鎌倉街道への寄り道を終わり、和戸橋交差点で御成街道に戻る。6日目のゴール、和戸の交差点からは400メートルほど先である。その間の大落古利根川にかかる和戸橋、備前堀川にかかる小和戸橋を渡って逆行し、カーブの先の和戸の交差点を確認する。和戸橋の交差点に戻った左手、フェンスの中に「治水記念碑」。大落古利根川の整備を記念して昭和9年建立と言う。そのフェンスにかかる表示、昭和二十二年の洪水はキャスリーン台風によるものであり、私が生まれた九月であった。「赤い線」がないが、下のテープが退色したのだろう。地上約1メートル、川面からは5メートルほどある。和戸橋交差点のブロック塀の奥の碑は、この脇を通ったのに見逃した。わかりにくいが「参姑神」の下の2文字が分解されているという。参姑=三尸、三尸の神、すなわち庚申塔である。数百...日光御成街道、幸手にゴール