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koyorin55さんのプロフィール

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ブログタイトル
小寄道
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/koyorin55
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日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。
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5回 / 24日(平均1.5回/週)

ブログ村参加:2020/08/28

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koyorin55さん
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小寄道
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koyorin55さんの新着記事

1件〜30件

  • 試詩10:寄りそってくれるもの

    寄りそってとか寄りそいながらとか今どきの言葉なんだろうかよく聞くフレーズですね新しい天皇さまも国民に寄りそいながらと決意をのべていらしゃった寄りそっていくのはたいへんなことだと思うだって片時も離れないってことちょっとの間もそばから離れないちゃんと見守っていますってことトイレのときはまあしょうがないけど僕には寄りそってくれる人がいないそれはしょうがないことだしはなからあきらめている犬だったら寄りそってくれるだろうかいっぱいご馳走をあげて散歩にも連れていきうんちやおしっこの始末もしてあげる名前はなににしようかその犬がいつも寄りそってくれる僕はもう人生の黄昏どきでひっそり息をひきとるときがちかいそんなときにもペロペロなめてくれるだろうかペロペロなめてくれたらいいでも死んでもぼくをなめていたら犬だって疲れて死んでしまう...試詩10:寄りそってくれるもの

  • 百日白(さるすべり)、過ぎ去りし夏の・・

    百日紅は、その字義を辿れば、当て字だということはわかる。江戸時代には夏の花として親しまれ、100日もの長いあいだ紅い花を咲かせることから「百日紅」と名づけられた。ものの本には、中国南部が原産で、「紫薇」(しび)という漢名で渡来したとあった。こちらの名の方が、由緒ありそうで格調高い。ご承知のとおり、和名の「さるすべり」は木肌がつるつるとして、猿でもすべるという意からきている。ただし、滑らかな樹皮の幹をもつ樹木は、調べてみるとリョウブ、ヒメシャラ、夏椿などがあって、つるつるとした幹だけを見て、あの木は「さるすべり」だと迂闊には同定できない。谷中の天王寺近くに、くねくねと曲がりながらも、艶やかな木肌の幹・枝をもつ立派な樹木がある。花の咲き方や形状をみれば「さるすべり」なのだが、小生が注目するこの木は、如何せん花の色が...百日白(さるすべり)、過ぎ去りし夏の・・

  • 善悪の彼岸へ、ウィルスのこと

    愛よりなされたことは、つねに善悪の彼岸に起る。(153)ニーチェ(新潮文庫)地球誕生からの歴史を「一年史」で譬えると、我々人類ホモ・サピエンスは、大晦日、それも最後のほんの数秒を生きているにしか過ぎない。ウィルスはといえば、新緑の美しい5月の初めごろに誕生したらしい。ウィルスは自然のなかの生物に寄生し、揺り籠の中にいるかのごとく静謐を保っていた。地球生態系の安定した、収まりのいいポジションにいたのだろう。一方、狩猟する人間は何を思ったのか、森を濫伐、開拓し、植物を利用しはじめた。そして、野生動物の一部を家畜にした。農業と畜産、林業と牧畜、漁業への分業が進み、人類はさらに繁栄した。この地球では、人類はほんの駆け出し、超・新参者だ。なのに今や、我がもの顔で地球にはびこり、自然という豊かなリソースを勝手に独占している...善悪の彼岸へ、ウィルスのこと

  • スウェーデンにみる、冷徹な死生観

    期せずして、という言い方が適当かどうか分からないが、先日のビデオニュースでは、「感染が拡大してもスウェーデンが独自のコロナ対策を貫ける理由」と題して、ゲストに元駐スウェーデン特命全権大使の渡邉芳樹氏を招き、その独自性を打ち出したバックグランドや実情、さらに日本の課題とすべきテーマなどが議論された。筆者もスウェーデンのコロナ対策について2回ほど記事を書いていて、いわゆる「この国のかたち、人のありよう」はアクチュアルな関心をもっている。【ダイジェスト】渡邉芳樹氏:感染が拡大してもスウェーデンが独自のコロナ対策を貫ける理由渡邉氏は、都合6年ほどスウェーデンに滞在したことがあるという。それほど長期間だとは思えないが、第二の故郷ともいうべき愛着のある国だそうで、現在に至ってもスウェーデンの動向に興味の尽きないご様子であっ...スウェーデンにみる、冷徹な死生観

  • 見出されてゆく「私」、そしてシノプティコン

    前回の記事でトマス・マシーセンのシノプティコン(synopticon)の概要にふれた。「多数者が少数者を見物する」という古代の「見世物」という概念(※)が、テレビなどの映像メディアを観て、パーソナルに楽しむという文化に成熟した。それが今や、ITや人工知能などのハイテク化と、光ケーブル通信に匹敵する情報量=5Gであるワイヤレス・メディアの全盛を迎えようとしている。スマホというメディアは、もはや水や空気と同等に必須のものとなりつつある。一個人として生きていくうえで、交信、購買、交通、娯楽、安全などの管理作業を束ねる生活基盤ツールだ。未確定だが量子コンピュータが実現し、一般に普及するまで、スマホの機能やアプリは今後もさらに進化していくだろう。と同時に、国家・政府がそこにガバナンス的な関与を加えることは目に見える。そう...見出されてゆく「私」、そしてシノプティコン

  • パノプティコンとシノプティコンの並立

    パノプティコンについては以前このブログでふれた。自分から言うのは気恥ずかしいが、意外にも息の長い人気記事となっている。何故なのか不思議に思っていたところ、或る高校生がコメントをくれて、教科書に「パノプティコン」が出ているからだと知らされた。→「実在するパノプティコンと監視社会」その後、自分であれこれ調べてみた。多くの高校で「見守り君」という監視カメラが設置されるようになったらしく、それが教科書掲載の事情・背景にあったのだと了解した。敏感で知的な多くの高校生が「見守り君」の胡散臭さに気づき、「パノプティコン」の何たるかを調べていたら、愚生のブログに遭遇したと思われる。『監獄の誕生』を著わしたミッシェル・フーコーは、権力が関わる「抑圧の系譜学」の大家で、「処罰から監視」への移行が、近代という歴史の節目だからこそ特徴...パノプティコンとシノプティコンの並立

  • 試詩9・「のかなあ」

    いつでも行けるところに行かないのは変わってほしくないからだいつでも見られる空を見ないのは雲に流れてほしいからだ水玉模様のワンピースを着た少女が歩いている真っ直ぐに歩かないのはじぐざくに歩くのが面白いからだあんまり暑いから面白くないだからゆらゆら歩きたいのかなあ炎天のしたのなじみふかいところに坐る懐かしさは優しさ厳しくもあるここだけは風が通る葉っぱの匂いがする数えきれない樹々のえくぼがのぞいている終わりがないもの繰り返されるもの見あげてみれば雲ひとつない空のエスキスなんて描けないそれが地球の揺らぎあるいは繰り返し大地に終わりがないというものかなあのかなあのかなあ試詩9・「のかなあ」

  • 映画『プラド美術館』を観た(&リベラ開眼)

    先日、映画『プラド美術館』を観にいった。有楽町のヒューマン・トラスト・シネマ。夕方に1回限りの吹替え版(今井翼がナレーション)を選ぶ。2,3か月前に予告編を偶然ネットで観た。映画のナビゲーターが、以前にブログで書いた「リスボンを離れて」の英俳優ジェレミー・アイアンズ。反射的にジョン・ファウルズとD.クローネンバーグを想起させる。自然体の演技で惹きつける渋い俳優だ。今回は大いに迷った末に、アイアンズの肉声を捨てた。吹替えにしたのは、まず芸術作品を集中して見ること。固有名、美術専門語の多い字幕を追うのは、老いぼれ脳&眼力にはちと辛いと分かっていたからだ。結果オーライ。J.アイアンズが画面に登場するシーンは少なく、多くがナレーション中心だった。で、今井翼の声は、意外にも舞台俳優を思わせ、響きのある低音は、趣のある良い...映画『プラド美術館』を観た(&リベラ開眼)

  • 心に響く、英捕虜百歳のことば

    東京新聞の4回に亘って連載された『死の鉄道英捕虜100歳の遺言』が、今日8月15日に終わった。第2次世界大戦中の1943年、タイとミャンマーにまたがる泰緬鉄道は、旧日本軍が4年かかると言われた難工事を1年あまりで完成させた鉄道だ。捕虜となったイギリス軍兵士や現地の人々を、酷使させたからこそ実現できた。過酷な工事で、多くの人々が犠牲になった(戦後補償の話しはきいたことがない)。そのことを題材にした映画「戦場にかける橋」はあまりにも有名で、小生の年代であったら映画のテーマ曲「クワイ川マーチ」は耳にこびりついていると思う。記事は、上記のタイトルのとおり、「死の鉄道」の建設に強制労働させられたレン・ギブソン(百歳)さんを中心に、家族や他の英捕虜らに話を聞き書きしたもので構成されている。▲8月15日東京新聞朝刊▲8月13...心に響く、英捕虜百歳のことば

  • スウェーデンにみる、マスクを認めない文化

    前回、スウェーデンにおける「失敗を認める文化」という記事を書いた。その後YouTubeを観たら、「あなたにおすすめ」の動画リストに、吉澤智也さんという方のチャンネルがあった。ストックホルム在住の方でエンジニア、地元の自動車企業に勤務なさっている。日本から転職して、家族4人で移住。奥様も日本人であるから、日本の一流企業を辞めて、スウェーデン企業に移ったということで、レアケースといえるのか(奥様は地元で正社員の保育士として働き、二人の女のお子さまがいる)。前置きはともかく、吉澤智也さんは4月当初から、スウェーデンにおける新型コロナウィルスの感染事情を定期的に動画をYouTubeに投稿していた。コロナ情勢に関しての投稿は、今のところ36本ほどあり、精力的に活動されている(自宅でリモート勤務と夏休みの活用か)。エンジニ...スウェーデンにみる、マスクを認めない文化

  • スウェーデンにみる、失敗を認める文化

    ヨーロッパでは、新型コロナウィルスの猛威はイタリアからスペインへ、そして各国へと瞬く間にひろがった。そのとき、スウェーデン一国だけが、「集団免疫」を目標として独自の戦略モデルを採択した、と伝えられた。国際メディアは驚きをもって報道したが、それは無謀な試みだと批判する声も多かったと記憶している。イギリスも当初、同じく集団免疫作戦をとったが、数日を経て変更し、他国と同様のロックダウン戦略に変更した。時機を失したか、英国首相は自ら感染したし、国内は感染爆発で多数の死者がでた。100万人あたりの死者数では、現在のところ欧州一の悲惨な結果をみたといえるだろう。スウェーデンはどうだったか。国際ニュースを普段よく見る方ならば、結果はご存じだろうと思う。結論を先にいえば、集団免疫の獲得には失敗した。多大なる犠牲をともなった、と...スウェーデンにみる、失敗を認める文化

  • マスメディアの「訊く力」を問う

    冬の時期、風邪が流行る時期になると、外出して帰宅したときはうがいをする。いつもとは限らないが、ずぼらな私でさえ心がけている。喉がいがらっぽい時は、磯仁(わけあって変名)を使う。子どもの頃からの習慣で、いかにも薬っぽい匂いと味は記憶に定着している。さて、その磯仁が大阪知事の発言によって脚光をあびた。新型コロナ対策としてきわめて有効であると記者会見を行ったそうな。で、瞬く間に商品が店頭からなくなり、知事の影響力が取り沙汰された。ところが翌日になって、「うがい薬は治療薬ではない。コロナを予防できるものではありませんが、唾液を介して人にうつすリスクを抑制し、感染拡大防止に寄与する可能性がある」として、やや勇み足だった発言の釈明会見を行った。専門家・識者から、41名ほどの症例でウィルスを除去する効果をいうのは如何なものか...マスメディアの「訊く力」を問う

  • ウィルス、その安全のプロトコル

    昨日(8/3)rakitarou氏が「コロナファシズムの行方」の第2回目の記事をアップされていた。前回の記事が6月23日に公開されたので、関連記事は約40日ぶりの執筆になる。内容としては、第1回目と基本変わらず「新型コロナ感染症に対して既定路線のみを世の中に強いる政治はファッショであると言いましたが、現行その方策は継続されているように見えます」とあるように、主張する骨子は変わらないという。むしろ、SNSやYouTube(※)などの大手ITメディアが、「WHOや政府の見解に沿わない内容は検索から排除、削除するといったファッショ化」を強めていて、「世界の中国化(共産党政権化)」が一層進んでいると憂慮されていた。現状の新型コロナ感染に関しても、前回と同様の「新規感染者と回復者」「回復率と致死率」の推移のデータを示され...ウィルス、その安全のプロトコル

  • 大暑へ、雑感その他

    漸く長い梅雨が明け、本格的な暑さがやってくる。これまで晴れ間を見ることがほとんどなく、気が滅入るほどの長梅雨が終わるなら、それは嬉しい。むしろ、大暑は待ち遠しかった。暦通りの四季の移り変わりは、農耕民でなくとも日本人ならば悦ばしく感じる。うるさい?蝉しぐれは心から待ち望んでいた。そんななか、例のあれは連日の記録更新となり、児玉先生が警鐘した通りに、震撼する経緯を辿るような気がする。最悪にならぬよう祈るしかない。政府のやることはチャランポランで、ただただ経済を減衰させたくないという欲望の原理で決められていく。それもまあ、ある種のポピュリズムの要請、資本の論理であろう。本来ならば、医療に的を絞った施策を打ち出すべきだろうが・・。世捨て人たる愚生は、ウィルス関係の本を読んだり、国際カップルのyoutubeを見たりして...大暑へ、雑感その他

  • 寛斎さんを偲び、おもうこと

    日にちをおいて書く。山本寛斎氏が亡くなられた。同日だったか、歌手弘田三枝子さんも天に召された。6歳上、2歳上で、小生より年上ではあるが同時代に生きる先輩・・。憧れ、畏敬、思慕・・複雑な感情が絡む。ただし、寛斎の服は着たこともないし、着ようと思ったことはない。派手な色づかい、斬新なフォルムは、まずふつうの日本人には着こなせない。デイヴィッド・ボウイが寛斎を抜擢し、ステージ衣装を任せたのは知っていた。そんな間柄だろうか、ボウイの日本名を寛斎が名付けたらしい。新聞のコラム欄に「出火吐暴威」と記されていて、これは知らなかった。山本寛斎らしいテイストが感じられる漢字の選択だ。残念ながらボウイのステージは生で見たことはない。映像で見るかぎりは斬新かつ華麗。時代の先を駆け、人々の想像を超えるイメージが強い。要するにカッコいい...寛斎さんを偲び、おもうこと

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