今年透析16年目を迎えた日々。「透析」にとまどい「充電」と呼ぶことに。 鉄腕アトムがエネルギーをケーブルで注入するイメージに置き換えた。 https://punctum-juden.blogspot.comからの引越。(無断転載禁止)
看護師が聞いてきた。「今まで登った山で最高はどのくらい?」というのは新しい透析患者が入ったようでその患者が医師に山登っていいか相談したらしい。詳しくは聞いていないがその患者も心臓に問題があるというが心臓悪いといってもみな同じではないし私など若い頃から登ってきたわけでもなく60歳にして偶然はじめたものだし人によって違う。それでも調べてみた。まずはどのくらいの山に登ってきたのか改めてざっと調べてみたが高低差の最高は記憶にはっきり刻み込まれてる標高1620m滝子山と標高1785m三ツ峠山だ。それとうっかり忘れそうだが富士山本八合目標高3400m。滝子山の高低差は1170m。三ツ峠山は1169m。富士山本八合目は高低差1095m。どれも同じようなものだ。それもそのはずで人の一日で登れる程度はこのくらいでもっと高低差のあ...心臓機能と山登り
前回のブログで母親とのことを書いたが私は家を出たけれど心配した母親は妹を通じて叔父がやっていた新聞販売店に住み込むようにした。叔母はたしか60歳くらいで亡くなって香典を送った記憶があるが丁寧にお礼の電話が叔父からあった。50代だったと思うがそれから40年経って思いがけなく母親の葬儀に参列してくれた。96歳という。足腰も確かでふつうに歩けるし私を見つけてくれて真っ先に私の名前を「きよしか〜」と大きな声で呼んでくれた。96歳の年齢はさすがに聴力が落ちてるようで補聴器をつけていても耳のそばで大声でも聞こえないものは聞こえないようで長男の嫁が筆談の仲介をしてやっと会話が成立していた。葬儀の喪主としての振る舞いのあいだに即座に70年前の事細かには思い起こすことが出来なかったが70年以上の再会でそんな叔父が元気なのがなにか...96歳叔父に70年ぶりに再開
先週6月23日(日)午後10時34分94歳の母親が逝った。死因は老衰だが晩年は大腿骨骨折・心不全・腎不全腸管虚血を患っていた。とはいえ大往生だろう。母親とはいろいろあった。母親の男系主義と頑固さが長男の私にすべて集中していた。高校を卒業したが「落ちこぼれ組」で浪人を重ねていたがかろうじて大学を二校合格した。あろうことか私が希望していた社会学系の大学への入学を母親は認めなかった。まだ自分でも未分で工学系の大学も受験したが母親は工学系の入学しか認めなかった。結果どちらにも行けずこれ以上浪人もできずで印刷会社の写真スタジオに正社員として勤めもした。しかしそうした母親に耐えきれず20歳の時私はある日小さなクルマに布団と多少の身の回りのものを積んで家を出て知人のアパートにとりあえず居候させてもらった。早朝の魚河岸のアルバ...行年95歳母親が逝って振り返る
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