chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
愛に恋 https://pione1.hatenablog.com/

晴読雨読、乱読遅読の独歩人生を送っております!

人との出会いはめっきり少なくなりましたが、新刊、古書を問わず本との逢瀬はこれからも大事にしていきたいと日々、思っています。

ダメオ
フォロー
住所
淀川区
出身
港区
ブログ村参加

2017/07/10

arrow_drop_down
  • 「ムーンライト・セレナーデ」 茅野和助の手紙「今生の暇乞い」

    赤穂浪士四十七士の多くは、討ち入り直前、それぞれ残していく者たちに手紙を送っている。その中で茅野和助の手紙の一節を現代語訳で載せたい。「この場を逃れたのでは、一家の面目にもかかわり、ことに武士として生きるので、弟武次郎やせがれの猪之吉などにもよくないし、とにかく武士の道にはずれることになります。人間は、短い一生の間一度は必ず死ぬ運命ですので、私の場合は少し早く死ぬということだけです。返す返す一度は母上様に楽をさせるようにし、武次郎を取り立てて一人前の武士としたいと思っておりましたが、それだけが心残りです。それは前世の定めと考えて、母上様がお嘆きにならないよう、頼みます。言うまでもないことですが…

  • 『大谷翔平非公式スポークスマン』 契約金は史上最高額の5億ドル(約747億5000万円)以上になる

    エンゼルスの大谷翔平選手は、同球団と契約延長しない限り、今季終了後にFAになる。その場合の移籍先候補として最有力とされているのがロサンゼルス・ドジャースだ。その理由について米メディア『CBSスポーツ』が分析し、3つ挙げている。大谷の契約金は史上最高額の5億ドル(約747億5000万円)以上になると予想されており、ドジャースやニューヨーク・メッツなどの金満球団が、争奪戦で交渉を有利に進める可能性がある。しかし、お金が主な動機にならなくとも、ドジャースが移籍先の最有力候補であるとの見解を同メディアが示した。約747億5000万円か、私の総資産より少ないので安心したよ。しかし彼は何にこの金を使うのだ…

  • 東京裁判を問う

    本書は戦後38年経った1983年の5月28日と29日の両日、池袋のサンシャインシティ、元巣鴨拘置所跡で行われた「東京裁判」国際シンポジウムの記録を編んだもので、未だ裁判に関係した人が存命である中で行われたものだ。戦勝国が敗戦国を問うことの是非、侵略戦争と自衛戦争の区別、基準、国家の行為に対する責任を個人に問うことの当否などが議論の対象になっている。東京裁判で確定された法律は事後法で罪刑法定主義(法律なければ犯罪なし)の格言に違反しているという論法がまかり通るという訳だ。更に米国の原爆投下、日ソ中立条約侵犯など連合国の行為は、問題とされることすら許されない。遡って満州事変以からの15年戦争は、明…

  • トマス・コール Part.2

    《楽園追放・月と火の光》(1828年) 《ナイアガラの滝遠景》(1830年) 《帝国の推移(衰退)》(1836年) ニューヨーク歴史協会 《帝国の推移(牧歌)》(1836年) ニューヨーク歴史協会 《森の家》(1847年) レイノルズ・ハウス美術館 《夕暮れの十字架》(1848年) ティッセン・ボルネミッサ美術館 《タイタンの酒杯》(1833年) メトロポリタン美術館 《晩課》(1838年) イェール大学美術館 《帝国の推移《荒廃》》(1836年) ニューヨーク歴史協会 《人生の航路《青年期》》(1842年) ワシントン・ナショナル・ギャラリー トマス・コールは、アメリカの最高の風景画家として…

  • 偉人伝 part.12

    アインシュタインとオッペンハイマーです。原爆の生みの親、オッペンハイマーは、こんな世界をどう思っているのか。 パブロ・ピカソ、彼が死んだ1973年4月8日の新聞を読みました。いくらか同時代を生きていたことに驚いたものです。遺書に私の名前がなかったことに驚きを隠せなかったことも。 ブラームスです。 「苦労しないで真の創造なんてありえないよ。作曲は発明だと言われることもある。でもそれはアイデアとかいうべきで、要するに天から降ってくるインスピレーションなんだ。僕の手柄じゃないし、授かりものだね。」 パットン将軍 トルストイです。1886年にモスクワからヤスナヤ ポリャーナまで旅をしていた時にの写真で…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 生きることは、たえずわき道にそれていくことだ

    「生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこに向かうはずだったのか、振り返ってみることさえ許されない。そして本当はあっちの道が自分の本来進むはずだった道なのに」と振り返ってみようとしても、そんな岐路はもう存在せず、今歩いている道の先を進んで行くしかない。けっきょく、わき道こそが、本当の道とも言えるのかもしれない。とカフカは言っている。私の人生にはもともと本道というものがない。わき道ばかりで、その都度、仕事や女で岐路変更だらけ。辿り着いた先が病魔だった。嗚呼、この気怠さは何だ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。『乳がん』日本人女性9人に1人。17年で2倍以上に 33歳で発覚…

  • ジェニファー・ロペス Part.8

    2021 2019 ロペスさん、アナタ、露出のない写真というのはないですね。露出だらけですよ。 まあ、アナタほど体に自信があれば分かりますけどね。 ただ、私と会うときだけはもう少し着てくださいね、日本では目立ち過ぎますので。

  • ルネ・マグリット Part.8

    《とてつもない日々》 《誘惑者》 《若さ》 《透視》 《狂信者》 《悪魔の微笑》 《中世のパニック》 《夜会服》 《一夜の博物館》 《魔術師》 マグリットの絵画は、画家自身の言葉によれば「目に見える思考」であり、世界が本来持っている神秘(不思議)を描かれたイメージとして提示したものであるといっている。解りますよね「目に見える思考」です(笑)

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 アルフレッド・ド・ミュッセ

    フランス・ロマン主義の作家で詩、小説、戯曲などを広く手がけた、アルフレッド・ド・ミュッセ(1810年-1857年)が「われ来たりぬ、かくも年老いし世に、かくも遅延して」、といっても彼は46歳までしか生きていないので、或は私のことか。最近、病院続きでどうも疲れが溜まり、今日などは右のほっぺたが歯肉腫れで傷み薬まで飲んだ。さらには今年の九月は秋に見放されてしまったのか猛暑ばかり。お陰で読書も進まず、何度寝ても眠たい。おまけに脳のCTも頸動脈エコー検査も、それほどいい結果ではなかった。冗談も飛び出すというもんだ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。「余命、三週間だよ。」それにしても、いい詩句だ…

  • 【AB通信:オドロイター発】 ナゴルノカラバフのアルメニア系行政府、来年1月1日に消滅へ

    アゼルバイジャンとアルメニアの係争地ナゴルノカラバフのアルメニア系住民の行政府であるアルツァフ共和国が2024年1月1日に消滅することになった。ナゴルノカラバフとアルメニアの当局は28日、アルツァフ共和国のサンベル・シャフラマニャン大統領が24年1月1日に全ての国家機関を解散する法令に署名したと明らかに。これで両者は永遠に和解はないだろう。

  • ティツィアーノ・ヴェチェッリオ Part.4

    《バッカスとアリアドネ》(1520-1523年) 《シシュポス》(1548-1549年頃) プラド美術館 《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》(1515年) ドリア・パンフィリ美術館 《イサベル・デ・ポルトゥガル》(1548年頃) プラド美術館 《鏡と女性》 《イザベラ・デステの肖像》(1534-1536年頃) ウィーン・美術史美術館 《美しい人》(1536年頃) パラティーナ美術館 《悲しみの聖母》(1554年頃) プラド美術館 《タルクィニウスとルクレツィア》(1516-1517年頃) 美術史美術館 《ヴェンドラミン家の肖像》(1543-1547年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー ティツィ…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 同害報復原理

    裁判で検察側が死刑を求刑しているのに、弁護側が心神耗弱を理由に無罪を主張することがある。同じ司法試験を合格した両者は斯くも極端に意見が異なる。同害報復原理は、罪と罰の均衡を維持する最小限度の原則であるが、このような判決の場合では、その正義さえも守られていない。キリスト教的思想に荼毒(とどく)された西欧伝来の刑法思想は、正義を堕落させてしまったのか。殺人犯が反省しているかどうかが、量刑を決める一つの要素になっている。しかし人を殺害した場合、並みの反省では刑を軽くするなどは認めてはならない。死ぬほど反省して初めてそれが立証されるのである。究極的には、自殺して詫びてこそ、真に心から詫びた証明ができる…

  • 日焼け対策

    テレビで東京に来た多くの外国人を見ているが、何処の国の人でもマスク、日焼け対策などしている民族は居ませんね。日本人は日傘、長手袋、マスク、帽子、長袖と暑苦しい恰好だが、外人は半袖一枚。さっぱり、あっさりで サングラスのみ。よく街角で覆面強盗みたいな恰好で自転車に乗っている女性を見かけるが、あまり頂けないな。つまり、下の写真に帽子、眼鏡では誰なのかさっぱり分からん。外人はなんと思っているのか。

  • アンリ・マティス Part.3

    《Nu drapé》(1936年) 《クリーニングレディ》(1896年) 《ラ・フランス》(1939年) ひろしま美術館 《長椅子に座る女》(1920-1921年) カンヴァス バーゼル美術館 《花のついた帽子をかぶった女性(アントワネット)》(1919年) 《インテリア》(1940年) 《音楽》(1939年) 《金魚》 《海の動物》 《オセアニアの記憶》 アンリ・マティスさん、このオセアニアの記憶というのは、どこがどうオセアニアの記憶なんですか。さっぱり解からんじゃないか。こんなんでいいなら私も描くぞ。 鎌倉の記憶!

  • 【AB通信:オドロイター発】 オレクサンドル・マツィエフスキー

    【AB通信:オドロイター発】英雄スラヴァ!オレクサンドル・マツィエフスキー、この英雄は決して忘れられないでしょう。12月30日、マツィエウスキーを含む火力支援中隊が前線最側面にてロシア軍を迎撃。12時間に及ぶ戦闘の果てに部隊はロシア軍の撃退に成功したが、マツィエウスキーら支援中隊は消息不明になっていた。その後、遺体が発見され、不特定状況の最中に戦死したものと思われた。2023年3月6日、ソーシャルメディアやマスメディアによって、ウクライナ兵とおぼしき人物がロシア軍によって射殺される動画が出回った。約12秒間の動画の中で、武装を外したウクライナ軍軍服を着た人物が、機関銃の照準器の下、森の真ん中に…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 ある日の萩原朔太郎と室生犀星

    町の煙草屋に一寸綺麗な娘が居て、いつも店に座って居た。室生君はそれを嫁にもらいたいから、僕に交渉してくれと言うのである。乞食同様な無名詩人のところへ、普通の娘が嫁に来る筈が無いと思ったが、それでも念のために先方へ話してみたら、果たして頭から突慳(つっけん)どんに断られた。しかし室生君は、別に失望もしないで平気で居た。つまり彼は、金の無い寂しさと一緒に、性の悩ましい寂しさを持てあまして居たのであった。と、萩原朔太郎は室生犀星について語っている。よく文豪などの評伝など読んでいると、この性の問題は若い彼らをかなり悩ましている。トルストイにしてもガンジーにしても然りだ。まあ、当然の帰結といえばそれまで…

  • 川瀬巴水 Part.5

    《春雨(護国寺)》 《荒川の月》 (1929年) 《池上本門寺》(1931年) 《七里ガ浜》(1928年) 《牛堀の夕暮れ》(1930年代) 《亀戸の藤》(1932年) 渡邊木版美術画舗 《東海道風景選集 馬入川》(1931年) 《若狭 久出の浜》 (1920年) 《大宮見沼川》(1930年)国立国会図書館 《日本橋 夜明け》 川瀬巴水、いいですね、昔の日本が偲ばれます。 特に上の《七里ガ浜》は、昔、太宰治の心中事件があった辺りで、私も一度行ったことがありますだけに感慨深いです。 20世紀で最も偉大な芸術家は誰ですか? みんなはピカソやダリについて話しますが、それは、日本の浮世絵の最後の巨匠、…

  • 伊勢湾台風

    64年前の今日。1959年9月26日,伊勢湾台風が潮岬に上陸。紀伊半島・東海地方を中心に甚大な被害を及ぼした。死者・行方不明者5,000人以上。 そうか、あの日、東京板橋の木造アパートに住んでいたのだが、前の道路が浸水して、誰だったか大人の人が、ちょっと様子を見て来るとか言って、膝のあたりまで水に浸かって出て行ったのを記憶しているが。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 存在の堪えられない軽さ

    ミラン・クンデラは「」のなかで、愛情に関する一種の経典的な警句を吐いている。「女とセックスするのと、いっしょに眠るとは、まったく相異なる感情である。前者は情欲、官能の享受であり、後者は愛情、寄り添うことである」と。ちょっとよく分からないが、女とセックスする場合、単なる情欲だけじゃなく愛情の確認ということでもあるだろう。それはお互いさまで、だから定期的な性交渉が必要なわけだ。出来るならばそういう状態で妊娠出産が子供としては望ましい。がしかし、私の場合、両親は約2年ほどで離婚しているので、その点、何だか疑わしい。今となっては確かめようがない。私の出自にはいろいろ問題がありそうなので、18歳の頃から…

  • ヒラリー・ダフ Part.9

    (2016 ヒラリーさん、アナタの笑顔と、そのミニスカート姿が気に入りました。私の横で歩くのはアナタしかありません。 ね、アナタもそう思うでしょ。 なんと二人はお似合いなんでしょうか。 私はもう恋人気分です。

  • ジョルジュ・ド・ラ・トゥール part.2

    《聖母の教育》(17世紀) ルーヴル美術館 《サイコロを振る人》(1650-1651年頃) プレストンホール博物館 《ダイヤのエースを持ついかさま師》(1635年頃) ルーヴル美術館 《金の支払い》(1630-1635年頃) リヴィウ国立アートギャラリー 《悔い改めるマグダラのマリア》(1635年頃) メトロポリタン美術館 《のみをつぶす女》(1635-1638年頃) ロレーヌ歴史博物館 《音楽家の乱闘》(1625-1630年頃) J・ポール・ゲティ美術館 《聖ペテロの否認》(1620年代) トゥール美術館 《聖ヨセフの夢(聖ヨセフの前に現れる天使)》(1628-1645年頃) ナント美術館 …

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 老人の性は悩ましく生きている

    老人の性は悩ましく生きているのであります。その懊悩は青春のそれといささかも変わらない。いやもっと哀切で、声なき叫びといったものかもしれません。異性を求める切望。その実現が不可能なときの懊悩。人間としての自然の情念を、老人であるゆえに抑圧せねばならぬとは何という不平等だろう。それが老人であってどこが悪いのか?それは人間としての当然の権利として認められるべきものであります。老人が若さに憧れ、若い恋人を持ちたいと思うのは、性能力の復権を念じ、青春への回帰を願っているからにほかならないのであります。佐藤愛子は書いている。彼女は2度の離婚と不倫経験があるが、佐藤紅緑の血が何か影響があるのかどうか分からな…

  • 熱海富士と伯桜鵬

    熱海富士 所要18場所史上最速V王手! 21歳0カ月で初賜杯なら白鵬超え年少記録。大横綱超えの大記録が見えてきた。21歳0カ月で優勝すれば、貴花田、大鵬、北の湖に次ぐ史上4位の年少記録で、21歳2カ月の白鵬を上回る。初土俵から所要18場所目は、貴花田と朝青龍の24場所を大きく更新し、年6場所制となった1958年以降では最速(付け出しを除く)となる。昨夜は験直しと同部屋同期で仲の良い序二段・実富士(21)と一緒にゲームを楽しんでリフレッシュした。同期がまだ序二段なのに熱海富士はもう優勝戦線。応援したくなるね。今場所は休場している伯桜鵬、まだ20歳だけど、将来はこの二人の時代がやってくると思うよ。

  • ルーカス・クラーナハ part.2

    《ユディト》(1530年) ウィーン美術史美術館 《アダムとエヴァ》(1510年頃) ワルシャワ国立美術館 《聖ヒエロニムス》(1525年) チロル州立博物館 《聖ヨハネの斬首》(1515年) クロムニェジーシュ宮殿 《律法と福音》(1529年) プラハ国立美術館 《聖ヒエロニムス》(1515年) コーブルク城 《ヘラクレスとオムパレー》(1537年) アントン・ウルリッヒ公爵美術館 《裏切りと捕縛》(1515年) ノートン美術館 《キリストの別れ》(1520年頃) ウィーン美術史美術館 《子供たちを祝福するキリスト》(1546年) ヨハネ騎士団ホール アナタ、同名の息子も画家であるため、ルー…

  • 偉人伝 part.11

    レイモンド・チャンドラー。44歳で大恐慌の影響で職を失い推理小説を書き始めました。私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とするシリーズはハードボイルドの代名詞とされています。 この人、ハンナ・アーレントです。最近は映画化されているみたいですけど、作家として政治哲学者、思想家として有名ですが著書は非常に難しい。いつ頃だったか、20年以上前か彼女の『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』を読んだのですが、未熟な私には少し手に余った。代表作に『全体主義の起源』なんていう作品もあるが、とても読めたもんじゃない。 サー・アーサー・コナン・ドイル モーパッサン ハロルド・ロイド シモーヌ・ド…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 グローバリゼーション

    グローバリゼーションという概念が世界の注目を集め、当初から議論はまっぷたつに分れ、一方の陣営は自由貿易こそが社会を豊かにすると熱心に説く経済学者や起業家たちだ。彼らは、規則のない交換をおこなえば、双方の当事者が利益を得られると言い貿易をすればするほどよいのだと主張する。それがわずかでも損なわれれば、我々は、人智が実らせた果実をほかの地域から手に入れる機会を奪われてしまうのだという。彼らの対極には、かまびすしい環境保護活動家や文化ナショナリスト、労働組合の幹部や反企業活動家がいて、規制なき貿易は、想定外の破壊的な形で政治、社会、環境保全の仕組みをひっくり返すと非難する。貿易をしなければしないほど…

  • 櫛挽道守 木内 昇

    本作は中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞受賞作の大作で読むほどに唸るような作品だと思う。 私が審査員でも間違いなく一票を入れたであろう文句なしの小説ではなかろうか。 多少、時代考証や方言など難しいところもあるが、ストーリーなどどこまでも読みごたえのある作品で、時代小説の好きな人にはお薦めの逸品かと思う。 幕末、木曽山中の小さな宿場町。 年頃になれば女は嫁すものとされていた時代、父の背を追い、櫛挽職人をひたむきに目指す主人公登瀬の一途さと、貧しい一家の情感と生活がよく表れて心を打つ。

  • マーゴット・ロビー Part.7

    2019 2021 マーゴットさん、アナタの露出は強烈ですね。そんな恰好では一緒に歩くと私の方が恥ずかしいのですが。 意外と短パンでラフな格好もよく似合ってますので、それでお願いしします。 いや、一度デートをしてもらおうと思ってね。

  • ジャン・シメオン・シャルダン Part.2

    《洗濯をする小間使い》(1735年頃) 《芸術とその報酬》(1766年) ミネアポリス美術館 《良き教育》(1753年頃) ヒューストン美術館 《台所のテーブル(昼食の準備)》(1756年) カルカソンヌ美術館 《テーブルの上の静物》(1769年) ゲティ・センター 《眼鏡を掛けた自画像》(1771年) 《さいころ独楽に見入る宝石商ゴドフロワ氏の息子》(1738年) ルーヴル美術館 《芸術に属する静物》(1724-1728年) 《トランプの城》(1741年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《カードのトリック》(1735年頃) アイルランド国立美術館 シャルダンの作品は日常的・現実的な題材や…

  • 妄想仏像見学 part.2

    『妄想仏像見学第十一話』【三重・宝厳寺/十一面観音立像(平安)】像高約165cm 『妄想仏像見学第十二話』【京都・広隆寺/不空羂索観音菩薩立像(819年以前)】国宝。像高313.6cm。 『妄想仏像見学第十三話』【奈良・法隆寺大講堂/薬師如来及び両脇侍坐像(990年)】247.2cm 『妄想仏像見学第十四話』【京都・東寺/弘法大師坐像(1233年) 】運慶の四男、康勝の作。東寺御影堂の本尊。 『妄想仏像見学第十五話』【大阪・道明寺/十一面観音像(平安)】像高99cm。 【奈良・教恩寺/薬師如来坐像(10世紀)十六話】 『妄想仏像見学会十七話』【奈良・興福寺/弥勒仏坐像(1208年)】像高141…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 人間の根本的な弱さは

    子供の頃から目指していた偏差値の高い大学に、ようやく合格したのに、それで燃え尽きたり、お金持ちになったのに、かえって家庭が不和になったり、好きな人をライバルから奪ったのに、けっきょくうまくいかなかったり。自分をもてあまして無気力になってしまったり。人は負けることも苦手だが、勝つことも意外に苦手なものだ。勝つか負けるかだけで人生が語られがちですが、勝ったにしても負けたにしても、手にしているものをどう生かすかのほうが、より大切なのかもしれません。カフカは、人間の根本的な弱さは、勝利を手にできないことではなく、せっかく手にした勝利を、活用しきれないことであると言っている。「ムーンライト・セレナーデ」…

  • 最古の青銅の扉

    最古の青銅の扉 (西暦 115 年)。イタリア、ローマのパンテオンで今でも使用されています。この扉はハドリアヌス帝 (西暦 76 ~ 138 年) の再建のために青銅で鋳造されたもので、西暦 115 年頃のものです。このセラーへの大きな青銅製の扉は、幅 4.45 メートル、高さ 7.53 メートルありますが、非常にバランスが取れており、一人で簡単に押したり引いたりすることができます。両開きドアの各半分の重さは 8.5 トンで、床と上の台輪に設置されたピンを中心に回転します。凄いね西暦115年だって。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 中年童貞

    中年童貞はネット右翼になりやすいと言う人がいる。人間関係や社会において孤立して不遇だったことのもう一つの理由のようだ。ネットの中での韓国人や朝鮮人への過剰なヘイトスピーチは、介護施設の末端で頻繁に起こっている弱い者イジメと同じ性質のようだ。人間関係で成功体験がが少ないので弱い者や不正義を働く者を、マジョリティ側に立った安全な匿名空間から一方的に叩くのである。中年童貞はネット右翼になりやすいという論理はあまりよく解らないが、私に言わせればネットを隠れ蓑に誹謗中傷する奴はただ一言、バッカじゃないの。そんなこと一度もしたことないわ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。アゼルバイジャンは係争地ナ…

  • 【AB通信:オドロイター発】「ダイアベティス」

    日本糖尿病協会などが、糖尿病への偏見をなくすため、糖尿病の英語表記である「ダイアベティス」という呼称を用いる案をまとめ、近く公表する。「尿」の字を含む病名に抵抗感を示す患者の声を踏まえた対応だが、医師ら専門家からは「分かりにくく、普及は難しいのではないか」との指摘が出ている。なんだ「ダイアベティス」って。こんな名称がお年寄りの間に普及すると思っているのかエリートたちは。何でもかんでもカタカナ文字にすればいいというわけではないぞ。だいたい偏見とは何だ。ちっともそんな概念はない。

  • 川瀬巴水 Part.4

    《高松の朝》 《月夜》 《月の松島》(1930年) 《東海道風景選集 馬入川》(1931年) 《東京十二題 五月雨ふる山王》1919年 《雪の中の最勝院、弘前》 《旅みやげ第二集 金沢下本多町》(1921年) 荒井寿一コレクション 《雪に暮るる寺島村》(1920年) 《尾州半田新川端》 1935年 《旅土産第一集 陸奥蔦温泉》(1919年頃)ブルックリン美術館 嬉しいね、こんな評価をしている人がいます。 20世紀で最も偉大な芸術家は誰ですか? 人々はピカソやダリについて話しますが、それは、日本の浮世絵の最後の巨匠、川瀬巴水です。奇妙に具体的に聞こえるかもしれませんが、歴史上、天気を描写するのに…

  • 妄想仏像見学会

    【京都・広隆寺/弥勒菩薩半跏像(泣き弥勒)(飛鳥後期)】90㎝ 「仏像第2話」【滋賀・渡岸寺観音堂/十一面観音立像(平安初期)】194㎝ 「仏像第三話」【京都・東寺/不動明王坐像(平安初期)】 「仏像第四話」【滋賀・渡岸寺観音堂/十一面観音立像(平安)】像高194cm 「仏像第五話」【大阪・葛井寺/千手観音坐像(天平)】像高は144.2cm 「仏像第六話」圓教寺の奥秘仏の如意輪観音像 『妄想仏像見学第七話』【京都・東寺/梵天(839年)】木造彩色。高さ1m。 『妄想仏像見学第八話』【奈良・薬師寺/観音菩薩立像(白鳳後期)】聖観音菩薩 『妄想仏像見学第九話』【奈良・璉珹寺/聖観音菩薩立像】 『妄…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 「貞潔は、ある人々においては徳であるが、多くの者においては、ほとんど悪徳である」

    男性独自の冷静沈着、客観的な判断力というのは、多く童貞を失うことによって得られるものだからであります。童貞のあいだのものの考え方には、どうも禁欲からくるマイナスがある。「貞潔は、ある人々においては徳であるが、多くの者においては、ほとんど悪徳である」とニーチェも言っているとおりです。と三島由紀夫はエッセイで書いている。貞潔は悪徳である、と言われても既に遠い昔、童貞を失っている私は未だにそんな難しいことは解りません。しかし、ニーチェや三島由紀夫には解っていた。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。1920年に創刊した老舗のサッカー専門誌が大リーグの情報を掲載するのは珍しく、ドイツでも大谷の二刀…

  • ダメオの妄想世界の旅 Part.60

    おはようございます!素晴らしい朝を迎えております。今朝はBreakfast in Greeceと洒落こんでみました。ギリシャは何度来てもいいところです。よかったらご案内しますのでいつでも言ってください。 さあ~てと、今朝の目覚めはSummer in Italyでした。陽光眩しい海辺を見ながらbreakfastをいただきます。今日の予定はまだ決めていません。どこ行こうかな。 今朝はモルディブで朝食を食べました。砂浜で海を見ながらのbreakfastもいいですね。もちろん海水パンツだけで頂きました。こんなに素晴らしいとこなのに誰も泳いでいません。前で立っているのが私です。 さすがにこのヨットだけは…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 ミリー・ヴァーノン

    ゲイリー・ダイヤルのピアノのみをバックに、そのグルーミーな歌声で切々と歌い上げ心に沁みる、ミリー・ヴァーノンの♪Spring Is Here、向田邦子はよくこんな曲を知っていたものだと関心する。さすがだ。彼女は言っている。1950年代に、たった一枚のレコードを残して、それ以来、生きているのか死んだのか全く消息の判らない美人の歌手ですが、冷たいような甘いような、けだるいような、なまぬるいような歌は、水羊羹にピッタリに思えます。そうなんですね、読書空間にはジャズが一番耳に心地よい。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。来月2日から今年のノーベル賞の発表が始まるのを前に、イギリスの情報調査会社が…

  • 咥え Sexy smoker Part.71

    セクシー・ビューティー、う~ん色っぽいね。

  • エドガー・ドガ Part.13

    《雨の中の騎手》(1880年) バレル・コレクション 《憂愁》 《舞台のバレエ稽古》(1874) メトロポリタン美術館 《美術館にて》 《ニューオーリンズ綿花取引所》(1873年) ポー美術館 《オーケストラの楽師たち》 《エトワール》(1876-1878年) フィラデルフィア美術館 《楽屋の踊り子》(1897年頃) プーシキン美術館 《バレエ教室》(1878-1880年) フィラデルフィア美術館 《版画コレクター》 銀行家の息子であり裕福な家庭の出身であったドガは、バレエを好み、オペラ座の定期会員になっていて、座席を年単位で購入していた。定期会員は、オペラ座の楽屋や稽古場に自由に立ち入ること…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 二人は一緒に逝ったんだから

    心中した太宰治と山崎富栄には犯罪性が認められなかったので解剖はされなかった。両家族の間で火葬場について話し合われた。「二人は一緒に逝ったんだから、同じ火葬場で骨にしてやりましょう」東大仏文の先輩で、作家、翻訳家の豊島与志雄が言う。豊島はすでに刊行がはじまっていた『太宰治全集』の解説者で、太宰と富栄は、彼の家を三度おとずれ、そのうち二度は泊まっていった。太宰に誠心誠意つくす富栄、まんざらでもなさそうな、おもはゆげな微笑でこたえる生前の太宰を見ていた豊島の願いだった。当然ながら、津島家が反対した。太宰は杉並の堀ノ内へ、富栄は三鷹の北西にある田無の火葬場へ別れた。子供四人を喪うことになった富栄の父。…

  • ミラ・ジョヴォヴィッチ Part.6

    ぺちゃパイで有名なミラさん、それでも魅力的ですよね。かなりの長身なんですか。 というか大柄なんでしょうか。 一度、並んで歩いてみたいです。

  • サルバドール・ダリ Part.6

    《ガラの晩餐:デオキシリボ核酸的隔世遺伝》 《ガラの晩餐:君主政的肉》 《ガラの晩餐:レ・パナッシュ・パナッシェ》 《ガラの晩餐:半睡状態の柔らかい懐中時計》 《ガラの晩餐:ガラを食べる私》 《ガラの晩餐:ちょっとした殉教の悦楽》 《見えない人物たちのいるシュルレアリスム的構成》 《忘れられた地平線》 《ツバメの尾》 ダリさん、今回のPart.6はよく解らない回ですね。 ますますアナタの脳内が理解できません。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 ずいぶん男っぷりのいい女ね

    「ずいぶん男っぷりのいい女ね」と言われた。意味がよく分からなかったので、周りの人に尋ねてみたら、男性に対して使う誉め言葉を女性に言うのは、自立した女、という意味なんですよ。と説明されて、得心した。最近では一番嬉しい評価だった。どちらかといえばジェンダーは男に近いかもしれない。それが、一人の芸術家として世間を渡っていくということだろう。男性性と女性性の問題は難しい。どちらの性にしても、ある程度のマティスモ(男性優位性)は必要とはいえ、単なるマッチョは大嫌いだ。ムキムキの筋肉マンなんかお呼びじゃないし、アメリカで赤狩りをした、こうあらねばならない主義、の連中も嫌だ。たとえば、権力志向に生きる女は、…

  • 老害の人 内館牧子

    私の街には駅の東西を挟み、関西では有名なカフェが2件あるが、ご多分に漏れず老害なるオバサンがたちが群れを成して山ほど存在する。 特に東口店には近くにパチンコ屋があるため、それを趣味にして生きている何組かのオバサンが毎日屯しては大きな声で駄弁り笑い、人の迷惑顧みず我が物顔で年365日登場する。パチンコ店とパチ友さえ居ればこの世はバラ色なのか、みんなは一体、どうやって生活しているのか頭を傾げている。 本書は双六やカルタの製作販売会社で成功した社長の昔話に手を焼く、娘と代替わりした娘婿の苦労をユーモラスの描いた作品。 説教、趣味の講釈、病気自慢に孫自慢と次の展開まで読めてしまうほど聞き飽きた話を何度…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 福田蘭堂こと青木繁の息子

    明治38年の夏がきた。子供の生まれる日が近づいて繁は福田たねを伴い、思い出深い房州へ行った。一文の銭もなかった。困り果てた繁はワットマン(画用紙)に浮世絵を描いて生活の道をたてることを考えた。四つ切りに水彩具を塗りつけ、『日本絵師出雲朱彦(?)』と署名しては、たねを船に乗せて横浜へ走らせた。絵を外国人に売るためである。貿易商に一枚五十銭で仕切ることにしたが、売れても、おいそれと銭は呉れなかった。後の福田蘭堂こと青木繁の息子が書いている。今日、『報道特集』を見ていたら住所不定、無職、貯金なし、ホームレスの娘が妊娠して出産。三日後には養子縁組で子供を手放すと言っていた。また、他の娘はパートナーと連…

  • アルフォンス・ミュシャ Part.8

    《スラヴ叙事詩 ボヘミア王プシェミスル・オタカル2世》(1924年) プラハ国立美術館 《ムーズ・ビール》(1897年) 三浦コレクション 《スラヴ叙事詩 ベツレヘム礼拝堂で説教するヤン・フス》(1916年) プラハ国立美術館 《トスカ》(1899年) 《スラヴ叙事詩 スラヴ民族の賛歌》(1926年) プラハ国立美術館 《オー・カルティエ・ラタン誌 表紙》(1898年) 《スラヴ叙事詩 ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチツキー》(1918年) プラハ国立美術館 《モエ・エ・シャンドン ドライ・アンペリアル》(1899年) ポスター 《エリシュカ・ポリフコヴァーの肖像》 《サラ・ベルナール》(1…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 ゴッホの女裸像

    ゴッホの「ヌード象」は、ゴッホの心理をよくあらわしている。彼はある時点で正常な女性関係というものを断念してしまう。そのあともちろん付き合った女性はいるが、それはゴーギャンと一緒にやるアルルの夜の衛生的な散歩といったような、単なる肉体的な問題に変わっていく。こうした女裸像というのは、ゴッホの絵の中でもきわめて特殊な範疇に属していると、ある人は言うが、そのゴッホが描いた裸婦なる絵は滅多に見れない。ゴッホには静物画が少ないように思うが、それでも屋内外を問わず見たのもは何でも描いてしまう習性があるようだ。然し、ヌードというのを好んで描いたとは思えない。或はモデルを雇う金がなかったのかも知れないが。「ム…

  • マリリン・モンロー Part.67

    「モンローさん、おお、愛しのモンローさん。ねえ、お願いです、聞いてください」「煩いわね、私に付きまとうのはやめてって言ってるでしょ、もう」 「いや、違うんです。私が今まで言って来たことはみんな本当のことなんです」 「言ってきたことって何よ」 「アナタを心から愛してるっていうことです」 「そんな、知ってるわよ。アンタがみんなに同じことを言ってるのを」 「いや、あれは、あれは」 「あれは何よ」 「いや、その中でも一番がモンローさんっことなんです」 「ふざけんじゃないわよ。この女ったらしが」 「あっ、モンローさん、モンローさん」 「煩いわね、これ以上、付きまとうのはやめてよ。みんなが見てるでしょ」 …

  • 太平洋戦争

    1943年12月4日,空母「ヨークタウン」からの砲撃を受けて炎上する艦上攻撃機「天山」 1944年10月25日,レイテ沖海戦にて。護衛空母「セント・ロー」に第1神風特別攻撃隊「敷島隊」の4番機が突入し,爆発炎上,30分後に沈没した。特攻による初の戦果。 1944年10月21日,ブルネイで撮影された戦艦「長門」と「大和」「武蔵」。レイテ沖海戦が開始される直前の写真。 1944年11月20日,人間魚雷「回天」の攻撃により沈没する給油艦「ミシシネワ」。 5隻の回天のうち1隻が命中,回天部隊の初戦果。 1944年11月8日,陸軍銚子飛行場からの離陸前に撮影された特別攻撃隊「石腸隊」の写真。上野哲弥少尉…

  • ポール・セザンヌ Part.20

    《開いた引出しのある静物》(1877-1879年) 個人蔵 《花と果実》(1880年頃) オランジュリー美術館 《モデルヌ・オランピア》(第2作) 《鉢植の花》(1888-1890年) バーンズ・コレクション 《赤いチョッキの少年》(1888-1890年) ニューヨーク近代美術館 《レスタック・雪解け》(1871年) ビュールレ・コレクション 《果物,ナプキン,牛乳の水差し》(1880-1881年) オランジュリー美術館 《水差し,カップとリンゴのある静物》(1877年頃) メトロポリタン美術館 《プロヴァンスの山》(1879年頃) カーディフ国立美術館 《フルーツ皿のある静物》(1895-1…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 安田講堂を占拠

    日本大学が全学共闘会議を結成したのは1968年5月27日、東大医学部の全学闘争委員会の学生たちが本郷の安田講堂を占拠したのは同年6月15日。新宿騒擾事件が勃発したのは10月21日。日大と東大という対照的とも言える二つの大学が中心となったことで、この年、学生運動は空前の盛り上がりを見せる。それは日本だけではなく、アメリカ、フランス、ドイツ、そしてメキシコオリンピックを間近に控えたメキシコでも同様の運動が同時多発的に巻き起こる。中国の文化大革命もそのような若者革命の変形だといえる。三島由紀夫率いる楯の会は反対派の立場から自衛隊の出動を待っていた。その若者革命の当事者たちが還暦を過ぎ、今や70代中盤…

  • 「不倫」という病 片田珠美

    最高の恋愛は不倫だという説がある。 「救急医療のようなもの」「結婚生活のガス抜き」と言った人もいたが、不倫にガス抜きの側面があることは否定できないであろう。 不倫は日常生活の責任も重荷もなく、生活費の工面や、子供の教育、嫁姑問題もなく、一瞬にせよ別の自分になれるという開放感がある。 あまり言いたくないことだが、私は若くして結婚し若くして離婚した。 その間、たった1年だが、既に半年前には別居していた。 密かに不倫していたのだが、相手には知られないまま他の理由で離婚した。 その後の人生は乱れたものだった。 どういう訳か人妻と付き合うことが多く、決して自慢できる人生ではないが、洗濯機で 洗われるが如…

  • エイミー・アダムス Part.9

    エイミーさん、アナタ美人ですね。私、一目ぼれしました。 アナタが私に会ったら、この人こそ理想の男だと思ってくれるはずです。 どうですかね、とにかくコメダで一度、お話しませんか。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 あたたかい食事をとったのは僅か六、七回

    1885年5月から翌年2月まで、ゴッホはあたたかい食事をとったのは僅か六、七回であると書いている。ために、32歳のとき10本の歯をなくし、食物は呑み下し、胃を病んでいた。彼はテオに手紙する。濃いスープでも飲めたら、少しは元気になるのだが。煙草をひっきりなしに喫い空腹をまぎらわせ、ときには6時間、12時間ぶっ続けに筆をとるのだから、神経はすり減り、全身は衰弱して、不眠に悩まされた。そんな彼を心配してテオは、肉を食べるように忠告し、ゴッホ自身は自然こそが自分を自由にすると語っている、信頼できる友人と共同のアトリエをいつも夢想していた。そんな1888年5月、ゴーギャンがやってきた。ゴーギャンとの共同…

  • ヘンドリック・テル・ブルッヘン 1588年 - 1629年11月1日

    《リュート歌手》(1624年)ボルドー美術館 《バグパイプ吹き》(1624年) 《カードをする人々》(1623年頃) ミネアポリス美術館 《陽気な酒飲み》(1625年頃) ユトレヒト中央美術館 《聖イレーネに介抱される聖セバスティアヌス》(1625年) アレン記念美術館 《コンサート》(1626年) エルミタージュ美術館 《ヘラクレイトス》(1628年) アムステルダム国立美術館 《眠るマルス》(1629年) ユトレヒト中央美術館 《コンサート》(1626年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《猿のいるバッカンテ》(1626年) ポール・ゲティ美術館 カラヴァッジオに心酔し、カラヴァッジオ派…

  • ソフィア・ローレン Part.9

    1958年 1965年にロンドン空港 1956 ソフィアさん、いったい何処へ行っていたんですか。ずいぶん探しましたよ、まったく、手紙読んでもらいましたか。 私の偽らざる気持ちを書いておきましたが、あれを読めば一度会ってもらえますよね。 もう、狂おしいほどもがいているんですよ。 アナタなしでの人生なんて考えられません。 アナタを知ってしまったことが私の人生を狂わせてしまったんです。

  • ダメオのアニマル・ラブ Part.38

    人々は、彼が毎日そこに来て、数時間横たわっていると言います。それから彼はどこかに行って、次の日にまた来ます!人生にはお金、権力、キャリアよりもはるかに重要なものがあることを理解するのは遠い昔のことです。世界には真の無私の愛と呼ばれるものがあります。 「よし、出発するぞ。いいか、油断するな。敵は石や枝など投げてくるからな、頭を低くしていくんだ、分かったか」「はい、分かりました」「鹿の世界でも塹壕戦が始まったということだ」「敵の数はどのぐらいでしょうか」「斥候の調べだと、わが軍より少し多いという話だ」「そうでありますか。それならなおさら見つかるのはやばいですね」「そうだ、まともにぶつかったらわが軍…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 関東軍特殊演習

    関東軍特殊演習というのを聞いたことがあるだろうか。所謂、関特演で1941年7月2日の御前会議の決定にもとづき、天皇の允裁を経て参謀本部が動員令を下し、戦時動員として80万の大軍をソ連国境に集結し、シベリアの占領地行政の計画とか、あるいは開戦後の満州国の取り扱いまで定めてある戦争準備の行為であり、それが実際に戦闘行為に移らなかったのは客観的情勢が好転しなかったことが要因だが、独ソ戦は既に始まっており、一路、モスクワに向かって進軍していた。対するソ連軍はジューコフ大将が関東軍と対峙していたが、若しこの時、関東軍が開戦の火蓋を切っていれば、大戦は違った形になっていただろう。あるいはソ連は崩壊していた…

  • 『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』

    www.youtube.com 『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』毎週日曜PM11時から放送していたこの番組が大好きで観ていたが「シーズン3」が日曜で終わってしまった。「シーズン4」は来年になるらしい。フランスのドラマだが、自閉症の捜査官アストリッドとグラマーなラファエルの演技が実に上手い。日本のドラマみたいな素人臭さがなく、さらに吹き替えの上手なこと。カタカナ英語が頻繁に出て来るが、とても私には出来ない流暢さ。ラファエルの吹き替えは林隆三さんの娘で林真里花。

  • リンダ・カーター Part.10

    1970s リンダさん、アナタ、美人でスタイルがいいですね。 ノーブラで出かけることもよくありますよね。 そうなんです、アナタみたいな人を待っていたんです。 是非、お会いしてください。 アナタを連れて行きつけの喫茶店、並びにカフェに行ってみんなを驚かしてやりたいのです。 口をあんぐり開けてアナタを見る目が思い浮かびます。 お願いします。

  • フェリックス・ヴァロットン Part.4

    《眠る女》(1899年) 個人蔵 《読書の趣味は言う必要の遺産です》 《ボール》(1899年) オルセー美術館 《Return from the Sea》 《りんご》(1919年) ヴィンタートゥール美術館 《髪を整える女性》(1900年) オルセー美術館 《決定的理由》(1897)木版画 《チューリップ》(1920年) 個人蔵 《読書にあきて》 《訪問者》(1899年) チューリッヒ美術館 フェリックスさん、アナタの描く女性の瞳というのは実に眼力がありますね。 本当に見られているようにも思います。 これは実際、誰かモデルがいたのですか。 それもバストの小さい。

  • 積読本の中にナチ関係

    積読本の中にナチ関係の主だった本をピックアップしてみた。探せばまだあるはず。自分で買っておきながら何だが、長らく誇りを被ったままだ。読むのが実に億劫だ。ヒトラー関係はもっと読みたいのだが本当に面倒くさいし気が重たい。それでも重い腰を上げて前に進まないと、命が燃焼する前に前進あるのみか。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 啄木短歌

    昨夜枕についてから歌を作り初めたが、興が刻一刻に熾(さか)んになって来て、遂ゞ徹也。夜が明けて、本妙寺の墓地を散歩して来た。たとへるとものもなく心地がすがすがしい。興はまだつづいて、午前十一時頃まで作ったもの、昨夜百ニ十首の餘。君の名をほのかに呼びて涙せし幼き日にはかへりあたわず。ふるさとの君が垣根の忍冬(すいかずら)の風をわすれて六年経にけり。啄木短歌。生きたんだね、がむしゃらに短い世を生きたんだね。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。今日、病院でまるで陸上選手のような黒人女性を見た。身長、約170㎝、20代、短パン、Tシャツ。しなやかなに伸びた脚の綺麗なこと。若かったら付き合ってみた…

  • エゴン・シーレ Part.10

    《座った女性の後ろ姿》(1917年) メトロポリタン美術館 《改宗》(1912年) 《立っている女性1912》 《裸婦》(1910年) 《エドワルド・コスマック》(1910年) オーストリア絵画館 《日没》 《古い切妻の家》(1913年) レオポルト美術館 《真実は暴かれた》 《自画像》(1910年) ティッセン・ボルネミッサ美術館 《三日月島の家 II》(1915年) レオポルト美術館 シーレさん、アナタの作品はどういうのか、腕がない足がない家が壊れていると、いつも何か足りないという絵ですが、これがアナタの特徴なんですね。 だからいいのか悪いのか私にはよく分かりません。

  • ペット検査の結果

    さてと、今日はいよいよ第4回の判決日。そうなんです、ペット検査の結果が出ます。過去、心筋梗塞、大腸がん、悪性リンパ腫、十二指腸がんと大病を繰り返してきましたが、一端、これらの病気に罹ると縁切り港になるのは容易ではありません。10年以上前の心筋梗塞は今でも薬を飲み続けていますし、大腸がんでは2年毎に胃と大腸の内視鏡検査があります。悪性リンパ腫は5年の経過観察が必要と言われていますので、まだまだ2年10か月ほどあります。そして今日は4回目のペット検査の結果が知らされます。転移をしていたならまた入院か!

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ

    「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」とはドイツの鉄血宰相といわれたビスマルクの言葉だ。歴史に学ぶとは、自分とは異なる経験・思考・能力を有する先人の存在を認め、その人物の真実にどれだけ肉薄するかという精神活動であろう。だから新たな発見があるのだ。自分の経験に先陣を当てはめて自分の器で解釈することは歴史に学ぶのではなく、自分の経験を正当化しているに過ぎない。三面記事史観は歴史を面白おかしくとらえて、自分の経験を正当化するには恰好のもので、人は易きに流れるものである。人は易きに流れるものである、確かにそうなのだ。己を律することは並大抵に出来ることではない。耳が痛い話だ。「ムーンライト・セレナーデ」…

  • 本能寺の変 431年目の真実 明智憲三郎

    日本史を大逆転させた3つの事件といえば「本能寺の変」「桜田門外の変」「終戦」ではなかろうか。 若し、光秀の謀反がなかったら。 若し、井伊大老の暗殺がなかったら。 若し、違った形の終戦だったら。 考えても意味がないが、子供の頃に見た『太閤記』以来、日を追うごとに従って謀反の意味が解らなくなってくる、この大事件。 日本史最大のクーデター。 併しどうしても解らない、いったい、信長暗殺は十分可能と考えて決起したにしても、その後はどうするつもりだったのか。 斎藤利三という優れた家臣がいながら事前の打ち合わせはどうだったのか。 謀反というのは荒木村重の場合を見ても分かるとおり、失敗したら一族郎党が磔、そこ…

  • ヒトの新種

    ペルー・ナスカで発見された3本指のミイラ、DNA解析の結果、ヒトの新種である可能性が浮上だって。ホント!

  • アルベール・アンカー Part.2

    《画家の娘、ルイーズ》(1874年) 《マリー・アンカーの肖像》(1881年) 《紅茶とマドレーヌ》(1897年) 個人蔵 《男子生徒》 《森の中で》(1865年) 《少女の肖像》 《老齢》 《コーヒー、ミルク、ポテト》 《干し草の中で眠る少年』1897年 バーゼル市立美術館》アナタ、スイスの国民画家とも呼ばれた。静物画の優れた画家としても知られてるんですね。いやホント、アナタの描く人物画はピカイチですよ。 本当に素晴らしい!

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 磊塊

    木山捷平(1904年3月26日 - 1968年8月23日)という小説家を知っているだろうか。「木山捷平全集」の紹介文に井伏鱒二はこのように書いている。「男子の胸の中には婦女子の知らない磊塊(積み重なった不平)というものがあって、心ある人は胸の中のそれに酒をそそいでやるそうだ」という痺れるような書き出しで、続いて木山捷平はこの磊塊を詩魂と同義語に解釈して、「詩魂を前頭部に貼り付けていたような人である」と言う。井伏は講談における張り扇も使える人だった。そして結び。木山君の生涯にわたる全作品を一曲のオーケストラに譬えると、詩は一律ごとのドラムの音のような役割を果たしている。と、少し難しい紹介文を残し…

  • ジーン・ハーロウ part.3

    1933年 1932年 1931年 1932年 1934年 1935年 1931年 1933年 ジーンさん、アナタ26歳で病没なんて悲しいですね。 絶大な人気があったんですよね、本当に残念です。

  • サルバドール・ダリ Part.4

    《照らし出された快楽》 《たそがれの隔世遺伝(強迫観念)》 《姿の見えない眠る人、馬、獅子》 《オーケストラの皮を持った3人の若いシュルレアリストの女たち》 《紅冠鳥の巣と同じ温度であるべきナイト・テーブルに寄りかかる抒情的突起を付けた髑髏》 《炸裂する柔らかい時計》 《狂えるトリスタン》 《魔女たちのサルダーナ》 《降りてくる夜の影》 《手押し車》 ダリさん、アナタの絵を見ていくうちに何かけっこう奇怪な作品も多くありますね。 それでもこれらの絵は全部売れてどこかの美術館に収納されているのでしょうか。 我が家には一枚もありませんが。私が欲しいのはただひとつ、『キリストの磔刑』です。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 光彩陸離

    竹久夢二は『出奔』の中で、「京都時代は、生涯のうちで最も光彩陸離なロマンチックな場面に富んでいる」と語っている。これは要するに、京都でひこ乃と同棲した思い出が夢二にこれほど京都を懐かしませるのであって、実際には大正六年七月から同八年まであしかけ三年しかいなかった京都で、ひこ乃と暮らした七年六月から八年十一月までだった。その間にも、ひこ乃は父に引き戻されているし、正味は一年あまりしか一緒に暮らしていない。しかもその間、ひこ乃はほとんど病気になり、病院暮しや、家でも床についていることの方が多かったのだから、光彩陸離という華やかな表現とは。およそ縁遠い生活であった筈だ。私も若い頃、最愛の人と同棲した…

  • アレクサンドラ・ダダリオ Part.3

    2018 2017 2021 2017 2017 2017 アレクサンドラさん、アナタ、2021年12月にプロデューサーのアンドリュー・フォームと婚約したんですか。そんなバカな、あの日、あの夜、ベッドの中で固い約束をしたのに、私はどうなるんですか。電話しても出ない。ああもう、私をフルつもりなんですね。アナタにとって約束は紙屑同然なんですね。悔しい。

  • ラファエロ・サンティ Part.4

    《青い冠の聖母》(1511-1512年)ルーヴル美術館 《アテネの学堂》(1509-1510年) 《十字架の道行》(1517年頃) プラド美術館 《一角獣を抱く女性》(1505-1506年頃) ボルゲーゼ美術館 《ヴェールの女》(1516年頃) パラティーナ美術館 《キリストの磔刑》(1502-1503年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《薔薇の聖母》(1518年頃) プラド美術館 《サンシストの聖母(システィーナの聖母)》(1513-1514年) アルテ・マイスター絵画館 《聖ゲオルギウスと竜》(1505-1506年頃) ルーヴル美術館 《アテネの学堂(アテナイの学堂)》(1509-15…

  • ダメオの妄想世界の旅 Part.59

    今日はスイスのベルンに来ています。左手に道路が見えますが例によって誰もいませんね。静かです、いや、静まり返っています。鳥の鳴き声も聞こえません。ちょっと怖いぐらいですね。然し寒し。 おはようございます。今朝はフランス領ポリネシアのソシエテ諸島にある島のボラボラ島で目覚めました。以前、私の設計で建ってたところで、年に2度は来ていますね。もちろんスタッフも連れて。快適なところですよ。 今日もボラボラ島にいます。最近は朝食を食べ終わると眠たくなるんですね。だから少しプールに入って目を覚ますことがあります。キャシーも来ていますので一緒に遊んでいます。 おはようございます。二度寝したらこんな時間になって…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 恋の丸ビル、あの窓あたり

    東京大学名誉教授の養老孟司氏の御母堂は明治33年、19世紀最後の年の生まれだとか。それがある日、出し抜けに「私の時代はね、恋の丸ビル、あの窓あたり、泣いて文かく人もある、なんて唄があったのよ」自分の過去について、私にあまり語ったことがない親だったから、ビックリしたと同時に、この歌詞自体を覚えてしまった。いま思えばこれは西條八十の歌詞だった。母はときに「番場、醒ヶ井、柏原、不破の関屋は荒れ果てて」と、つまり「太平記」の道行や、落合直文の「孝女白菊の歌」「阿蘇の山里秋ふけて、ながめ寂しき夕まぐれいずこの寺の鐘ならん」などを、突然に口ずさむことがあった。古い教育では、国語が朗読と暗記を中心にしていた…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 一年を二十日で暮らすいい男

    白鷺が小首傾(かた)げて二の足ふんで やつれ姿の水鏡 紅葉ふみわけ啼く鹿さえも 恋にこがれて妻をよぶ 欲深き人の心と降る雪は つもるにつけて道を忘るる 酒飲みは奴豆腐にさも似たり はじめ四角で末はぐずぐず 草の名も所によりて変わるなり 浪花の葦は伊勢の浜萩 一年を二十日で暮らすいい男。 とかく川柳や俳句をちょいと口ずさめる粋な男に憧れる年齢になってきました。 「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 今週は毎日病院だが、明日は採血に行こうかな。 他の病院で月曜に採ったばかりなのに。 おやすみなさい、また明日。

  • ジェニファー・ローレンス Part.9

    ジェニファーさん、もう言い飽きましたが、何を言ってもダメですね。アナタが私になびいてくれることはもうないでしょうね。 しかしです、私はアナタを諦めることが出来ません。 悩ましいですね。

  • ジャン=フランソワ・ミレー Part.6

    《ガチョウ番の少女》 《ランプの下で縫物をする女性》(1870年) フリック・コレクション 《月明かりの折り目》 《慈愛》(1858-1859年) トマ=アンリ美術館 《クーザンの村》(1854-1873年) ランス美術館 《晩鐘》(1857-1859年) オルセー美術館 《ジャガイモを植える人》(1861年) ボストン美術館 《ジャガイモの収穫》(1855年) ウォルターズ美術館 《星空の夜》(1850〜1865年頃) 《垣根に沿って草を食む羊》(1860年頃) 千葉県立美術館 バルビゾン派の代表的画家の1人とされ、特に農民画で知られているミレーさん。 今さら私が言うことは何もありませんし、…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 フェルメール『小路』

    2015年にフェルメール・マニアを驚かせたのは、320年の時を経て、『小路』に描かれた場所が解明されたというニュースだった。『デフォルトの眺望』と並んで、2作品しか現存しないフェルメールの風景画のひとつである『小路』、2軒の家屋が並ぶその風景はいったいどこのものなのか、長年、議論の的となっていた。その発見をしたのは、アムステルダム大学の美術史学教授のフランス・フライゼンハウト。フェルメール作品における物の寸法と形状は、実物とほぼ同じ比率で描写されたいることに、彼は着目した。フェルメールが生きた17世紀、デルフトの税金は、家の間口の広さに基いて算出されていた。フライゼンハウトは、作品から小路と家…

  • ダメオのスター・ツーショット Part.3

    ハリー・ベラフォンテとジュリー・アンドリュース 1972年 Deneuve & Bowie ジャンポールベルモンド&クラウディアカルディナーレ、1960年。 フレディ・マーキュリー&ダイアナ、 ジョン・レノン&アンディ・ウォーホル、1972年 サラ・ヴォーンとエラ・フィッツジェラルド、 1950年 1969年のジミ・ヘンドリックスとチャーリー・ワッツ ローレン・バコール ヴィヴィアン・リー 1966年 アーネスト・ボーグナイン スペンサートレイシー(1957) ヴィヴィアン・リーとマーロン・ブランドのセット;欲望という名の電車 1951年

  • カミーユ・ピサロ Part.11

    《自画像》(1903年) テート・ブリテン 《ポンヌフ、午後》 《リンゴの収穫、エラニー》(1888年) ダラス美術館 《エラニーの教会》(1884年) ウォルターズ美術館 《マルリーの林》(1871年) ティッセン・ボルネミッサ美術館 《謝肉祭のモンマルトル大通り》(1897年) ハマー美術館 《セント・トーマス島の海岸で話をする2人の女》(1856年) ロンドン・ナショナル・ギャラリー 《マルリー・ル・ロワの眺め》(1870年) ビュールレ・コレクション 《クリスタルパレス》(1871) シカゴ美術館 《ポントワーズ丘陵、牛飼いの少女》(1882年) 諸橋近代美術館 エミール・ゾラはピサロ…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 「彼をイラクに行かせないで」

    20年ほど前の朝日新聞にという記事があった。自衛官の男性を恋人に持つ札幌の女性が、「私の彼がイラクに派遣されます。反対の署名に協力してください」といって、たったひとりで派遣反対の街頭署名活動を始めたというのだ。しかし、その札幌の自衛官は「めったにない機会だから行きたい」と語ったそうだ。その後、二人はどうなったのだろうか。今日、沖縄県のアメリカ軍普天間基地の辺野古移設をめぐる裁判で、敗訴が確定した玉城知事は会見し、「深く憂慮せざるを得ない」と判決への不満を述べた。もうこうなったら住民投票して「沖縄独立運動」を起こしてはどうだ。琉球王朝を復活させて政治、経済、軍事まで全て王朝でやったらいい。米琉同…

  • クロード・モネ Part.27

    《エトルタの嵐の海》(1883年) リヨン美術館 《ウォータールー橋》(1903年) デンヴァー美術館 《庭の女》(1867年) エルミタージュ美術館 《花と果実のある静物》(1869年頃) J・ポール・ゲティ美術館 《カモメとテムス川の国会議事堂》(1904年) プーシキン美術館 《砕ける波》 《ヴェンティミーリアの眺め》(1884年) ケルヴィングローヴ美術館・博物館 《ルーヴル河岸》(1867年頃) デン・ハーグ美術館 《サッソの谷》(1884年) マルモッタン美術館 《サン=タドレスの断崖》(1867年) 松岡美術館 モネさん、Part.27ですから270枚も載せてるんですよ。 どうに…

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 水草の後もうるわし恋文を

    ある本に、花魁になるために一番の習い事はなんだとお思いになる? 人によって多少いうことはちがうだろうが、わしならまず書を挙げる。水草の後もうるわし恋文をもらったら、客人はすっ飛んで会いに来るだろうし、金釘流じゃ愛想も小想も尽き果てたといわれかねない。そこでまず書を習い、次に気の利いた文句のひとつやふたつひねり出す心得として、歌や俳諧を学ぶんだよ。書はよく書き手の性根をあらわすなんていうが、私が16歳の頃、ひとつ年上の女性からフラれ大失恋を味わっていたとき、短大生だった19歳の女性から『ハイネ詩集』の本を貰った。その末尾の1ページに見たこともないような達筆で、励ましの言葉が小さな字で一面びっしり…

  • 凪の光景 佐藤愛子

    佐藤愛子の『血脈』は3巻で1900頁はあるだろうか、著者の父親、佐藤紅緑を中心に、サトウハチローら三代にわたる「佐藤家の荒ぶる血」の歴史を描く自伝的小説だが、これが滅法面白い。何しろ書き手が上手い。長編小説を書かせたら本領発揮だ。本作も600頁近くあるが読み終わるのが勿体ない。何の享楽も知らず、己の信念のために戦うことを生き甲斐とする元小学校校長・大庭丈太郎。謹厳実直な夫に仕えて40年、糟糠の妻・信子。庭続きには息子一家が住み、老夫婦は傍目には「幸福」そのものに写るのだが…。ある日、信子は戦中戦後の苦闘の中に埋もれた青春の日々を何とか取り戻すのだと突然、丈太郎に離婚を訴える。その渦中、息子は不…

  • 隠された都市が地下に

    隠された都市が地下に、これは何ですか。テレビで演ってください。知りたいです。

  • スカーレット・ヨハンソン Part.22

    2014 スカーレットさん、いくら気の多い私でも、アナタを知った限りは女性遍歴も終わりです。アナタが全て、アナタなしでは生きて行けません。どうか、私の悲願を叶えてもらえませんか、アナタだけの私になるために。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 『関東大震災』

    20代の頃、司馬遼太郎の『義経』を読んで、壇ノ浦で平家が滅ぶ時、平清盛の妻である 二位の尼が孫の安徳天皇を抱き、海の底にも都がありますよと言っていっしょに身を投げたこと、そして高倉天皇の后であり安徳天皇の生母である建礼門院は入水したものの東国の武士たちに助けられたことを始めて知ったが桓武平家、清和源氏という時代、天皇家、藤原氏と平家と源氏の血筋は色濃く天皇家に流れていたのが強く印象に残った。はて、私の家系は陣屋を司る越前福井の出だが、どっかに繋がってないかな(笑)。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。NHKスペシャルのカラー映像化された『関東大震災』見ていたが、逃げ場を失った人々の阿鼻叫…

  • 【AB通信:オドロイター発】 劣化ウラン弾

    バイデン米政権は劣化ウラン弾を含む徹甲弾をウクライナに初めて供給する。ロイターが文書を入手したほか、関係者2人が述べた。来週発表される2億4000万─3億7500万ドル相当の新たな軍事支援に含まれる見込み。弾薬は米国製戦車「エイブラムス」からの発射が可能で、数週間以内にウクライナに届けられるという。劣化ウラン弾は貫通力に優れているが、使用された場合に劣化ウランの粉塵が肺などの臓器に入り込み、健康被害が出るおそれがある。お互い様だが、戦争とは残酷だ、私なら逃げ出したい。

  • 「ムーンライト・セレナーデ」 いきなり平手で頬を張り飛ばされて

    小学校六年のとき、父に買ってもらったガラス製の筆立てを落として割ってしまった。「買ってやった筆立てはどうした」なくなっているのに気が付いた父が、たずねた。「壊れました」軽い気持ちで答えると、急に語気を強め、「もう一度いってみろ」あっ、怒られるな、と一瞬おもった。でも、もう一度オズオズといった。「壊れました」すると、いきなり平手で頬を張り飛ばされて、私はあお向けに畳の上に転倒した。わけもわからず呆然とする私を、父は顔に青筋をたてて、にらみ下ろすと「ちゃんと言ってみろ、おまえが壊したんだろう。それとも、ジーッと見ているうちに、筆立てが自然にバカッと割れたのか」とてつもなく威圧的な声だった。私は声を…

  • 偉人伝 part.10

    ジョージ・パットン ハリー・S・トルーマン、原爆投下を許可した張本人です。「人生の早い段階で私が選んだのは、売春宿のピアノ奏者になるか、政治家になるかのどちらかでした。実を言うと、ほとんど違いはありません。」と言ってますが、そういうものなんですかね。 ミュージカル『アニー』などで有名なアニー・オークレイです。私にとっては子供の頃のテレビ映画『アニーよ銃をとれ』で覚えた人でした。 1935年の今日はフランスの小説家、フランソワーズ・サガンが生まれた日です。18歳の頃に出版された「悲しみよこんにちは」は世界的なベストセラーになりました。若くして大金を手に入れ奔放な生活を送りますが、優れた作品を出版…

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、ダメオさんをフォローしませんか?

ハンドル名
ダメオさん
ブログタイトル
愛に恋
フォロー
愛に恋

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用