沖縄出張に行って来た。 自分にとっては大役を任され、準備段階から当日の本番が終わるまで気が張って過緊張・過集中気味だった。以前であれば、この程度の緊張感があればテンパってしまい陽性症状っぽくなっていたとは思うのだけど、色々と経験を積んできた
1人でも多くの方が、希望を見いだし、笑顔で楽しく夢中になれますように✨ 皆幸せになれ💕
1996年に統合失調症発症。発症後僧侶の資格を取得し、30代になってから北京で3年ウイーンで1年海外生活。 1人でも多くの方が、希望を見いだし、心が救われるように!統合失調症のlineグループも創ってます!一緒に乗り越えましょう!
北京に4年ほど済んでいたら、清潔という概念が無くなってしまった。入浴設備のない家もあって、一冬入浴しない家庭も珍しくなかったし、夏でも同じTシャツを1週間も着ている人もいた。そんな環境で生活すると、汚くても別に変わらないと思うようになった。
調子が低調な時期は、アルコールとの相性が悪い意味で良い。辛い気分から一時的に逃避出来る。そのために朝起きてから夜眠るまで、ダラダラと逃避的にアルコールを摂取する人もいる。ただ、ストレスとなる問題の根本を解決しないと、いつまでもそれが続き、悪
読売ジャイアンツの坂本勇人とこと、ケツアナという選手がいる。彼は高卒2年目で、全144試合スタメンで起用しされた。打撃不振に悩む時期もあったが、原監督は当時原辰徳もう今日は坂本をスタメンから外そうと、心に決めて球場に来た日もある。しかし、そ
お互いに成長できるパートナーは理想だ💕たとえお金の不安があったとしても、お互いに成長できるなら、お金の問題はそれほど大きくなくなるし🎵
責任感僕は昔から責任感は強かったのかもしれない。お寺の子どもとして育って、僧侶は変わりのいない仕事だから、何があっても休めない。そういう意識が自然と身についたのだと思う。だから、何か仕事をするにしても、完璧主義が強くて、相手の想いを全て叶え
統合失調症の発症率は、どの時代・地域に於いても約1%程度。以前は不治の病で、鎖に繋がれていたり、一生病院暮らしという時代もあった。ただ、それは偏見と統合失調症の理解がなかったからなのではないかと思う。本当に生存に不利なら、淘汰されていてもお
プロの世界では、激しい練習をする体力が、技術よりも重要になってくるそうだ。技術は激しい練習をしていれば身につく。高橋尚子小出監督高橋尚子はものが違う。マラソンの高橋尚子を指導していた小出監督は、そう言った。普通の人であれば疲労困憊で食欲がな
当事者で症状が思わしくない方は、思考がおかしくなってしまう方もいるのはしょうがない。でも、2012年からブログ活動を始めて、他人に攻撃的な偏った意見を持つのは家族会の方が多い。表向きは、人が多くなりすぎて家族会は独立して貰ったが、家族会の運
統合失調症の陰性症状の時は特に、絶望的な気持ちになりやすい。テレビを見ることとか、理解することとか、集中力とか、今まで簡単に出来ていたことが急に出来なくなる。簡単に無意識に出来ていた時期をハッキリと覚えているから、絶望的な気分になり、焦りと
劇作家・演出家・小説家の「つかこうへい」が著書の中でこのようなことを書いていた。つかこうへい10億円の舞台で輝く女優は、村祭りの舞台では輝けない。村祭りには村祭りにふさわしい女優がいる。両者は代替出来ない。その人にふさわしい舞台でのみ輝ける
ある程度回復すると、活動の意欲が湧いてくる。感覚的には80%ぐらい回復すると、動けるようになる。でも、そこではちょっと我慢して、120%回復するまで待った方が長い時間好調に留まれる。80%の力で20%使うと60%になっなって、すぐに低調にな
隙間時間を活用するのはなかなかにハードルが高かった。以前は11に仕事があれば、朝起きて仕事を終えるまで何も出来なかった。起きているだけでも、心身を摩耗していたのだろう。「隙間時間を活用しよう」という気持ちにもならないし、やる気がないとか1日
低調な時期は、何をしても状態は上がらず、ただ眠っているしかない時期もある。回復して状態が好くなってくると、積極的に回復する方法が分かってくる。食欲が無くても食べたり、課題が終わらなくても疲労を感じたら、早めに寝たり。どうすれば回復するか考え
発症する前は、睡眠と食事に対する意識は低かった。眠らずに勉強した方が良いと思っていたし、食事するのが嫌いだったから、カロリーメイトとアイスボックスが主食だったりもした😱考えるまでもなく、睡眠と食事をおざなりにしたのが統合失調症の発症に繋がっ
20代の頃は療養中で人と関わることはあまり多くなかった。それが30代になると、北京やウィーンで生活していたから、毎日のように新しい人と会うような生活をしていた。帰国したら、僧侶の仕事やなどで、関わる人は普通の人よりずっと多いのかもしれない。
予定があると、心がさわさわしてしまって、何も手に付かないことがある。歯医者の予定がある1日は、午後から出発なのに、午前中何も出来なかったり。法話を頼まれると、1ヶ月ぐらい前から他のことが手に付かなかったり💦でも、そういう性格だからしょうがな
疲れてきたら、「敢えて今日は何もしない」という1日を設けた方が良い。やりたくなったら、やりたいことをやるような緩い1日を。症状が悪いときは、睡眠に逃避するしかなかったが、回復してくると、何もしないと決めた日にも何かしらは出来るようになる。し
「大転換の後 皇の時代」というスピリチュアル系の本を読んだ。目からウロコだったのは、これからはお金は使ったら使っただけ増える時代になるということだ。一般の感覚では、100万あって50万使うと、50万になる。でも、これからは100万使えば15
統合失調症の症状はコントロールするのが相当に難しい。僕も、1996年に発症して、朝起きて夜眠るという生活リズムが出来るようになったのは最近(2023/07/02)のことだ。加齢で乱れた生活リズムが辛くなったこと彼女さんのお陰で心が穏やかに幸
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沖縄出張に行って来た。 自分にとっては大役を任され、準備段階から当日の本番が終わるまで気が張って過緊張・過集中気味だった。以前であれば、この程度の緊張感があればテンパってしまい陽性症状っぽくなっていたとは思うのだけど、色々と経験を積んできた
自分が成長すると、環境も人間関係も変わる。 例えば、今まで赤道に住んでいた熊はホッキョクグマとは同じ場所で過ごせないように。 今まで相手の内にあったけど、見えなかった似たような波長と繋がる人間関係になる。その似た要素がない相手は、いくら仲良
ボランティアで無償で奉仕するのが尊いというような社会的雰囲気を感じる。そういう雰囲気を感じていたからか、統合失調症の繊細さで人の気持ちが分かりすぎてしまうからか、自己犠牲をしてまで他人のために尽くすようなところがあった。 自己犠牲をしながら
僕は脳のトレーニングについてはあまり考えてこなかった。ネット上では「筋肉最高!」「筋トレ最高!」という言葉をよく目にしたけど、「脳トレ」という言葉は僕の目にあまり入らなかった。 それだけ興味がなかったということなのだろう💦 最近は脳も筋肉の
物心付いた頃から心を閉ざしてきた。 家庭環境も大きいと思う。父が統合失調症で、その時代の偏見というのは今とは比較にならない程の地獄だった。その環境で父をサポートする立場であった母の苦悩というのは想像出来ない程に深いものであったろう。 そのた
統合失調症の脳は普通の人がブレーキが掛かる部分で、逆にアクセルを踏み込んでしまい、脳が暴走するようなイメージだ。 脳が過剰に働いてしまい、いったん破壊されてしまうけど、回復して脳内回路を再構築した後は、普通ならメンタル的なストレスを感じるよ
統合失調症の原因は未だ不明で仮説だけで100以上あると言われている。その中で一番僕にしっくりくるのが、「強烈なストレスで脳が危機感を感じ過剰に活動亢進して生き残るために情報を集め、その情報量に耐えられず脳が焼き切れて幻聴・幻覚・被害妄想など
最近色々と新しいマンガを読んでる📖 昔と変わったと思うのは、展開が速いし急に主要人物がいきなり何人も増えたりする。ワンピースとか初期の頃と終盤と比較すると分かりやすいと思う。前半は登場人物が1人ずつ増えるような展開だったけど、終盤になると1
昔はブランド物にもこだわっていた。自分を高めてくれる道具は高価なものを使おうと考えて、ペンケースの中には1本5万円するペンが4本あったり、「このコートを着てる人は2次会の金払いもいいのだろうな」と軽い嫌味を言われるような服も着ていた。 でも
志村けんは温厚で知られる。ただ、芸事になると相当厳しい一面もあったようだ。 ある時、付き人が「ネタをじっくり考える時間が欲しいから付き人を辞めさせて下さい。」とお願いをした。 この時珍しく志村は怒って付き人を一喝した。 志村けん ダメだ。お
バイトしていたとき、初めての給料で祖父に何かをプレゼントしようとして尋ねた。でも、「別に欲しいものも必要なものもないし、自分のために使いなさい」と言われ、多少がっかりした覚えがある。 今は何となくその気分が分かってきた。 年齢を重ねると、欲
長い間、睡眠薬に対しては不信感があた。例えばベンゾジアゼピン系の睡眠薬は違法薬物として禁止されている国もある。それほど危険な薬を簡単に飲んではいけないのではないか?と、出来るだけ飲まないで可能なら断薬して生活出来ないかと、様々なサプリメント
自分にとって1番重要な仕事とは?と聞かれたら、「仕事=志事」と考える人もいるように、自分が志した何かを実現するための仕事と答える人も多いのではないだろうか? 例えば僕はお寺に生まれて、家では「一に掃除・二に掃除・三四がなくて、五に掃除」と厳
僕ほど抗って生きてきた人は居ないのではないかとすら思う。 老化にも全力で抗っていて、「昔は今のようなサプリメントはなかったから、もしかして適切なサプリメントを摂取したら老化しないのではないか?」って割と本気で信じていて、ありとあらゆるサプリ
サッカーで一時代を築いた元日本代表の本田圭佑さんがテレビのコメンテーターとして出ていた。 本田圭佑 大谷翔平すごいですよね。謙虚ですもん。 僕だったら天狗になって、「俺、今日ホームラン打ったで」って皆に連絡しますもん(笑) 僕もそういうとこ
僕は子どもの頃の家庭環境の影響で「心」を閉ざしていたのかもしれない。 物心ついたときから、どこか冷めた目で世界を見つめ、人と関わることも嫌いで、子どもらしくない子どもだったと思う。そのためか心のIQといわれるEQは0点に近いぐらいだと思うし
江戸時代の平均労働時間は4時間から6時間と推測されている。 電球なんかない時代だから、2時ぐらいには仕事を終えて、明るいうちに銭湯に行ったり、夕食をとっていたそうだ。 現代はフルタイムで8時間労働が当たり前で、過労死という日本にしかない過酷
統合失調症になってから今までずっとブレーキの踏み方を意識していた。 でも、単にアクセル踏まなきゃ良いんだと気付いた思考革命💡 普通の人はアクセルを踏んでスピード出したいから、真逆の発想だね(笑)
自分がどうしても不快感を感じてしまう相手がいる。 僕自身が通ってきた道でどうすれば辿り着けるか分かっているから、「こうすればいいよ」と行動の仕方や考え方のアドバイスをしても一向に響かず、壮大な夢を語ると同時に出来ない理由を探して停滞している
ビートたけしと軍団員が週に何本の番組を抱えていて超多忙な日々でも、たけしたちは寝る間を惜しんで朝まで遊び続けていた。 徹夜明けで飲んでからの草野球の試合には、少々手抜きをしても許されそうだが、たけしは絶対に手抜きすることも遅刻することも許さ
主治医人生はバランスをとり続けないといけないからね。自転車に乗っているとして、大きくバランスを崩したら、立て直すのが難しくなる。最悪転んでしまうしね。僕にとっての主治医は、医師というよりも、ある種の哲学者のように感じることがある。Einst
コロナ禍で、ZOOM会議が主流となった。が、結局対面には敵わないということがハッキリとしたように思う。ZOOMでは、意見が出にくいと言うし、ちょっとした表情の機微などはやはり対面でないと分からない。プロジェクトを速く進めようと思ったら対面と
子どもの頃は特に、家庭環境や親の影響は、その後の人生の指針となる。大谷翔平大谷翔平は、あれだけ年俸を貰っているのに、ほとんど遊ばないし、お金の浪費もない。プロに入って、親に家を建てたいと提案したそうだが、祖父から、今の家もそんなに古くない。
映画撮影に参加したことがある。2008 Aun:斉藤洋介さん。仲良くして貰ったなぁ。 皆で何かを創りあげるって、とても楽しかった。天安門前の撮影ではZONEに入って、天安門を支配しているような超越した感覚になったり。2007 Beijing
ある程度経験して能力が高まってくると、初心を忘れがちだ。僕が僧侶として修行していた時に、言われた言葉が心に残っている。お坊さん揶揄するようなことはどうかと思います。僕らは皆全く出来ない頃があったわけですから…。自分にある「出来る」という慢心
私のいとこの子(34歳)は統合失調症で、音楽的才能(覚えが早い)を持ってるのですが、治療を行うことによってその才能が段々無くなってしまうようなことはないでしょうか?どのような治療をしていくかにもよるかもしれませんが、ご存知の範囲で教えて頂け
入院中、身体拘束されて妄想全開の時に浮かんで来た。兄が無一文になってパンツ一枚で裸で外にいた。それでも家族を守らないといけないから、まず穿いているパンツを売ろうとした。結局売れな無くて、次は畑を耕した。そうしている内に友だちの協力もあって、
初回の入院では、医師に強い敵愾心を持った。例えるなら、普通に食堂で食事しているところを連行されて、保護室に入れられ、正常な人を精神病にさせるようなものだと、当時の僕は思っていた。その首謀者は医師だからと、反抗的な態度を取っていた記憶がある。
ピーマンの肉詰めに挑戦🔥には、グルメグループがある。美味しい外食を載せたり、作った料理の写真やレシピを共有したり。それにも触発されて、最近は僕も料理をするようになった。作るのはそれほど苦じゃないし、むしろ楽しい😊好きな食材で自分の食べたいも
お釈迦様が書物を残さなかった理由お釈迦様は自らの思想を語るだけで、教えを書き残してはいない。弟子たちにも「記録すること」を禁じていた。今、伝わっているお経は、弟子たちがお釈迦様の死後「教えを正しく整理して統一する」「教えの散逸を防ぐ」ことを
陰性症状の時は「何もしたくない」気分に侵される。ただ、「何もしたくない」気分の最低値は回復と共に徐々に上がってくる。初期の頃は、睡眠に逃避していて、寝ようと思えば1日20時間以上寝ることも頻繁にあった。それがやがて睡眠に逃避する必要がなくな
統合失調症になった焦りなのだろうか?常に「このままではダメだ…😱」「能力を高めなきゃ…😱」というような強迫観念のようなものがあった。そのために、やる必要がないことも、好きではないことも活動予定に組み入れて、常に脳は疲れていた。振り返ってみる
長いことブログやで1,000人以上の関わって来た印象なのだけど、統合失調症に関して1番偏見が強いのが、実は当事者自身だってことだ。偏見の強さは、当事者・家族・医師・看護師・一般の人の順に感じる。一般の人は偏見どころか、統合失調症がどういう症
お寺の世界では「低頭合掌」をする場面が多い。合掌とは、両手の平を胸の前で合わせて拝むこと。低頭とは頭を低く下げてお辞儀をすること。無防備な状態で自分の頭を差し出すことで、相手への信頼を示す意味がある。この低頭合掌も、西洋のハグや握手も、他人
日本を代表するギタリスト、布袋寅泰さん。にわかには信じられないが、譜面も読めないし、ギターのコードすら知らないという。そこにある音を聴いて、瞬間的に合う音を探す。更に、ギターを低く構えているから、弾くときには小指がほとんど使えないという。そ
Himacoさんの著書を読んだ。途中フラッシュバックして辛かったけど、ハウス加賀谷さんの「統合失調症がやってきた」ほどではなく、サクサクと読めた。ある精神科医の書評で以下のものがあった。医師患者さんの紡ぐ言葉で疾患や症状を判断するしかない精
長い間、仕事などの強制力が無い限りスケジュール管理は難しかった。最近は彼女さんが出来て、心に「ゆとり」が生まれたからだろうか❓あれだけ考えても出来なかったスケジュール管理も、自然と出来るようになってきた。むしろ色々と考えていた時期よりも、自
僕は相当に運が良い。症状が相当に悪化して、即入院レベルになったときも、連絡したのが日曜日で、近所の評判の悪い病院からは「明日来て下さい」と言われ、2時間は掛かるけど知っている中で1番評判の良い病院に掛かれた。もし、違う病院だったら、ここまで
勉強するにはコツがある。例えば1冊の参考書があったとする。それを1日1ページずつやって、100日で終わらせるとする。でも、100ページ目には、最初の方は忘れている💦良い勉強法は、1冊の参考書を数日で終わらせる。そして、層を塗り重ねるように何
高級な日本料理屋さんの料理長の話。ある日、そのお店には高級店にはそぐわない身なりの家族が予約で来た。子ども2人とお父さんお母さん、そしてその両親らしき老夫婦。料理長まぁ2回目はないやろな。でも記念日やなんかやろ。そう思って、いつものように丁