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仏教についてのひとりごと https://shawshank-blog.hatenablog.com/

歴史上の仏陀が本当は何を言いたかったのかを探求してきました。 今までの仏教の知識を白紙にして、最古層の仏典から歴史上埋もれてきた仏陀の真意を探ることにしました。 そして、仏陀が説いた法は人類の至宝だとわかりました。

ショーシャンク
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2020/06/29

1件〜100件

  • 社会というものは

    www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com id:pia222 2022-05-23 21:35:02 初めて投稿させていただきます。 以前から読み専門してまして勇気を出して投稿してみました。 「女王の教室」鳥肌がでるほど胸に突き刺さってます。 いい加減きずきなさい。人生に不安は当たり前。今を見つめなさい。全身で感じなさい。それが生きてると言うことです。 ほんとそうです。 私自身シングルマザーで日々奮闘、毎日四苦八苦してます。 ショーシャンクさんの仏陀の真意を読んで苦は色んな苦しみが あることが詳しく説明されてました。 「私という中心」ができ…

  • 女王の教室

    www.youtube.com id:okomechan7 2022-05-23 00:48:14 ショーシャンクさん、こんばんは。 お返事ありがとうございます。 また、お礼が遅くなりましてごめんなさい。 今まで、物事を決定することに対して、自分の気分が良くなるかどうかはあまり考えてこなかったと思います。 「人のため」、「チームのため」ばかり考えていたかもしれません。 「人生の時間は短いので、わずらわしい人間関係に時間を取られていたら、それだけで終わってしまう」とは、本当にその通りだと思いました。 少しずつ、自分の気分がどうなるのかということを大切にしていきたいと思います。 法律のブログも拝読…

  • 大乗仏教は分岐点にある

    やまびこ (180.146.67.75) 2022-05-22 14:09:37 ショーシャンク様 ありがとうございます。 解りやすく説明して頂きとても勉強になりました。 >無常の意味で、空を使っています そうなんですね それでしたら納得ができます「腹の虫も収まります」(笑)。 大乗仏教の空の解釈本は著者によってバラバラの解釈 それもあまりにも違いがあるので私は「屁理屈」としか思えず 腹立たしく思うところです(笑)。 私は仏教知識は無いので「釈迦の仏教」が正しく「大乗仏教」は間違っているという先入観も全く無く ただ直感で感じるそんな浅薄しか持ち合わしてない人間ですが・・ でも自分都合よくの考え…

  • 『縁起』と『空』

    やまびこ (180.146.67.75) 2022-05-17 21:36:58 ショーシャンク様 ありがとうございます。 初心者で何も解ってない私には縁起と言えば「釈迦の縁起」と「龍樹の空」との表現しか知りませんでした。 理論的にそのような分類があることを知りませんでした これから勉強したいです ありがとうございました。 余談ですが、仏教知識全く無い私ですので理論的に説明ができませんが、仏教で一番嫌いな理屈は「空の理論です」 あれだけはどうしても理解納得できません(笑) 特に現代人ではあのような屁理屈には付いていけないでしょう?。 現に「空は難解 理解するには不可能とか」 それが空に付く形容…

  • 『誰からも好かれたい』より

    id:okomechan7 2022-05-17 00:21:11 ショーシャンクさん、こんばんは。 お返事いただきありがとうございます。 自身が善人か分かりませんが、「悩みなんて無さそう」や「話しかけやすい、頼みやすい」などよく言われていましたね・・・。うつになる要素を持っていたのですね。 また、私はうつを経験してから、人から頼まれたりすること(自らの仕事以外で)に嫌悪感を覚えるようになってしまいました。 即答できること、簡単なことであれば問題ありませんが、時間をかけて調べなければわからないなと思うことであれば、「人に使われている」と感じてしまうのです。 また、そう感じてしまう自分に「うつを…

  • 十二縁起について

    十二縁起は、仏陀の理法の根本ながら、今まで解読されてきませんでした。 私は、今まで読んだ本で、納得できる解説は一つもありません。 そのほとんどが、仏典に書かれていることを無視して、自分勝手に解釈しているものばかりです。 よくある解説では、十二縁起全部が相依性だと書かれています。 縁起とはすべて相依性のことだと決めつけているからです。 しかし、相応部経典によると、識と名色の間にだけ相依性が成り立つのです。 その他は、原因と結果の一方向です。 仏典を全部無視して自分勝手に解釈することに何の意味があるのでしょうか。 それは、仏陀の説いた十二縁起では全くありません。 『仏陀の真意』には書きましたが、な…

  • 縁起という言葉を

    やまびこ (180.146.67.75) 2022-05-15 11:26:45 仏教初心者です。 いつもョーシャンク様の このページを読ませて頂き少しづつですが勉強せせて貰っています ありがとうございます。 ただ今回ちょっと思ったところを感じて初心者身分を忘れ大胆にもこうして書いてしまいました 失礼です お許しください。 >歴史上の仏陀が言った『縁起』とは、十二縁起を代表・・・・ これには そうなんだと納得するのですが、 >しかし、はるか後世になってから、『縁起』とは これ以降のところなんですが、私が読む本の多くは このような説明には出会わなかったです。 殆どの本が無常、無我であることを立証…

  • 人は何故、うつになるのか?

    id:okomechan7 2022-05-13 01:28:26 ショーシャンクさん、こんばんは。 株のブログの方で何度か質問させていただいておりましたが、本日はこちらにお邪魔させてください(^^) 「仏陀の真意」を読みました! 以前、仏教のブログで長者窮子のお話を読んで、面白い話だなと感じておりましたので、「仏陀の真意」に興味を持ちました。 とはいえ、日常では無宗教のような生活をしておりますので、これから勘違いコメントを記載するかもしれません・・・お許しください。 内容が深く、難しく感じるところもありましたが、スッタニパータなどを引用してその内容を丁寧に説明してくださっており、読み進めるこ…

  • 仏陀の理法をねじ曲げたために

    『仏陀の真意』でも書きましたが、 後世の者たちが、『縁起』という仏陀の言葉を全くねじ曲げて伝えたために、仏教は仏陀の理法とは似ても似つかないものになっていきました。 歴史上の仏陀が言った『縁起』とは、十二縁起を代表とする、苦の縁(よ)って起こる原因のことを言います。 しかし、はるか後世になってから、『縁起』とは、 『私たちはみな縁起によって生かされている。人はみな一人では生きられない。いま食べているお米は農家の人たちが苦労して作ったものだしいま着ている服も大勢の人たちのおかげでできているの。この世はすべて関係性でできている。自分は自分以外のものすべてに支えられて生きている。それが縁起。世間様の…

  • 成功者がなぜ自殺するのか

    id:mariy22 2022-05-11 23:51:05 ショーシャンクさん こんばんは。 時5月新緑の美しい季節になりましたが 今日は一人の芸人の朝起きてしりました。 どうして死に急ぐのでしょうか? 苦しむ事は生きてる証では?と色々考えさせられました。 仕事から帰ってショーシャンクさんの「仏陀の真意」を再度読み直しました。 四諦の法のなかに人の苦しみをショーシャンクさんが分かりやすく解説して下さってます。 四苦八苦、、生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦 、、確かに全てが解決です。 仏陀の真意読めば読むほど奥が深く1回目より2回目の方がより理解度は高くなりました。 困った時の私の必…

  • 今日もまた

    owl22 (60.98.32.128) 2022-05-10 21:37:34 ショーシャンクさん、こんばんは。 『仏陀の真意』を読みました。内容がとても濃くて、読んでは考えながら、気がつけば、日が経っていました。 本には付箋がいっぱいになり、本の馴染み具合も自分だけのものになってきました。 表紙はやわらかい紙なので、曲げることができ、持って読むときは、紙送りを左手でパラパラと送ったり、また右手で戻ったりと、とても読みやすいです。 やはり本になるといいですね。 手元におけるし、いつでも好きなところから読めます。 (内容の概要の白い帯紙はたたんで本にはさんでいます。) 第2章から、言葉の意味を…

  • 生きづらい人のために(株についてのひとりごとから)

    なお (122.222.3.200) 2022-05-08 19:14:03 ショーシャンク様 拙いコメントへのお返事ありがとうございます。 「本当の仲間だと認識しています」とても有難いお言葉恐縮です。 そしてとても嬉しいです! 法律についてのひとりごと のblogも拝見して、一般人では知識が無いばかりに泣き寝入りする案件多すぎますよね。 平穏に生活している私も知識者に相談したいと思ったことは何度もあります。 (納得行かないまでも解決しました。) そんなどうしようと思っている事に答えてくださる場所を作ってくれている。 弱者を助けてくださる場所。 仏教についてのひとりごと 仏陀について研究され…

  • 何かができれば

    ねこまる (180.199.38.34) 2022-05-08 22:01:25 ショーシャンクさん、こんばんは。 4月下旬に新型コロナに感染し、 療養しておりました。 無事に完治し、明日からまた仕事に復帰します。 このGWでAmazonで仏陀の真意を購入し、 読ませていただきました。 正直な感想を申し上げますと、すごく難しかったです(笑) (単に私の理解力の問題ですが汗) ただ、読み始めてすごく印象に残ったのが、2つあります。 1つ目は、最初のページ、一言目から、本題に入っていることです。強いインパクトとともに、ショーシャンクさんの溢れ出る、仏陀への思いのように感じました。 文字だけですが、…

  • 仏陀の理法を甦らせるのは

    id:KIZUNA02 2022-05-07 13:13:38 ショーシャンクさん、こんにちは。 GW中、仏陀の真意、拝読させて頂きました。 (これまで仏教、仏陀の知識が全くない私です) 目次を見た時点で、あ、これは、私にはなかなか難しい内容ではと先入観が最初はありました。 が、読み始めてみて、私でもわかる文章で安心しました。 例えば、仏陀はこの時何を言いたかったのか、その考えがわかりやすく書かれてあり、ストレートに頭に入ってきました。 おそらく私みたいな知識がない人間でも理解できるように書いて頂いているからだと思うのですが...。 読み終えて、物事の捉え方、考え方、ちょっと成長した自分がいる…

  • 私のブログ一覧

    『法律についてのひとりごと』 https://shawshank-blog.hateblo.jp/ 金銭トラブルや社会的なトラブルに関しての相談に回答したブログです。 『人生についてのひとりごと』 https://shawshank-blog.hatenablog.jp/ ヤフー掲示板『映画についてのひとりごと』を基にしたブログ。 映画や音楽、文学など芸術全般から、体にいい食べ物などの健康の話題や日常生活、そして国際情勢など、幅広く語ったブログです。 特に、国際情勢、経済情勢に対する考察が多く、最近では、日本の識者のほとんど全部が『ロシアはウクライナ侵攻などしない。脅しだけだ。』と言っていると…

  • ブログ『株についてのひとりごと』から

    なお (122.222.3.200) 2022-05-05 07:45:17 こんにちは。こちらに記載していいのか分からずですが、コメントは自動オープンにならないと思い、記載させて頂きます。 仏陀の真意拝読しました。 手元に届き、表紙のシンプルさに好みだわと思い、シンプルさ故に(勝手に)重みを感じました。 お名前に漢字一文字が私の名前と同じに勝手にうれしくなりました。 ページをめくり、フォントの大きさに安堵です。 興味あるものは多少の小ささでも進みますが、なかなかご縁のないジャンルは小さすぎるとハードル高くなりがちですのでこのフォントは大変ありがたかったです! 前置き長くなりすみません。 まず…

  • 十二縁起の胆

    ひだ (114.172.204.146) 2022-04-29 17:51:40 まだ読んでいる途中であります。 力強い文章。 今までブログ記事で読ませていただいた内容が整理されてまとめられていて、とても有難いです! 今日読んだところで一番印象に残ったのは、 「形成されたものが苦であると知らないという無明に縁って、形成しようとする衝動が起きたこと(行)」 逆にいえば、形成されたものが苦であると如実に知ることができれば、「行」を滅することができ、もはや五蘊を集起させることはない――となりますね。 「自分で探求せよ」と叱られてしまいそうですが、この本は私の仏教理解の軸になってしまいそう。 そして今…

  • 仏陀を思うと

    高原 (121.109.220.213) 2022-04-22 22:33:30 ショーシャンクさん、こんばんは。 遅くなりました。 ご出版、おめでとうございます。 ご著作「仏陀の真意」を買ったのは四月十二日でした。 書店の新刊棚をさらっと眺めてから、店員さんに書名のメモを出して取り寄せてもらえるように言うと「この本ならあります」と言われ、奥の専門書の棚から持って来ていただきました。在庫があったのに少し驚いて「この本、売れてますか?」と聞くと、二冊入荷して、ぼくの買ったのが最初だそうです。 買ってそれから二日で三分の二を読んで少し休み全部読み終わったのは数日前のことでした。 読後感は、良い本を…

  • 『仏陀の真意』から第2章『仏陀の言葉の本当の意味』の12

    『仏陀の真意』 第2章『仏陀の言葉の本当の意味』 12、天上天下唯我独尊 仏陀は生まれてすぐに七歩歩いて『天上天下唯我独尊』と言ったという伝説があります。 『天上天下唯我独尊』の意味は、長らく仏教者が悩む原因となりました。 生まれて初めて口にした言葉とされ、しかし、その意味通りに解釈すると『この世で俺だけがひとり尊い』となります。 無我を説いたと思われている仏教からは相容れない言葉なので、仏教者はその解釈に苦労し続けています。 そこで、【唯我独尊】の【我】とは大我のことで、宇宙に我とはひとつしかないと言ったという解釈が生まれました。 また、別に誰かと比べて自分が上とか言っているのではなく、自ら…

  • 天上天下唯我独尊の本当の意味

    くり (126.179.116.187) 2022-04-19 11:56:29 ショーシャンクさま おはようございます。 『仏陀の真意』、昨日、読まさせて頂きました。 久しぶりに「(著者が)いいたいことが明瞭にある本」に出合ったっていう感じでした。 ひとつづつの区切りを読み進めるごとに、わたしは「そうか。。」「そうか。。」って思わず口から小さな言葉を出していました。 仏典の引用も素晴らしかったです。 本書を読んで「苦聖諦」とよばれるものが「聖諦」とされる意味が改めて、つかめた感じがいたします。 また、仏陀が菩提樹の下で体得された「無量心」というものが、最後には大乗仏教の起こりにも自然と繋がり…

  • 『人生についてのひとりごと』から

    私の別のブログ『人生についてのひとりごと』に、『仏陀の真意』の感想を書いていただきましたので、こちらにも載せます。 マグノリア (60.77.198.126) 2022-04-18 23:11:06 ショーシャンクさん こんばんは。 『仏陀の真意』読んでみました。 「一切の形成されたものは苦である」 この一句は水を飲むように、自分の中に自然に入ってきました。 途中、ページを何度か行きつ戻りつしながらも、ショーシャンクさんの丁寧に書かれた跡を辿っていくと 整然とした道が開けていくような明るい気分になっていくのに気づきました。 いちばん最後に訳された『法華経如来寿量品自我偈』 これは父が生前いつも…

  • 有名書店さんにも

    ジュンク堂書店池袋本店さんのTwitterにあった新刊本紹介の写真です。 わざわざ面だし(面陳列)していただいています。 感激です。 店頭在庫確認リンク集 (honno.info) ⇑⇑⇑ このサイトで各書店さんの在庫が確認できます。

  • 本を出版しました

    本日(4月8日)、本を出版しました。 このブログ『仏教についてのひとりごと』にはすでに書いていましたが、 企志尚峰(きし しょうほう)という名前で『仏陀の真意』という題名です。 なぜか、小さい時からお釈迦さまや仏教に惹かれていました。 大学も仏教系の学部に行きたかったのですが、親に反対されて、法学部に進みました。 それはそれで、私のブログ『法律についてのひとりごと』に書きましたように、日常生活の役には立ったとは思いますが。 ブログ『株についてのひとりごと』にも書きましたが、私の会社が2億円もの有利子負債を抱えて倒産寸前になったとき、株ですべての借金を返済して無借金経営になろうと決意して、それを…

  • 仏教を見つめなおす時

    koboyuki (27.82.211.253) 2022-03-27 08:17:18 ショーシャンクさんこんにちは、お久しぶりです。 いよいよ発売されるのですね おめでとうございます! さっそくアマゾンでポチリさせて頂きます。それから2冊目は法華経についてですよね。 いつ頃になりますか?楽しみです。 koboyukiさん、こんばんは。 ありがとうございます。 生きているうちに、形となって残ればそれで自己満足できるということで始めましたが、何とか、形にはなりそうです。来月中旬まで生きていればですが。 最初は、一冊だけで考えていましたが、原始仏教で仏陀の真意を書いたら、どうしても大乗仏教も捉え…

  • 『仏陀の真意』第7章

    第7章 人間の真実 1、人間はみな、苦の集積に向かっている 2、長者窮子の喩え 3、台風の喩え 4、仏陀の理法の要諦

  • 『仏陀の真意』第6章

    第6章 仏教の変遷 1、仏陀はヴェーダ宗教を否定したのか 2、ヴェーダ宗教になかったもの 3、大乗仏教が興った理由 4、対立を超えて

  • 『仏陀の真意』第5章

    『仏陀の真意』第4章は、本の題名と同じ『仏陀の真意』です。 中核部分なので、後に回します。 第5章は、『仏陀の筏』です。 第5章の目次は、 第5章 仏陀の筏 1、仏陀の筏とは 2、四諦の法 3、八正道 4、十二縁起 5、三十七菩提分法(総説) 6、四念処 7、七覚支 8、五根五力 9、三十七菩提分法(まとめ) ここで詳説していますが、仏陀の理法はどれも、その順番が極めて大事です。 重要な意味があるのです。 四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七覚支、八正道の、七科三十七菩提分法のどれも、その順番でないと成り立たないのです。 四念処は、身⇒受⇒心⇒法 の順番でないと成り立たないのです。 七覚支も…

  • 刊行日

    電子書籍の発売日を4月28日から4月20日に前倒ししてもらえました。 仏陀の誕生日の4月8日を刊行日とするべくかなり急いだのですが、本来の契約では6月22日予定だったので、ずいぶんと無理を聞いていただけたようです。 紙の書籍のほうは、4月8日に刊行となりますが、その日に取次(日販やトーハンという書籍の問屋のこと)に渡すので、実際に発売されるのは、4月中旬になるようです。

  • 『仏陀の真意』第3章

    第3章『仏陀は何を悟ったのか』 この章では、菩提樹下で何を仏陀が悟ったかを書いています。 主に、中部経典『ボーディ王子経』に沿って見ていきます。 アーラーラ・カーラーマの無所有処定 ↓ ウッダカ・ラーマプッタの非想非非想処定 ↓ 止息行と断食行の苦行 ↓ 五蓋の捨断 ↓ 四禅定 ↓ 宿住智 ↓ 天眼智 ↓ 漏尽智 ↓ 成道の時の感興句 そして、ウダーナヴァルガの八句から、菩提樹下で仏陀は何を悟ったのかを解き明かします。

  • 『仏陀の真意』第2章

    4月に出版する『仏陀の真意』は、帯文にありますように、今までの仏教解釈を覆すものです。 たとえば、【第2章 仏陀の言葉の本当の意味】は、 1、諸行無常 2、一切皆苦 3、諸法無我 4、縁起 5、空 6、煩悩 7、業 8、因果 9、中道 10、渇愛 11、無記 12、天上天下唯我独尊 13、戒律 14、三宝(仏法僧) 15、解脱 という15の仏教語について、これまでの解釈とは全く違う解釈をしています。 あらゆるバイアスやフィルターを取り除いて、真摯に原始仏典に向き合えば、今までの解釈とは全く違う景色が見えてくると感じるからです。

  • うれしいことです

    くり (126.156.183.225) 2022-03-17 13:57:31 ショーシャンクさま こんにちは。 とうとう完成しましたね!! おめでとうございます。 4月中頃ですか。。 最近は書籍を購入することもなくなりましたけど、 今回は是非、購入し読ませて頂きます。 くりさん、ありがとうございます。 私が死んでから何十年か経って、一人の人でも読んでいただけたらそれで満足、という気持ちから始めましたので、私が生きているうちに読んでくださる方がおられるのはとてもうれしいことです。 目次は、 第1章 仏教への疑問ー『はじめに』にかえて 第2章 仏陀の言葉の本当の意味 第3章 仏陀は何を悟ったの…

  • カバーデザイン

    カバーデザインがほぼ決まりました。 4月出版予定です。 紙の書籍は4月中旬、電子書籍は4月28日あたりとなります。

  • 仏陀の出家の動機

    たき (114.170.251.248) 2022-01-26 14:35:16 返信遅くなってすみません! ヤージュニャヴァルキヤという人物については全く知らなかったのですが、やはり気になるのは仏陀本人は自分自身が家庭を捨てて出家をしたことについて何か触れていたのかということです。 中村元さんの本にてこよなき幸せという章がありそこで父母につかえること、妻子を愛し護ることが幸せであると書いてありました。 しかし仏陀は家を捨てています。 こちらもまた勘違いだったら申し訳ないのですが、財ある家を出て修行するのは良いこと。と言ってた記憶があります。 それらの言葉だけ切り取って単純に受け取るのではあま…

  • 仏教史の特異性

    マニカナで、oさんが、私の質問に答えてコメントをくださっているようですので、このことに関しまして、感想を書きます。 >>ショーシャンクさまのご質問になんと答えたらいいか、難しくて答えられませんでした。 要は、仏教はテクストから読んで分かるものではないということに集約されます。 法を伝えるのは聖者だと釈尊以来の伝統があります。 文献学と伝統の教えの違いは体感しました。 要は仏教と歴史的批判的文献学の解釈で、演奏者の教えと、批評家の解釈みたいなものと思います。 原典・テクストを読んで自分で解釈するというのは、プロテスタントの方法で、ルネサンスに人文主義の影響を受けてプロテスタントが伝統でなく原典に…

  • 仏陀の出家に関して

    たき (114.170.251.248) 2022-01-04 00:35:30 詳しくありがとうございます! 本が出版された暁には、是非読みたいと思っていますがブログ内で直接的に本の題名を書く予定はありますか? 過去の記事を読ませてもらってるのですが、恐らく過去に不善の思惟、善の思惟について書かれた文をうろ覚えかつ別の何かと混合してそう書いてあったと誤解してしまっていたのだと思います!申し訳ありません。 >仏陀自体、国王である父親の切なる求めに逆らって、すべての責任を放棄して、すべてを捨てたではないですか。 >妻も子も捨てたではないですか。 このことについても質問があるのですが、当時の価値観…

  • 行為(kamma)によって  世界(loka)は起こる

    たき (126.157.115.6) 2021-12-24 09:54:37 行為が人々を世界を作るというのは、大雑把に言えば世界中の人が良い心で生きていれば悪いことは起こらないということでしょうか? それならそれは即時に起こる訳ではないし、現状不可能なので理解が難しくなってしまうというように感じます。 行為が形を作るというふうに聞くと魔法のように物を作ったり天気を操作したり、良い心で生きているから起こる全てのことが自分にとってポジティブに捉えられるとか考えてしまいますが、決してそういうことではない。 という考えで良いでしょうか? また良い悪いについてですが、それはどのように判別なされるのです…

  • 勉強中の僧侶さんへ

    勉強中の僧侶 (59.133.148.58) 2021-11-30 08:56:17 はじめましてショーシャンクさん。 四念処に関してネットサーチしていたところ、 このブログを偶然発見しまして、貪るように読み込みその見識の広さ、聡明さに感嘆しております。 私は天台の僧侶で勉強中の身でありますが、スッタニパータが好きが身の回りにおらず寂しい思いをしておりました。 ショーシャンクさんの書籍が世に出ましたら是非拝読させて頂きたいと熱望しております。 ブログも全て記事を拝見しました。 今後も何度も読み返し理解を深めたいと思っております。 寒くなってきましたので、お体には気をつけてどうかご自愛ください。…

  • 来年に向けて

    来年から、やっと宗教的な生活に入ることができそうな気がします。 自費出版の原稿を一応、出版社に送ることができました。 契約では、今年末までに原稿を出して、その半年後に出版という段取りですので、今年末までに加筆や添削をしていきたいとは思いますが、一応の形にはなったので、ほっとしてます。 1冊目の完成を目指すとともに、2冊目の原稿にとりかかります。 来年からいよいよ日本は大変な状況になってくるでしょう。 中間層がごっそりと落ちていって、日本国自体が貧困国へと向かっていくでしょう。 生きづらい人はますます生きづらくなり、自殺も増えていくでしょう。 このような中、自分にできることは何だろうと考えます。…

  • 善人なお以つて往生す、いわんや悪人おや

    【法然】 善人尚以往生況悪人乎事《口伝有之》 私云。弥陀本願 以自力可離生死有方便 善人ノ為ヲコシ給ハス 哀極重悪人 無他方便輩ヲコシ給。 然菩薩賢聖 付之求往生、凡夫善人 帰此願 得往生、況罪悪凡夫 尤可憑此他力云也。 悪領解不可住邪見、譬如云為凡夫兼為聖人。能能可得心可得心。 善人なお以つて往生す、いわんや悪人おやの事《口伝これ有り》。 私に云く。弥陀の本願は、自力を以て生死を離るべき方便有る善人の為におこし給はず。 極重の悪人、他の方便無き輩を哀みておこし給ふ。 しかれば菩薩賢聖も、これ付きて往生を求む、凡夫の善人も、この願に帰して往生を得、いわんや罪悪の凡夫もっともこの他力を憑むべしと…

  • 梵天の地位

    高原 (60.153.108.172) 2021-11-11 16:46:04 ショーシャンクさん、こんにちは。 たきさんの投稿を読みながら考えていました。 たきさんの疑問における「無記」についてはショーシャンクさんのおっしゃっている通りだと思います。 スッパニパータは、「歎異抄」における唯円の役割を、弟子のアーナンダが記録しています。地獄、前世、梵天などを、あらかじめ架空だと疑って読んでは、アーナンダは見たまま、聞いたままを記録しているので、アーナンダに失礼かなとついつい思います。 梵天勧請は、我々が梵天に会ったことがないだけで、釈迦くらいの人になら、天から降りて来られて話をされたとしても別…

  • 輪廻も死後も神霊もないという者は

    たき (153.193.67.30) 2021-10-16 05:58:32 最近中村元さんの原始仏典を読んでいるのですが、ちょっとした疑問がわきました 本文にもある通り『解脱に赴かず、涅槃に赴かない』としてあえて語らないことも多かった仏陀ですが、仏典の中には地獄や前世、梵天に悪魔に竜など現在では架空とも思われていることもある事柄がたくさん出てきます。 それはどういう解釈をすれば良いのでしょうか。 梵天や悪魔などは誘惑や心象と同時に語られることから擬人化のような風にとらえていましたが、台風の中竜にくるまれ守られたとなると全くわかりません。 これらはどのように解釈していますか? 『無記』に関して…

  • 仏陀は形而上を説かなかったが

    歴史上の仏陀は、矢を抜く最上の人でした。 苦と苦の消滅のみを説いてきたのです。 仏陀は、眼耳鼻舌身意とその対象の色声香味触法を『一切』としました。 そして、 一切は無常である 一切は苦である 一切は非我である 一切は燃えている としました。 ですから、一切を厭離せよ、と言ったのです。 一切を厭離した後、何があるのか、については説きませんでした。 それを説くことは、『解脱に赴かず、涅槃に赴かない』からです。 しかし、仏陀が、一切を厭離した後の境地を説かなかった、つまり無記としたために、部派仏教は、何もない状態を理想とする灰身滅智の方向に行ってしまいました。 そのアンチテーゼとして興ったのが大乗仏…

  • キリスト教の本質を答えないと

    アラシというのは、基本、承認欲求のみで他の人のホームページなどに書き込みします。 自分の意見にしか興味がない人たちです。 ですから、自分勝手で、他人の質問にまともに答えることがありません。 その掲示板の主催者が真摯に質問した場合は誠実に答えるのが、他人のホームページに投稿する最低限のマナーです。 また、メッターという輩がマニカナで貶しの言葉を投げつけていますね。 この人の言動を見ていると、だんだんクリスチャンというものに対して不信感が生まれてきます。 いまだに井筒俊彦を石飛先生が理解してないと主張してそれに我慢ができないようです。 しかし、この、メッターというのはオリと言ったクリスチャンなわけ…

  • 一切とは

    相応部経典に『一切』が説かれたものがあります。 「それは、眼と眼に見えるもの、耳と耳に聞こえるもの、鼻と鼻ににおうもの、舌と舌に味わわれるもの、身体と身体に接触されるもの、心と心の作用、のことです。これが『一切』と呼ばれるものである。」(SN. 33.1.3) そして、他のところでは、 「比丘たちよ、眼は無常である。『すべて無常なるものは苦である。すべて苦なるものは無我である。すべて無我なるものはこれ我がものにあらず。これ我にあらず。これわが我(アートマン)にあらず。』と、このように正しき智慧をもって、あるがままにこれを見なければならぬ。比丘たちよ、耳について言うも同じである。鼻について言うも…

  • 本当の『縁起』の意味

    『縁起』ほど、歴史上の仏陀が使っていた意味とかけ離れた使い方をされている言葉は少ないでしょう。 縁起とは、それに縁って起こるもの、つまり原因のことです。 スッタニパータにこうあります。 650 生まれによってバラモンとなるのではない。生まれによってバラモンならざる者となるのでもない。行為によってバラモンなのである。行為によってバラモンならざる者なのである。651 行為によって農夫となるのである。行為によって職人となるのである。行為によって商人となるのである。行為によって傭人となるのである。652 行為によって盗賊ともなり、行為によって武士ともなるのである。行為によって司祭者ともなり、行為によっ…

  • 大乗仏教はなぜ興ったのか

    大乗仏教はなぜ興ったのか、これは仏教史上、最大の謎です。 かつての私のように、大乗仏教の国で生まれ育った人のほとんどは、あまり気にもかけないこと、謎とも思えないことでしょうけど。 しかし、仏教史が少しわかってくると、これほど不思議な現象はありません。 ゴータマ・シッダッタという偉大な教師が亡くなりました。 その教えを歪みなく後世に残すため、仏陀の死後数か月後に仏陀の肉声を聞いた500人の直弟子が集まり教えを確定しました。第一結集です。 第一結集で確定した教え、仏陀の肉声を比丘比丘尼たちはサンガで大切に伝えていきました。 それなのになぜ、いきなり第一結集によらない経典を勝手に作り出したのか、何の…

  • 筏の喩え、蛇の喩えの意味

    石飛先生が、マニカナで次のように書かれていました。私の名前が出ていることもあり、これにつき、コメントします。 ↓↓↓ ※※※※※ 私は、この「蛇喩経」について、ふつうの解釈よりもっと非常に厳しいことが言われているのではないかと思っています。以前、ショーシャンクさまと話した時、ちらっとそのことをあげてみましたが、ショーシャンクさまは何も特別な反応をされませんでした。「蛇喩経」の中で、こう言う部分があります。ブッダのことばです。=========比丘たちよ、筏の喩えは、わたしによって、渡るために説かれた法であり、執っておくために説かれたのではない。比丘たちよ、あなたたちに筏の喩えが法として説かれた…

  • 『天上天下唯我独尊』の本当の意味

    『天上天下唯我独尊』と言う言葉は、仏陀が成道してから初めて遇ったウパカに対して答えたときの偈から来ています。【われは一切勝者、一切知者である。一切の法のために縛せられず、すべてを捨てて、渇愛尽きて解脱した。みずから覚りて誰をか師といおう。われには師もない。等しい者もない。この世にはわれに比すべき者はない。ただひとりなる正等覚者にして、清く涼やかなる涅槃を得たのである。】この【この世にはわれに比すべき者はない】が【天上天下唯我独尊】の伝説になったと見ています。 片山一良訳の『聖求経』ではこうあります。 【神々をふくむ世界において 私に比肩する者はなし】 【私は世界の阿羅漢ゆえに 私は無上の師ゆえ…

  • 中心を消滅させる理法

    さて、どのような宗教であれ、その教義や体験が自我に取り込まれより強固な自我を形成することを見てきました。 私が言う『自我』とは、『私という中心がある』『守るべき中心がある』という思い込みのことです。 なぜそれがあるといけないのでしょう。 無量感でいられないからです。 中心が形成されたとたん、限定が起き、欠乏感が起きます。 無量感から離れてしまうのです。 私たちは生まれた瞬間から感覚器官によって様々なものを感受し経験します。 そのうちはっきりとした『私という中心』が形成されていきます。 この中心こそ毒矢です。 貪瞋痴という三毒が塗られています。 なぜ毒というかというと、苦しみをもたらすからです。…

  • なぜ宗教は人を腐らせるのか

    ネットでもリアルでも、ずっと感じていたことがあり、それは宗教をするとかえって人が悪くなることが多いということです。 ヤフー掲示板では、私は、株式板や映画板にいました。株の世界などは大金をやり取りする戦争であり魑魅魍魎が跋扈しているイメージが強いのですが、実際は、頭のいい人、マナーがある人、ユーモアのセンスのある人が圧倒的に多かったですね。 アラシているだけの人はごく短期間で消えていきました。結果を出し続けなければ生き残れない、頭がよくなければ生き残れない世界だからでしょう。 ヤフー掲示板がなくなる2年前に、私は自分のスレッド『仏教についてのひとりごと』を仏教板(東洋哲学板)に作りました。作る前…

  • 如来は大海のようなもの

    中部経典『火ヴァッチャ経』には、十無記について説かれています。 また、それに関連して、ヴァッチャ遍歴行者は、仏陀に『心が解脱している比丘はどこに生まれかわるのでしょうか?』と聞きます。 仏陀は答えます。 如来について述べようとする場合、色によって述べることはできますが、如来にはその色が、断たれ、根絶され、根幹を失ったターラ樹のようにされ、空無なものにされ、未来に生起しない性質のものになっています。 ヴァッチャよ、如来は、色という呼称から解脱しており、深遠、無量にして、深入し難く、あたかも大海のようなものです。 『生まれかわる』ということは相応しくありません。 『生まれかわらない』ということは相…

  • 誰にも依らず仏陀の言葉に向き合う

    たき (153.193.67.30) 2021-09-14 20:31:19 確かにそうですね。寺などに行ってちゃんと対話してみたいと思います。 しかし、仏教の教義についてここまで詳しく書いてくれるブログは本当にありがたいです。 私の中の多くの疑問に答えが出たのも事実です。 これからも拝見させてもらいます。 ありがとうございます。 そう言っていただければ、このブログに書くことがほんの少しでも誰かの役に立っていると思えてうれしくなります。 もちろん、自己満足に過ぎませんが。 まあ、自分でもかなり奇抜で風変わりなことばかり書いているなと言う気になることもあります。 ただ、仏教の定説とされていたこと…

  • tathagata とは

    有名な毒矢の喩えが出てくる仏典が『小マールキヤ経』です。 そこで『十無記』も出てきます。 その中の4つは、tathagata が死後も存在するかどうかという問いです。 tathagata は死後存続する tathagata は死後存在しない tathagata は死後存在し、また存在しない tathagata は死後存在しないし、また存在しないのでもない tathagata は普通に訳すと、如来のことです。 ところが、片山一良の註では、 tathagata とは、有情(satta)のことである、とあります。 しかし、それはないでしょう。 有情(satta)であれば、死後存続することは、仏陀が繰…

  • こういう考えをする者がいるというだけです

    たき (153.193.67.30) 2021-09-12 12:38:00 丁寧にありがとうございます。無記に失礼しました。 有であれ無であれ認識それが記憶の束になり、自己同化が成されるという認識であっているのでしょうか? しかしそれではどちらでもない、無記という認識もまた記憶の束になってしまうと感じてしまいます。 私は瞑想中、そのようなことが思えてきたらそれは知らない、わからないとし、私でなく私のものでなくこれは私の我ではないと念じます。 基本的にこのブログとサティパッターナ・スッタを元に瞑想していますが、正しい道でしょうか? また正見解、八正道についてですがそれがスタートするまで、上記の…

  • 業=kamma とは、思い

    業=kamma とは、身・口・意の行為 のことです。 身・口・意の3つの業を、それぞれ、身業、口業、意業と言います。 この3つの業は、思業と思已業に分けられます。 思業とは思いが内にあって外に現われてないものであり、意業のことです。 思已業とは、思いが外に現われたもので、身業と口業がそれに当てはまります。 つまり、身業も口業も意業も、思いのことなのです。 内にある思いか、外に出た思いか、の違いだけです。 身体の行為も、口から出る行為(言葉)も、思いが外に現れたもので、思いの一種なのです。 仏教は、このように、思いこそ行為=kammaと考えているのです。 少なくとも、思いがkammaの基盤である…

  • 無記は無ではない

    たき (153.193.67.30) 2021-09-10 13:50:05 >自我の洞察、自我の成り立ちを洞察することなしには、自我の滅はあり得ないのです。 自我の滅とは、『私という中心がある』という思い込みを滅することです。 『私という中心がある』という思い込みを滅するには、自我がどのように出来上がったかを洞察する以外には不可能で す。 これはつまり、今私が自分と思っている、認識してる自分は我(仮でそう呼びます)に対してこびりついたこれまでの経験や記憶ということでしょうか? そしてそれを解き明かし、解放されることで我になるのでしょうか? それとも我というもの自体もないのでしょうか? それな…

  • 肉体が美しいという幻想

    くり (58.188.137.2) 2021-09-07 21:55:16 ショーシャンクさま こんばんは。 ショーシャンクさまのmoha(痴・迷妄)に関するお話、恐ろしくお聞きしました。 身の毛もよだつていう感じですが、仰るようにこれがわたしたちの住んでいる現実社会の姿ですよね。 同時に感じましたのは、ショーシャンクさまが そのように具体的に描写される時の力づよさです。このようにとてもネガティブなことを書き連ねても決して虚無感が漂わない! やはり、ブッダの智慧の光で物事を見てられる方なのだなぁっていう思いが強くいたしました。 >mohaを消滅させるには、顛倒した見解から180度転回し『正見解…

  • moha(痴・迷妄)の怖ろしさ

    くり (58.189.38.141) 2021-09-05 21:39:43 ショーシャンクさま こんばんは。 >ragaに対しては、四諦、つまり苦を見ることが最も効果があるように思えます。 >愛着する対象に縛られることが苦であると本当に見たときに、依存から脱することができます。 ここですよね。 簡潔な言葉の中に、ショーシャンクさまの深い洞察を経た叡智を見ることができます。 そして四諦を発せられたお釈迦様の心はほんとうに自由で何の覆うものも無かったということですよね。 「空をとぶ鳥に跡なきごとし」 九三 ひともし漏(まよい)すでに尽き 食(かて)において箸(とらわれ)なし その心境(おもい)は…

  • 今の仏教にないもの

    たき (153.193.67.30) 2021-09-05 08:00:43 ありがとうございます! 大変勉強になります。 最近法事がありお坊さんとお話しする機会がありました。 彼は海外に行ってボランティアをしたり、児童養護施設のようなものを作っていると言ってました。 それは良いことだと思ったのですが、それと同時にもう歳だしそれが面倒だ、でも仕事だから仕方ないとも言ってました。 私はお坊さんが全員善人だと思っていませんでしたがいざ目の当たりにすると何故だろうと思いました。 仏教の教えに従って仏教に帰依し、葬式で般若心経を読み遺族の悲しみに触れてきたはずの方がそのような行いを義務や仕事としてやっ…

  • 不善の法と善法

    くり (58.188.173.251) 2021-09-04 19:43:57 たきさまの質問と、ショーシャンクさまのお答えに感謝申し上げます。頭の中がスッキリしました!! くりさん、おはようございます。 不善の法の捨離は、仏陀の教えの最初に来るものです。 それでは、善法とは何でしょうか。 善法とは面白いことにほとんどの場合、不善の法をしないことなのです。 例えば、こんな言葉があります。 もろもろの不善の思惟とは何か。 欲の思惟、怒りの思惟、害意の思惟です。 それでは、もろもろの善の思惟とは何か。 欲のない思惟、怒りのない思惟、害意のない思惟です。 (サマナムンディカ経) ただ、別の経典で、d…

  • 禅の話

    とある禅愛好者 (182.165.187.188) 2021-09-03 08:56:07 >禅愛好者とのことですが、それであれば、数多くの禅者を近くで見ることも多いでしょう。 >はっきりいって『あれ?』と思うようなことはありませんか? >普通の人より人格が低劣だな、とか。 私は、先に次のように書いていますよ。 「2021-09-01 瞑想と人格」の記事についての私のコメントです ーーーーーーーーーーーーーーーーー 座禅における神秘体験は、魔境といって切り捨てるものと聞いています。 神仏と会ったというのは妄想なんだそうです。 しかし名僧・高僧の悟り体験を読むと、悟り体験は凄いものだという話が多…

  • 不善の法

    たき (153.193.67.30) 2021-09-03 08:57:54 不善の法とはなんでしょうか? 不善の法とは、kamma=身口意の行為 のうち、智慧を弱め、心を縛り、蓋をして解脱涅槃という自由な境地から離れさせる、そして後に苦果をもたらすもの、ということです。 貪・瞋・痴の三毒や、五蓋、 五下分結、 五上分結などの煩悩も含まれますし、妄語・両舌・悪口・綺語などの口業も含まれます。もちろん、殺生や邪淫も入ります。 また、不善の法は貪欲として憂いとして感官から流れ込むとされます。 眼・耳・鼻・舌・身・意の感官を防護しないで住むならば、もろもろの悪しき不善の法が、貪欲として、憂いとして流…

  • 気をつけたいこと

    最近の事件、硫酸事件や東京の女子高生殺人事件などを見ると、これからはますます気をつけなくてはいけない時代に日本は入ってきたな、という感想です。 2年前から言っていることですが、これから日本の凋落が鮮明になってきます。 水素立国になるという復活策はワンチャン残されていますがかなり可能性は低く、それ以外では、日本の凋落は確定的です。これからよくなる要素が一つもないからです。 1億総中流と言っていた時代ははるか昔です。 ボリュームゾーンであった中間層がごっそり転落していきます。 なにせ、日本は非正規雇用者の割合が先進国で断トツの国です。すでに3分の1も非正規雇用になっています。 終身雇用制はすでに幻…

  • 自我の膨張

    とある禅愛好者 (182.165.187.188) 2021-09-01 20:52:14 座禅における神秘体験は、魔境といって切り捨てるものと聞いています。 神仏と会ったというのは妄想なんだそうです。 しかし名僧・高僧の悟り体験を読むと、悟り体験は凄いものだという話が多いように思います。だから悟りを開いた俺様は、凄いだという感じです。 ともすれば新興宗教の教祖と似たりよったりです。 ここが私にはよくわかりません。 >弟子玄明を破門追放するのはまだわかりますが(破門追放は厳しすぎるとは思いますが)、その弟子が座っていた床を叩き壊すというのはどうでしょうか。 小池心叟老師がインドに行った時のこと…

  • 労働禁止の理由

    >>農作業が修行であると考えるのが、禅では? >>だから禅では、農業に専念できるはずです。 これは百丈から始まった考えです。 それまでは、仏陀の戒律を守っていたために、出家者は農作業はしませんでした。 農作業を座禅修行をしないときに作務として行なうことは可能でしょう。 その作務も仏道だという考えに百丈がしたのですから、それはそれでいいでしょう。 しかし、それであっても、あくまでも、禅僧である限り、メインは座禅修行です。 そこを外してしまったら、農作業が修行だと言って農作業だけして悟れるはずです。 座禅修行の片手間に農作業を作務としてするのと、 農業ですべての生活費をまかなおうとする、つまり農業…

  • 菜食はジャイナ教から

    >>もっとも、ある意味では釈尊もいい加減だったので、厳格に考える必要はないと思っています。 >>肉は、自分のために殺したのがわかっていれば受け取らないし食べないというのだったでしょうか? 道元の寄進もそんな感じかもしれません。 釈尊がいい加減とはどういう根拠でしょうか。 肉を食べたからですか? そもそも、もともとバラモン教(ヒンドゥー教の前身)も仏教も菜食主義ではありません。 バラモン教は、儀式に牛などを生け贄にしていましたが、それをみんなで食べていましたよ。その頃には牛は食べられていたようです。 仏陀も、お布施していただいた食べ物は選り好みせず食べることが原則です。 ただ、自分のためにわざわ…

  • 首座が喜んだ理由

    とある禅愛好者 (182.165.187.188) 2021-09-01 20:09:57 比丘の 労働に関する考察 井 上 綾 瀬 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/62/2/62_KJ00009296628/_pdf/-char/en 上記の流し読みですが、報酬を得る労働は原則禁止だったんですね。 知りませんでした。 また布施が全く無い仏教は難しいですね。 ただ出家前の技術を活かすことはできますし、最初は素人でもある程度はできるようになるとは思います。それでも完全なる自給自足は難しいですね。 ただそれゆえ禅寺は、結果的に貧乏を売りにするところ…

  • 史実なら

    みのり (118.1.16.135) 2021-09-01 18:35:49 ショーシャンクさん、こんにちは。 コメント失礼します。 >道元の玄明追放の逸話が、道元を貶すために作られたでっち上げの可能性を思われたのでしょう。 石飛先生がどう思われているか、は私には分かりかねますし、その点は置いておいて私自身の考えで書きます。 私はその逸話については知っていました。 私たちの師はこれほどに厳格で素晴らしい方であった、というどちらかというと師を誇りに思うからこそ記録として残したのだと私は考えます。 そうした行動が本当にあったものなのか創作なのかは誰にも現代となっては解りかねるものではあるとも思いま…

  • 瞑想と人格

    ずっと前に、道元の玄明追放について触れたのは(今回その記事を誰かが蒸し返してきましたが)、自分だけの金儲けに奔走している人たちより、宗教に関わっている人たちの方が人格が悪いことが多いからです。 前にも書きましたように、ヤフー掲示板でもそうでしたし、実社会でもそう思います。 口でいくら悟りすませたようなことを言っても書いても、やはりそれが本当にその人の全人格に顕われているものかどうかが最も重要な視点だと思っています。 仏教の究極は『捨』=upekkha です。 私を含めすべての迷いの衆生たちは、感覚で何かに触れたら、それまで溜め込んできた記憶の束=自我が反応してしまいます。 これがあるために、精…

  • 仏教における布施、寄進

    道元の玄明追放の話が出たので、この機会に、仏教における布施、寄進について、つまり経済的な側面について書いておきます。 道元は、執権北条時頼からの寄進状を持って帰った首座の玄明を破門、追放し、玄明が坐っていた床を壊し、その床の下の土を7尺(2m10cm)掘って捨てました。 仏陀はどうだったでしょうか。 そもそも仏教はその最初から、出家者は、在家者の布施によって食べていくシステムだったのです。 仏陀は、自ら食べるものは、午前中に家を一軒一軒回って、お布施してもらうのが基本でした。これを托鉢と言います。 ですから、仏教教団が成り立つのは、都市部郊外、集落の近くです。都市部の真ん中では瞑想には騒がしい…

  • 資料の良し悪し?

    石飛先生が私について書かれていました。 ショーシャンクさまにとっては、思い込みではなくて、記された事実、(すなわち、歴史上の仏陀が何をしたのか、に類するもの)として、取り上げられているのだと思います。逸話だから、記された事実として、それを取り上げるのは自由ということだろうと思います。ただ、そこにはその事実(?)を取りあげるその人の意図は、ほとんど言及されていません。なぜなら=====ショーシャンクさまのブログ■歴史上のブッダがほんとうは何を言ったかを知りたいだけです例えば、キリスト教ではそのようなことは起きません。何故かと言うと、四福音書は確定しているからです。======と書いてあって、資料…

  • 道元の玄明追放の典拠

    マニカナで、春間さんが私のこのブログについて 『道元についても、道元の行ないについての解釈は勝手な思い込みに拠っている。』 と書いていたので、このブログに道元のことを書いたかな?と思って検索してみると、ずっと前に玄明追放のことを書いていました。 それで、『今でもそう思っています』とこのブログに書きました。 そうすると、マニカナに > 道元の逸話にこういうことがあります。そのようなことはありませんが、そのようなことがあった と あなたは “ 解釈されて 作り出された逸話 ” を 解釈する ( ことを重ねる ) 七尺 他の人に 掘らせたと いう 記述は ありますか ? などと書いていました。 玄明…

  • 仏陀によって解答されてないものは解答されないものとして受け止める

    箭喩経の毒矢の喩えを話しているときに 仏陀が言った『私によって解答されてないものは解答されないものとして受け止めなさい』という言葉は、 『私によって語られなかったものは、語られなかったものと憶持しなさい』と訳してはいけないと言ったのは、 『憶持』という言葉が、心の中に記憶として留めていつも思い返すように受持すること、という意味だと思ったからです。 むしろ、仏陀が回答しなかったものは、受持することなく心の中から捨て去って、全くなくしてしまうことを言っていると思ったからです。 解答しなかったのは何故かと言うと、その回答が、離貪に赴かず、解脱に赴かず、涅槃に赴かないからです。 むしろ、解脱の邪魔にな…

  • 歴史上の仏陀が本当は何を言ったかを知りたいだけです

    遠佐さん、私は最初から今までこう言っています。 私は、歴史上の仏陀は本当は何を言ったのか、を探求しているのだ、と。 例えば、キリスト教ではそのようなことは起きません。 何故かと言うと、四福音書は確定しているからです。 イエス・キリストが言った言葉は誰にもすぐわかります。 しかし、仏教はそうではありません。 仏教も、第一結集で、歴史上の仏陀の肉声を確定させたのですが、それを文字にすることはありませんでした。 そして、何百年も経ってから、歴史上の仏陀に会ったこともない人たちが、『如是我聞』と言って膨大な経典を作り始めました。 そのすべてが、仏陀の肉声として中国、日本に伝来したのです。 これも何度も…

  • 道元の、これはどうでしょう

    春間さんがコメントくれたので、マニカナ見たら、私のブログについて話しているようですね。 『道元につても 、道元の行いについての解釈 は 勝手な思い込みに拠っている』 と書いてありました(笑) 私はあまり道元については書いていませんが、調べるとずっと昔に書いていましたね。 よく、このブログを熟読してますね。 このブログはあまり役に立たないですよ。 私のブログで一番役に立つのは 法律についてのひとりごと (hateblo.jp) です。 道元の行いについて書いたところを調べると、下のように書いています。 ↓↓↓ 身心脱落と言った道元は本当に自由な境地に至ったのでしょうか。 道元の逸話にこういうこと…

  • 行為(kamma)によって世界(loka)も人々(paja)も起こる

    中部経典『ヴァーセッタ経』にこうあります。 生まれによってバラモンとならず 生まれによって非バラモンとならず 行為(kamma)によってバラモンとなり 行為(kamma)によって非バラモンとなる 行為(kamma)によって農民となり 行為(kamma)によって職人となる 行為(kamma)によって商人となり 行為(kamma)によって雇用者となる 行為(kamma)によって盗賊となり 行為(kamma)によって戦士となる 行為(kamma)によって司祭者となり 行為(kamma)によって国王となる このようにこの行為(kamma)を あるがままに見る賢者らは 縁起をよく見る者であり 行為(ka…

  • 仏陀が悟った法とは何か

    成道したときに仏陀は『私が悟ったこの法は実に深遠で、見難く、理解しがたい。人々は、執着を楽しみ、執着を喜び、執着に歓喜している。説いたとしても、疲れるだけ、私に悩みとなるだけであろう』と思って、説こうとしませんでした。 そこで、梵天勧請が行なわれます。 さて、『私が悟ったこの法』とは何でしょうか。 その時の言葉の中に『この道理は、すなわち、この縁となるもの、縁起というものは見難い』とあることから、縁起の法だと考えられています。 それも、十二縁起ではなく、『すべての存在は他のすべてに縁起している。(だから無自性で実体がなく空である)』という法を覚ったのだと、特に大乗仏教の人は思いがちです。 本当…

  • 文献学が悪?

    文献学とは何でしょうか。 例えば、どこかから古文書が出てきたとき、その古文書がかかれている紙などの材料を科学的に分析していつの時代のものかを特定する方法は文献学ではありません。 文献学とは言語から成る文章から、その文章がいつ書かれたものかなどを特定させ、その時代の言語の意味などからその文章の内容を探るものと私は思っています。 例えば、『おかし』または『おかしい』の現代的な意味は、笑うほど変だ、となりますが、平安時代であれば、趣があるという意味になるでしょう。 新しい紙に書いてあったからと言って、書かれていた文章が現代のものとは限りません。 古い時代でも写本によって伝えられており、その文章が最初…

  • 禅定至上主義が間違っている理由

    仏陀の禅定と今の仏教の禅定は全く違います。 何が違うのでしょうか。 仏陀は、 不善の法を捨離⇒五蓋の捨断⇒喜⇒軽安⇒禅定⇒三明⇒解脱 と進んだのです。 これは連続的な一連の流れです。 まず、不善の法の捨離が行なわれます。 そして、五蓋の捨断に進みます。 このようにして、心の中から不善の法を取り除いていくと 喜が生じます。 そして、身体も心も軽くなり安定します。軽安です。 身体も心も軽くなり安定すると、自然に定に入ります。 第一禅から第四禅まで進みます。禅定です。 第四禅まで至った比丘は、身体を清浄で純白な心によって満たし坐ります。(大アッサプラ経) このようにして、心が安定し、清浄となり、純白…

  • アラシについての考察

    ネットの掲示板には必ずアラシと呼ばれる輩がいます。 マナーなく掲示板を荒らすから、アラシと呼ばれます。 自分よがりの多投稿、連続投稿がその特徴です。 自分の主張ばかりして相手の話を聞かない、 対話ができない、というのもアラシの最大の特徴と言えます。 私は、ヤフー掲示板の株式板や映画板にいました。 最初は株式板の個別銘柄掲示板に投稿していましたが、私が投稿した瞬間にその銘柄がストップ高になるなどあまりにも影響が大きくなりすぎたので、自分のスレッドを作り、主にそこだけに投稿するスタイルになりました。 株式板でも映画板でも、わたしのスレッドには数多くの投稿者が集いましたが、不思議なことに、マナーがな…

  • 善法を増大させる見解(ditthi)を持つべき

    仏陀は、見解(ditthi)を持たないように説いた、と解釈する人がいるようですが、全く違います。 ditthi =見解 という言葉は、それだけだと、邪見解、悪見解という意味になることが多いので、『ditthiを持たない』という箇所もあるかもしれませんが、その場合の『ditthi』は明らかに邪見解という意味です。 仏陀はこう言います。 見の獲得(ditthi-patilabha)に従う者に、もろもろの不善法が減退し、もろもろの善法が増大するならば、そのような見の獲得(ditthi-patilabha)には従うべきです。 (従不従経) 仏陀の説くことは一貫しています。 不善法がなくなり善法が増大す…

  • 五蓋の本当の意味

    『五蓋』とは、貪・瞋・惛眠・掉悔・疑 の五つの煩悩です。 仏典では、『慧を弱める心の付随煩悩』と説かれます。(六浄経など) 貪とは、貪欲のことです。 瞋とは、悪意や怒り、憎しみのことです。 惛眠とは、惛沈と睡眠の2つからなります。沈鬱と眠気のことです。 掉悔とは、掉挙と悪作の2つからなります。心の浮つきと後悔のことです。 疑とは、疑い、もろもろの善法に対する疑惑のことをいいます。 根本的な煩悩に、貪(raga)・瞋(dosa)・痴(moha)の三毒があります。 ragaは貪欲。 dosaは嫌悪。 ⅿohaは迷妄。です。 五蓋の貪はragaから、瞋と惛眠はdosaから、疑はmohaから来ています…

  • 八正道は正定で終わりではなかった

    中部経典『大四十経』を読んでいたら、すごいことが書いてありました。 次の言葉です。 正見の者には正思惟が生じます。 正思惟の者には正語が生じます。 正語の者には正業が生じます。 正業の者には正命が生じます。 正命の者には正精進が生じます。 正精進の者には正念が生じます。 正念の者には正定が生じます。 正定の者には正智が生じます。 正智の者には正解脱が生じます。 このように、 八の部分をそなえた者は有学の実践者となり 十の部分をそなえた者は阿羅漢になります。 正智を慧とすれば、 五根・五力の 信⇒精進⇒念⇒定⇒慧 と重なります。 八正道が正定で終わっているのが、不思議に思っていたのですが、やはり…

  • 七つなのになぜ五蓋?

    『五蓋』とは、貪・瞋・惛眠・掉悔・疑の五つの煩悩のことですが、 このうち、惛眠は、惛沈と睡眠 の2つです。 掉悔は、掉挙と悪作 の2つです。 つまり、五蓋は、貪・瞋・惛沈・睡眠・掉挙・悪作・疑の七つなのです。 しかも、掉挙と悪作の掉挙とは心の浮つきのことで、悪作とは後悔のことです。 普通に考えて、心の浮つきと後悔とは全く違うものです。 それを掉悔と一つにまとめています。 何故でしょうか。 これは、wikiを見たのではわかりません。自らの瞑想が必要となります。 分かる人はいるでしょうか。 『五蓋』というのは煩悩のことですが、仏教において極めて重要な語です。 なぜかというと、 仏陀は、 不善の法を…

  • sati とは『記憶』『憶念』

    中部経典『サーマガーマ経』において、片山一良は 『sati-vinaya』を『記憶による裁断』と訳しています。 『重罪である波羅夷を犯したことを憶えていますか?』にたいし 『憶えていません』と答えた場合に、『よく知りなさい』と追求します。 ですから、ここにおけるsatiは、記憶の意味なのです。 『スッタニパータ 435』の中村元の註でも、 スッタニパータ434 が、 『苦行(食物を制することを含む)の結果として、【念いが確立する sati .... titthati】と説くのは、ウパニシャドの【食物が清浄なときに本性の清浄がある。本性の清浄なるときに、記憶(念い smrti =satiの梵語)…

  • 無限であること、無量であること

    中部経典『不動適応経』にこうあります。 私は広い、大なる心によって住み、意によって確立し、世界を征服してはどうであろうか。 私が広い、大なる心によって住み、意によって確立し、世界を征服するならば、悪しき不善の意が、貪欲としても瞋恚としても憤激としても生じないからである。 またそれらを捨断すれば、私の心は無限となり、無量となり、よく修習されたものになるであろう。 この仏陀の言葉からもわかるように、不善の法や煩悩を捨断すれば、心は無限に、無量になる、ということです。 煩悩とは、不善の法とは、無限であり無量である心を、覆い被せ、限定しているものだということです。

  • 中部経典『行生経』

    仏陀は、中部経典『行生経』において、生まれかわりたい者に生まれかわるための方法を説いています。 例えば、『どうか、私は、身体が滅ぶと、バラモン大富豪の仲間に生まれかわることができますように』という願いを叶えるための行法です。 つまり、仏陀は、現在の想い=kammaによって、未来の身体、環境を形作ることが出来ると考えていたのです。 色界の想いから、無色界の想いまで説き進めます。 非想非非想処までは、それぞれの境涯、例えば非想非非想処天などに生まれ変わります。 そして、最後、煩悩の滅尽、煩悩の解脱、慧による解脱に至ったときは、『この比丘はいかなるところにも生まれかわることがありません』と説きます。…

  • 感じたままに言いますと

    『私の意識』『私の霊魂』『私の前世』『私の来世』という迷宮に入り込んでいる限り、すべての理論、すべての言説、すべての回答は、ただ、私という中心に付加され記憶の束のひとつになっていくだけです。 『私という中心』の成り立ち、欺瞞性を徹見しない限り、知識の束のひとつとして、中心を形作っていくだけです。 中心の成り立ちを洞察していくことによってのみ、中心を消滅させることが出来るでしょう。私はまだ中心を消滅させているわけではなく、自我の成り立ちを洞察していく過程にあります。 死後の世界や輪廻転生は極めて微妙なもので、これは各々が瞑想により、いまある潜在的形成力を感じ取っていき、その形成力が次々と未来の(…

  • 形成力だけが残る

    遠佐 (126.77.139.124) 2021-08-13 14:00:49 肉体が破れ死んだとしても、kammaによる形成力は五蘊を集めます、と仰いますが、具体的には色は焼かれて灰と骨になります。 他はどうなるのでしょう。 私という中心は固定して残るのですか。 kammaはどうして残るのですか。 その理由がわかりません。 もっと詳しくお願いいたします。 kamma は、身・口・意 の行為です。 身業・口業・意業です。 このうち、意業は、思業といって、意思の内的活動、想い、です。 身業と口業は、思已業といって、想いが外に表われたものです。 つまり、kamma とは、想いのことなのです。 この…

  • 自我の成り立ちの洞察なしには

    ひだ (114.172.204.146) 2021-08-11 17:40:26 横レスになってしまい申し訳ありません。 まさに十二縁起を明快に説いてくださいました。ありがとうございます。 感謝の気持ちを表したく、コメントしました。 ひださん、ありがとうございます。 私は、仏陀の真意は、三明から解き明かすべきという結論に達しました。 仏陀は、 不善の法を捨離⇒五蓋の捨断⇒四禅定⇒三明 と進み、解脱します。 三明の最後、四諦の法を観ずることによって、煩悩の滅に至ります。 これが漏尽智です。 これにより、仏陀は成道します。 そして7日間、解脱の楽しみに浸ります。 7日後、過去生のあり方から導いた十…

  • 何が輪廻転生するのか

    遠佐 (126.77.139.124) 2021-08-11 11:14:44 ショーシャンクさん 輪廻転生について教えてください。 ショーシャンクさんは釈迦が非常に明快に説いているとおっしゃいます。 釈迦はこう言う。仏陀は迷いの自我が死後、天や地獄に行き、輪廻転生する、と。 本当ですか。 迷いの自我が遠佐だとしましょう。 では遠佐は死後転生して地獄か、天国にいきますか。 地獄か、天国に行って、そこでも遠佐なのですか。 そうしたら、常住論になりませんか。五蘊が解体したら、他に遠佐として地獄か天国に行くものがあるのですか。 何もないなら、断滅ですよね。 よくわかりません。 遠佐はどうなるのか、教…

  • 遠佐さんへの回答

    半年前の2月13日にこのブログに書いた、下の文章に関して、遠佐さんからコメントがありましたので、このコメントと回答をこちらに載せておきます。 ⬇⬇⬇ 2021.2.13 龍樹以降の釈迦? マニカナでの春間さんの投稿に驚きました。 ↓↓↓ > 龍樹がいなくても釈迦は釈迦。龍樹がいなければ、 龍樹以降の 釈迦はいない> 龍樹がいなくても仏典は仏典。龍樹以降の 仏典はない ↑↑↑ 何ですか、これは? 『龍樹以降の釈迦』?? 何を馬鹿なことを言っているんでしょう。 龍樹の500年前に釈尊は入滅しています。 しかし、ここに春間さんの本音が出ていますね。 春間さんが、『釈迦』というとき、龍樹仏教に脚色され…

  • 備忘録(71経~)

    中部経典第71経『三明ヴァッチャ経』 仏陀が、自分自身で『一切知者、一切見者というべきではなく、三明者と言うべきである』と語ります。 また、アージーヴァカ(邪命外道)という運命決定論者、自由意思がないという考えの派では、一人を除き天に行ったものはいないと説きます。その一人も、業論者になり作用論者になってから死んだので天に行けたということです。 中部経典第72経『火ヴァッチャ経』 十無記が出てきます。 『世界は永遠か』『世界は永遠でないか』(時間的に無限か否か) 『世界は有限か』『世界は無限か』(空間的に無限か否か) 『霊魂と肉体は同じか』『霊魂と肉体は異なるか』 『タターガタは死後存在する』『…

  • 仏陀の真意としての仏教

    大乗仏教一辺倒の日本に生まれ育った私が、それまでの仏教知識を白紙にして、『歴史上の仏陀は本当は何を言いたかったのだろう』ということを探求してきました。 一時は大乗仏教の全否定まで行きましたが、大般涅槃経(パーリ涅槃経)の記述から、原始仏教と大乗仏教が繋がりました。 仏陀の死後500年も経って、なぜ第一結集によらない経典を創作していったのか、サンガから追い出され、迫害を受けてもなぜあのように膨大な経典が生み出されていったのか、どうしても解けない謎でした。 仏陀の教えが歪められて伝わることを怖れた直弟子たちは、仏陀の死後直後(2,3ヶ月後)第一結集において仏陀が本当に言った言葉かどうかを判別し、仏…

  • 慧解脱と心解脱

    マニカナでの、石飛先生との、『筏の喩え』に関しての議論とそれに付随しての慧解脱に関しての対話が終了しました。 ただ、終わった後に、私が書いた『慧解脱は、四諦という仏陀の理法を洞察することによる解脱です。ところが、禅は、黙照禅にしても公案禅にしても、四諦を瞑想することはありません。仏陀の理法を瞑想することはありません。禅定至上主義です。ですから、禅は心解脱だと思っています。』という文章に対するコメントがあったので、考えを書いておきます。 基本的に、慧解脱や心解脱というのは、大乗仏教にはないと思います。 『禅は心解脱だと思っています』と書きましたが、慧解脱ではないという意味で、本当には心解脱でもな…

  • 備忘録(68経~)

    中部経典第68経『ナラカパーナ経』 出家した善家の息子たちがなすべきこと。 五蓋(欲貪、怒り、沈鬱眠気、浮つき後悔、疑い)という不善の法を離れ 不善の法を離れた喜と楽(第一禅・第二禅)に、そしてそれより寂静なる第三禅・第四禅に到達すべきである。 次に、阿羅漢果、不還果(化生者)、一来果、預流果の授記が説かれる。 中部経典第69経『ゴーリヤー二経』 森に住むゴーリヤー二比丘が僧団に住むことになったとき、その心得を舎利仏が説いたもの。 1,仲間を尊敬すること 2,座のマナー 3,行儀作法 4,早すぎて村に入らず、昼を過ぎて村に入らない 5,食前や食後に家庭を訪ねない 6,浮つきと動揺をしない 7,…

  • 備忘録(65経~)

    しばらく休んでいましたが、原稿のためにもう一度備忘録を作り始めます。 時間がないので大急ぎでしないと間に合いません。 中部経典第65『バッダリー経』 一時食を拒否したバッダリー比丘の話です。 一時食は、無病、息災であることを仏陀は説きます。 これは、驚くべきことに、今になってやっと、一日に一食だけ食事することの健康効果がわかりつつあります。ほんの数年前までは、とんでもない説でした。 朝食、昼食、夕食と一日三食食べなければ身体に悪いというのが常識でしたし、夷までも、そのように言う医者が大部分です。 しかし、一日一食は確かに健康効果がすごいかもしれません。仏陀恐るべしです。 この経でも、 四禅⇒三…

  • 見性について

    高原 (126.66.155.7) 2021-06-13 19:58:24 ショーシャンクさん、こんばんわ。 見性について書かせていただきます。 見性(けんしょう)とは辞書で調べると「自己に本来備わっている本性を見極めること」とありますが、この説明は間違っていると思います。 もっと壮絶で尊厳なもと思います。 ①(見性体験)とは神秘体験です。「得も言われぬ歓喜」と言われていますが、紹介されてるガーディナー大佐の場合、彼は様々な悪癖から逃れられず、特に淫欲淫楽に浸る生活をしていて「この罪悪に対する一切の欲望と性癖とは、あたかも乳幼児になったかのごとく、除かれてしまった。この誘惑は今日まで戻らずじま…

  • 最も大事な部分

    高原 (126.66.155.7) 2021-06-05 12:16:24 ショーシャンクさん、こんにちは。 「整えられた自己」という言い方、それが非我だということも理解出来ています。 「実体があるか、ないか」については今でもよく分かりません。 ずっと自分という実体を感じてきているだけに、佐々木閑先生が、実体はないと言われた時は少し「本当に?」と違和を感じました。 「整えられた自分」は「非我」とは言え、その時点は実体であるし、ショーシャンクさんが言われたように「実体」は「ある」とも「ない」とも断見してはいけないのではないかと。 こないだお話してた「見性」のことを書こうと思いパソコンを開くと、そ…

  • 台風に喩えると

    人間存在を台風に喩えると、太陽の灼熱が無明です。 灼熱によって生じる水蒸気が渇愛です。 水蒸気が渦を巻いて上昇していき暴風となったものが業力です。 台風の怖ろしい風力によって海の景色は一変します。 業力も、私たちの環境を形作っていっています。 台風には台風の目と言われる中心があります。 人間存在には『私という中心』があります。 灼熱による水蒸気が発生している限り、台風はなくなりません。 人間存在も、無明による渇愛がなくならない限り、存続します。 無明や渇愛を滅して入滅すれば、もう五蘊を集めることはないでしょうけど、そのように解脱していない人がほとんどなので、また五蘊を集めることとなります。 こ…

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