「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
不思議な展開をみせる、オリジナル小説、 ほんのり奇妙な短編・ショートショートや、 中編小説を書いています。
◆小説一覧リスト https://riemiblog.blog.fc2.com/blog-entry-2.html 読んで感じたこと、思ったことなど、 ひとことでもいいので、 作品へのご感想をお待ちしています。
次の仕事場に行くまでに、あの電波塔の前を通る。 俺は完成した、その巨大な塔に、尊敬の眼差しを向けていた。 立ち止まって見上げる、作業着姿の俺の前を、多くの人が過ぎてゆく。 入り混じった話し声。車の音。風の音。遠くで聞こえる、工事の音。 街は常に、新しい未来へと発展し続ける。 そして、俺たちも進む。 流れる時の中を、生きてゆく。 交差点を渡りながら、俺はこの世界のことを考えていた。 どんな未来が...
表彰式が終わると、僕はスーツのネクタイを緩めた。 定休日なのに、従業員は来てくれた。逆に、客の来ない定休日でないと、開催できない式典だった。 会場となった、デパート最上階のホールで、たくさんの新聞記者、テレビカメラが、僕につきまとっていた。 社長から感謝状を受け取ったあとも、インタビューでマイクやレンズを向けられて、僕はいっときのスターでいなければならなかった。 短い挨拶だけで、あまり話はしな...
荒れ狂う海は、世界を水没させてしまいそうだ。 高い空で、波が弾ける。冷たい飛沫が雨のよう。 風がうるさい。頭の中が、風の音でいっぱいになる……。 私は、通い慣れたような足取りで、浜を横切り、工場の中に入って行った。 ここも、機械の音が耳に響く。ただ何も考えられずに、私は私の足が動かす場所へと、進んで行った。 先端がキラキラと光っていた、複雑な作りの装置の前を、見向きもせずに素通りし、奥の部屋へと...
アキが目を覚ますのが、もう少し遅ければ、俺は無理やりにでも、その腕を掴んで起こしただろう。 病室の時計は、夜の十一時を指していた。これ以上はもう待てない。「あぁー、よく寝た……」 のん気なアキの声がした。 俺たちは最終電車に揺られ、目的地を目指していた。 布地の長い椅子の上で、二人、肩を並べて座っていた。 窓の外は闇。天井から照らす、白い明かりの眩しさが、俺には少し目に染みた。 車両と車両を繋ぐ...
警察署で事情を説明し終わると、僕はすぐに病院へ向かった。 逮捕を逃れていた、組織の最後の信者、と同時に、前の警備員の殺人犯。そいつを捕まえることができた喜びよりも、何より、彼女のことが気がかりだった。 彼女、秋吉さんは、あのあとすぐに、「眠い」と言って、僕に体を預け、寝てしまった。 病院へ運んだあと、目覚めを待たないで警察署へ向かわされた僕は、彼女がどんな状態でいるか、すぐにでも知りたかった。...
お婆さんは、試着室の前の椅子から、ゆっくりと立ち上がり、エレベーターの方へ向かった。 私はその椅子の上に、うちのデパートのロゴマークが入った、紙袋を見つけた。 お婆さん、忘れ物、と言って、私は紙袋の取っ手を持ち、あとを追いかけた。 違和感がした。なんて重いの。これ、なにを買ったんだろう。 お婆さんが、エレベーターのドアの前で待っていた。よかった、追いついた。「まあ、ごめんなさい……」「いえ。お持...
街に降る雨は、汚い空気を流すシャワー。 ビルの間を駆け抜ける風、強い音。 街路樹の葉が、雨粒と飛んでくる。肩をかすめて後ろに流れた。「平気か、新人?」 細い足場ですれ違うとき、先輩の鳶職人が、俺に聞いた。「もし高所恐怖症だったなら、」 俺は向かい風に負けない、大きな声を張り上げた。「誰も、面接には来ませんよ!」「よく働け!」と、鳶職人。「この仕事には遣り甲斐がある。街の未来を築くという、夢があ...
僕は巡回中に、AKIYOSHIさんの働くフロアに立ち寄っていた。 婦人服売り場。客はまばらだった。昨日見た、常連だという老婆が、試着室の前の椅子に、ちょこんと腰を下ろしていた。 眼鏡の従業員が、何事か、というように、興味ありげに見上げてきた。 何も言わずに、僕はレジカウンターの前へ来た。 AKIYOSHIさんは両手を自分の前で揃え、カウンター内に小さくおさまって立っていた。「季節のアキに、大吉のキチと書いて、...
遠い旅の途中です、と彼らは言った。 名もなき楽団です、と、初めはそう言っていた。 こんな海まで、ようこそ。お疲れでしょう、お茶でもどうですかな? と、パパが言って、彼らを自宅の工場内へと招いた。それがきっかけだった。 パパは自称・発明家で、娘の私から見ても、少し変わり者だった。 工場内では、大きな機械のモーター音。フル回転の換気扇。 私とパパは、そんな工場の一室で眠った。夜は機械を止めて、波の...
現場監督の一撃は強烈だった。 俺は切れた左頬から、血を流れるままにさせ、交差点を横切った。 人々の白い目をかわし、歩いて繁華街までやってきた。 心がざわついている今、一人になってしまった途端、バイクでは暴走してしまうだろうと、思ったからだ。 俺だけなら、どんなことになってもいい。 だが彼女には、あいつにだけは、絶対に迷惑をかけたくはない。 不意に俺は、電器屋の前で足を止めた。 売り物の液晶画面...
初日はデパートの構造を調べるために、すみずみまで歩いた。 非常階段に、裏口。各階の開けられる窓はすべて開け、逃走ルートを想像してみた。 トイレ。社員食堂。救護室。エスカレーターにエレベーター。 フロアをすべて巡ることで、従業員たちにも顔と名前が知れ渡った。 新しい青い制服の下で、汗ばんだ体。 昼になり、腰に付けていたトランシーバーから、交代を告げる先輩の声がした。「了解しました。今、そちらに戻...
「AKIYOSHI」 胸に付けた、金色のネームプレートには、しなやかなフォントで、そう刻まれている。 私は更衣室で、従業員の制服に身をもぐらせた。 白いシンプルなブラウスに、桃色の上着。 膝丈のスカートは、同じく桃色で、細めのプリーツが入っている。 紺のハイヒールは、昨日のかかとのカサブタを、上から強く押し付ける。 スカートの後ろを押さえながら、エスカレーターで三階へ。 「婦人服売り場→」、大きな看板...
夜間の工事現場で働けば、金はすぐに手に入る。 都会の裏通りで俺は、乾いた唇に染みた、汗の辛さを味わっていた。 少人数で編成されたチームは、どこの誰だか知らない、訳あり連中の集まりだった。 ただひたすらに穴を掘る。 新しい建造物のために。いいや、みんな自分の金のために。それだけを思って、高く腕を振り上げるんだ。 頻繁に、名前を呼ばれる。おそらく誰も本名じゃないだろうが、現場監督が馬のケツを叩くよ...
僕は消えた社員の身代わりだ。 このデパートは隣町に建っているが、小さな頃から、ほとんど足を運ぶことはなかった。 その方面はすぐ先に海しかなかったから、大して用がなかった、としか言えない。 地元には大型ショッピングモールもあったし、それですべて、事足りていたせいだろう。 僕がそいつの後任に選ばれたのは、なぜだろうか、今でもはっきりとは分かっていない。 ただ、誰でもよかった、ということは確かなこと...
高架下の水面(みなも)に、街灯の明かりが落ちて揺れていた。 淡いオレンジ色の光と、薄暗い夜の青さが入り混じる。 俯いた顔に冷たい風が吹きつける。 ほんのりと、潮の香りを運んでくる。 車のライトが背中で輝き、速いスピードで過ぎ去った。 毎日見ている。 足を止めて、橋の上から。 そこは、道路を仕切る白線の中。 深夜になると、交通も少ない。 誰にも入ってきてほしくないの。 ただ一人で、私は海を眺める...
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「やあ! ペンギン」「あぁ、らっかせいくんか」「きみ、ペンギンのぺんぺんくんでしょー?」「そうだよ。ぼくはぺんぺんくんだよ。きみは?」「ぼくは、らっかせいのらっかせいさ」「うん、そうだね。ところで、何か用なの?」「ううん。もうさむくなったから、きみが現れると思ってね。待ってただけさ」「そう、ぼく、さむくなったら出番がくるんだよ。それまでは、氷のあるところにいるんだけどね」「もう出ていいんだろ? ...
◆雨の降る街 現代ドラマ(全7話) 泣きたくなったら、ここへおいで。 その街は、毎日雨が降る街だった。 少年は、ある一つの仕事について知る。 それは街の人々にとって、必要なシステム。 たぶんきっと、あなたにも……。 ▽目次(クリックで展開) 1 昨夜 2 配管 3 蛙堂 4 社長 5 睡蓮 6 雲海 7 翌日 1 昨夜 少年は、眠れない夜に考え事をするのは、よくないことだと分かっていた。 考えは...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
時計は、静かで凍りついたような空間に、大きく、振動を響かせていた。 午後一時。 窓のない部屋は、壁の時計と、白い電灯に照らされた三人の、小さな呼吸の音だけを、密やかに閉じ込めていた。 三人はそれぞれ、赤、白、黒のシンプルなワンピースに身を包み、狭い部屋の中央に置かれた、木でできた丸い机に、向き合って座っていた。 アイドルのような整った顔立ちに、セミロングの黒髪。三人は似たような白い顔に、何の表...
◆アパルトマンで見る夢は 現代ドラマ(全15話) 諦めることは簡単だ。それでも前を向く。 もう一度、夢の続きを見たいから……。 仕事に行き詰まりを感じた女優、舞花。 逃げるように来た引っ越し先で、 どこか不思議な絵描きと出会う。 ▽目次(クリックで展開) 1 椅子 2 スーツケース 3 ベッド 4 リンゴ 5 ギター 6 カーテン 7 階段 8 エクレア 9 手紙 10 グラス 11 傘 12 鏡 13...
◆稲妻トリップ ファンタジー(全15話) 明日もちゃんと生きていく。 心の中に、抱え込んだ思い。 そして過ぎてゆく、昨日、今日、明日。 三人の視点で綴る、 生きる世界と、その時間。 ▽目次(クリックで展開) 1 さっき…… 2 アオムラ 3 りゅうの 4 AKIYOSHI 5 溶ける時計 6 今日のこと 7 十年前 8 特別な人 9 スパーク 10 ビー玉 11 世界 12 白い光 13 音 14 明日 15 ...
◆ソレイユの森 SF(全15話) 「守っています。命令は、絶対です」 数奇な運命をたどる命と、一人のロボット。 時の流れの中で、大きな展開をみせる、 この世界。 ▽目次(クリックで展開) 1 シュー教授 2 温室栽培 3 訪問販売 4 マネキン 5 日光浴 6 目覚め 7 約束 8 命令 9 傍観者 10 蜘蛛の巣 11 カナユワテ 12 送受信 13 0 14 光の中 15 森 1 シュー教授 ...
◆月のライン 現代ドラマ(全34話) ノエル(クリスマス)の夜に、 煌めく町と、光る花。 美しい町並みに交差する、人々の想い。 月に何度も沈む島で起きる、一つの事件。 自身初の連載小説。 ▽目次(クリックで展開) 1章 1-1 1-2 1-3 1-4 2章 2-1 2-2 2-3 2-4 3章 3-1 3-2 3-3 3-4 4章 4-1 4-2 4-3 4-4 5章 5-1 ...
~ お知らせ ~ ・「雨の降る街」完結 ・「扉の中のトリニティ」Up ・「アパルトマンで見る夢は」完結◆人生の散髪屋ファンタジー (読了時間・約6分)変わりたいという人のために――この散髪屋でカットすると、まったく違う自分になれる――♪ 人生の散髪屋【朗読ver.】 ◆スランプの怪物SF (読了時間・約4分)「そんな、まさか、信じられない……」ある日、スランプに陥った作家の前に、謎の怪物が現れた。その怪物は、恐ろしい...
その国は昔から、幾度の争いにも勝利し、長らく繁栄を保ってきた。 国王の裏には、偉大な力を持つとされる予言者が一人いて、どうすれば他の国に負けず、大国を維持できるか、国王に指示しているという。 国王は自分では何もせず、すべてはその予言者の指示にかかっている。 そうと知った他国の軍が、予言者をさらってしまおうと考えた。 しかし、考えただけで、その意思は予言者の脳裏に行き届いてしまう。 これにより、...
大きなヘビが現れた。 地面の中から現れた。 はじめ、体長2メートル程だったが、動物園のオリの中で、徐々に伸びだした。 すぐ、オリはいっぱいになり、ヘビは別の場所に移されることとなった。 郵送トラックに詰まれたケージ内で、ヘビは頭に麻袋を被せられ、自分がどこへゆくのか分からないまま、静かな眠りについていた。 寝る子はよく育った。 運転手がケージを見た時、ケージははち切れんばかりに歪み、ヘビの皮膚...
あるところに、ひとりのおじいさんがいました。 おじいさんは、どこにでもいる普通のおじいさんです。 そのおじいさんは、そこに住んでいたのではありません。 ただ、そこにいただけでした。 どこにでもいるそのおじいさんに、白羽の矢が立ったのは、単なる偶然でした。 天の国で天使を務めているビーちゃんは、「次の天国人を決めなさい」と、大天使様に言われ、地上に降りて、そのおじいさんに狙いをつけたのでした。 ...
――その病院から出てきた者は、皆さわやかになる―― 最近鬱ぎみのしー君は、その宣伝に惹かれて、さわやか病院に行くことにした。 精神科の先生が、いい腕なのだろうか。 しー君は病院内に足を入れた。 その瞬間、この世とは思えないほどの、異臭がした。 なんだか照明も薄暗く、壁のあちこちに、血の痕のような飛び散りが見える。「本当にこんなところで、さわやかになれるのだろうか……」 しー君は戸惑いながら、とにかく...
子は、小さな頃から母に聞いていた。 私たちは、光の方向へ進んで生きているの。 光がなくては生きられないのよ。 子は最近、強烈な光を見つけ、何度もそこへ向かおうと考えていた。 でもね……と母。 強すぎる光は、その分刺激的よ。 でも、命を落としてもしまうのよ。 あなたの父は、光に長く当たりすぎたのね。 最後にはビリビリになって、体を溶かしてしまったのよ。 子は疑問に思う。 ぼくらは、光を夢見ることを...
UFO研究家の博士は、頑固な性格で有名だった。 人々の誰もが「ありもしない」と、UFOや宇宙人の存在を否定しても、博士だけは「存在する!」と言い張っていた。 博士は若い頃から、UFOが空から降りてきて、宇宙人が自分と握手する光景を、何度も夢に見ていた。 宇宙人が悪者であるわけがないと、博士は思っていた。 宇宙人は友好を築く為、いつの日か必ず地球にやってきてくれる、と信じて疑わなかった。 博士は...
飲食店の片すみに、いつも一人のお爺さんが座っていた。 店の店長は、もうその光景にはすっかり慣れていたので、毎日お爺さんに、料理を多めに出していた。常連客へのサービスだ。 店長は、手が暇になると、お爺さんのそばへ行き、他愛もない会話を楽しむ。 毎日そうしているうちに、お爺さんは、自分の身の上話を語り始めた。 それによると、こうだ。 お爺さんは絵描きだった。 手にスケッチブックを持って、外を散歩す...
私は走ることが好きだ。 走り続けることで、生きていることを実感できる。 とりわけ、雨の日が好きだ。 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。 だから私は、雨の日でも走る。 ある日、私は、友達と賭けをした。 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーを...
目が覚めると、いつの間にか新人がやってきていた。「やぁ、おはよう。初めまして」「初めまして。ところで……ここはどこだい?」「ここは監獄だよ。入れられた者は、二度と外には出られない」「そんなぁ……」「ほら、あそこに机と椅子が見えるだろう? 看守がいてね、そいつが夜になると、決まってそこに座るんだ。そして僕らを、オリごしに眺める。何か、晩ご飯を持参してくるよ」「僕たちのご飯はいつだい?」「何のん気なこ...
お笑いピン芸人の鈴木は、最近、悩んでいた。 自分のギャグがヒットしなくなったのだ。 しかも、新人の芸人がどんどん出てくる。 若手に客を持っていかれ、TV出演もほとんどなくなってしまった。 最近では、山田とかいう二十歳そこそこのピン芸人が、ブームらしい。 お笑いのくせにルックスもよく、女子のファンも多い。 下積み時代も浅く、芸歴十年の鈴木にとっては、とんでもない強敵となった。 バラエティ番組のプ...
俺は退屈していた。 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレ...
ある日の放課後、わたる君は横断歩道の向こうから、一人のおじさんが歩いてきて、話しかけられた。「やぁ、やっと会えたな」「おじさんだれ?」 わたる君はおじさんの顔を見た。 どこか自分と似たような目をしている。「親戚の人?」「とりあえず止まって話さないか?」「えっ、横断歩道だよ。信号が赤に変わっちゃうよ」 わたる君が足を進めようとするが、おじさんはわたる君の腕を、がっしり掴んで放さなかった。「助けて...
その時、少年はまだ言葉も知らぬ赤ちゃんだった。 母と、ベビーカーに乗せられて、連れ出された散歩の途中で、少年はあるものに目が釘付けとなった。 ベビーカーから見上げたその先に、くるくると回る円盤があった。 なぜ円盤があるのか、なぜくるくると回っているのか、しかし少年は0歳だったので、母親に尋ねようとしても、ただ「あー!」としか言えないのであった。 円盤は回る。 ただくるくると、その場で回り続ける...
フェリーに乗って30分、本土から16キロと、さほど離れていないその島は、観光地として人気があった。 島、といっても南の楽園ではなくて、船が上陸する港には、たしょう砂浜がある程度で、島を支える地面には、そのほとんどに硬い石畳が敷き詰められていた。 上に建つのは、中世の面影を残した建物。 太い木枠が入り交じり、みな同じような朱色の屋根に、白い壁。 花を飾った出窓に揺れる、レースのカーテン。 ドアには飾...
大学の研究室で教授を務めていたしゅういちは、漢字で「周一」と書く。 同僚や教え子たちは、親しみを込めて「いち」を伸ばす発音にし、「シュー教授」と呼ぶことにしていた。 歳は四十過ぎ。毛量は多いけれど、白髪を染めないので老けて見える。 しかし性格は明るく、人当たりも優しかった。 生徒の勉強を、その子が解かるまで親身になって指導していた。 親身になり過ぎたのかもしれない……。 あとになって、シュー教授...