OLぷー子 れきし文化荘203号室
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住所
出身
ハンドル名
OLぷー子さん
ブログタイトル
OLぷー子 れきし文化荘203号室
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/mmm111
ブログ紹介文
街に残る何気ない文化や歴史をぶらぶら探索追及。趣味と実益を兼ねたぷー子の日記です!
自由文
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更新頻度(1年)

6回 / 13日(平均3.2回/週)

ブログ村参加:2019/10/03

OLぷー子さんの人気ランキング

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旅行ブログ 2,541位 2,581位 2,277位 2,262位 2,260位 2,041位 2,061位 43,051サイト
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日本の伝統・文化 15位 15位 12位 13位 14位 14位 14位 252サイト
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日本一周 32位 29位 32位 30位 27位 29位 28位 674サイト
歴史ブログ 99位 64位 70位 57位 53位 62位 58位 4,188サイト
日本の伝統・文化 6位 6位 6位 5位 4位 4位 4位 252サイト
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OLぷー子さんのブログ記事

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  • お邪魔します。

    久萬さんに続いて、お邪魔してみた(仮)Hです。顔がカザフスタン人に似てるらしいので、カザフの有名人ググって、いや、gooってみたんですが、美人バレー選手くらいしか知らず・・サビーナだから・・サヒーデ・・つまらん、いやぁ〜つまらん!それなら大滝秀治に??とりあえず(仮)Hでしばらくそっとさせていただきます。ではタグの件です。私は「なぜその場所で人は生活したのか」という大きな研究テーマを持ってしまったが故、様々なことを考えながら日々を過ごしているわけです。どこかで書きましたが、「ヒトが使おうっていう土地って、ほんとに遺跡じゃない場所ってあるの?」発掘調査は様々なことを知る機会です。歴史と文化を辿り、過去の立地環境を理解する唯一の方法と言えるでしょう。そのために今すべきことは何か。現場で何をみるべきなのか。どのように...お邪魔します。

  • グンマー歴史探訪・後編(久萬)

    さて、後編いってみましょう。といってもいくつか見たなかで厳選してもう1基だけ(笑)同じ藤岡市の伊勢塚古墳を見てきました。あ💦古墳の外側の写真、人の写っているものしかない!見た目は平凡なそんなに大きくない円墳なのですが、、、その中身(横穴式石室内部)は!なんじゃこりゃ!これは!いわゆる模様積みと呼ばれる石室です。いや、これほんとにすごいんですが、写真ではあまり伝えられない悲しみ。古墳の造られた時期は6世紀後半から7世紀初頭。この模様積みで造られる石室は、群馬南部から埼玉北部にかけての非常に限定された範囲になります。すべて河原石で、小さな石に大きな石をまるで散りばめるように積んでいます。そして平面プランは胴張り、天井に向けて持ち送りの構造なのです、、、。これで1400年間崩壊していないのだから驚きで...グンマー歴史探訪・後編(久萬)

  • ダムマニアには負けられん!

    先日、九萬というダムマニアが登場してきた確かに、ダムはデカくて圧があり、自然の山谷の柔に対して剛なかなかの存在感・・・しかし、私は縁の下の力持ち砂防堰堤(砂防ダム)が好きなんや今度、一番のお気に入り、登録文化財「勝沼堰堤」を案内したるわ今日は今日で、珍しい自慢の写真を一枚みせたる砂防堰堤の上流側やしかも、土砂がなくキレイキレイやなかなか見れんやろ~砂防堰堤とダムの歴史は興味深いところ砂防堰堤と言えば、福山藩(広島県福山市)の砂留(すなどめ)元禄13年(1700年)から建設しているというから、相当古い堰堤やな下流の農地農村だけでなく城下、寺社、道路などのインフラはもとより、家族、生命、財産を守るために藩が建設した古い遺構であり今も機能してるのだ「砂留」。シンプルでいい言葉や江戸時代の記録もそれなりに残っていて、文...ダムマニアには負けられん!

  • グンマー古墳探訪・前編(久萬)

    どうも、クンマーです。10月5日、某研究会の史跡めぐりバスツアーで群馬に行ってまいりました。群馬といえば古墳時代の東日本で最も栄えていた場所でした。今では信じられないですね。そんな群馬の古墳を少しだけ紹介。今回行ったのは群馬県南西部の藤岡市と旧吉井町。藤岡市でもっとも有名?関東でも古墳研究者内ではかなり有名?な七輿山(ななこしやま)古墳を見学しました。これはデカい!てか天気が良い!全長150mの前方後円墳で、6世紀前半の築造です。手前が後円部。この時期といえばそう、継体大王(この時期はあえて天皇とは書かないことが多いです)の時代に造られました。その継体さんのお墓である大阪の今城塚古墳と、形が相似形とも言われています。この時期になるとだんだんと大きな前方後円墳は造られなくなっていくので、時期的にはやはり東日本...グンマー古墳探訪・前編(久萬)

  • 釈迦堂遺跡博物館の誕生と意味

    お馴染み中央高速自動車道甲府盆地に入ってすぐにある釈迦堂パーキングエリア実は、中央自動車道建設の際にとても大きな遺跡が見つかって、昭和55年2月から56年11月までとても大規模な発掘調査がされ、縄文時代の大きな村が見つかったんですって当時は、遺跡を残せ~と、保存運動があったり大変だったようで、、、結局、道路建設も大事だし…ということで中央道が完成その一方で、遺跡はなくなっちゃた(一部保存?)けど、日本を代表する遺跡だし、未来にその存在と価値を繋ぐ必要もあるし、学習の拠点や土偶、土器の出土品を展示する社会的責任も含めて昭和63年11月(1988)に笛吹市(旧一宮町)と甲州市(旧勝沼町)組合立釈迦堂遺跡博物館を建設したとのことその足跡を表す石碑が釈迦堂パーキングエリア上り線に建てられてます甲府盆地が一望でき、桃の花...釈迦堂遺跡博物館の誕生と意味

  • ルームシェアすることになりました(久萬)

    はじめまして。このたび、ぷー子さんとルームシェアすることになりました、久萬といいます🤗お掃除部ホコリ叩き課5年目です🤞まだまだ分からないことばかりですが、たまに顔を出せればいいなぁ、、なんて!思っています☺️主に構造物と古墳担当です(?)挨拶がわりになんか写真フォルダから出てこねえかなぁ、、、あ!これだ!これこれ、ロックフィルダム🤩超最高でしょ。キャラにまとまりがありませんが、今後ともよろしくお願い申し上げます(ジャンピング土下座)ルームシェアすることになりました(久萬)

  • その筋の人は読むべき本

    遺跡の調査、保存、整備の体制と手法が作り上げられる戦後黎明期に活躍した碩学たち。この碩学たちが今だからこそ語ることのできる、当時のリアルな動きや思想があります。そうした観点から計九回にわたるインタビューまとめた、『遺跡学の宇宙―戦後黎明期を築いた13人の記録』やはり素敵な本です。文化財や考古学に携わるなら、いま自分がよって立つところを知って、傲慢にならないよう注意しようねインタビューに出てくるすべての遺跡と人名、また主要な出来事に注釈を添えていまのもGoodです■目次はじめに第1章「戦後埋文保護行政の羅針盤」坪井清足氏第2章「遺構主義から遺跡主義へ」平野邦雄氏第3章「関西考古学界の戦後」金関恕氏・水野正好氏・中尾芳治氏第4章「黒板昌夫先生の思想」仲野浩氏第5章「奈文研と遺跡の調査・保護」狩野久氏・八賀晋氏・河原...その筋の人は読むべき本

  • 甲州市白山大権現→柏原神社

    建立年は不詳。甲府藩主柳沢吉里の時代、明細帳(正徳3)によれば社領高二石三斗五合寄付最初は白山権現として祀られたとはあります。その後、慶応3年に柏原神社となったようです。享保九年正月正一位になってます。修理は、延宝九年六月神殿再建、寛延三年十一月再殿再築されてます。この辺りは平安時代末の三枝氏に関する伝承があり、居館推定地となる地名もたくさんあります。三枝氏は甲斐源氏が発祥する以前、大和朝廷から甲斐に派遣された国守級の在庁官人の出身で『日本書記』や『続日本後記』に三枝直平麻呂の名が見えます。三枝氏は甲斐の古豪族で郡司や東海地方の守護になっていきます。昭和37年に、甲州市勝沼の柏尾山で1103年(康和5)銘の経筒が発掘されました。銘文から大善寺(国宝)の大檀那三枝宿禰守定・守継、藤原朝臣基清らが経筒の埋納者である...甲州市白山大権現→柏原神社

  • 房州石シンポジウム 第11回目が今年も開催 がんばれ千葉県

    以前紹介した房州石その本家本元でのシンポジウムが開催されます面白そうだから行ってみようかなぁ~がんばれ千葉県房州石シンポジウム第11回目が今年も開催がんばれ千葉県

  • 両墓制の墓地に偶然であう

    塩飽諸島本島の史跡塩飽勤番所跡を見学したく、念願の訪問港で自転車を借りて散策中見たことのない光景が直ぐお墓だとわかりましたが、驚きでしたズカズカ入るわけにもいかず、近場で観察「賽の河原」ってまだ訪問したことないけど、最初に思い付いた言葉初見だったこともありますが、神聖、神秘、清らか怖い感じなどは全くなく、感動に近い気持ち解説版などはありませんが、現役とのこと(火葬・土葬は不明)「埋め墓」と「詣(参)墓り」現在は法令により火葬ですが、埼玉県新座市、長野県佐久市、奈良県大和地方そして今回の塩飽諸島が公的にも認められる墓地なんですそんな貴重な文化に偶然出会えるなんて、今日はラッキィ―池田です両墓制の墓地に偶然であう

  • 津山にいこうか 市内探索か

    今日はここに来てますタイトルをヒントに駅名を当ててみてください最近よく使い役なのですが、昭和の感じがお気に入り毎日通勤通学する人はすぐわかりますよね津山にいこうか市内探索か

  • はじめまして糸魚川 バラストの謎

    本日、生まれてはじめ糸魚川にきました新潟県の最西端、そして翡翠(ヒスイ)の町街には翡翠がゴロゴロして・・・なーんてことはないですよね駅で電車待ちの時間、ふと線路の下に敷き詰めてある小石に目が行きました排水溝を挟んで「手前は丸石」「奥手は割石」・・・?この違いって何だろうちなみに、小石は・・・・お名前は、バラスト・任務は、敷くことでレールや電車の重みを吸収・石材は花崗岩、けい岩、安山岩などの硬くて靭性に富んだもの・砕石機を使って15~17㎜程度に砕いたもの・鉄道会社は自社または採石業者から購入・利点:電車などの荷重が効果的に分散(小石故接点多い)、低振動(低騒音)=乗り心地Good排水性が高い、建設費が安価・短所:補充などメンテが必要高速鉄道の場合には適さない(コンクリート製)そして、面白い情報が・・・排水溝を挟...はじめまして糸魚川バラストの謎

  • なんだろう?このコンクリート構造物

    山梨県甲府市南部を流れる笛吹川を走行中、変な構造物を発見モノレール?橋?道?地域にとっては大事なものでしょうが、東京では見たことがありません。だれが何のために建てたのか、知ってる方がいたら教えてくださいなんだろう?このコンクリート構造物

  • 台風15号で被災した千葉県富津へ

    台風15号で大きな被害を受けた千葉県停電も断水も復旧せず、想像以上のダメージ😣💦⤵️復旧のお手伝いに、富津市を訪問ずぶ濡れになった貴重資料のレスキューに参加してきました❗部分的に竜巻が発生した模様岐阜白川郷から移築した合掌造りの古民家屋根がない😣💦台風15号で被災した千葉県富津へ

  • 山梨の日本遺産と葡萄

    まだまだ暑いですね!今日は、山梨の日本遺産を見に来ました。「日本遺産(JapanHeritage)」は地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(JapanHeritage)」として文化庁が認定するもの。今回の認定は『葡萄畑が織りなす風景―山梨県峡東地域―』です。甲州市を中心とした峡東地域には、平地から斜面まで広がる美しい葡萄畑です。美しい風景には、ぶどう・ワインづくりの歴史や技術、人々の暮らしが織りなっていました。美味し葡萄をパクリ!粒が大きく、パンパン!11月には新酒葡萄酒を飲みにきます。山梨の日本遺産と葡萄

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