にサミガー大主(うふぬし)の屋敷に遊びに行きます。 サミガー大主の屋敷の離れには各地から集まって来た居候が暮らしています。 サハチは旅から帰って来たクマヌというヤマトゥ(日本)の山伏から旅の話を聞きます。 この離れはサミガー大主がヤマトゥから来る船乗りたちのために建てたものです。ヤマトゥの商人は冬の北風に乗って琉球に来て、夏の南風に乗ってヤマトゥに…
尚巴志の誕生と尚巴志の父、サグルーの久高島での剣術修行の話です。 尚巴志の誕生の時に光ったツキシルの石は、その後も何度か光ります。 尚巴志は琉球を統一した英雄で、1372年に生まれました。日本は南北朝の時代で、将軍は足利義満でした。中国では明国が始まったばかりの頃です。 尚巴志の名はサハチで、サハチが中山王世子として明国との交易を始めた時、サハチに「尚巴志」という漢字を当てました。尚巴志以後、尚を…
去年の正月、「尚巴志伝・第三部」を完成させたいと書きましたが、色々な事があって17章しか書けませんでした。 今年も完成できそうもありませんが、なるべく書こうと思います。 「尚巴志伝・第三部」の構想は次の通りです。 1416年、中山王の奄美諸島の平定。 1418年、尚巴志の長男サグルーが戦死する。 1419年、対馬が朝鮮に攻められ、ユキが活躍する。 ササたちが明国に行き、吉備津姫を探す。 …
今年は琉球を統一した英雄、尚巴志の生誕650年になります。 「尚巴志伝・第三部」を完成させたいと思っています。 長い物語になりましたがお楽しみください。
第二部はササの活躍でかなり長い物語になってしまいました。 第一部が原稿用紙にして1500枚だったので、第二部は2000枚くらいになるかなと思って書き始めたのですが、伸びに伸びて、5000枚を超えてしまいました。 第二部は護佐丸が準主役を務めるような気がして、若き日の護佐丸が叔父の尚巴志に会いに行く場面から書き始めました。馬天ヌルの娘のササを登場させたのは、ちょっと変わった娘で護佐丸と同い年な…
1385年2月、14歳になったサハチ(尚巴志)は大事件を経験する。 島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)と大(うふ)グスク按司が合戦を始め、信じられない事に、大グスク按司が敗れてしまったのだった。 佐敷グスクで留守を守っていたサハチは、出陣して行ったた父が無事に帰って来たので喜んだが、大グスクは焼け落ち、多くの者たちが戦死してしまった。 登場人物 ・サハチ(尚巴志) サミガー大主の孫。父は佐敷按…
12歳になったサハチ(尚巴志)はヤシルーを師として弓矢の稽古に励んでいます。 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが八重瀬按司(えーじあじ)に奪われたあと、父の苗代大親(なーしるうふや)は大グスク按司に命じられて、佐敷にグスクを築いて、佐敷按司になりました。 大グスク按司に仕えていた、兼久大親(かにくうふや)、屋比久大親(やびくうふや)、与那嶺大親(ゆなんみうふや)の三人が重臣として佐敷按司に仕える…
9歳になったサハチ(尚巴志)は友達と海に潜って遊んでいます。 馬天浜の西にある島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで家督争いの戦が始まり、サハチは母と一緒に祖父のサミガー大主の屋敷に避難します。 祖父の屋敷には浜の者たちが全員、避難して来て、ウミンチュたちは武器を持って守りを固めます。 四日後、ようやく戦も終わり、避難していた人たちも解放されます。サハチは友達と一緒に海に行きますが、そこで、無残…
首里(すい)の高台に立って浮島(那覇)を眺めながら過去を振り返る中山王(ちゅうざんおう)の察度(さとぅ)。そこに明国への使者として行っていた義弟の泰期(たち)が来る。察度はいつの日か、首里にグスクを築こうと泰期に相談する。 当時、那覇は浮島と呼ばれる島でした。琉球にやって来た中国人や日本人が交易の拠点として住み始め、日本人が住む村を若狭町(わかさまち)と呼び、中国人が住む村を久米村(くみむら)と呼んでいまし…
6歳になったサハチ(尚巴志)は母と妹のマシューと一緒にサミガー大主(うふぬし)の屋敷に遊びに行きます。 サミガー大主の屋敷の離れには各地から集まって来た居候が暮らしています。 サハチは旅から帰って来たクマヌというヤマトゥ(日本)の山伏から旅の話を聞きます。 この離れはサミガー大主がヤマトゥから来る船乗りたちのために建てたものです。ヤマトゥの商人は冬の北風に乗って琉球に来て、夏の南風に乗ってヤマトゥに…
尚巴志の誕生と尚巴志の父、サグルーの久高島での剣術修行の話です。 尚巴志の誕生の時に光ったツキシルの石は、その後も何度か光ります。 尚巴志は琉球を統一した英雄で、1372年に生まれました。日本は南北朝の時代で、将軍は足利義満でした。中国では明国が始まったばかりの頃です。 尚巴志の名はサハチで、サハチが中山王世子として明国との交易を始めた時、サハチに「尚巴志」という漢字を当てました。尚巴志以後、尚を…