連休は雨らしい。せっかくの連休でも特に予定は入れていない。わたしは暑いよりは涼しい方が過ごしやすくて楽でいい。雨。雨が降る。傘のなかできみに寄り添うふたりの肩が半分濡れてもう半分は温かいいつまで降るのかないつまで降るのだろうねきみがいればきみがいてくれるから空の下でふたりは寄り添う今日も雨。雨の土曜日
野太いエキゾーストノートが僕の横を過ぎて行く。赤い大型バイクだ。道の先の、膨らんだカーブの木陰で停車する。エンジンが止まるとうるさいほどの蝉の声が戻ってくる。いかつい革ジャンにジーンズ。ブーツ。バイクから降りてヘルメットを脱いだ。女だ。背が高い。僕と同じぐらいだろう。道路脇の自動販売機へ歩いて行く。その横を通り過ぎるときに、バイクのタンクにDUCATI(ドゥカティ)を書いてあるのが見えた。イタリア車なんて珍しい、と思っただけでそのまま行こうとしたら、蝉の声に混じって、背中で「チッ」という舌打ちが聞こえた。チラッと振り返ってみる。しかしその舌打ちは僕に向けられたものではないらしい。バイクの女は自販機に向かって再び舌打ちしてから「ハア」とため息をついた。ああ、なるほど。財布から100円と数枚の10円玉を取り出...彼女のDUCATIと夏の対価
炎天下からガレージに入ると涼しく感じた。大きな木の陰にあるせいなのだろう。汗が引いていくのがわかる。くたびれた扇風機が辺りの空気をかき回している。「アイス買ってきたよ」「サンキュ。そこに置いといてくれ」「早く食べないと溶けちゃう」「ああ。そりゃそうだな。そこのスパナを取ってくれないか」開けたボンネットの中に突っ込んだ頭は振り向きもしない。Tシャツの背中に汗が滲んでいる。「だから溶けちゃうって。せっかく買ってきたんだから」テーブルの上のスパナを彼に渡す。汚れたボルトやら何に使うのかわからない工具類が散らばった作業テーブルは、あちこち凹んで傷だらけだ。オイルの匂いと酸っぱいような草いきれの匂い。唐突にすぐ近くでミーンミーンと蝉が鳴き出した。「夏だね」「そうだな」「アイス食べようよ」「なあナツミ。こんな男と付き...きみに首ったけ
中学2年生ぐらいから高校2年生ぐらいまでのあいだ、鬱陶しい梅雨が明けて一気に暑くなって、カーンと突き抜けた真っ青な空とミーンミーンという蝉の鳴き声がやって来ると、素敵な恋の予感に心が浮ついてワクワクしてソワソワしたものだ。恋は恋をする相手がいなければ成り立たない。それなのに、そのワクワクしてソワソワする夏恋の予感は、そんな相手などいないのに意味もなく勝手にココロが浮つき始める。ステキな恋をしたい、ステキな誰かに巡り合ってステキな恋をしたい。その誰かさんは自分の周りにいる友だちとか知り合いなんかじゃなくて、もっと抽象的な誰かだった。ここにはいない、どこか遠くにいる、あの真っ青な夏空の向こうにいるであろう、わたしのステキな恋の相手。その「ステキ」という点も、なにがどう素敵なのか言えない、具体性を欠いたとにかく...夏恋のマボロシ
父の物だった書棚を整理していたら、引き出しの奥から一枚の写真が出てきた。まだ幼いわたしと若い頃の父が写っている。麦わら帽子を被ったわたしは父に肩車をしてもらっている。なぜかふたりとも難しい顔をしてこちらを見ている。季節は夏だ。ふたりの後ろには真っ白な花を木いっぱいに咲かせたキョウチクトウ。今もこの家の庭に、写真の中とほぼ変わらない姿で佇んでいる。抜けるように青く晴れた空の、その高みまで枝を伸ばし、無数の白い花が夏の日差しに輝いて見える。風が吹いた。あんなにいっぱい咲いているのに花の香りはやって来ない。「今日はありがとうね」「あ、うん。別にいいのよ。お母さん」「少し休憩しましょう。麦茶が冷えてるわよ」「ねえ。ほら見て」母に写真を見せる。ちょっと待ってとメガネをかけた母は写真を覗き込んでから笑った。「もうこの...夏の後悔
今年もまたキョウチクトウの咲く季節がやって来た。投票所へ向かう坂道の途中で、白い花が満開だった。そういえばまだ蝉の声を聞いていないな。キョウチクトウの夏
駅近くの裏通り。路上に蓋を開けて置かれたギターケース。ところどころ擦れたような傷があるそれに、財布から取り出した100円玉を入れた。日陰でも暑い。街の雑多な匂いを乗せた生ぬるい風がその人の髪を揺らし、通りの向こうへ抜けて行く。演奏が終わった。周りからまばらな拍手が起こる。彼女の弾き語りを聴いていた小さな人の輪が崩れてゆく。「そこのきみ。待って」立ち去ろうとした僕の背中に彼女の少しハスキーな声。立ち止まって振り返る。「きみ高校生?」「そう、ですけど」「それならこれ、受け取れない」差し出された手の上に百円玉があった。「きみのお小遣いでしょう」「えっ」「いつも聴いてくれて応援してくれてありがとう。でもいつか言おうと思ってたんだ」「で、でも」「働いて自分で稼ぐようになったら、ね。それまでは聴いてくれるだけでいい」...BoyMeetsGirlInMidsummer
政治問題に関する記事は書かないと決めている。社会人になってから、ブログなどのSNSデビューをした頃からのマイ・ルールだ。しかしながら、治安レベルが高いはずの我が国で元首相が暗殺されるという前代未聞の事態に遭遇し、安倍元首相への弔意とともに、今ここで、わたしの思ったこと思っていることを書いてみよう、そう思っただけだ。ただそれだけである。政治の話題はそれぞれの人の信条や考え方の数だけの主張が存在する。SNS上で発せられ見かけるそれらの主張は、しばしば客観を欠いた主観視点で為されているから、それについてまともな議論をする余地もなく価値もない。その人たちは自分の正義をあたかもそれが世界にとっての正義のように押し付けているだけだ。正義が正しくないことは子どもでも知っている。今時のアニメには正義の味方なんて出てこない...弔辞
カフェ・ド・ブランシェ物語 Ⅱ 『まぶしい夏とブルージーンズ』後編
海を望む丘にある小さなカフェ。そこで織りなされる小さな物語と小さなミステリー。⭐︎⭐︎⭐︎「わかったわ!彼女の言葉の意味がわかったよ!」彼女はおそらく知っていた。自分たちが雨宿りしている木陰が危険であることを。「あの木はね。キョウチクトウというのよ。夏の今の時期に咲くの」「キョウチクトウ?へえ。知らなかったな」「花の色は赤やピンクや白。わたしは白いキョウチクトウが好き。このカフェにあるキョウチクトウも白だね」「綺麗ですよね」確かに綺麗なんだけど、でもと言葉を継ぐ。「毒があるのよ」「えっ!毒?」「花を鑑賞するだけなら問題ないわ。丈夫な木だからあちこちに植えられているしね」「ですよね。街中で普通に見かけます」「彼女はキョウチクトウに毒があるのを知っていたと思う。誠也くんはその日は雨が降っていたと言った」「そう...カフェ・ド・ブランシェ物語Ⅱ『まぶしい夏とブルージーンズ』後編
カフェ・ド・ブランシェ物語 Ⅱ 『まぶしい夏とブルージーンズ』前編
海を望む丘にある小さなカフェ。そこで織りなされる小さな物語と小さなミステリー。⭐︎⭐︎⭐︎「ふう。暑い」額に流れる汗をタオルで拭って木陰でひと休み。海からの風が涼しい。カフェの定休日に合わせ、今日は朝の早い時間から、潮風で傷んだテラス席の塗装やら壁の簡単な補修作業を行っていた。正午にはまだだいぶ時間があるというのに真夏の太陽はすでに空高く登っている。「誠也(せいや)くん。ちょっと休憩しよう。アイスコーヒーがあるよ」「おう。いいっすね」やって来た真っ白なTシャツの胸も背中も汗で濡れている。色褪せた洗いざらしのブルージーンズ。ところどころが破けて膝が覗いている。そんな格好が絵になっている。「うまい。このアイスコーヒー美味しいです」「ありがとう」「よその喫茶店のアイスコーヒーとはぜんぜん違うけど、何か秘密がある...カフェ・ド・ブランシェ物語Ⅱ『まぶしい夏とブルージーンズ』前編
坂を登って行くと、やがて右手に白い建物が見えて来る。丘を登り切った僕は、汗を拭いながら、遥か沖まで続いている海を眺める。風が吹いた。潮の匂いがする風だ。白い建物はどうやらカフェらしい。でも営業しているのを見たことがない。しかし今日は駐車スペースに大きなグリーンの車があった。目を移すと「Open」と書かれたプレートが白いドアに下がっていた。開いているのか?自転車を隅の方に置き、カフェのドアを開けた。カランという音。明るい元気な声が僕を迎えた。「いらっしゃいませ!」白いシャツに薄いブルーの前掛けをしたその人。他にはスタッフはいないようだ。焙煎したコーヒ豆の香ばしい匂いが僕の鼻をくすぐる。先客がいた。年配の男性が窓際の席にきちんとジャケットを着て座っている。「どうぞお好きなお席へ」せっかく海が見えるのだからと思...Open
真の旅人は計画など持たず、どこかに辿り着こうなどとは考えないちょっと寄っただけ。だからどうぞお気になさらずに。また来ます。2022夏
海を望む丘にある小さなカフェ。そこで織りなされる小さな物語と小さなミステリー。前回までのあらすじ→前編をお読みください。☆☆☆「わかりました。奥様が口をきかなくなってしまった原因がわかりました!」興奮のあまり思わず大きな声を出してしまった。驚いた老紳士はコーヒーをこぼしそうになる。「すみません。ごめんなさい。お召し物は大丈夫ですか」「ああ、大丈夫ですよ」ほら、このとおりとわたしに微笑んでみせる。「良かった。今、コーヒーを新しいものにお取り替えします」「いや。いい。大丈夫だから。ありがとう。それより早く貴女の答えを聞きたい」ヒントはコーヒーに添えたミルクだ。しかしそんなことよりも先に、老紳士の期待に満ちた眼差しに応えるべきだろう。「昨晩のメニューは何でしたか」「ああ、そういえばそれはまだお話していなかった。...カフェ・ド・ブランシェ物語『夏が来る!』後編
海を望む丘にある小さなカフェ。そこで織りなされる小さな物語と小さなミステリー。⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎夜まで降り続いた雨も、一晩明けて朝になったら、雲一つない抜けるような青空が広がっていた。予報によれば今日にも梅雨明けが宣言されるらしい。頬に触れる風はいつもの潮の匂いと昨日までは感じなかった熱気を含んでいる。いよいよ夏がやってくるんだ。「よし!開けるよ」誰にともなく張り切った声をかけ、Closeと書かれたプレートを裏返しOpenに変える。開店して間もなく、緑色のセダンが坂をゆっくり登ってくるのが見えたので、お湯を沸かし始める。入り口ドアのベルがカランと鳴り、涼しげなブルーの麻ジャケットに淡いグリーンの蝶ネクタイ、きちんと折り目がついたベージュのコットンパンツ、そして足元はマロンブラウンのウイングチップという英...カフェ・ド・ブランシェ物語『夏が来る!』前編
「ブログリーダー」を活用して、aozoraさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。