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  • 四国巡礼編(23)菩提の道場(6)太山寺(52番札所)~圓明寺(53番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 お遍路28日目。 当時、松山ユースホステルは改装中で、壁にマイナスイオンが出る塗料を塗っていた。 おかげさまでこの旅で一番快適な睡眠を取れたと思う。死んだように眠り続けた。結果的に寝坊したが、もう1泊して松山の街を観光することにした。 この年、夏目漱石の小説(松山を舞台にした作品)『坊っちゃん』誕生100周年ということで、街の観光スポットでは小説の登場人物マドンナの衣装を着た美しい女性達(道後マドンナと呼ばれるイベントスタッフ)が観光客と一緒に写真を撮っていたのを覚えている。 この日、松山の街で観光した場所は下記の通り。・(伊予)松山城:天守は江戸時代後期に…

  • おまけ(その13)感応について

    ※四国巡礼編(22)菩提の道場(5)浄瑠璃寺(46番札所)~石手寺(51番札所)のおまけ記事 遅くなりましたが2022年最初の投稿です。今年もよろしくお願いします。 巡礼の旅の後半に入ってからの変化について、個人的な考えを書き記しておきたい。 札所が近付くと背中にビリビリと電気を当てたように感じるようになり、地図を見なくても札所の場所が分かるようになった。 松山ユースホステルのオーナー平野さんにお会いして質問した際、「それは、三昧(ざんまい、サマディ)でしょう」というお言葉を頂いた。修行としてシンプルな作業を続けていると到達する境地らしい。ランナーズ・ハイもこの一種ということだった。 当時は、…

  • 四国巡礼編(22)菩提の道場(5)浄瑠璃寺(46番札所)~石手寺(51番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 [第46番札所:医王山 養珠院(ようしゅいん) 浄瑠璃寺(じょうるりじ)]・御本尊:薬師如来 ・創建年:(寺伝)和銅元年(708年) ・開基:(寺伝)行基 ・住所:愛媛県松山市 お遍路27日目。 天気予報では大雨の予想だった為、早朝に宿を発った(雨が降る前に遍路道を通る三坂峠を越えたいという思惑があったのだが、結果的に遍路道に入る前に少し雨が降ったものの、松山市に入ってからは快晴だった)。 三坂峠を歩いていると、これから訪れる松山の街並みを一望出来た。美しい景色を見て気持ちが昂(たかぶ)るのを感じる。 午前11時前に46番札所浄瑠璃寺に到着(昨晩の宿(民宿一…

  • 四国巡礼編(21)菩提の道場(4)大寶寺(44番札所)~岩屋寺(45番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 [第44番札所:菅生山(すごうさん) 大覚院 大寶(宝)寺(だいほうじ)]・御本尊:十一面観世音菩薩 ・創建年:(寺伝)大宝元年(701年) ・開基:(寺伝)明神右京・隼人 ・住所:愛媛県上浮穴(かみうけな)郡久万高原(くまこうげん)町※別称:四国霊場の中札所(四国88ヶ所霊場の丁度半分に当たることから) お遍路26日目。 国道379号沿いのお遍路無料宿(愛媛県喜多郡内子町、長岡山トンネルを過ぎた辺り)を早朝に出発。 この辺りの標高は100mに満たないが、次の44番札所大寶寺の標高は560mということで、これからひたすら上っていかなくてはならない。※標高の高…

  • 四国巡礼編(20)菩提の道場(3)龍光寺(41番札所)~佛木寺(42番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 [第43番札所:源光山(げんこうざん) 円手院(えんしゅいん) 明石寺(めいせきじ)]・御本尊:千手観世音菩薩 ・創建年:(寺伝)6世紀 ・開基:(寺伝)正澄・欽明天皇(勅願) ・住所:愛媛県西予(せいよ)市※宗派:天台宗※別称:あげいしさん、あげしさん お遍路25日目。 早朝に善根宿を出発し、43番札所明石寺へ。 明石寺の寺伝によると、この地は乙女に化身した千手観音菩薩が籠(こも)った霊地とされ、古来より尊崇(そんすう)されてきたという。 6世紀に欽明天皇の勅願を受けた正澄上人が千手観世音菩薩(唐からの渡来仏)を祀る為、七堂伽藍を建立して開基したとされてい…

  • おまけ(その12)人の想い・念の話

    ※四国巡礼編(19)菩提の道場(2)龍光寺(41番札所)~佛木寺(42番札所)のおまけ記事 善根宿を始められた男性の身にラッキーな出来事が続けて起きたことについて、お遍路を終えてから自分なりに考察してみた。 人に善意を提供すると、相手はその好意に対して感謝する。お金を取らなければなおさらだ。 その「ありがとうございます」という想いが、提供者に幸運をもたらすのではないだろうか。 この方が今までの人生で多くの善行・功徳を積み重ねてこられたことは想像がつく。しかも善根宿を始められてから半年といえど、その恩恵に預かった人は結構な数になるのではないだろうか。 逆のケースも考えられる。 以前の記事に書いた…

  • 四国巡礼編(19)菩提の道場(2)龍光寺(41番札所)~佛木寺(42番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 [第41番札所:稲荷山(いなりざん) 護国院 龍光寺]・御本尊:十一面観世音菩薩 ・創建年:(寺伝)大同2年(807年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:愛媛県宇和島市※別称:三間(みま)のお稲荷さん、稲荷寺 お遍路23日目の早朝、40番札所観自在寺を出発。 この日は、国道56号をひたすら北上した。 旅日記には、道中2回飲食物のお接待を受けたことと、地元の方(中年男性)との会話を書き記している。 高校野球の練習を見学するのが楽しみというこのおじさんより愛媛はスポーツが盛んであると力説された。高校野球・サッカー等で全国優勝している高校もあるとのことだった。 ※改…

  • 四国巡礼編(18)菩提の道場(1)観自在寺(40番札所)

    【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】 [第40番札所:平城山(へいじょうざん) 薬師院 観自在寺]・御本尊:薬師如来 ・創建年:(寺伝)大同2年(807年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:愛媛県南宇和郡愛南(あいなん)町※別称:四国霊場の裏関所 お遍路22日目。 午前7時前に39番札所延光寺を出発。 伊予の国(愛媛県)に入ったのは午前10時半頃だった。ここからは菩提の道場となる。 今回の旅に出る前、日本全国47都道府県で未踏の地が高知県と愛媛県だった。愛媛に入った時に気分が高揚するのを感じた。一体この地で何が待っているのだろう。 道中、温泉(一本松温泉あけぼの荘)を発見。ここから40番札所観自在…

  • 四国巡礼編(17)修行の道場(9)延光寺(39番札所)

    【修行の道場(高知県)】 お遍路20日目。 39番札所延光寺までのルートは幾つか選択肢がある。昨日一晩考えた後、月山(つきやま)神社(高知県幡多(はた)郡大月町)(番外霊場)を参拝してから延光寺を打つことにした。※番外霊場:四国88ヶ所霊場の巡拝者が立ち寄ることが多い寺社・修行場・霊跡(れいせき)等(小さな祠(ほこら)やお地蔵様等も含む)で、成立の縁起に弘法大師との関わりが深いところが多い。 月山神社の存在を知ったのは、『四国遍路ひとり歩き同行二人』[地図編]だった。 ここに月山神社に関する記述がある為、下記に一部引用させて頂く。 遍路修行の道 古来、金剛福寺を打ち終えた遍路は、次のいずれかの…

  • 四国巡礼編(16)修行の道場(8)金剛福寺(38番札所)

    【修行の道場(高知県)】 お遍路17日目の早朝、土佐佐賀温泉こぶしのさと前に建てられた遍路小屋を発った。 外は雨が降っている。ここのところ天気のすぐれない日が続いていた。 しばらくの間、善根宿:栄タクシーのご主人に絶賛された顔相のお遍路と一緒に歩いていたが、「寄るところがあるので先に行って欲しい」と言われた為、途中で別れた。 このまま一緒に行動していると私がお金を払い続けるだろうと気を遣われたのではないかと思われる。 この方の歩まれた波乱万丈な人生について貴重なお話を聞きたかったが、またどこかで再会する機会があるだろうと思いながら先へ進んだ。 結論から言うと、この方とはそれっきり再会出来ていな…

  • 四国巡礼編(15)修行の道場(7)岩本寺(37番札所)

    【修行の道場(高知県)】 [第37番札所:藤井山(ふじいざん) 五智院(ごちいん) 岩本寺(いわもとじ)]・御本尊:不動明王、(聖(しょう))観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩 ・創建年:(寺伝)天平年間(729年~749年) ・開基:(寺伝)行基・聖武天皇(勅願) ・住所:高知県高岡郡四万十(しまんと)町 お遍路16日目。道の駅かわうその里すさきで目覚めると、午前3時半だった。眠ってからおよそ3時間で目覚めたことになる。寝不足ではあるが、自分の心に巣食う甘えの部分を削(そ)ぎ落して本当の自分に近づいていく感覚があった。 昨日のこともある為二度寝はせず、テントを畳んで出発することにした…

  • 四国巡礼編(14)修行の道場(6)青龍寺(36番札所)

    【修行の道場(高知県)】 [第36番札所:独鈷山(どっこざん) 伊舎那院(いしゃないん) 青龍寺(しょうりゅうじ)]・御本尊:波切不動明王 ・創建年:(寺伝)弘仁6年(815年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:高知県土佐市※別称:波切不動 お遍路15日目。目覚めると午前11時だった。寝坊してしまったようだ。 原因としては、前日宿泊したネットカフェで睡眠不足だったこと、昨日の夕方から雨が降り続いていたこと等が考えられる。朝には強い雨に変わっていた為雨が止んでからテントを畳もうと判断したまでは良かったものの、二度寝した際雨の音が心地よかったのか深い眠りについてしまったようだ。 目覚めた時には小雨(…

  • 四国巡礼編(13)修行の道場(5)竹林寺(31番札所)~清瀧寺(35番札所)

    【修行の道場(高知県)】 [第31番札所:五台山 金色院(こんじきいん) 竹林寺]・御本尊:文殊(もんじゅ)菩薩 ・創建年:(寺伝)神亀元年(724年) ・開基:(寺伝)行基 ・住所:高知県高知市※88ヶ所霊場の中で唯一文殊菩薩像を御本尊とする。 昨晩ネットカフェのブース席で睡眠を取ったが、周囲の物音で熟睡出来ず明け方に出発。竹林寺に到着したのは午前6時半過ぎだった。 早朝ということもあり、寺院の空気が清々しい。この日一番目の納経者となった。 以下、竹林寺の寺伝より。 神亀元年(724年)に聖武天皇が唐(中国)の五台山(文殊菩薩の聖地)で文殊菩薩に拝する霊夢を見た。 五台山に似た山を見つけ出す…

  • 四国巡礼編(12)修行の道場(4)国分寺(29番札所)~善楽寺(30番札所)

    早いもので東日本大震災から10年が過ぎました。 亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。 防災意識を持って生活したいと思います。 それでは以下、本編(四国巡礼編)です。 【修行の道場(高知県)】 [第29番札所:摩尼山(まにざん) 宝蔵院 国分寺]・御本尊:千手観世音菩薩 ・創建年:天平勝宝8年(756年)以前 ・開基:行基 ・住所:高知県南国(なんこく)市※別称:土佐国分寺、土佐の苔寺(こけでら) お遍路13日目の朝、目覚めると少し空腹を覚えた。しかし、今日の午後19時までは水以外口にしないと決めていた。24時間断食を達成出来るのか不安だったが、とにかくやるしかない。 幸いなことに、ド…

  • 四国巡礼編(11)修行の道場(3)大日寺(28番札所)

    【修行の道場(高知県)】 [第28番札所:法界山 高照院 大日寺]・御本尊:大日如来 ・創建年:(寺伝)天平年間(729年~749年) ・開基:(寺伝)行基 ・住所:高知県香南(こうなん)市 お遍路12日目。目覚めて傷口を確認すると、足のマメがほぼ治っていた。 足の裏の古い皮膚と新しい皮膚の間に水が溜まりマメとなっていたのだが、接着剤で張り合わせたかのようにその隙間が無くなっていた。古い皮膚の一部が剥がれて新しい皮膚がむき出しになっていた部分は、新しい皮膚が昨日より硬くなっていた。 立ち上がって歩いてみると普通に歩くことが出来る。普通に歩けることがどれだけ有難いことなのか、今回身を以(もっ)て…

  • 四国巡礼編(10)修行の道場(2)神峯寺(27番札所)

    【修行の道場(高知県)】 [第27番札所:竹林山(ちくりんざん) 地蔵院 神峯寺(こうのみねじ)]・御本尊:十一面観音菩薩 ・創建年:(寺伝)天平2年(730年) ・開基:(寺伝)行基 ・住所:高知県安芸(あき)郡安田町 お遍路11日目の朝、この旅で一番の苦境に立たされていた。 昨晩、(自分の知識の範囲内ではあるが)足のケアをしたつもりだったが、マメの状況は相変わらずだ(但し、布団でゆっくり睡眠を取れたおかげで、疲労は軽減されていた)。 早朝に宿を出て歩き出したが、やはり足のマメが痛む為普通には歩けなかった。 とにかく行けるとこまで行こうという気持ちで少しずつ足を進めた。 国道55号をしばらく…

  • 四国巡礼編(9)修行の道場(1)最御崎寺(24番札所)~金剛頂寺(26番札所)

    【修行の道場(高知県)】 お遍路9日目の朝、目覚めると、両足の裏に複数のマメが出来ていた。 昨日から足の裏に違和感を感じていたが、ついに出来たかという感じだ。 マメの原因は幾つか考えられる。(1)距離の延長 今までは歩いても30km程だったが、昨日は40km近く歩いてしまった。 札所では重いリュックを置いて身軽になれる時間が取れるのだが、昨日は札所が無かった為、歩く距離に対して休憩の回数が少なかった可能性も考えられる。(2)足のケア不足 日没後まで歩いて疲れ切った状態で野宿した為、昨晩寝る前にきちんと足のケアをしなかった。(3)認識の甘さ 以前会ったベテラン遍路より、「マメが出来ないよう気を付…

  • 四国巡礼編(8)発心の道場(7)薬王寺(23番札所)

    【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第23番札所:医王山 無量寿院(むりょうじゅいん) 薬王寺]・御本尊:薬師如来 ・創建年:(寺伝)神亀3年(726年) ・開基:(寺伝)行基 ・住所:徳島県海部(かいふ)郡美波(みなみ)町 お遍路7日目。 「キクヤ食堂」(善根宿)を遍路仲間達と発った。 今日で区切り打ちを終えて帰る遍路もいた為、寂しさもあったがこれが旅だ。 薬王寺まで約20kmの道中、徳島の思い出について語り合い、感慨深い思いを抱きながら歩いた。 薬王寺に着いたのは13時半過ぎだった。 (写真は、本堂) 弘法大師が彫ったとされる薬王寺御本尊の薬師如来は「後ろ向き薬師」と呼ばれているそうだ…

  • 四国巡礼編(7)発心の道場(6)鶴林寺(20番札所)~平等寺(22番札所)

    【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第20番札所:霊鷲山(りょうじゅざん) 宝珠院(ほうじゅいん) 鶴林寺(かくりんじ)]・御本尊:地蔵菩薩 ・創建年:(寺伝)延暦17年(798年) ・開基:空海・桓武天皇(勅願) ・住所:徳島県勝浦郡勝浦町※別称:お鶴さん※余談になるが「勝浦」という地名は、那智勝浦町(和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡や、勝浦市(千葉県)にも存在する(上記の地域では、2月~3月に大きなひな祭りイベントが開催される)。伝承によると、阿波国から天富命(あめのとみのみこと)と共に黒潮に乗って船で移住した勝占(かつうら)の忌部(いんべし)氏の名が由来となったとする説がある。尚、徳島…

  • 四国巡礼編(6)発心の道場(5)恩山(18番札所)~立江寺(19番札所)

    【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第18番札所:母養山(ぼようざん) 宝樹院 恩山寺(おんざんじ)]・御本尊:薬師如来 ・創建年:不詳(天平年間末?) ・開基:(寺伝)行基・聖武天皇(勅願) ・住所:徳島県小松島市 お遍路5日目。 この日見た夢の言葉だろうか、「道行く一人一人が仏様」と旅日記に書き記している。 さて、次の18番札所恩山寺までは20km近く歩かなくてはならない。 道中、新町温泉という銭湯に立ち寄る為、徳島の市街地を通るルートを選択した。距離的には少し遠回りになるが、温泉に入れるのは有難い。 「栄タクシー」(善根宿)から歩き出してしばらく歩いた頃、お店の開店準備をしていた女性…

  • 四国巡礼編(5)発心の道場(4)大日寺(13番札所)~井戸寺(17番札所)

    【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第13番札所:大栗山(おおぐりざん) 花蔵院(けぞういん) 大日寺]・御本尊:十一面観音菩薩 ・創建年:(寺伝)弘仁6年(815年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:徳島県徳島市 3日目の晩から4日目の朝にかけて、テントの中で何度も目を覚ました。疲労から来る眠気で一旦寝るものの、寒さですぐに目を覚ましてしまう(寝袋だけでは寒さを防げなかった)。 日中はウィンドブレーカーを羽織(はお)って事足りたが、やはり防寒着を持ってくるべきだった。 出発前に家でテントを組み立てる練習はしていたものの、実際に屋外でテント泊を試していなかったのが悔やまれた。夜の寒さについて…

  • 四国巡礼編(4)発心の道場(3)焼山寺(12番札所)

    【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第12番札所:摩廬山(まろざん) 正寿院(しょうじゅいん) 焼山寺(しょうざんじ)]・御本尊:虚空蔵(こくうぞう)菩薩 ・創建年:(寺伝)弘仁6年(815年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:徳島県名西(みょうざい)郡神山町 3日目の朝、早朝5時半過ぎに鴨島温泉鴨の湯の善根宿を出発。 まずは11番札所藤井寺(ふじいでら)へと向かう。道中朝陽を拝んだ。 藤井寺に着き、本堂と大師堂にて納経(お経を唱えた)。 いよいよこれから12番札所焼山寺へのへんろ道(焼山寺道)を歩くことになる。藤井寺(標高40m)から焼山寺(標高700m)までは全長12.9km( Wiki…

  • 四国巡礼編(3)発心の道場(2)

    (各札所の写真をUPしたいのですが、自分を写した記念写真のみの場合は掲載無しとなることをご容赦下さい。) 【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第6番札所:温泉山 瑠璃光院(るりこういん) 安楽寺]・御本尊:薬師如来、胎内仏:薬師如来 ・創建年:(寺伝)弘仁6年(815年) ・開基:(寺伝)空海 ・住所:徳島県板野郡上板町 2日目の朝、目覚めてから改めて荷物の確認をした。 (1)どうしても必要な物と(2)あった方が良い物に分け、(2)については後で買えるものは宿の方に処分してもらうことにした。 ほとんど減らせる物は無かったが、気分的に少し楽になった。・宿に置いて行った物:折り畳み傘、洗顔フォ…

  • 四国巡礼編(2)発心の道場(1)

    (ブログを書くことを想定しておらず)メモ書き程度しか書き記していない旅日記と、撮影した写真を見ながら、当時の情景を思い出して記事を書いていきたいと思う。 【発心(ほっしん)の道場(徳島県)】 [第1番札所:竺和山(じくわさん) 一乗院 霊山寺(りょうぜんじ)]・御本尊:釈迦如来 ・創建年:(寺伝)天平年間(729~749) ・開基:(寺伝)行基・聖武天皇(勅願) ・住所:徳島県鳴門市 四国88ヶ所霊場の1番札所:霊山寺(りょうぜんじ)は徳島県にある。 JR徳島駅まで夜行バスで移動。緊張のせいか2時間位しか眠れず、睡眠不足だった。 徳島駅から高徳線に乗り坂東(ばんどう)駅で下車。坂東駅から霊山寺…

  • 四国巡礼編(1)プロローグ

    新年明けましておめでとうございます。 昨年ご訪問頂いた皆様に心より感謝申し上げます。 今年もよろしくお願いします。 それでは以下、四国巡礼編です。 チベットを旅した後、日常の生活に埋もれていく中、ふと巡礼者たちのひたむきな姿が憧憬となって脳裏に蘇る。 あの時の感動を再び体験したいという気持ちがむくむくと湧き上がってきた。 この日本という国で、巡礼者になれる場所といえば真っ先に思い浮かぶのが四国だ。そうだ四国へ行こう。 四国遍路の資金を貯めた後、2006年4月に旅を始めることにした。 四国遍路に出発する前に新たに購入したもの。※アウトドア用品は、登山用品店が立ち並ぶ神田神保町・小川町(東京都千代…

  • おまけ(その11)不思議な縁の話

    ※西蔵編(40)台北~基隆~石垣島~宮古島~那覇のおまけ記事 上記の記事を書くにあたり田中綱常氏について調べたところ、エルトゥールル号遭難事件に辿り着いた。 この時、私がかつて紀伊大島に行ったことがあることを思い出した。 旅をした当時は旅日記を付けておらず写真も撮っていない為、記憶を辿るしかないが、記録の意味で書き記しておきたいと思う。 私にとっての初めての一人旅は学生時代の国内旅行(関西)だった。 一人旅をするにあたり、まず大阪を見たいと思った。(建前ではなく)本音をぶつける人情味のある街、そして美味しいものが食べられる街として興味があったのだと思う(勝手な先入観だが)。 1週間程の旅行だが…

  • 西蔵編(40)台北~基隆~石垣島~宮古島~那覇

    台北に1泊し急ぎ足で観光した後、夕方の列車で基隆(きりゅう)( Ji Long )(キールン)(かつての名称は「鶏籠」(発音同じ))に向かった(所要50分)。 バスだと台北から始発があり座れたのだが、列車が好きなので座れなくても苦にならなかった。 通勤客が多い車中で、ある女性に突然話しかけられた。 その女性の名前は東龍宮の宮司、石( shi )卉栒( dan hui )さんだった。基隆に分壇があるとのこと。 東龍宮は、日本の明治時代の海軍軍人・貴族院議員田中綱常(つなつね)氏(1842~1903)を神様として祀(まつ)っているそうだ(情けない話だが、氏のことをこの時初めて知った)。 田中綱常は…

  • 西蔵編(39)台北

    沖縄行きのフェリー(クルーズフェリー飛龍、現在運行中止)の出発日が翌日だった為、台北は1泊2日の滞在となった。 台北到着日に、有村産業株式会社(フェリー運航会社)の台北オフィスに行きチケットを購入(基龍から那覇まで3900台湾ドルだった(当時のレートで約13000円))。 また、日本大使館を訪問している。 翌日、昼間に駆け足で台北を観光した。観光したのは下記の通り。・国立故宮博物院 国立故宮博物院は、フランスのルーブル美術館、アメリカのメトロポリタン博物館、ロシアのエルミタージュ美術館とともに、世界四大博物館の一つとされている(四大博物館の選定には諸説有)。 所蔵品約70万点のうちほとんどは中…

  • おまけ(その10) The Rivers of the Mandala

    ※西蔵編(38)カトマンドゥ~香港~台北のおまけ記事 後年香港を再訪した際、書店で興味深い本を見つけたので紹介したい。 その本の名前は、“ The Rivers of the Mandala ” (著者: Simon Allix , Benoit de Vilmorin )(出版社: Thames & Hudson )だ。 英語で書かれた本だが、写真や絵を見ているだけでも楽しい。カイラス山も登場する。 参考までに、Simon Allix 氏の動画を幾つか紹介させて頂く。・simon allix ⇒ 動画はこちら・DEMO LIVRES ⇒ 動画はこちら※上記動画の0:39より” The Riv…

  • 西蔵編(38)カトマンドゥ~香港~台北

    日本を発つ前に検討していたプランの一つとして、ネパール訪問後インドのダージリン( Darjeeling )に行くというものがあった。 しかし、チベット滞在が予想以上に長引いたこともあり、予算が足りないと判断し諦めた。 結局、カトマンドゥ(カトマンズ)( Kathmandu )に4泊した後、飛行機で香港に向かった。 カトマンドゥのトリブバン国際空港は、7年前と比べ、立派な建物になっていた。 カトマンドゥから香港までは4時間のフライトだった(ロイヤル・ネパール航空(現ネパール航空))。 一気に大都会に来てしまい、戸惑った感もあったが、友人達と再会して一息ついた。 (香港の滞在目的)(1)友人達と再…

  • 西蔵編(37)パタン

    カトマンドゥ(カトマンズ)( Kathmandu )滞在中、近郊の古都パタン( Patan )(世界遺産)を訪問している。 パタンの正式名称はサンスクリット語でラリトプル( Lalitpur )、ネワール語ではイェラ( Yala )で、どちらも「美の都」という意味らしい。 この街に住むネワール族は彫刻や絵画などの芸術に優れ、パタンは工芸の街としても知られている。 パタンの街は、バグワティ川を挟んで、カトマンドゥのすぐ南に位置する。 住民の8割が仏教徒で、ブッダはヴィシュヌ神の化身とされている。 街の中心ダルバール広場の周りには、美しいネパール建築の寺院が数多く見られる。 7年ぶりに見るパタンの…

  • おまけ(その9)経験について

    ※西蔵編(36)カトマンドゥ(後編)のおまけ記事 年齢を重ねるにつれ、新しいことにチャレンジする意欲が薄れつつある(ロボットのように同じような毎日を繰り返している)。未知の世界に飛び込むことに不安を感じているのかもしれない。 前回の記事で登場した岩崎圭一さんは、無一文で生きられるか試す為に、日本でホームレス生活を送っている。 その経験により、無一文でも生きていけるという自信を持って日本を離れ、旅を始めたそうだ。無一文状態に対する不安や恐怖を克服しているのがすごいと思う。 何か新しいことを始める前に不安や恐怖といった感情を持つことはある意味仕方の無いことだが、その負の感情は時として足枷(あしかせ…

  • 西蔵編(36)カトマンドゥ(後編)

    カトマンドゥ(カトマンズ)( Kathmandu )滞在中に出会った人達について書き記しておきたいと思う。 まずは、インド人宝石商 Mr.O.P. (下記写真の人物)。 旅仲間が宝石(ターコイズ)を買いたいということで訪れた店のオーナーだった。人物観察が鋭く、旅仲間の特徴を良く捉えていた。 何故ネパールに来て店を開いているのか、理由を聞いたような気がするが旅日記に書き記していない為、今となっては詳細が分からない(思い出せない)。 個人的な意見だが、(聖者やサドゥーと呼ばれる人達だけでなく、一般人を含めて)インドでは転生の回数が多い人達の生まれる割合が高い気がする(瞳を見た時に魂の重さを感じる)…

  • 西蔵編(35)カトマンドゥ(前編)

    7年ぶりのカトマンドゥ(カトマンズ)( Kathmandu )の街は、とても刺激的に見えた。 街が明るくなっており、商店の窓に飾られている商品の品質が、以前と比べて良くなっているように感じた(この街でベルトやサンダルを購入している)。 また、旅行者の多いタメル地区には日本食レストランが増えており、美味しかったので毎日日本食を食べたことを覚えている。 カトマンドゥに着いた翌日、旅行代理店に赴(おもむ)き航空券を購入した。カトマンドゥ~香港までと、香港~台北(台湾)までのチケットだ(空港税込みで$360)。 その後、スワヤンンブナート(通称モンキー・テンプル)( Swayambhunath )(世…

  • 西蔵編(34) ダム~バラビセ~カトマンドゥ

    ダム(樟木)(ネパール語でカサ( Khasa ))の街で1泊後、徒歩で中国側のイミグレ(イミグレーション・オフィス)に向かった。 残念なことに、ここでチベットの入境許可証を回収されてしまった。アリ(阿里)地区の入境許可証には行き先の欄に【神山】(カイラス山の意)と書かれており、記念に残したかったのだが交渉しても断られた(パスポートに挟んでおいたのが失敗だった)。 中国側のイミグレのあるダム(標高2350m)から、ネパール側のイミグレのあるコダリ( Kodari )(標高2300m)までは、曲がりくねった車道を通ると約10km、ポーターの通る山道は約3kmある。 この間、タクシーかヒッチハイクで…

  • 西蔵編(33)シガツェ~ラツェ~ダム

    貧乏旅行者にとって、チベットからネパールに抜ける手段を確保するのは簡単ではない。 シガツェ(日喀則)の西160kmにあるラツェ(拉孜)(標高4010m)の街から、国境の街ダム(樟木)(標高2350m)までバスがあるらしいが、外国人は乗れないとのことだった。 自前の自転車で旅をするチャリダー以外は、人の力に頼るしかない。 シガツェの宿(テンジン・ホテル(丹増旅館)(現在は閉館?))の親父の話では、ネパールへ向かう(戻る)ツアーの車(ランドクルーザー)に空席があれば乗せていってくれるとのことだった。 しかし7月8月ならともかく、最近はネパールに戻る旅行者も少ないとのこと。 (ヒッチハイク1日目) …

  • 西蔵編(32)ギャンツェ

    ギャンツェ(江孜)は、ラサ(拉薩)の南西260km、シガツェ(日喀則)の南東100kmに位置するチベット第3の都市だ(標高3950m)。 ヒマラヤ交易の盛んな時代には、インド・ブータン方面とラサ・シガツェとを結ぶ交通の要衝、交易の中心地として栄えた。※シガツェやギャンツェも外国人非解放区の為、本来なら入境許可証(チベット滞在許可証)が必要だ(許可証を持ってない状態で見つかると罰金を支払わされる)。 ギャンツェでは公安のチェックが厳しいと聞いた為、事前にシガツェの街で100元を払って許可証を申請したが、結果的に許可証を提示する機会は無かった。 他の旅人と同乗して乗ったタクシーで、シガツェから1時…

  • 西蔵編(31)シガツェ

    シガツェ(日喀則)に到着し、テンジン・ホテル(丹増旅館)(現在は閉館?)にチェック・インした後、街の散策に出かけた。 まず最初に向かったのがゲルク派(黄帽派)六大寺院の一つ、タシルンポ寺(扎什倫布寺)( Tashilhunpo Monastery )だった。※ゲルク派とは、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ニンマ派、カギュ派、サキャ派)。15世紀にツォンカパ(ジェ・リンポチェ)(1357~1419)によって開かれた学派で、戒律を重視している。戒律を守っていることを示す黄色い帽子を被っていた為、黄帽派と云われた。17世紀にチベット最大勢力となり、ダライ・ラマやパンチェン・ラマもこの学派に…

  • 西蔵編(30)タルチェン~アリ~シガツェ

    2泊3日のカイラス山巡礼を終え、タルチェン(大金)まで戻って来た時、心が澄み切っているのを感じた。 宿(四海招待所)の親父は、巡礼前は30元だった宿代を20元にしてくれた(粋な計らいだ)。 アリ(阿里)((ン)ガリ)に戻るバスが遅れていて、出発が2日後になるということだったが、実際は翌日に出発した。 但し出発が18時と遅く、アリに着いたのは日付が変わって午前1時だった。 時刻が夜中だった為、降ろされた場所からすぐ近くの宿に宿泊した。どうやらこの宿は本来中国人しか泊めることが出来ないらしいのだが、宿の主人がこちらの状況を判断して泊めてくれた(感謝)。 目覚めてからバスターミナルに行くと、ラサ(拉…

  • おまけ(その8)不思議な夢の話(2)

    ※西蔵編(29)カイラス山(後編)のおまけ記事 カイラス山巡礼3日目の未明(夜中の2時過ぎ位だったと思われる)、ズトゥル・プク・ゴンパ近くの宿(ツトゥプ・ゲストハウス)にて奇妙な夢を見ており、その内容を旅日記に記録している。(1) 友人達が登場した夢を見ている(登場人物の名前を記録)。(2)(宗教詩人)ミラレパの意識に2回程触れた?犬が騒ぐと記録している。(3)「ニイタマノ イナギノミコト」とは誰?と記録している。 上記(1)~(3)について追記させて頂く。 この宿には小さなネズミがいた。そのことに気付いたのは就寝してからだった。 宿の周囲には荒涼とした大地が広がっており、ネズミにとって食料を…

  • 西蔵編(29)カイラス山(後編)

    カイラス山巡礼2日目の朝、ディラ・プク・ゴンパで目覚めた時には隣で寝ていた僧侶達は既にいなかった。朝の勤行に行ったと思われる。 ここに水道は無い為、洗顔は川の水を使うしかない。カイラス山の北側に位置する為、日陰になる時間が長いのだろう。川には一部氷が張っていた。冷たい水で顔を洗うと身が引き締まる思いがした。 朝食(持参したカップゼリー)を食べた後、寺院(ゴンパ)を出発。 しばらく歩いていくと、上り坂の傾斜がきつくなってきた。 酸素が薄く息苦しかったが、「ゆっくりでもいいから決して休まずに歩くこと」という登山経験者の助言を思い出し、歩き続けた。 腰を下ろして休んでしまうと立ち上がって歩く気力が無…

  • おまけ(その7)WPPD

    ※西蔵編(28)カイラス山(前編)のおまけ記事 旅日記を読み返すと、WPPD( World Peace & Prayer Day )(せかいへいわといのりの日)について何度か書き綴っている(イベントに参加した旅人とチベットで出会って会話した記録など)。 このイベントが日本(富士山の麓)で開催されたのは、2004年の夏至の日前後(6月19日~22日(最終日は後片付け))だった。このイベントの約1週間後にチベットに向けて出発している。 旅行代理店がこのイベントの為のツアー(2泊3日(6月19日~21日))を企画していたが、ツアーに参加するか正直迷った。6月後半にチベットに向けて出発する計画を立てて…

  • 西蔵編(28)カイラス山(前編)

    タルチェン(大金)到着翌日、カイラス山巡礼に出発した。 この巡礼では、(苦しい時などネガティブな感情が湧き上がって来るのはある意味仕方ないことだが、)なるべくマイナスなことを考えずに平和への祈りを納めようと心がけていた。 日本を発つ前に参加したWPPD( World Peace & Prayer Day )(せかいへいわといのりの日)というイベントで【せかいへいわといのりのウォーク】に参加したのだが、ここでの体験が基(もと)にあったのだろう。このイベントのTシャツを着てコルラ(巡礼)した。 2泊3日の予定で水と食料を携帯していた為、荷物はかなりの重量だった。 1日で1周する巡礼者もいるらしいが…

  • 西蔵編(27)アリ~タルチェン

    アリ(阿里)((ン)ガリ)からタルチェン(大金)(カイラス山麓の村)までのバスは2日後まで無かった。結果的に、ラサ(拉薩)からの移動の疲れを取ることが出来たと思う。 この街で最優先に行うべきこと、それは入境許可証(チベット辺境入境許可証)を取得することだった。 公安局外事処に出頭し、罰金300元と許可証代50元を払って許可証をもらった。 許可証に行き先を書いてもらうのだが、担当者がカイラス山を【神山】と書いた時には鳥肌が立った(残念ながらこの許可証は、パスポートに挟んでおいたところ中国出国時に取り上げられてしまった)。 この街は中国の軍事拠点用に作られた街である為、特に観光名所は無かった。 街…

  • 西蔵編(26)ラサ~アリ

    ラサ(拉薩)に到着後、約1ヶ月かけてラサ市内、ラサ近郊を訪問・参拝した。 毎日楽しく過ごしていたが、そろそろこの後どうするか決めなくてはならない。 選択肢が多数ある中、カイラス山を巡礼することに決めた。理由は幾つかある。(理由1) この年より闇バスを利用してアリ(阿里)(ガリ、ンガリ)(カイラス近郊の街)まで行くことが可能になった(現在の状況は不明)。 アリに入る為には入境許可証(チベット辺境入境許可証)が必要になる為、ツアーを組んでランクル(ランドクルーザー)をチャーターするというのが正規の方法。 費用を抑えたい旅人はヒッチハイクで行くというのが一般的だったが、運に任せることになる。 中には…

  • 西蔵編(25)ラサ郊外(その9)トゥールン・デチェン

    ナクチュ( Naqu )(那曲)で見れなかったホース・レース(競馬祭)だが、(思わぬ形で)別の場所で見学することが出来た。 前述のツルプ寺(ツルプ・ゴンパ)(楚布寺)( Tsurphu Monastery )(カルマ・カギュ黒帽派の総本山)訪問後のことだ。※カルマ・カギュ派は、チベット仏教の主要な四大宗派(他は、ゲルク派、ニンマ派、サキャ派)カギュ派の支派の一つ。 ※ラサ郊外訪問記の時系列は下記参照(1)ガンデン寺 ⇒ 記事はこちら (2)ディクンティ寺 ⇒ 記事はこちら(前編)とこちら(後編) (3)サムイエ寺 ⇒ 記事はこちら(前編)とこちら(後編) (4)ナムツォ ⇒ 記事はこちら (5…

  • 西蔵編(24)ラサ郊外(その8)ナクチュ

    ナムツォ( Namtso )(納木錯)に1泊した後、ツアー2日目の目的地ナクチュ( Na(g)qu )(那曲)に向かった(ツアーバスで所要4時間)。 ナクチュはラサ(拉薩)の北300km、チャンタン高原の中にある街で、標高4500m。主要産業は牧畜で、のどかな街ということだが祭りの時は大勢の人で賑わう。 残念ながら目的のホース・レース(競馬祭)は後日開催とのことだったが、この日は前夜祭ということで盛り上がっていた。 競技場の周りで、自然発生的に民族衣装を身にまとった人々が輪になって踊っていた。 競技場の周囲には出店がたくさん並んでいた。 (写真は、休憩中の店主) 競技場内に設けられたステージで…

  • 西蔵編(23)ラサ郊外(その7)ナムツォ

    旅人達が絶賛していたナムツォ( Namtso )(納木錯)(チベット語で「天の湖」の意)へ1泊2日のツアーに参加して訪問している(ナムツォで1泊)。※この地域は、外国人の立入禁止地域の為、ツアーに参加しないと行くことが出来ない。 ツアーの目的地はナムツォと、この時期ホース・レース(競馬祭)が開催されるナクチュ( Naqu )(那曲)だった。 聖なる湖ナムツォは、ラサの北約190kmに位置する(ラサからバスで片道約5、6時間程だったが、現在は道路が舗装されたらしいので所要時間が短縮された可能性あり)。 塩湖として世界最高の標高にある(海抜4718m)。 最深部33m、東西の長さ70km、面積は1…

  • 西蔵編(22)ラサ郊外(その6)ツルプ寺

    ツルプ寺(ツルプ・ゴンパ)(楚布寺)( Tsurphu Monastery )を訪問したきっかけは一枚の写真だった。 旅人からカルマパ17世(1985~)の幼少期の頃の写真をもらい、その澄んだ眼差しをした活仏に興味を持ったのだった(後にこの写真は欲しがったチベタン(チベット人)にあげてしまった)。 カルマパ17世は、先代16世の生まれ変わり(転生活仏)として、1992年にツルプ寺で即位し、その後2000年にインドへ亡命している。※上記写真は、英語版Wkikipediaより チベット仏教カルマ・カギュ黒帽派の総本山であるツルプ寺は、ラサ(拉薩)の西約60km程に位置するトゥールン・デチェン( D…

  • おまけ(その6)本の話

    ※西蔵編(21)ラサ郊外(その5)サムイェ寺(後編)のおまけ記事 サムイェ寺で会った日本人旅行者に1冊の本を借りた(後にラサ(拉薩)で再会し返却済)。 その本のタイトルは、『プレアデス銀河の夜明け』(バーバラ・ハンド・クロウ著、高橋裕子訳、太陽出版刊)だ。※太陽出版のHPを見ると、『新装版 プレアデス銀河の夜明け』の刊行が2004年の8月となっている。 私が本を借りた時期が2004年8月上旬だった為、旧版だったのかのかもしれないし、貸してくれた方が(献本等の)特殊な形で書籍を手に入れたのかもしれない。・この本はいわゆるチャネリング系の書籍で、宇宙の高次元の存在とコンタクトを取ることにより得た情…

  • 西蔵編(21)ラサ郊外(その5)サムイェ寺(後編)

    チベット仏教ニンマ派に属するサムイェ(-)寺(サムエー寺)(サムイェ・ゴンパ)(桑那寺)( Samye Monastery )は、チベット最初の仏教僧院として有名(8世紀中期創建)。 チベット仏教建築史上最高傑作とも評される寺院は、全体が巨大な曼陀羅(マンダラ)になっており、密教の宇宙観を表している。※ニンマ派は、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ゲルク派、カギュ派、サキャ派)で、カギュ派・サキャ派と共に紅帽派・古派と呼ばれている(ゲルク派は黄帽派・新派・改革派と称される)。 中央にはウツェ(大本殿)(須弥山)、北にダワ・ラカン(月亮殿)(月)、南にニマ・ラカン(太陽殿)(太陽)が配置…

  • 西蔵編(20)ラサ郊外(その4)サムイェ寺(前編)

    ラサからサムイェ寺(サムイェ・ゴンパ)(桑那寺)( Samye Monastery )(ニンマ派)に移動する際、帰りは直通バスがあった(所要約6時間)が、行きはバス⇒船⇒バスと乗り継ぐ形となった(所要約7時間)。※ニンマ派とは、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ゲルク派、カギュ派、サキャ派)。 道中の船で写真を撮影したのでUPしたい。 遠くを見つめながら船の進路を決めていく船頭の、静かに澄んだ眼差しがとても印象的で、ヘルマン・ヘッセの著作『シッダールタ』(高橋健二訳)(新潮文庫刊)に登場する渡し守ヴァズデーヴァを思い出した(単に眩(まぶ)しかっただけかもしれない)。※以下、『シッダール…

  • おまけ(その5)メメント・モリ

    ※西蔵編(19)ラサ郊外(その3)ディグンティ寺(後編)のおまけ記事 鳥葬を見学した日の旅日記を読み返したところ、以下の記録が残っていた。(1)睡眠中に藤原新也さん(作家・写真家)の面接を受ける夢を見た旨を記している(夢の詳細は不明)(2)この日は私の祖父の命日だった (1)について 藤原新也さんは好きな作家で、その著作を愛読していた。 鳥葬を見学する前に以前読んだ『メメント・モリ』(情報センター出版局刊)を思い出したのかもしれない(『メメント・モリ』は現在、朝日新聞出版より復刊されている)※本の副題(サブ・タイトル):Mémento-Mori 死を想え※メメント・モリとはラテン語で「自分が(…

  • 西蔵編(19)ラサ郊外(その3)ディグンティ寺(後編)

    翌朝、ディグンティ寺(ディグンティ・ゴンパ)(直貢替寺)( Drigung Monasteryy )の西にある鳥葬場に向かった。 鳥葬場に着くと既に旅行者達が来ていて、更に人が増えてくる(最終的には20~30名位いたと思う)。ラサ(拉薩)からのツアー客達だ(ランクル(ランドクルーザー)で来ていた)。 しばらくするとディグンティ寺の小坊主がチケットを持っているか確認に来た。 無いと伝えるとついて来いと言う。せっかく山を登って来たのにディグンティ寺まで下りる形になったが仕方ない(ラサから持参したポテトチップの袋が気圧の低下によってパンパンに膨れあがっていたので、ここはラサ(3650m)より標高が高…

  • 西蔵編(18)ラサ郊外(その2)ディクンティ寺(前編)

    ガンデン寺(ガンデン・ゴンパ)(甘丹寺)( Ganden Monastery )のシウタン祭のタンカ(チベット仏画)開帳を見学した後、メルド・グンカル(墨竹工卡)という街に泊まった(ガンデン寺からバスで約1時間)。 翌朝メルド・グンカルで食事をした後、ラサ(拉薩)から130km程東に位置するメンバ村(門巴郷)に向かった(バスで約2時間)。 宿を決めた後、15km程離れたところにあるテルドム(徳仲(忠))温泉に行った。メルド・グンカル、メンバ村の宿にはシャワーが無かったのだが、チベットで温泉に入れると聞いて喜んで出かけることにしたのだった。 テルドム温泉は、尼寺であるテルドム寺(テルドム・ゴンパ…

  • 西蔵編(17)ラサ郊外(その1)ガンデン寺

    今回より、ラサ(拉薩)郊外を訪問した記事をUPしたいと思う。 ラサに到着してから数日後に、ガンデン寺(ガンデン・ゴンパ)(甘丹寺)( Ganden Monastery )のシウタン祭(セタン祭)のタンカ(チベット仏画)開帳を見学している。 シウタン祭は、チベット暦(陰暦)の6月15日に行われる(ショトン祭(雪頓祭)より早い)。※シウタン(セタン)とは、「シルクの仏画」の意。 ガンデン寺は15世紀にツォンカパ(ジェ・リンポチェ)(1357~1419)によって創建された。 ゲルク派(黄帽派)六大寺院の総本山、ラサ三大寺院の一つ。※ゲルク派とは、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ニンマ派、カ…

  • おまけ(その4)同調の話

    ※西蔵編(16)ラサ(その9)ラサの思い出のおまけ記事 以前に旅のブログを書いたことがあり、その時気付いたことがある。 過去の自分には同調しやすいのだ。 ブログを書く為に旅日記を読み返すことにより、過去の自分に意識を向ける。 体調が悪い時の状況を思い出した場合、現在の自分の体調も悪くなるといった感じだ(お腹を下す等)。 (楽しい時に人は笑うが、笑うことにより楽しくなることも出来る。人間の脳は様々な状況を作り出すことが可能だ。) 余談になるが、経営者の方から聞いた話を一つ紹介したい。 その方は若かりし頃独立して事業を始めた。 しばらくは業績が順調だったが、その後経営が傾いてしまったらしく、信頼関…

  • 西蔵編(16)ラサ(その9)ラサの思い出

    ラサ(拉薩( Lhasa ))での思い出について。 まずはラサ滞在中に(市内)観光した場所を列記したい。・チャムパ・ラカン バルコル(八廓街、八角街)(ジョカンの周囲をぐるりと巡る道)の内側に位置する弥勒堂。・ムル・ニンパ(木如寧巴) バルコル内側に位置する。9世紀にラルパチェン(レルパチェン)王(802~836)(吐蕃国)が創建。・マニ・ラカン バルコル内側に位置する。・アニ・ツァングン(倉姑寺)(尼寺) ラサ三大尼僧院の一つ(他は、ドゥプトプ・ラカン、チュプサン・ゴンパ)。 ここで会った尼さんの話では、104名の尼さんがいるとのこと(当時)。 尼さん達から写真撮影をせがまれた。・ギュメ・タ…

  • 西蔵編(15)ラサ(その8)ノルブリンカ

    ショト(ゥ)ン祭(雪頓祭)期間中、ノルブリンカ( Norbulingka )(羅布林卡)(世界遺産)を訪問している(「ノルブ」は宝、「リンカ」は庭園の意)。※ショト(ゥ)ン祭とはチベット最大の祭りであり、チベット語で「ヨーグルト祭り」という意味。「ショ」はヨーグルト、「トゥン」は宴・祭りの意。 「ヤルネ」という一定期間境内に閉じこもる修行の解禁日に、ヨーグルトを用意して僧侶を出迎えたのがショトン祭の起源と言われている。 チベット暦(陰暦)の6月30日の早朝にデプン寺(デプン・ゴンパ)(哲蚌寺)( Drepung Monastery )(ゲルク派(黄帽派)六大寺院、ラサ三大寺院の一つ)のタンカ(…

  • 西蔵編(14)ラサ(その7)デプン寺

    ゲルク派(黄帽派)六大寺院、ラサ(拉薩)三大寺院の一つであるデプン寺(デプン・ゴンパ)(哲蚌寺)( Drepung Monastery )には2回訪問・参拝している。※ゲルク派とは、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ニンマ派、カギュ派、サキャ派)。15世紀にツォンカパ(ジェ・リンポチェ)(1357~1419)によって開かれた学派で、戒律を重視している。戒律を守っていることを示す黄色い帽子を被っていた為、黄帽派と云われた。17世紀にチベット最大勢力となり、ダライ・ラマやパンチェン・ラマもこの学派に属する。 デプン寺は、1416年にゲルク派の開祖ツォンカパの弟子ジャムヤン・ジェチェ(139…

  • 西蔵編(13)ラサ(その6)セラ寺(後編)

    ラサ(拉薩)滞在時、運良くお祭りを見ることが出来た。 以下、セラ寺(セラ・ゴンパ)(色拉寺)( Sera Monastery )のショト(ゥ)ン祭(雪頓節)のタンカ(チベット仏画)開帳について紹介したい。 ショト(ゥ)ン祭とはチベット語で「ヨーグルト祭り」という意味。「ショ」はヨーグルト、「トゥン」は宴・祭りの意。 「ヤルネ」という一定期間境内に閉じこもる修行の解禁日に、ヨーグルトを用意して僧侶を出迎えたのがショトン祭の起源と言われている。 ショトン祭はチベット最大の祭りで、チベット暦(陰暦)の6月30日にデプン寺(デプン・ゴンパ)(哲蚌寺)( Drepung Monastery )(ゲルク派…

  • おまけ(その3)UFOの話

    ※西蔵編(12)ラサ(その5)セラ寺(中編)のおまけ記事 初めてセラ寺(セラ・ゴンパ)(色拉寺)( Sera Monastery )に参拝し、セラ寺の高僧に出会った後、宿に戻って屋上に干した洗濯物を取り込んでいた時のこと(正確な時刻を覚えていないが、15時前後(14時~16時の間)だったと思う)。 ふと空を見上げると、円型の飛行物体が移動していた。UFO(未確認飛行物体)だ。下からのアングルだったが、アダムスキー型と呼ばれるUFOの形状に良く似ていた(標高が高い土地のせいか、かなり間近に見ることができた)。 遠方では別の発光体(白色で発光)がものすごいスピードで移動しており、急ターンをしたりし…

  • 西蔵編(12)ラサ(その5)セラ寺(中編)

    セラ寺(セラ・ゴンパ)(色拉寺)( Sera Monastery )には、ラサ(拉薩( Lhasa ))滞在中、何度も訪れている。 自分がチベットで修行僧として暮らしている夢を見たことがあるが、前世というものが存在するならば、ここで修行していたことがあるような気がする。 訪れる度に何故か懐かしい気持ちになった。 そして、修行僧達は皆フレンドリーだった。 初回訪問時、どうやら問答の試験日だったらしく、セラ寺の高僧が立ち会っていた。 若かりし日の自分を見る思いだったのだろうか、修行僧達を見守る優しい眼差しが印象的だった。 私はこの日セラ寺の問答修行を初めて観たのだが、ふと広場に立っている木に手を当…

  • 西蔵編(11)ラサ(その4)セラ寺(前編)

    セラ寺(セラ・ゴンパ)(色拉寺)( Sera Monastery )は、私にとって色々な思い出があり、チベットで一番好きな寺院だ。 1419年に高僧ジャムヤン・チュジェ・サキャイェーシェー(1355~1435)によって創建され、最盛期には五千人を超える僧侶が修行に励んでいたそうだが、今は1/10以下になっている。 20世紀初頭に河口慧海(えかい)(1866~1945)(著作『チベット旅行記』)や、青木文教(1886~1956)(著作『秘密国チベット』、雪山獅子旗(チベットの旗)をデザイン)、多田等観(1890~1967)(著書『チベット滞在記』)などの日本の僧がチベット仏教を学んだという、日本…

  • 西蔵編(10)ラサ(その3)ポタラ宮

    ラサ(拉薩( Lhasa ))滞在中、何度もポタラ宮周辺を訪れている。 ポタラ宮は、高さ115m(山の高さ含む)、東西360m、南北300m、総面積41km²の巨大な宮殿。 7世紀半ば(吐藩国の時代)に、ソンツェン・ガンポ王(581?~649(650))がマルポ・リ(チベット語で「赤い山」の意)に宮殿を築いた(1649年に主要部分が完成)。 その後、ダライ・ラマ5世(1617~1682)が造営を続ける形で白宮(ポタン・カルポ)を建立、彼の死後は摂政のサンゲ・ギャンツォ(1653~1705)が紅宮(ポタン・マルポ)を造営し、1695年に完成。 東側の白宮は、ダライ・ラマの住居と政治的な執務を行う…

  • 西蔵編(9)ラサ(その2)ジョカン

    ラサ(拉薩( Lhasa ))という街の名前を聞いた時に、我々外国人が思い浮かべるのはポタラ宮だと思うが、ラサを目指すチベタン(チベット人)の巡礼者にとっての最大の目的はジョカン(トゥルナン寺)(大昭寺)巡礼だ。 7世紀中期(吐藩国の時代)に創建されたこの寺院は、遠い昔から信仰の対象として多くの参拝客で賑わった。2000年に世界遺産に登録されている。 屋上からは、ポタラ宮や周りの山々も一望出来た。 ジョカン 当時ジョカンに入るには、二つの方法があった。(1)正規入場料を払う。入場料として70元(当時のレートで約1000円)かかった(現在の料金は不明)。(2)早朝8時過ぎにチベタン(チベット人)…

  • おまけ(その2)不思議な目の話

    ※西蔵編(8)ラサ(その1)ラサで出会った旅人達のおまけ記事 ラサで出会った旅人との初対面での出来事について。 日本から来た旅行者の中で、チベット仏教・密教に詳しい方がいた。彼は日本で修行をしていたらしい。 正確な場所は忘れてしまったが、ホテルの雑談室のようなところで机を挟んで対面した際、雑談中にいつの間にか彼が変わった目つきをしているのに気付いた(片方の黒目が中央ではなく寄り目になっていた)。 目は通常左右に並んでいるが、彼の目は前後に位置しているような奥行きを感じた。目の前の私を見る目と、私の背後を見ている目が別々に存在しているような印象だ。 その目を見て不思議に思い指摘すると、「ああ」と…

  • 西蔵編(8)ラサ(その1)ラサで出会った旅人達

    ラサ(拉薩( Lhasa ))に着いて驚いたのは、想像以上に旅行者が多かったこと(今は更に近代化が進み観光客も増えていることだろう)。 タクシーに安宿街まで送ってもらった後、TASHI TRAGAY HOTEL (旅行者はタシホテルと呼んでいた)(現在は閉館?)に宿泊することにした。同じ部屋(ドミトリー)にはアジア人が多かった。 同乗のイスラエル人旅行者も同じホテル(別の部屋(欧米人の多いドミトリー))に宿泊した。 その後彼は知り合ったオーストラリア人(数年旅している40代の旅人)といつも行動を共にしていた(あたかも弟子入りしたかのように見えた)。 その旅の先達(せんだつ)は知的な雰囲気を持ち…

  • 西蔵編(7)湟中~西寧~ゴルムド~ラサ

    湟中( Huangzhong )(こうちゅう)(チベット名:ツォンカ)で1泊した後、西寧( Xining )に戻った。 格爾木( Geermu (ゴーアールムー))(ゴルムド( Golmud ))(旅行者の間では「ゴルムド」が一般的な呼び方)行きの夜行バスは18時過ぎの発車予定で、食事が出来る位の待ち時間があった為荷物を預けて街を散策することにした。 西寧駅前の郵政公寓賓館に行くと、クロークのお姉さんが先日宿泊した自分のことを覚えていてくれて荷物代を無料にしてくれた。※郵政公寓賓館:西寧駅周辺が再開発されたのか不明だが、Google Mapで見つからなかった(現在は閉館?) 西寧では特に観光地…

  • 西蔵編(6)夏河~蘭州~西寧~湟中

    夏河( Xiahe )(チベット名:サンチュ)から、バスで蘭州( Lanzhou )に戻った(所要7時間30分(行きより2時間多くかかっているが車中で寝ていた為気にならず。遅れた理由は不明)。 その後3時間程蘭州に滞在し、夕方発の列車で西寧( Xining )へ(所要4時間)。 西寧は青海省の省都で大都会だった。到着が夜の22:00頃だった為、駅前の郵政公寓賓館(西寧駅周辺が再開発されたのか不明だが、Google Mapで見つからなかった(現在は閉館?))に1泊だけして、翌日湟中( Huangzhong )(こうちゅう)(チベット名:ツォンカ)に向かった。 湟中にはゲルク派(黄帽派)六大寺院の…

  • 西蔵編(5)夏河

    夏河( Xiahe )(チベット名:サンチュ)の街は、中国の甘粛(かんしゅく)省甘南(かんなん)チベット族自治州に位置する(厳密に言うとチベット自治区ではない)。 蘭州( Lanzhou )の街は回族が多くイスラムの雰囲気を感じたが、この街は人口8万人のうちチベタン(チベット人)が8割を占める為、チベットの文化を色濃く感じる。 多くの旅人が「ここはいいところだ」と言っていたが、人も素朴でとても好きな街だ。 また、夏河はチベットの中ではアムド地方と呼ばれる地域にあたる。ダライ・ラマ14世もアムド出身だ。 ここは標高2900mの高地にあり、到着してしばらくの間は軽い頭痛と息切れがした。高山病の症状…

  • 西蔵編(4)香港~深圳~広州~成都~蘭州

    香港から深圳( Shen Zhen )(しんせん)を経て広(广)州( Guang Zhou )(こうしゅう)へ。 5年前より近代化が進み、街が明るくなった印象を受けたが、前回訪問時の印象が良くなかった(治安が悪い)為、特に観光はしておらず、事務的な用事を済ませたのみ。(1)成都行きの2等寝台(硬臥)(こうが)チケットを購入。窓口にて当日発は売り切れで翌日発も無いと言われたが、窓口の女性が気を利(き)かせて軍人優先の窓口に誘導してくれ、翌日発のチケット*1入りする場合は成都経由となる為、ここでチベット旅行者に会える可能性が高いのではないかと考えており、あわよくばカム(チベット東部)を抜けてラサに…

  • おまけ(その1)不思議な夢の話

    ※西蔵編(3)廈門~深圳~香港のおまけ記事 還暦越えの旅人と一緒に行動したのは1週間程だが、自分にとって貴重な体験だった。 彼のすごいところは、まず人間観察の鋭さである。 上海でジャズ・バーに行った時のこと。 彼は演奏を聴きながら周囲のお客達の服装・しぐさ・会話の内容までチェックを入れていて、自分なりに推理していた。彼らがどこから何の為に来ているか。どういう性格か…等々。 道行く人を眺めているだけならば、自分にも出来るかもしれないが、何かをしながら並行してそれを行うのは簡単ではない。普段から意識して訓練していないと出来ないと思う。 そして、彼の活力は半端ではなかった。肉体的には30代位をキープ…

  • 西蔵編(3)廈門~深圳~香港

    廈門( Xiamen )(アモイ)に1泊後、廈門から深圳( Shen Zhen )(しんせん)まではバスを利用した(所要7時間)。 そこから地下鉄(MTR)で香港市内へ移動。 かつて何度か訪れた懐かしい街香港には、1週間程滞在している。 香港に来た一番の目的は中国の観光ビザ(長期ビザ)を取得することだった(当時は90日の観光ビザがHK$300で取得出来た)。 また、昔旅先で出会った友人達と再会し、還暦越えの旅人を紹介している(友人達はその年齢まで旅を続けていることに驚いていた)。 上海行のフェリーから一緒だった旅の先達(せんだつ)は香港滞在4日目に雲南地方に向け旅立っていったのだが、この方はと…

  • 西蔵編(2)上海~廈門

    上海から廈門( Xiamen )(アモイ)までは夜行列車で移動した(寝台席は取れず)(所要24時間30分)。 車中にて、夏休みで帰省する高校生達と出会った。彼らは途中で下車したが、別れ際に言葉を贈ってくれた。彼らが渡した紙にはこう書いてあった。 縁是天定、份是人為 残念ながら前半部分しか理解出来なかったのだが、今回この記事を書くにあたり香港の友人に確認したところ、こういう意味らしい。 「縁は天が決めるが、それを生かすかどうかは人次第」※【份】をネットで調べたところ、日本語の【分】の意らしい。 ちなみにこういう諺もあると下記の言葉を教えてくれた。 成事在天、謀事在人 (運命は天が決めるが、人は努…

  • 西蔵編(1)神戸~上海

    記事の投稿に際し、(1)時系列に沿って書く (2)テーマを絞って書く どちらか迷ったが、(1)を選択することにした。 その為、ブログのテーマ(聖地巡礼、参拝、登拝)から脱線することもあると思われるが、ご容赦頂きたい。 (それでは以下、西蔵編です。) 中国への交通手段はフェリーを利用した。フェリーだと2泊3日かかるが、飛行機より安い。また、飛行機以外の手段で異国に渡る経験をしたかったというのもある。 日本から中国(上海)まで2社のフェリーが運航している(記事投稿時点ではコロナウィルスの影響により旅客輸送サービスの停止中)。 新鑑真(日中国際フェリー株式会社) ⇒ HPはこちら 火曜日発:神戸港ま…

  • ブログ開設のきっかけについて

    昨日のことになるが、今年観れなかった映画のことを思い出した(その経緯は割愛させて頂く)。 映画のタイトルは、『巡礼の約束』(ソンタルジャ監督)。チベット映画だ。 ※『巡礼の約束』の公式サイトはこちら 映画の公開時期(2020年2月~)とコロナウィルスの流行が重なった為、観に行くのを諦めたのだが、どうやら仮設の映画館というサイトで期間限定で配信されていたらしい(5月2日~6月30日)。※仮設の映画館の公式サイトはこちら 残念ながら配信を見逃してしまった(現時点で、DVD・BDは発売されていないようだ)。 その後、久しぶりにチベットについて思いを巡らせた。過去の記憶を辿る。 コロナウィルスの流行前…

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