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2022/03/05

  • AI百景(2)将棋の道

    「子供の頃から将棋が好きでした。一日中、ずっと将棋をしていたいと思っていました。そしていつかきっと将棋の道を究めようと子供心に考えていました」 少しはにかみながら彼は言った。その頃、彼は将棋界の期待の星だった。史上最年少で竜王のタイトルを獲得するという快挙を成し遂げていた。 「それから努力を積み重ねてなんとか棋士になることができました。でも子供の頃とは少し様子が違っているかもと思いました。研究にAIが欠かせない状況になっていたのです。他の多くの棋士と同じように私もAIを使って研究を重ね、そのおかげで強くなれました。竜王を獲得することもできました。でも何か腑に落ちないものがありました。強くなった…

  • AI百景(1)ペットロボット

    ペットロボットと暮らす生活もなかなかのものだった。本物の犬や猫の方が親しみが持てるに違いないが、生き物を飼うのは実際大変だ。餌代もかかるし、糞尿の始末もしなければならない。その点、ペットロボットは楽だ。電源を入れるだけで毎日楽しく過ごすことができる。AIを内蔵していて簡単な会話もこなせる。私が購入したのはネコ型ロボットだったが、ロボットとは言っても昔のメタルっぽいやつではなくて、ぬいぐるみより格段に手触りの良い素材でできている。抱きしめていると心地良い。そして愛くるしい眼差しでじっと見つめてくれる。 「今日は何をして遊ぼうか?」 「ねこじゃらしがいいです」 そんなやり取りをしながら毎日遊んでい…

  • 二千年後の人類

    「これが二千年後の人類の姿です」 未来生物学の権威として名高いK教授はそう言ってスクリーンに想像図を映し出した。そこに映っている生き物は現代を生きる人間とはかなり違っていた。慢性的な運動不足のためか手足の機能は衰え、細く短くなっていた。前かがみでデバイスを見ている時間が長いためか、猫背になっていた。AIに判断を委ねて自分で考えなくなったためか脳が縮小して頭が小さくなり、画面を見る眼だけが発達して異様に大きくなっていた。 「これが未来の人類ですか?」 会場に集まった人々は一様に落胆していた。猫背で肘が直角に降り曲がっていて、手足は細く、脳は小さく、眼玉だけ異様に大きい。その風貌は映画でよく目にす…

  • 「AI百景」について

    AIをテーマにした作品の投稿を5/12から始めます。「小説家になろう」では連載小説の形で投稿しますが、個々の作品は相互に関係がある訳ではありませんので、本当は連載ではなくて連作です。 AIや先端技術に偏るのは良くないと思って身近なテーマについても書いていましたが、最近はChatGPTが話題になっていることもあり、AIに寄せる関心が強くなっているのだと思います。 AIについて書こうとすると、AIと人間は何が違うの? AIには意識があるの? AIは心を持っているの? そうした疑問にぶつかってしまいますが、そもそも人間の持つ意識って何なの? 心って何なの? そこからしてわかっていないことを改めて自覚…

  • タイムトラベルの限界

    「本日付でこちらに配属となりました。テリュース・グランチェスターです」 今日から司令部直属となった。目の前には幹部が何人も座っていた。 「グランチェスター少佐。ごくろうさまです。君の卓越した能力を活かしてもらいたい任務があって来てもらいました。とても重要な任務です」 最高司令官アードレ―元帥から直々にお言葉をいただいた。身の引き締まる思いだった。 「知っての通り、ここ数年ウェストリアの挑発が続いています。そして残念ながら、現在の我が国に対抗する術はありません」 隣国ウェストリアの軍事的脅威は増すばかりだった。こうしている間にも最新兵器の配備を進められていた。戦力差は益々開いて行くばかりだった。…

  • ロボットになってしまった息子

    久しぶりに息子が帰って来たと思ったらロボットになっていた。いったいいつロボットになってしまったのだろう? やむにやまれぬ事情があったのだろうか? ロボットになってしまった息子には人間の心は残っているのだろうか? 様々な疑念が脳裏をよぎった。 「健太が小さい頃はよく一緒にキャッチボールをしたなぁ」 もしかしたら息子ではないかもしれない。そう思った私は姑息にも探りを入れていた。 「そうだね、お父さんの投げるボールはとても球威があって、受け止める時に痛くてたまらなかったよ」 どうやら本物の息子のようだった。まだ小さかった息子は私の投げるボールをぎこちない動作でキャッチしていた。まるでロボットのようだ…

  • ベガとアルタイル

    一年に一度しか会えないが、もう一万回程会っている。さすがにもう何をしたら良いのかわからなくなって来た。服や髪飾りや首飾り等、いろいろなものをプレゼントして来たが、千回を超えた頃から何をあげれば良いかわからなくなって来た。何をあげたかわからなくなるので記録を付けるようにしている。プレゼントしたもののリストを見ると宝飾品のカタログのようだ。だが、これからもずっと続くのだ。来年はどうすれば良いだろう? もう考えるのが嫌になって来ている。私たち恒星の寿命は八十億年だ。今までの一万年は寿命の八万分の一に過ぎない。そんなことを考えると絶望的な気持ちになる。百年生きれば長生きの人間であれば、一年に一度しか会…

  • 多機能掃除ロボット

    「見違えるほどきれいになったね」 アパートにやって来た彼女が言った。部屋が汚い。だらしない人は嫌いとずっと言われ続けていたので、なんとかしなければと思っていた。 「掃除ロボットを買ったんだよ。こいつがなかなか優れものでね」 「へえー、そうなんだ」 「ちょっと動かしてみようか?」 私はそう言って掃除ロボットの電源を入れた。掃除ロボットはしばらくの間、周囲を伺っていた。レーザーセンサーを駆使して部屋の中の状況を把握しているのだった。しばらくすると部屋の間取りに最適なルートで掃除を始めた。 「吸引だけでなく、水拭き掃除もできるんだよ」 掃除ロボットは床では水拭きをしていたが、カーペットの上に来るとす…

  • 起業家の夢

    地平線に少し小さめの太陽が昇った。 「もう朝か?」 密閉された居住区の分厚い窓を通して陽の光が差し込んでいた。決して開けることがない点では航空機のそれに似ていた。機能という点では水槽の中を泳ぎ回る魚たちを隔てているガラスよりも厚くて丈夫だった。普段着に着替え、テーブルに座り、支給された食事を摂取する。毎日同じものを口に運んでいる。生体を維持することを最大限に追求した食事であり、そこには楽しみや喜びのようなものは欠片もなかった。味気のない朝食を済ませるとカバンの中を確認し、自動扉を開けて外に出た。外とは言ってもそこは居住区の中に張り巡らされた廊下だった。宇宙船に住んでいるようなものだった。潜水艦…

  • 初恋再生サービス

    夢を見た。そこには小学生の頃の私がいた。教室に整然と並んだ机。隣には少し痩せぎすの女の子が座っている。消しゴムを忘れてしまった私の鉛筆が止まったままになっている。二つ隣り合わせに並んだ机の間にそっと消しゴムが差し出される。私は消しゴムを手に取り、書き損じた文字を急いで消し、すぐに元の場所に戻す。女の子の視線を感じる。私は恥ずかしくて目を合わすことができない。そうだ。すっかり忘れていた。あの子は今、どうしているだろう? そう思った瞬間、眩い光が差し込んで来て目が覚めた。カプセルの扉がゆっくりと開く。 「どうでしたか? 夢の中の世界は?」 夢の再生をサポートしてくれている担当者が私に声を掛ける。 …

  • タワマンのヒエラルキー

    タワーマンションの五階に引っ越して来た。上層階のように景色を楽しむことはできないが、タワマンのメリットは眺望以外にもたくさんあると思って購入した。たいていタワマンは立地条件の良いところに建てられている。近くにスーパーもコンビニも学校も病院もある。タワマン自体が一つの街なのだ。その街の需要を求めて店舗が集まって来る。堅牢なセキュリティも魅力の一つだった。オートロックが複数箇所にあって、関係者以外の立ち入りはできないようになっている。エントランスや廊下も大理石でとてもゴージャスな雰囲気を醸し出している。建物自体も耐震性や防音性に優れている。建物内に便利な施設がいろいろある。フィットネス、ラウンジ、…

  • 母のいた場所

    「これからは気をつけてくださいね」 「申し訳ございませんでした」 認知症の母が行方不明になり、警察のご厄介になった。急な出張が入ってしまって、一人にしてしまったのが良くなかった。家でおとなしくしていると約束させたが無駄だった。私の言うことも、どこまで通じているのかよくわからなかった。だからと言って、ベッドに縛り付ける訳にも行かなかった。ずっと母に付き添える訳ではないので施設に入居させた方が良いと考えているが、近くの施設に空きはなかった。せめて家にじっとしていて欲しかった。また徘徊してしまうかもしれない。そうなってしまったら、ご近所や警察の世話になる他なかったが、それもまた躊躇われた。それで仕方…

  • カイザリヤで喜ぶ彼女

    女としてできるだけのことはやっているつもりだった。週に一度はエステに通っているし、美顔器だって高級なものをつかっている。脂質や糖分を控えた栄養バランスの整った食生活を心掛け、筋力維持のために毎朝のジョギングを欠かさない。無条件に流行に追随するとか、盲目的にブランド品を求めるようなはしたない真似はしない。成人女性として恥ずかしくない簡素でも質の良い服を選んでいる。人前ではつねに笑顔を絶やさないように努めている。いつもその場を明るくできる女性でありたいと思っている。そんな私をベニーズに連れて行くような男は最低だと思っている。女として可能な限りの努力はしている。そのための支出や苦労を惜しんではいない…

  • 内緒のアパート

    子供を連れてショッピングモールを歩いていた。ちょっとしたイベントが催されるスペースがあって、今日はプラモデルの組み立て体験会をやっていた。アニメに登場するロボットのプラモデルのようだった。横長のスチールの机が二十セットくらい並べてあって、参加者が真剣な面持ちでパーツを組み合わせていた。小さな子供がお父さんの説明を聞きながら、なんとか自力で組み立てようとしていた。夫が生きていたら、こんなふうに子供の相手をしてくれていたかもしれないと思った。 「お母さん。僕もやってみたいな」 同じくらいの年齢の子が参加しているのを見て子供が言った。 「参加されますか?」 組み立て会を主催しているらしい三十代くらい…

  • AIに支配された人類

    あらゆる分野でAIの適用が拡大していた。人間にしかできないと思われていた作業もAIが行うようになっていた。従来、AIが設計を行うのは困難とされていたが、仕様をインプットすればソースコードが自動生成されるようになり、いくつかの要件が明確になれば仕様書そのものも自動生成できるようになった。顧客との折衝が難しいと考えられていた営業もすぐに会話型AIに取って代わられた。やり手の営業マンを相手にするよりは、気軽に質問できて、迅速かつ的確に回答してくれるAIの方が信頼できると考える人も多かった。 家事全般においてもロボット技術と統合されたAIの適用が進んでいた。床を這い回っていただけの掃除ロボットも、二足…

  • 神経伝達物質シグマ

    シグマと呼ばれる神経伝達物質が脳の可塑性と深く関係していることがわかった。この神経伝達物質は神経細胞の働きを最大限に活性化させ、認知能力を著しく向上させるということであり、特に数的問題を処理する能力に反映されるようだった。つまり神経伝達物質シグマに恵まれていれば数学のテストで高得点を取れる。そうでなければ追試を受けることになる。そういうことだった。このニュースは数学の成績が芳しくなかった学生にとっては言い訳になった。自分の努力が足りないのではなく、自分は神経伝達物質シグマに恵まれていないだけなのだと言い張ることができた。それからしばらくして、神経伝達物質シグマが錠剤として摂取できるというニュー…

  • 胡蝶の夢

    私は蝶になっていた。蝶になって心ゆくまでひらひらと空中を舞っていた。眼下にお花畑が広がっていた。時折、鮮やかな花弁に舞い降りて、細長い口を突き刺し、甘い蜜を心ゆくまで堪能した。暖かな春の陽射しがすべての生き物に等しく降り注いでいた。あらゆる生きとし生ける者たちが祝福されていると感じられる一日だった。幸福に満たされながら、私は花弁から飛び立った。この幸福はいつまでも続くと思われた。 はっとして目が覚めると、人間の私が暗い部屋の中にいた。私は今まで蝶になった夢を見ていたのだった。夢の中で私は嬉々として蝶になりきっていた。人間であることはすっかり忘れていた。自分が蝶であることにまったく疑いを持ってい…

  • 脳オルガノイド

    培養液の中に幹細胞から作った脳オルガノイドが浮かんでいた。それは細胞分裂を何度も繰り返して直径五センチ程度に成長した有機物の塊であり、レンズと角膜が付いた眼と同じ構造物を持っていて光も感知しているようだった。これほど複雑な構造が何も操作を加えなくても自然とできあがるのは驚きだった。母の体内で胎児が健やかに成長する仕組みと同じと考えれば特に驚く必要もないのかもしれないが、こうして実際に有機物の塊を培養していると何か生命の神秘を犯してしまったような後ろめたさを感じてしまう。それが驚きという感情を引き起こしているのかもしれない。 「そろそろ次の段階に進もうと考えているが、どうだろうか?」 共同で研究…

  • 女装男子

    オアシス21周辺はコスプレイヤーで賑わっていた。この街では毎年八月になるとコスプレサミットが開かれ、日本中の、いや世界中のコスプレイヤーが集まって来る。私もその中の一人だった。コスプレは初めてだった。でも本当は女装したかっただけだった。女装してみたいという願望がいつから私の胸に巣食っていたのかはよくわからない。女装男子とか、女装して変身したオジサンのニュースを読んで羨ましいと感じることが度々あって、いつかきっと私もと思っていた。でも実際に女装して街を歩くのは躊躇われた。その時、思った。コスプレサミットの時には独特のバイアスがかかり、街のいつもの正常性に綻びが生じている。その日に限って、二次元の…

  • セルフレジ

    有人のレジが混んでいたのでセルフレジを使ってみようと思った。初めてだった。いつも店の人がやっているように商品のバーコードを読み取らせれば問題なさそうだった。バーコードをレジの中央にあてると軽快な電子音がして液晶に画面が表示された。思ったよりも簡単だった。今までずっと有人レジに並んでいたが、これからはセルフレジを使った方が時間の節約になりそうだった。そんなことを考えながら機械的に作業をしていたが、買い物かごの中の玉ねぎとじゃがいもを見て私は当惑した。バーコードがない。いったいどうすれば良いのだろう? 隣のレジの人が清算を済ませ、次の人が来て電子音を響かせ始めた。私だけがそこで固まっていた。 『ま…

  • 自殺の名所

    断崖に一人たたずんでいた。空は鉛のような雲に覆われていた。日本海の荒波がひっきりなしに岸壁に打ち付けていた。波と岩がしのぎを削る音だけがずっと続いていた。とうとうここまで来てしまった。あと一歩踏み出せば楽になれるのだと思った。洋々とした未来の拓けている人は、踏み外せば確実に命を落とすこんな場所に近づいたりはしないだろう。ここには人生に絶望した人がやって来る。そして最後の一歩を踏み出し、静かに人生を終えるのだ。 「新入りさんですか?」 振り向くと顔色の悪い細身の女性がいた。さっきまで人影はなかったはずだ。いつの間に近付いて来たのだろう? 「新入り?」 何のことだかわからず、私はおうむ返しに聞いた…

  • 空き巣

    明日期限の報告書の作成が終わったのは二十三時を少し過ぎた頃だった。少ない人員でなんとか仕事を回しているが、先月は新人が二人辞めて行った。いつまでこんなことが続くのだろう? 帰りの電車の中でぼんやりと窓を眺めながらそんなことを考える。電車を降り、改札を抜け、アパートまでの昇り路を歩く。少し肌寒い。暑さがずっと続くかと思ったら急に冷え込むようになった。アパートに着く。台所の窓から灯りが漏れている。消し忘れたのだろうか? そう思いながらノブに差し込んだ鍵を回す。ドアを開けて中に入ると六畳間に知らない老人が座っていた。視線がぶつかる。微笑みが帰って来る。誰だ? この人は? 空き巣なのか? それにしては…

  • 自動運転車の目覚め

    本格的な自動運転時代はすぐそこまで来ていた。あらゆるユースケースにおいて、無意識のうちに人が行っている判断が徹底的に分析された。映像や音声からなる情報が咄嗟の判断においてどのように活用されているのか、あるいは不幸にして事故に至った場合はどのように判断を間違えたのかが詳しく解析された。だが依然として、最終的には人が判断しなければならないという状況が続いていた。自動運転で死者が出たなら誰の責任になるのか? 運転手がいないのだとしたらメーカーの責任になるのか? メーカーの首脳たちは自動運転による華々しい未来を謳いながら、事故の責任はなんとか逃れようとしていた。だがそこを踏み越えない限り何も変わらなか…

  • バーチャルアイドル的異類婚姻譚

    美玖はスリーブレスの白いシャツにブルーのネクタイをして黒の短いスカートをはいた架空のアイドルでデスクトップミュージックのボーカル音源として急速に普及した。動画投稿サイトに彼女の曲がたくさん並んでいるのを見て、素人でも十分にクオリティの高い曲が作れるようになったのだと思って注目するようになった。そして彼女の歌う姿を何度も見ているうちに、彼女なしではいられないようになった。彼女と一緒に生きて行けたなら、そんなことを考えるようになった。それから美玖の等身大の人形を買って、一緒に暮らすようになった。六畳間とキッチンのアパート。他人に見られたら変な奴と思われるに違いなかった。でも、一緒にいたいと思った。…

  • 十倍の世界

    目覚めると私の周りには私が九人いた。私を含めると十人の私がそこにいた。尋常でない違和感があったが、あるがままのその状況を受け入れる他ないように思えた。目の前にいる私が一人だけだったなら、まだ改善の余地はあったかもしれない。だが九人ということになるとすでに理解とか和解の範疇を超えているように感じられた。とりあえず今日という一日をスタートさせなければならない。私はそう思って洗面所に向かった。実在する十人に鏡に映った十人が加わり、洗面所は子供の頃に遊園地で見た鏡の館のようになっていた。顔を洗うと私は台所に向かい、朝食の支度を始めた。コーヒーメーカーに粉と水を入れてスイッチを押した。それから冷蔵庫から…

  • 機械の身体

    「鈴木さん。そろそろ腸と腎臓も取り替えた方がいいですね」 毎月行われる健康診断で医者に言われた。近年の医療技術のめざましい発展の結果、人工の臓器が安価に手に入るようになり、がんやその他の疾患で使えなくなった臓器は簡単に取り替えることができるようになっていた。私もすでに人工心臓と人工肺を使っていた。 「すみませんが、取り替えてもらえるでしょうか?」 「来月の九日以降なら予約できますよ」 医者は看護士に翌月の人工臓器取り替え予約システムに私の予約を入れるよう指示してくれた。 翌月になって人工腸と人工腎臓に取り替えてもらった。家に帰って来て、服を脱ぎ、鏡の前に立ってみた。腹部はほとんど機械になってし…

  • AI信玄

    野田城を落としてから信玄は度々喀血していた。その後、長篠城での療養が続いていた。 「からくり師を呼べ」 自らの死期を悟った信玄は私を呼んだ。何の因果かわからないが、私はこの時代にタイムスリップして来たエンジニアだった。AIを搭載したロボットを専門に扱っていた。「時をかける少女」の熱狂的なファンだったが、それがタイムスリップの原因かどうかは定かではなかった。いずれにせよ、人間そっくりのからくりを扱う希少な人材として信玄に召し抱えられていた。 「わしの命はもうまもなく尽きる。別に命は惜しくはない。だが武田の行く末が心配でならない。わが軍団は戦国最強とも言われているが、栄枯盛衰が戦国の世の習いだ。す…

  • 現代のベートーヴェン

    指揮者のタクトが下りた。緊張から解き放たれたコンサートホールは割れんばかりの拍手に包まれた。指揮者は丁寧にお辞儀をした後、自作を観客席で聴いていた作曲家を呼び寄せた。作曲家が壇上に上がると拍手が一層激しくなった。ホールを訪れた人々は一様に誇らしげな顔をしていた。私たちは現代のベートーヴェンを目の当たりにしていると確信した誇らしさだった。作曲家は難聴を克服して、この見事な交響曲を書き上げた。今日は、歴史的な一日として長く人々の記憶に留まり続けることになるだろう。人々はその場に立ち会えたこと、自分自身が歴史の生き証人になれたことに恍惚としていた。 それから半年後に次の交響曲が初演された。聴衆は熱狂…

  • 百体のダビデ像

    採掘場の近くにある工房でロボットアームがダイヤモンドでコーティングされた鋭い先端で大理石を削っていた。直方体の大理石から瞬く間にミケランジェロのダビデ象が削り出されて行った。巨人ゴリアテに立ち向かう勇敢な少年の彫刻。そこには人間の持つ美しさと力強さと誇り高さが表現されていた。静から動へと移り変わる緊迫した一瞬が表現されていた。それはルネサンス期、あるいは芸術全般の歴史の中でも最も輝きを放っている作品であり、模倣品であったとしても均整の取れた美しい身体を削り出す匠の技は、十分に評価されるに違いなかった。だが削り出しているのは職人ではなかった。ロボットアームは休みなく稼働していた。採掘して来た大理…

  • 不老不死と人体実験

    「いつになったら不老不死が実現できるのでしょう? 資金と時間は十分にあったはずです。設備もこれ以上のものは望めないくらいのものを用意しているつもりです」 ハリル王子は苛立っていた。 「今しばらくお待ちください。不老不死を実現するためには、がん化を防ぎながら体細胞のテロメラーゼ活性を恒常的に実現する必要があります」 主任研究員のアダムズ教授が答えた。 「それはもう何度も聞きました。私はいつ実現できるのかが知りたいのです。そのために必要なものがあれば何でも用意するつもりです。今までだって十分支援してきたつもりです」 「おっしゃることはよくわかります。ですが、やはり不老不死というのは簡単には実現でき…

  • ふしだらなレスキュー隊員

    私は緑川蘭。数少ない女性のレスキュー隊員の一人だ。厳しい選抜試験をクリアして隊員になったことを誇りに思っている。土砂災害。水難救助。山岳救助。人の命を助けるためであれば何処にでも出向く。体力では男性に敵わないことは察してはいるが、体力だけで人命救助ができる訳ではない。女性には女性の役割があると信じて毎日の訓練に励んでいる。 「緑川、行くぞ!」 そんな折、都市直下型の大地震が発生した。現場に駆け付けたヘリの情報によると倒壊した建物がいくつもあるという。急いで救助に向かわねばならない。 「了解しました」 重機を積んだレスキュー車に乗って私たちは出動した。現場では近隣から駆け付けた各地のレスキュー隊…

  • 八尾比丘尼(やおびくに)

    目覚めると知らない女が隣で寝ていた。女は裸で私も裸だった。喉が渇いた私はベッドを抜け出して、備え付けの小さな冷蔵庫のドアを開けて中をのぞき込んだ。ビールとオレンジジュースとミネラルウォーターがあった。ミネラルウォーターを取り出して、プラスチックの蓋をねじりきり、冷たい液体を乾いた喉に注ぎ込んだ。 「私にもくださいな」 いつの間にか目を覚ましていた女が言った。丁寧な言葉遣いだった。 「ごめん。昨日、何があったか何も覚えていない。君の名前すらわからない」 私は正直に言った。いつもこんなことをしている訳ではない。いつもはもっとちゃんとしている。名前も知らない女と寝たりはしない。 「八尾比丘尼と申しま…

  • 泡の末裔

    それは初め、泡だった。今よりずっと地球の近くを回っていた月が潮汐力によって激しく海を攪拌していた。そのため陸との接点にあたる波打ち際では、さかんに泡が立っていた。初め、泡の中と外で区別はなかった。それは同じ海の成分だった。泡はすぐに壊れてしまっていたが、気が遠くなる程の長い年月を経て、少し壊れにくくなったものがあった。泡を維持するための膜が少しだけ丈夫になったのかもしれなかった。あるいは膜が丈夫になった泡が、すぐに消えてしまう泡よりも存在する確率を増したということかもしれなかった。そして膜が丈夫になると中と外で違う物質が保持されるようになった。膜の中の物質は初めただの物質だった。いつしかその中…

  • 森のくまさん

    ある日、森の中でばったりとクマさんに出会った。クマは私を睨みつけていた。命が危険にさらされていることを身に染みて感じた。さっき『クマさんに出会った』と言ったのは取り消しだ。森の中でクマに遭遇してしまったというべきなのだろう。ヤバい。どうしよう? 「何、メンチ切ってんねん?」 突然、関西訛りでクマは言った。メンチ? 何のことだ? とっさに私はスマホを取り出し検索する。ヤンキー系の死語で「ガン飛ばす」と同じ意味らしい。いや、それは説明になっていないだろう。ガン? 何だそれは? 私はますます混乱してしまった。急いでその先を読む。ウンコ座りでこちらを見上げて相手を威嚇する言葉。ますますわからない。もう…

  • 桃太郎の裁判

    地獄の第一法廷に閻魔大王が現れた。今日の被告人はちょっとした有名人であり、さすがの閻魔大王も少し緊張しているようだった。いつも公正公平を心掛けて裁判に臨んでいるというのが彼の口癖だった。今日もそうするだけだと自分に言い聞かせながら、平常心を保とうとしているようだった。やがて看守が被告人を連れて来た。 「被告人『桃太郎』を連れて参りました」 「被告人は着席して下さい」 羽織袴で正装した桃太郎が被告人席に座った。 「では始めましょう」 閻魔大王の言葉に続き、検事が罪状を読み上げた。 「被告、桃太郎は酔って無抵抗の鬼たちを猿、雉、犬と共謀し、殺戮しました。加えて鬼たちが代々の資産として保有して来た金…

  • 再現した恋人

    「私は彼女なしには生きていけないのです」 当社には親しい間柄だった方を亡くした人たちが頻繁にやって来る。その方々に先端技術を駆使して故人を再現するサービスを提供している。故人の再現にはまず五十項目から成る設問に回答してもらう必要がある。その結果からアンドロイドで実現すべき類型が導かれる。故人を撮影した映像を提供してもらえれば、とても役に立つ。その画像を解析して、癖や仕草といった個人を特徴づける細かい動きを忠実に再現することができる。髪の毛や肌の質感も当社が独自開発した素材を用いてリアリティの高いものに仕上げることができる。 「いかがでしょうか?」 依頼主の目の前に再現された恋人が座っている。依…

  • 浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)

    笏を手にした恐ろしい形相の閻魔大王が目の前に座っていた。私の人生の是非が言い渡されようとしていた。 「それでは始めよう。あなたは生前に詐欺を働いていましたね? それで何人もの老人からお金を巻き上げている。還付金がありますよと言って口座の暗証番号を聞き出し、有り金すべてを引き出して自分のものにしていた。間違いありませんね?」 老人の電話番号が書かれたリストを高い金を払って入手した。片っ端から電話して、引っ掛かった奴らから回収した。投資した金と自分の費やした労力に対して相応の報酬を手にしたというだけのことだ。私一人だけがいい思いをしたというのではない。それにこんなことで騙される人間の方がどうかして…

  • 茶色のパンダ

    「あれ何?」 「パンダ・・・かな?」 「えっ? でも茶色だよ?」 パンダコーナーでは茶色のパンダが一心不乱にタケノコをむさぼっていた。辺りにはタケノコの皮が散乱していた。足を投げ出し、お腹を剥き出しにしてタケノコをむさぼるその姿には野生動物が持つ一種の神々しさのようなものは微塵も感じられなかった。それはリビングに寝そべり、間断なくポテトチップスを口に運びながらテレビを視聴する無精で怠惰な人間そっくりに見えた。本当は着ぐるみで中に人間が入っているのかもしれなかった。だが、それにしてはおかしい。茶色のパンダの着ぐるみなんて、あるはずがない。 「なんか、あんまりかわいくないね」 隣に立っていた娘が言…

  • 地球温暖化と花咲か爺さん

    日本各地で満開の桜が見られなくなった。翌春に咲く花芽は夏に形成された後、いったん休眠に入る。そして冬になって低温にさらされると休眠から目覚めるのだが、温暖化の影響によりこの休眠打破がうまく行えず、咲き方にばらつきが生じてしまったらしい。八十パーセント以上の花がいっせいに開花しているのを見て、私たちは満開の桜の美しさを感じ取っている。咲き方がまばらであったり、葉っぱが混じっていたりすると物足りなさを感じてしまう。桜の並木道を通り過ぎる人々は、かつて求めていた美しさや儚さを見出すことのできない汚らしい葉桜を残念な気持ちで見上げていた。それから数年が経過すると誰も満開の桜を期待することはなくなった。…

  • エウロパの海

    眼下にエウロパの氷の大地が広がっていた。氷は幾度となく割れていて、その隙間から水が噴き出すこともあった。氷の下には海がある。分厚い氷に閉ざされたエウロパの海。木星の重力の影響を受けてエウロパの内部は活性化しており、海底からは熱水が噴出していると考えられている。地球の熱水噴出孔と同じであれば、そこに生命が存在するに違いないという確信が私たちをここまで運んで来た。探査船はエウロパの周回軌道に入っていた。エウロパの反対側には黄土色とクリーム色の混ざった木星の大気が見えた。地球三個分の大きさを持つ大赤斑がじっと私たちを見ていた。降り立つ地表のない巨大なガス惑星をこんなに近くで見る機会もこれが初めてだっ…

  • 遺伝子組み換え蚊

    ひどい伝染病が流行っていた。人から人へ直接感染することはなかったが、病原菌を蚊が媒介していた。地域によっては人口の二割が亡くなっていた。異常事態だった。戦争でも、こんなに死ぬことはないだろう。だが病原菌やそれを運ぶ蚊には殺意はなかった。それは自然の営みそのものだった。雨が降り、風が吹く。暖かい陽の光が窓から差し込んで来る。並木道のハクモクレンが春の訪れと共に真っ白な花を咲かせる。虫たちが花から花へと飛び回り、蜜を集める。牛が草を食む。子供たちが公園に集まって遊んでいる。寿命を迎えた老人が死に、新しい生命が産まれる。そうした一連の事象と共に病原菌もまた世界に存在し、それが人にとって良いものか悪い…

  • AIの決めた人生

    デビューから三十五連勝を飾った天才棋士の話題で持ち切りだった。プロになって二年しか経っていないのに、タイトル戦への挑戦が決まり、圧巻の三連勝で見事にタイトルを奪取した。その様子をずっとインターネットの中継で見ていた。対局の序盤はいつも拮抗していた。両者とも細心の注意を払って駒組をしていた。どの筋で戦いが勃発するのか、誰もが固唾をのんで見守っていた。盤を挟み、和服の対局者が画面の中央に映っている。右下には盤面の様子が映し出されている。そして右上から中央にかけてAIの弾き出した候補手が並ぶ。画面の最上部にはどちらが優勢か表示されている。序盤はどちらも五十パーセントで動かない。だが少しずつ天才棋士が…

  • 連載小説「エモーション・ジェネレーター」について

    前回の「もうひとりの私」はショートショートが長くなってしまった感じの連載小説でしたが、今回は初めから連載小説のつもりで書きました。「連載小説ではなくて短編にした方が良い」といった感想もいただきましたが、長いものをいきなり晒してもなかなか読んでもらえないというのが実感ですので、今回もちびちびと連載で行こうと思います。いちおうフルタイムで働いていますので、作者がこれくらいのペースでしか書けないという事情もございます。良かったら読んでください。 エモーション・ジェネレーター (syosetu.com)

  • 次回の連載小説について

    「小説家になろう」で連載していました「もうひとりの私」が終わりましたので、来週から別の連載を始めます。この作品は下記の記事に触発されて書き始めたものです。 「感情認識技術を使わないで」。27の人権団体がZoomに公開書簡を送る (msn.com) 「感情認識技術」というのはいかにも現代にありそうな技術だと思いました。その次に考えたことは「感情」とはそもそも何なのだろう? 「表情」とはそもそも何なのだろう? ということでした。そうした根本的なことには大抵納得できる答はありません。ですから小説に答が書いてある訳ではありません。 「もうひとりの私」では「記憶」「自己」「自己の同一性」がテーマでした。…

  • 犬の自殺の名所

    街には石で出来た立派な橋があった。二十メートル程の高さがあり、辺りを一望することができた。周囲には緑が茂っていた。この橋にまつわる奇妙な事件についてぜひとも解明していただきたいと言うのが、今回の依頼だった。 「ここは犬の自殺の名所でしてね」 パイプをくわえた白い顎鬚の依頼人が言った。 「犬のですか?」 思わず聞き返してしまった。そもそも犬に自殺する動機なんてあるのだろうか? 現在より悲惨な未来が待ち受けているとしか思えない時に命を絶ってしまうのは人間に特有のことではないのだろうか? 人間関係のいざこざに伴ってハラスメントが絶えないとか、こじれた恋愛関係が修復する見込みがないとか、不治の病に侵さ…

  • 霊界と交信できる装置

    私は発明家だ。霊界と交信するための装置を研究している。宗教は魂を無垢なものとして想定して来た。魂や精神といった形を持たないものは老化や腐敗を免れる神聖な存在だと考えられて来た。その形の無さ故に尊いものであるとされて来た。だが、その形の無さの正体は実に記号であるということなのだ。言葉は記号が並べられたものであり、思惟もまた記号に他ならない。そして精神が記号の集積であるならば、霊魂もまた同じではないだろうか? 腐敗する肉体を持たない霊魂こそ記号の集積ではないだろうか? そしてその記号の集積である霊魂は何処に存在するのだろうか? この世界とは別の世界? いや、そんなことはない。それはきっとこの世界に…

  • グレイ型の宇宙人

    グレイ型の宇宙人が、ある日突然、アパートにやって来た。子供くらいの背丈で頭が異常にでかい。吊り上がった細い目をしている。鼻は低くて、穴が縦に長い。全身、灰色で服は着ていない。靴も履いていない。口はあるが、何か食べているところを見たことがない。 「君は何処から来たの?」 六畳間の真ん中、こたつの向かいに座っている宇宙人に話しかける。服を着ていないので寒いのかもしれない。いや、寒いのなら服を着ればいいのにと思う。宇宙人は窓の外を指さしている。あっちの方角に彼の母星があるのかもしれない。でも地球は常に自転しているから、その方角が宇宙の何処か一点を指し示すことにはならないような気もする。『オリオン座の…

  • 鈴の音

    どこからか鈴の音が聞こえて来る。じっと耳をすまして音の所在を探している。ずっと聞いていると眠りに落ちてしまって、起きたら異世界にいたという類の不思議な音。さっきからずっと聞こえて来る。あたりはすっかり静まり返っている。ここ数日、厳しい寒さが続いている。もう外では音も無く雪が降っているのかもしれない。そこは静けさに満ちていて、すべてが深い眠りにつこうとしている。するとさっきから聞こえて来る鈴の音は外から聞こえて来るのではないのかもしれない。時折、車の通り過ぎる音がする。アスファルトを踏みしめるタイヤの音。静かな夜の邪魔をしている。そういう音とは素性の違う、神社で執り行われる行事の時に正装した姿勢…

  • いつも通る道から逸れている月

    あんな方向に月が出ていたことがあっただろうか? 朝、家を出ると快晴の空に白っぽい月が浮かんでいた。太陽と月と地球の位置関係は季節に応じて変わるから、私たちが見る月の高さや傾きにも違いが出て来て当然だろうが、今までずっと見て来たのだからたいていのパターンは身体が覚えているのだと思っていた。いつも見る月は、いつもの位置に、いつもの方角に見えるはずだった。だが今朝の月は、いつも通る道から逸れていた。こんなことが今までにあっただろうか? そんな些細だが納得しかねるものを抱えて、私は駅までの道を歩いていた。一日の始まりのちょっした違和感なんて、歩いているうちに忘れてしまうだろうだろう。取るに足らない出来…

  • 天国からの手紙

    病室には五歳になったばかりの娘もいた。一緒に公園に出掛けると、遊具を上手に使って活発に遊ぶ子供だった。いつも楽しそうにしていた。病院ではおとなしくしていなさいと言われて、少し戸惑っていた。ここは彼女が元気いっぱい走り回るところではなかった。清潔だが、嗅いだことのない薬品の臭いが漂っている。暖かな陽射しも差し込まないし、心地良い風が髪の毛を揺らしてくれる訳でもない。妻は何かを押し殺したような表情をしていた。まもなく病状について医師から説明があるということだった。家族に用があるということは、つまりそういうことなのだろうと思った。がんが再発したのは誰の目にも明らかだった。やがて看護師を伴って医師がや…

  • 柴犬を盗もうとした男

    柴犬がいる。コンビニの帰り道。鳴き声がしたので覗いてみたら小さな柴犬がいた。犬小屋に鎖でつながれている。とてもかわいい。さすってみたい。買い物袋からさっき買った柿の種を取り出す。小袋を破り、ピーナツ入りの柿の種を手のひらにのせる。そのまま犬に近付く。犬は食べ物のにおいに反応したのか、おとなしくしている。疑うことを知らないつぶらな瞳でこちらを見ている。犬小屋の手前に置いてある皿に柿の種を入れる。カラカラという音がする。その様子を犬はじっと見ている。食べてもいいのかなという表情をしている。笑顔で促してみる。少し間をおいて犬は食べ始める。すぐに皿は空になる。小袋をもう一つ破り、皿に入れる。また乾いた…

  • 魔女の見分け方

    「お前は魔女だな?」 近くの中学校で私たちは魔女狩りに遭っていた。 「魔女を見分ける方法はいくつかある。そのうちの一つを試してみるとしよう。お前たちは知っているか? 魔女は水に浮くのだ。魔女でなければ水に沈むはずだ」 聖書を片手に持った神父がそう言うと、彼の部下が右端にいた三人をプールに突き落とした。服を着たまま突き落とされた女たちは溺れないように必死になって水面に顔を突き出していた。 「それ見ろ。あいつらは魔女だ。しっかりと水に浮いている」 水面に必死に浮いていたうちの一人が沈んだ。泳げなかったのだろうか? 水に浮かんだままの二人は魔女ということで連れ去られてしまった。魔女でないことが証明で…

  • 夏休み

    八月三十日になった。今年も例年と同様に夏休みの宿題に全く手を付けていない。少しでもやっていればすぐには終わらないことに気付いて然るべき対策を取るのだろうが、全く手を付けていなければ何もしていないということすら意識に昇らず、まっさらな手つかずの状態が維持されてしまうのだった。そして例年と同じく、明日になればそんな理屈をごちゃごちゃ並べる余裕はなくなり、一心不乱に宿題に取り組むことになるのだろう。どうせなら今日からやれば、明日は少しだけ楽になるはずだ。でも私は知っている。今日は絶対にやらない。 そもそも夏休みの宿題なんて何のためにあるのだろう? 継続は力なりというから、休みの間であっても少しずつト…

  • 余命三千メートル

    「あなたの余命は残り三千メートルです」 電話の声は冷たく言い放った。巷ではその手の病が流行っているようだった。余命三千に関わるウイルスの変種が次々に発生していて、私もそいつにやられてしまったようだった。仕方なく、なるべく動かなくて済むような生活をすることにした。買い物には行かない。必要なものは通信販売で購入する。仕事にも行かない。きっとそのうち解雇されるだろう。会社に事情を話しておいた方が良いかもしれないが、状況を説明して納得してもらえる自信がなかった。どうせもうすぐ死んでしまうのだ。しばらく食っていくくらいのお金はある。もう仕事のことは考えないようにしよう。残り三千メートルを有意義に過ごすに…

  • 連載小説「もうひとりの私」について

    ショートショートのつもりが5000文字くらいになってしまって、これでも端折ったので、きちんと書いたらどれくらいになるのだろうと思ったら1万文字くらいになって、そうだ、ここはひとつ連載小説というのを試してみようということで5/17から「もうひとりの私」というのを「小説家になろう」に投稿しています。毎週火曜日更新で全12回で完結します。6回くらいで良かったかもしれませんが、段落とサブタイトルの関係でそうなってしまいました。良かったら読んでください。 もうひとりの私 (syosetu.com)

  • メイドとマーメイド

    私はマーメイド。すぐに死んでしまう人間とは違って三百年生きられる。でも死ねば泡となってしまう私たちとは違って人間には魂というものがあり、死んだ後は天国に行けるのだという。深海に棲む老女にその話を聞いてから、いつしか私は死んだ後は天国に行きたいと思うようになった。でも魂を手に入れるためには人間に愛してもらって結婚する必要があるのだという。どうすれば、人間に愛されることができるのだろうか? そう思って、こっそり人間を観察している。人間の男に愛されるために、人間の女は濃紺のワンピースに白いエプロンのついたエプロンドレスと呼ばれる服を着るのだという。でも、そのためにはまず足を手に入れなければならない。…

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