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ブログタイトル
パリ街歩き
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/lilas00526
ブログ紹介文
2019年の夏に、夫と二人でパリの街を気の向くままに歩きました。その街歩きの様子を綴ってみようと思います。
更新頻度(1年)

44回 / 79日(平均3.9回/週)

ブログ村参加:2020/04/19

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ハンドル名
リラさん
ブログタイトル
パリ街歩き
更新頻度
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パリ街歩き

リラさんの新着記事

1件〜30件

  • 奇跡のメダイユ教会

    皆様、パリにある「奇跡のメダイユ教会」ってご存知ですか。メダイユとは英語でいうメダルのこと。この教会で販売されている「奇跡のメダイユ」を求めて、世界中から観光客がやって来ます。特に女性に人気のようですね。それでは「奇跡のメダイユ」とはいったい何なのでしょう。1830年にこの教会の修道女カタリナ・ラブレがマリア様から「人々の為に心を込めてメダイユを作りなさい」というお告げを受け、作ったメダイユをパリでコレラが流行した際に人々に配ったところ、コレラが終息したという言い伝えがあり、このことからメダイユを手にした人に奇跡が起こる、幸福が訪れると言われる様になり、「奇跡のメダイユ」が世界中で有名になったそうです。「奇跡のメダイユ教会」はメトロ12号線セーブル・バビロンで下車すると、老舗デパートのボン・マルシェが見えて来て...奇跡のメダイユ教会

  • アンヴァリッド

    アンヴァリッドはナポレオンの墓所として知られていますが、黄金のドームを頂くこの建物、重厚壮麗で美しいですね。ガイドブックによるとフランス古典様式とバロック様式が見事に調和した宗教建築の傑作と言われているそうです。<アンヴァリッド>ナポレオンの棺はこの黄金のドームの真下の地下に安置されていましたが、想像以上に大きく驚きました。死後パリに帰還を許された彼の為、ヴィスコンティの設計で1842年から9年がかりでこの地下聖堂が造られたそうです。下の写真の様に緑色花崗岩の台座に乗った赤色大理石の棺でナポレオンンはこの中に6重の棺に入れられて眠っているのだそうです。<ナポレオンの棺>棺の真上は黄金のドームの内側になっています。天井画が見事でした。<天井画>ドーム教会の祭壇です。絢爛豪華でした。ドーム教会から中庭方面へ歩いてい...アンヴァリッド

  • シャン・ド・マルス公園

    エッフェル塔の展望台を降りた後、塔真下のシャン・ド・マルス公園を散策しながらアンバリッドに向かいました。シャン・ド・マルスとは軍神の園という意味らしいですが、公園のエッフェル塔とは反対側にナポレオンが卒業した陸軍士官学校があるので、そう呼ばれているのでしょう。真夏の真昼でしたが、爽やかな風が吹き渡る気持ちの良い日だったからか、公園内でお弁当を広げているグループもチラホラいましたね。この時期の日本だと公園でピクニックなんて考えられませんが。また、19世紀末から20世紀にかけて5回のパリ万博が開かれたそうですが、ここはそのパリ万博の舞台としてパリ近代化の歴史を見続けてきた公園でもあるようです。<シャン・ド・マルス公園><陸軍士官学校>その年によって違いはあるでしょうが、旅行中(2019年7月27日~8月9日)に感じ...シャン・ド・マルス公園

  • エッフェル塔

    世界中から親しまれ、その名を知らない人はいないパリのモニュメント、エッフェル塔に上りました。15年程前に娘と来た時に一回上ったことがありますが、その時は3月末頃だったので、今回と違い待ち時間も少なく割合楽に上れた気がします。今回は9時ちょっと前にエッフェル塔の真下に行ってみると、チケット売り場に既にぐるぐると長蛇の列が出来ていて、これは半日仕事だなという感じでした。第3展望台までのチケットを買って、辛抱強く待っていると1時間半位で順番が来て、エレベーターでまず第1展望台に上りました。真夏の明るいパリの景色が目に入ってきた時は、嬉しくてちょっと興奮しましたね(^-^)下の写真は第1展望台から撮ったもので、エッフェル塔斜め下辺りにあるセーヌ川真ん中に浮かぶ「白鳥の小径」が写っています。「白鳥の小径」には3つの橋が架...エッフェル塔

  • ロワール地方の古城めぐり ~クロ・リュセ城~

    古城めぐりの最後はレオナルド・ダ・ビンチが67年の生涯の最後の3年間を過ごしたクロ・リュセ城でした。イタリア人のレオナルド・ダ・ビンチは時のフランス王、フランソワ一世に招かれて、彼の居城アンポワーズ城近くのクロ・リュセ城を王から与えられ、1516年から亡くなる1519までの3年間をここで過ごしました。クロ・リュセ城は「クルーの館」とも呼ばれていますが、こんな外観でした。煉瓦と白い石灰岩の組合せが美しいですね。<クロ・リュセ城>室内に入るとダ・ビンチの寝室が保存され、彼が寝たベッドが展示されていましたが、とても500年の時を経た物とは思えない程、頑丈で立派でした。もちろんベッド周りのカーテンなどは現代の物だと思われますが、ベッドの木枠の保存状態も良く、造形もきれいで驚きました。ここはダ・ビンチがお客様を向かえた大...ロワール地方の古城めぐり~クロ・リュセ城~

  • ロワール地方の古城めぐり ~シュノンソー城~

    シャンボール城から洞窟レストランに寄り昼食の後、シュノンソー城を見学しました。このお城は代々の城主が女性だったことから「6人の奥方の城」などと呼ばれています。なかでもアンリ二世の妃カトリーヌ・ド・メディシスと愛妾ディアーヌ・ポワティエとの確執はよく知られていますね。バスを降りると下の写真の様な木々に囲まれた道が続きました。木々が途切れてパッと明るくなったところでお城が見えてきました。<シュノンソー城>お城の周りには美しく手入れされたお庭が見えていましたが、それを見ることなくお城の中に入り幾つかの部屋を見学しました。下はディアーヌ・ポワティエの部屋の暖炉とベッドです。暖炉上には、今は皮肉にもカトリーヌ・メディシスの肖像画が掲げられていました。<暖炉上のカトリーヌ・メディシスの肖像画>下はフランソワ一世の部屋の見事...ロワール地方の古城めぐり~シュノンソー城~

  • ロワール地方の古城めぐり ~シャンボール城~

    パリ滞在も後半に入りましたが、この日はオプショナル旅行に参加してロワール地方の古城を巡りました。ロワール地方はフランスのほぼ中央部に位置しフランスの庭園とも呼ばれ、ここを流れているロワール川の流域には多くのお城が点在しています。私達はその中のシャンボール城、シュノンソー城、ダビンチが生涯の最後の3年を過ごしたクロ・リュセ城を見学しました。早朝にパリを出発しましたが、30分もすると田園風景が広がりはじめ、2時間程でロワール地方に入りました。最初に見学したのがシャンボール城です。<シャンボール城>当時はどうだったかは分かりませんが、現在のシャンポール城は周りに何もない見通しのよい平坦地に立っていました。そしてお城正面に向かって右側の道からお城の中に入りました。16世紀初頃フランス王フランソワ一世が狩猟の館として、こ...ロワール地方の古城めぐり~シャンボール城~

  • ルーブル美術館

    いよいよ美術鑑賞のスタートです。まず混雑するところから先に見学しようと、「モナリザ」のあるドノン翼2Fに向かおうとしましたが、ルーブルはこの夏は改装中で、「モナリザ」はリシュリュー翼3Fに移動しているというのを、この時初めて知りました。リシュリュー翼3Fには今回のルーブル見学で楽しみにしている、ルーベンスの24枚の連作「マリード・メディシスの生涯」が展示されているルーベンスのギャラリーがあり、その部屋に[モナリザ」が移動していなければいいけれど、と思いながら表示に沿って歩くと、はたして「モナリザ」はその部屋に展示されていたのです。これには驚きました。「モナリザ」はこんな感じで、低い白い背景のガラスケースに入れられて展示されていました。そして近くにいる係員に早く次に移動する様に促され、落ち着いて鑑賞することも出来...ルーブル美術館

  • ルーブル美術館への入り方

    ルーブル美術館館への入り方は幾つかあるようですが、私達はメトロのパレ・ロワイヤル・ミュゼ・ルーブル駅で下車し、ショッピング街のカルーゼル・デュ・ルーブルを経て入りました。こんな感じです。メトロ駅で下車し下の様な表示がある出口から出てカルーゼル・デュ・ルーブルというショッピング街に向かいました。このショッピング街にはブティックやギフトショップ、書店、カフェ、フードコートなどがありとても賑わっています。旅行者には便利な所で、私達もルーブル入館前にここのフードコートで昼食をとりました。<地下鉄出口表示>↓<通路を通ってショッピング街へ>↓<ショッピング街のカルーゼル・デュ・ルーブル>ショッピング街を通って、逆さピラミッドのあるルーブル美術館入口に向かいます。↓下の写真の黒いゲートが、ショッピング街を経由してルーブル美...ルーブル美術館への入り方

  • 夏は個人でのルーブル美術館入館は予約制

    夏休みで世界中から見学者が殺到する時期だった為かどうかは分りませんが、ミュージアムパスを用意して8月5日に見学を予定していたルーブル美術館が、個人での入館は現在予約制になっているので、予約をしていないと入館できませんと、突然言われたのはパリに着いた7月27日のことでした。日本で旅行を申し込む時はそんな話はまったく聞いていなかったので、着いた日にこの事を旅行社のパリデスクの方から聞いた時はホントに驚きました。パリでルーブルの予約をするには、どうしたらいいのかまったく分らないので途方にくれましたが、翌日旅行社のデスクに行き、日本で旅行を申し込む時は予約制になっているなんて聞いていないので、何とかしてほしいと泣き付くと、普通は個人の予約は受け付けていないのだけれどと言いながら、私のスマホで予約を取ってくれ、予約票をプ...夏は個人でのルーブル美術館入館は予約制

  • パリ生まれの白い陶器の店「アスティエ・ド・ヴィラット」

    ムフタ―ル通りを散策した帰りに、夫と別れて一人でサン・トノレ通り東端にある、パリ生まれの白い陶器の店「アスティエ・ド・ヴィラッド」に寄りました。アスティエの商品はすべて手作りで、パリ郊外の黒い土に白い釉薬をかけて作った陶器が特徴です。狭い間口のショップでしたが、奥はかなりありました。手作りなので微妙に一枚一枚違っていて、選ぶのに結構時間がかかりましたが、子供達へのお土産や自分用、プレゼント用にデザインの違う6枚の白いお皿を買い求めました。このショップには日本人の店員さんがおられ、「日本の方ですか?」と声をかけられました。どうして私を日本人と思ったのですかとお尋ねすると、貴方くらいの年配で一人で入って来る人は、まず日本人と思って間違いありません。中国人、韓国人は若い人以外は、殆ど一人では入って来ませんとのことで、...パリ生まれの白い陶器の店「アスティエ・ド・ヴィラット」

  • ムフタ―ル通り

    ムフタ―ル通りは古代ローマ時代からある通りで、パリを紹介する番組などによく出てきます。この通りは噴水のあるコントスカルプ広場辺りから始まるようで、広々とした広場ではありませんが、周りには沢山のカフェやレストランが軒を連ね、噴水の周りのベンチには大勢の人々が憩っていて、中にはギターなどを弾ている人もいましたね。近くにソルボンヌ大学があるためか、学生らしき人も多く非常に活気がある広場でした。<コントスカルプ広場>ムフタ―ル通りは5~600mの長さの通りで、道幅が広い通りではありませんが道の両側にはびっしり小さなお店がひしめき、やはりカフェやレストランなど食べ物関係のお店が多かったですね。<パリの道路標示板><ムフタ―ル通り><ムフタ―ル通り>こんなお店もありましたよ。日本食店らしいですが、店主が日本人かどうかは入っ...ムフタ―ル通り

  • サン・ルイ島

    サン・ルイ島を東西に走るメイン通りのサン・ルイ・アン・リル通り(メイン通りにしては狭い通りですが)を通って島の西端にあるアイスクリームの名店ベルティヨンに行ってみました。サン・ルイ島は観光客もある程度はいましたが、静かな所だなという印象を持ちました。それはシテ島と違って行政機関や観光名所が無く、高級住宅地という場所柄だからでしょうね。<マリー橋から見たサン・ルイ島><サン・ルイ・アン・リル通り>ベルティヨンのアイスクリームを濃厚なお味と表現する人が多い様ですが、フランボワーズ味を初めて食した時、甘味が割合少なくスッキリしたお味だな~と思いました。個々の感じ方の違いは大きい様ですね。<アイスクリームのベルティヨン>アイスクリームを食しながらサン・ルイ橋からシテ島を見ると4月に火災にあったノートルダム寺院の後陣が見...サン・ルイ島

  • モネの庭

    この日の午前中はオプショナル旅行に参加して、ジヴェルニーにあるモネの庭や家を見学しました。ジヴェルニーはセーヌ川沿いをパリから西へ80㎞位のところにあり、バスで行くと1時間ちょっとかかりました。パリを出て30分もすると写真の様な田園風景が広がり、フランスが農業国だと実感できましたね。ジヴェルニーは町というより村の雰囲気でした。<ジヴェルニー>最初にお庭から見学しましたが、モネの庭には花の庭と水の庭があり、私が想像していたよりずっと大掛かりなものでした。花の庭は母屋の前に作られ、母屋の2Fからはさえぎるものなく、この広大とも言える花の庭を眺めることが出来るようになっていました。また水の庭は道路を挟んだその向う側にありました。この水の庭も、日本で言う庭に池があるという様な規模ではなく、橋が幾つもかかり川から水を引き...モネの庭

  • レ・ピュブリック広場

    地下鉄レピュブリック駅は5路線が交わる交通の要所で、ここで下車し地上に上がるとレ・ピュブリック広場に出ます。日本語では共和国広場と訳されますね。この広場に来たのは初めてですが、予想以上に広い広場でした。スケートボードやローラースケートや楽器を楽しんでいる人がいたり、またダンスパフォーマンスをやっているグループの周りには大勢の人々が集まったりの平和な広場の風景でした。この広場には写真の様にフランスを象徴する女性像のマリアンヌ像が立っています。<レ・ピュブリック広場>ガイドブックによると、このマリアンヌ像は古代ローマやギリシャでは解放された奴隷がかぶっていたとされる自由の象徴のフリジア帽をかぶり、右手にはオリーブの枝を持っています。また台座にはフランスの歴史が刻まれています。<マリアンヌ像>私がこの広場に関心を持つ...レ・ピュブリック広場

  • バスチーユ広場からメルシーへ

    マレー地区を散策しているとバスチーユ広場に出ました。この広場は1789年7月14日、この地にあったバスチーユ監獄が市民の襲撃によって陥落し、フランス革命の火ぶたが切られた場所です。広場中央には写真の様に「7月の円柱」が建っていて、この円柱はそれから約40年後の1830年の7月革命の犠牲者を祀ったもので、円柱の頂には新しいフランスを象徴する自由の天使像が立っています。<7月の円柱>バスチーユ広場はその様な歴史を秘めた場所ですが、現在はメトロの3つの路線が交わる交通の要所であり、広さはそんなにありませんが、多くの人々が行き交い周りにはお洒落なショップやカフェなどもあり、又下町の雰囲気も色濃く残る賑やかな場所になっています。バスチーユ広場からメトロでレ・ピュブリック広場まで行くつもりにしていましたが、ふと思いついて途...バスチーユ広場からメルシーへ

  • マレー地区散策(2)

    しばらく歩くと、ポンピドーセンターに出ました。ここの5F、6Fが国立近代美術館になっています。6Fに展示されているはずのシャガールの「杯をかかげる二人の肖像」を見るのを楽しみにしていたのですが、どうしたことかこの時は展示がなかったようです。どうしてでしょうね~。どこかに貸し出しているのでしょうか?目的の絵を見ることが出来なくてがっかりでしたが、一息入れた後、またまたマレー地区を散策していると、こんな通りに出ました。おそらくユダヤ人街のロジェ通りだと思いますが、狭い道の両側に緑が多く、一般的なパリの通りとは、ちょっと趣が違っていました。この通りに、ファラフェルのお店があったのでこれを買って帰り、白ワインやその他のちょっとしたお惣菜と共にこの日の夕食としました。旅行中のこんな部屋食もなかなかいいものですネ。2個買い...マレー地区散策(2)

  • マレー地区散策(1)

    マレー地区には幾つかの壮麗な貴族の館がありますが、私達が見学を予定していたところは2カ所とも修復中で中に入れませんでした。秋の観光シーズンに備えて、夏は修復中の建物が多いそうですね。<マレー地区の街並み><マレー地区の街並み>又、マレー地区は小さなショップなども多いところです。最初に行ったオリーブ専門店の「ア・ロリヴィエ」は、バカンス中で閉店ですと張り紙が出ていました。個人経営のお店はバカンスのこの時期は閉店のことが多いようです。オリーブオイルのハンドクリームをここで買うつもりだったので残念でした。<オリーブ専門店「ア・ロリヴィエ」>小路が縦横に走るマレ―地区を南北に貫く目抜き通りのヴィエイユ・デュ・タンプル通りを散策したり、ちょっと脇道に入ったりしていると紅茶専門店の「マリアージュ・フレール」が目にとまりまし...マレー地区散策(1)

  • パリ市庁舎

    パリ滞在6日目のこの日はマレー地区を散策し、その北にあるレ・ピュブリック広場などに行ってみました。まずパリ市庁舎から街歩きを始めました。美しいですね、まるでお城か宮殿のよう。その昔は何だったのか調べてみると、前の市庁舎が火災で焼失して1882年に再建された建物だそうで、焼失を免れた基礎の上に建てられているのだそうです。壁には多くの彫像が据えつけられていて威厳と風格がありました。<パリ市庁舎>市庁舎前の広場は以前来た冬は、アイススケートリンクになっていましたが、今回は砂を運び込んでビーチバレーコートが出来ていました。パリ市も市民の為に色々なことをやっておられる様ですね。市庁舎のリヴォリ通り側にはランデヴー観光案内所があります。ここで念の為にメトロ路線図をもう一部ゲットしました。又、ちょっとしたお土産なども置いてあ...パリ市庁舎

  • パリでのちょっとした話

    今回はパリでのちょっとした話を書いてみましょう。【ちょっと怖かった話】ある日の朝9時頃でしたが、ホテルから歩いて2、3分の場所にあるチェイルリー庭園に一人で行ってみました。夫はホテルでゆっくりしたいとのことで一緒ではありませんでした。真夏の朝9時ですから庭園にはもう大勢の観光客や地元の方々が来られて、思い思いに寛いでおられました。<チェイルリー庭園>私も気持のよい風が吹き渡る池の周りのベンチに腰掛けてしばらく過ごした後、来た時と同じ様にリヴォリ通り側の出入口から出ようとした時、アンケート用紙の様な物を携えた若いフランス人女性が私に近づいて来たのです。アンケート詐欺がはやっているので注意する様に旅行社から言われていたのを思い出し、相手にせず通り過ぎようとしたその瞬間、周りにいた観光客に見えた同じようなフランス人の...パリでのちょっとした話

  • ディナークルーズ

    セーヌ川ディナークルーズに参加しました。クルーズ船の出発場所はエッフェル塔に近いイエナ橋のたもとで、船は時間がくると音もなく静かに岸を離れ、ゆっくりしたスピードで進み始めました。クルーズ出発後しばらくは、外が明るかったので、クルーズ仲間とのパリの情報交換などおしゃべりが弾みましたが、だんだん外が薄暗くなって来ると、街のイルミが浮かび上がって来て、いつの間にか夜になりイルミが輝きだし、セーヌ川に周りの建物の明かりが写り、昼間の街と一変しました。今までお喋りしていたお仲間も、みんな引き付けられる様に外を見ています。セーヌ川沿いを夜歩くと、クルーズ中の遊覧船が何台も見えますが、船の中から見る街の美しさは格別ですね。落ち着いたエレガントな船内でフレンチのコース料理をいただきながら、またルーブルやオルセー美術館などのイル...ディナークルーズ

  • バカラ美術館

    16区のバカラ美術館に行こうと9号線イエナ駅で下車すると、目の前に東洋美術のギメ美術館が見えました。ここには敦煌文書が展示されているはずなので入りたいなと思いながらも、目指すバカラ美術館へ急ぎました。<ギメ美術館>イエナ大通りを凱旋門方面に向かうと、合衆国広場という長方形をした芝生の広場があり、その広場の前に赤地にバカラのロゴが入った幕が掲げられた建物があり、ここがバカラ美術館でした。<バカラ美術館>中に入ると2Fが美術館になっていて、30分位で見学できる小さな美術館でした。クリスタルグラスは明るい自然光より人工の光を当てた方が映えるらしく、室内は暗かったですね。展示品は比較的大きな物の部屋と小さな物に分かれていました。階段や踊り場にはクリスタルグラスのシャンデリアがいくつも展示されていましたが、どれも非常に繊...バカラ美術館

  • 前回の記事の顛末

    在フランス日本大使館というタイトルの記事を前回書きましたが、この記事をupした後、在フランス日本大使館のHPってどんなのかな?と思いヤフー検索で調べてみました。そしたらなんと少し前にupした私の記事「在フランス日本大使館~」という記事が1枚目に出ているではありませんか、これには驚きました。驚くと共に何だか嬉しかったですけれどネ(^-^)それから一日経った昨日、ヤフー検索で出て来る自分の記事をもう一回見ようと思いましたが、もう私の記事は削除されていました。この時、前日にヤフー検索が私の記事タイトルの「在フランス日本大使館」という言葉に反応して、この記事を自動的に拾ったのだろうと思いあたりました。しかし、一つ一つの記事を検証する人(そんな人がいればの話ですが)から見ると、記事内容に非常識な部分があったり、可能性は非...前回の記事の顛末

  • 在フランス日本大使館

    在フランス日本大使館はモンソー公園の近くにありますが、折角モンソー公園まで来ているので、ここにも行ってみることにしました。この辺りはほとんどが石造りの建物なので、日本大使館も石造りのクラッシック建築だと思っていましたが、行ってみると意外にも前面ガラス張りの現代建築でした。建物に近づくと、大柄な黒人男性のガードマンというのでしょうか、そんな人が一人、入口のすぐ外に立っていて、私が少し離れた所から日本大使館の写真を撮ろうとしていたら、「撮るな!」と言い絶対に撮らせてくれません。その上、「帰れ、帰れ」という感じの身振りをするんですよ。中に入ろうとしたのではなく、建物の外観の写真を撮るだけなのに何故だめなのか、不思議ですよね。軍事施設などであればわかりますが。海外で自身に重大な緊急事態が発生した時には、自国の大使館に駆...在フランス日本大使館

  • モンソー公園

    アレクサンドル三世橋を渡った後、メトロを乗り継いでモンソー公園に行ってみました。これはメトロ2号線モンソー駅の入り口ですが、パリのメトロ入り口のデザインは何種類かある様です。この入口はギマールがデザインしたアールヌーボーの装飾が美しい線を描いています。モンソー公園の入り口。何だかお城の門のようですね。<モンソー公園入口>平日でしたが大勢の人々が公園に来ておられました。ここにもメリーゴーランドが。パリにはメリーゴーランドが多いですね、ホントに。こんな遺跡のミニチュアーもありましたよ。この公園は元々はオルレアン公爵の宮殿敷地内の庭園で、上の写真の遺跡のミニチュアーもその当時のものではないでしょうかね~。この後、モンソー公園隣にあるニッシム・カモンド美術館にも行く予定でしたが、時間の都合で行けませんでした。今、考える...モンソー公園

  • アレクサンドル三世橋

    プチ・パレ横にあるアレクサンドル三世橋に行ってみました。パリに来るといつも、「この橋を渡りたいな~」という気持ちになり、必ず渡るんですよね(^-^)それはやはりパリ一美しい橋と言われているからでしょうね、きっと。片側2車線と広い歩道、橋には見えませんが橋です(笑)。<アレクサンドル三世橋>橋の両側の先端4か所にはペガサスと女神の金色の彫像が乗った高い柱、橋の手すりには重厚なライト、美しいですね。向うにアンバリッドも見えています。1900年のパリ万博の時に架けられたこの美しい橋には、1893年締結の仏露同盟にちなんでロシア皇帝の名が付けられていますが、典型的な19世紀末の様式で土台には鋼鉄が用いられているそうです。私達が訪れたこの時も、四隅の高い柱の上に美しい金色の彫刻が夏の陽に輝いていたので、最近金箔の張替など...アレクサンドル三世橋

  • プチ・パレ

    今まで前を通りながら、「お洒落な建物だな~」、「どうも美術館らしい」、「中はどうなっているのかな~」などと思いながら通り過ぎるだけだったプチ・パレに初めて足を踏み入れました!<プチ・パレ>ガイドブックによるとプチ・パレは1900年のパリ万博の為に建てられ、その時はフランス美術の展示会場だった様ですが、今はパリ市立プチ・パレ美術館として一般公開されているのだとか。中に入ると入場料は無料でした。まず、玄関ホールのドームを頂く高い天井、自然光がふりそそぐ大きな窓など建物の壮麗さに驚きましたね。まさに「プチ・パレ」の名の通り小さな宮殿です。<玄関ホール>展示品はクールベ、モネ、マネなどの18~19世紀の絵画、エミール、ガレなどの装飾美術、ローマ時代から近代までの彫刻など多岐にわたっているようでした。<展示室><展示室>...プチ・パレ

  • エリゼ宮(大統領官邸)

    大統領官邸のエリゼ宮に行く為に、凱旋門駅からメトロ1号線に乗ってシャンゼリゼ・クレマンソー駅で下車し地上に出ると、周りは緑地帯というか緑豊かで人通りの少ない静かな場所ですが、所々に銃をもった警察官、婦人警官が目立たない様に立っていて、通りを通る人に目を光らせていました。なので何となく写真を撮るのも憚られる雰囲気が漂っています。この緑地帯をセーヌ川と反対方向にしばらく歩くと、フォブール・サン・トノレ通りに出ます。エリゼ宮入口はこの通りに面していますが、下の写真の様に銃を持った警察官と警察車両が通りの入り口の両側を塞いでいて一般車両は近づけません。当然ですが非常に厳重な警戒でした。私はフォーブル・サン・トノレ通りの歩道を歩いてエリゼ宮入口前まで行き、下の写真を撮りました。歩通を歩く人に対しては、上の写真の様に歩道に...エリゼ宮(大統領官邸)

  • 凱旋門 

    今回はパリ滞在5日目のことを記事にしてみましょう。この日に廻った場所のメモを今みると、短い時間で結構色々行ったんだな~と驚きますね。この日は夜8時からのディナークルーズを予約していたので、6時過ぎにはホテルに戻っていたはずなので、どんな廻り方をしたのでしょうね~。数ヶ月前のことなのに、遠い昔の出来事の様に感じられるのが不思議です。巡った場所を順に書くと、凱旋門→エリゼ宮→プチパレ→アレクサンドル3世橋→モンソー公園→在フランス日本大使館→バカラ美術館の順です。少し早めにホテルを出発して、シャンゼリゼを歩きながら凱旋門に向かいました。まだ10時前だったので散策する人も少なく、通り沿いのお店は準備中の所が多く、いつものシャンゼリゼとはちょっと雰囲気が違っていました。<人もまばらなシャンゼリゼ>通りには、こんなお洒落...凱旋門

  • 村里

    プチトリアノンの近くには、マリー・アントワネットが当時の自然回帰の思想に影響を受けて、大池の周りに造らせた藁葺の農家、水車、牧場などのある「村里」がありました。思っていたより本格的な田舎風の小集落で驚きました。彼女は少数のお供とここで質素な服に麦わら帽子姿で、畑仕事、牛乳絞り、バター作りなどを楽しんだそうです。そして、ここには彼女に招待された人以外は立ち入ることは出来なかったと言われています。建物の中には入れませんでしたが、12軒の農家からなるこの村里は、建築当初の姿を今日まで、ほぼ完全な形で留めているんだそうですよ。最後にベルサイユ宮殿のショップで、プチトリアノンの部屋に飾られていたマリー・アントワネットの肖像画にどこか面影が似ている様な、「青いドレスのマリー・アントワネット」という名の、小さな手のひらサイズ...村里

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