【詩に就いて※追記あり】早大生だつた頃、戸山キャンパスの圖書舘にて#漱石や#鴎外を讀んだものだが、その偉大さを感じつゝも、その話に就いては解り得ない事を、多々抱へてゐた。四十代を迎へた頃、やうやく、漱石が解るやうになつた。最近、#小林秀雄の評傳を讀んでゐる。小林秀雄の評傳ならば、自然、彼の周邊に存在した詩人達にも話が及ぶ。私はつい、最近迄、詩に就いて全く解らない儘でゐた。何故、詩なんぞを詠む人達がゐるのか解らなかつた。だが、こゝ最近、私は個人的な體驗をとほしたうへで、小林秀雄の評傳を讀む事に據り、#富永太郎や#中原中也に就いて触れて見ると、私自身の心中に變化が生じた。抑、詩とは解るものではなく、感じ入るものなのではないか。詩人とは、(私小説家のやうに)己の葛藤や惱みを直接語るのではなく、己の葛藤や惱みを契...【詩に就いて※追記あり】