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小説と物語の集う空間 https://fanblogs.jp/akira715/

1〜15分で読める短編小説です。 より良く書けているものだけを掲載し、ジャンルも様々あります。

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2018/11/28

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  • 油田交響曲

    異変は下町の鉄工所から始まる。賽の目のように丸太の柱が立ち並び、その上をところどころに穴が開いたトタンで覆って屋根代わりにした作業場で、雨合羽を着た工員たちが俯いて鉄臼を取り囲み、鋼の杵で溶けた鉄を混ぜ合わせている。鉄は臼の側面に取り付けられたパイプを通って金型に流し込まれ、再び別のパイプを流れて金平糖のような形の小さな部品となってむき出しの地面に黒々と降り積もる。喇叭型に開いたパイプの口か…

  • 詩 生命のアンドロイド

    よくわからないけど明るい場所が恋しくて 少しの間だけ街灯の光に捕らわれてみた 僕はまるで世界から隔絶されたアンドロイドのようで 孤独な自分に憐憫を覚えた 舞い踊る埃を吸い込み むせる もう もたないよ 夜空はいつ頃からか夢を失い 雲が流れるのがぼんやりとだが見てとれる 僕はふらふらとよろめきながら 思いつくモノ全てに悪態をついた すがる対象なんてない あるのは不安定な地面だけ …

  • 林檎

    彼の記憶の中で、真っ先に思いつくのは林檎だった。 ごく普通の、どこにでもあるスーパーに並んでいる林檎を彼は好んで買ってきた。 もう少しお金を出せば、大きくて実が甘くておいしい林檎が買えるのに。 彼は特にこだわる趣味とかもなかったので、お金には余裕があるはずだった。 ある時一緒に買い物に行ったときに、なぜもっと高い林檎を買わないのか、と尋ねたことがある。 彼はなんとなしに、気恥ずかしいような笑顔…

  • 詩 陽炎と鉄の箱

    うだるような熱気の中 太陽に手をかざす 「ああ やっぱり そうなんだね」 陽炎にまみれた街と ぎらぎら輝く鉄の箱 「うん わかるよ 僕にはわかる」 夏の風が吹き 砂の香りが人々を覆う 「僕が 笑うのは 自由だからさ」 公園の蛇口とか 虫のたかった街路樹とか 「今日 僕たちは 自由になれる」 砂利の転がるアスファルトとか 隣に咲いた向日葵とか 「海に 帰るんだ 僕らの起源…

  • 詩 マリア

    マリア 私が見えていますか マリア 私の声が聞こえますか マリア 貴方はそこにいるのですか マリア 貴方は私を助けてくれますか マリア 私は貴方を必要としている マリア 彼らは愚者なのです マリア 彼らは何も学ぼうとしないのです マリア 彼らは何も知らないのです 無知なのです マリア 彼らを助けてあげてください マリア 私は貴方を必要としている マリア 私は善良なのに マリア …

  • ウメボシ

    その一 大ミミズ 人に繰り返し学校の夢を見させるものは後悔の念か、首尾よく行かない現在の生活からの逃避か。私は今日も何度目かの潜入を試みた。窓から体育館の丸屋根の見える教室へ、忘れ物を取りに行くのだ。 いつものように、下駄箱が整然と並ぶ薄暗い玄関ホールに入る。 靴を脱ぎ、はだしのまま冷たい廊下を踏んで進む。廊下伝いに並ぶ木枠のついたガラスのケースには、埃をかぶって光沢を失ったトロフィ、…

  • 詩 たとえば

    例えば・・・ 青い空に浮かぶ 飛行船とか 飛行船とか 深海を泳ぐ 黒い魚とか 黒い魚とか 瑞々しく涼し気な 六月の雨とか 六月の雨とか いつまでも辿り着けない 虹とか 虹とか 時間に溶けて薄れていく 記憶とか 思い出とか 嬉しくて涙を流す あの頃の彼女とか あの頃の彼女とか そういう・・・綺麗なことが 好き

  • 半分本当

    「あたしね 実はね 歌をうたうの とっても上手いの」 半分本当で 半分嘘 「あたしね 実はね 似顔絵描くの とっても上手いの」 半分本当で 半分嘘 「あたしね 実はね ケーキを作るの とっても上手いの」 半分本当で 半分嘘 蝶の羽を宿した君は ひらひら ふらふら 飛んでいて 一生懸命追う僕を きらきら きらきら 笑ってる 「あたしね 実はね ちょっと前まで子供だったの」 半…

  • 雨の日の憂鬱

    重たい瞼をこじ開けて 雨の日の 薄い空気を吸い込んだ 鍵を無くした あの日 蛇口から出る水は冷たく 自由な姿で 砕けて散る 指先が震え ふと 鏡を見た 過ぎ去った春は二度と戻らず 頭の中で少しずつ磨り減っていく どれだけ夢に頼ってみても ただただ空しく 涙になるだけ あの太陽は もう昇らない 雨の日の 薄暗い光の中で僕は 自分に向かって 微笑んでみた 大丈夫…

  • 詩 台風の子

    街に台風が来るらしい 今にも雨が降りそうだ 曇り空に架かる電線は 怯えるように震えている こういう感じは嫌いじゃないんだ 少し懐かしい匂いがして 近所の空き地の猫じゃらし畑 風にはしゃいで 飛び込んでみようか 僕たちは台風の子 僕たちは台風の子 もうすぐ母がやって来る ご飯ですよとやって来る

  • 桜の咲く頃に

    さくらの花びらが舞い散るころ、風にふかれて舞い上がる花びらに身をまとったことがある。 光が木漏れ日の中で、気持ちいい季節の風を感じていたことがある。 私の声は花びらの間を透き通るように、原っぱの向こう側めがけてするりと滑るように通り抜けていった。 声の届く先には、わたしの兄がいる。 兄は少しまぶしそうに私を見つめ、それから私の声を摘み取るようにかるく右手を上げた。 さくらの花びらが私の視界を遮り…

  • 前世

    町の一角に急造りの芝居小屋がある。丸太を組んで造った土台 の上には円形の舞台と、それを囲んで百席ばかりの階段状の枡席 がある。頭上には梁をわたして天幕が張られている。天井の際か ら枡席の背後に垂直に落とされて側面を覆う防水布は、風が吹く と重たく揺れる。中は薄暗く、蒸し暑い。 土台の部分は板で目隠しをして中が見えないようにしてある。 土台の内部は迷路のようになっている。入り組んだ狭い通路…

  • 婚礼

    今日、少年は学校を去ることになっていた。彼は結婚するのだ。小さい頃 からそのことを父や母に言い聞かせられて育った。少年自身もその日を楽し みにしていた。そして今日、夢にまで見た花嫁の少女と初めて対面するの だ。もうすぐ、両親やその他の大人たちが、花嫁を連れてここにやって来 る。少年は、教室で自分の席に座ってそれを待っていた。やがて結婚式が行 われ、少年は大勢の人々から祝福を受けて、花嫁ととも…

  • 老人の歌

    老人は、疲れ果てていた。 彼のからだを覆う皮膚は水分を失い、枯れ葉のようになってしまった。 目はくぼみ、体中に刻まれたそのしわが、大木の切り株を思わせた。 そして老人は、砂漠を歩いていた。 老人の吐く息は、砂漠の熱射で焦がれていた。 すがり付くように体を預けている木製の杖は小刻みに震え、 この老木が今にもそのからだを砂の海へと 投げ出してしまうのではないかという疑問が浮かんでくる。 …

  • 深淵

    この春に高校に進学したユイは、生来の内気さも手伝って友達がまったくできなかった。そんな彼女には、いつも教室に居場所がなかった。 そんなユイがもっとも苦痛を感じるのは、昼食の時間だった。たった一人で食べる昼食は、味気ないだけではなく、クラス全員からの嘲笑を受けていた。 そんな視線に耐えられなくなったユイは、昼食の時間になるとひとりで食事できる場所を探すようになった。 今日も四時間目の授業が終わ…

  • 二人乗り

    ぼくは自転車にのれない。 小学校2年生にもなって、いまだに自転車にのれないのはクラスの中でぼくくらいなもので、周りのみんなからよくばかにされる。 幼稚園のころ、おかあさんはぼくに自転車をかってくれたけど、ぼくはそれで何度も練習したけど、それでも自転車にはやっぱりのれなかった。ぼくはあんまり運動がとくいではないのだ。 クラスのみんなは、よく自転車で町中をのりまわしたり、となり町にある河原に釣り…

  • 小瓶

    私の手の中に握りこまれ、体温を受けてほんのり温まる、小さな壜。 大きさは、よく水族館の土産物屋で売っている、少量の星砂と妙に毒々しく彩色されたドライフラワーのきれっぱしが入った小瓶と同程度。 ただ、ネジ蓋できちんと閉まるようになったその壜には、半分ほど、とろりと濁った液体が入っているだけ。 生きているかのように生暖かいそれは、私の宝物だ。 ほんの一滴。 それでおしまい。 これを見…

  • サキ

    その携帯電話は、通信会社の技術開発部に勤める友人が、モニターとして使ってみてくれ、と僕に渡したものだった。 「とにかく、すごいんだよ、この携帯は。これまでの常識をひっくりかえす、ものすごい機能がついてるんだ。今はまだ実験段階だけど、これが商品化されたら、それこそ携帯電話の市場がひっくりかえるぞ」 喫茶店で興奮気味に話すその友人の言葉に興味を持ち、僕はその電話のモニターを引き受けることにした。 …

  • 彼の手はいつも先にあった。 いつも僕は先にある彼の手を見ながら泳いだ。 初めて彼の手を見たのは、まだ十代の半ば。 ジュニアの全国大会だった。 自信があった。水の中の自分は王様だった。 結果、僕は壁に触れる彼の手を眺めながら泳いでいた。 彼はいつも英雄だった。 彼の手を見ずに泳ぐ。 気がつくと、そのために泳いでいる自分がいた。 スタート準備の合図。 …

  • トンボ王

    その日、私は旧友のEが訪ねてくるという予感にとらわれて、朝から落ち 着かなかった。 かならずEはやってくるに違いないという思い込みは時間がたつにつれて ますます強くなり、おひるを過ぎた頃、私はいよいよいてもたってもいられな くなり、Eを迎えに行くために自転車を出した。 外は風が強く、道沿いに並んだ枯れたヒマワリが腐った顔をこちらに向けて、 騒がしく首を振っている。すだれの向こうでは、ラジオの天…

  • ヒマワリ

    庭の隅の日陰になったところに、女が一人でしゃがんでいた。 背後から覗いてみると、女は三歳くらいの女の子の死体を埋葬し ようとしているところだった。楕円形に掘られた穴の内壁から白 い草の根がいっぱい伸びていて、それに包まれるようにして、タ オルにくるまれた死体が横たわっていた。青白い顔だけを覗かせ て、口をぽかんと開けていた。その額は陶器のように砕けて、菱 形の穴が開いている。中は暗く、空洞にな…

  • 黒いコーモリと白いハト

    真っ黒いコーモリはいつも言っていた。 「世の中に闇夜に輝く星よりも美しいものなんて存在しないね」 そして、彼はわずらわしく、暑苦しい太陽を知らず、静かで上品な闇夜を飛んだ。 自由に闇夜を生きた。 青く、澄んだ青空を知るまでは・・・。 コーモリはいつものように闇とたわむれていた。 ふと、漆黒の中に一つの白いかたまりを見つけた。 それはふらふらとたよりなげに浮かんで…

  • 深夜のレストランの片隅にぼんやりとあかりが点っている。そ れ以外は暗く、閉ざされたカーテンの向こうにも光はない。カウ ンターの向こうの食器棚には、磨き上げられた皿や器が整然と積 み重ねられている。それらは片隅のあかりを反射して、かすかに 白く光っている。 あかりの点っている片隅には小さな円テーブルがあって、そこ には最前から二人の男が向かい合って座っている。白いテーブル クロスで覆われた卓…

  • 怪電話

    丘の上で少年がサッカーボールを蹴る。ボールは高く飛んで、 暮れかけた空の中に吸い込まれるようにフッと見えなくなるが、 しばらくすると、仄白く光りながら僕めがけて一直線に落ちてく る。サッとよけると、ボールは音もなく地面に当たってバウンド。 そのまま空間に消える。 丘の上で少年がまたボールを蹴る。 今度は無数のボールが次々と降ってきた。 あぶない。竹ヤブの中に逃げようとしたが、足が重くてうま…

  • 金魚

    むくんだ足がハイヒールにくい込む。 毎日続く残業。同じ日々のくり返し。 たまには飲みに行くこともある。 友だちとショッピングもする。カルチャースクールのヨガは楽しい。 でも、昨日と今日の私は何もかわらない。多分明日の私もかわらないのだろう。 ただ、毎日が単調に過ぎていく。 夏の蒸した空気が私をおおう。 白いブラウスが汗ばんだ体にはりついた。早くシャワーを浴びたいと…

  • 発症

    渋谷か新宿あたりの駅で洗面所に入る。たぶん、朝髭を剃るのを 忘れたので通勤途上で剃ろうとしたのだと思う。 ラッシュアワーにしては人影がない。 汚れた採光窓の外には高架線がかぶさっていて、通り過ぎる電車 のこもった轟音がときおり響いてくる以外はひっそりとしている。 意外な穴場を発見したと思う。 誰かがどこかでラジオをつけたらしい。シューマンの第一交響曲 の緩徐楽章がきれぎれに聞こえてきた…

  • 窓から見えるもの

    空の青が濃くなった。夏よりも、ずっと高い空になった。雲のカタチも、どんどんと変 わっていく。 校庭の周りにいっぱい植えられている木々も、夏の緑の葉っぱから、秋色に変わり 始めている。 その向こうに見える田んぼは、そろそろ稲刈りの時期だろうか。風に揺られて、ま るで金色の波みたい。 窓から見えるものたちは、みんな同じものなのに、何一つ変わらないものはない。みんな 変化しつ…

  • 飛び降りる

    数人の作業員が、道路に掘られた長方形の穴の縁に座って、両足をぶらぶらさせている。作業員たちはランニングシャツ一枚に作業ズボンをはき、頭にはタオルで鉢巻をしている。みんな赤黒く日焼けしていて、見るからに屈強そうだ。彼らはさきほどから暇をもてあましている様子である。 そこへ一人のみすぼらしい身なりの男がとぼとぼと歩いて来た。毛玉がこびりついたジャージを着て、素足にサンダル履きで、かんかん照りの…

  • 投石

    外出先から帰ってきたら、私の家の向かい側にあったハラさんの家が無くなっていて、かわりに緑青の屋根に尖塔のついた古ぼけた洋館が建っていた。壁は粘土細工のようにのっぺりとしていて、指を押し込んで開けたような小さな丸窓が不規則に並んでいる。何階建てなのか見当がつかないが、周辺の民家の屋根に影を落とすほど高い。建物全体が壊れかけて道に向かって傾いており、周囲には剥げ落ちた外壁が散乱している。 いつの間…

  • クリスマスプレゼント

    サンタクロースに扮したおじさんが、子供連れの家族と握手を交わす。 イルミネーションに彩られた街の中で、恋人たちが行き交っている。 十二月二十四日、クリスマスイヴ。 誰もが待ち望んでいたその夜がようやく幕を開ける。 しかも、今年は運がいい。 積もるほどの量ではないが、粉雪が舞っている。 この街では、クリスマスに雪が降るというのは珍しい。 めったに訪れないホワイトクリスマス。 …

  • おみおくり

    がたんごとん、がたんごとん、がたんごとん…… 「ぁふ…」 朝の電車の揺れは、せっかく目覚めた頭を、また眠気へと誘う。 でも、最近あたしは、毎日あるものを見ている。 ある人たち、と言ったほうがいいかな? それは、あたしの次の駅から乗ってくる2人。 男の人と、女の人。 いつも2人で乗ってくる。きっと、ご夫婦なんだと思う。 女の人は指輪をしているけど、男の人…

  • タクシードライバーの良心

    東名高速 「長距離、いいかい?」 助手席の開け放した窓から覗き込むようにして、男が尋ねた。ふわっと酒の匂いが届く。タクシーの運転手は後部座席のドアを開けながら応える。 「勿論ですよ。どちらまで?」 「F市」 タクシーに乗り込んできた男は一言呟いた。 「S県の? そりゃまた遠いですね。高速使って良いですか」 運転手が尋ねても、客は随分酔っている様子で惚けたままだ。もう一度運転手が声を大…

  • たまご

    「はぁぁぁぁ…」 俺の目の前で、気の抜けた風船みたいになっている女。 どうやら、また、らしい。 「ねぇ、なんで?なんでいつもあたしはこうなの?」 とりあえず黙って聞いてやるか。 「ねぇ、なんで、あたしに声かけてくる男はみんなこぶ付きなの!?街でやさしそうなお兄さ んに声かけられて喜んだのはいいけど、よくよく見れば左手の薬指に光るものがあるし、 コンパでいい感じにな…

  • モルグの夜

    9:02 「……あーもしもし? 事務所さん? 大村ですけど。はい、こんばんは。いやいや、あのー、鈴木くん出てきてないんですけど。 ……ええ、そうです。このあいだはいった若い子。あはは、ま、ぼくも若いんですけどね。とにかく、無断欠勤ですよ。 たぶん遅刻でしょうけど。あ、いやあ……さあ、わかりませんね。ぼくにはなにも連絡はありませんよ。はいはい、そっちにも? というか普通、そっちでしょ。 …

  • 奇跡の人

    「・・・は、まだ、・・ではい・・せん。」 とぎれとぎれに、暖かく優しい声が聞こえてきた。 目の前に光が差し込んできた。 「おお、目を覚ましたぞ。」 「奇跡だ!」 光は影を作り、いつしかそれは物の形をなした。 目の前にはたくさんの人がいた。ここは、どこかの部屋だった。 「もう、大丈夫のようですね。クロードさん。」 耳元で少女の声がした。少女は何者かの手を握っていた。それが、感覚のなくなった自分…

  • 映り込み

    電源を消したテレビの画面やパソコンのモニタには、まるで鏡のように人の姿が映ることがある。 明が、学校のパソコン室に残っているときだった。明はパソコンに向かって、課題をやっていた。その教室に残っていたのは、明と数人の学生だけだったが、明の周りには誰もいなかった。しばらくすると、教室に誰かが入ってきた気配がした。しかし、明は課題をするのに集中していたので、入ってきた人には注意を払わないことにした…

  • ホストクラブ

    明け方五時。 携帯の音で目を覚ました。 寝ぼけながら着信を見ると 『薫』 彼女の名前だった。 第一印象は不安定な女の子。 会った時も浴びるように酒を飲んでいた。 飲んで騒いで、騒いで飲んで、それを繰り返していた。 薫に聞いたことがある。 「君はどうして、そんなに飲むの」 「酔っていることを忘れたいからよ」 星の王子さまの一節だった。 子どもの時からの…

  • ムギワラボウシ

    彼女と出会ったのは夏休みに入ってからすぐのことだった。 僕は長期の休みといえば宿題を終わりに溜めて、最後の日にあわててやるといったタイ プの人間で、自分で言うとちょっとカッコ悪いかもしれないが『ぱっとしない奴』だった。 そんな僕にとって今年の夏こそは何か自分の満足するような大きな計画を立てようと考え ていたのだが、休みに入ってしまうとそんな決心もどこへやら…すっかり頭は休みぼけに 染まってしま…

  • おでん

    世の中をなめていた。 そこそこの有名私大。 入った時には人生は安泰だと思い込んだ。 遊びほうけた三年半で、盛り場ではちょっとした有名人になっていた。 気がつけば遊び仲間はみんなネクタイを締める準備をしていた。 「会社でも起こすか」 そう言っていた奴が一番初めに就職を決めた。 周りもなんとか半年後の仕事を決めていく。 僕だけが派手なネオンの中に取り残されていく。 …

  • 雨の日は

    雨が続いている。 もう三日目だ。 雨は嫌いだ。 なぜって、外に出ると綺麗な服が濡れて汚れるからね。 綺麗なのが一番。 汚いものは嫌いだ。 綺麗が一番。整理整頓。お掃除、お掃除。 いつだってそうさ、服は綺麗じゃないといけない。 身だしなみが大切だから。 今は赤い服装だけど、お出かけ用に着替えなくちゃ。 皆が驚くといけないから、もっとシックな色がいいと思うんだ。 今日は雨だけど、お出かけしなくち…

  • カルキ

    君をここから見ていると、少し錆びた銀のネックレスについて思い出す。それは夏の間、君がずっとつけていたから汗や雨のせいで少しだけ錆びている。 ある日君はそれを水の張ったバスタブに落としてしまう。君はそれを拾わず、そして存在を忘れてしまう。冷たい水の中でネックレスは少しずつ錆び続ける。このネックレスは僕の目の奥にいつの間にか住み着いていたイメージで実在していない。たぶん。そんな曖昧な物のことを…

  • ある時偶然に、鏡の中の俺はもう一人の俺だと気づいた。 気づいた瞬間、そのことをまったく当たり前のように受け止めた。 これはごく普通のことなのだろう。 頭に髪の毛が生えてるのと同じくらいに。 そのもう一人の俺は、はじめは素知らぬ顔をしてごまかそうとしていたんだが、 その様子があんまりにも白々しいんで、俺は吹き出してしまった。 やつといったら、額に汗をにじませながら、必死で俺の様子を真…

  • コスモス

    むかしむかし、言葉ができ始めたころのお話です。 そのころの人々は、狩猟によって日々の糧を得ていました。 石を削った斧を用いて、男たちはマンモスに向かっていきました。 彼らの捕らえた獲物の毛皮は、女たちの手により衣服に変わりました。 彼らは、自然とともに生きていました。 鬱蒼たる森の中に、三十人ほどからなる集落がありました。 そこに、二人の若者がいました。 彼らには名前なんてなかったのです…

  • はるか

    1 「のど、渇きますね」 となりに座った森沢が少し苛立った声で言った。彼がそう言うのはこれで三度目だ。 私は無言でうなずき、再度、乗務員を呼ぶボタンを押した。 新世界シャトルのモットーは〈客室サービス第一!〉であるはずなのに、一度目のコールはきれいに無視されている。 混みあった機内は確かに乾燥していて、いつも文句ばかり言っている森沢でなくとも、かなり居心地は悪い。 小さな窓の外…

  • アイスクリーム

    私が朝、目が覚めて一番最初に視界に入ってくるもの。それは、弟の寝顔。 次には彼の腕の感触が身体に伝わる。 今朝もそうだった。 「い〜さ〜み〜」 恨めしげに私は弟の名を呼ぶ。 たくっ。何でいつもいつも、こうなのよっ。でかい図体どかすの、大変な んだから! 高校生のくせに180?近くも身長があって、筋肉質の弟に抱きしめられて いる私は毎朝コイツをどかす作業に苦労している。…

  • 寝台特急

    既視感があった。 数時間前、大阪駅で見かけた女性だった。 自分自身なぜその女性を記憶しているのか。意外だったが 間違いないと確信できた。 2ヶ月前、この10日間の休暇をとる予定は入っていた。 殺人的に忙しい日々が続き、休日らしい休日もとれていなかった。 このポッカリ空いた休暇は必然であったと言える。 旅に出よう、と思った。そうだ夜行列車にしよう。トワイライトエクスプレスだ。 幸運にもロ…

  • 十二時までの夢

    その日の残業を終えて、私の足は目的の場所をめざして走る。 Tホテルは都心からすこし離れた場所に建つ、隠れ家のようなホテルだ。 部屋数は多くないし外観もすこし古びているけれども、室内は落ち着いた雰囲気で従業員の対応も良い。 私の足はクロークへと向かう。 用件を告げると、穏やかな笑顔の女性が預けられていたものを私に手渡してくれた。 私はそれを持って、次はレストルームへと向かう。 会社…

  • 夜明け

    簡易鎧に身を包んだ戦士の大剣が、巨大なドラゴンの首を切り落とした。滑らかな切り口を見せるその首から、鮮血が勢い良く迸る。大剣を振り下ろした姿勢の戦士は、しばらくそのままで勝利の余韻を味わった。そうしてから剣に付着した血糊を振り落とし、落ちきらなかった分は腰に巻きつけた布で拭う。剣を鞘に収めて、戦士は振り返った。 「楽勝だったな」 視線の先に、女がひとりいた。淡い橙色のローブを纏っている。その右…

  • さわりだけ

    何の意識もしていない間に、多分あたしはそう思いこんでいた。 日当たりの良い窓辺の机で、学校からそんなに遠くない場所にある海岸に寄せては返している、細かい波の白をぼんやりとながめながら。 あの波が引いていって、そしてどこか名前もしらない海岸にまたふたたび打ち寄せては引いていくように、全てのものごとは終わりもなく続いてく。 それは、何か世の中の仕組みのすごく重大な事をいきなり悟ってしまったお坊…

  • さわりだけ

    何の意識もしていない間に、多分あたしはそう思いこんでいた。 日当たりの良い窓辺の机で、学校からそんなに遠くない場所にある海岸に寄せては返している、細かい波の白をぼんやりとながめながら。 あの波が引いていって、そしてどこか名前もしらない海岸にまたふたたび打ち寄せては引いていくように、全てのものごとは終わりもなく続いてく。 それは、何か世の中の仕組みのすごく重大な事をいきなり悟ってしまったお坊…

  • ドッペルゲンガー

    ドッペルゲンガー(doppelganger) ドイツ語の二重の意味。英語ではダブル(Double)。 ドッペルゲンガーを見た者は、近いうちに死ぬと言われる。 また、死が近づくと現れるとも考えられている。 「昨日、ヨーカドーの前でシカトしたでしょ!」 朝、教室に入るなり、自分の席でネイルを塗っている俯いた背中に思い切り文句をつけると、彼女…里香はめんくらった顔でこちらを振り返った。 「何よ。見つけて…

  • どしゃ降り

    毎日ぐずついた天気が続いている。 天気予報は、東京の梅雨入りを伝えていた。 今日も空はどんよりと曇っていた。 入社して二ヶ月のぼくは仕事にも慣れ、精力的に仕事をしている。 予定だった。 この二ヶ月で覚えたことは、体力を犠牲にした毎日の酒と学生時代の振り返り方だけだ。 大した志を持っていたわけではない。 特別な野心を持って出世を目指そうとも考えてはいない。…

  • 獣の匂い

    「それじゃ、お開きにしましょうか。」 ざわついた居酒屋に、威勢のいい男の声が響いた。その声と同時に今まで座っていたものたちが席を立った。 「また、だめだったか。」 上機嫌で出ていく一団の中に、一人だけ肩を落とす女性がいた。 「まあ、祐美、気にしないほうがいいって。」 派手な格好をした女性が祐美を励ました。 「絵里、また空気になじめなかった。」 祐美はすがる様な目で、絵里と呼ばれた女性を見つめた…

  • 大丈夫か

    この短編小説を読み終えた頃には、これがノンフィクションだったんだと判りますよ? ええ、きっと。 夢ってホントに、素晴らしいですね。 それは置いといて。 「おい、大丈夫か?」 男の声に呼び掛けられて、自分が道端に横たわっていた事に気が付く。ああ、朝から食事を摂っていないせいで、軽い貧血を起こしてしまったらしい。 「まったく最近の若い奴等ときたら、ちゃんと栄養取らないと駄目だな。さぁ、…

  • 少女とぼく

    それはある晴れた昼下がり。 青葉茂る公園のベンチに一人の少女が座っていた。 黄金に輝く長い髪に色白の美しい少女。 空の様に青い瞳に、血のように赤いワンピースを着ていた。 「隣、宜しいですか?」 不意に少女の顔を覗き込み、にこりと微笑む青年がいた。 少女も微笑み返した。 「どうぞ」 青年は、少し距離を置き少女の隣に座る。 青年も美しい顔立ちをしていた。しかし、何処か不気味である…

  • コンビニで

    積み上げられたカップラーメン。 整然と並べられたポテトチップス。 縛られた雑誌。 暗く、雑然としたコンビニの裏に僕は座っている。 「何やったか、わかってるのかな」 三十をやっと越えたくらいの店長に聞かれた。 「万引きです」 しおらしげに答える。 目には涙を浮かべてみせる。 「悪いことなのはわかってるね」 声に同情の響きが混じった。 こうなればしめたものだ。 …

  • もうひとり

    「いた……」 目の前にいる女性を見て、伊織は身体中の力を入れなおした。 昼休みは一時間もない。それなのに、この広いキャンパスでたった一人、彼女を見つけ出さなければならなかった。その焦りが伊織を足早にし、結局、ここまで走ってきた。そのせいか、ひどく重たいコートに包まれている体は湿っているようだった。 少ない時間というのは、伊織だけではなく、他の学生たちにとっても同じである。昼食を取る学生で…

  • 彼らが見る夢

    言ってしまえば。彼らは仲が悪かった。 バタバタと慌ただしく階段を下りてくる音が聞こえた。 あぁ、またか、と半ば諦めつつも、母は包丁を握っている手に一瞬何とも言えない嫌な汗をかいた。きっとまたあの二人だ。 そして、台所に入ってくるなり、息子は無惨にも真ん中の所で折れてしまったシャープペンシルをつきだして叫んだ。 「お母さん!? ヒメがまた僕のシャーペン壊しよった!」 「ユーがあんな所に置…

  • 幸せな笑顔

    僕は今、この旅最大のピンチを迎えている。 確かに今までも二人で野宿はしたことがある。 しかし、今日の「宿屋で二人部屋」は今までと勝手が違うんじゃないのか? 「何ぽけぽけしてるの?」 湯上がりの髪をタオルで拭きながら、同僚のシュリは僕を蹴った。 「ねぇシュリ、もう一度確かめるけど、本当に一部屋しか借りれなかったの?」 蹴られたすねをさすりながら、今日二度目の質問をする。 …

  • 夕暮れ

    空が赤く染まりだし、山の木々もそれに倣って赤く染まる。 菊乃は、サングラス越しに夕日に燃える山を見つめながら、その頂に向かって車を走らせていた。 山道には、菊乃の車以外に人の気配を感じさせるものも、音を立てるものもない。静寂に包まれた山道を走る中で、カーステレオから流れる彼女の最近のお気に入りとなっているオルゴールの曲と、彼女の運転する車のエンジン音だけが、心地よく彼女の耳に届いている。 …

  • 鏡のかけら

    風が頬を撫ぜていった。 温度などまったく感じさせないのに、通り過ぎたとき、右手がなぜか少しだけ疼いた。大きさや色は異なるものの、十分に手入れされた墓石が八つ並んでいて、その延長線上には二列のお地蔵様が二十体ほど並んでいる。『霧島家之墓』と刻まれている文字を見つめながら、いつか自分もここに入るのだろうかと、夏は思った。一番新しい石は立派ではあるが、小さなもので誰が入っているのかすらわからない。…

  • 人形

    ボクが初めて君のところに来た時、君はまだ幼稚園だった。 「このブタさんのぬいぐるみがいい」 オモチャ売り場に並んでいたボクを手に取って抱きしめてくれた。 それからボクはいつも君と一緒だった。 旅行にも連れて行ってもらう。 いくつになっても君はボクを抱いて寝た。 「ピギーちゃんがいない」 飛行機が出る時間はせまっている。 あと十分でチェックインしなければならない。 …

  • 訪れたもの

    眠っていても、その眠りが浅くなると人の気配は感じるものである。これは、眠ったときの話である。 ある日の夕方、明は日ごろの寝不足がたたりうとうとと居眠りをしてしまった。しばらくすると、耳元で奇妙な音がするのに気がついた。 とん とん とん とん 誰かが枕元を歩く音だった。その音に気づいたとき、明は戦慄した。なぜなら、明は一人暮らしだったからだ。しかも、アパートの鍵は必ず閉めている。誰かが部…

  • 巫女 (みこ)

    崇が小さいころの話である。ある年の正月、崇は家族と一緒に近くの神社に初詣に行った。崇は、初めて来る神社に最初のうちこそめずらしがっていたが、そのうち飽きてしまった。そして、お参りをする家族の元を勝手に離れて、ひとりで歩き出した。 崇は、人の流れに巻き込まれ、押されるようにどこかに進んでいた。やっとの思いで人ごみから出ると、まったく知らない場所に出た。崇はしばらく家族を探したが、見つか…

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