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シ ズ ピ カ https://shizupika.fc2.net/

オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。

コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。

小田桐 直
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2021/02/12

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  • 明らかな夜(13)

    「したらここで解散にしましょうか。小笠原行くぞー」 自分も立ち上がろうとして、煙草の火を消していないことに気づく。まだほとんど残っているそれを近くの灰皿でもみ消した。 そしてようやく腰をあげれば、詩織がいつの間にか横にいた。左腕に、小さなトートバッグひとつ引っかけて。こちら側に手の甲を見せ付けるようにして。 白く、子供のように小さな手。それでいながら薬指にはプラチナリング。 奥村もすでに小笠原陽子...

  • 明らかな夜(12)

    床のベージュにはいくつもの足跡があった。 しばらく磨いていないらしく全く艶がない。煙草の灰も足元に落ちている。 自分が落としたものではない。おそらく前の人間が落としていったのだ。潰され、ベージュにこびりついている灰。 セブンスターの銀紙を破りにかかる。ふたつあるうちの片方を人差し指でひっかけて。 でも硬い。銀紙が硬い。 指に、力が入らない。「――そんなの。今さら言われても、って感じなんだよね」 と...

  • 明らかな夜(11)

    人差し指がチクリと痛い。わずかに破っていたフィルムが当たって痛い。 自分が何をしようとしていたか一瞬、頭から抜けてしまっていた。そう。 煙草を吸おうとしていたのだ。「好きでさ。だから、昔はあれだった。つらかった」 今だから言えるんだけど。 とまた付け足される。 そんなことは分かっていた。今更だった。 なのにあらためて言われると重い。 左に、奥村に、目をやることが出来ずにいた。フィルムの包装は剥い...

  • 明らかな夜(10)

     ・ 立って待っているのも何なので、ソファに座ることにした。 短くなってしまった煙草を、横の灰皿に擦りつけてみるものの。来ない。 詩織と、小笠原陽子の二人は。「――山本はあの部屋になんも、忘れものとかないんだよな? お前、その格好のまんまだったもんな。今日ってコートもなんも着てこなかったもんな」「……ああ、このまんまで来た」「カバンもなかったっけ」「持ってきてない」「したらいいや」 奥村が自らの顎をつ...

  • 明らかな夜(9)

    「小笠原さん、お前と付き合って疲れてんじゃないの?」 べちりべちり。 奥村の目はあちこちとうろつくが、手は変わらない。休まない。同じリズムでゆっくりと左手に打ちつけられる、藤色のプラスチックボード。 テンポが合っていた。有線から流れてくる中島美嘉のバラードと。「――俺、小笠原を疲れさしてるように見える?」「そうなんじゃないかと思ってるけどね」 胸に手を持っていく。ジャケットのポケットをさぐる。残り一...

  • 明らかな夜(8)

    ・ 用を足しに個室から中座していた。 済ませ、手洗いしたあとトイレを出る。 扉をしっかり閉めていないのは一体どこの部屋だろう。下手くそな歌声がもろに耳へ入ってくる。女の声。おそらく中島美嘉の曲。 廊下の両脇にびっしりと、個室の扉が並んでいる。ガラス扉だから部屋の様子が丸見えだ。 ある扉からはテレビ画面。ある扉からは歌っている誰かの顔。 何気なくスウェードのジャケットに手を持っていく。ポケット...

  • 明らかな夜(7)

    ・ 奥村と詩織が元気なのは復活したからだ。 居酒屋でフミ・ヤマザキがすすめた日本酒を調子に乗って飲んでしまった二人は、あっけなく真っ赤っ赤。カラオケボックスについたとたんに揃って横になり、眠りについてしまった。 一時間ほど寝ていただろうか。 最初に目を覚ましたのは詩織だった。 ああ起きたなと思ったら、ものすごい勢いで部屋を抜けていく。何事だろうと思って十分後、すっきりした顔で現れた彼女に聞く...

  • 明らかな夜(6)

    キテレツ大百科が放送されていたのはいつだったろう。高校の頃だったろうか。再放送でも目にした覚えがある。 独特な、あの声を真似た歌が聞こえてくる。 はじめてのチュウ。 男だけでカラオケに行くと奥村は見事だ。山崎まさよしなどは聴きまくっているのか完璧に歌い上げる。惚れ惚れしてしまうほどだ。 なのに女が同席するとアニメソングや植木等という選曲。それと演歌かモーニング娘。しかもわざと音程をはずして歌うも...

  • 明らかな夜(5)

    ええーっ! と叫んだのはフミ・ヤマザキだけじゃない。 うっそぉ! とこぼしては、奥村と小笠原陽子を見比べている。先に来ていた七人が一様に。 小さく囁いたつもりであっても、詩織の告白はほか全員が聞いていた。 ドアにいちばん近い席。そこから奥村が、詩織をじとりと睨んでいる。いまだ背もたれに肘をかけたまま。「なに。なんなのあんたがた。うっそぉっ! て何なの失礼ね。俺が小笠原と付き合ってて何が悪いの文句...

  • 明らかな夜(4)

    長テーブルひとつ。墨汁で描かれた風景画ひとつ。ひかえめな明かりが天井から。案内された個室はそれだけの、簡素な空間だった。 けれどすでに幾つものグラスが置かれてある。おしぼりも、割り箸も、ペーパーコースターも。「あ、やっと主役が来た!」 待ってましたよー。 と一番に声をあげたのはセミロングの山崎芙美だ。札幌での披露宴を予定していた際、発起人を受けてくれた詩織の親友。 高校も同じだったから、奥村とも...

  • 明らかな夜(3)

    ・ 萩原が居酒屋の扉を開けるなり、目に飛び込んできた酒の瓶。日本酒。焼酎。ウイスキー。 藍色の作務衣が現れたのは遅かった。奥から慌てたようにやってきて、女店員は頭を下げてくる。すみませんどうもお待たせいたしました。 静穏に包まれてはいるものの、閑古鳥が鳴いているわけじゃない。木玉のれんの向こうには、しっかり客がひしめいている。今夜の層が単に大人しいだけなのだ。 ご予約の山本さまでらっしゃいますか...

  • 明らかな夜(2)

    自然だった。手をつないでいる様はごく自然。信号待ちをしている中には、べったりと腕を組んでいるカップルだっているほどだ。 けれどどうも。 小笠原陽子の手をとる男を、直視できずにいる。 目のやり場に困ってしまい、右隣にいるわが妻を見おろした。ゆるくパーマをほどこした髪。まばたきを繰りかえしている目。ほほ笑んでいるせいか、ぷっくり丸みをおびた頬。 あの二人が待っている横断歩道の手前に、本当ならば自分達...

  • 明らかな夜(1)

    夕方六時に待ち合わせをしてからの、長い一夜。――#6「319」scene14・札幌より数時間後。 革パンツのポケットに、両手を押し込んで歩いていた。背中を丸めて。 右隣をいく詩織が纏っているのはコットンのジャケットだ。厚みなんてない。なのに背中はしゃんとして、寒さなんか知らないような温和顔。横断歩道が赤信号に変わりそうであるというのに、まるで違うほうを向いている。右側を。大通おおどおりの方角を。 ひとり、ふうと...

  • 調子のいい女(5)

    その通り。久しぶり。 彼女に会ったのはあの日以来。雪まつりシーズンに、狸小路のバーガーショップで別れて以来。近況を携帯メールでやりとりすることすらなかった。 愛の髪は伸びていて、オレンジ色の照明をはね返すほどつややかだ。肩先を覆っているさらさらのストレート。 小柄なのに、ハイヒールのロングブーツを履いているからそうは取れない。チェックのプリーツスカートに目立つのは、濃紺と緑のライン。 変わってい...

  • 調子のいい女(4)

    慣れすぎて、ただよう料理の香りを何も感じなくなってしまったころ。 落合が言った。 んじゃまあ帰りますか。「なんか、もう。いいよな?」 こくり、無言でうなずいた。 残ってしまったパスタの皿もサラダのボウルも、店員に下げさせていた。広げられたオリーブ色のテーブルクロス。その上にあるのは、ぬるい水が入ったグラスだけ。 空席に置いていたロングコートを纏っていく。ボタンを留めていく。 向かいでも帰り支度。...

  • 過去の物語。2023.5.14記

    粛々と、O&Oの更新を続けています。なんとか6章「319」が終わり、今日から番外編三部作をあげていきます。→O&O EXTRA毎日とはいかず、更新時間もまちまち。しかも、過去に書いた話。こんなものでも読んでくださる方、ありがとうございます。過去の小説は、いったんアップしたのち、昔の日付に直しています。(つながりをよくするためです)なので、トップページにお知らせ表示されていた更新記事たちは、いつのまにかすーっと消...

  • 調子のいい女(3)

    「陽子、もう食わないの?」「え?」「それ」 残ったこちらのパスタを、落合が肘をついたまま覗いている。クリームソースが冷めて固まり、食べる気などとうに失せてしまったフィットチーネ。「食いません」 何気なく答えたとたん落合に笑われていた。おかしそうに。 食わないの? と尋ねられたから返しただけなのに。「え、なに?」 くしゃり、目尻にできている皺。落合が笑えばなつっこい子供のよう。「陽子さあ。『食いませ...

  • 調子のいい女(2)

    「そういうわけじゃ」 ないんだけど。 つぶやきながら自分の髪に触れてみる。そばにあったワイングラスを唇まで持っていく。 多分ぬるくなってしまっただろう白ワインに浮かんでいたのは油の膜。口に含んでみたけれど、あまりおいしいとは思わない。やっぱりぬるい。 インディゴブルーのジャケットがもそもそ動き、落合が煙草を取り出していた。現れたのは昔と同じ。マルボロの赤。 ケースの底をテーブルで二度叩いてから、一...

  • 調子のいい女(1)

    落合和正が苦笑している。 まだ「あれ」を好きなんだ? と尋ねるのは、相変わらずのかすれ声。 クリスマスは終わってしまった。 日めくりも三枚破れば終わってしまう。新しい年がやってくる。 ・ 向かいの男と何度も食べにきていたイタリア料理店のパスタは、残してしまった。いちど皿へ置いてしまったスプーンとフォークに、触れることは二度となかった。 着席したその時は空腹だったから頼んでしまったクリームベース...

  • 14・札幌(5)

    ・ 飲み終えてもまだ、紙コップの中に泡が残っている。ミルク色とコーヒー色のまだらが。 カウンターテーブルの反対側を陣取っていた父子ふたりはもう居ない。華やかな着物姿に白ネクタイのスーツ姿は。 階上のホテルのどこかで、結婚披露宴は始まるのだろうか。「……あれだな。俺のほうこそいろいろ昔にあったけど」 陽子がだいぶ落ちついたのを見計らって口を切る。 ――俺のほうこそいろいろあった。 昔に。 飯田詩織や...

  • 14・札幌(4)

    左隣が眉を寄せる。「え?」「落合いたって嘘。ごめん俺、嘘こいたさ」 唖然と見つめられている間に流れこむのは、ガリガリと豆を挽くエスプレッソマシーンの音。当たり前のように漂ってくるのはコーヒーの香り。 陽子が動く。 ゆっくり手の平が近づいてきて、左頬をごく軽く叩かれていた。あたたかな手の平で、ぺちりと。 すぐにクッと笑ってしまう。けれど、向こうは仏頂面。「ばか」 ぷいと顔がそむけられ、持ち上げられ...

  • 14・札幌(3)

    「あたし。なんか奥村怒らせるようなこと、した?」 カプチーノに手をつけることもなく、陽子がこちらを見ている気配。艶つやめいたカウンターテーブルにぼんやりと映し出されている、隣の手。 ははは、と乾いた笑いをこぼしていた。「……北斗にさ」「え?」「あの、振り子特急にさ。酔ったみたい。ほら俺って乗り物に酔いやすいでしょ? だからさっきまで、ちょっとおかしかったんでしょうね」 ごめんなさいね? と添えれば、そ...

  • 14・札幌(2)

    ふたたび左隣に座りついた女の装いは、襟が大きく開いたライムグリーンのカットソー。薄手のスカートはブルーの小花柄。不機嫌さ満開の顔をしていても、格好だけは春模様。ついでに目に入った太ももは、肌が透け透けのストッキングに包まれていた。「……そうですか? 俺、変でございますか?」「そうだよ。会った時からムッスとして」「あれまあ。そう」 桜木愛と別れてからすぐに改札口で会った陽子を思い出す。 こちらの態度...

  • 14・札幌(1)

    [Episode14.北一条西四丁目] −−−−−− 歩道の隅に雪が残っている。 マフラーに顎をうずめた女が前を横切っていく。 歩いてここまで来る途中、見かけた温度計では四度とあった。うららかさは感じられないでいる。冬の色がまだ、街にとどまっている。 ガリガリと豆を挽く音が流れ込んでくる。ほろ苦い香りと寄り添うように。 ガラス窓と向き合ったカウンターテーブルでひとり、頬杖をついていた。 人魚の顔と緑のロゴでお馴染...

  • 13・新札幌(6)

    そうだそうだと改めて思い返す。こちらが入院していた際、見舞いに来ていた愛と詩織が鉢合せしたことがあった。「いや彼氏っていうか。あの二人、もう結婚してるんだけど」「ふーん。あの女、結婚したんだ」 愛がしれっと言い放つ。またしても詩織のことを「あの女」呼ばわりで。「んで、奥村さんのほうは結局陽子ちゃんと別れちゃったんでしょ?」「……はい?」「一年も持たなかったんじゃん」「ああ、まあ」 確かに、一度は別...

  • 13・新札幌(5)

    「わたしたち先に行ってるからね。じゃあ奥村くん、六時に」 詩織がそう残し、山本と先に行ってしまった。同じ特急列車から降り立った乗客たちもぞろぞろ続いていく。 とうに桜木愛はこちらに気づいている。階段の端をのぼってきながら驚きの表情。去ってしまった山本夫妻をちらと振り返りつつ。 近づいてくる。 あ、どうもこんにちは程度の挨拶だけして過ぎてしまいたかったのに。詩織のやつ、なぜ一方的にここで別れを切り出...

  • 13・新札幌(4)

    ・ 大きな屋根に覆われたプラットホーム。 弁当屋。 ジュースの自動販売機。 列車を待つ人々。 昔よく使っていたのは地下鉄だったし、JR札幌駅で乗降することは少なかった。それでも懐かしさがこみあげてしまう。おのぼりのように周りをきょろきょろと眺めてしまう。 予定の到着時刻通りだった。 列車からホームへ足を降ろせば寒い。三月の札幌はまだ冷える。息を吐けばもうもうと白く濁る。 だが、いまに限ってはそ...

  • 13・新札幌(3)

    「陽子ちゃんに会うの、いつぶり?」 不意に詩織の声。 ぬるいポカリスエットはほとんど残っていなかった。一気に飲み干して蓋をきっちりとしめる。舌に残るのは嘘くさいグレープフルーツ味。「……詩織さんてほんっと、聞きたがりだわねえ。いいでしょう? もう、僕たちのことはさあ」「わたしたちの結婚式の時以来?」「……」「一ヶ月ぶり?」「……」「ねえねえ」 空になったペットボトルで隣の頭を軽く叩くなり、ポコっと間抜け...

  • 13・新札幌(2)

    「……あのさ。きみ一体どういう情報網をお持ちなの? なんなの? あんたエスパー? 何で知ってるの、まだ教えてないのに」「結婚式のあとでね?」「式のあとでなしたの」「ほら、あの会が終わって。一週間旅行行って。帰って来てから陽子ちゃんにわたし、電話したの。その後はどう? って」「その後はどう、ってなにをわざわざあなた余計なことあの人に聞いちゃってんの? そういうのは俺によこせばいいでしょう?」「や、だって。...

  • 13・新札幌(1)

    [Episode13. 319キロの先] −−−−−− くすんだえんじのシートが、いつの間にか空っぽだ。隣に座っていた男は先に降りてしまったのだろう。こちらが眠っている間に。 結露でにじんだ窓を左手で拭えば、カーキ色のシャツの袖もわずかに湿る。 だがすぐに乾くだろう。特急列車の中は暑い。 それは暖房が効きすぎているせいなのか、今しがたまで寝ていたからそう感じるのか。蒸した車両内でひとつ、溜息をついてみる。 拭ったば...

  • 12・南千歳(6)

    「ああスッキリしたわ。いろいろ言ったら」 ぽそり、つぶやくのが聞こえてこわごわと顔を上げる。斜め向かいを覗きこむ。 中川は両腕を広げ、ウーンと伸びをしていた。ベージュのコート姿のまま。「さて。もう、更衣室も暖房効いてきてあったまってるかな。さくっと着替えて、店に出て仕事はじめてますわ、仕事」 何てことないよ。もう気にしてないし。 そんなオーラをあやなしながら、すぐに中川は腰を浮かす。 こちらも立ち...

  • 12・南千歳(5)

    デスクの上には電卓と鉛筆立て。そして、A4の紙がホチキスで綴じられて置いてある。こんなものは休み前までなかった。何かの資料だろうか。 手持ち無沙汰で机の引き出しを開けてみれば、秘密のダイアリーなんて勿論なく。入っていたのは薄っぺらいマニュアル冊子に、薬品関係の教材がずらり。ぽつんと一本、書きづらい黒のシャープペンシル。 中川が本来の席――隣のデスクに座ってこないのは気まずいからだ。それぐらい分かり...

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